ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十話

 今日の献立は中華だ。
 東京プリズンの献立に中華が加わって二週間が経つ。
 中国系が最多数を占める東京プリズンでは以前から献立に中華を加えて欲しいという根強い要望があったが、上にはすげなく却下された。
 それでなくても洋食と和食の二種類のみの日替わり、ワカメの切れ端が浮かぶ味の薄い味噌汁と小骨が喉に刺さる焼き魚に炊飯、不味いマッシュポテトに脂が白く凝り固まったベーコン、黄身の潰れた目玉焼きなど味だけでなく見目も悪い料理が供給されるのだ。上の人間に献立改善の意志などあろうはずもない。
 だが、味も見た目も悪くても一日二食の貴重な栄養源であることに変わりない。
 働かずざる者食うべからずの諺を例に出すまでもない。囚人に選り好みする権利はない、好き嫌いを唱える資格もない。食べなければ飢えるのみ、贅沢を言って食事に手をつけなければ食い意地の張った同輩に横取りされるのみだ。
 連日の強制労働で空腹の極みに達した囚人は、不味い食事でも文句を言わず飯粒ひとつ残さずたいらげている。愚図愚図していたら食器を横取りされる、のろのろしていたら椅子を蹴倒されてトレイごと奪われる。
 東京プリズンにおける食事は一分一秒を競う熾烈な戦いだ、とにかく口に詰め込んで咀嚼して嚥下して消化するそのくり返しで胃袋を満たすのが肝心だ。飢え死にしたくなければ殴られ蹴られてもトレイを死守して食器を抱え込んでがっつくしかない。それが東京プリズンでまかり通る弱肉強食の掟だ。
 ところが二週間前に方針転換があり、東京プリズンの献立に待望の中華が加わった。中国系の囚人は狂喜した。中国系だけではない、食事のバラエティーが増えるのはマンネリ化した献立に飽き飽きしていたその他囚人にとっても朗報だった。
 僕が安田に交渉したのが効いたのだろうか?
 まあいい。何にせよ献立のバラエティーが増えたのは喜ばしい。
 「すごい人出だな」
 食堂の熱気にあてられて、凡庸な感想を口にする。
 食堂は混雑していた。
 油汚れが目立つ床には無数の靴跡が刷り込まれて不衛生な惨状を呈してる。
 ここの囚人は行儀が悪い。最悪だ。最下等だ。彼らの辞書にはきっと「食事作法」が載ってないのだろうと思わせる飢えた豚の如き下品極まる食べ方には思い余って目を覆いたくなる。箸を鷲掴みにして飯をかきこんでいる囚人はまだマシなほうで、中には椀に直接口をつけて無作法な音をたてて汁を啜り、口のまわりを食べ滓だらけにして手掴みで貪り食っている者もいる。
 東京プリズンの食事風景を表す言葉はこれに尽きる。
 『餓鬼地獄』。
 「俺の酢豚返しやがれ箸で目玉ほじくりかえすぞ!」
 「目玉ほじくり返されたって酢豚は返すか馬鹿やろう、もう唾つけちまったんだから俺のモンだ、この酢豚は巻きじっぽでぶひぶひ言ってた頃から俺の胃袋に入る運命が決定してたんだ、往生際良く諦めろ!」
 「適当言ってんじゃねえそりゃあ俺の酢豚だ端っこに齧ったあとあるだろ、歯型ついてんだろ!?汚ねえ唾とばすんじゃねえ、そっちがその気にならその麻婆豆腐もらうぜ!」
 「ああっ卑怯者、俺の麻婆豆腐を三分の一も啜りやがって……」
 「上等だ、火ィ吹く勢いで全部飲み干してやらあ!!」
 酢豚の奪い合いから取っ組み合いの喧嘩に発展した囚人二人が、めまぐるしく上下逆転しながら卓上を転げり、はてに床に転落。後頭部を強打してなお互いの胸ぐらを掴んで罵り合いを止めず、周囲の顰蹙を買っている。
 食べ物の恨みは根深い。派手に食器をひっくり返し、酢豚と麻婆豆腐を床一面に撒き散らして殴り合いを続ける囚人のそばを通り過ぎる。
 「あんちゃんひでえや、それ俺の湯(タン)!!」 
 「こまかいことを気にするな弟よ、この世にたった二人きりの兄弟の仲じゃねえか。血を分け合った実の兄弟、一杯の椀から湯を分け合うのも肉親の情あってこそ……いでっ、箸で刺すんじゃない、股間を狙うんじゃない弟よそこは男の急所で強姦魔の大事な場所だ!?」
 「あんちゃんの馬鹿馬鹿もう絶縁だ、あんちゃんはいっつもそうだ、小さい頃からずっとずっと俺のおかず横取りして私腹を肥やして……旧正月のお祭りの時だって俺がなけなしの小遣いで買った肉包を横からガブッて!!俺がハリボテの龍に見惚れてる隙にガブッて!!」
 「弟よ刺すんじゃない箸を凶器にするんじゃない強姦魔の凶器は下半身だ!!」
 向こうのテーブルでは残虐兄弟が口論してる。涙に目を潤ませた弟が妙に舌ったらずな口調で兄を非難、兄がしどろもどろに反論しつつ振り上げ振り下ろされる箸をかわす。反射神経がいいなと感心する。
 くりかえすが、食べ物の恨みは根深い。
 「僕としたことが不覚だった、せめてあと三分早く来るべきだった。すでに席がないじゃないか」
 食堂を見まわして舌打ち、食器を載せたトレイを抱えて立ち往生する。
 席争奪戦に出遅れたのが致命的だった。途中展望台に寄ったりせず真っ直ぐ食堂に来ればこんなことにはならなかった、と悔やんでも遅い。
 席はあらかた埋まっている。
 このままでは立ちっぱなしで食事をとることになる。
 「キーストア!」
 混雑した食堂を見渡して途方に暮れた僕を誰かが呼ぶ。聞き覚えある声に振り向けばレイジが軽薄に手を振っていた。既視感。以前にもこんなことがあったなと思いながらサムライを連れて通路を歩く。
 喧騒の渦と猥雑な通路を抜けて、一階中央やや左寄りのテーブルに到着。
 レイジがいた。隣には仏頂面のロンもいた。
 「何故君がここにいるんだ。入院中じゃないのか」
 「退院したんだよ。一分一秒でも長くロンと一緒にいたいって無茶言って、ちょーっだけ早めにな」
 レイジはこの上なく幸せそうににやけていた。馴れ馴れしくロンの肩に腕を回して抱き寄せて、向かい席を顎でしゃくる。
 「座れよ」
 レイジの向かい席には先客がいたが、その一声でトレイを抱えて立ち去ってしまった。職権乱用、もとい権力乱用だ。東棟の王様から晴れて東京プリズンの王へと昇格したレイジの命令には誰も表立っては逆らえない。
 それまで椅子を温めていた囚人と入れ替わり着席、ため息をつく。
 「王様は不死身か。左目を失明して背中に火傷を負った割には随分元気そうだが、まさか仮病を使って医務室のベッドを独占していたのか。東京プリズンの王様に出世して以降やりたい放題じゃないか」
 勿論イヤミだ。レイジが機嫌な理由はわざわざ聞かなくても見当がついた。愛情こめてロンの肩を抱く仕草で一目瞭然だ。野生の豹は舐めて傷を治す。ペア戦から二週間が経ち、レイジは脅威的な回復力を見せたがまだ体調は万全とは言えない。ナイフで焼かれた背中の火傷が痛むらしく、時折顔を顰めてるのがその証拠だ。
 「キーストアってば相変わらず毒舌な。久しぶりに顔合わせたんだ、退院おめでとうとか俺がいなくて寂しかったとかお祝いにキスしたげるとか温かい言葉かけてくれもバチあたらねーと思うけど?」
 「どうせならその口も縫合してもらえばよかったのに。僕なら舌も切除するがな」
 箸を手に持ちあきれる。同情をこめた眼差しをレイジの腕の中のロンに向ければ、本人は憮然として、箸で摘んで口に放り込んだ酢豚を咀嚼していた。レイジの腕を肩にかけたままでいるのは怪我人に遠慮してるからか、自分の体が辛いからかと邪推する。
 まだ尻が痛むのだろうか?……痛むに決まっている。
 あの後医務室で診てもらったか確認したかったが、食事中にだす話題ではないと自重して酢豚を咀嚼するのに集中する。
 レイジの隣のロンから、隣のサムライへと視線を移す。
 サムライは黙々と箸を使っていた。
 いつものことだが、思わず見惚れてしまうほど姿勢がいい。
 「………」
 サムライに聞きたいことがある。
 『静流?』
 耳の奥に殷殷と声が甦る。
 黄昏の展望台でサムライと対峙した少年の姿が脳裏で像を結ぶ。最涯ての夕日を背景に振り返る囚人……黄昏の涼風に舞う黒髪、睫毛の影に沈んだ物憂げな双眸、艶やかに赤い唇。一瞬性別を見誤った。全体的に線が細く骨格が華奢で、白鷺の化身めいて優美な肢体が残照に映えていた。
 美しい少年だった。
 東京プリズンには不似合いな、場違いな、異端の存在。
 東京プリズンにいること自体が間違いではないかと思わせる特異な存在感の持ち主。
 風に吹き流れる前髪を手で押さえ、少年はかすかに微笑んだ。一陣の涼風が胸を通り抜けるような清冽な微笑みだった。
 『久しぶりだね。貢くん』
 少年は親しげにサムライの名を呼んだ。サムライが過去に捨てた名を呼んだ。幾許かの恥じらいと溢れんばかりの親愛の情をこめ、みつぐ、と。

 サムライと少年は知り合いだった。
 恐らく外にいた頃の……僕がまだサムライと出会う前の。

 その場はそれで終わった。
 サムライは迅速に背中を翻して展望台を去った。静流と呼ばれた少年の視線に追いたてられるように、逃げるように。二人の間に会話はなかった。サムライの態度はどこかよそよそしかった。僕はあれからずっと静流と名乗る少年との関係を問いただしたかったが、サムライの横顔がそれを拒絶していた。
 一体「静流」とは誰だ、何者だ、どういう関係なんだ?何故東京プリズンにいるんだ。静流は僕たちと揃いの囚人服を着ていた。ということは何らかの犯罪を犯して、囚人として東京プリズンに収監されたということだ。
 そこまで考えて困惑する。展望台で会った静流の印象と犯罪とがどうしても結びつかない。東京プリズンに収監されたということは即ち、社会に危険視される重犯罪者の烙印を押されたということ。
 僕は両親を殺害して東京プリズン収監が決定した、サムライもまた実父を含む道場の門下生十三人を斬殺して東京プリズンに送られた。ロンもレイジも殺人の前科がある。
 静流は?
 静流は一体、何をしたんだ。
 「………腑に落ちない」
 静流との関係が気になるあまり食がはかどらない。
 やはり直接サムライに聞いてみよう。箸を揃えて置き、サムライに向き直る。サムライは音をたてずに椀の汁を啜っている。
 よし、今だ。
 「サ」
 「聞いたぜ半々、ご開通おめでとうってか!?」
 口を開くと同時に邪魔が入った。
 話を遮られた不快感も露わに正面を向けば、子分を五・六人引き連れた凱がロンの背後に立ち塞がっていた。
 ロンが腰掛ける椅子の背凭れに寄りかかり、凱が野太い哄笑をあげる。
 「昨日はずいぶんとごさかんだったみてえじゃんか。レイジに突かれて喘いでケツ振って気ィ失うまで玩ばれたんだろ、可哀想に。おや、ズボンの尻に赤い染みができてるぜ。生理かよ」
 レイジが隣にいてもお構いなしにつっかかる凱に眉をひそめる。ロンをおちょくる絶好のネタができたと嬉々としてやってきたらしくまわりの状況が見えてない。愚かな裸の王様だ。 
 「消えろよ凱。飯どきにちょっかいかけてくんな」
 ロンは露骨に顔を顰めて凱の腕を振り払いにかかるが、凱はしぶとい。ロンの処女喪失という美味しいネタを逃す手はないと満面に下劣な笑みを湛えて、嫌がるロンの手を乱暴に叩き落として無遠慮に体をまさぐりだす。
 上着の裾から手を潜らせて腹を揉みしだき、さらに調子に乗ってズボンに手をかける。 
 「どれ、この俺サマ直々にお前のケツの具合確かめてやるよ。マジで処女膜破れてるかどうか指突っ込んで確かめてやる」
 「!ちょっ、どこさわって……いい加減にしろメシ時に、っあ」
 箸を鷲掴んでロンが身悶える。激しく身を捩れば肛門の裂傷が痛むらしく、腰の動きを制限されては凱の手を振り解くこともできない。箸をへし折らんばかりに力を込めてこぶしを握りこみ、恥辱に頬染めるロンを楽しげに眺めながら凱がズボンを引き下げて……
 「ぎゃああああああああああああああああっ!!!」
 凄まじい絶叫が駆け抜ける。
 「凱さん!?」
 「凱さん大丈夫っスか、しっかり!!」
 床で七転八倒する凱に血相変えて子分が駆け寄る。
 テーブルに上体を突っ伏して荒い息を吐くロンの隣、体ごと凱に向き直ったレイジが微笑む。
 怒りの波動が大気を震わせてこちらにまで伝わってくる笑顔。
 ぎりりと音が鳴るほど肉を挟み、凱の手の甲を思いきり抓り上げたレイジがその場にしゃがみこみ、床に伏せった凱の顔を覗きこむ。
 周囲の囚人が箸を止めて息を呑み、床にしゃがみこんだレイジと凱を注視する。
 喋り声はおろか食器の触れ合う音すら完全に途絶えた静寂の中、絶対的優位を誇示するごとく凱の頭に手を置き、宣言。
 「俺の女に手をだすな」
 そそくさと着衣の乱れを整えたロンが顎も外れんばかりに口を開ける。
 近隣テーブルの囚人があ然と箸を取りこぼす。
 間の抜けた沈黙がたゆたう中、レイジは言いたいこと言って満足したといわんばかりに椅子に戻って腕を組む。優雅に腕を組み、尊大にふんぞり返ったその姿には一種の風格さえ漂っていた。  
 野生のフェロモンで雌をたぶらかして、ハーレムを築いた肉食獣の風格が。
 ……察するにあれが決め台詞だったのだろう。あきれかえって二の句を継げない僕の視線の先でみるみるロンの顔が紅潮する。
 「~~~~~お前の女になった覚えはねええええええっ!!!」
 「いでっ、でででででででえっ痛いロンほっぺは痛てえ!?」
 「わざと痛いようにやってんだから大いに痛がって反省しやがれ、誰がいつお前の女になったんだよ一回ヤッたぐらいであることないこと言ってんじゃねえこの色鬼!!」
 「色鬼……スーグイ、台湾語でスケベという意味だ」
 「解説いらねえから助けろキーストア!?俺一応怪我人怪我人、ギブ、ギブだって!!」
 「あれは約束だから仕方なく抱かれてやったんだよ、お前がどうしても俺抱きたいって夜這いかけてきたからムゲに追い返すのもアレだしって情ほだされて扉を開けてやったんだよ!そしたらいきなり押し倒して舌突っ込んできやがって……なんだよあの強姦魔みてえなキスは、よっぽど噛み千切ってやろうかと思ったぜ!」
 「過ぎたこと今さらぐじぐじ蒸し返してケツの穴のちっせえ男だな!あ、ちなみにこれマジだから、そのまんまの意味だから。お前だってまんざらじゃなかったくせに俺だけ悪者扱いかよ、昨日はあんなに可愛かったのに、俺に組み敷かれてもう無理これ以上無理あっああっイく、イくーうってよがり狂ってたのはどこの誰だよ!!俺にしがみついてがくがく首振って涙目で喘いでたのは、俺のモンが奥まであたってるって頬赤らめて甘い喘ぎ声あげてねだるように腰擦りつけてきたのは」
 「……………なっ、そっ、いっ…………」
 ロンの顔色が赤を通り越して青くなる。満員御礼の食堂で、大勢の野次馬が聞き耳を立てる中で赤裸々な痴態を暴露されたのだ。レイジを呪い殺したくもなるだろう。
 レイジの頬をぎりぎり抓り上げていた指を外してうろたえるロンにさかんに野次が飛ぶ。ついでに食器も舞い飛ぶ。
 「今の聞いたか?くそっ、レイジが羨ましいぜ」
 「昨日の半々はさぞかし素直で可愛かったんだろうなあ。レイジのモンが欲しい欲しいって一生懸命腰擦りつけてきたんだろ、にゃーにゃー甘い鳴き声あげてレイジのモンねだったんだろ。想像しただけで勃っちまった」
 「俺、軽くイッちまった」
 「溜まってんなあお前」
 「おーい半々、ここで服脱いでレイジにつけられたキスマーク見せてくれよー」
 「俺たちが数えてやるからさあ」
 ロンの呼吸が浅く荒くなり、目が真っ赤に充血する。危険な兆候。さすがにやりすぎたとレイジが気付いた時には遅く、テーブルを平手で叩き、トレイを盛大にひっくり返して席を立ったロンが唾をとばして罵倒する。
 『暇正経!!!』
 鈍い音をたて椅子が転倒、台湾語で罵られたレイジが目をしばたたく。
 そのままこぶしを振り上げ殴ろうとして思い止まったのは、一応相手が怪我人だと自制心が働いたからか。怒りに震えるこぶしを押さえ込み、血走った目でレイジを睨みつけ、ロンが颯爽とその場を走り去る……訂正。五メートルも行かずに転倒、周囲の野次馬から情け容赦ない嘲笑を浴びる。
 片手で尻を押さえ、片手でテーブルの縁を掴んで立ち上がったロンが手近の食器をすくい力任せにこちらに投げる。
 レイジの足元で食器が跳ねて、甲高い金属音を奏でる。
 「やべ、怒らせた」
 「冷却期間を持て。間をおかずに追うのは逆効果、さらに怒らせるぞ」
 喧しい野次を背中に浴びて、足をひきずりながら食堂を去るロンにため息をつく。
 「ロン、さっきなんて言ったんだ」
 「説明したくない。空気で察しろ」
 実際、あまりに頭の悪い言葉だから僕の口から説明したくなかった。ロンの背中を見送って椅子に腰を下ろしたレイジがしょげかえる。
 まったく、性交渉を持っても進歩のない連中だとあきれる。レイジとロンが性懲りなく痴話喧嘩してる最中もサムライは冷静沈着に箸を運んでいた。
 レイジの隣に空席ができた。
 「……あー、おれ馬鹿だ」
 「自覚症状があるのは結構なことだ」
 サムライを見習って箸の動きを再開、酢豚を摘みながら言う。レイジはロンを傷付いたことに対して激しい自己嫌悪に苛まれてるらしく頭を抱え込んだまま身動きしない。レイジが落ち込むとは珍しいこともあるものだと箸を動かしがてら興味を持って眺める。
 「率直に言って、何故ロンが君に抱かれたのか理解に苦しむ。今世紀最大の謎だ。どのような思考過程を踏んで君との性交渉に至ったのか生理学的な興味すら覚える」
 「同感だ」
 サムライが頷き、レイジの首の角度が急傾斜する。ロンは啖呵を切って走り去ったまま戻ってくる気配がない。強制労働に疲れ果てて空腹だろうに、夕食を半分以上残したままだ。今頃どこでどうしてるだろうとロンの行方に思い馳せつつ惰性で箸を口に運ぶ僕の正面、頭を掻き毟って悲嘆に暮れていたレイジが突然顔を上げる。
 「?」
 レイジの視線を追って背後を振り向き、硬直。
 レイジの視線が射止めていたのはトレイを抱えて通路をさまよう一人の少年……さっき、展望台で会ったばかりの少年だ。空席をさがして通路を歩いているが見渡す限り全部先客で埋まっているらしく、途方に暮れた様子だ。
 「わお、別嬪だ」
 レイジが口笛を吹き、僕が見てる前で席を立ち、大仰に手を振る。
 「おーい新入り、ここ空いてるぜー。カモンベイベー」
 危なく手を滑らして食器を落とすところだった。
 「何で呼ぶんだ!?」 
 「なんでって、困ってたからさ」
 胸ぐらに掴みかからんばかりに語気荒く追及してもレイジは動じずに飄々としてる。ロンと喧嘩別れしたばかりだというのにその態度はなんだ、反省の色なしだ。レイジに手を振られた少年がこちらに視線を向け、自分に背中を向けたサムライに気付く。
 そして、微笑む。
 育ちの良い物腰と上品な所作が溶け合わさった優雅な歩みで少年がこちらにやってくる。少年が通りすぎたそばから近隣テーブルの囚人が口笛を吹き、熱っぽいざわめきが伝播する。
 食堂中から好奇の眼差しを浴びても少年は動じず歩みを止めない。通路の人ごみを貫いて威風堂々と歩くその姿に誰もが魅了され、目を奪われる。
 「ここ、いいかい」
 ちょうど僕とサムライの中間の位置で立ち止まり、少年が控えめに聞く。
 僕らの背後に立っているが、視線はレイジに向けている。箸を口に咥えて椅子を揺らしながらレイジは「どうぞどうぞ」と頷いた。尻軽め。
 声に反応して、サムライが顔を上げる。
 箸を持つ手が止まり、サムライの双眸が鋭くなる。
 「貢くんの友達か」
 僕とレイジを見比べていた視線が、やがて僕でとまる。トレイを卓上に置いた少年が体ごと僕に向き直り、片手をさしだす。僕に握手を求めてるらしい……が、応じる義務はない。潔癖症がある程度改善された今でも僕はできるだけ他人との接触を避ける傾向にある、初対面の人間と握手するなどとんでもない、どんな黴菌を持ってるかしれないじゃないか。
 「その手をどけろ。どんな黴菌を持ってるかわからない他人と無差別に握手する趣味はない、僕と握手したければ最低三十回手を洗浄したのち殺菌消毒……」
 そこまで言いかけて、続きを呑みこむ。
 少年がまじまじと僕の顔を眺めているのに不審を覚えたからだ。
 なんだ、人を珍しいものでも見るみたいに……不愉快だ。そんなに僕の顔が面白いか?レイジのように特別綺麗なわけでもない、サムライのように異様に眼光鋭いわけでもない、この平凡な顔が。
 確か、名前は静流と言ったか。
 眼鏡のブリッジと人さし指で押さえ、冷ややかな目つきで静流を睨みつける。静流は依然物言いたげな表情で僕の顔を隅々まで凝視している……観察している。 
 何だ、この感じは。
 何とも形容しがたい不思議な感覚だった。静流との会話は水鏡と対峙するのに似ていた。明鏡止水の四字熟語をそのまま体現したような、静かな流れという名がそのまま人の形をとったような、この場にいるのにこの場にいないかのような奇妙な掴み所なさ……

 水のような目だ。
 静かな流れ。静流。 

 そして、静流は言った。
 相対した者の心をそのまま映し出す水のように静謐な目で僕を見据えて、思いがけないことを。
 僕がいちばん言われたくないことを。
 「君、苗さんに似ているね」
 宣戦布告ともとれる第一声だった。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050708030407 | 編集
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