ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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六十四話

 「勝者レイジ!!」
 審判役の看守がゴングを打ち鳴らし、レイジの腕をとり高く掲げる。
 最後までリングに立っていたのは東棟の王様レイジだった。
 レイジは最高に最強だった、俺が知ってるレイジだった。余裕綽々鼻歌まじりでとはいかなかったが、背中を焼かれても目を刺されてもサーシャに実力で劣ることなく劣勢ひっくりかえす逆転劇を演じてみせた。
 瞼の裏側には勝利の瞬間が焼き付いてる。
 流れるような一連の動作で襟足で束ねた髪を切断、サーシャの掌中に一束の毛髪だけ残して間合いから飛び退いたレイジの手に銀光閃く。
 サーシャの首筋にひやりと吸いつく銀の刃、切り裂かれる皮膚、一筋流れる血。
 そして皇帝は、王に膝を屈し降参を宣言した。
 だれの目にもあきらかなサーシャの完敗。サーシャは命惜しさに敗北を認めてレイジの足元にくずおれた。
 晒し者。
 コンクリ床に手をつき首をうなだれたサーシャには既に興味が失せたようにナイフを引っ込め、気持ち良さそうに目を細め、惜しみない喝采を浴びる王。
 「王様万歳!」
 「王様万歳!」
 「くそったれレイジがやりやがった、サーシャくだして東京プリズンのトップに立ちやがった!」
 「それでこそ俺たちの王様だ、東京プリズン最強を名乗る東棟の王様だ!」
 「調子いいの」
 リング周辺を占拠した東棟の囚人どもがてのひら返したように労いの言葉をかけるのを見まわし、レイジがまんざらでもなさげに苦笑。
 金網によじのぼったガキどもが口の横に手をあて快哉を叫び、できあがった酔っ払いみたいに肩を組んだガキどもがご機嫌に唄いだす。
 胸が熱くなる。瞼がじんわり熱をおびて目に涙が浮かぶ。
 くそ、人前で泣くなよ恥ずかしい。手の甲で乱暴に目をこすり、涙を拭く。 マジでレイジが死んじまうかと思った、もう二度と帰ってこないんじゃないかと不安になって途中何度も心臓が止まりそうになった。レイジが生きててよかった、とても五体満足とはいえない姿だけど元気に笑っててよかった。
 さあ、帰ってこいレイジ。
 お疲れさんて言ってやるから、おかえりなさいて言ってやるから。
 東棟の面目躍如で盛大に出迎えてやるから。
 金網越しにレイジと目が合う。俺を見つけてレイジが微笑む。
 やること全部やり終えてさっぱりした笑顔。悔いを残すことなくやること全部やり終えた……
 え?
 笑顔の残像も儚く、ぐらりとレイジの体が傾ぐ。
 あっと言うまもなかった。レイジの重心がぐらつき、均衡を失った体が二三歩よろめき、うつ伏せに転倒……鈍い音。振動。濛々と舞いあがる埃。
 「!?レイジっ、」
 力尽き倒れたレイジ。裸の背中は無残に焼け爛れて赤黒い肉を晒してる。まともな神経の持ち主なら正視に耐えない火傷のあと。
背中だけじゃない。
 血糊がべったり付着した前髪でふさがれた左目も、傷口を無理矢理こじ開けられた片腕も……
 大怪我だ。今まで二本足で立ってられたのが不思議なくらいの。
 「気絶したか」
 安堵の表情をかき消して鍵屋崎が呟く。リング中央でうつ伏せに倒れたレイジのもとへ担架を持った医療班が駆け付ける。気絶したのはレイジだけじゃない、ほぼ同時にサーシャも昏倒していた。無理もない、レイジほどじゃないとはいえ片目から大量出血してるのだ。
 担架に乗せられ運び出されたレイジのもとへ、一目散に走りだす。
 「おい大丈夫かよ、ちゃんと息してるのかよ!?」
 人ごみをかきわけおしのけ、邪魔なやつにはすね蹴りをくれ、レイジの安否を確かめたい一心で担架へいそぐ。リングから運び出された担架に仰向けに寝かされたレイジの顔が目にとびこみ、胸がぎゅっと絞め付けられる。
 苦しげな寝顔だ。
 悪夢にうなされてるみたいに脂汗をびっしょりかいてるのに顔色はひどく青ざめていた。
 ぞっとした。
 間近で見たレイジはそりゃ酷いありさまだった。
 血と汗でぐっしょり濡れそぼった前髪が左目に貼りついてるが、斜めに抉れた傷痕は惨たらしく、いくら俺が鈍感でもレイジが危険な状態だと一発でわかって。
 「目え開けろよ」
 嘘だ、こんなの。
 声が震える。足が竦む。
 約束したじゃんか。抱かれる俺の顔見るまで目をなくすわけにいかないって笑ってたんじゃんか。
 嘘だ。レイジの左目がもう開かないなんて嘘だ、どうか嘘だと言ってくれ。 担架の傍らに腰が抜けたようにへたりこみ、おそるおそるレイジの顔を覗きこむ。
 「また見えるようになるんだよな?」
 だれにともなく、一縷の希望に縋るように聞く。
 俺の右隣の鍵屋崎が深刻に黙りこむ。左隣のサムライが沈痛に顔を伏せる。なんだってそんなシケた顔するんだよ、しんきくさいツラするんだよ。担架の傍らに片膝ついて身をのりだし、体温が低下した手をとり温める。
 冷たい手。悪い予感。胸騒ぎ。
 「また見えるようになるんだよな。左目、ちゃんと治るんだよな。傷口縫えば元通りちゃんと物見えるようになるんだよな、瞼開くようになるんだよな、人の顔見分けられるようになるんだよな?なあ、なにか言えよ、どうして黙ってるんだよ。なんとか言ってくれよ鍵屋崎、お前医学書読んでいろいろ知ってるんだろ、俺よか何倍も何十倍も物知りなんだろ?いつも威張ってるじゃねえか、自分は天才だって、不可能を可能にする天才だって。じゃあ不可能を可能する天才の力でレイジの目を治してくれよ、また見えるようにしてくれよ。簡単だろ、お前なら」
 「ロン」
 鍵屋崎を庇うように木刀に手をかけてサムライが歩みでる。
 わかってる、無茶を言ってることは先刻承知だ。
 世の中にはだれがどんだけ頑張ってもどうにもならないことがある、諦めて受け容れるしかない現実がある。
 でも。
 胸裏で激情が沸騰する。喉元に悪態が殺到する。くそ、くそ、くそ……レイジの手を必死に擦る。脳裏に過ぎる凄惨な光景、レイジとサーシャが目を刺し違えた瞬間の映像。あの時俺は金網越しにレイジの左目が切り裂かれる瞬間を目撃して、レイジの顔面が鮮血に染まる瞬間を目撃して、それでも金網飛び越えて助けにいく踏んぎりがつかなくて、結局またレイジを見殺しにして。
 「治るんだろ。また見えるようになるんだろ」
 胸が痛い。痛くて苦しくて呼吸ができない。
 担架の傍らに膝をつき、意識不明のレイジの手をとり、執拗に擦り続ける俺に憐憫の眼差しを投げかけるサムライと鍵屋崎。担架を担いだ治療班も、わざわざ首を捻って俺を見下ろしてる。同情の眼差し。
 レイジの手に両掌を被せて額に導き、頭をたれる。
 額の火照りがレイジに伝わるようにと目を閉じた俺の姿は、手を介して生気を注ぎこむ儀式めいて連中の目に映ったことだろう。
 そばには医者がいた。東京プリズンの医務室でしじゅう居眠りしてるヤブ医者だ。老眼鏡を傾げ、気遣わしげにレイジを覗きこみ、血糊で塞がれた左目を調べる。
 「………」
 重たい沈黙が肩にのしかかる。
 医者は何も言わない。細心の手つきで傷の周辺部に触れて怪我の程度を確かめている。サムライと呑気に将棋やってた時とは人が違ったみたく厳しい顔。ひどく苦労して生唾を飲み込み、医師の診断を待つ。
 鍵屋崎とサムライも不安げな面持ちで医者を見つめていたが、二人の目の底には最悪の事態を予期した諦念がたゆたっていた。
 俺たちが見つめるまえで、レイジの顎に手を添えた医者が無念そうにかぶりを振る。
 「残念だが、手遅れじゃ」
 手遅れ?
 レイジの手を握ったまま、ぼんやりと医者を見上げる。周囲の喧騒がにわかに遠ざかり雑音が消滅する。担架に乗せられたレイジは呼吸してるかどうかも不確かな状態で意識の有無も判然としない。
 「手遅れ、って」
 「傷が深い。早急に処置したところで左目の失明は免れない。それに彼は大量の血液を失っている、はやく輸血しなければ命に……」
 「手遅れって、ふざけんなよ!?」
 やり場のない怒りに駆られて怒鳴る。
 手遅れ。それはつまりこの先一生レイジの目が見えなくなるってことで、顔に傷痕が残っちまうってことで……
 失明。頭が混乱する。

 『俺としたことが肝心なこと忘れてたぜ、そうだよ、そうだった、俺まだロンを抱いてないじゃん』
 そうだよ。抱いてないじゃん。
 『ここで目え抉られたらロンが感じてるとこ一生見れないじゃん、やばい、うっかりしてた』
 うっかりしすぎだぜ、王様。

 レイジの左目はもう一生見えない。もう一生開かない。
 硝子みたいに綺麗な瞳だったのに。俺の大好きな目だったのに。
 医師が下した非情な診断結果に衝撃冷めやらぬ俺は、放心状態でその場にうずくまり、レイジの前髪をすくいとる。
 小刻みに震える手で前髪をどける。
 外気にふれた左目には無残な傷痕ができていた。担架に寝かされたレイジを間近で覗きこみ、憔悴の色が滲んだ寝顔にほんの数時間前の面影を重ねようとするが、うまくいかない。
 ほんの数時間前まで俺の隣で元気に笑ってたレイジの面影が急激に薄れていって、掴み所なく漠然としたものへと変わってく。
 一年と半年かけて積み重ねた記憶が指をすりぬけていく。
 ほんの数時間前のことなのに、ほんの数時間前までレイジの目は両方ともちゃんと見えてたのに。
 両目ともちゃんと瞼を開けてたのに、両方の目に俺を映してたのに、俺はもう両目を開いたレイジの顔が明確に思い描けなくなってることに気付いて愕然とする。
 そんな馬鹿な。信じたくない。
 俺が一年と半年見慣れたレイジの輪郭がぼやけて違うものへとすりかわる。
 勝利の代償はあまりに大きすぎた、レイジは身体の一部を犠牲にして勝利を掴んだのだ。レイジの左目はもう二度と見えない、勝利の代償に永遠に光を失ってしまった。
 「医者なら治せよ」
 ひどく胸が疼いた。折れた肋骨のせいじゃない、俺自身の不甲斐なさのせいだ。なんで助けてやれなかった、レイジが目を切り裂かれる瞬間を指くわえて見てた?なんで体を張って止めてやれなかった、相棒のくせに。
 塩辛い涙と鼻水が一緒くたに鼻腔の奥をぬらす。
 泣いてたまるか。
 大勢が見てるのに、野次馬どもに取り囲まれてるのに、泣いてたまるか。
 奥歯を噛みしばり涙を嚥下、白衣の胸ぐら掴んで力任せに医者を揺さぶる。
 「あんた本当は名医なんだろ、なら治せよ、レイジの目がまた見えるようにしてくれよ!頼むこのとおりだ、一生のお願いだ!」
 「無茶だよ」
 「あんたこいつの目え見たことないのかよ、すっげえ綺麗な瞳えしてるんだよ、こんな試合で失っちまうにはもったいないくらいさ!じっと見てる吸いこまれそうで、おっかないくらい澄んだ目で、なにもかもすべてお見通しってかんじで……ああくそっ、なんでだよ、なんで肝心なときにうまい言葉がでてこないんだよ!?くそ……本当に、おっかないくらい綺麗な瞳なんだよ。最初はこいつの目が嫌いだった、俺が隠してる本音とか全部見通されてるみたいで落ち着かなくて」
 そうだ、最初の頃はレイジの目が嫌いだった。
 レイジの目にじっと見つめられるのが怖かった。レイジに怯えてることまで見ぬかれてるみたいで時々たまらなくなった。
 でも。いつからか俺は、レイジの目に映る俺の表情が柔らかくなってることに気付いて。
 俺を宿す目の色が日増しに柔らかくなってることに気付いて。
 レイジの目に見入られて、レイジの瞳に魅入られて。
 「今は大好きなんだよ、レイジの目も笑顔も俺になくちゃならない大事な物なんだよ!だから治せ、気合いと根性で治せ、さっさと手術して傷口縫合して……できるだろ、やれるだろ?ヤブ医者の汚名返上で本領発揮しやがれ耄碌ジジィ、医者なら手遅れなんて言い訳せずとことん悪足掻きして患者救えよ!」
 「ロン、いい加減にしろ」
 すぐ耳元で鍵屋崎が囁き、俺を羽交い絞めにして医者から引きはなす。
 それでもまだ気はおさまらない。白衣の胸を掴んで激しく揺さぶりをかけた医者が咳き込むのを睨み、滅茶苦茶に手足を振りまわす。
 「畜生、ブラックジャックならできたのに!ブラックジャックはどんな難しい手術だって成功させたのに、絶対助からないって言われてる患者だって救ったのに……怪我の具合見ただけで匙投げてんじゃねえよヤブ医者、助けてくれよ、助けてやってくれよ!レイジの目がもうだめなら俺の目くれてやるから、左右色違いの目になっちまうけどいいよな、見えなくなるよりマシ……」

 ―「ブラックジャックにもできないことはあるんだ!!」―

 鍵屋崎に一喝され、体の力が抜けた。
 耳のすぐそばで叫ばれたせいで鼓膜が麻痺した。
 緩慢な動作で肩越しに振り向けば、俺を羽交い絞めにした鍵屋崎が、片方割れたレンズ越しに真剣な眼差しをむけてくる。
 心の一部を毟られるかのように悲痛な光を宿した双眸。
 「……現実を受け容れろ、ロン。ブラックジャックにも不可能はある。手術を失敗したことだってある、力及ばず死なせた患者もいる。レイジは片目を失ったが命をとりとめた。それだけで十分じゃないか」
 「……十分だと?」
 「ああ」
 衝動的にこぶしを振り上げるが、途中で動きをとめる。俺を羽交い絞めにした腕から鍵屋崎の震えが伝わってきたから。下唇を噛んで顔を伏せた鍵屋崎が、努めてそっけなく平板な口調を意識して俺の説得を試みる。
 「レイジは助かった。僕たちのもとへ帰ってきた。片目を失っても背中を焼かれても約束どおり戻ってきた。誉めてやれ、ロン。よくやったと労ってやれ。ここは怒る場面じゃない、みっともなく取り乱す場面じゃない。きみがまず真っ先にしなければならないことは幼稚なやつあたりか、医者に無理難題をふっかけて痴呆の老人を困らすことか?」
 鍵屋崎が拘束をとき、俺を解放する。ふらつく足取りで担架に接近、その場にへたりこむ。担架をぐるりと取り囲んだ野次馬が興味津々俺とレイジとを見比べる。周囲の野次馬が不躾に好奇の眼差しを浴びせる中、担架の傍らに膝をつき、レイジの額にてのひらを翳す。
 「…………」
 鍵屋崎の言うとおり、レイジは約束を守った。約束通り帰ってきた。片腕と目と背中を怪我してぼろぼろになりながらもこうして帰ってきた。
 額にそっと手をおく。てのひらを被せた風圧で睫毛が震え、まどろみから浮上した右瞼が動く。
 試合を終えたレイジに最初にかけてやる言葉は決めていた。
 ゆっくり深呼吸し、しっとり汗ばんだ額を優しく撫でる。
 レイジがいつ目を開けてもいいようにひどく苦労して笑顔をつくり、そして……
 
 『歓迎回来』
 おかえり。

 長かった。
 憑き物が落ちたように肩の力がぬけた。レイジは相変わらず目を閉じたままだったが、先ほどと比べてだいぶ呼吸がラクになり、口元には笑みが覗いていた。
 安らかな寝顔だった。
 「まさかくたばっちまったんじゃねえだろな、レイジ!!」
 野次馬をおしのけ蹴散らし、怒涛の足音をたて憤然と駆けて来たのは凱。ちょうど立ちあがりかけた俺を突き飛ばして担架の脇に屈みこみ、勝手に勘違いして悲鳴をあげる。
 「……なんてこった。くそ、しっかりしろレイジ、俺がお前倒して東棟のトップにのしあがるまでくたばるんじゃねえぞ!勝ち逃げなんて卑怯な真似許さねえぞ、聞いてんのか王様!?」
 凱が怒声を浴びてもレイジの瞼はぴくりとも動かず、傍目には死んだようにも見える。
 「俺と決着つけるまで死なせてたまるかよ……東棟最強の座はこの俺様のもんだ、てめえをトップからひきずりおろすまでは懲役満了しても娑婆にでねえって決めてんのに……俺を一生東京プリズンに縛り付ける気かよ、東京プリズンの地縛霊にする気かよ。冗談じゃねえ、そんなことになったら俺に会うのたのしみにしてる可愛い可愛い娘と永遠にはなればなれになっちまうじゃんか!?」
 動揺した凱がレイジの肩に手をかけ身をのりだし、この場に居合わせた全員の度肝をぬく行動にでる。 
 
 凱が、レイジの唇を吸う。

 「………は?」
 大きく息を吸って胸郭を膨らませた凱が、再びレイジの肩に手をかけ、口移しで息を吹き込もうとする。ああそうか人工呼吸ねなるほど……なるほどじゃねえよ!?
 「凱てめえ俺に断りもなく何やってんだ、とっととレイジから離れろ!!」
 頭の血管が三本くらいまとめてぶち切れた。今まさに二回目の人工呼吸をおこなおうとしてる凱の背中に体当たり、衝撃ではねとばす。両腕広げてレイジを背中に庇う俺の足元、むくりと上体を起こした凱が獰猛に歯軋り。
 「どけよ半々、今こいつに死なれたら困るんだよ!レイジにはいやでも生き返ってもらわなきゃ俺は一生東棟の三位どまり、東京プリズン制覇は無理でも東棟制覇の野望は必ずなしとげるって娘に誓った手前示しがつかねえじゃんか!?」
 「んな傍迷惑なこと誓われる娘も可哀想だ!だいたい人工呼吸っておま、発想飛躍しすぎなんだよ心臓に悪いもん見せんじゃねえよ、まわりよーく見まわしてみろ野次馬が吐いてるだろうが!?」
 「じゃあお前がやれよ、子供騙しのキスで眠り姫が目覚めるたあ到底思えねえけどな!肺活量は俺のが数段上だ、無理矢理にでも空気吹きこんでやりゃほら……」
 凱が顎をしゃくった方角をつられて見れば、担架に肘をついて上体を起こしたレイジが、至近距離に迫った凱の唇にぎょっと仰け反り……
 「……マジ、それだけは勘弁」  
 それだけ言って、今度こそ本当に昏倒した。
 「………なんて醜い光景だ。餓鬼の宴、愚の骨頂だ」
 「同感だ」
 レイジの唇を争い掴み合いの喧嘩をする俺と凱を見比べ、嫌悪に眉をひそめる鍵屋崎の横でサムライが頷く。ああくそ、こんなことやってる場合じゃねえ!レイジの怪我の具合が心配だ、手当て終わるまでついててやらなきゃ…
 「!?痛でっ、この半々!」
 「レイジの唇の借りだ!」
 凱のすねをおもいきり蹴り上げて宙に襟首吊られた姿勢から床に着地、担架を追って走りだそうとした俺の背後で鍵屋崎が疑念を呈する。
 「そういえば、先ほどの銃声は……」
 銃声。
 そうだ、すっかり忘れてた。鍵屋崎に知らせなきゃいけないことがあったんだ。医務室のベッドの上、パソコンに映しだされた光景……銃をもった五十嵐。
 「五十嵐」
 鍵屋崎とサムライがこっちを向く。慌ててあたりを見まわすが、地下停留場のどこにも五十嵐の姿は見当たらない。ばかりか、看守の姿自体が見当たらない。変だ、どうして看守がこんなに少ないんだ?さっきの銃声といい俺たちの目の届かないところでなにかとんでもないことが起こってるんじゃ……
 「なにか心当たりがあるのか?」
 「鍵屋崎。さっきの銃声、たぶん五十嵐だ。五十嵐が銃を撃ったんだよ」
 鍵屋崎が驚愕する。サムライが目を細める。一気に表情を険しくした二人を窺いつつ、たどたどしく説明する。
 「ビバリーが医務室に持ち込んだパソコンに偶然映ったんだ。ちょうどお前とヨンイルの試合のときだ、隠しカメラしかけた金網が倒れて、五十嵐が銃に手をかけた瞬間が映って……お前たしか言ってたよな、安田の銃が盗まれたとかなんとか。俺も詳しいことはよくわかんねえんだけど、とにかく今銃を持ってるのは五十嵐で間違いない。ええと、たしか最初はビバリーが拾ったんだ。で、シャツに隠して房に持ちかえったものの後始末に困って、話のわかる五十嵐から安田に返してもらおうと……鍵屋崎大丈夫か?真っ青だぜ」
 「致命的欠陥のある君の説明を補足するとこうなる。最初、ビバリーが地下停留場で銃を拾ったのち五十嵐に相談して返却を頼んだ。しかしそれだと時間経過が矛盾する、安田が銃を紛失したのは三週間以上前、いかにビバリーが銃を隠蔽していた期間が長くとも返却に三週間もかかるはずが……」
 「故意に隠していたのだ」
 眼鏡のブリッジにふれて考えをまとめる鍵屋崎にサムライが助言する。
 「そうとしか考えられん。五十嵐はあえて安田に銃を渡さず持ち歩いていた。しかし、何の為に……」
 「復讐」
 「え?」
 サムライの語尾を奪い、鍵屋崎が断言。はじかれたように鍵屋崎を見れば、本人は偏頭痛をこらえるかのようにこめかみに手をあて、意味不明なうわ言を呟いていた。
 情緒不安定に思い詰めた目を虚空に凝らして。
 「そんな、まさか。そんなことあるはずがない、あっていいはずがない。看守が私怨で囚人に復讐、副所長の銃で囚人を殺害?そんなことをすれば五十嵐もただでは済まない、間違いなく処分をうけるはず……吊られた男。努力。忍耐。困難。障害。奉仕。自己犠牲と引き換えた成果。救済。五十嵐にとっての?復讐が救済となりうるか?復讐は自らの首を絞める行為だというのに……」 
 「おい、どうしたんだよ天才。お前いつも以上に言ってることおかしいぞ」
 「五十嵐はそこまで彼を憎んでいるのか、自己犠牲の上に成り立つ復讐を望んでいるのか!?」
 聞いちゃいない。
 話にさっぱりついてけない俺を無視して鍵屋崎があたりを見まわす。視線を彼方にとばしてだれかを捜してるみたいだが一向に見つからないらしく、もはや平常心を完全に失った鍵屋崎が怒涛の流れに逆らい地下停留場の人ごみをかきわける。
 「ヨンイルはどこにいる、何故五十嵐とヨンイルの姿が一緒に消えてる!?五十嵐はまさか……くそ、手遅れになるまえに止めなければ。僕にはもう既に最悪の想像しかできない!!」

 ―「見つけたあ!!」―
 
 二度と聞きたくない声がした。聞いただけで体が拒絶反応を起こす声。
 地下停留場を埋めた野次馬が不穏にどよめき、人垣が真っ二つに割れる。
 サムライに腕を掴まれた鍵屋崎が頬をぶたれたように顔をあげる。慄然と立ち竦んだ俺と鍵屋崎の視線の先、凄まじい悪臭を撒きちらして一歩、また一歩とこちらに足を運ぶのは……

 俺たちに銃口を向けたタジマだった。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050727194543 | 編集
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