ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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一話

 ペア戦から二週間が経過した。
 今日でやっと二週間なのかもう二週間なのか俺にはどっちともつかない。
 あれから二週間経っても俺にはわからないことだらけ。頭の中はとっちらかって、まるで整理がついてない状態なのだ。だからまあ、わかってることだけを簡潔に単純に話そうと思う。後日談ってやつだ。支離滅裂な個所もあるかもしれないが、勘弁してほしい。前述したが、俺にもわからないことだらけなのだ。
 なんであいつが生き残ったのか、あいつが東京プリズンを去ったのか……
 こっちが聞きたいっつの。
 まあ、良かったこともある。レイジが無事100人抜きを達成したおかげで俺と鍵屋崎は晴れて売春班免除、大手を振って表を歩けるようになった。
 売春班は廃止された。
 安田はちゃんと公約を守った。噂じゃ売春班常連の看守の猛反対や一部囚人の猛反発にあったらしいが、断固これだけは譲らず、副所長権限で売春班撤廃に踏みきった。安田もやるときゃやる男だとちょっと見方を改めた。
 ちなみに、安田の肩の怪我は全治三週間。思ったほど重傷じゃなくて安心した。タジマは全治四ヶ月はかかるらしい。
 もっと延びても良かったのにな。ゴキブリ並のしぶとさだ。
 けど、タジマが主任看守として復帰できる見込みは絶望的に低い。
 一万人の観客が見てる前でずどんと副所長を撃ったのだ、いくらタジマに強力なコネがあってもまるきりお咎めなしってわけにはいかない。クビ確定。自業自得。
 タジマがいなくなってせいせいした。万歳、謝謝、高興!感謝感激雨あられ。タジマとの腐れ縁がすっぱりさっぱり切れて、俺はここ二週間すこぶるつきの上機嫌だった。
 東京プリズン入所以来俺のケツを狙ってしつこく付き纏い続けたタジマ。
 イエローワークの砂漠で生き埋めにされかけたことや目から火花でるまで警棒でぶん殴られたこと、医務室で襲われたことも今ではいい思い出……
 いや、いい思い出じゃねえ全然。生憎まだそこまで割りきれない、達観できねえ。東京プリズンからタジマが消えても俺はまだタジマに追われる悪夢にうなされるし、廊下の曲がり角でタジマの生霊と遭遇してぎょっとした。目をしばたたいてよくよく見てみりゃ壁の染みだった。
 現実のタジマはいなくなった。
 腕と足を骨折した上に照明の直撃を受けて内臓破裂、背骨はへし折れた。  辛うじて息してるのが不思議なくらいの大怪我で、タジマは東京プリズンより遥かに医療設備の整った病院に移送された。
 タジマは生涯下半身付随の障害が残るかもしれないらしい。それがどういうことかっていうと、タジマご自慢のペニスが一生使い物にならなくなったワケだ。もし億にひとつの確率で東京プリズンに出戻ったところで、売春班のガキどもを掘って掘って掘りまくった下半身の暴れん坊がしゅんと萎えしぼんだタジマなんか恐るるに足らずだ。
 タジマはもはや完全に跡形もなく東京プリズンを去った。
 俺はもうタジマを恐れずにすむ。それだけは本当に良かった。
 俺にとっても鍵屋崎にとっても、東京プリズンのすべての囚人にとっても。

 夕方、西空が茜色に染まる頃。
 イエローワークに無事復帰した俺は、ちょうどシャワーを浴びて一日の汗と汚れを流してきたところ。売春班のガキどもはそれぞれ元いた部署に戻った。売春班廃止の朗報がもたされた時は売春班の奴ら全員が歓声をあげて、ひしと抱き合って喜んだ。
 感動的な光景だったんだろうが、いい年した野郎どもが涙と鼻水を滂沱と流して抱き合ってるさまが見苦しくて、俺と鍵屋崎は他人のふりで距離をとっていた。
 壁に背中を凭れて腕を組んだ鍵屋崎は、喜びを分かち合う売春班のガキどもを冷めた目で眺め、ただ一言「よかったな」と呟いた。そっけない口ぶりだった。俺は頷いた。なんだか照れ臭くて、鍵屋崎の顔をまともに見れなかった。胸がじんわりと熱かった。多分俺も、ほんのちょっとだけ感動してたんだと思う。
 殆ど役に立たなかったとはいえ、100人抜き達成には微力ながら俺と鍵屋崎も貢献したのだ。 
 俺たちは俺たち自身の手で勝利を掴み、未来を切り開いたのだ。
 一掴みの希望を毟り取ったのだ。
 『おい、お前らなにボサっと突っ立ってんでんだよ!?売春班から抜けれて嬉しくねえのかよ、もっと喜ぼうぜ、ノリ悪いなあ!』  
 ……なんて、鍵屋崎のとなりでしみじみ喜びを噛み締めてたらワンフーに見つかった。隣のガキの肩を叩いて叱咤激励してたルーツァイも、壁際に突っ立ってる俺と鍵屋崎の存在に気付くや否や、こっちを指さして叫ぶ。
 『胴上げだ、胴上げ!見事100人抜きを成し遂げた功労者を俺たちで胴上げだ、やんややんやと東京プリズン中を練り歩くぜ!』
 『は?マジかよ』
 『そんな馬鹿騒ぎに参加する義務もなければ意志もない。中世の凱旋行進では捕虜の引きまわしが恒例の出し物だったというが、胴上げで東京プリズン一周などされては僕らこそいい晒し者だ。いや、この際ロンはどうでもいい、彼は身長155cmに届かない小柄な体躯で体重も軽いから胴上げもしやすいだろう。好きにしろ。一周でも十周でも気が済むまで回って来い。ただ僕を巻き込むのはよしてくれ、眼鏡が落ちて割れでもしたら困る』
 鍵屋崎に売られた。この人でなしめ。
 おかげでさんざんな目に遭った。くそ、思い出したくもねえ。あれから二週間経って俺の怪我はほぼ完治、肋骨も無事くっついたとはいえ、胴上げで傷が開いたらどうしてくれるんだ?俺が手足振りまわして抗議してもワンフーもルーツァイも聞く耳持たず、神輿に担いで東京プリズンをぐるり一周して……

 悪夢だ。一分一秒も早く忘れてえ。思い出しただけで顔から火がでる。

 だから俺はすたすた急ぎ足で廊下を歩いていた。売春班の奴らにとっ捕まったらまた神輿に担がれるかもしれねえ。目指すは医務室。鍵屋崎はいつのまにか消えていた。とばっちりを恐れて退散したんだろう、薄情者め。勝手知ったる東京プリズン、二週間通い詰めた医務室までの道のりは完璧に頭に入ってる。目を閉じてても行ける自信がある。俺の怪我はめでたく完治して気分は絶好調で、なのに何で医務室に用があるかって言うと東棟の王様が特別待遇で入院してるからだ。
 特別待遇、つまり重患。
 中央棟と東棟を繋ぐ廊下を渡りきり、廊下を歩く。やがて前方に白いドアが見えてきた。殺風景な灰色の壁からそこだけ唐突に浮いたドアだ。
 「おーい、レイジいるか。見舞いに来てやったぜ。土産はなしだ」
 ノック代わりにドアを乱暴に蹴りつける。ドンドンドンガンガンガン。白い表面に二重三重と靴跡が穿たれる。七発目で漸くドアが開いた。中から顔を覗かせたのは初老の医者で、これ以上ない渋面を作っていた。   
 「君、ここは医務室なんだがね。親御さんからノックの仕方を習わなかったのかね」
 「ドアは蹴破るもんだろ。入るぜ」
 むっつり黙りこんだ医者を肩で押しのけて中に入る。
 一歩足を踏み入れた途端、消毒液の刺激臭がつんと鼻腔をついた。ほのかに漂うアルコールの匂い。左右の壁際に等間隔に整列したベッドは八割方怪我人か病人で埋まっていた。
 医務室は今日も盛況だ。
 東京プリズンでは暴力沙汰が絶えず、囚人は生傷が絶えない。衝立のカーテンを開けたベッドの上では、骨折した足を吊られた囚人や頭にぐるぐる包帯を巻いた囚人がうんうん唸っている。野戦病院の図だ。
 「レイジの調子はどうだ」
 背後についてくる医者にさりげなく聞く。
 「経過は順調だよ。早ければあと二・三日で退院できそうだ。背中の火傷もだいぶよくなったしね」
 「そっか」
 安堵に頬を緩め、そっと息を吐く。
 「目はどうだ?」
 背後で靴音が止む。肩越しに振り返れば、医者が残念そうにかぶりを振っていた。
 「……そっか」
 聞くまでもなくわかっていたのだ。俺は医務室にくるたび、二週間飽きもせずこのやりとりをくりかえしている。
 今日聞けば結果が違ってるんじゃないか、明日聞けば結果が違ってるんじゃないかと淡い期待と儚い希望を込めて延々と同じ質問をくりかえしている。
 だが、結果は変わらない。医者の診断は覆らない。
 「視神経が傷付いていたからね……へたすれば脳に障害がでていたところだ。左目の失明だけで済んでよかったとプラスに考えなければね。まあ、日常生活に慣れるまでは何かと不便だろうが……距離感が掴めず壁にぶつかったり転んだり生傷が絶えないだろうが、暫くの辛抱だ。大丈夫、人間は常に環境の変化に順応していく生き物だ」
 慰めてくれてるのだろうか。
 この医者は、実は結構やさしい。俺がレイジの怪我のことでしょげてると、こうしてさりげなく元気づけてくれる。俺は人に優しくされるのに慣れてないから居心地悪いけど、たまには素直になってみるのもいいだろうと深呼吸で決心。
 「ヤブ医者」
 「ん?」
 白衣のポケットに手を入れ、医者が振り返る。
 「謝謝」
 ぶっきらぼうに礼を言う。医者がぽかんとする。なんだよその間抜けヅラは、間抜けな反応は。じろじろ見んなっつの。足早に医者の横を通りすぎてレイジのベッドへと向かえば、声が背中を追いかけてくる。
 「君は行儀が悪いんだか良いんだかわからないねえ!」
 「あーうるせえ今のはなしだなしっ、とっとと仕事に戻りやがれヤブ医者!尿瓶もって患者の小便汲んでこい!」
 しっしっと医者を追い払い、レイジのベッドに顔を出す。
 「元気だなあ。入ってきた瞬間からわかったぜ、にゃーにゃーうるさく鳴いてるから」
 「そりゃ猫語か?俺は台湾語と日本語しか喋れねえ、俺が今話してる言葉がマジでそう聞こえるなら耳垢たまりすぎだ。中耳炎になってんじゃねえか」
 「もののたとえだよ、本気で怒るなって。来てくれて嬉しいよ、ロン。毎日こうして顔見せに来てくれておれ愛されてるなって実感してるよ。愛の力で治りも早い……」
 「くたばれ王様」
 行儀悪く足を開いて傍らの椅子に跨る。レイジはベッドに上体を起こしていた。上着を脱いで上半身裸になっていたが、まだ包帯がとれてなくて、背中一面にはべたべたガーゼが貼られていた。気のせいか少し痩せたみたいで、顔の輪郭が鋭くなっていた。
 「調子はどうだ?」
 医者に聞いたのと同じことをぞんざいに聞く。レイジは飄々とうそぶく。
 「絶好調。今すぐ退院できそう。治りかけの火傷がちょっと痒いけど」
 「治りかけって……そんなすぐ治るのか?相当酷い火傷だろ。ちょっと見せてみろ」
 椅子から腰を浮かせてレイジの背後に回る。レイジの肩に手をかけ、背中を覗きこみ、眉をひそめる。
 予想通り、いや予想以上に背中の火傷は酷かった。サーシャのナイフで焼かれたあとが、背中一面を覆う十字の烙印となって無残に穿たれていた。
 「……嘘つくなよ。全然治ってねえじゃん」
 「ちょっとはよくなったんだってこれでも。少し前は背中が痛くて痛くて仰向けに寝れなかったし……仰向けに寝れないって不便だよな。騎乗位ができね、」
 「黙れ。それ以上言うと速攻帰りたくなるから黙れ。俺にそばにいてほしいなら黙れ」
 『I understood it. Please do not leave me.』 
 レイジが両手を挙げて降参のポーズをとる。聞き分けよくて結構。レイジの背後に回りこんだ俺は、ほどけかけた包帯を慣れない手つきで巻きなおす。俺が二週間医務室に通い詰めてるのは王様の世話をするためだ。医者もあれで忙しくて、レイジだけにかかずりあってるわけにはいかない。患者はあとからあとからひっきりなしにやってくる。必然、俺が王様の世話係になった。包帯を取り替えたり水差しの水を飲ましてやったりクスリを塗ってやったり……手とり足とり甲斐甲斐しくレイジに奉仕してやってる。
 不器用な俺がひどく苦労しながら包帯を巻きなおしてる最中も、レイジはぽんぽん質問をぶつけてくる。
 「それでロン、サムライとキーストアはどうしてる?キーストア、ちゃんとイエローワークに戻れた?」
 「ああ、戻れたよ。イエローワークの砂漠で元気に……いや、たまに貧血起こして死にそうにながら何とか働いてるよ。売春班の連中も元いた部署に戻ったよ。これも全部王様のおかげだって大袈裟なくらい感謝してた。俺なんか胴上げで東京プリズン一周されて大恥かいちまった」
 「うわー見たかったな、それ」
 レイジが舌打ちする。くそ、人の気も知らねえで。
 「サムライは、」
 そこで言葉を切り、続けようかどうか迷う。レイジが肩越しに振り向き、「続けろ」と目で促す。
 「……サムライはレッドワークに降格処分。こないだ仕事サボッたのが致命的だったらしい。独居房送りにならなくて済んでよかったけど、気の毒だよな。東京プリズンに来てからコツコツ汗水流して働いてきて、イエローワークからブルーワークへ大出世成し遂げたのに」
 「いいんじゃね?キーストア救えたんだし、ブルーワークに未練ないだろ」
 レイジの口調は拍子抜けするほどからっとしていた。片目を失ったのが信じられないほどに。
 下水道の配水管を点検修理するブルーワークから、危険物を加熱処理するレッドワークへ格下げされたサムライは、それでも恨み言ひとつ漏らさず毎日勤勉に働いてる。
 サムライらしいな、と思う。
 たぶんレイジの言う通り、サムライはブルーワークに未練がないのだろう。太股の傷も今じゃすっかり塞がってぴんしゃんしてる。
 サムライは無欲だ。けして多くを望まない。
 鍵屋崎さえ隣にいればそれでいいと満ち足りた日々を送っている。気のせいか、この頃サムライの顔つきが穏やかになった。猛禽めいた眼光が柔らかになって、時折ひどく優しい笑顔を覗かせるようになった。
 サムライも鍵屋崎も確実に変わってきている。
 いい方向に。
 「タジマは病院送り。全治四ヶ月の重傷で下半身付随の障害が残るかもって」
 「ふーん。自業自得だな。同情の余地なし。今までさんざ売春班のガキどものケツでたのしんだから、去勢されても文句言えねえな」
 「ああ。タジマがいなくなってせいせいする」
 「ロンの処女も守られたし」
 「処女って言うな」
 「だって処女だろ?まだ」
 「…………『まだ』を強調すんな」
 「忘れたわけじゃねえよな、約束」
 憮然として包帯を巻く。もちろん忘れたわけじゃない。100人抜き達成したら抱かせてやるって約束。
 「………………………………………………………………退院したらな」
 ずっと入院しててほしい。
 「そうか。つまりあと二・三日後にはロンを抱けるんだな、いただけるんだな、ロンの処女を俺の物にできるんだな!?サンキュー神様、愛してるぜ!!」
 「うわっ!お前いきなり動くなよ、ベッドに立ち上がんなよ馬鹿っ!?ああほら包帯ほどけちまったこれ以上世話焼かせんなよ、お前ホントは不死身だろ、入院とか必要ねえだろ!?目からビームとか出せるだろ、正直に言えよ!」
 慌ててレイジを取り押さえる。こんなに元気がありあまった怪我人もめずらしい。レイジのベッドに飛び乗り、埃を舞い上げて転げまわる。包帯がもつれて絡んで、めまぐるしく上下逆転する俺とレイジの手足が結ばれる。っとに、手のかかる王様だ!ガキかよこいつ。二週間の入院生活でストレスたまってるのはわかるけど、また傷が開いたらどうするんだ。 
 こうなりゃ実力行使、強硬手段だ。
 「大人しく寝とけレイジ、じっとしてねえとベッドに縛り付けるぞ!」
 レイジの胴に土足で馬乗りになり、これ以上暴れないよう、ベッドパイプに右手首を縛り付ける。お次は左手首。両手首をパイプに縛り付ければさすがのレイジもじっとしてるっきゃない。
 「縛り付けるっていてっ、いててててててっ!?痛いロンいてえよ、もうちょっと優しくしろよ!」
 「優しくしたらつけあがるだろ」 
 とことん往生際の悪いレイジを鼻先で笑い捨て、左手首に包帯を結ぼうとした……
 瞬間だった。
 「!」
 レイジの左目を覆った眼帯がずれて、無残な傷痕が外気に晒された。
 もう二度と開かない瞼、光を映さない眼球、生涯残り続ける傷痕……
 「……………ロン?」
 パイプに右手首を縛り付けられたレイジが不安げに俺を仰ぎ、小声で問いかける。もとは襟足で一本に結わえていた干し藁の茶髪が切断されて、うなじが丸見えになっている。
 劣情を煽る、妙に艶かしい眺め。
 「………………あ、」
 何か言いかけて、むなしく口を閉ざす。何て言おうとしたのか自分でもわからない。気ばかり焦って空回って、レイジにかけるべき言葉が見つからない。なにやってんだ俺?レイジの腹の上に飛び乗って包帯で手首を縛って今まで通りじゃれあって……今まで通りでいられるはずねえのに、そんなの絶対無理なのに、今の今までそのことすっかり忘れて、頭からすっぽり抜け落ちてて。
 間抜けなことに。
 二週間ぶりにレイジの左目を見て、はじめてそれに気付いた。
 レイジは俺を庇ってペア戦に出てサーシャとやりあって左目を失ったのに、もう一生目が見えないのに、背中の火傷は癒えないのに、俺は今まで通りレイジの相棒でいられるとめでたい勘違いをして……
 「ロン、大丈夫か?目え開けながら眠ってんの?」
 無言で包帯をほどき、ベッドパイプに結わえ付けたレイジの手首を外す。
 手首をさすりながら上体を起こしたレイジは妙な顔をしていた。左目の眼帯は相変わらずずれていた。
 左目の傷痕が目立つレイジの顔を正視できず、臆病に顔を背ける。折れた肋骨はとっくにくっついたのに、なぜだかひどく胸が痛んだ。
 「……悪い。俺、調子のって。もう行くから、ゆっくり怪我治せよ。例の約束は気にすんなよ。うん」
 レイジの上から下り、床に立ち、逃げるように踵を返した俺の肘が後ろから掴まれる。
 俺を引き止めたのはベッドから身を乗り出したレイジだった。
 「どうしたんだよ、ころっと態度変えて。なんでそんなびくついてんだよ、俺の顔色窺ってんだよ」
 「窺ってねえよ。俺はただ早く食堂行きてえだけだ、ここには二・三分寄ってすぐ食堂行くつもりだったんだ、じゃないと席とられちまうから」
 「ちゃんと俺の目を見て言えよ。何さっきからずっと顔そむけてんだよ、そんなに俺の顔見たくねえのかよ。らしくねえよお前、全然らしくねえ。お前ときたらとんでもねえはねっかえりの意地っ張りで、俺がちょっとからかっただけでも凄い剣幕で吠えかかってきたくせに、いっぱしの野良が借りてきた猫みてえに大人しくなっちまって……」
 「鍵屋崎とサムライが待ってるんだよ。ああそうだ、知ってるかレイジ?食堂の献立に中華が加わったんだ。副所長の粋なはからいだ。酢豚と炒飯とトリガラスープと」
 「なんだ中華かよ、俺の好物のティラピアは……て、いい加減にしねーと怒るぞロン!」

 ―「じゃかあしい!!」―

 隣のカーテンがシャッと開け放たれた。
 レイジと同時に振り向けば、ベッドに片膝ついたガキが怒髪天を衝く勢いでこっちを睨んでいた。毛布を跳ねのけてベッドに起き上がったそいつは、怒りに震えるこぶしをぐっと握り固め、一息にまくしたてる。
 「おどれら痴話喧嘩するならちょっとは場所考えんかい、医務室は図書室の次に私語厳禁て決まっとるんや!いや、俺が今決めた!おどれらがどったんばったん騒ぎまくるせいでこちとら集中して漫画も読めんわ、俺から漫画とったらあと何が残るんや、真っ白に燃え尽きた残り滓やろ、道化の絞り滓やろ!?」 
 針のように逆立てた短髪、つり目がちの精悍な双眸。 
 犬歯を剥いて喧々囂々吠えたてるそいつをうんざりと眺めていれば、レイジがベッドから身を乗り出し、銃に見たてた人さし指でそいつの額をちょんと突く。
 「お前、悪運強いよなあ。何回地獄の淵から甦ってくりゃ気が済むんだよ?一回ぐらい素直に死んだってイエスさまはお怒りにならねーぜ」
 そして、意味ありげに笑う。何もかもを見透かした、とんでもなく意地の悪い微笑。
 「まあ、お前が死ぬわけなかったんだけどな。肝心の銃に弾入ってなきゃ人殺せねえもんな。銃を持った瞬間にわかったよ。六発目、最後の一発が込められてねえって。わざわざシリンダー覗いて確認するまでもねえ。『重さ』が違うんだよ」
 「アホぬかせ。鉛弾一個の重さなんてアルミの一円玉五個ぶんとおなじ、シリンダーに込めたら殆どわからん……」
 レイジが皮肉げに笑い、自信を込めて断言する。
 「『わかる』んだよ俺には。銃を構えた瞬間にピンときた。どっかで落っことしたのかだれかが抜き取ったのかはわからない。一度シリンダーに込めた弾丸が落ちることは滅多にないからだれかが抜き取ったって考えたほうが自然だろうな。なんで?知るか。気まぐれだろ、多分。俺たちが生きてる世界じゃ時々そういうことが起こり得るんだよ。運命の悪戯。神様の恩寵。悪魔の気まぐれ。本来ありえない偶然がいくつか積み重なって、ドミノ倒しみたいに連鎖して、誰も予想できない皮肉な結果がでることが。
 俺はあの時、鍵屋崎に伝えようとした。この銃一個弾丸が入ってねえよって、そのへんに落ちてるかもしれねーから注意してよく見てみろって。そうだよ、あの時あそこにいる大勢の人間の中でただひとり俺だけが、いや違う、ただ二人俺と『犯人』だけがわかってたんだよ。鍵屋崎に返した銃で人を殺すのが無理だって……弾が込められてない銃で人を殺すのは物理的に不可能だって」
 額から人さし指をおろし、レイジは言った。
 「だよな、道化?」
 二週間前、ゴーグルの破片で切った額をさすりながらヨンイルは肩を竦めた。 
 「かなわんな、王様には」

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050717004533 | 編集
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