ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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六十五話

 タジマが僕たちに銃口を向けている。
 「……なっ……、」
 絶句する。
 何故タジマがここに?タジマは本来ここにいるはずのない人間だ。
 前回タジマはロンに強姦未遂を働いた現場を安田に目撃されて、無期限の独居房行きという厳重処分を下された。タジマが正式に独居房から出されたという話は聞いてない。もし正式に許可がおりてタジマが独居房を出れば僕ら囚人の耳に届かないはずがない。僕の記憶が正しければ、反省の色が見られないタジマは現在も独居房で謹慎中のはず。
 そのタジマが何故ここに?
 一体全体僕の預かり知らぬところで何が起こっている?
 予測不能の事態が次から次へと起こる。五十嵐が安田の銃を持っていたことといい、五十嵐とヨンイルの姿がほぼ同時に地下停留場から消失したことといい……とてつもなく悪い予感がする。いやな胸騒ぎがする。最悪の事態が別の場所で同時進行してるような漠然とした不安、焦燥感。
 タジマはひどい恰好をしていた。脳天からつま先まで糞尿に汚れきり凄まじい悪臭を放つ姿はまともな神経の持ち主なら到底正視に耐えないものだ。
 タジマは完全に理性を喪失していた、錯乱していた。痴呆じみて弛緩した口元から唾液の泡を噴き、真っ赤に充血した目を爛々と光らせている。
 「見つけたぞ……見つけたあ………こんなところにいやがったのかあ」
 呂律が回らぬ口調でタジマが言い、一歩、また一歩とよろけるように僕らのほうへ歩み寄る。右手に銃を構えたまま、覚束ない足取りで僕らに接近するタジマを遠巻きに眺める囚人の誰一人寄ってこようとしない。
 タジマは悪臭の塊、歩く汚物と成り果てていた。
 独居房から出たその足でシャワーも浴びず地下停留場に乗り込んだらしく、タジマが一歩進むごとに強烈な臭気が漂ってくる。
 「だれかが独居房の鍵開けて、タジマを逃がしたんだよ」
 僕の隣、恐怖と驚愕に強張った顔でロンが口早に説明する。ロンは食い入るようにタジマを見つめていた。一歩、また一歩……着実に縮まる距離、狭まる間隔。タジマが僕らのもとに辿り着くまでもういくらもない。
 残り5メートル、3メートル……
 鼻腔を刺激する下水の臭気に吐き気をもよおす。嘔吐の衝動を覚えて腹部に手をやった僕の隣、サムライが木刀に手をかけタジマを牽制。
 無意識に僕の肘を掴み、怯えきった顔でロンが言う。
 「けど、わかんねえ。わかんねえことだらけだ。おい鍵屋崎、なんでタジマが銃なんて物騒なもん持ってんだよ?さっきまで銃は五十嵐が持ってた、俺がちゃんとこの目で確認したんだから間違いねえ、マジだよ嘘じゃねえよ、ビバリーにも確認してみろって!?銃は五十嵐が持ってたんだ、それがなんでちょっと目えはなした隙にタジマなんかに渡ってんだよ、独居房から出た直後で頭イカレてるタジマに銃なんか渡したら誰彼構わず手当たり次第に……」
 「落ち着けロン、狼狽するな。冷静に状況を分析しろ。タジマが銃を入手するに至った経緯の明言は避けるが、今重視すべきはタジマが銃を持ってるという看過しがたい事実。他の看守はどこに行った?くそ、肝心な時に姿が見えないなんて使えない連中だ!一目見ればわかる、タジマは完全に正気を失ってる、今のタジマに銃を持たせておくのは危険……確実に死傷者がでる!」
 他の看守はたぶん、独居房から脱走したタジマを捜しに散っているのだろう。地下停留場をざっと見まわしてみたところで周囲に群がっているのは戦々恐々とタジマの動向を窺う囚人ばかり、看守の姿はごく少数。
 地下停留場にわずか残った看守にしてみたところで、タジマが銃を手に乗りこんだ事実に狼狽して無能に立ち尽くすばかり。
 東京プリズンの看守が無能なのは今に始まったことではないが、せめてもう少し彼らに機転が利けば、手分けして安田を呼んでくるなり団結してタジマを取り押さえるなり迅速に行動を起こしたはずだ。
 どうする?
 焦燥で神経が焼ききれそうだ。着実に縮まる距離、強まる悪臭。タジマは完全に理性を喪失していた、地下停留場を埋めた大群衆のどよめきもその耳には届いてない。来るな、こっちに来るな。頼むから来ないでくれ。足が竦む。全身の毛穴が開いて嫌な汗が噴き出す。
 狂人に銃口を向けられてる事実より何より僕を戦慄せしめたのは不安定な足取りで接近してくるタジマの存在そのもの。タジマの顔など二度と見たくなかった。タジマの声など二度と聞きたくなかった。
 『お前は酷くされるのが好きなんだろう』
 やめろ。
 『妹のこと考えながらイった気分はどうだよ、変態』
 やめろ。
 『これからも毎日毎晩お前を買いにきて犯してやるお前のケツは俺のもんだお前は俺以外じゃ満足できないカラダに毎日調教して従順に躾て』
 やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ!!
 耳を塞ぎたい。幻聴か現実か区別がつかないタジマの哄笑が頭蓋の裏側に響き渡る。怖い。僕にとってはタジマの存在そのものが恐怖の象徴、東京プリズンにいるかぎり逃れがたい恐怖の象徴なのだ。
 タジマの声を聞いただけで二の腕が鳥肌立ち、金縛りにあったように体が硬直する。やめろ、もう二度と僕に近付くな、売春班の悪夢を喚起させるな!
 タジマからあとじさるように半歩退いた僕の隣、木刀を正眼に構えたサムライが独白。
 「お前は、俺が守る」
 「どけえええええええええっ、用があんのは親殺しだああああああっ!!」
 タジマが猛然と疾駆、突撃。太股を庇うように腰を落として身構えたサムライが鋭い呼気を吐いて木刀を一閃。袈裟懸けに振り下ろされた木刀がタジマの手首を―……
 「!?ぐあっ、」 
 遅かった。木刀が手首を弾くより速くサムライの懐にとびこんだタジマが、銃床で太股を強打。傷が開き、さっき巻いたばかりの新しい包帯にあざやかに血が滲みだす。
 「サムライ!?」
 額にびっしりと玉の汗を浮かべ、太股の激痛に膝を折ったサムライが、それでもタジマを食いとめようと
むなしく片腕をのばす。だが、惜しくも届かない。サムライの手から遠ざかるタジマの背中。
 「直っっ!!」
 絶叫。虚空に翳した手で空気をむしりとるサムライへと僕も腕をのばす。あともう少し、もう少しで届くのに。嫌だ、もうサムライと引き離されるのはいやだ!公約通り100人抜きを達成したのに、これで売春班を潰すことができるのに、サムライのもとに帰れるのに、これですべて終わったはずなのに!
 サムライの手をとろうと精一杯腕をのばす。自由に動かない片足を引きずるようにコンクリ床を這ったサムライが、タジマの肩越しに悲愴な顔を向ける。
 「貢、」
 「下の名前で呼びあう仲たあ羨ましいな」
 衝撃、首に圧迫感。サムライへ駆け寄りかけた僕の背後に回りこみ、首に片腕を回し、徐徐に力を加えてて絞め上げる。こめかみにめりこむ銃口の感触。耳朶にかかる吐息。背後にタジマがいた。僕の肩に顎をのせ、引き金に指をかけ、こめかみに銃口をつきつける。  
 「鍵屋崎っ!」
 「手えだすな。ダチが脳漿ぶちまけるとこ見てえのか」
 僕の首に腕をまわし、後ろ向きに歩みながらロンを恫喝する。銃口を一巡させて周囲の野次馬を威嚇しつつ、リングに上がりこむ。レイジとサーシャが流した血だまりに足跡をつけ、僕をひきずるように中心に立つ。
 獣じみて荒い息遣いがタジマの興奮を伝えてくる。
 リングには僕とタジマ二人きり、金網越しの地下停留場では何千何万の大群衆が息をひそめてこちらに注目してる。異常な緊迫感。タジマは銃を所持してる、へたに刺激すれば銃を乱射して大量の死傷者をだす大惨事を招きかねない。
 冷静に、冷静に対処しなければ。
 唇を舐め、生唾を嚥下。首に巻かれた腕に手をおき、上目遣いにタジマの表情をさぐる。
 「貴様、なんのつもりだ?僕を人質にとって、これから何をしでかす気だ。わざわざ地下停留場に乗りこんでリングの中心で大群衆の視線を独占するとは自己顕示欲旺盛なことだが、目撃者が多数いる前で副所長の銃を囚人の頭につきつけるとは無謀な行為といわざるえない。それだけじゃない、反省の色もなく無断で独居房を脱走した罪は重い。今度は独居房送りでは済まない、免職を覚悟したほうが……っ!?」
 「黙れよ」
 銃口に圧力がかかり、こめかみが削れる。
 「いいかよく聞け鍵屋崎、俺は今怒ってるんだよ、最高に腹が立ってるんだよ……鍵屋崎、お前独居房入ったことあるか?ねえだろうそうだろう、なら教えてやるよ動物園の実態を!
 独居房送りになった囚人は寝返りもうてねえ狭苦しい穴ぐらで後ろ手に手錠かけられて、上のお許しがでるまでてめえの糞尿にまみれて過ごすんだよ!!俺が説明するまでもなくお利口さんならお前なら知ってるだろうが、うさぎはストレス溜まるとてめえの糞食べ出す習性があるんだそうだ。
 独居房の囚人だってそうだ、ああそうだ、俺は自分の糞だって食ったぜ!!スカトロだスカトロ、目え開けようが閉じようが真っ暗なのに変わりなくて、身動きできずに転がされて、恐怖とストレスで発狂しそうになってよお……ははは、なんでこの俺様がそんな目に遭わなきゃなんねえ?最強看守のタジマ様が独居房でスカトロしなきゃなんねえんだよ畜生、これも全部安田の若造のせいだ、あいつが東京プリズンに来てから全部狂いはじめたんだ!!」
 大量の唾をとばしてタジマが喚く。
 極限まで目を剥いて怨念に塗れた呪詛を吐くタジマの剣幕に周囲の囚人が圧倒され、戦々恐々と距離をとる。
 僕の背中に腹を密着させ、腕に力を加えて首を絞め上げる。
 気道が圧迫され、息が苦しくなる。タジマの腕を掻きむしり身悶えて解放を訴えても無駄だ、タジマはまるで聞く耳もたず続ける。
 「馬鹿にすんな、伊達に長く看守やってねえ、東京プリズンのことなら全部まるごとお見通しだ……ああ、そうだよ。五十嵐とヨンイルの関係もお前と安田の関係も、ぜーんぶお見通しだ」
 「僕と安田の関係?」
 思わせぶりな言動に眉をひそめる。五十嵐とヨンイルの関係はともかく、僕と安田の関係とは?僕と安田は副所長と囚人、それ以上でも以下でもない関係のはず。たしかに僕は安田に好感をもってはいるが、ただそれだけの……
 「知ってるんだぜ。お前、安田とできてるんだろう」
 絶句。
 「斬新な発想だな。僕と安田が肉体関係を持ってると疑惑を抱いてるなら妄想甚だしい。僕は囚人で安田は副所長、それ以上でも以下でもない関係だ」
 「嘘つけよ。ただの囚人に接する態度にしちゃあヤケに親切じゃんか、お固いエリートの副所長が数多いる囚人のなかでお前にだけ特別目えかけてるのにはそれ相応のワケがあるに違いねえ。正直に吐いちまえよ、安田とできてるんだろう?安田にケツ貸す見返りに贔屓してもらってんだろ」 
 身に覚えのない疑いをかけられた反発に体が火照る。
 安田は潔癖なエリートだ。どこかのタジマと違って囚人に肉体関係を強要したり肉体関係を見返りに特定の囚人を庇護したりなどしない。
 僕と安田が関係を持ったなど、どこからそんな奇抜な発想が湧いてくるのか理解に苦しむ。
 大きく息を吸い、肺を膨らませる。
 割れた眼鏡越しにタジマを睨みつけ、僕のプライドと安田の名誉に賭けて反論。
 「くだらない妄想だな。腐った性根が透けて見えるゲスな詮索だ。僕と安田が肉体関係を持っているだと?僕が安田に抱かれる見返りに彼の庇護を受けているだと?馬鹿にするなよ、看守風情が。この僕を誰だと思っている、IQ180の天才として誉れ高い鍵屋崎直、プライドの高さでは他に類を見ない自負がある鍵屋崎直だ。いいかよく聞け但馬看守、僕は売春班に落ちてからというもの毎日毎日無理矢理男に抱かれ、毎日毎日無理矢理犯されて身も心も汚れきってしまった。だが」
 タジマの腕に爪を立て、毅然たる態度で宣言する。
 「身も心も汚れた今でも、売春夫の生き方に堕したつもりはない」 
 僕にはサムライがいる。かけがえのない友人がいる、仲間がいる。
 売春夫に堕落して彼らを裏切ることはできない、絶対に。金網越しにこちらを見つめるサムライと目が合う。木刀に手をかけたサムライは、傷が開いた太股を庇うように腰を落とし、歯痒く僕の身を案じている。
 僕はサムライと約束した。もう決して他の男に体を許さないと。
 「はっ!俺の下じゃあさんざんよがってたくせによ」
 嘲るように喉を鳴らし、こめかみから銃口をどけるタジマ。なにをする気だ?ぎょっと仰け反った僕の反応を楽しみつつ、上着の裾に銃口を潜らせる。
 「は、なせ」
 冷たい鉄の棒が素肌をまさぐる。銃口で上着をはだけたタジマが、よわよわしく喘ぐ僕と金網越しに固唾を飲む群集とを見比べつつ、僕の股間を見下ろす。ズボンに銃口をひっかけ、下方にずらす。
 「口ばっか達者な親殺しの天才気取りにゃもう一回思い知らせてやる必要がありそうだな。売春班の躾で足りねえなら今ここで改めて犯してやろうか?よーくまわり見まわしてみろ。東京プリズンの囚人が大集合した地下停留場のど真ん中、照明降り注ぐリングの上で服はだけられる気分はどうだ?」
 「やめろ、」
 タジマはやめない。さかんに首を振って拒絶の意志を訴えたところで、腕を引っ掻いて抵抗したところで、絶対にやめはしない。
 僕の太股に押し付けられる固い股間。
 ジマは勃起していた。僕の上着をはだけてズボンを脱がしながら固く勃起した股間をぐいぐい太股に押し付けてくる。
 銃口を潜らせたズボンが下にずれて、貧弱な太股があらわになる。タジマが音たてて生唾を嚥下、僕の太股をしごく。キメ粗く乾燥した手のひら、不快にざらついた手のひらでやすりがけされた太股が赤く擦りむける。
 手も足もでずタジマにされるがままの僕の視線の先、たった数メートルの金網の向こう側には一万人以上の大群衆がいる。最前列にはサムライとロンが並び、タジマに太股を撫でられ、目にうっすら涙をためて快楽に息を荒げる僕を凝視してる。
 視線が肌に刺さり、体が狂おしく火照りだす。
 金網を隔てた向こう側に顔を並べた囚人が、タジマの手に体の表裏をまさぐられる僕を食い入るように眺めている。性欲を剥き出して爛々と輝く獣の目。視線に犯される戦慄。
 大勢の人間が見ている前で。
 サムライが見ている前で。
 「僕に露出趣味はない、離せ、冗談じゃない、一万人以上の大群衆の前で痴態をさらす気など毛頭ない!見世物になどなりたくない、晒し者になどなりたくない、早く一刻も早く一秒も早くその汚い手をどけろ友人の前で恥をかかせるな!!」
 性急に太股をしごかれ、快楽と苦痛に息を荒げながら抗議すればタジマが鼻で笑いますます調子に乗る。僕の太股が赤く染まったのを確認して今度は下着の内側に銃口を突っ込む。
 「一万人の大群衆の前で素っ裸の股間さらして、俺の手にしごかれてイッちまえばお前も少しは大人しくなるだろうさ」
 「………………な、」
 タジマは本気か?
 一万人以上の大群衆が固唾を呑んで凝視する中、僕のズボンと下着を脱がして……公開、強制自慰?嫌だ。タジマの手で扱かれて射精するなど冗談じゃない、大群衆が見ている前で、サムライの眼前でタジマの手に扱かれて射精したら二度と立ち直れない!
 死に物狂いで首を振りタジマの腕をふりほどきにかかる、首に巻き付く腕に爪を立てて容赦なく肉を抉る。大群衆の眼前で下着を脱がされるなど冗談じゃない、サムライが見ているのに!そんな僕を嘲笑い、トランクスのゴムに銃口をひっかけてゆっくりと下方にずらしていくタジマ。
 やめろ!
 もがいもがいてもがいて、暴れて暴れて暴れて、必死にタジマの手から逃れようとする。
 股間に潜りこんだ銃口がペニスを探り当てる。
 冷たい鋼鉄の塊が、恐怖に縮み上がったペニスを揉みしだく。 
 「思い出せよ鍵屋崎。お前に自慰させたことあったろ」
 タジマが耳元で囁けば強烈な口臭が匂ってくる。
 僕の背中に脂肪が段になった腹を密着させ、勃起した股間を太股に擦りつけ、熱に浮かされたように卑語をまくしたてる。
 「俺が妹の写真持ってきて、お前は妹の写真見ながら自慰したんだ。あの時のお前ときたら傑作だった、妹の写真に汁とばして涙流してよがりやがって……鍵屋崎、目え閉じてないでよーくまわり見まわしてみろ。地下停留場の野次馬どもが、股間に銃突っ込まれてよがり狂うお前のことじィッと見てるぜ。どうした顔赤くなってるぜ恥ずかしいのかよ、売春班じゃもっと恥ずかしいことだって平気でやっただろうが!もっと強く揉んでやるから今度は声あげろよ、連中にサービスしてやれ」
 「はっ、うあ………」
 四囲から注がれる視線が肌に刺さり、羞恥心に火がつく。
 死ぬほど恥ずかしい。タジマの腕の中で無力に身悶えるしかない僕に金網越しの大群衆が興奮する。サムライは足が言うことを聞かない焦燥に苛まれて金網にこぶしを打ちつけ、ロンが悔しげに歯噛みする。
 見るな。
 こんな僕の姿を見るな、タジマの手に犯される僕を見るな!
 「暴れんなよ。引き金の指が滑って大事なモンが吹っ飛んじまうかもしれねえからな」 
 興奮に息を喘がせたタジマが徐徐に、徐徐に手首をさげていく。
 僕が成す術なく見ている前でトランクスが捲れ、青白く貧弱な下肢が外気に晒される…… 
 「但馬看守、なにをしている!!?」
 地下停留場に殺到する複数の足音。タジマの腕に縋って顔を上げた僕の目にとびこんできたのは、今しも通路の入り口から安田を先頭に地下停留場に駆け込んできた看守陣の姿。リングに上がったタジマを目撃して看守陣が愕然とする。
 安田とて例外ではない。
 リング中央に立ったタジマとその腕の中との僕を見比べ、剣呑に眼鏡を光らせる。
 「但馬看守、君に聞きたいことは山ほどある。だれが独居房の鍵を開けたのか、何故君が銃を所持しているのか……しかし、今言いたいことはただひとつだ」
 冷徹に研ぎ澄まされた眼差しでタジマを射竦め、安田が厳命する。
 「副所長命令だ。即刻鍵屋崎を解放しろ」
 「やなこった」
 答えはそっけなかった。いつでも絞殺できると見せつけるように僕の首に腕をかけ、こめかみに銃口を押しあて、安田らを牽制。
 地下停留場に乗り込んだ看守数十名と安田を威嚇しつつ、のんびりとうそぶく。
 「鍵屋崎の命が惜しいならお前一人で来い、安田。ここはひとつ、穏便に話し合いといこうや」
 沈黙。タジマが申し出た交換条件に苦悩する安田。眼鏡のブリッジに指を添え、ため息まじりに顔を上げた副所長と視線が絡みあう。冷徹なエリートの顔が一瞬だけ崩れ、眼鏡越しの双眸に悲哀の色が浮かぶ。
 「承諾した」
 「副所長!?」
 背後に控えた看守が一斉に抗議の声をあげる。気でも違ったのか、と副所長の決断を非難する声。気色ばむ彼らを目線で制した安田が、ふたたび正面に向き直り、僕のこめかみに銃口を擬したタジマを視殺。
 「君たちはここにいろ。但馬看守が他の囚人に銃を向けた場合に備えて警護にあたってくれ、会場の混乱が暴動に発展しないよう囚人をおさえてくれ。私は副所長だ。東京少年刑務所の安全を預かる立場だ。交渉は私の務めだ」
 有無を言わせぬ口調と威圧感をこめた眼差しで数十名から成る看守を下がらせた安田が、地下停留場の人ごみを突っ切り、一直線にリングに赴く。安田が一歩進むごとに群集の波が引いて道ができる。囚人自ら副所長のために空けた道を靴音高らかに歩き、リングに上がる。
 地下停留場に居合わせた全員が囚人看守の区別なく息を呑み、安田とタジマの対峙を見守る。 
 タジマを刺激しないよう距離をおきつつ、冷静に説得を試みる。
 「さあ、鍵屋崎を離せ。人質を解放しろ。無関係の囚人に危害を加えるな。君に独居房行きを命じたのは私だ、憎いのは私一人………」

 銃声が轟いた。

 タジマが銃を発砲した。安田の左肩が血をしぶく。安田の肩に命中した銃弾……スーツに滲みだす鮮血。
 撃たれた肩を庇い、コンクリ床に膝を折る。上体を突っ伏して苦悶に喘ぐ安田の額にはびっしり脂汗が浮かんでいる。極限の苦痛に歪んだ顔には冷徹なエリートの面影などどこにもない。
 硝煙たちのぼる銃口を虚空に擬してタジマが哄笑をあげる。
 「そんなにこいつが大事かよ、こいつの身と引き換えにお偉い副所長サマ自らしゃしゃりでてくるほど大事か。なあ、やっぱりお前らできてんだろ?こそこそ密会してデート重ねて医務室のベッドでしっぽり楽しんでるんだろうが。なあに今更隠すこたねえ、東京プリズンは俺の城だ、俺の城で起こってるこたあ全部お見通しだ。なあ安田さん、あんた何回鍵屋崎を抱いた?鍵屋崎を裸にひん剥いてケツにあれぶちこんだ、あれしゃぶらせた?類は友を呼ぶってことわざにもあるよな。スラム育ちの洟垂れガキには目もかけねえあんたでも、元エリートで特別毛並みのいい親殺しは別格……」
 「違う、そうじゃない」
 血が迸る肩を押さえ、苦痛に顔をしかめて安田が叫ぶ。銃弾が埋まったスーツの肩に急速に広がる赤い染み。今にも崩れ落ちそうな肩を片手で庇い、片手を床につき上体を起こし、縋るように必死な面持ちでこちらを振り仰ぐ。
 安田がまっすぐに僕を見る。激しい葛藤に苛まれた眼差しで、等身大に苦悩する人間の顔で。
 「鍵屋崎は私の、」
 『私の』?
 続く言葉は聞けなかった。僕をひきずって大股に安田に歩み寄ったタジマが、その肩を蹴倒す。副所長が悲鳴をあげて床に身を投げだす。床に倒れ伏した安田はそのまま動かない。タジマに蹴られた肩には銃創が開いて背広の下のシャツにも血の染みが広がっている。
 「貴様っ……肩に銃創を負った安田に暴行を働くなど卑劣にも程がある、貴様こそ真に唾棄すべき最下等の人間だ、恥を知れ!!」
 「ははっいいザマだあ、これで動けねえだろ!?俺が鍵屋崎犯すとこそこに寝転がって指くわえて見てろや。いや、待てよ、もっといいもん出し物思いついたぜ。ただ犯すだけじゃ芸がねえもんな、ははっ」
 ぐったり横たわる安田に唾を吐き、タジマが咆哮をあげる。
 「ロン、上がって来い!折角だからお前も仲間にいれてやるよ。こないだは安田に邪魔されてお預け食ったが今度はそうはいかねえ、俺が独居送りになったのだって元はといえばお前が原因だ、俺が独居房送りになったのは全部お前のせいなんだよ!さあ、観念して大人しくでてこい、言うこと聞かねえと鍵屋崎がどうなるかわかってんだろうな!?」
 「ロン、異常者の言動を真に受けるな!君が出てこようが出てこまいがどのみちタジマは僕を犯して殺す、安田の前で僕を犯して殺して復讐を成就するつもりだ!君がリングに上がったところで事態は好転しない状況が悪化するだけだ、大人しくレイジの看病でもしていろ!」
 タジマの腕にきつく絞め上げられ窒息しそうだ。出てくるなロン。タジマの脅迫に屈するな、挑発にのるな。安田は僕を助けようとしてタジマに撃たれた、このうえロンまで巻き添えになるなど……考えたくもない。ペア戦は終わった、もう全部終わったんだ。レイジはよく頑張った、持てる力を最大限発揮してボロボロになりながらも勝利を手にした。ロンはレイジのそばについてればいい、看病してればいい。
 頼むから、僕にかまうな。
 「……ここだよ」
 「!」
 金網が鳴る。僕の願いむなしく、ロンがリングに上がる。まったく、底抜けのお人よしめ。救いがたいお節介め。肋骨が折れてるくせに、全身の間接が痛んで悲鳴をあげてるくせに、片手で金網を掴んで無理を強いて歩を進めて……わかっている。こうなるだろうと予想はついていた。僕を人質に脅迫されて、ロンが見て見ぬふりできるはずなかったのだ。
 捻挫した足をひきずるようにリング中央に歩み出たロンが、荒い息を零しつつ、タジマに要求する。
 怒りと憎しみに燃える目。
 「鍵屋崎を離せよ」
 突然、タジマが僕の背中を突き飛ばす。一歩二歩、前傾姿勢でよろけて面前に迫ったロンと接触。
 「!?っ、」
 視界が反転、衝撃。ロンの顔の横に手をつき押し倒す体勢となった僕の後頭部にめりこむ硬い感触。
 僕の後頭部に銃口つきつけ、圧力をかけて頭蓋骨を抉りながら、タジマは恐るべきことを命じる。

 「鍵屋崎。お前、ロンを犯せ」

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050726145212 | 編集
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