ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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六十七話

 「タジマを殺すのは僕だ」
 動揺、狼狽、当惑、好奇、驚愕……戦慄。
 地下停留場の暗がりに夜行性の獣のように身を潜めた群集を包み込む緊迫の静けさはやがて不穏などよめきへと変化する。
 引き金にしっかり指をかけ、矯める。
 僕の背後ではロンが愕然と立ち竦んでいる。目に映る光景が信じられないといった驚愕の表情。金網の向こう側には売春班の面々とサムライがいた。売春班の面々は不安げな面持ちで僕とタジマとを見比べて、サムライは歯痒げに唇を噛んでこちらを見つめている。地下停留場に集った大半の人間とおなじく、あまりに急すぎる事態の推移についていけないといった困惑の様子。
 急展開に取り残されておろおろ混乱するばかりの無能な少年たちから標的へと視線を戻す。
 だれも僕を止められない。サムライも止められない。
 今僕がすべきことはただひとつタジマを確実に殺すこと、後腐れなくこの世から葬り去ることだけだ。
 「へっ………へっへっへっ。冗談だろ?」
 肩を揺らしてタジマが笑う。機嫌とりの習性が染み付いた媚びへつらいの笑顔。虫唾が走る。なんて卑小で矮小な人間だ、こんな人間がこの世に存在すること自体間違いだと思わせる人間の醜い部分を全部かき集めた笑顔だった。
 「なあにとち狂ってんだよ親殺し。はやくその物騒なもんしまえよ。いい子だから、な、こっちに渡せ。だいたい銃の撃ち方なんて知ってんのかよおまえ、身のほど知らずなことすんじゃねえよ」
 「銃の撃ち方など知識でしか知らない。実践経験はない。が、この距離からでは外さないだろう」
 タジマの眉間に銃口を密着させる。タジマが生唾を飲み込む。銃口に加えた圧力を介して僕の本気が伝わったようだ。床に尻餅ついたままあとじさるタジマを追い、一歩二歩と距離を詰める。
 逃がすものか。 
 「お、俺を殺したら大変なことになるぜ。囚人が看守を撃つなんざ前代未聞の大事件だ、んなことしたらお前だってただじゃすまねえぜ、処分されるに決まってる」
 「たかが看守の分際で副所長を撃った男の台詞じゃないな。分不相応にも下克上を企んだのか?」
 往生際の悪いタジマに失笑する。
 安田は出血の酷い肩を押さえて床に這いつくばっている。肩の肉は爆ぜて背広の下のシャツにも鮮血が滲んでいた。負傷した肩を庇い、苦しげに呼吸しつつ上体を起こした安田の顔はいちじるしく青褪めていた。
 胸の内側で感情が沸騰する。これは、怒り。安田を撃ったタジマに対する、ロンを痛めつけたタジマに対する怒り。
 胸の内で飼い殺すには激しすぎる憎悪。
 タジマの目に浮かぶのは紛れもない恐怖。刻々と迫りくる死に対する剥き出しの恐怖。生への貪欲な執着。タジマの目を覗きこむ。極限まで開かれたタジマの目に映ったのは……僕の知らない僕。いや、違う。以前にも一度これと同じ顔を見たことがある。
 すぐに思い当たった。鍵屋崎優と由佳利を殺した時だ。
 あの時、両親の目に映った僕も今とおなじ顔をしていた。
 全くおなじ無表情と虚無の眼差しだった。
 「と、とりあえず銃をおろせ。それから話し合おう。な、頼むよ?人間話し合えばわかるって、人類みな兄弟って言うだろ。俺たちのあいだにはそう、でかい誤解があるんだよ。俺がさっきお前にさせたことだってほんの冗談のつもりだったんだよ、最後までさせる気なんかこれっぽっちもなかった、お茶目な余興のつもりだったんだ……まあ、悪乗りしすぎたのは認めるけどよ。体のすみずみまで知り尽くした俺とお前の仲だ。笑って許してくれてもいいじゃねえか、なあ?」
 「余興だと。一万人の大群衆の前でロンを強姦する、それが単なる余興だというのか。ロンは肋骨を折ってたんだぞ。全身十三箇所の打撲傷を負い足首を捻挫していたんだぞ。満身創痍という言葉が易く思える大怪我だ。それを貴様はロンの肋骨が折れて砕けてもかまわないと、ロンの足首が捻れてもう二度と歩けなくなってもかまわないと、そのつもりで僕に強姦を命じたのか?」
 タジマの眉間を銃口を抉りながら苦汁を呑んで確信する。
 タジマには人の痛みがわからない。タジマは人の痛みに共感できない、しようとも思わない人間だ。人の痛みに共感したところで得るものはなにもないと開き直った男だ。
 タジマのそれはある意味正しい。
 他人の痛み苦しみ悩みに共感したところでなんら利益がないというのは正しい。あくまで自分中心に考えるなら、自分の偉大さとやらを世に知らしめたいなら、他者を見下すことによって自己肯定の優越感に酔いたければその生き方は正しいのだ。
 他者を貶めることにによってしか自尊心を維持できない、自己を肯定できない惰弱な人間。
 タジマは自己中を突き詰めた人間だ。
 タジマを生かしておけばこれからますます犠牲者が増える、僕のようにロンのように安田のようにその他の囚人のように不幸になる人間が増えるだけだ。タジマにされたことを思い出せ鍵屋崎直、売春班の記憶を喚起せよ。
 僕がこれまでタジマにされてきたこと、強制された屈辱的な行為……
 こめかみの血管が熱く脈打つ。
 売春班でタジマに犯された。
 何度も何度も何度も嫌になるほど気も狂うほど一日も早く死にたいと願うほど。僕を犯しながら妹の名前を呼ばせながらタジマは笑っていた笑っていたタジマの笑顔が忘れられない網膜に焼きついてはなれない。
 酷い耳鳴り。
 記憶と悪夢が混沌と溶け合い、タジマの揶揄が耳によみがえる。

 『妹の名前を呼べば許してやるぞ』
 憎い。
 『さあ言えよ』
 憎い。
 『言えよ』
 憎い憎い。
 『男にヤられながら妹の名前呼ぶなんて変態だな。本当はずっと妹とヤりたかったんだろう。妹のひらたい胸を揉んでかわいく窪んだヘソを舐めてまだ毛も生えてない股に突っ込んで喘がせたかったんだろう。はは、残念だったな!妹ヤるまえに男にヤられちまったら世話ねえな。
 妹独り占めしたくて堅物の両親殺したくせに目論見外れてがっかりだろ。まあ諦めろ、一度東京プリズンにきちまったんなら腹括って俺のご機嫌とりに徹すんのが吉だ。そうそう、そうやって素直に股開いて腰振って言うこと聞いてりゃいい。なあ、男に抱かれんのは癖になるだろ?なんだ、泣いてんのか。もうイッちまいそうってか。まだ駄目だ、俺がイくまでイかせられねえな。もうちょっとそのまま我慢してろよ。不感症のくせに不能じゃねえなんて都合いいカラダだな、本当に』
 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!

 一言一句違わず今でも思い出せる記憶している、一生かかっても忘れられそうにない。夢の中まで僕を苦しめる嘲笑、下劣な笑顔、体の表裏を這いまわる乾燥した手。タジマのがさついた手の感触など早く忘れたい、でもできない、体に刷り込まれてるんだ、肉体が消滅しないかぎり体に刷り込まれた触感は拭えないんだ畜生!!!
 僕がロンの手から銃を奪ったのは善意じゃない、ロンを庇いたかったからでも守りたかったからでもない。僕は純粋にタジマが憎くて殺したくて気付けば無我夢中でロンの手から銃をひったくっていた。
 僕は善人じゃない、聖人君子じゃない。
 僕は人殺しだ、ただの人殺しだ。だから今度もタジマを殺せるはず、両親の時のようにうまくやれるはずだ!
 綺麗ごとはよそう。僕はタジマが憎い、とてつもなく憎い。
 これは僕の意志だ。
 殺人の動機まで他人に転嫁してたまるか、他人に依存してたまるか。今ここでタジマを殺さなければまたおなじことが起こる、どこまでいってもおなじことのくり返しだ。
 タジマはまたしつこくロンや僕に付き纏う、僕らを犯して殺そうと執念深く付き纏う。ロンはきっとまたタジマに襲われる。
 今度は未遂じゃ済まない、間違いなく犯される。
 売春班が廃止されてもタジマが東京プリズンにいるかぎり僕らに安息の日々は訪れない。これからもこのさきもずっとタジマの気配に怯えて暮らすくらいならいっそ……
 「命乞いは無意味だ」
 タジマの眉間に銃口を押し付け、低い声で言う。
 「貴様が低脳らしく貧相な語彙を尽くして命乞いをしたところで、僕は確実に引き金を引く。決定は覆らない。僕は人殺しだ。過去に両親を殺害して懲役八十年を言い渡された。今さら殺人の罪科が加算されたところで些細な問題でしかない。どうせ僕は一生死ぬまで東京プリズンから出られないと確定してる、終身刑も同然の身の上だ。東京プリズンに送致された時点で戸籍は抹消された。僕はもう日本にいない人間、社会的に抹殺された人間だ。ならば……」
 意識して口角を吊り上げ、酷薄な笑みを作る。
 「もう、いいじゃないか」
 社会的に抹殺された僕が、社会復帰の見込みがない僕が、生きて再び恵にまみえる可能性のない僕が。
 人を殺したところで、どうだというんだ?
 自嘲の笑みはそのままに、諦念の淀んだ口調で吐き捨てる。もう、いい。覚悟は決まった。いまさら殺人の罪科がひとつふたつ追加されようがたいしたことじゃない。だいたい誰が僕を裁くというんだ?鍵屋崎直の罪を正当に裁いてくれるというんだ。僕は社会的には既に死亡した人間扱いで、公式に裁判を受ける権利すらない。僕が今ここでタジマを射殺したところで、どうやって死人を裁くというんだ?
 しずかに目を閉じる。迷いはなかった。心は冷めきっていた。両親を殺害した時はただただ必死だった、恵を守らなければとただそれだけを考えていた。だが、あの時と今では状況が違う。
 今の僕には失う物などなにもない。
 恵を失いたくなくて、恵を守りたくて両親を殺害したあの時と今では状況が異なる。誰かを守るためじゃない、誰かの身代わりじゃない。僕がタジマを殺すのは純粋にタジマが憎いから、殺したいほど憎いから。
 正義に唾を吐け、偽善に砂をかけろ。
 殺人を正当化する動機など要らない。
 僕が引き金を引くのは僕がそう望んだからだ。
 ほかならぬ僕自身が、だれより切実にタジマを殺したいからだ。
 「僕は人殺しだ。親殺しだ。今さら屑一人殺したところで痛むような良心など、生憎持ち合わせてない」
 「鍵屋崎ィ……」
 タジマの顔が絶望に暮れる。ズボンの股間から蒸気が立ち上る。
 命の危機に瀕した恐怖のあまり失禁したらしい。ズボンの股間に広がる染みを見下ろして眉をひそめた僕に、かぶりを振りながらタジマが懇願する。
 「頼むよ、このとおりだ。命だけはどうか見逃してくれ。今までお前にしてきたことなら謝るよ、だから……」
 「解せないな。僕がいつ謝罪など要求した?懺悔の芝居などしなくていい、余興にもならない。貴様が後悔する必要などなにもない、悔い改める必要などどこにもない。僕を後ろから犯しながら貴様は笑っていたな。下品に口を開けて哄笑をあげていたな。心の底からおかしくておかしくて、愉快で愉快でたまらないといった具合に」
 「頼むから聞いてくれよ……」
 「僕の体には満足したか?それはよかった。僕が抵抗しようが哀願しようが貴様はかまわず押し入ってきた、僕を押さえ付けて無理矢理押し入ってきた。肛門が裂けて出血してシーツが赤く染まろうが一切手加減せず、僕が暴れれば容赦なく殴り付けて黙らせて、いつだって自分の好きなように、暴君のように振る舞って……独占欲は満たされたか?征服欲は満たされたか?」
 「アレはお前が暴れるからだよ、俺だって本当は暴力なんかふるいたくなかった。本当は優しい男なんだよ俺は。でも、抵抗されるとついカッときて……」
 「僕の裸を見るか。売春班にいた頃貴様につけられた痣や痕がまだ体のあちこちに残っている。今でも疼くんだ、痣が。貴様に噛まれた痕が。疼いて疼いて眠れないんだ」
 「体が俺を欲しがってる証拠だよ。調教の成果……」
 卑屈な愛想笑いを浮かべて僕を見上げたタジマをひややかに一瞥、満腔の悪意を込めて銃口をねじる。
 「脳とは脊椎動物の頭にある神経細胞の集まった部分を指す。脊椎動物では脊髄と共に中枢神経系をなす。中枢神経系の細胞は複雑に接続しあって情報を伝達・処理しており、脳は感情・思考・生命維持の中枢とされる。そこに鉛弾を撃ちこんだらどうなると思う?運がよくて脳死、悪ければ即死だ」
 「ひっ……」
 感情の伴わぬ口調で脅迫すれば、顔面蒼白のタジマが尻で這うようにあとじさる。逃がさない。右手に預けた銃をタジマの額に擬して、左手で上着の裾を掴み、じらすように捲り上げる。あらわになったのは生白い肌と痩せた腹筋、筋肉の発達してない貧弱な肢体。
 そして、下半身の青痣。
 「覚えているだろう、僕を殴りつけながら犯した時のことを。一度だけじゃない。二度、三度、四度……正確な回数は覚えてない。素手で、警棒で。僕を殴打しながら笑っていたな」
 「勘弁してくれ……」
 タジマはすでに涙目だ。
 自衛の本能で頭を抱え込んで胎児のように身を丸め、歯の根の合わない反論を試みる。  
 「お、お前だって楽しんでたじゃねえか。さんざん俺の下でいい思いしたじゃねえか、なのに全部俺のせいにするのか、俺だけ悪者にするのかよ?割にあわねえぜ畜生!俺の膝に跨って弾んでたのは誰だよ、狂ったようにケツ振ってたのはだれだよ?ケツに極太バイブ突っ込まれてあんあんよがり狂ってたくせに、妹の写真に汁とばして自分でイッたくせに!!そうだお前も共犯だ、俺と一緒に楽しんだから同罪だよ!ほ、ほんとは悪い気しなかったんだろ?お前は真性のマゾだから俺に言葉で嬲られてぶたれて、本当は感じてたんだろ?びんびんに勃起してたんだろ?不感症治してやったんだから感謝されこそすれ恨まれるすじあいは」
 「黙れ」
 押し殺した囁き。グリップを握る手に力がこもり、引き金にかけた指が怒りで震えだす。だが、恐慌をきたしたタジマは従わない。汚い唾をとばし、爛々とぎらつく目を剥いて、会場じゅうに響き渡る声で絶叫する。
 「白状しちまえよ、お前だって感じてたんだろう。俺に犯られて勃ってたのがいい証拠じゃねえか!いい子ぶるんじゃねえよ、てめえはもう汚れちまったんだ、俺とおなじとこまで堕ちちまったんだ」
 「黙れ黙れ黙れ!!」
 「お前はもう立派な売春夫だよ!どんだけ足掻いたところで今さら後戻りできねえ、引き返せねえとこまで来ちまったんだ。今だってほら、俺に言葉でいたぶられて興奮してるんだろ?乳首勃ってんだろ?はははっはあはっはははっははっ、おいてめえら、檻の外で間抜けヅラさらしてるガキども、よおく見ろ!お前らの中にもコイツ抱いた奴いるはずだ、コイツのケツで楽しんだ奴が混ざってるはずだ!」
 檻の外から注がれる視線を痛いほどに感じる、体が意識してしまう。
 やめろ、そんな目で僕を見るな。
 僕は売春夫じゃない、売春夫じゃない、タジマに犯されて感じてなどない絶対に!
 「でたらめを言うな、僕は感じてなどない、気持ちよくなどなかった少しも貴様に触れられるたび虫唾が走った反吐がでそうだった後ろから貫かれるたび激痛で失神しそうだった!!」
 「嘘つけ、活きのいい海老みてえに背中仰け反らせてよがってたくせに!シーツ掻き毟って悶えてたくせに!エリート面して気取るなよ親殺しが、てめえなんぞ売春夫で十分だ、一生俺の言うこと聞いてりゃいいのに飼い主の手え噛むような生意気な真似しやがって……くそっ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!安田もお前も気にいらねえ、お高く取り澄ましたエリート面で俺のこと見下しやがって兄貴とそっくりだ畜生めが!!悪かったな不肖の弟で悪かったな、どうせ俺は兄貴に比べたら屑だよおおおっぉっおおっ!?」
 劣等感の塊となったタジマが猛然と僕に掴みかかる。

 殺らなければ殺られる。  
 引き金をひかなければ。

 「!っ、」
 引き金を引けばすべて終わる、悪夢に蹴りをつけることができる。さあ、ここで決着をつけるんだ。額の中心に銃口を定め、予定通り引き金を引く―……

 ―「やめろ!!」―

 耳元でだれかが叫び、後ろから僕を抱きすくめる。だれだ?邪魔をするな!背中に覆い被さった誰かが僕の手から銃を取り上げようと指を締める。させるものか、あともう少しでタジマにとどめをさすことができるのに!
 「どけっ、邪魔をするな!」 
 「銃をはなせ鍵屋崎、冷静になれ!」
 僕の背中に覆い被さっていたのは……安田。オールバックに撫で付けた前髪が乱れ、脂汗に濡れた額に一房垂れ下がっている。何故安田がここに?動ける体調でもないだろうに。スーツの肩に鮮血を滲ませた安田は、普段の沈着な物腰をかなぐり捨て、悲壮感漂う必死な形相で僕の指をこじ開けにかかる。
 銃のグリップを発矢と掴み、安田と激しく揉みあいつつ絶叫。
 「僕はタジマを殺す、今ここでどうしても殺さなければいけないんだ!僕が生き延びるにはこれしか方法がないんだ、タジマを抹殺するしかないんだ!嫌なんだもうこの男とおなじ空気を吸うのは嫌なんだ耐えられないんだ、嫌なんだ、視界にちらつくのが許せないんだ!売春班が潰れたってこの男が東京プリズンにいるかぎりなにもなにも変わらない、なにも根本的には変わらない、この男を駆除しなければ!!」
 どうしてわかってくれないんだ安田は、どうして余計なことばかりするんだ。
 こみあげる激情のままに、衝動的にこぶしを振り上げて銃創が穿たれた肩を殴りつける。
 「あなたは理解できない、僕が僕たちがどれだけこの男に苦しめられてきたか虐げられてきたか何もわかってない!!この男が、こいつが、こいつのせいで、僕はサムライの隣にいる資格を失くすんだ!こいつのせいで全部台無しだ、軽蔑されるのが嫌でずっと隠してきたのに、タジマに何をされたか言わないでいたのに畜生!!」
 見るな。こんなぶざまでみっともない僕を見るな、サムライ。
 めちゃくちゃに手足を振りまわして安田を殴り付けて子供のように泣き喚く、情けない僕を見るな。全部サムライに知られてしまった、暴露されてしまった。畜生畜生と口汚く悪態を吐き、何度となくこぶしを振り上げ振り下ろす。生温かい液体が頬をしたたり、口の中に流れこむ。
 涙と鼻水が溶けた塩辛い味に喉が詰まる。
 安田は僕の背中にしっかりと腕を回し、無言で殴打に耐えていた。銃創が開いた肩を殴られてもわずかに顔を歪めてくぐもった苦鳴を漏らすだけで、決して僕を放さない。献身な抱擁。それが悔しくて哀しくて無性に腹が立って、安田の腕の中で狂おしく身をよじる。そんな僕を力強く両腕で抱きしめて安田が声を荒げる。
 「こんな男君が手を汚す価値もない!」
 「父親でもないくせに保護者ヅラをするな!」
 僕は見た。ほんの一瞬、目の錯覚かと疑う一刹那、安田の傷付いた顔を。
 「私は!」
 『私は』?
 こぶしの軌道が狂い、眼鏡を弾く。安田の顔から外れた眼鏡がカチャンと音をたて床に落ちる。眼鏡の弦で引っ掻いた頬に一筋血を滲ませた安田が、冷徹な眼光で僕を射竦める。
 「……私は、東京プリズンの副所長だ」
 「鍵屋崎、もういいよ!お前がそこまですることねえよ!」
 僕と安田を引き離したのはロンだ。僕の背中にしがみついて動きを封じるロンを引き剥がそうと体ごと振り返り、ロンの頭を押し返しながら苛立ちをぶつける。
 「君だって……君だって、タジマのことを殺したいほど憎んでるんじゃないのか!?」
 「ああそうだよ、憎いよ、殺しても殺したりないほど憎いよ!!」   
 「だったら、」
 「でも、お前が人殺しになるのはいやだ!!」
 「僕はもう人殺しだ!!」
 「お前はただの天才だよ、恐ろしく口が悪くて恐ろしくプライド高いただの天才のカギヤザキナオ、いつだってだれかのために一生懸命で自分をかえりみる余裕なんかこれっぽっちもない俺の……」
 ロンが深呼吸する。
 「俺たちの、大事なダチだよ!!」
 指の力が抜けた。僕の背中に縋り付くロンがあまりに必死で、その叫びがあまりに悲痛で。
 力を失い垂れた指から銃のグリップが抜け落ちる。銃が床にぶつかる重く鈍い音。視界の端、それまで腰が抜けたようにへたりこんでいたタジマの唇が動く。
 『しめた』
 「!っ、」
 銃の落下地点にタジマが頭から滑りこんでグリップを握る。銃を手に跳ね起きたタジマが狙うのは、ロンの無防備な背中。まずい。考えるより先に体が動いた。ロンの肩を掴み強引に脇にどかし、弾道に身を晒した僕の眉間にタジマが銃口を掲げる―……
 「鍵屋崎っっっ!?」
 慌てふためくロン、僕へと精一杯腕をのばす安田。だが、間に合わない。僕の眉間を弾丸が撃ちぬき即死が確定するまであと三秒、二秒、一秒……  
 「遅参した」
 「え?」
 凄まじい轟音、足裏に伝わる振動。地震に襲われたのかと錯覚する衝撃が地下停留場を揺るがす。何が起きたのか知覚する先に殺気を纏った烈風が吹き、タジマが悲鳴をあげて拳銃を投げ捨てる。
 タジマの手首は変な方向に曲がっていた。骨折した手首を庇って悶絶するタジマから隣へと視線を転じれば、そこに思いがけぬ人物が立っていた。サムライだ。何故?サムライは檻の外、金網の向こう側にいたはず。いつのまに瞬間移動した?周囲の状況を把握しようと素早く視線を巡らした僕は、側面の金網が倒れたのを目撃。そして、こちら側の床に折り重なって倒れているのは……売春班の面々。   
 そうか。売春班の面々が金網に一斉突撃、自重に耐え切れず金網が倒れたのか。
 「いけっ、サムライ!」
 「カギャ―ザキを頼む!」
 ルーツァイが威勢よくこぶしを振り上げ、その下敷きになったワンフーが急きたてる。身を呈して突破口を開いた売春班の面々に感謝の念を込めて会釈、体ごとタジマに向き直る。
 憤怒に燃え立つ双眸で上段の構えをとり、サムライが断言。
 「外道が。お前など、直が手を汚すに及ばん」
 「まっ………」 
 命乞いを遮るように木刀が振り下ろされた。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050724152525 | 編集
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