ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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七十一話

 手の中で拳銃が弾む。
 『Really!?』  
 突拍子もない声をあげてしまった。
 いきなり僕の手の中にとびこんできたのは見間違えようもない拳銃、グリップにはまだ五十嵐の手のぬくもりが残っている。
 視界に立ち込めた埃が晴れ、次第に視界が明瞭になる。
 おったまげた。目と鼻の先にタジマが迫っていた。
 「ひいっ!?」
 どうしよう!?
 タジマを顔に感じる。うわ、ちょっと顔近付けんなって口臭きついし目に毒だから!いや、それより今どうにかしなきゃいけないのは拳銃だ、僕の手の中の物騒な代物。いつ暴発したっておかしくない危険な凶器。銃の始末に困ってきょろきょろあたりを見まわしてみたけど、周囲のガキどもときたら完全にびびって逃げ腰で、舌打ちしたくなるくらいに使えない。
 「ビバリーねえちょっと調子よく他人のふりしないでよ、これ、この拳銃どうしよう!?」
 「僕に聞かれても知りませんて振らないで下さいよ、どっかそのへんにうっちゃっちゃえばいいじゃないスか!」
 「だって投げ捨てたショックで暴発とかしちゃったらやばいじゃん怖いじゃん、弾どこに飛ぶかわかんないし……嫌だよぼく股間ズドンとやられるの、イチモツ商売道具なのに!!」
 「これがホントの危機イチモツ、ってくだらないこと言わせないでください!!」
 「自分が勝手に言ったんじゃん、なんだよそのセンス最低最悪の駄洒落はあ!?」
 パニックのあまり僕もビバリーもおかしなこと口走ってる。いっそ笑えてきた。口角をひくつかせつつ、少しでもタジマから距離をとろうとあとじさる。ビバリーてば頼りにならない。さっき見直してもう見損なった。僕の隣で泡食ってるだけ。さっき見直してもう見損なった。物凄い速回しのパントマイムみたい。タジマはすぐそこまで迫ってる、床を踏み鳴らして突進してくる―……
 万事休す。観念して目を閉じる。サヨナラ、ママ、ビバリー。きっと僕はこのままタジマに轢き殺される運命なんだ……
 「銃を渡せ、リョウ!!」
 「へっ?」
 脳天から間抜けな声を発して目を見開く。弾かれたように顔を上げた僕の視界の隅に割り込んできたのは、サムライに肩を抱かれた鍵屋崎。相変わらず仲いいねお二人さんと嫉妬まじりに口笛でも吹きたくなる密着ぶり。
 いや、今そんなことどうでもいい。サムライと鍵屋崎が一万人の大群衆置いてけぼりにして親密に抱擁しようが告白合戦くり広げようがどうでもいいんだ。かぶりを振り振り脳裏に湧いた抱擁シーンを払拭、溺れるモノが藁をも掴む心細い気持ちで、恐れと焦りが入り混じった顔で鍵屋崎を仰ぐ。
 片方眼鏡のレンズが割れたせいで表情が読みにくくなっていたが、圧倒的な気迫は伝わってきた。加えて、鍵屋崎の焦燥は手にとるようにわかった。
 鍵屋崎が決死の形相で叫ぶ。
 「何を愚図愚図してるんだ、脳の命令が指先の神経に伝わるまで何秒要してるんだこの低脳め!銃を渡せといったら即反応しろ、0.3秒以内に銃を手放して頭を屈めるのが常道の反射行動じゃないか!!」
 高飛車な命令にカチンときた。つんけんした態度に反発が湧いて、無性に腹が立って、すぐそこまで迫ったタジマの存在を忘れてしまった。ったく鍵屋崎ってばやることなすこと癪にさわる、ちょっとはしおらしく落ちこめば可愛いものを人を上から見下すように威圧的に……
 「リョウ!!」
 「うるさい!!」
 大体鍵屋崎はいつもそうだ、僕は最初から鍵屋崎が気に入らなかった、なんだって皆こぞってあいつをちやほやするのか理解に苦しんだ。鍵屋崎が来てからまったく腹の立つことだらけ、そうだ、僕が最大のピンチに陥ってるのだって全部鍵屋崎が悪いんだあいつが原因なんだ!
 逆恨み?やつあたり?上等だよ。これがもし「お願い」なら聞いてやってもよかったけど「命令」なら話は別、だれが鍵屋崎の命令なんか聞いてやるもんか。男娼の意地にかけて鍵屋崎の思い通りになんかなってやるもんか。
 見てろ。
 「えいっ!」
 そして僕は、気合いを入れて銃を投げた。
 タジマ背後の鍵屋崎にではなく、ビバリーへと。
 「!?なっ、」
 鍵屋崎が絶句する。鍵屋崎の肩を抱いたサムライも驚愕に目を剥く。
 頭上を仰いだ二人の目に映ったのは、照明の光をはね返して鈍色に輝く銃身。鍵屋崎とサムライだけじゃなくその背後のロンも安田も、周囲の人間が示し合せたように上を向く。当然、タジマも例外ではない。
 鼻先を掠めるように高く高く浮上した銃めがけて跳躍……
 「させますかあああああああーーーーーー!!」
 唐突にビバリーが動いた。 
 「ぬあっ!?」
 タジマが奇妙な悲鳴をあげる。それはちょうどバレー選手が中空でボールを奪い合う光景に似ていた。タジマと同時に床を蹴ったビバリーが、持ち前の身軽さを生かして高く高く、信じられないほど高く跳ぶ。夢を見てるみたいだった。
 『I can fly!!!!』
 「僕は飛べる」……有言実行、ビバリーは飛んだ。跳んだ、というより飛んだと表現したほうが正しい高度の上昇だった。すごい、こんな特技があったなんてと驚嘆する僕の目の前でタジマの手から銃をひったくるビバリー。
 危ない!銃を掴んで安堵したのか、ビバリーが不安定にバランスを崩す。中空で大きく仰け反り、手足を振り回しながら後ろ向きに転倒……
 視界が反転、衝撃。咄嗟にビバリーの背後に回りこみ、背中を支える。無防備な後頭部を打たないように僕がクッションになったおかげでビバリーは大事に免れた。僕の背中に尻餅ついたビバリーが「アウチッ!」と顔をしかめてみせる。
 「こっちの台詞だよ。それよかはやくどいてよ、重たいよ。僕男を尻に敷くのは好きだけど尻に敷かれるのは趣味じゃな……」
 ビバリーの手元を覗きこみ、違和感を感じる。
 「あれ。拳銃は?」
 「え?」
 青褪めたビバリーと顔を見合わす。ビバリーの手中から忽然と銃が消失。おかしい、僕が見てる前でビバリーは確かに銃を掴んだはずなのに一体どこへ消えてしまったの?
 「なんじゃこりゃあああああ!」
 野太い絶叫。いやな予感。声のほうを振り向けば予想はばっちり当たっていた。ビバリーの手からすっぽ抜けた銃がとんでいったのは……
 こともあろうに、凱のところ。
 たまたま僕らのすぐそばにいた凱は、新たな持ち主として銃に選ばれてしまった。やばい。血気さかんな凱が銃なんて物騒なもん持ったらどうなるか……僕と同じ展開を予期したか、凱の周囲で大恐慌が巻き起こる。
 そりゃそうだ。相手は血の気の多いことで知られる東棟のナンバー3。レイジほど極端じゃないにしろ、キレたら何しでかすかわからないと恐れられる中国人。凱も自分の身に何が起こったか完全には理解してないみたいで、騒然と入り乱れ逃げ惑う野次馬と手中の銃とを見比べる。
 「おいてめえらなに逃げてんだよ置いてくなよ、俺様をどこの誰だと思ってやがる、東棟のナンバー3と名高い三百人のカシラの凱様だ!娑婆にいた頃は喧嘩の度に牛を解体する要領で青龍刀振りまわして相手びびらせて、逃げる奴あ片っ端から捌いて挽き肉にして高田馬場峠の人肉饅頭に……」
 「凱てめえっどさくさ紛れに自慢話してんじゃねえ、都市伝説ぽく脚色した自分語りに酔ってる暇あんならその銃よこしてやがれ!!」
 凱の演説に水をさしたのは、威勢いい声。
 ロンがいた。肋骨折れてぼろぼろの体のどこにあんなでかい声だす気力が残ってたのかとびっくりする。逆巻く人の流れの渦中にぽつねんと取り残された凱は、顔に怒気を滾らせて、数人の頭越しのロンに食ってかかる。
 「てめっ、半半のくせに生意気だぞ!今の話のどこに脚色入ってるってんだ、俺はありのままの事実を話したまでだ!聞いて驚け、娑婆にいた頃あ高田馬場の暴れ牛として……」
 「お前が高田馬場の暴れ牛なら俺は池袋のボス猫だよ!!」
 「ちっちぇえナリして吹かしてんじゃねえ、お前なんか頑張ったところで池袋の餌付け猫だ!!」
 「俺は十一から野良でやってきたんだよ人の手から餌もらうほど落ちぶれてねえよ、ふざけたこと言ってっとモツにして煮込むぞ、ちょうど屋台で食った薬敦排骨の味が懐かしくなってきた頃だ!!」
 「~~~鍋にぶちこんで煮込んでやらああああ、そしたら珍味猫鍋の完成だ!!」
 売り言葉に買い言葉で喧嘩勃発。
 ロンも凱も喧嘩っ早すぎ、いったん頭に血が上るとまわりが見えなくなるタイプの似た者同士だ。中指立てた挑発に激昂した凱が、野次馬を憤然と薙ぎ倒してこちらに向かってくる。
 ああもう、二人とも冷静になれよ、つまらない喧嘩なんかやってる場合じゃないっしょ!?凱もロンも手におえない馬鹿、医者も匙投げる極め付けの馬鹿だ。だれか二人にお灸据えてくれる……
 いた。
 「語彙の貧困さを露呈する知能指数の低い喧嘩はそこまでだ、天才権限で即刻打ちきる!!」
 ロンと凱のあいだに割り込んだのは、鍵屋崎。
 ロンを背に庇うように仁王立ち、肩で浅く息をしつつ凱を睨みつける。怖い顔だった。おそろしく真剣な顔だった。
 地下停留場は混乱の極みだった。次から次へと銃が人手に渡り、まかり間違って指が滑ったら流れ弾がどこに飛んでってもおかしくない状況で、レミングの恐慌を来たした囚人たちは我先にと地下停留場を逃げ出した。先行者を蹴倒し踏み倒し、逃走路を塞ぐ障害物は囚人だろうが看守だろうが構わず手当たり次第に薙ぎ倒して、数箇所しかない出口に大挙する。罵詈雑言が喧しく飛び交い、殺気立った足音が怒涛のごとく鼓膜を叩く極限状況下にて凱とロンとに説教をかます。
 「低脳ぶりもここに極まれりだ、場違いな喧嘩をしてる暇があるなら他にすべきことがあるだろう!優先順位を間違えるなロン、凱!」
 「……っ、」
 くるりと凱に向き直り、叱責をとばす。
 「さあ、銃をこちらに渡せ!拒否権は認めない、銃の所有者は君ではない、副所長の安田だ。君のように二十四時間ドーパミン過剰分泌で好戦意欲旺盛な危険人物に銃を持たせておけば被害が拡大する、元の持ち主に返すべきだ!!」
 ロンは脊髄反射だけど、鍵屋崎は天然だ。天然で凱に喧嘩を売ってる。本人に自覚がないぶんタチが悪い。馬鹿と天然は死んでも治らないって、ばかに真実味を帯びた俗説をしみじみと噛み締める。なるほど鍵屋崎の言い分は正論だ、血気さかんな凱に銃を持たせといたらどうなるかわかったもんじゃない。万一タジマと銃の取り合いになったら……
 「!そうだ、タジマ」
 「あそこっス!」
 ビバリーが指さす方を振り返ればタジマが雑踏に逆流して足止めを食っていた。出口に殺到する人ごみに埋もれて揉まれて、二進も三進もいかなくなってる。けど、時間稼ぎも三分が限界だろう。じきにタジマは辿り着いてしまう、腕力も体格もほぼ互角の凱とタジマが銃の争奪戦をくりひろげたら……暴発。乱発。血祭り。タジマが銃を手にしても凱が銃を手にしても最悪の結末しか思い描けないのは両者の人徳のなさが原因?それ以外ありえない。
 「銃を返せ!」
 「はっ、俺に命令するたあいつからそんな偉くなったんだ親殺し!?娑婆じゃ将来見込まれたお偉いエリートだったかもしれねえが、ここじゃあただの男娼崩れじゃねえか!生っ白い日本人は身の程わきまえて男に組み敷かれてりゃいいんだよ!!」
 説得は逆効果だ。皮肉なことに、鍵屋崎の言葉は火に油を注ぐ効果しかもたらさない。見かねたサムライが木刀をひっ掴み、凱の成敗に行こうとする。実力行使で銃を取り上げるつもりか?ごくりと生唾飲んで緊迫の展開を見守る僕とビバリー。
 「待てよ。凱に理屈は通じねえ、頭に血が上ってるんじゃなおさらだ」
 素早くサムライの行く手に回りこみ、自信をもってロンが断言。
 「ここは俺に任せとけ。あいつの性格は天敵の俺がいちばんよく知ってる、五秒で攻略してやらあ」
 まんざら虚勢とも思えない確信を込めた口調だった。疑わしげに互いの表情をさぐる鍵屋崎とサムライから体ごと凱へと向き直り、はきはきした切り口上で言う。
 「凱、銃なんかてめえには過ぎた代物だ!万一つるっと指すべって引き金引いちまったらどうするよ、指が一本残らず吹っ飛んじまったらマスかくときクソするときどうするんだ!てめえのナニもしごけねえケツも拭けねえ体たらくじゃムショ生活に支障でまくりだよな、それだけじゃねえ、お前がムショ出て真っ先にガキに会いに行ったときどうやって抱っこするんだよ!?銃の暴発で指が欠けちゃあ抱っこも高い高いもできねえぞ、親父失格だ!!」
 「……っ!!」
 ロンの顔は活き活きと輝いていた。対する凱はといえば、ロンの脅しが相当こたえたらしく大量の冷や汗をかいて型どおりに構えた銃を見下ろしてる。凱の弱みをまんまとついた心理作戦……いや、そんなごたいそうなもんじゃないか。とにかく、ロンの方が一枚上手だった。凱が銃を放り出すまで予言通り五秒もかからなかった。
 「親父失格の烙印押されるくれえなら潔く親バカを自称するぜ!!」
 ただ、誤算だったのは凱が必要以上に大きく腕を振りかぶったこと。
 開き直りの捨て台詞を吐き、凱が力任せにぶん投げた銃はロンの頭向こうへと落下……
 「俺かよ!?」
 絶望のうめきを洩らしたのは確かワンフーとか呼ばれてた西の囚人でヨンイルの腹心だ。反射的に手を突き出して銃をとったはいいものの、どうすればいいのかうろたえきっている。
 「安田の物は俺の物、安田は俺の物、東京プリズンは俺の物……今ここにあるもの全部俺の物だ、てめえら囚人の汚い手に触れさせてたまるかあああっあああっ!!」
 「ひいいっ!!」
 狂える咆哮をあげて手当たり次第に囚人を投げ飛ばし、タジマが突進。タジマに目を付けられた気の毒なワンフーは顔面蒼白、両手でひしと銃を抱きしめて、女々しく潤んだ目で周囲に助けを乞う。だが、皆逃げるのに必死でワンフーに構ってる暇などない。
 薄情な仲間の背中へと未練ありげに一瞥くれ、ワンフーが首を振る。
 「俺っ、俺まだ死にたくねえ、生きてここを出て凛々抱くまで死ねえって心に決めてんだよ!だからだから俺、凛々幸せにするために今度こそ真人間になるって約束して、スリで稼いだ金でアパート借りて結婚前提に同棲始めるまではくたばれねえから!」
 「発言は前提からして矛盾だらけだ!真人間になりたいならスリで敷金を稼ぐな!!」
 「前金だけ!!」
 「前金だけでもだ!!」
 僕が言いたいことを鍵屋崎が代弁してくれた。サムライの肩を借りてワンフーに走り寄ろうとした鍵屋崎とロンだが、三人の行く手を阻むように人の流れが渦巻いて、それ以上近付けない。
 傷だらけの顔を焦燥に歪めたワンフーが銃口を一瞥、続き鍵屋崎を一瞥、言い訳がましく呟く。
 「だからだからだからそのっ……悪ィ、ここでくたばるわけにゃいかねえんだ!!」
 「「あっ!!」」
 ビバリーと声が揃う。綺麗に唱和した僕とビバリーの視線の先、ワンフーが投げ捨てた銃が南の囚人の手に渡る。あれは確か……ルーツァイ。そんな名前の囚人だ。
 「ワンフーてめえ!?」
 「悪く思うなルーツァイ、俺には荷が重すぎる、お前が始末つけてくれ!一児の父親と見込んで頼む!」
 「タジマに銃を渡すなルーツァイ!」
 鍵屋崎の悲鳴。
 「銃は俺の物だ!!」
 タジマの罵声。 
 ルーツァイは動揺していた。鍵屋崎は渡すなといいタジマは渡せといい、そのどちらもが人ごみを掻き分けて徐徐に接近しつつある。
 危なっかしい手つきで銃をもてあそび、慎重にあとじさる。ルーツァイは優柔不断な性格らしく、鍵屋崎と五十嵐を見比べて今にも泣きそうに躊躇していた。迷う必要はない、鍵屋崎に銃を渡せばいいと十人が十人ともそう言うだろう状況下でルーツァイから正常な判断力を奪っていたのはタジマの脅威に他ならない。
 タジマはすでに人間ではなく人災だった。
 「しっ、死にたくねえ!死にたくねえ死にたくねえ死にたくねえ、メイファに会うまでは死にたくねえ!俺まだ親父らしいことなんにもしてねえのに、あいつまだちっちぇえから俺の顔だってろくに覚えてねえのに……刑務所でくたばった親父だってメイファに一生涯記憶されるなあごめんだっ」
 首振り人形と化したルーツァイが四囲に素早く視線を走らせ、苦渋の決断を下す。最もそれは、この場の誰の目にも暴挙としか映らない慮外の決断だった。
 鍵屋崎が「まずい」と舌打ち。人ごみに揉みくちゃにされて、だらしなく弛緩した襟刳りから鎖骨を覗かせて、脇目もふらずルーツァイに駆け寄ろうとする。サムライとロンも後に続く。サムライとロンを従えて一目散にルーツァイに駆け寄った鍵屋崎だが時既に遅し。
 「子供抱き上げる手で銃を撃つなんざ死んでもお断りだ!!」
 ルーツァイが大きく腕を振りかぶる。
 「またかよ!?」
 「まただ!」
 ロン脱力のつっこみにサムライが鋭く切り返す。呼吸ぴったりだ、などと妙に感心しつつ、照明の眩しさに目を細めて遥か頭上を仰ぐ。タジマと鍵屋崎が人ごみを抜けて踊り出すのは同時。銃はまた二人の頭上を軽々と飛び越えて、燦然と照明を照り返して、長大な放物線を描く。

 望まぬ者の手に身を委ね、欲する者の手には決して届かぬ拳銃。

 タジマは喉から手がでるほど拳銃を欲していた。拳銃があれば安田にとどめをさすことができると信じて疑わなかった。鍵屋崎は銃を取り返そうと必死だった。
 鈍い音。床を伝わる振動。
 幾人もの頭上を飛び越えて床に落下した拳銃にタジマが舌打ち、即座に方針転換する。拳銃を取りに行く時間は既にない。タジマの四囲には元同僚の看守が人ごみに紛れて忍び寄っていた。拳銃争奪戦に振りまわされて周囲に目を配る余裕がなかったタジマは、たった今までそのことに気付かず、もはや完全に包囲されてしまった。東京プリズンの看守も無能なヤツばかりじゃない。タジマに翻弄されるふりで油断を誘って、気付かぬ内に包囲網を敷く知恵があるヤツもいるのだ。
 「……くっ、そおおおおおおおおおおおっ!!」
 タジマがブチギレる。
 僕の位置からでもこめかみの血管が膨張するのが見えた。もうヤケクソだ、そんな心の叫びが聞こえた。かつての同僚を敵に回して、一分の隙なく取り囲まれて、タジマは完全に余裕を失っていた。
 僕らが銃の行方に目を奪われた一瞬にタジマは行動を起こした。
 「痛っ!?」
 タジマが目を付けたのは手近なロンだった。鍵屋崎とサムライは比較的軽傷だが、なんといってもロンは肋骨骨折の怪我人で、人質にはいちばん適してる。
 そう、人質。タジマはロンを道連れに心中するつもりだ。
 「ははっ、はははっはあはっ。どうせ俺はおしまいだ、副所長を撃ったんだから処罰されるに決まってる。だが一人じゃ逝かねえ。コイツも道連れにしてやる」
 タジマは笑っていた。破滅へとひた走る狂気に冒されていた。
 ロンを人質にとられて鍵屋崎は動きを封じられた。鍵屋崎が動けばロンが死ぬ、タジマに縊り殺される。タジマはロンの首に片腕をかけて締め上げて、徐徐に力を加えていた。
 「とうとう抱けずじまいだったが、時間はこれからたっぷりあらあ。まず最初にこいつを縊り殺して、地獄送りにしてやる。次はお前だ鍵屋崎。最後が安田だ。ロンとお前と安田を地獄に送りこんだあとに俺さまが下りていって、お前ら三人ケツひん剥いて順番に犯してやるさ。
 いいか、東京プリズンは俺の城だ。俺の物だ。だから東京プリズンにいる囚人も全部俺のもんだ俺の奴隷だ下僕だ肉便器だ、ここでいちばん偉いのは俺だそうだ俺なんだよ兄貴じゃなくて俺が俺こそいちばん誰も俺と兄貴を比べたりしねえ、ああ、ここは天国だなあ!!」
 「イカれてる……」
 ビバリーの腕に抱きつく。タジマはイカレてる。言動は正真正銘筋金入りの異常者のそれだ。ロンの首に腕を巻き付けて、胸の位置まで軽々吊り上げて、顔が青黒く変色してくさまを覗きこんでいる。
 「ひ、ぐ………はう」
 窒息の苦しみにロンがもがく。勢いよく宙を蹴り上げて首に絡んだ腕を掻き毟って、風の音に似て耳障りな喘鳴をもらす。だが、タジマは手加減しない。鍵屋崎を牽制するように、同僚たちを威嚇するように、絞殺一歩手前の凶悪な力を込めてロンの気道を圧迫する。
 ロンの抵抗が激しくなる。口から唾液の泡を噴いて、目には透明な涙の膜が張って、顔は青黒く膨れ始めていた。タジマは本気だ。ロンを殺すつもりだ。 
 「東京プリズンは犯り放題殺り放題の天国、兄貴が俺にくれた最高の職場なんだよ!俺は一生死ぬまで東京プリズンにい続けてやる、一生死ぬまでお前ら犯しつづけてやる!東京プリズンは俺の物」

 「『俺の物』?違う、『俺の物』だ」

 皮肉げな声が響いた。不敵な自信が表れた声だった。
 僕には即座に声の主がわかった。弾かれたようにそっちを向いた僕の目にとびこんできたのは、衝撃的な光景。
 レイジがいた。立っていた。そんなまさか。サーシャに背中焼かれて片目刺されて重傷なのになに平然と立ってるんだよ、ぴんぴんしてるんだよ。ついさっき気絶して担架で運びだされたくせに、もう治療終わったっての?
 いや、それより驚くべきことに。
 レイジの手の中に銃があった。ルーツァイが放り出したあの銃だ。勢いあまって床を滑って足元にぶつかった銃を拾い上げ、交互に手に渡して感触を馴染ませる。レイジの左目は白い眼帯で覆われていた。裸の上半身はガーゼと包帯で覆われて殆ど肌が見えなかった。
 レイジの手が高速で動く。慣れで五感を制した流れる動作。
 両腕をまっすぐ伸ばして銃を構える。
 しなやかに引き締まった体躯に純白の包帯を纏わせ、眼帯に覆われてない右目に精悍な光を宿して、レイジは大胆に笑う。

 「お前生きて……とことん俺の邪魔しやがるガキだ、けど無駄だ、お前のロンは俺の腕の中で死!!」
 『Good-bye.
 This gun sings a song of eternity for you who go for death.』
 この銃は死に逝くあなたに永遠の歌を唄う。 

 レイジには一分の隙もなかった。狩猟本能を備えた野生の豹のように四肢は強靭なバネを感じさせた。
 耳の奥に歌声が甦る。レイジがよく唄ってる音痴な鼻歌……あれはたしかストレンジ・フルーツ。甘く掠れた独特の響きの声は麻薬のように人を酔わす。
 堕落と退廃のローレライの歌声。
 レイジは今この瞬間も声にださず唄っていた。リズミカルに足拍子を踏みながら例の鼻歌を口ずさんでいた。
 機嫌よく唄いながら銃口を上向け、微笑む。

 『I shoot strange fruits』
 奇妙な果実を撃ちぬいてやる。

 タジマが絶叫した。人語を解さない怪物の断末魔をかき消したのは、一発の銃声。レイジの腕が俊敏に跳ね上がり、反動で四肢に巻いた包帯が生あるもののように激しく泳ぐ。
 四肢の包帯をたなびかせたレイジの顔は、銃火に照らされた瞬間も笑っていた。
 だが、タジマは生きていた。ぴんぴんしていた。胸にも眉間にも穴はひとつも開いてない。
 おそるおそる自分の胸を探ったタジマの顔が卑屈に笑み歪む。
 「おどかしやがって!!どうしたレイジ、ギャラリー大勢集ってる前で見事に外したなあおい、さすがの王様も長年のムショ暮らしで腕が錆びつ」
 轟音。
 タジマの演説を遮り、照明器具が落下した。天井の一隅に設置された巨大な照明器具だった。大外れなんてとんでもない、大当たりだ。レイジが放った弾丸は狙い違わず照明器具の設置個所を撃ちぬき、タジマの頭上を直撃。照明器具のガラス片が鋭利にきらめき、一面に飛び散る。照明器具に押し潰されたタジマはもはやぐうの音もでず、白目を剥いて失神してる。
 「……ばかげてる。距離と位置考えてあたるわけない、20メートルは離れてるじゃん。こんな人でごった返した場所で、正確に照明だけを撃ち落すなんて……どんな腕前だよ。50メートル先からスリーポイントシュート決めるよか難しいよ」
 ロンは照明器具がぶつかる前にタジマの腕から脱してかろうじて無事だった。
 床にへたりこんだロンのもとへサムライと鍵屋崎が駆け寄り、気遣わしげに助け起こす。残る右目を細めてロンの安否を確認、安堵の表情を覗かせた王様が手の中の銃を持て余し気味に舌打ち。
 「やっぱ片目ないと調子狂うな。慣れるのに時間かかりそうだ」
 そして、銃口から立ち上る硝煙をひと吹きした。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050720010814 | 編集
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