ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十四話

 「いつまでもぶーたれてないで機嫌直してよロンロンー」
 ロンは不貞腐れたまま僕と目を合わせようともしない。
 思春期の男の子の心理は僕だって十分わかってるつもりだ。ロンは擦れた見かけによらず純情だから自慰見られたショックから立ち直るには時間がかかるだろう。
 でも逆恨みされちゃたまんない。
 僕は私用で医務室にやってきて、ヨンイルが寝てるベッドと間違えてカーテン開けたら偶然ロンがいたんだ。枕に顔突っ伏して尻を上げた破廉恥なポーズで、ズボンの股間に手え突っ込んで、ナニやってるか一目瞭然の光景だった。無防備にカーテン開けてびっくり仰天、おったまげた。ついさっき食堂とびだしたロンがこんなトコでこんなコトやってるなんて……レイジのベッドに寝転がって枕に顔埋めて匂い嗅ぎながら自慰に耽ってるなんて思いもしなかった。
 喉元に込み上げる笑いを噛み殺すのに苦労する。
 ロンは迂闊だ。きっちりカーテン閉めきってるからって安心して自慰をおっぱじめたんだろうけど、よりにもよって僕に目撃されるなんて運が悪い。悪すぎ。ロンは僕の隣で膨れっ面してる。レイジと喧嘩別れした直後にオナニーバレたんだ、そりゃ居心地悪いだろう。
 泣きっ面にハチ、踏んだり蹴ったり。
 ま、発情期の猫がいつどこでさかろうが僕には関係ない。愉快な見世物だった、位のお気楽な感想しか抱かない。
 僕がカーテン開けた時のロンの顔ときたら傑作だった。股間に手え突っ込んだ恥ずかしいポーズで、男誘うように尻上げて、こっち向いた顔は真っ赤だった。畜生カメラ持ってくりゃよかったと心の中で舌打ちしたのは言うまでもない。カメラ持ってたら盗撮してバラまいてやったのに……
 レイジの枕に顔埋めて物欲しげに息荒げてるロン、なかなか色っぽかったのに。
 写真撮っときゃ高く売れたのに、と惜しくなる。一枚千円にはなったよ?
 そんな本心はおくびにもださず、甘ったるい猫なで声で機嫌をとる。
 「ロンロンだって思春期の男の子だもん、そりゃ下半身がむらむらむずむずして下着の中に手え伸びることだってあるよ。わかるよ、僕だって男の子だもん。一人エッチくらいしたことあるさ」
 「お前趣味と実益兼ねて体売っててまだ足りないのかよ」
 「それとコレとは別。男で得られる快感と右手で得られる快感は別物だし」
 わかってないなあと失笑、冴えないツッコミを鼻であしらい右手を振る。
 「自慰見つかったくらいで激しく落ち込まないでよ、そんなこの世の終わりみたいな顔で……プラスに考えようよプラスに。見つけたのが僕でよかったじゃん、これが凱だったら一大事だよ。昨晩レイジに抱かれただけじゃまだ足りずにさかってるトコ見られたらよーし俺が慰めてやるってズボン脱ぎかねないもん、あの短絡バカ。凱は下半身でしか物考えないからさ」
 「どーせ言いふらすくせに、音速で」
 「言いふらさないって。信用ないなあ」
 笑顔でロンを欺いて、言いふらすに決まってるじゃんと心の中で舌を出す。こんな面白いネタ広めなくてどうするの、僕だけ独り占めなんてもったいない。肩を竦めた僕の態度が軽薄に映ったのか、ロンがますますむきになって食い下がる。
 「言っとくけど俺がここに来たのはレイジと顔合わせたくなかったからで、レイジの匂い辿ってベッドに潜り込んだわけじゃないぜ。房にまっすぐ帰りゃじき飯終えたレイジと顔合わしちまうし、また喧嘩になる前に頭冷やしてこうって寄り道して……」
 「はいはいはい」
 言い訳は結構。ロンは口では意地張っててもレイジのことが大好きで、体の火照り冷ますためにベッドに身を横たえてたら悶々として股間に手が伸びたとつまりそういうわけだ。悩めるお年頃だね。したり顔で頷けばロンの表情が険悪になる。
 「レイジのこと想像しながらヌいてたわけじゃねえからな、あいつは関係ねーから、昔抱いた女が股おっぴろげてるとこ想像したらたまらなくなって!」
 「ロンおなかすかない?」
 男の名誉に賭けて反論するロンを醒めた目で一瞥、ポケットに手をやる。
 ズボンの尻ポケットに突っ込んでたのは銀紙に包まれた食べかけの板チョコ。クスリ漬けで砂糖漬け、血管にガムシロップが流れてるんじゃないかって甘党の僕はいつでもどこに行くにもお菓子を持ち歩いてる。レトロな箱入りのキャメルだったり可愛くラッピングされた飴だったり日によってさまざまだけど、今日はチョコ。
 僕のこと贔屓にしてる看守からフェラチオのご褒美に貰ったハーシーのチョコレート。
 ポケットに手を突っ込んでまさぐれば、銀紙が擦れる音がする。
 隣に座った僕がこれ見よがしにポケット探り出したのにも気付かない鈍感なロンは、夕飯中断して食堂飛び出してこなきゃいけなかった怒りがぶりかえしたのか、こぶしで膝を殴る。
 「腹ぺこだよ!レイジの阿呆が飯の最中にとんでもねえこと暴露してくれたおかげで好物の古老肉も麻婆豆腐も残してきちまった!ああくそもったいねーことした、飯残すなってガキの頃からお袋に口酸っぱくして言われてたのに!」
 食い物の恨み恐るべし。膝にこぶしを置き、激しい後悔に苛まれて歯噛みするロンへと銀紙剥いだ板チョコを咥えて近付ければ、本人がぎょっとする。
 「何の真似だよ?」
 「おすそわへ」
 チョコを咥えてるせいで発音が不明瞭になった。ひょいと身軽にベッドに飛び乗って膝を揃えた僕は、顔を前に突き出した挑発的なポーズで誘惑する。
 「夕飯残してきたからおなかすいてるっしょ。特別にコレあげるよ。僕が夜食がわりに大事にとっておいたハーシーのチョコレート。すごいっしょ、贅沢品。チョコレートなんて食べるの外にいた頃以来じゃないの?」
 ロンが物欲しげに喉を鳴らす。どうやら図星だったみたい。東京プリズンじゃチョコなんて滅多に手に入らない垂涎の舶来品だ。空腹のロンは喉から手がでるほどチョコレートが欲しい癖に、生唾呑み込んで平静な顔を装ってる。
 「そっちから少しずつ齧ってってよ。僕とちゅってキスしたら終わりね」
 「悪ふざけはやめろ。ただでさえ空腹でイラついてんのに、お前の赤毛一本残らず毟りたくなる」
 僕の魂胆を見ぬいたロンが不機嫌極まりない顔と声で唸る。ちぇ、のり悪い。ほんのお茶目じゃないかと口を尖らせてチョコレートを手に取る。仕方ない、房に持って帰ってビバリーと半分こしよ……と見せかけて。
 「どわっ!?」
 両手でロンの顔を掴んで引き寄せる。
 「やせ我慢は体に悪いよ、ほんとは欲しいんでしょ食べたいんでしょチョコ。いいよ分けたげる、ふたりで美味しく半分こしよう。はい、あーん」
 「あーんじゃねえっ、やめろ顔近付けんな気色わりィ!?」
 ロンがじたばた暴れる。往生際悪いヤツ。ま、だからこそからかい甲斐あるんだけどとにんまり微笑みつつ腕に渾身の力を込める。ロンの顔をむんずと掴んで急接近、力づくで顎をこじ開けてチョコレートを食わせようと試みる。ロンは本気で嫌がって全力で抵抗する、手足を振りまわして僕の顔に唾かけて押しのける。
 「ひとの親切無駄にする気?腹ぺこ野良猫のロンにチョコお裾分けしてあげるんだからもっと喜んでよ、いい子だからお口開けて、あーん」
 「あーんじゃねえっての、だったら普通に分けろよわざわざ口に咥えて食わせる意味どこにあんだよ!?お前絶対俺おちょくって楽しんでんだろリョウ、ハーシーのチョコみたいに安手の男娼が調子のりやがって!」
 「あったりまえじゃん。ロンてウブで奥手だからおちょくり甲斐あって面白いんだよねー。あ、でもそれだけじゃないよ。ロン今手え汚いじゃん、人には言えない場所揉み揉みしてたから。だから特別に口移しで……」
 「ちゃんとズボンで拭いたっつの!!それにまだ出てなかった、って何言わせるんだよ!?」
 ハーシーのチョコみたいに安手の男娼?上等じゃん。必死の形相で奮闘するロンの腰に馬乗り、顔を近付ける。後ろ向きにベッドに倒れたロンを見下ろして勝利を確信、可哀想なロンの顔を両手で挟んで固定して口をこじ開けて……
 「がんばれロンロンー」
 「応援いらねえから助けろ道化!」
 ベッドに胡座をかいたヨンイルはざらざら音鳴らして丸薬を玉に流し込む作業に没頭しててこっちに目も向けない。マウントポジションとられて劣勢のロンが怒鳴ったところで顔を上げようともしない。我関せずの淡白な態度に激怒したロンが罵詈雑言を浴びせ……
 「その辺にしときなさい」
 「!」
 いいところで邪魔が入った。
 突然体が浮いた。誰かが僕の首の後ろをひょいと摘んで軽々吊り上げたのだ。ベッドに肘ついて上体起こしたロンがあ然と見守る前で宙に吊られた僕は、恨めしげに後ろを振り返る。
 「ロンくんが嫌がってるでしょう。いかに善意からでた行為とはいえ無理強いは感心しませんね」 
 背後にいたのはホセだ。片腕一本でらくらくと僕を吊り下げて片手を腰にあてたお説教のポーズが妙にキマってる。黒ぶち眼鏡の奥の目を柔和に細めて、口元には笑みを浮かべてるのにこのどす黒い威圧感はなんだ?僕がいくら体重軽いからって最低35キロはあるのにひょいと片手で摘み上げた怪力にあっけにとられる。おいたした猫の子じゃあるまいし。
 「わかりましたか。お返事は?」
 「はーい。反省しまーす」
 ホセが相手じゃ形無しだ。隠者の怒りにふれて人間サンドバックにされるのは慎んで辞退したい。
 ホセが「よろしい」と満足げに頷いて僕を解放、スニーカーの靴裏が床に着地。
 安堵に胸撫で下ろした僕からロンへと視線を転じ、ホセがやんわり宥める。
 「ロンくん、レイジくんの無神経も今回ばかりは許してあげてはどうでしょう。彼とて悪気はなかったはず、今頃はきっと後悔してるでしょう。せめて土下座するチャンスくらいは与えてやってくれませんか」
 「土下座したって許してやんねーよ。ちょっとは懲りりゃいいんだ、あの尻軽」
 ベッドに胡座をかいたロンがむくれる。「そこをなんとか」とホセが根気強く説得、微妙な沈黙を挟んで渋々頷く。誠心誠意ひとに頼まれるとムゲにできないのがロンの長所で弱点だ。ホセはロンの扱い方をよく心得てるなと感心する。ロンが仏頂面のままベッドから腰を上げて僕の前を無言で通りすぎる、医務室に長居してたら面倒ごとに巻き込まれると野生の勘に基づいて賢明な判断を下したんだろう。
 大股に歩くロンを見送り、何もかもお見通しのホセが苦笑する。
 「くれぐれもお手柔らかに。レイジくんは君にぞっこんべた惚れですから、冷たくされれば拗ねてしまいますよ。あれでナイーブな年頃なんですから」
 「俺に同情してくれよ」
 ロンが重く深く嘆息、疲れ切った横顔を見せる。王様に飼われるもとい好かれるのも大変そうだ。背中に哀愁漂わせてノブを掴んだロンへと小走りに駆け寄り、さりげなく声をかける。
 「ロン、これあげる」
 ノブを掴んで振り向いたロンの鼻先にチョコを突き出す。銀紙に包まれた板チョコ。怪訝な顔のロンににっこり微笑みかけ尻ポケットにチョコを突っ込む。
 「おなか減ってるでしょ?あとで食べなよ。レイジに見つからないようこっそりね」
 「なに企んでんだよ」
 「心外だね。僕だってたまには人に親切にすることもあるさ。夕飯だってちゃんと食べてないんだからその分チョコ食べてカロリー摂んなきゃね」 
 憮然と黙り込んだロンの腹がタイミングよく鳴る。顔を赤くしたロンが手の平をズボンになすりつけ、ポケットから半分覗いたチョコの銀紙を不器用に巻き直す。
 『謝謝』
 かすかに頬を染めてぶっきらぼうに礼を言い、ロンが医務室を出る。
 「ちゃんと手を洗ってから食べるんだよー」
 ドアが閉じる音がやけに大きく響く。扉ごしに靴音が遠ざかるのを待ち、スキップで引き返す。これで部外者は消えた。心おきなく商談に入れる。
 チョコ一枚で邪魔者追っ払えるなら安いもんだ。
 上機嫌に口笛吹きつつ元の場所に取って返してベッドに腰掛ける。
 ヨンイルはひとり黙々と花火作りの全工程をこなしていた。手先に全神経を集中して丸薬を摘んで眉を顰めシケてないか確認後に右から左へ移動。こんもり小山を築いた丸薬をざくりと掬い取り、膝に抱いた玉の上面をぱかり外し、三等分された仕切りの内側に漏斗を傾げてざらざら流し込む。
 細心の神経と豪快な手腕とが同居する玄人の仕事。
 えらく根気の要る作業に熱中するヨンイルの額には汗が滲んで、おそらく祖父譲りだろう職人気質の生真面目さが顔に表れていた。妥協と兼ね合わない頑固一徹のこだわりで花火作りに情熱傾ける姿には、とぐろを巻いた龍の如き不動の存在感があった。
 「あかん、足りひんわ」
 そう言って、万歳のポーズでひっくり返る。
 ヨンイルがベッドに寝転がった衝撃で枕元に積み上げられた漫画が崩壊、崩落。騒々しい音とともに床へ雪崩落ちる。頭の後ろで手を組んで天井を仰いだヨンイルが消耗のため息を吐く。
 「やっぱ刑務所で手に入る材料は限度があるな、あれこれツテ頼って必要な材料かき集めてみたけど……考えれば俺本格的な花火作るの初めてやん。じっちゃんが前に作ったの見たきりでおぼろげな記憶頼に手ぇ動かしてみたけど……あー、やっぱ足りん。どーしても足りんっ。火薬の量足りひんとシケた仕上がりになってまうのに、参ったなあ」
 やかましい独り言。ゴーグルを引き下げて目を覆った横顔には刻々と迫り来る期限に追われる焦燥が滲んでいた。何の期限かって?五十嵐が東京プリズンを去る期限さ。
 ヨンイルのベッドには薄紙を敷いた上に小山を成したケシ粒大の丸薬や封入の前段階で細密に選り分けられた火薬の粉末、鈍い光沢の銅線が散らかって花火師の工房めいた熱気を漂わせていた。
 完全にベッドの私物化。医者が何も注意しないのは賄賂を貰ってるからだろうかと邪推する。
 「火薬足りないの?」
 「そや。あと0.5ミリグラムほどな」
 「それ弾丸一個分で足りる?」
 「足りる足りる、余裕で足りる」
 「じゃああげる」
 「ん?」
 聞き間違いかと振り向いたヨンイルの鼻先にこぶしを突き出し、五指をほどく。
 手の平に転がってるのは銀色の弾丸。
 蛍光灯の光を浴びて艶々と輝く弾丸を指で摘み上げ、小首を傾げる。
 「火薬、入り用なんでしょ」
 「お前それ……」
 ゴーグルを引き上げて跳ね起きたヨンイルが、僕の手の中の物体を指さし、顎も外れんばかりに仰天。
 「お前やったんかい、安田の銃から弾抜いたん!?」
 「おっしゃる通り犯人は僕だ。動機?ほんの出来心だよ。それだけじゃ不満?じゃあ付け足そう。僕が安田の銃を手に取るチャンスは一度だけあった。あの時、ビバリーの上着の内側からゴトリと音たてて銃が落下した時。僕はビバリーの眉間に銃を向けた。恐怖のロシアンルーレット。あの時さ、弾を抜いたのは。白状しちゃえば、あらかじめ弾を抜くために命と運を秤にかける悪趣味なお遊びを仕掛けたわけ。僕が最後の一個の弾丸抜いて返したことに鈍感なビバリーは気付かなかった。ま、一個くらいならバレないだろうってなめてたの否定しないけど」
 「わけわからん、なんでそんな真似を」
 「勿論お金になるからさ」
 困惑するヨンイルに笑いかけて掌中の弾丸を放り上げる。
 「ヨンイル知らない?南のガンスミスの噂。大の銃マニアで外じゃ古今東西の銃と弾丸を集めまくってたヤツ。そいつにコレ売ろうと思ったの。僕から見りゃ何の変哲もないただの弾丸だけど、ガンスミスの鑑定眼に叶えば高く売れると思わない?」
 虚空に手を出して弾丸を掴み、溜飲を下げる。
 僕は男娼だ。東西南北どの棟にも常連客がいて色んな情報が集まってくる。南棟に酔狂なガンマニアがいるらしいって噂はだいぶ前から知っていたからビバリーの上着の裾からゴトリと音たてて銃が滑り落ちた瞬間「これだ」と閃いた。
 「ま、五十嵐が君に銃ぷっぱなすのは誤算だったけどね。感謝してよヨンイル、僕が最後の一個抜いといたから君の命助かったんだよ?これはつまり道化の命を救った弾丸だ。道化の命を奪うはずが数奇な偶然でそうなり損ねた奇跡の弾丸。なら君の手に返すのが道理じゃないかって考え直してね」
 「阿呆ぬかしい。商談パアになったから適当言って俺に売りつける魂胆やろ」
 「あり?バレてた?」
 その通りだ。ヨンイルは意外に鋭い。残念ながら、僕の手の中の何の変哲もない四十五口径の弾丸は南のガンスミスの鑑定眼に叶わず突っ返されてしまった。ちょっと形が扁平なのが気に食わないんだそうだ。マニアの好みはうるさい。商談決裂、となればこの弾丸は用済み。安田の銃から抜いた最後の一個の弾丸を持て余した僕は、五十嵐の消息を伝えがてら生涯最高の花火製作中のヨンイルに取引きを持ちかけたのだ。
 「で、どうするのこの弾丸。要るの、要らないの?」
 「貰うとくわ」
 しばし思案の末ヨンイルが決断、無造作に手を突き出す。やった、商談成立。嬉々としてヨンイルの手に弾丸を乗せる。刹那、ヨンイルの目に複雑な色が過ぎる。奇しくも自分の命を救った弾丸の重みを手で確かめて敬意やら畏怖やらその手の感慨を抱いてるらしい。自分の命と弾丸の重さを比べて世の無常を感じてるのかもしれない。
 慎重に指を開け閉めしてから手を引っ込めて、指に摘んだ弾丸を頭上に翳し、また手前に引いてためつすがめつする。
 ヨンイルの手の中で弾丸が光を放つ。 
 おのれの手の中で輝く弾丸を見つめ、ヨンイルは殊勝に頭を下げる。
 「おおきになあ」
 どうせなら僕にお礼を言ってもらいたいんだけどねと心の中で愚痴りつつ、弾丸に礼を述べたヨンイルを眺め、腰を上げる。房でビバリーが待ってる、はやく帰らなきゃ……
 「ちょっと君」
 足取り軽く立ち去りかけた僕の肩にぽんと手がおかれる。
 「なあに?」
 振り向けばホセがいた。黒ぶち眼鏡の奥の目に温和な光を湛えて微笑んでる。僕に何の用だと訝しみつつベッドに腰を下ろす。ホセが素早く周囲に視線を走らせて仕切りのカーテンを閉める。
 「さすが、東棟イチの情報屋の異名は伊達ではない。男娼の人脈を生かした情報収集はお手の物ですか」
 ホセの纏う空気が一変したような錯覚に囚われた。
 妙な胸騒ぎを覚えてホセを見上げれば、眼鏡の弦を人さし指で叩きながら、先刻とは別人のように鋭さを増した双眸で僕の表情を探っていた。
 僕が信用できる人間か否か眼力で見極めるかの如き凝視……。
 違う。
 ホセが測っているのは利用価値だ。
 僕が有能なスパイ足り得るか否か、それだけがホセの関心事。
 ホセが重視するただ一点。 
 ホセは先刻から僕とロンのやりとりを眺めて僕とヨンイルのやりとりを傾聴していた。発言を自粛して存在感を消して僕らのやりとりを仔細に観察していた。壁に凭れて腕組みして、眼鏡の奥の目だけを油断なく光らせて……
 胸の鼓動が高鳴り、緊張で喉が乾く。ホセと対峙して過度の緊張を強いられた僕は、なにげなく手をおいたシーツがびっしょり湿ってることに気付く。僕の汗。いつのまにか僕は全身に冷や汗をかいていた。四囲のカーテンを閉め切った密室で、ホセと一対一で向き合って、これから密談に臨もうという緊迫した状況下で大量の汗が噴き出したのだ。
 「ヨンイルくんとのやりとり聞かせていただきました。いやはや、噂はかねがね窺っていたのですが……北と東を又にかける赤毛のスパイとは君にことですか、リョウくん。かつてはサーシャくんの懐に取り入り、ロンくんを人質にとってレイジくんを監視塔におびきだし、今またヨンイルくんとも交渉を成立させて……聞きしに勝る商売上手ですね。吾輩感服しました」
 「それはどうも。隠者にお誉めあずかり光栄だ」
 おどけて首を竦めたけど、ホセの表情は一切動かない。眼光の鋭さも衰えない。なんだよ一体、と気味悪くなった僕の横にホセが腰掛ける。スプリングが軋んでベッドが弾む。
 「さて、ここからが本題だ。かつて北のスパイとして水面下で暗躍してた君に頼みたいことがあるのですがね」
 「へえ、隠者自ら僕に依頼?」
 我が意を得たりとホセが首肯、気障なしぐさで眼鏡を外して弦を折り畳む。分厚い瓶底眼鏡を外すと精気漲る素顔があらわになる。静から動へ、守りから攻めへと一瞬で切り替わった素顔に直面し、戦々恐々身構えた僕にホセが丁寧に申し入れる。
 「調べて欲しいことがあります」
 そして、上着の懐に手を潜らせる。ホセが懐から取り出したのは一枚の地図。だいぶ古い地図らしく色褪せてボロボロで、おっかなびっくり手を触れた途端に塵に帰してしまいそうだった。
 視線を右下に滑らせて発行された年代を確認、驚愕。
 「西暦2000年の地図……80年以上前!?骨董品じゃん、よく現物残ってたね」 
 地図の右下には平成12年発行と印刷されていた。おそるおそる地図に顔を近付けると黴とインクが混じった独特の匂いが鼻腔をつく。ホセは慎重な手つきで地図の皺を伸ばしつつ、紙上に点在する幾つかの点を目で追っている。
 何かの目印とおぼしき赤い点。
 「で、僕に調べてほしいことってなにさ。報酬次第で引き受けるけど」
 おおいに乗り気で急かす。サーシャがペア戦に敗北して最大のパトロンを失った僕は、一人でも多く各棟の実力者を味方に引き入れて足場を強固にする必要に迫られた。サムライに試合で敗れたりとはいえホセは元南のトップでいまだに絶大な影響力を誇る男、恩売っといてのちのち損はない。
 興奮を抑えきれず積極的に身を乗り出した僕を一瞥、ホセが畳みかける。
 「では、地下に潜ってください」 
 ………………………………はい?
 地図を挟んで対峙した南の隠者が断言する。
 理性的な笑顔の裏側に途方もない野望と陰謀を飼い殺して。  
 「聞こえませんでしたか。地獄の最下層を探索してきてくださいと言ったのです」

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050704122126 | 編集
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