ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三話

 「!レ、んっく」
 唇をこじ開けて潜りこんできたのは熱い舌。
 体の一器官でありながらそこだけ独立した生き物のように卑猥に蠢く舌が唇の隙間に割りこみ、容赦なく口腔を犯す。
 一体全体今俺は何されてるんだ。
 レイジに舌突っ込まれて息ができずに苦しがってるのか?
 レイジが医務室を訪ねた夜のことを思い出す。
 カーテンの影に隠れて立ち尽くしたレイジ、叱られたガキみたくばつ悪げな表情……そして、突然俺に襲いかかった。豹変。あの夜と同じ、いや、それ以上の激しさでレイジは俺の口腔を犯している。もう辛抱きかないと切迫した様子で、体の奥底から込み上げる衝動に突き動かされて……
 扉を開けるんじゃなかった、と快感に痺れ始めた頭で後悔する。
 無防備に扉を開けてレイジを迎え入れるんじゃなかった。
 俺は心を鬼にしてレイジを追い返すべきだったのだ。
 なんたって相手は怪我人だ、今もってベッドでいい子にしてなきゃいけない重傷患者だ。勝手に医務室抜け出してほっつき歩いていい立場じゃない。扉を開ける前にしっしっと追い返してたらきっと俺はこんな目に遭わず、レイジはぶちぶち愚痴をこぼしつつも医務室に取って返したはずだ。俺は油断してた。相手がレイジだから無意識に隙が生まれていた。レイジは俺の相棒だ。相棒のレイジがまさかこんな蛮行に及ぶはずないと、夜這いをかけてくるはずないと高を括っていたのだ。

 暴君を侮った俺の失態。俺の甘さが敗因。
 レイジを甘く見たら火傷すると、とっくの昔にわかってたはずなのに。

 「っは、あっ……レイジおりろ、息ができねえよ」
 よわよわしく手足を振って暴れながら、窒息の苦しみをレイジに訴える。
 鉄格子の隙間から射した蛍光灯の光が殺風景なコンクリ床に縦縞の影を映す。鉄格子の隙間から落ちた光の筋の中で微塵の埃が循環してる。綺麗だった、この世のものとは思えないほどに。ただの埃がなんであんなに綺麗なんだろう、と霞み始めた意識の彼方で朦朧と考える。レイジは相変わらず俺の上からどかず腰に尻を据えたまま、房に立ち込める暗闇に表情を隠してる。
 沈黙が不気味だ。空気の重苦しさで胸が押し潰されそうだ。
 今夜のレイジは変だ。
 壁際にぽつんと蹲ったレイジを一目見た瞬間から漠然とした胸騒ぎを感じていた。本音と建前が噛み合ってないアンバランスな笑顔が違和感の原因。
 今夜のレイジには笑顔を浮かべる余裕なんかない、野生の本性を剥き出して扉を開けた途端に襲いかかったのがいい証拠じゃねえか。
 レイジは執拗に俺の唇を舐めていた。獲物を味見してるみたいに濃厚なキス。
 「看守はもう行ったぜ、いい加減医務室に戻れよ。俺に麻雀牌返しにきたんならもう用は済んだろ、今なら医者も気付かない、お咎めもない。なんにもなかったふりでベッドに潜りこんでわざとらしく寝息立ててりゃまるくおさまる」
 この期に及んでもまだ俺はレイジが別の用件で訪ねてきたと信じたかった、嘘でもいいからそう信じこみたかった。
 勿論、レイジが今夜房を訪ねた目的は牌を返すためじゃない。本当の動機は別にあるといくら鈍い俺でも察しがついていた。
 だが、俺は尻込みしていた。いつかはこの時がくるんだろうなと諦めと不安が入り混じった気持ちを抱いてはいたが、こんなふうにその瞬間が訪れるなんて予想だにしなかった。なにもかも突然すぎて性急すぎてついていけねえ。
 思い立ったら即行動なんてレイジらしいなと思うけど俺はまだ心の準備ができてねえ、体のほうだってちっとも準備できてねえ。
 体の準備……って、具体的に何をどうすりゃいいんだ?見当もつかねえ。とりあえずシャワーは浴びた。強制労働のあとで一日の汗と汚れを落として気分爽快……だったのに、レイジと縺れ合って床転がってるうちにびっしょり汗かいて台無しだ。
 「レイジ、扉開けてやるからさっさと帰れよ。お前怪我人なんだから無茶すんなよ。ベッドに寝たきりで退屈だってさんざんぼやいてたのに、勝手に出歩いたのがバレてまた退院延びたら……っ、ぐ!?」
 「くだらないおしゃべりに舌使う余裕あるならキスに応えてくれよ」
 低い囁き声。
 そこらの女なら一発で腰砕けにまいっちまうだろう甘い囁き。
 暗闇に沈んだ表情は見えないが、今夜のレイジはひどく切羽詰って王様を王様足らしめるいつもの余裕を失っていた。
 レイジは本気だ。本気で俺を抱きにきた。ただそれだけの為に医務室を抜けて長い時間と道のりかけてはるばる房にやってきた。まだ包帯もとれてねえくせに、背中の火傷も治ってねえくせに、無茶しやがって。  
 レイジの下から脱け出て、豆電球を点けに行けるかちらっと考えた。答えは不可能。豆電球を点ければちょっとは視界が明るくなるのに、レイジに対する得体の知れない恐怖と不安も薄れるのに、互いの顔が見えない暗闇じゃあ声を頼りに本心を探るっきゃない。
 「……お前、どうかしてるよ」
 レイジが怖い。ただ、純粋に怖い。今夜のレイジはなにをしでかすかわからない、なにをしでかしても不思議じゃない。
 背中を寝かせた床が俺の体温で徐徐にぬくもり始めている。
 レイジに両手を掴まれて顔の横に固定された仰向けの体勢から、緩慢に視線を上げる。
 「どうかしてる?どうかさせたのはお前だろ、さんざんじらしやがって」
 心外なといわんばかりに自嘲の笑いをまじえて吐き捨てる。目が暗闇に慣れてきた。闇からおぼろげに浮かび上がるレイジの顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
 「お前言ったよな、ペア戦始まる前の夜に。100人抜き達成したら抱かしてやるって」
 「………ああ」
 「守れよ」
 「守るよ。お前の怪我が治ったら、」
 「またそれかよ。そうやってずるずる引き延ばして、しまいに忘れたふりすんじゃねえだろうな」
 ぎくりとした。レイジの指摘は的を射ていた。視力がいいレイジは暗闇の中で俺の表情を見て取ったらしく、鼻を鳴らす。
 「そんなこったろうと思ってたよ。今日、お前の様子がおかしかったから気になってたんだ。いや、今日だけじゃねえ。ペア戦終わってから二週間というものずっとだ。お前ときたら俺とまともに目えあわせようとしねえし俺が約束のこと振れば妙によそよそしくなるし、マジで約束守る気あるのか疑ってたんだよ。ロン、耳の穴かっぽじってよく聞けよ。俺は一年半も前からこの日を待ってたんだ。お前を抱きたくて抱きたくて俺だけの物にしたくて気が狂いそうだった。正直、お前が抱けるなら片目くらいくれてやるって思ってた」
 「冗談でも言うな、そんなこと」
 「冗談なもんか。マリアに誓って真実だ」
 レイジを追い詰めたのは、俺だ。俺の優柔不断な態度がレイジを怒らせた。レイジが今夜房に来たのは俺の本心を確かめる為、俺に約束守る気があるかどうか体に聞くためだ。暗闇に慣れた目がレイジの顔を映し出す。
 焦燥に歪む顔、理性と本能の間で激しく揺れる葛藤の表情。
 「いいだろ?抱かせろ。最高に気持ちよくしてやるから」
 「!まっ、」
 待て、と叫ぶ暇もなく再び口を塞がれた。
 熱くて柔らかいレイジの唇の感触、優しく舌を啄ばむ繊細な愛撫が徐徐に熱を帯び激しさを増して口腔を蕩かせる。洗練された舌の動き。唾液を捏ねる音が淫猥に響き、羞恥心を焚き付ける。
 レイジから逃れたい一心で狂おしく身をよじってはみるが、体重かけて四肢を組み敷かれていては無駄な抵抗でしかない。レイジは俺の気持ちいいところを完璧に知り尽くしていた、口の中の性感帯を知り尽くしていた。
 頬の内側の敏感な粘膜、普段外気に晒すこともない舌の裏側、そして……数え上げればきりがない。こんなの、はじめてだ。メイファとキスした時はもっとおそるおそる遠慮がちに……

 ぼんやり霞みがかった脳裏にメイファの顔が浮かぶ。
 俺の初恋の女。

 「……………ふっ、んっ………」
 熱い。体じゅうが火照ってる。
 キスひとつで自分の体がこんなになるなんて、と信じられない気持ちでいっぱいだ。悔しいけど、本当に上手い。一体何人何百人の女とキスしたらこんな絶妙な舌遣いができるようになるんだ?レイジの経験値は半端じゃない。10歳かそこらのガキの頃から半端じゃない数の男や女と寝てきたんだ、ノーマルアブノーマル問わずさまざまなセックスを体験してきたんだ。そりゃ必然上手くもなるだろう。なんだか頭が朦朧としてきた。
 体の芯がふやけて蕩けて、心地よい浮遊感に包まれる。
 「息、できねえ……」
 こぶしでよわよわしくレイジの胸を叩く。
 「息なんかすんなよ」
 「無茶言うな、死ぬよ」
 「死なせねえよ」
 俺の抗議を鼻で一蹴して、レイジはキスを続ける。
 呑みきれない唾液が口の端から零れて透明な糸を引く。
 本当に、このまま死んじまうんじゃないだろうか。レイジの腕の中で窒息死しちまうんじゃないか、と本能的な危惧を抱いて体が強張る。
 レイジは骨の髄まで俺を貪り食うつもりだ。
 レイジの胸を叩き、何とかして俺の上からどかそうと試みる。苦しい、本当に苦しい、息が続かねえ。唾液に溺れちまう。いい加減に唇を離せレイジ、舌を抜け。だが、レイジは一向にどかない。俺の胴に跨ったまま、キスの世界最長記録に挑むように時間をかけて口腔を貪り尽くす。
 「ふっ、ん、うく……う!」
 「キスだけでイッちまいそうってか」
 レイジが皮肉げにせせら笑う。悔しいが、本当にそうなりそうだ。体じゅうが火照って疼いてもうたまらない。自分の口の中がこんなに敏感にできてるなんて知らなかった、知りたくもなかった。俺は巧みな舌遣いに翻弄されるばかりで、どんなに腕を突っ張ってもレイジをはねのけることさえできない。どうすればいい?このままされたい放題レイジに犯されてそれでいいのか?

 冗談じゃねえ。

 男に犯されるなんざごめんだ、強姦されるなんざ恥だ。
 男の意地にかけて抵抗してやる。手足が使えなくてもいくらでも反撃のしようはある、たとえば……
 「!っ、」
 レイジが顔をしかめ、とびのく。
 積極的に舌を絡めてきたレイジに応じるふりで舌を噛めば、俺の口の中にも鉄錆びた血の味が広がる。
 唾液に溶けて口腔に満ちるレイジの血の味。
 胸焼けして吐きそうだ。不味かった。それを我慢して唾液を嚥下、床を横転してレイジの下からぬけだす。腰が抜けたように床にへたりこみ、尻で這いずって距離をとる。背中に鈍い衝撃、物音。後退してるうちにベッドにぶつかったらしい。
 暗闇に響く衣擦れの音、性急に弾む呼吸、早鐘を打つ心臓。
 俺にはレイジがわからない。なんでレイジがこんなに焦ってるのか、突然こんな真似をしたのか、理解に苦しむことばかりだ。こんなの全然レイジらしくねえ。座高の低いベッドに背中を預け、虚空に顔を向ける。
 シャツの胸を掴んで深呼吸をくりかえし、かすれた声を絞り出す。
 「ふざけんな。こんなのレイプとおなじじゃねえか」
 手の甲で顎を拭いてたレイジがぴくりと反応する。
 「力づくで無理矢理なんて、凱やタジマとおんなじじゃねえか。レイジ、お前は俺を抱きに来たんじゃない、犯しにきたんだ。こんなやり方ずるいよ、俺が何回嫌だって言っても関係なく舌突っ込んできやがって、今のお前タジマや凱とどこも変わんねーよ」
 「違う」
 「違わねーよ。お前が望んでたのってこんなことかよ、俺が泣こうが叫ぼうがてんで無視して、さかった犬みてえにはあはあヨダレ垂らして息荒げてのしかかって……ああくそっ、滅茶苦茶びびったぜ!まだ心臓がばくばくしてる。勘弁してくれよレイジ、こんな夜中に……明日も早いのに」
 ゆっくり深呼吸をくりかえしてるうちにいつもの調子が戻ってきた。暗闇に目が慣れたせいか、レイジに対する得体の知れない不安と恐怖も多少は薄らいだ。目の前にいるのはやっぱり相棒のレイジで、なんだか浮かない顔して、無造作に足を投げ出してる。
 俺と絡み合った際に上着の袖がめくれたのか、白い包帯が巻かれた手首が覗いていた。 
 微妙な沈黙が落ちる。レイジは拗ねて黙りこんでる。長く伸びた前髪が両目にかかって表情を読みにくくしてるが、眼帯で覆われた左目の隣、右の隻眼を過ぎるのは……一抹の疑念。
 「お前、ずるいよ」
 ぎくりとした。
 「ずるいって、なにがだよ」 
 語気強く問い返す。本当はわかっていた。レイジが何を言おうとしてるのか俺は薄々勘付いていた。でも、知らないふりをした。俺とレイジが一年半かけて築いてきた何かが壊れちまうのが怖くて、一線越えて後戻りできなくなるのが怖くて、卑怯だとわかっていながら聞き流そうとした。
 レイジが深々とため息吐いてかぶりを振る。
 「約束したじゃんか、前に。ペア戦始まる前の夜に。だから俺、頑張ったんだぜ。勿論それだけが目当てじゃねえけど、下心あったのは事実だ。思い出せよロン。お前、サーシャとの試合の時何回も顔真っ赤にして叫んでたろ。勝ったら抱かせてやるって、約束守れよって、まわりの連中のことド忘れしておもいっきり恥ずかしいこと叫んでたろ」
 「こっぱずかしいこと思い出させんなよ」
 「だから俺、死にかけながら頑張ったんだよ。今ここで死んだらロンが抱けねえ、ロンの喘ぎ声聞けねえって自分に言い聞かせて汗と血ですべる手でナイフを取ったんだ。左目刺されても背中焼かれても俺が最後まで戦いぬけたのはロン、お前がいたからだ。お前との約束がなけりゃ正直あそこで死んでもいいかなって、妙に吹っ切れた気分だった」
 「馬鹿、言うなよ。お前、命捨てるつもりだったのか?」 
 思わず声が上擦る。レイジは笑ってる。どこか寂しげに微笑んでいる。
 「俺、どうせここ出れねえし。ここに居てもここ出てもどのみち長生きできねえだろうし」
 「殺しても死なねえタマのくせに何言ってんだ」
 レイジに掴みかかりたいのをこぶしを握りこんで我慢して、そんなはなずはないと食ってかかる。
 暗闇に呑まれた笑顔は儚げで不吉だった。
 手を伸ばして掴もうとしたそばから闇に吸いこまれちまいそうな、漠然とした不安感を抱かせる笑顔。俺も本当はわかっていた。レイジには少なからずそういうところがある。こうして笑っていても、刹那的で破滅的な生き方しかできない危うさが闇に溶けて漂っている。
 「報われないのは慣れてるけど、それだったら最初から期待なんかさせんなよ。思わせぶりなふりすんなよ。お預け食うのはつらいぜ。お前ときたら肝心な場面になるたび適当言って逃げまくって、俺がどんだけイラついてるか考えもしねえ。ごまかすなよ。逃げるなよ。これ以上期待させんなよ。俺に抱かれたくないなら怒らねえからそう言えよ。俺のツラまともに見て、俺の目をまっすぐ見て、『お前なんか大嫌いだレイジ消えちまえ』っていつかみたいに言ってくれよ」
 ひどく思い詰めた目で俺を見据える。一途に縋るような、救いを乞うような眼差し。俺は、知らなかった。一日でも約束の期限を引き延ばそうと適当言ってごまかしてた俺の態度が、レイジをここまで苛立たせてたなんて思いもしなかった。レイジは最初からわかっていた。俺の怯えや恐れや不安、一線越えて後戻りできなくなることに対する躊躇を的確に見ぬいて究極の選択を迫っているのだ。
 俺の本気を試してるのだ。
 耳朶にさわる衣擦れの音。レイジがおもむろに身を乗り出して俺の肩を掴む。
 「俺のこと嫌い?」
 『不是』
 「じゃあ好きか」
 『……不了解』
 「どっちだよ」
 逃げを許さない力で俺の肩を掴み、苛立たしげに吐き捨てる。
 俺は迷っていた。目の前にはレイジがいて、暗闇にぼんやりと顔の輪郭が浮かんでる。左目は純白の眼帯に覆われていた。眼帯の下には瞼を斜めに跨いで縫い付けた無残な傷痕が残る。
 レイジの左目はもうけして開かない、俺の顔を映すこともない。
 レイジが光を失ったのは俺のせい、視界の半分を失ったのは俺のせいだ。
 なら、レイジの期待にこたえてやるべきじゃないか?レイジは十分すぎるほど頑張った、頑張ってくれた。報われたっていいはずだ。俺を抱きたいって言うんなら抱かせてやれよ、減るもんじゃなしと頭の片隅でだれかが囁く。
 いや、ケツだってすりへるだろ実際?そんな簡単に決めていいのかよ。そりゃ前もって約束はしてたけど、こんないきなり……
 隻眼が漣立つ。
 業を煮やしたレイジが肩に五指を食いこませ、手荒く揺さぶる。
 「俺に抱かれたくないなら嫌いだって言っちまえ、遠慮なく突っぱねろよ。顔見ただけで反吐がでる、むこういけってヒステリックに叫べよ。どっちなんだよロン、はっきりしろよ。俺に抱かれるのが嫌なら最初から約束なんかすんじゃねえよ、無駄な期待させんじゃねえよ!報われない願いと叶わない祈りを積み重ねたところで救いに届くわけねえってわかってるよ、でも懲りずにもしかしたらって期待しちまうんだよ!ああ畜生かっこわりィ最悪、情けねえ、みっともねえ、こんな恥ずかしいこと言わせんじゃねーよ!?」
 「勝手に言ってるんじゃねーかよ!」
 レイジは聞く耳持たない。思い詰めた光を隻眼に宿して力任せに俺を揺さぶってる。
 目が回る。体がぐらつく。
 レイジが手を動かすたびに首からぶら下げた鎖が跳ねて清涼な音が鳴る。
 格子窓の隙間から射した光を浴びて十字架は神秘的に輝き、耳朶のピアスも光を弾いて綺麗にきらめく。そんな、どうでもとこにばかり目がいく。
 俺はレイジに揺さぶられるがまま顔を俯け、唇を噛んで黙りこくっていた。 レイジの気持ちは痛いほどわかる。でも、どうしたらいいかわからない。
 正直、俺は怖い。レイジに抱かれるのが怖い。
 サーシャとの試合の時はただただ夢中で、レイジに勝って欲しい一心で、いや、レイジに死んで欲しくない一念で約束を持ち出した。あれから二週間が経って俺の頭も冷えて、最近ではそんな約束をしたこと自体忘れはじめていた。 違う、忘れたかったのだ。
 俺たちの関係が変わっちまうのが怖くて、決定的に壊れちまうのが怖くて、レイジに聞かれるたびすっとぼけて姑息に逃げ続けていたのだ。 

 卑怯だ、俺は。レイジの言う通り、ずるいやつだ。
 最低だ。

 「……そうか、わかった。お前、最初からそのつもりだったんだな」
 「え?」
 おもわず顔を上げる。俺の肩を掴んで首をうなだれたレイジが暗い笑みを吐く。
 「美味しい餌で俺を釣って、ペア戦に出させるつもりだったんだな。そうやって餌で引っ張って戦わせるつもりだったんだな、自分の為に。はっ、一本とられたぜ。ころりと騙されちまった。俺に抱かれる気なんかこれっぽっちもなかったくせにそれらしいこと言ってけしかけて……飴と鞭だ。お前の約束は豹の牙も溶かす甘い飴だ。俺を飼い馴らすには体で釣るのがイチバンだろうって考えたんだろ。末恐ろしいぜ」
 「なっ……レイジてめえ、言っていいことと悪いことがあんだろが!?」
 「キレたってことは図星かよ。やっぱり、お前が俺に体許すはずねえって思ってたんだよ。お前、まともだもんな。男にヤられるのなんか冗談じゃねえって口癖みたく言ってたもんな。ある意味キーストア以上の潔癖症だ。野郎に突っ込むのも突っ込まれるのもお断りだって意地張って東京プリズンで生きてきた野良猫だ。懐かない野良にはいい加減愛想が尽きたぜ、お前なんか……」
 頭に血が上り、胸が煮えくり返る。
 渾身の力で突き飛ばせば、バランスを崩したレイジが派手な音をたてて床に転がる。悲鳴があがる。転倒した時に先の試合で痛めた個所でも打ったんだろう。レイジが片手で頭を支え起こして何か言いかけ、硬直。
 「いいぜ。抱けよ」
 上着の裾に手をかけ、勢いよく脱ぎ捨てる。
 床に肘をついて上体を起こしたレイジの眼前に上半身裸で仁王立ち、宣言。
 「守ってやろうじゃんか、約束。いいぜ、来いよ王様」
 「………いいんだな?本当に、いいんだな」
 レイジが慎重に確認。
 体の脇でこぶしを握りこみ、頷く。いまさら引き下がれねえ。レイジの挑発で決心がついた。抱かれてやろうじゃんか畜生と半ばヤケになっていた。
 闇を縫い伝わる衣擦れの音、コンクリ床を叩く足音。肉食獣めいてしなやかな動作で摺り寄り、優しく肩に手をおき、レイジが耳元で囁く。
 「後悔するなよ」
 ぞくりとした。
 本音を言えば、今すぐここから逃げたくて逃げたくてたまらなかった。でも、レイジから逃げたい心とは裏腹に俺の足は床に根ざしたようにその場から一歩も動かなかった。
 腋の下にいやな汗が滲みだす。恐怖と緊張で手足の先が震えてきた。
 どうした、さっきの威勢はどこにやった?しっかりしろ、顔を上げろ、目を見開け。逃げるな俺。心臓の鼓動が高鳴り、異常に喉が乾き、全身の毛穴が開いてドッと汗が噴き出す。
 レイジが不意に動く。
 さりげなく肩に添えた手に力を込め、ベッドの方に押し倒す。
 スプリングが軋み、背中が軽く弾み、薄暗い天井が視界に映る。
 「体の力抜けよ」
 「……無茶、言うなよ」
 眉間に皺を刻んで固く目を瞑る。
 ベッドのスプリングが錆びた軋り音を鳴らす。二人分の体重に音を上げるスプリングにも躊躇せず、俺の腰に跨り、前戯を再開するレイジ。赤裸な衣擦れの音が耳に響く。しっかり目を閉じていても、首筋を這う舌の感触や体をまさぐる手の感触まで意識から閉め出せるわけもない。変な、感じだ。体が熱い。微熱を帯びたように体の間接が気だるくて、勝手に息が上がっちまう。
 「はっ………、っう」
 恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。目なんか絶対開けられねえ。目を開けたらまず間違いなくとんでもねえ光景がとびこんでくるに決まってる。
 頼む、はやく終わってくれとそればかり念じながらシーツを掻き毟り快感に抗う。レイジの舌と手を感じる。淫猥に濡れ光る唾液の筋を付けて、鎖骨の起伏を舐める舌。俺の腹筋を揉みしだいて、体の輪郭に沿って緩慢によじのぼっていく手。
 「!!あっ、」
 鋭い性感が芽生える。
 驚き、目を見開いた俺の視界に映ったのは信じられない光景。俺の胸板に顔を埋めたレイジが乳首を口に含んで舌で転がしてる。こいつなにやってるんだ、母猫の乳にしゃぶりつく子猫か?違う、そんな可愛いもんじゃねえ。大体男の乳首なんかしゃぶって何が楽しいんだ?
 「ちょ、待て待て待て待て!!お前なにやってんだ、そんなとこ舐めて……」
 一瞬で正気に戻った。レイジを押しのけようと躍起になって手足を振りまわすが、無駄だった。
 「男でも気持ちいいだろ?」
 「………っあ、よく、ねえ……っ!」
 勝ち誇ったように微笑み、胸の突起をついばむ。
 口に含み、舌で転がす。軽く前歯を立てて痛みを与えたあとは前にも増して優しく舐める。最初は何も感じなかったのに、少しずつ体に変化が起き始めた。熱い口腔に含まれた乳首が痛いくらい尖りきって、頭がどうかしちまいそうだった。むず痒いような、くすぐったいような……じれったい快感。
 病みつきになる快感。
 「感じてるのか」
 レイジが悪戯っぽく問いかける。
 感じてる?男同士でヤるのはこれが初めてなのにそんなのわかるわけねえだろ、と反発が込み上げる。俺は乳首舐められただけで感じるような淫乱じゃない、そりゃ体の半分には淫売のお袋の血が流れてるけど……
 お袋。
 ガキの頃こっそり覗き見たお袋の濡れ場を思い出す。
 俺はまだガキで、男と女のことなんかちっともわかんなくて、偶然濡れ場に立ち会ってもお袋と客が何してるのかさっぱりわかんなかった。素っ裸で絡み合う男と女。床の上でベッドの上で椅子の上で、お袋の膝を掴んで股を広げて……

 『淫売の子は淫売になるって産まれた時から決まってるんだ』
 タジマのせせら笑う声がする。
 『女の子ならよかったのに。お客とらせることもできたのに』
 お袋が冷たく吐き捨てる。

 「……ロン?」
 レイジの心配げな声音が俺を現実に引き戻す。
 片腕を目の上に置き、表情を隠す。違う。俺は淫乱じゃない、淫売じゃない。お袋と同じ生き物じゃない。あの時、お袋の身代わりに男に襲われた時から心に決めていた。スラムの路地裏で膝を抱えて、寒空を見上げながら心に誓った。これからの人生何があっても体だけは売らないと、お袋と同じ道だけは歩まないと。
 なのに。
 「………嫌だったのに」
 ぽろりと本音が口を突いて出た。
 「お袋みたいにだけはなるもんかって思ってたのに、男に体売るのなんざ冗談じゃねえって思ってたのに、情けねえ。これじゃお袋と一緒だ、タジマが言った通りの淫売だ。こういう時、どうやって喘げばいいんだ?どうやって喘げば男は、お前は悦んでくれるんだよ。わかんねえよ。上手くヤれる自信ねえよ。お前、きっとがっかりするよ。こんなもんだったのかって拍子抜けして、俺に愛想尽かすよ。こういう時のためにお袋に色々教わっときゃよかったのかな。小遣い稼ぎに体売ってればよかったのかな」
 何も見たくない、聞きたくない。
 ベッドに仰向けに寝転がり、顔に片腕を置き、途切れ途切れに呟く。
 「恥ずかしい、死ぬほど恥ずかしいよ畜生。ヤってらんねえよ。さっきからなんか、体が疼いて変な感じで、唇噛んでも声が漏れそうで……乳首舐められただけであんな声上げて、これじゃまるっきりお袋と一緒じゃねえか」
 レイジを落胆させるのは嫌だ、幻滅させるのは嫌だ。
 けど、どうしたらいいか肝心な所がわからねえ。自慢じゃないが俺はこう見えてとことん奥手で、メイファとヤる時だって酒の勢いを借りなきゃとても無理だった。どうすりゃいい?お袋みたいに擬声を張り上げて大袈裟なくらい感じてるふりすりゃ男は悦ぶのか、レイジは満足するのか?
 できねえよ、床上手の芝居なんて。
 俺はひとりしか女知らなくて、抱かれる側に回るのは今回初めてだってのに……
 「大丈夫だから」
 額に柔らかい感触。俺の額に唇を落とし、レイジが優しく微笑む。
 「お前はそのままでいいんだよ。我慢も無理もしなくていい、気持ちよくなけりゃよくないで俺に気を遣う必要なんかねえ」
 「………痛くすんなよ」
 疑り深く念を押せば、微笑を苦笑に切り替えてレイジが首を傾げる。
 「それはちょっと無理。一度は通る道だって諦めろよ」
 「皮剥けた時とどっちが痛え?」
 「処女失ったとき」
 やっぱり。くだらない質問しちまった。
 自己嫌悪で押し黙った俺をよそに、俺の腰に沿って手を滑らすレイジ。
 「なに、するんだよ」
 喉が詰まる。レイジは微笑んだまま答えない。意味ありげな微笑を口元にたくわえたまま俺のズボンを掴み、下着ごと膝までさげおろす。ひやりとした外気が下肢に触れて肌が粟立つ。これで俺は上も下も素っ裸、全裸になっちまった。上半身はともかく、下半身に何も身につけてないと足の間を風が通りぬけて落ち着かない。
 視線を下げれば自然、貧相な太股と萎縮した股間が目に入る。
 びびって縮み上がったペニス。反射的に股間を手で隠そうとしたが、間に合わなかった。レイジが俺の手首を掴んで頭上で一本に纏め、壁際に吊り上げる。キメ粗くざらついたコンクリ壁が裸の背中にあたり、否が応にも恐怖をかきたてる。
 至近距離にレイジの顔がある。
 俺の顔をまっすぐ捉えて、片方の目だけで笑っている。 
 「このままじゃ使い物になんねーだろ?使い物になるよう一人前に仕立て上げなきゃ」
 『使い物』にならない物を『使い物』に足る状態に仕上げる。何を意味するか一発でわかった。
 『梢等一下!有問題、台湾華語聴有無?別開玩笑、我不要了!』
 ちょっと待て、とみっともなく震える声で制止する。唾をとばして喚き散らす俺に一瞥くれて微笑を深めたレイジが、おもむろに股間に顔を埋め、そして……
 舌を使い始めた。 

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050715213239 | 編集
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