ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十一話

 『君、苗さんに似ているね』
 「な、……」
 口を開き、また閉じる。
 静流が礼儀正しく会釈してレイジの隣に腰掛けてからもなお僕の衝撃は冷め遣らず、思考停止状態から脱しきれてなかった。
 僕と苗が似ている?どういう意味だ、それは。単純に容姿のことを指して言っているのか。静流は苗のことを知っているのか、苗とも知り合いなのか?苗は帯刀家の使用人でかつてサムライの恋人だった、その苗とも面識があるということはすなわち静流は帯刀家の関係者であって……
 頭が混乱する。気が動転する。
 僕が苗に似ている。もしそれが事実だとしたら、僕が東京プリズンに来た当初からサムライが世話を焼いていた理由が判明する。自殺した恋人によく似た人間が突如目の前に現れたら誰だって平常心を保つのは難しい。たとえ性別が違っても顔が似ているなら、死んだ恋人の面影を重ね合わせて彼女に出来なかった分も構いたくもなるだろう。
 そうだったのか。
 サムライが東京プリズンに来たばかりで右も左もわからない僕を気にしてたのはただそれだけの理由か。僕はやっぱり、どうしようもなく、苗の身代わりだったのだ。最初から。
 スッと体の内側の温度が下がった。
 箸を握る手の感覚が消失、食欲が減退。自分がいる場所がどこかわからなくなる、前後左右の空間把握ができなくなる……現実感の喪失。僕一人虚空に放り出されたかのような孤独感……心許なさ。
 静流を問い詰めたい。サムライを問い詰めたい。
 はたして僕は本当に苗に似ているのか。
 初対面の静流に指摘されるほどに苗の面影を宿していたのか?
 だからサムライは同房になった当初から現在に至るまで無力な僕を献身的に庇ってくれた、自分の身を犠牲にしてまでも守り抜いてくれたのか?
 僕の中に苗の面影を見出して、かつて死なせてしまった恋人の身代わりに今度こそはと……

 僕は結局、苗の身代わりにすぎなくて。
 僕が苗に似ていたから、サムライは。

 サムライの横顔に視線を転じる。
 サムライは何も答えない。向かいに座った静流の姿が目に入らないはずないのに敢えて無視して今まで通り食事に没頭してる。器用に箸を操って酢豚を摘んで咀嚼、嚥下、そのくり返し。サムライの横顔からは何の感情も汲み取れなかった。いつにも増して硬い能面めいた無表情は、静流の呼びかけはおろか僕の問いかけをも拒んでいるかに見えた。
 様子が変だ。
 静流はサムライを「貢」と呼んだ。親愛の情を込めた呼び方だった。
 しかし呼びかけられたサムライの態度はそっけない。展望台では挨拶も交わさず背を翻して、今また食堂で一緒になっても静流の目さえまともに見ない。
 サムライは静流を避けてる。
 一体、二人の間に何があったんだ。
 「………」
 奇妙な沈黙が流れる。サムライは黙々と食事にいそしむ。僕は手にした箸の存在も忘れて静流の挙動を観察する。僕の視線に気付いてるのか、はたまた気付かないふりをしてるのか、スッと椀を持ち上げて汁を啜る静流。
 そんな静流を不躾に眺め、テーブルにだらしなく頬杖ついたレイジが呟く。
 「別嬪だなあ。ところで、サムライの知り合い?」
 静流が椀を置き、意味ありげな笑みを深めてサムライを一瞥。
 静流が何か言いかけたのを遮り、サムライが仏頂面で答える。
 「いとこだ」
 「いとこだと?」
 反駁したのは僕だ。意外だった。帯刀家の関係者だろうと漠然と察してはいたが、いとことは驚きだ。血の繋がりがあるにしては容姿に類似点がない。
 箸を持ったまま静流とサムライを見比べた僕は、素朴な感想を述べる。
 「いとこの割には似てないな」
 「僕の母が莞爾さん……貢くんのお父さんの妹なんだ」
 静流が補足する。なるほど、いとこか。親戚だったのか。いとこならば幼少期から行き来があるだろうし苗のことを知っていてもおかしくないと納得する。そこで初めてサムライが顔を上げ、まともに静流を見た。
 思わぬ場所で再会を果たしたいとこに対して、今だにどんな態度をとるべきか決めかねてる複雑な顔。 
 「叔母上は健やかにしているか」
 「死んだよ」
 静流はさらりと答えた。サムライの顔に初めて表情らしきものが浮かぶ。驚愕、そして悲哀。静流の言葉にひとかたならぬ衝撃を受けたサムライは、いっそう厳しい顔つきで黙り込む。
 食事を中断、トレイに揃えて箸を置く。
 己の膝を掴んで首を項垂れ、吐息をつく。
 「……俺のせいか」
 「おかしなことを言うね。なぜ貢くんのせいなんだい」
 静流が悪戯っぽく笑う。
 「俺は、帯刀の家名に泥を塗った。あの一件のせいで帯刀は家名断絶、累は一族郎党に及んだと風聞で知った。叔母上とて世間に非難されたはずだ。叔母上は帯刀の生まれに誇りを持っていた、武家の女の矜持に支えられて生きてきた。それを……」
 「寿命だったんだよ、母さんは。貢くんだって知ってたろう、母さんが癌を患っていたことを。ここ何年かはずっと臥せっていて、本家に出向くこともなかった。事件が起きても起きなくても遠からず寿命を迎えていた。貢くんが死期を早めたわけじゃない、自分を責める必要なんてどこにもない」
 「しかし、」
 「母さんのことだけ?」
 またあの目だ。吸い込まれそうに深く清冽な水鏡の目、相対した者の心を反射する止水の目。
 丁重に箸を置き、サムライを見つめる静流。
 「薫流姉さんのことは気にならないの」
 「薫流」の名にサムライが示した反応はごくかすかなもので、記憶の襞をさぐるように双眸を細めただけだった。
 「薫流か。懐かしいな。今はどうしている」
 サムライの問いに静流は答えず、ただ笑っている。
 笑いながら箸を取り、食事を再開。片手に椀を抱えて上品に汁を啜りながら続ける。
 「貢くん、覚えてるかい。ずっと昔、まだ本家と分家の行き来があった頃……僕と姉さんが本家に遊びに来てた頃、苗さんもまじえて隠れんぼしたことがあったでしょう」
 「ああ」 
 「貢くんが鬼で、僕らが隠れる側。本家の庭はとにかく広くて、沢山木があって、隠れる場所には事欠かなかった。僕は夢中で逃げた。貢くんが百数え終える前に必死で隠れる場所を捜した。そして見つけたんだ、ちょうどいい場所を。屋敷の裏手に生えてる桜の老木の洞……子供ひとり隠れるのにちょうどいい奥行きがあって、立派な枝ぶりが邪魔して外からはちょっと見えにくい位置にあった。僕は下駄を鳴らして洞に隠れて、暗闇で膝を抱えて、貢くんがやってくるのを待った。ここなら絶対見つからないって安心して……そうしたら」
 当時のことを思い出し、静流が愉快げな笑いを漏らす。
 鈴を転がすように無邪気な笑い声。
 「背中が変にもぞもぞして、あれなんだろうっておそるおそる手探りしてみたら毛虫が這ってて……あの時は本当にびっくりした。隠れんぼしてることも忘れて無我夢中で飛び出して、貢くんに泣きついた。みっちゃんお願いだからこれ取ってって大騒ぎして、一体何事だって苗さんと姉さんまで出てきて、かくれんぼどころじゃなくなって……」
 「そんなこともあったな」
 サムライが苦笑する。幼少期の思い出に触れて緊張がほぐれたか、顔から硬さがとれて、目には追憶の光が宿っていた。
 「貢くんは眉ひとつ動かさず毛虫を払ってくれた。姉さんには叱られたよ、こっぴどく。見た目だけじゃなく中身もまるで女の子ね、毛虫一匹で騒いで情けない、帯刀の男子の風上にもおけない臆病者だって……少しは貢くんを見習えって。慰めてくれたのは苗さんだけだった。あの頃は苗さんが本当の姉さんならよかったのにって思ってたよ。薫流姉さんは子供の頃からそりゃあ意地が悪くて常日頃から僕を玩具にしてたから…あとからわかったんだけど、あの時、木の洞に潜りこんだ僕の背後にこっそり忍び寄って毛虫を投げ込んだのも薫流姉さんだった。さもあらん、さ」
 「薫流はお転婆だったな」
 「ひどい姉さんだった」
 受難の幼少時代を回想する静流の顔には、言葉とは裏腹に幸福そうな笑みが浮かんでいた。   
 「鯉を獲って来いと池に突き落とされたこともあった。姉さん、鯉料理が食べたかったんだ」
 ……ひどい姉だ。
 思い出話に華を咲かせるサムライと静流を横目にほそぼそと夕飯を食べる。
 さっきまで静流を無視していたのに、避けていたのに、共有の思い出を懐かしむサムライの顔には柔和な表情がたゆたっている。静流に対する警戒心を解いて幼い頃の思い出話に興じるサムライの横でまずい酢豚をかじる。食が進まない。食欲がない。過酷な強制労働で疲れきって空腹なのに、味覚が麻痺したように味けなくて酢豚に伸ばした箸先が鈍る。
 「イッツア・スモールワールド。二人の世界だ」
 「!」
 はっと顔を上げる。
 テーブルに身を乗り出したレイジがにやにや笑いながら僕の顔を覗き込んでいる。不愉快だ。元はといえば君が静流を呼んだのが原因だろうと文句をつけたくなるが大人げないと自粛、食事に集中するふりをする。
 そんな僕に顔を寄せ、レイジが耳打ち。
 「仲間はずれで寂しい?」
 意地悪くほくそ笑むレイジに反発心がもたげる。
 「馬鹿な。何故僕が疎外感を覚えなければいけない。久しぶりに顔を合わせた身内同士積もる話もあるだろう、僕の存在など念頭から忘却して思う存分気が済むまで思い出話に没頭すればいい、彼らの話に介入するきっかけが掴めないからといって所在なく酢豚をつついてるわけじゃないぞ。空気を読んで発言を自重してるんだ」
 「嘘つけ、ホントは羨ましいくせに」
 「君こそ、ロンと喧嘩した直後に浮気心をだすとはいい度胸だな。反省機能が備わってない欠陥人間め」
 「ビジンに親切にすんのは浮気のうちに入んねーよ」
 レイジがおどけて首を竦める。サムライと静流は童心に返って思い出話に耽っていて僕が介入する隙はない。サムライと静流の話し声を聞きながら居心地悪く俯く。サムライと静流の間に流れるのは幼少期を共有した者同士の親密な空気、他人が割り込む隙はない。
 僕は除け者でよそ者で邪魔者だ。
 箸を咥えて独りごちる僕の脳裏で静流の声が再生される。
 『君、苗さんに似ているね』
 あれは、どういう意味だ?
 胸が不吉にざわめく。徐徐に平静を保てなくなる。箸を握る手に力がこもる。僕が苗に似ているから何だというんだ、それがどうしたというんだ、言いたいことがあるならはっきり言え。
 静流に対する反発心が急沸騰、喉元に苦汁が込み上げる。
 「弟の口から言うのもなんだけど、薫流姉さんは美人になったよ」
 静流が言う。
 「貢くんは随分会ってないから知らないだろうけど会えば驚く……」
 「恵のほうが可愛い」
 考えるより先に口が動いた。
 言葉を遮られた静流が、今初めて僕がそこにいることを思い出したとでもいうふうに目を丸くする。サムライが胡乱げに僕を見る。一同の注視を浴びた僕は「しまった」と焦るが、もう遅い。
 今さら後戻りできないと覚悟を決めて饒舌に続ける。
 「君の姉がどれだけ美人かは実際に見てないから評価は差し控えるが、僕の妹には到底かなわない。恵は客観的に評価して十分可愛い。小動物めいて庇護欲をくすぐる黒目がちの瞳と小さな鼻、丸みを帯びた唇、小造りの顔……容姿だけじゃない、性格もいい。少し人見知りするきらいはあるがとても善良で心優しい自慢の妹だ、あと十年経てば君の姉―たしか薫流といったか―とは比較にならない素晴らしい女性になること確実だ。十年間誰より近くで恵の成長を見守ってきた天才が断言するんだ、間違いない」
 誰より愛しく愛らしい恵の笑顔を思い浮かべながら断固主張、ここに写真があれば実証できるのにと悔しさに歯噛みする。
 静流は目をしばたいてる。サムライはあ然としてる。レイジは爆笑する。
 三者三様の反応を見比べて、どうだ思い知ったかと腕を組む。
 静流の姉より恵の方が容姿が優れてるに決まってる。静流が姉を自慢するなら僕は恵を自慢する。大体僕の恵が静流の姉に負けるわけないじゃないか。
 恵の可愛さは偉大、よって恵は無敵だ。
 静流も実姉を慕ってるらしいが、妹を溺愛する度合いに関しては僕の右に出る者はない確信と自信がある。
 「世紀のシスコン対決だ。おもしろくなってきた」
 レイジが口笛吹いて茶化す。まさか僕と正面対決させるのが目的で静流を呼んだのではあるまいなと疑惑が芽生える。呑気に頬杖ついて見物を決め込むレイジを睨みつけ、椅子の背凭れに寄りかかり静流と向き合う。
 「確か静流と言ったか?君の実姉には全くもって何の興味もない、実の弟の口から美人だと聞いても信用に足る根拠がない、偽証の可能性も否定できないからな。第一『しずる』の姉が『かおる』だなんてあまりにも単純率直なネーミングじゃないか。韻を踏んで語感をよくしたつもりだろうが、春の次に夏が秋の次に冬がくるような単調さだ。もう少し独創性が……」
 「直」
 サムライが僕の肩を掴む。その手を邪険に払い落として挑戦的に静流を睨みつける。一触即発の緊迫感が卓上に立ち込める。前言撤回するつもりは毛頭ない、謝罪するつもりもない。僕が言ったことはすべて真実だ。
 さあ、言い返せるものなら言い返してみろと静流の返答を待つ。
 不意に、静流が身を乗り出す。
 ごくかすかな衣擦れの音が耳朶をくすぐり、静流の吐息が顔にかかる。身を引く暇もなかった。決して素早い動きでないにも関わらず、一挙手一投足に隙がない。卓上に手をついて、睫毛が触れる距離で僕の顔を覗き込み、静流が小首を傾げる。
 「名前をまだ聞いてなかったね」
 「言う義務がない」
 「知りたいんだ。教えてくれないかな」
 あくまで穏やかな物腰で静流が申し出て、毒気をぬかれた僕は淡々と自己紹介する。
 「鍵屋崎 直。サムライの同房者だ」
 「カギヤザキ ナオ……名前まで苗さんに似てる。偶然にしては出来すぎだ」
 眼鏡のブリッジに中指を押し当てた僕の正面で、さもおかしそうに静流が笑う。癇にさわる笑い声だ。何か言い返そうと口を開いた僕の肩に静流がそっと手を添える。握力自体は決して強くなかったが、有無を言わせず相手を従わせる威圧感があった。
 僕の肩に手を添えて押し止めた静流が、耳朶に口を寄せ、囁く。
 僕にしか聞こえない声で。
 「そうか。苗さんが死んで君に乗り換えたんだね、貢くんは」
 『苗が死んで、僕に乗り換えた』。
 甲高い音が鳴る。僕の手から滑り落ちた箸が床で跳ねる音。
 「貢くん、あとでここを案内してくれないかな。僕、来たばかりで地理がわからなくて……迷子になってしまいそうで心許ないんだ。貢くんの都合が悪ければ君でもいいけど」
 サムライと僕を交互に見比べて静流が聞く。 
 「冗談じゃない、何故この誇り高い天才自ら案内役を努めなければいけないんだ。君など東京プリズンの地下迷宮で遭難……」
 「キーストアがいやなら俺が案内してやろうか?」
 難色を示した僕を押しのけるようにレイジがしゃしゃりでれば、静流は首を振る。
 「君はさっき食堂をとびだしてった子に謝りに行ったほうがいい。あの子、相当怒ってたみたいだから」
 「ちぇ、つれねーの」
 レイジがしぶしぶ引き下がる。口元に微笑を湛えた静流が謎めいた目で僕を誘う。
 『君、苗さんに似ているね』
 『苗さんが死んで君に乗り換えたんだね、貢くんは』
 前述の言葉の真意が知りたければついて来いと挑発する、艶かしい流し目。
 眼鏡のブリッジに指を添えて逡巡する。静流の誘いを断るのは癪だ。僕が静流に怯える必要などない、静流に引け目を感じる必要などどこにもないのだ。僕はただ真実が知りたい、僕と苗が似ていると言った静流の真意を確認したいのだ。
 深々とため息をつき、ブリッジから指をおろす。
 「……わかった、僕が行く。図書室に本を借りに行くがてら特別に案内してやろうじゃないか。天才の気まぐれに感謝しろ、低脳め」
 「なら俺も」
 「君は来なくていい」
 椅子を引いて席を立とうとしたサムライを制し、手早く食器を片付けてトレイを抱え上げる。
 「僕が用があるのは帯刀静流だ。朴念仁の帯刀貢は房に引っ込んで墨でも擦っていろ」
 トレイを持ち、先に立って歩き出した僕の背後に静流が続く。視界の端にサムライの肩を叩いて慰めてるレイジの姿が飛び込んできたが、無視する。
 僕の背後に続いた静流はくすくす笑っている。
 「貢くん、亭主関白ぽいけど惚れた相手に頭が上がらないのは相変わらずだなあ」
 おそらく幻聴だ。 

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050707231104 | 編集
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