ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二話

 「今だにわからんのや、なんで俺が生き残ったんか」
 枕元に置かれたゴーグルをちらり一瞥、ヨンイルは続ける。
 「あの時はもう駄目やと思った。額に銃つきつけられて、おっかない顔の五十嵐が目の前にいて、ああ、これで俺の人生おしまいやサイナラサイナラって腹括った。でも、そうはならへんかった。音がせんかったんや。匂いもせんかった。ツンと鼻腔を突く独特の匂い、硝煙のきな臭い匂い。あれ、なんか変やなって思うて薄目開けたらみんな阿呆みたいに口開けてぽかんとしとった」
 銃は不発だった。ヨンイルは奇跡的に生き残った。
 至近距離で銃をつきつけられて、もしあのまま弾丸が発射されていればヨンイルは確実に死亡していた。頭蓋骨が割れ砕けてあたり一面に脳漿をぶちまけるはずだった。
 だが、実際にはそうならなかった。
 五十嵐が引き金を引いても弾丸は発射されなかった、ヨンイルはまたも絶体絶命の危機を切り抜けた。一度目はゴーグルに命を救われて、二度目は偶然に命を救われて、あれから二週間が経過した現在は悠悠自適の入院生活を送ってる。
 ベッド周辺には西の囚人が見舞いと称して持ちこんだ漫画本が山積みになって、通行人に蹴り崩された一部が床一面に足の踏み場もなく散らばっていた。 ヨンイルは暇な一日好きな漫画を読み耽って快適に過ごしている。
 西の囚人どもがワンフーを筆頭に毎日通い詰めて経過と体調を心配してるが、風邪が少し悪化した程度で二週間まるまるベッドを占領してるんだから図々しいなとあきれる。
 まあ、四・五日前までは本当に危なかったのだ。
 一時は肺炎の併発も危ぶまれたほどで、痰が絡んだ咳はひどく苦しげだったが、峠を越えた現在はけろりとしてる。
 ベッドに上体を起こしたヨンイルは悪びれず言ってのける。
 「ホンマ、西の連中には悪いことした。反省しとるんやで、これでも。こないだ見舞いにきたワンフーにこっぴどく叱られたわ。
 ワンフーだけやない、あとからあとからひっきりなしに西の奴らが訪ねてきてガミガミお説教たれるんや。なに考えとんじゃいこのボケカスど阿呆腐れ道化トップの自覚もたんかい、俺が死んだら誰が西の奴ら引っ張ってくんやって……涙と鼻水どばどば垂れ流して、ひしっと抱きついて。
 俺、四十度の高熱でうんうんうなされとったけど、不思議とあいつに言われたこと覚えとる。一言一句漏らさず覚えとる。直ちゃんも来た。枕元に立って見下ろして一言、『死んだら絶交だからな』て吐き捨てよった。うんざりした顔しとったな。直ちゃんには迷惑かけ通しで頭が上がらんなあ…」
 漫然とページをめくりつつもヨンイルの目はここではないどこかを見ていた。
 瞼裏に浮かんでいるのはおそらく自分に銃を向けた五十嵐の顔。激しい葛藤に引き裂かれた苦渋の形相。絶体絶命のピンチから奇跡的に生還できたというのにヨンイルの顔色は冴えず、悪運に生かされても手放しで喜べないといった複雑な表情が浮かんでいる。
 当然、生き残れて嬉しくないはずがない。
 でも、何故生き残れたのか腑に落ちない。
 そのへんのもやもやが寝ても覚めても脳裏に纏わりついてヨンイルを一日中苛んでいるのだ。
 道化の腕に繋がれた点滴の管に目をやり、ため息まじりに愚痴る。
 「マジ死んだと思ったよ、あの時は。嫌な予感がしてとっさに引き返そうとしたんだけど、レイジに腕掴んで止められて……」
 二週間前の夜を回想する。
 あの時、理屈ぬきの胸騒ぎに襲われた俺はとっさに引き返そうとした。地下停留場にはまだ鍵屋崎とサムライ、五十嵐とヨンイルが残っていたが、何より俺を不安にさせたのは途中すれ違ったホセの危険な目つき。あんなやばい目つきのホセは見たことがなかった。黒ぶち眼鏡の奥の双眸は怜悧に研ぎ澄まされて、よく切れる剃刀のように攻撃的な眼光を放っていた。
 そして、その直後に聞こえてきた声。
 「五十嵐、俺を殺せ」というヨンイルの叫び。
 危険な匂いを嗅ぎつけた俺は、本能が赴くまま地下停留場に引き返しかけて、担架に仰向けに寝転んだレイジに引きとめられた。
 『はなせレイジ!今の聞いたろ、ヨンイルがイカレたこと口走って……くそ、止めなきゃ!ここでヨンイルが死んだら鍵屋崎の頑張りが全部無駄になっちまう、そんなの絶対許さねえぞ!!』
 『ヨンイルは死なねえよ』 
 後ろから俺の肘を掴み、小さくかぶりを振る。
 『なんでわかるんだよ!?』
 自信を込めて断言したレイジに食って掛かれば、予想外の答えが返ってきた。
 『だって、弾入ってねえから』 
 レイジはしれっとうそぶいた。王様は全部なにもかもお見通しだ。そしてヨンイルは不本意な偶然の結果生き残ってしまった。
 本当ならあの時五十嵐に射殺されて人生を終えるはずだったのに、ヨンイル自身も諦念して死を受け容れたのに。
 行儀悪く足を開いて椅子に跨り、じっとヨンイルを見る。
 やつれた横顔を気まずく眺め、言おうか言うまいか迷い、口の開け閉めをくりかえす。
 「―五十嵐のことだけど」
 意を決して口を開く。ヨンイルの指が一瞬止まり、すぐまた動きだす。表情は殆ど変わらなかったが、ヨンイルが聴覚に全神経を集中してるのがわかった。こほんと咳払いし、喉の調子を整えて続ける。
 「やっぱ、東京プリズンにいられなくなるらしい。一万人の囚人や同僚の看守が見てる前であんなことしたんだからあたりまえっちゃあたりまえだし、クビは間違いねえだろうって思ってたけど……噂じゃ自分で辞表を提出したらしい。責任とって東京プリズンやめるって、安田に辞表渡して頭を下げて……」
 そこで言葉を切り、物思いに沈む。
 正直、心中は複雑だ。俺は五十嵐を嫌いになりきれない。五十嵐は俺によくしてくれた。俺に麻雀牌をくれた、欲しい物があれば気前よく都合してくれた。五十嵐がいなくなるのは寂しい。でも、仕方ないんだろうなという諦めの気持ちもある。
 変な感じだった。今の気持ちを一口で表すのはむずかしい。寂しいような哀しいような、胸にぽっかりと穴が開いたような……そんな月並みな台詞じゃ到底表せない複雑な気持ち。喪失感。寂寥感。無力感。
 なんだかため息ばかりこぼれちまう。
 「五十嵐、まだ東京プリズンにおるんか」
 唐突にヨンイルが聞く。漫画に目を落としたままページを繰る手を再開して、努めてさりげなく。
 「いないんじゃねーの。最近顔見てねえし」
 「他に行き場あるんか」
 「知るかよそんなこと。ま、看守としてやってくのは無理だろうな。大勢が見てる前で囚人に発砲なんて事件起こしちまったんだ、他のムショにも移れねーだろ」
 「五十嵐だって覚悟の上さ。それを承知で安田に辞表だしたんだよ」  
 レイジが首を突っ込んでくる。
 ベッドから身を乗り出し、至近距離でヨンイルの顔を覗きこむ。
 眼帯に覆われてない右目は清冽に澄んでいた。人の心の奥底までも映し出す硝子の瞳。ヨンイルに顔を近付け、至極ゆっくりと一回だけ瞬きする。

 あやしく艶めいた睫毛が震える。
 瞼を上げた隻眼が湛えているのは、清濁併せ呑む憐憫の情。 

 「『主の憎むものが六つある。いや、主ご自身の忌みきらうものが七つある。高ぶる目、偽りの舌、罪のない者の血を流す手、邪悪な計画を細工する心、悪へ走るに速い足、まやかしを吹聴する偽りの証人、兄弟の間に争いを引き起こす者』……
 ヨンイル、お前は罪のない者の血を流した。五十嵐は邪悪な計画を細工した。お前ら二人とも悪へと走るに速い足を持っていた。要するにだ、お前ら二人とも神様に嫌われたんだよ。それが証拠にサイコロの目は常に逆だった。五十嵐はお前を殺したくて殺したかったけど一度目の弾は外れて二度目は出なかった、一度は死を受け容れたお前も何故だか生き残っちまった。
 今ごろ手え叩いて大笑いしてるだろうぜ、神様は。お前も五十嵐もイエス・キリストの手のひらで踊らされてたんだよ、オーマイゴッドの暇つぶしのサイコロ遊びさ。
 だから気にすんな、ヨンイル。
 お前が生き残ったのはたんなる偶然、それでいいじゃねえか。喜べよ。はしゃげよ。唄えよ。お前が生き残ったのは……きっといいことなんだからさ」

 最後の台詞は少し面映げだった。
 がらにもなく照れてやがる、こいつ。おもしれえ。
 枕元に無造作に転がるゴーグルを一瞥、ヨンイルは吹っ切れたように笑う。
 「―せやな。五十嵐に殺されなくてすんでよかったて感謝せなバチあたるわな。おおきに、王様」  
 「ところでそれ、手塚治虫の?」
 レイジを押しのけてヨンイルの手元を覗きこむ。
 さっきから気になっていたのだ、ヨンイルが膝に広げてる漫画が。絵柄は手塚治虫によく似ているが、図書室で見かけたことない漫画だ。
 「朝起きたら枕元にあったんや。だれかがこっそり置いてったらしい」
 その誰かがわかってるらしい口ぶりだった。
 漫画のページをぱらぱらめくりながら、ヨンイルは心ここにあらずといった口調でぼんやり呟く。  
 「憎い真似すんなあ、あいつ」
 タイトルは「ガムガムパンチ」だった。

 東京プリズンに夜が訪れた。
 鍵屋崎サムライと一緒に賑やかな食事を終えて房へと戻る。
 夕食の献立は中華だった。味付けが薄すぎると不評の酢豚だが俺は美味しくいただいた。なにせイエローワークの強制労働後で空腹だったのだ。
 東京プリズンの献立に中華が加わっていちばん喜んだのは東棟最大派閥の中国勢で、凱なんか周囲の連中のトレイをぶんどって十人前だかぺろりとたいらげちまった。どんな胃袋してるんだ。
 売春班がなくなったことを除けば俺の生活は二週間前とそんなに変わらなかった。朝六時起床、点呼をとって食堂で飯かっこんでバスに乗って強制労働に出かけて帰還後に夕飯、それから自由時間。窮屈で変わり映えしない毎日のありがたみをじっくり噛み締めながら俺は一日一日を大事に過ごしてる。
 また日常に帰ってこれた。
 それが、たまらなく嬉しい。レイジがいて鍵屋崎がいてサムライがいて、四人一緒に過ごす日常がずっと続くなら東京プリズンでの生活もそう悪くない。レイジもじきに退院する。
 怪我の経過は良好だ、早けりゃ今週中には……

 『ロン、大丈夫か?目え開けながら眠ってんの?』

 「!」
 虚を衝かれた。
 脳裏によみがえる医務室の光景、レイジの胴に跨って腕をパイプに縛りつけようとして偶然見ちまった。
 顔にずり落ちた眼帯、外気に晒された左目の傷痕。
 「………忘れてた」
 何がこれまで通りだ、これまで通りでいられるわけがないのに。俺が日常に帰って来れたのはレイジのおかげで、つまり俺の日常はレイジの犠牲に成り立っていて、その代償はあまりに大きすぎて。
 房の扉を開け、すぐに閉じる。
 扉に背中を預けてそのままずり落ちる。
 豆電球も点けず、薄暗い房にひとりしゃがみこみ、医者の言葉を反芻する。
 『視神経が傷付いていたからね……へたすれば脳に障害がでていたところだ。左目の失明だけで済んでよかったとプラスに考えなければね。まあ、日常生活に慣れるまでは何かと不便だろうが……距離感が掴めず壁にぶつかったり転んだり生傷が絶えないだろうが、暫くの辛抱だ。大丈夫、人間は常に環境の変化に順応していく生き物だ』
 医者の言葉通りいつかは、いつかは慣れるんだろう。
 徐徐に慣れていくんだろう。
 でも現実にレイジは左目を失って、これからの長い人生片目だけで過ごさなきゃいけなくなった。背中には一生消えない火傷を負った。東京プリズンの医療水準じゃ皮膚移植で火傷を治すのは不可能で、同じ理由で義眼も入れられないと宣告された。

 レイジの目は見えない。火傷は治らない。
 もう一生。

 「…………畜生」
 固めたこぶしで膝を打つ。脳裏にちらつく左目の傷痕、もうけして開かない瞼、光を映さない眼球。俺のせいだ。あの時止めに入ってればレイジは左目を失わずに済んだかもしれない。今さらこんなこと言っても意味ないってわかってる、でも悔しい、どうしようもねえ。
 廊下のざわめきが次第に遠のいていく。消灯時間が迫っているのだ。俺もベッドに行かなきゃ。でも、立ち上がる気力が湧かない。鉄扉に背中を凭せ掛け、放心状態で床に蹲ったまま、時折思い出したように膝を殴る。殴る、殴る、殴り付ける。膝が腫れてもこぶしが腫れてもかまうもんかとヤケになっていた。レイジが味わった痛みに比べたらこんなもの屁でもねえ。
 これからどうしたらいいんだ。どうレイジと付き合ってけばいいんだ。
 レイジがここに戻ってきたら俺はまた毎日レイジと顔つきあわせて、二人一緒に行動することになる。俺はレイジと一緒に歩く。レイジは笑う。俺は怒る。何も変わらず今まで通りに……できるのか?
 左目に眼帯かけたレイジをまともに見ることができるのかよ?俺は。
 背中越しのざわめきが途絶えて廊下が静寂に包まれる。囚人どもはそれぞれ房に寝に帰ったらしい。じきに看守が見まわりにくる、それまでにベッドに入ってないと大目玉を食らう。
 鉄扉に手をつき、のろのろと腰を上げる。薄暗い房を歩き、いつも使ってるベッドに向かう。片方のベッドはからっぽだ。
 踵の潰れたスニーカーを脱ぎ捨て、毛布をはねのけてベッドに潜りこむ。
 久しぶりの強制労働で体はぐったり疲れてるのに頭が妙に冴えてぐっすり眠れそうにない。
 ベッドに横たわり、頭からすっぽり毛布を被る。固く目を瞑る……
 
 コン。

 暗闇にかすかな音が響く。
 「?」
 なんだ?反射的に毛布を蹴りどけ、上体を起こす。闇に顔を巡らせて音源をさぐる。
 コン。まただ。鉄扉に何か、固くて小さな物がぶつかる音。何の音だか見当つかずに不審感が募る。誰かがノックしてる?違う、何かを投げつけてるんだ。誰だよ人騒がせな、消灯時間も過ぎたってのに……
 「用があんならはっきり口に出して言えよ、イライラすんなあ」
 くそ、だんだん腹が立ってきた。スニーカーに踵を潜らせ、足音荒く鉄扉に歩み寄り、廊下の光射す格子窓に顔を近付ける。レイジの留守中に凱が襲いに来たのかと警戒心を強めつつ格子窓を覗き、廊下を見回してあ然とする。
 鉄扉の表面に麻雀牌が跳ね返り、放物線を描く。
 コン。
 コン。
 一定の間隔をおいてくりかえされるのはプラスチックの牌が鉄扉にぶつかる音。音たてて生唾を飲み込み、興奮のあまり鉄格子を掴む。鉄格子で仕切られた矩形の窓に顔をくっつけ、蛍光灯が輝く廊下に目を凝らす。そいつは鉄扉の正面に位置する壁際にだらしなく座りこんでいた。
 軽く手首を振り、牌を投げる。鉄扉に跳ね返った牌が安定した放物線を描いて手元に戻ってくる。
 「安眠妨害だっつの。寝不足で明日ぶっ倒れたらどうしてくれるんだよ、砂漠に埋められるのはごめんだぜ」
 「今夜は寝不足も覚悟しろよ。念願成就の夜なんだから」
 鉄扉に牌を投げていたのはレイジだった。
 「歩いて来たのかよ、重傷のくせに……消灯時間過ぎてうろついてるのバレたらやばいだろ」
 「医者には内緒な」
 唇の前にひとさし指を持ってくるレイジに肩を落とす。どうやら医者が居眠りしてる隙にこっそり抜け出してきたらしい。「医者に見つかる前にとっとと帰れ」とどやそうとした俺の手の中に鉄格子をすり抜けて牌がとびこんでくる。
 「おっと、」
 手を前に突き出し、危なっかしく牌を受け取る。胸の前で牌を握りしめてホッと息を吐けば、足元の床に影がさす。はじかれたように顔を上げれば、いつのまにかレイジが鉄扉に接近して、鉄格子の隙間から俺を見下ろしていた。
 「開けてよ」
 「帰れ怪我人」
 自堕落な姿勢で鉄扉によりかかり、芝居がかった動作で首を振るレイジ。
 「おいおいそりゃないだろ、こちとら命がけで医務室脱出してきたのにさ。看守と医者の目欺いた深夜の決死行だぜ?煉獄の試練にも等しかったよ」
 「ケルベロスはいなかったか?食われりゃよかったのに」
 「いれてよ」
 「ヤンキーゴーホーム」
 「フィリピ―ナだっつの。ま、半分はアメリカ人だけどさ……どうでもいいやそんなこと。いい加減にしろよロン、扉挟んで押し問答やってる暇ねーんだよこっちは。看守が見まわりにくる前にコレ開けて中に入れろ。独居房送りはこりごりだ」
 「はっ、その手にのるか。うまいこと丸めこもうとしやがって」
 「『入れろ』。蹴破ってもいいんだぜ」
 声に威圧感が込もり、腰が引ける。レイジならマジで鉄扉を蹴破って殴りこみかねない。ためらいがちに頭上を仰ぐ。
 しなやかな動作で鉄格子に摺り寄り、残る右目に酷薄な光を湛えて口角を吊り上げるレイジ。
 腹ごなしに猫をいたぶる豹のごとく嗜虐の愉悦に酔った笑み。
 剣呑に隻眼を細めたレイジと鉄扉を挟んで対峙、ノブに手をかけてどうしたものかと逡巡する。今ここでレイジを迎え入れて匿ってそれで、それからどうする?今夜のレイジは様子が変だ。どこか切羽詰っていつもの余裕が感じられない。扉を開けるのは危険だ、という考えがちらりと脳裏を過ぎる。
 まさか。相手はレイジだ。俺の相棒……、
 「!?やばっ、」
 「!」
 レイジが急に焦りだす。
 鉄格子を掴んでレイジが振り返った方角を爪先立って仰ぎ見れば、廊下の奥から規則的な靴音が響いてきた。看守が見まわりにきたのだ。規則正しい靴音とともに徐徐に人の気配が近付いてくる。腰に警棒ひっさげて片手に懐中電灯をもった看守が廊下の角を曲がり姿を見せるまであと五秒、四秒、三秒……
 頭が真っ白になる。背中を冷や汗が伝う。
 レイジが出歩いてるのが見つかればまた面倒なことになる。くそ、仕方ねえ!汗ですべる手でノブを捻り、勢い良く扉を開け放つ。
 「入れレ、」
 看守が通過するまでレイジを匿おうと決心、扉を開け放った視界に長身の人影が覆い被さる。レイジ。お前何のつもりだ、と抗議する暇もなく手のひらで口を塞がれ押し倒される。鉄扉が閉じる音が暗闇に響く。鉄格子の隙間から一瞬だけ射した懐中電灯の光は、手前の床に折り重なって倒れてる俺たちを照らすことなくあっというまに通過しちまった。
 間延びしたあくびが聞こえた。
 看守も寝ぼけてるらしく、暗闇に沈んだ房の全貌を確かめることなく行っちまった。
 次第に靴音が遠ざかり、静けさがいや増す。
 耳に痛いくらいの静寂を乱すのは俺とレイジの息遣い、赤裸な衣擦れの音。重い。早くどけ、と怒鳴りたかったが手で口を塞がれたままで声が出ない。レイジは相変わらず俺の上にのしかかって退く気配がまるでない。
 頭が混乱する。心臓が騒ぎだす。俺の上でレイジが動く。腰で這いずるように慎重に移動して、仰向けに寝転がった俺の耳元で囁く。
 「約束」 
 「………………」
 胸が強く鼓動を打つ。約束……100人抜きを達成したら抱かせてやるっていう例の約束。
 俺にも漸くわかった、レイジが房を訪ねた目的が。動機が。
 熱く湿った吐息が耳朶に絡む。格子窓から射す廊下の光を背に、影になった顔がどんな表情を浮かべてるかはよくよく目を凝らしても判別しがたいが、なんとなく笑みを浮かべてる気がした。
 口元に薄く笑みを湛えて、俺を見下ろしてる気がした。
 互いの顔が見えないのがいっそう不安をかきたてる暗闇の中、口を覆っていた五指がゆっくりと外され、そして……
 「抱かせろよ。ロン」
 「!レ、んっく」
 名を呼ぶことすら許さない強引さで唇を割り、舌が潜りこんできた。 

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050716182720 | 編集
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