ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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六十八話

 ビバリーと手に手をとりあって逃避行。
 「リョウさんもたもたしないでください事態は急を要するんス、早くはやく一分一秒もはやくタジマに追いつかなきゃ地下停留場にでなけりゃ乱射騒ぎで血祭りフィーバーっスよ!?」
 「ちょ、ま、待ってよおいてかないでよビバリーってばこの薄情者!人でなし!ビバリーだって僕が持久力ないの知ってるっしょ、こっちはヤクのヤリ過ぎで体力底ついてるんだからもうちょっと思いやりの心持っておんぶしてくれたっていいじゃん!使えない相棒だなあ本当にもう!」
 「なんスかなんスかその言い草は、だれがリョウさんの大ピンチに盾にやってたと思ってるんスか!?それとも僕は所詮弾除けっスか、リョウさんは僕のこと利用するだけ利用してボロ雑巾のようにポイと使い捨てるつもりっスか!」
 「んなこと言ってないじゃん今、ビバリーのことはそこそこ使える相棒だなあって今さっき見直したとこなのに現在進行形で評価大暴落だよ!あーもう疲れた~走れない~おんぶ~」
 「駄々っ子っスか!斜め四十五度の角度で小首傾げても駄目、目え潤ませておててすりすりしても駄目!親父キラーの手練手管は先刻承知っス、リョウさんもラクすることばかり考えずたまには自分の足で走ってください!はいイチ二ッイチ二ッ」
 「イチ二ッイチ二ッてそんなかけ声いまどきアリかよ、白い歯と爽やかな汗がうそ臭いよビバリー…」
 廃墟特有の寂れた空気を醸し出す地下通路にこだまする二重の足音。
 息せききってひた走る僕とビバリーの足音。
 コンクリ打ち放しの天井に等間隔に連なる蛍光灯、延々と左右平行に続く壁。長い間交換もされずに放置中の蛍光灯の幾つかは寿命が切れてるし、辛うじて点っている蛍光灯だって虫の息で瞬いてる。
 手に手をとりあって逃避行なんて洒落た言い回しをしてみたけど実際はそんなロマンチックなもんじゃない。より忠実に現実に即して言うならビバリーに手を引っ張られた僕が嫌々不承不承走らされてるってのが正しい。
 んもうビバリーてば強引なんだから、と誤解を招く言い方してみたり。
 まあ、ハイエナの追跡を巻こうと必死な駆け落ちの光景に見えなくもない。ビバリーに手を引っ張られて強制的に走らされながらそれでもまんざら悪い気はしなかった。
 ビバリーは絶対僕を見捨てない。
 僕がごねても冷淡に突き放したりはしない、キレて手を上げたりしない。こうして不平不満をたれてもぎゅっと手を握ってはなさずにいてくれる。
 ビバリーの手のぬくもりが心強い。人肌のぬくもりが心地いい。
 もうビバリーと離れ離れになるのは嫌だと素直にそう思えた、五十嵐に銃を向けられて痛感した。
 僕にとって、ビバリーはなに?
 ビバリーにとって、僕はなに?
 「…………」
 わからない。わからないよ。そっと目を瞑り、ぎゅっとビバリーの手を握り返す。僕らの関係を表すにはきっとすごく簡単な言葉があるんだろう。すぐそこに答えが転がってるんだろう。
 でも今は知らんぷりをする、見て見ぬふりをする。
 僕はまだ理性と感情に折り合いをつけられない、生き方を変えられない。
 だってそうでしょ?いきなり人生を宗旨替えできないよ。僕はこれまで他人を利用して利用して、徹底的に利用して自己中を極めて生きてきた。僕は子供の頃から薄々気付いてた、だれかが僕に優しくしてくれるのは下心があるからだと。その人の目当ては僕の体だったりママの体だったりママが箪笥に隠してるお金だったり色々で、下心ぬきに僕に優しくしてくれる人間なんかこの世にいるわけないと思っていた。
 騙される前に騙すのが賢く生きる鉄則、世界の法則。
 東京プリズンに来てからもそれは変わらなかった。騙される前に騙さなきゃ生き残れない、東京プリズンじゃだれもかれもがだれもかれもの足を引っ張って出しぬきあってるんだから。
 けど、ビバリーは。
 「ビバリー」
 深刻に呟けば、ビバリーが即座に振り返る。心配げな表情。僕がさんざん「疲れたー」「おんぶー」とねだっても鼻にもかけなかったくせに、僕が本当に伝えたいことには酷く敏感で。
 ああ、いいヤツだなあ。
 ほんと、鼻につくくらいいいヤツ。
 なんだか無性にやるせなくなった。泣きたいような笑いたいようなどっちつかずの複雑な気分。言うなら今しかない、ともう一人の僕がけしかける。今を逃したらずっと言えなくなる、こんな恥ずかしいこと言えなくなる。ビバリーが通路のど真ん中で立ち止まり、訝しげに僕を見る。 
 「あの、ええと、その……」
 赤面した顔を伏せ、頬を掻きつつ、言う。
 『…………………Im sorry』
 ばつ悪げに謝った僕に返されたのは、心外な反応。 
 「はあ?リョウさん頭でも打ったんスか。そういえばおでこに血が滲んでますけど」
 ビバリーが奇異の眼差しを向けてくる。なにさそのあきれ顔、失礼しちゃうよ。僕がもてる勇気を振り絞って、めちゃくちゃ恥ずかしいのを我慢してごめんなさいをしたのに。あんまりじゃないか、と食ってかかろうとした僕にビバリーが急接近。
 心臓が跳ねあがる。キスされるのか、と反射的に身構えた僕の予想を裏切り、間延びした声が聞こえる。
 「いたいのいたいのとんでけー」
 銃床で殴打された額に人肌のぬくもりが覆い被さる。
 目を開ける。ビバリーが僕の額に手を被せて優しく撫でる。ビバリーはひどく真剣な顔で子供だましのおまじないに取り組んでいた。本当に僕を心配してるのが伝わってくる思いやり深い手つきだった。
 ガキ扱いすんな、とビバリーの手を邪険にどかすこともできたはずなのに敢えてそれはしなかったのは、ママの手の感触を思い出したからだ。僕が熱を出して寝こんだ時、ママもよくこうしてくれた。僕の枕元に付きっきりで寄り添ってくれた。
 いい匂いのする手で、僕の額を撫でてくれた。 
 「ほら、これで大丈夫っスよ。いきましょうリョウさん」
 鼻腔の奥がつんとする。ビバリーの手はママみたいにいい匂いはしなかったけど、条件反射でママを思い出して、無性に涙がこみあげてきた。服の袖で乱暴に目を擦り、涙をふく。こんな涙もろいキャラだっけ、僕?違うっしょ、そうじゃないっしょ。しっかりしろ。
 「ビバリーの手、すごいね。魔法の手だ」
 優しくさしのべられた手をとり、強気に笑ってみせる。
 「そうでしょうそうでしょう、僕のフィンガーテクでロザンナはショート寸前っスよ」
 「言ってろ電脳ハッカー」
 指に指を絡め、力強く握る。ビバリーと頷き合い、再び走り出す。
 床を蹴る足を速めれば、灰色の壁と天井が瞬く間に後ろへ飛び去っていく。足裏が床を叩く振動が壁に伝わり天井の蛍光灯を揺らす。点滅が激しくなる。
 微塵の埃が舞い散る通路をビバリーと前後して疾走。全身の血が沸騰する。心臓が爆発しそうだ。惰性で足を蹴り出しながら朦朧と歪む視界にビバリーの背中を映す。
 ビバリーは前だけ見て猛然と突っ走っていた。
 自分には何の得も利益もないのに、他のだれかのためにいつでもいつだって一生懸命なビバリーは、タジマの凶行を事前に食い止めるためにびっしょり汗かいて走ってる。
 間に合うか?わからない。微妙なところだ。
 五十嵐から銃をふんだくったタジマの目は憎悪で爛々と燃えていた、復讐に燃え盛っていた。タジマに銃を持たせたのはまずかった。今のタジマはなにをしでかすかわからない、満員御礼の地下停留場であたりかまわず銃を乱射して血の海に変えても不思議じゃない。
 銃の件に関しては僕もちょっとだけ責任を感じないでもない。それに、あの銃は元はといえばビバリーが拾ったものだ。もしタジマが銃をぶっぱなして死人がでたらビバリーもただじゃすまない。急げ、急がなきゃ。ああ、体じゅうの細胞が蒸発しそう。頭がゆだって目が回る。左右の壁が物凄い速さで後ろに飛び去っていく。
 「出口っス!」
 ビバリーが快哉を叫ぶ。はじかれたように顔を上げれば、遠く前方に矩形の光。地下停留場へと繋がる出口が見えてきた。ラストスパート。脳内麻薬が過剰分泌されたせいか、僕は酷く爽快な気分で、疲労は既に感じなかった。光がどんどん近付いてくる。
 あと少し、もう少しで天国の扉に手が届く―……
 『Open the  door!!』
 ビバリーと手と手をとりあい、跳躍。光の洪水の中へと身を躍らせる。 
 薄暗い地下通路を抜ければそこは混沌と熱気渦巻くだだっ広い空間、ペア戦のリングが中央に設置された地下停留場。空前絶後の大群衆でごった返す地下停留場に立った僕は、目が明るさに慣れるまで一時停止を強いられる。 
 「タジマはどこ!?」
 「あそこっス!」
 眉間に手庇を翳してビバリーが言う。僕を引きずるように足早に歩き出すビバリー。ビバリーに手を引っ張られて人ごみを抜けながら、光に目が慣れつつあった僕は周囲の異常な気配を感じ取る。
 空気感染する高揚、興奮……熱狂。
 なに、これ?ペア戦はもうとっくに終わったはずなのに波が引かないのはどうして、だれも帰ろうとしないのはどうして。何かが明らかにおかしい、いつもと違う。異質な空気に取り巻かれた二の腕が粟立つ。
 これからとんでもない事件が起ころうとしてる予兆。
 東京プリズンを根底からひっくりかえす出来事が起ころうとしてる前兆。
 リングを中心に嵐の兆しの波紋のように広がる不吉なざわめき。
 「ねえ、変だよビバリー。絶対変だってば、雰囲気がいつもと違う、みんなおかしいよ。もうとっくに試合終わったはずなのになんだって一人も帰ろうとしないの?みんなしてリングを見てるの?リングで一体何が……、」
 人ごみから転げ出て、絶句する。
 目に映る光景は信じがたいものだった。どよめきの渦中のリングでは異常な出来事が起きつつあった。
 「ひっ、ひぎっ、やめっ……頼む勘弁してくれこの通りだ、謝るよ、謝るよだから!!」
 金網に背を寄りかからせ、頭を抱え込んで泣きじゃくるタジマの頭上に容赦なく振り下ろされる木刀。凶暴な唸りを上げて鋭利に風を切り、タジマの頭を、腕を、肩を、脇腹を、全身を無慈悲に打ちすえる。
 暴風の如く荒れ狂い、裂帛の気合いを込めて木刀を振るっていたのは、仁王の形相のサムライだった。
 「………え?な、にこれ」
 サムライのそばには鍵屋崎がいて、片方割れたレンズ越しに呆然とサムライの背中を凝視している。放心状態で立ち尽くす鍵屋崎のそばには肩から流血した安田とロンがいて、その全員が固唾を呑んで、サムライの凶行を傍観していた。だれも止めに入らなかった。止めに入れなかった。
 「わ、悪かったよ!ほら謝った、これでいいだろう!お前の鍵屋崎には金輪際手だししねえって約束するよ、鍵屋崎の半径1メートル以内に近付かねえって約束するよ!この通り土下座するから、」
 床に額を擦り付けたタジマを見下ろすサムライの双眸には、冥途の篝火の如く青白い炎が揺らめいていた。 
 背中に冷水を浴びせられた。
 戦慄で足が竦み、反射的にビバリーにしがみつく。
 「ビバリー、あれ、ホントにサムライ?僕が知ってるサムライと同一人物?わかんない……わかんないよ、わかんないことだらけだよ、なんでサムライがタジマ滅多打ちしてるのリングの上で大群衆の前で!?」
 「落ち着いてくださいリョウさん」
 「異常だよ……サムライの目を見た?普通じゃないよ、完璧イッちゃってるよ!怖い……怖いよ、あんな目のサムライ知らない、あんな物騒な目のサムライ知らない。まるで……」
 まるで、人斬り。
 「!っ」
 僕が手をつかねて見てる前で再びサムライの腕が上がる。
 舞のように優雅な挙措、無駄なく隙のない身ごなし。耳朶がちぎれそうな風鳴り。絶叫。頭を抱えて身を縮こめたタジマの肩を木刀が打ちすえて服が裂ける。肩の肉が爆ぜた激痛に涙と鼻水を滂沱と垂れ流して悶絶するタジマを見下ろし、呟く。
 「外道が」
 物静かな口調だった。だが、僕にはわかった。サムライは激怒していた。僕がこれまで見たことがないほどに、手がつけられないほどに怒り狂っていた。不自然に抑圧された口調は胸の内で吹きすさぶ激情の裏返し、極限まで膨張した怒り憎しみの反動。
 「痛っ、いでっいだっでえててえっててっ、やめてくれ頼むそれ以上したら死んじまう!」
 「この程度でか。張り合いがない」
 「ぎゃあっ!!」
 木刀で鳩尾を刺突。渾身の一撃でタジマが吹っ飛び、もんどり打って転げる。ぶざまにひっくりかえったタジマの服はあちこち裂けて血の滲んだ素肌が覗いていた。何回、何十回殴打されたのか。裂けた額から垂れた血が、鼻梁に沿って滴り落ちる。手のひらで血を受けて悲鳴をあげたタジマのもとへ緩慢な歩調で赴き、殺気を吹かせて上段の構えをとる。
 「畜生道に堕ちろ」
 「やめっ、」
 木刀が肉をぶつ鈍い音が連続、僕の足元に血が飛んでくる。血。タジマの血。タジマの顔面は血まみれだった。これが本当にあのタジマかと疑いたくなる情けない顔だった。這うようにあとじさるタジマの尻を追いかけるサムライの歩調は澱みない。
 ざんばらに乱れた前髪の奥、剣呑に眇めた双眸は憎しみの炉と化していた。
 衣擦れの音さえたてぬ足さばきでタジマに忍び寄り、鬼気迫る眼光で射竦める。贅肉など何処にもない、鞭のように引き締まった痩身のすみずみまで殺気で満たして、気流と戯れるように眉間に木刀を翳す。  
 「獄にて私利私欲を貪り尽くす餓鬼めが。命乞いなど言語道断。お前がこれまで直にしてきたことを思えば釣りがくる」 
 「ぎゃっ、ぐ」
 一回、二回、三回、三回、四回、五回。
 「痛いか。苦しいか。その痛み苦しみ、とく噛み締めて冥途の土産としろ」
 タジマの返り血が顔に跳ねてもサムライは眉一筋動かさず鉄面皮を保つ。
 六回、七回、八回、九回、十回……
 無造作に木刀を振り下ろす。タジマが床に這いくばり顔掻き毟り痙攣をはじめても打擲をやめず、次第に勢いを増して。
 「血があ、血がこんなに……いてえよう畜生、血が目に入って見えねえよう」
 「お前が味わう痛み苦しみなど取るに足らぬものだ。直のそれと比べたら釣りが来る」
 サムライは本気でタジマを殺す気だ。一万人の大群衆が息を詰めて見守る前で、鍵屋崎と安田とロンが身近に見守る前で殴り殺す気だ。
 「もっとはやくこうすべきだった」
 苦渋に満ちた独白。悔恨と自責に苛まれて、目に悲哀を宿してサムライが言う。自分こそが地獄の業火に灼かれてるように痛切に顔を歪めて。
 「俺は躊躇すべきではなかった。もっと早くに剣をとるべきだった、お前を斬るべきだった。俺は馬鹿だ。どうしようもない愚か者だ。直がお前になにをされてるか知らずに、守る守るとただそればかりを経文のごとく繰り返していた。それどころか、俺は満足すら感じていたのだ。今度こそは間に合ったと、手遅れになる前に間に合ったと……想いを懸けた人間が業火に焼き尽くされて灰燼に帰す前に、炎に手を入れて地獄から引き上げることができたと」
 頬に返り血が跳ねる。タジマの返り血を浴びて朱に染まったサムライが、口の端に笑みらしきものを浮かべる。
 だがそれは、笑みというにはあまりに儚くて。あまりに暗く、救いがなくて。
 虚無の深淵が開くような笑顔だった。
 「とんだ思い違いだ。直はまだ、地獄にいるじゃないか」
 「あ、あしがああっあっああ!?」
 タジマの体が跳ね、首が仰け反る。左腕と右足が折れ、逆方向に曲がる。骨が折れ砕けた手足をひきずり、毛虫めいた動きでサムライから逃げるタジマを目の当たりにし、野次馬どもが悲鳴をあげて逃げ惑う。大恐慌。肩を突き飛ばされ頭を小突かれて人ごみに揉みくちゃにされて、それでも足が竦んで動けずに、僕はビバリーに抱き付いていた。サムライの手に握られてるのはただの木刀だ、人を斬り殺すなんて到底できない木刀だ。でも、サムライの手を介して殺気が通った木刀は、外見はそのままに本質が真剣に変異したかの如く異様な迫力があった。
 「俺の手が焼け爛れようとも助けだすつもりだったのに」
 これが最後だと直感した。
 サムライが瞼をおろし、また開く。左手で柄を掴み右手を添えた上段の構え。足を折られたタジマは立ちあがれない、逃げ出せない。もがいてもがいてもがき苦しんで、のたうちまわって唾液の泡を噴いて、「ひいいいィいい」と断末魔をあげる。極限まで目を剥いたタジマの顔に不気味な影が落ちる。
 サムライの影絵がゆっくりと動く―……
 「もういいサムライ、やめてくれ!」  
 「!」
 鍵屋崎がサムライの背中に抱きつく。サムライの腕から木刀を取り上げようと必死に指をこじ開けにかかる。
 「止めるな直、この男を斬らせてくれ!」
 鍵屋崎を振りほどこうとサムライが悲痛に叫ぶ。
 「今ここでタジマを斬らねば俺は一生後悔する!俺はタジマが許せん、この男が許せん!!タジマがお前にしたことを聞いて腸が煮えくり返った、いや、そんな生易しいものではない、地獄の業火に灼かれたほうがまだマシだとおもえる熱が体の奥底から噴き上げてきた!お前を傷付けたタジマが許せん、お前を苦しめたタジマが許せん!!」
 「武士の誇りはどこにやった、無抵抗の人間を殺すつもりか!?武士の信念を放棄してまでこんな男殺す価値もない、君がそこまですることはない!!」
 「お前を抱きながら誓った、いつか必ずタジマを殺すと!!」
 激しく揉みあううちにサムライの手から木刀がこぼれ、頭を抱え込んだタジマのそばへと転がる。激昂したサムライが鍵屋崎の肩を掴む。
 強く強く、力をこめ。
 「あの夜俺は誓った、いつか必ずタジマをこの手で殺すと、さんざんお前を苦しめてお前の誇りを汚したタジマをこの世から葬り去ると!それが今だ。武士の誇りがなんだ、信念がなんだ。お前の傷を癒せぬ誇りなど要らん、お前を地獄から救えぬ信念など要らん!俺には武士であることよりお前の友人であることのほうが大事だ、俺は武士の前に友でありたい、お前を守れる友でいたい!!」
 鍵屋崎の肩を掴んで引き剥がし、木刀を拾い上げたサムライの行く手に両手を広げて回りこむ。
 はからずもタジマを背に庇うように立ち塞がった鍵屋崎をどかそうと肩に手をかける。

 「何故わからない、お前を守りたいのに!」
 「守ってなんかくれなくていい、嫌わないでいてさえくれればそれでいい!!」 

 木刀が指をすりぬける。
 サムライの胸に体重を任せ、必死に縋り付く。サムライのシャツを掴み、胸に顔を埋め、深呼吸する。
 「僕は、怖かったんだ」
 鍵屋崎の肩は震えていた。鍵屋崎は怯えていた。
 サムライを失うかもしれない恐怖に。
 「ただ、怖かったんだ。生まれて初めて出来た友人に軽蔑されるのが、事実を暴露されるのが。君に嫌われるのが怖かったんだ。さっき僕は、タジマを殺してもいいと思った。こんな男死んで当然だと思った。僕にはもう失う物などなにもないから、タジマを殺したところで失うものなど何もないから、今なら引き金を引けると思った」
 サムライの胸をこぶしで叩き、きっぱりとかぶりを振る。
 「大間違いだ。天才にあるまじき思い違いだ。失う物がなにもないだって?とんでもない。あるじゃないか、ここに。いるじゃないか、ここに。
 僕が引き金を引けば、その瞬間にすべてが終わる。
 僕が今まで築き上げた君との関係、君と積み重ねた記憶のすべてが一切合財砕け散ってしまう。跡形もなく終わってしまう。
 人を殺すとはそういうことだ。自分の手で、自分のこれまでを否定することだ。鍵屋崎夫妻を殺した時と同じだ。鍵屋崎夫妻を殺した瞬間に彼らの息子じゃなくなった、カギヤザキスグルじゃなくなった、恵の兄でいられなくなった。さっき僕は、それと同じことをしようとしてたんだ」
 嗚咽にかすれた声で訴え、サムライの胸に顔を伏せる。
 サムライはしばらく茫然自失の体で立ち竦んでいた。木刀を拾い上げる気はなく、殺気も霧散していた。 
 肩を手で庇った安田が、包帯のほどけたロンが息を呑んで見守る前で、胸に縋り付く鍵屋崎の肩に手をかけるサムライ。
 引き離すためではなく、包むために。
 「僕を否定するのか、サムライ。君がかつて帯刀貢を否定したように、帯刀貢という名のもう一人の自分を切り捨てたように、僕たちのこれまでを否定するつもりか?僕たちの関係を断ち切るつもりか。そんなことは認めない絶対に。これからもずっと、君は僕の友人だ。タジマの口から真相を暴露された今でも僕を嫌わないでさえいてくれるなら、君はこれからもずっと、僕の……」
 顔を上げ、まっすぐにサムライの目を見る。
 挑むように、祈るように、縋るように。
 ぼろぼろに傷付いた素顔を曝け出して、真実を曝け出して。
 
 「僕の、サムライだ」
 「お前は俺の、直だ」 
 
 満場の観衆が見守る中、ロンと安田が見守る中、僕とビバリーが見守る中。
 
 「俺の直だ」

 サムライは鍵屋崎を抱きしめた。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050723215318 | 編集
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