ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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五十五話

 リング中央にて東京プリズン二強が対峙する。
 興奮が最高潮に達した地下停留場の中央に設置された銀の檻は神聖な闘技場、現代に出現したコロシアム。
 かつてギリシアの円形闘技場は好戦意欲に湧いた市民に娯楽を饗するために、鎖で繋がれた猛獣と足枷を嵌めた奴隷闘士とを引き出して壮絶なる殺し合いを演じさせた。
 どちらか一方が勝ち残るまで続けられる殺し合いは、階段席を埋めた客にとっては熱狂の見世物だったかもしれないが、足枷で自由を奪われ、傷つき血を流した闘士にとっては苛烈を極めた生存競争以外の何物でもなかった。
 勝ち残ることと生き残ることは同義だ。
 ローマの円形闘技場では少なくともそうだった。それは現代でも変わらない。ローマ隆盛の時代から何世紀をも経た極東の砂漠に存在する劣悪な刑務所、退廃と背徳が蔓延したこのソドムでも変わらずその定義は生きている。
 勝者すなわち生者、敗者すなわち死者。
 勝利と生存が同義ならば逆もまたしかり。
 敗北と死は同義だ。
 今宵、レイジとサーシャの戦いが始まり、どちらかが敗ける。
 そして、死ぬ。
 「……いよいよだな」
 緊張で喉が渇く。金網を握り締める手が震える。
 そうやって何かを掴んでいなければ、何かに縋っていなければ膝が萎えてその場に崩れ落ちてしまいそうだったから。
 左隣のロンとておなじ心境だろう。
 レイジを心配するあまり、医務室を抜け出して地下停留場までやってきたロン。肋骨骨折および全身十三箇所の打撲という重傷でありながら、レイジを応援したい一心で地下停留場へとやってきたロンにあきれこそすれ責められはしない。僕がロンの立場でもおなじ行動をとっただろう確信がある。
 僕らの視線の先ではレイジとサーシャが対峙している。猛獣を閉じ込める檻にも似た金網の柵の内側にて立ち尽くし、互いの表情を隙なく探っている。 
 王と皇帝の様子は対照的だった。
 レイジは余裕の表情、サーシャは警戒の表情。
 レイジは腰に片手をあて、もう片方の手をポケットに潜らせたリラックスしたポーズで突っ立っていた。
 レイジには求心力があった。
 たちどころに満場の客を魅了する類稀なるカリスマ性、ただ立っているだけで人を惹きつける魅力。
 もちろん、外見に起因するところも大きい。レイジは極上の部類に属する美形だった。彫刻めいて彫り深く端正な顔だちには性悪な笑みがよく似合った。
 今もレイジは笑っている。ロンに向ける人懐こい笑顔ではない、僕らに向けるなれなれしい笑顔ではない……
 油断ならざる笑顔。
 「久しぶりだな、サーシャ。元気してたか」
 「久しぶり?妙なことを言うな。独居房では壁を挟んで隣にいたではないか」
 「実際に顔を見て、こうしてさしむかいで話すのは久しぶりだろ」 
 レイジは飄々としていた。少なくとも表面上は見えた。最終決戦へのプレッシャーなど微塵も感じてないかのように振る舞っていた。
 白い歯を見せて両手を広げたレイジのポーズを挑発ととったか、サーシャが不愉快そうに眉をしかめる。
 「独居房じゃあお前の歯軋りがうるさくてよく眠れなかったから、今日顔合わせたらまず真っ先に文句言ってやろうって決めてたんだよ」
 レイジが懲りずに軽口を叩けばサーシャが不敵に笑う。 
 「それはこちらの台詞だ。独居房では壁の向こうからうめき声が聞こえてきて毎晩睡眠を邪魔された。どうした?王らしくもなく悪夢に悩まされていたのか。私に怯えていたのか」
 「『怯える』?」
 満場の客を抱擁するかのように、満場の視線を迎え入れるかのようにサーシャが優雅に両手を広げる。
 「私はこの日を待ち望んでいた。杭を打たれた柩のような独居房の闇に閉じ込められ、床の汚物にまみれつつ狂おしく待ち望んでいた。
 出自卑しい雑種を至高の王座から引きずりおろし、この私こそが、正当ロシアの末裔、偉大なるロシア皇帝こそが王座にのぼる日を狂おしく夢見ていた。狂おしく狂おしくお前を血祭りに上げる日を待ち望んでいたのだ。
 生贄の祭壇に捧げたお前の手足をナイフで切り落とし、切断面に焼き鏝を押し付けて敗者の烙印を刻む宵を!!」
 アイスブルーの目を憎悪を剥き出し、狂気走った身振り手振りで大上段に演説をぶつサーシャに呼応するかのように地の底が鳴動する。
 鼓膜を突き破らんばかりに大気を震わし膨張する咆哮。
 「なんだ!?」
 反射的に耳を塞ぎ、異状を察して周囲を見渡す。
 リングを離れ、照明の光も届かぬ地の底の暗がりに没した何百何千という観衆が波涛のうねりに身を任せて一斉にこぶしを突き上げる。
 「サーシャ様万歳!」
 「サーシャ様こそ東京プリズンの頂点にふさわしいお方!」
 「東と南と西を制圧して東京プリズンにロマノフの繁栄をもたらす偉大なる皇帝!」
 「東の王など取るに足らぬ、出自卑しき穢れた雑種などサーシャ様には取るに足らぬ!!」
 「祝砲をうて、喝采をあげろ、我らが皇帝の凱旋を期して!!」
 「サーシャ様万歳!」
 「サーシャ様万歳!!」
 「ツァー・ウーラ!」
 「ツァー・ウーラ!!」
 「イカレてやがる……」
 金網を掴んだロンが畏怖と嫌悪の入り混じった表情で舌打ち。地下停留場は熱狂の坩堝だった。地の底の闇に溶けこんだ、何百何千という膨大な数にのぼる北棟の囚人が口を揃えてサーシャを称えている。
 褒美の飴をくれずに鞭に徹した恐怖政治の賜物。洗脳の成果。
 炯炯たる眼光で地下停留場を埋めた北の囚人を睥睨したサーシャは満足げに微笑む。
 「北の者どもは私が王座に上がる日を狂おしく待っている。私がお前を切り刻んで東京プリズンの真のトップに立つ瞬間を心待ちにしている」
 瘴気が噴き上がるように双眸に青白い炎が燃えあがり、サーシャが呪詛を吐く。
 「王の時代は終焉だ。今宵を境に王は皇帝へと位を明け渡し、処刑台の露と消える。何か言い残したことはあるか、東の王よ。寛容なる皇帝の足元に跪き泣いて許しを乞えば命だけは助けてやる。私の飼い犬としてお前を永遠に飼い殺してやる。貴様にふさわしく誂えた鉄の鎖に繋いで、な」
 サーシャが舐めるようにレイジを見る。
 頭の先からつま先までじっくり時間をかけてレイジを視線で犯してゆく。ぞっとするほど陰険な目つき。僕まで視線で犯されてるような錯覚に襲われ、鳥肌立った二の腕を無意識に庇う。
 冷血な爬虫類の目。生きながら獲物を呑みこむ蛇の目。
 レイジは腰に手をつき、唇の端をめくり、余裕の表情でサーシャの挑発を受け流した。虚勢を張ってるふうには見えない。レイジは本当にリラックスしてるように見えた。あくびを噛み殺すような表情でサーシャを見返したレイジが、ややあって口を開く。
 「恥ずかしくね、あれ。時代遅れのパフォーマンスも大概にしろよ。サーカスじゃあるまいし」
 暗がりに沈んだ会場を親指の腹でさし、レイジが含み笑う。
 歓声は止まない。
 「皇帝万歳!」「皇帝万歳!」と熱に浮かされたように喝采をあげる北の囚人たちに哀れっぽい眼差しを向け、レイジがかぶりを振る。   
 「めでてえなサーシャ。お前なにか勘違いしてねえか?北の囚人を総動員してウラーウラー連呼させて、ど派手なパフォーマンスで俺のことびびらそうってんならお生憎さま。俺には北の囚人百人分、いや、千人分に匹敵する勝利の女神がついてるんだよ」
 首元の鎖を手繰ってレイジがシャツの内側から取り出したのは、黄金の十字架。
 天から降り注ぐ光を受け、レイジの前途を祝福するかのように輝く栄光のしるし。鎖を五指に絡め、手のひらにのせた十字架に顔を近付け、気取ったしぐさでキスをする。

 レイジの唇が黄金の十字架にふれる一瞬。官能的な光景。

 レイジの手から零れ落ちた鎖がきらめき、虚空に十字架がぶらさがる。指に鎖を絡めて十字架を眉間に翳したレイジが、黄金の反射に眩しそうに目を細める。
 その光景は神との対話にも真摯な祈りにも似ていた。
 「今の俺は敗けねえ。敗ける気がしねえ。お前が何千何万兵隊連れてきたって、無敵の王様が本領発揮で蹴散らしてやる。鼻歌まじりに蹴散らしてやる。なあサーシャ、お前になにがあるんだ?なにもないだろ。お前は完全に狂ってる。いかれてやがる。お前の世界にはお前ひとりしかいないんだ、荒唐無稽な妄想に取り憑かれたお前には他の人間なんか見えてやしないんだ。
 何千何万兵隊がいてもひとりも味方がいないなんてお笑いぐさだな」
 「知ったふうな口をきくではないか。お前はどうなのだ?かつて鼻歌まじりに私の背中を切り刻んだお前が、先の抗争では自暴自棄に振る舞い渡り廊下を恐慌におとしいれたよもやお前が狂ってないとでも言うのか?レイジ、自分を知れ。狂っているのはお前だ。だれからも理解されない狂人はお前の方だ」
 サーシャが嘲笑する。
 それに応えたレイジの声と表情は穏やかだった。
 「……そのとおりだよ。俺は狂ってる。もうどうしようもなくいかれてる。鼻歌まじりにお前の背中を切り刻んだのがいい証拠だ。けど、だからなんだ?俺が狂ってるってのが、俺が勝てない理由にでもなるのか?たしかに俺は狂ってる。頭がどうかしてるんだろうさ。
 けど、俺には大事な奴がいるんだ。
 こんな俺のことを好きだって言ってくれる最高の相棒が」
 レイジがゆっくりと腕をさげおろし、柔和に凪いだ目でサーシャを見据える。
 「俺をまともでいさせてくれる相棒が。俺を俺でいさせてくれる相棒が」
 「………っ、」
 ロンが唇を噛んで顔を伏せる。
 「俺は狂ってるけど、あいつを守りたい気持ちは嘘じゃない。本物だ。あいつを好きな気持ちは本物だ。だからもう、狂っててもいいんだよ。俺がいかれてようが狂ってようがあいつがそばにいてくれるなら、あいつが俺を見てくれるなら、俺はこれから一生死ぬまで笑ってられる」
 レイジの笑顔が深まる。
 今を生きるだれかと共に生きようとする、前向きな笑顔。 
 「どうしようもなく狂ってる俺を、あいつが許してくれるなら」
 上着の胸元に十字架をたらしたレイジが、深呼吸して前を向く。
 「さあ、殺ろうぜサーシャ。俺は100人抜き達成してロンを抱くって決めたんだ。胸くそ悪ィ売春班をぶっつぶして東京プリズンにLove and peaceをばらまいてやるって決めたんだ」
 「くだらない」
 サーシャがはげしく唾棄し、腕を一閃。
 再び現れた手にあったのは一振りのナイフ。
 手に馴染んだナイフで虚空を払い、サーシャが大股に前進。
 「甘いぞ東の王よ。戯言は聞き飽きた、はやく一刻も早く殺し合いを始めようではないか。一片の慈悲もなく微塵の容赦もない殺し合いを、東と北の因縁を断つ一戦を、試合の名を借りた王の処刑を!」
 「皇帝の望むがままに」
 「武器はあるのか」
 「ロンへの愛」
 「……あの野郎」
 金網に額をつけたロンのこぶしがわなわなと震えだす。僕は密かにロンに同情した。
 「―てのは冗談」
 軽薄に肩を竦めたレイジが、口元の笑みは絶やさず腕を一閃してポケットから何かを抜き取る。腰を掠めるようにレイジが抜き放ったのは……
 前回の試合で用いたナイフ。
 「武器も女も付き合い長くて扱いなれたもんがいちばんだよな」
 レイジが不敵に笑い、サーシャを招くように手にしたナイフの切っ先を振る。いよいよ試合がはじまる。ゴングが鳴る。リング周辺に緊張の糸がはりつめ、静電気に似た戦慄が背筋を駆け下りる。僕の左隣にはロンがいた。金網を両手で握りしめ、身を乗り出し、食い入るようにレイジの後ろ姿を見守っている。思い詰めた眼差しでレイジの動向をさぐるロンから、右隣のサムライへと向き直る。
 「起きあがって大丈夫なのか?」
 「……ああ。少し気分がよくなった」
 サムライの太股には真新しい包帯が巻かれていた。傷口は再び縫合され、血は止まっていた。金網に背中を立て掛け、手探りに木刀を掴み、大儀そうに上体を起こしたサムライの顔色は少しだけよくなっていた。
 どうやら口を利くだけの体力は回復したらしい。
 安堵の吐息を漏らす僕をよそに、リングで対峙するレイジとサーシャに一瞥くれたサムライが気だるげに口を開く。
 「レイジの試合か」
 「ああ」
 「最後の試合だな」
 「ああ」
 「心配せずとも必ず勝つ」
 サムライは確信こめて断言した。レイジの勝利を信じて疑わない揺るぎ無い眼差しだった。
 「俺にはお前がいる。レイジにはロンがいる。最高の相棒がいる、最高の仲間がいる。俺たちが敗ける理由など何処にもない」
 サムライが一途に僕を見上げる。その眼差しにひきこまれ、サムライの正面に片膝つく。正直不安だった。不安で不安で今にも心臓が止まってしまいそうだった。万一レイジが敗ければ僕とロンは売春班に戻され、レイジとサムライも甚大な代償を支払わねばならないことになる。
 万全な状態ならいざ知らず、片腕を怪我した現在のレイジがサーシャ相手に実力を発揮できるかどうか……
 ふと、僕の手がぬくもりに包まれる。
 驚いて目を落とせば、サムライが僕の片手を握りしめていた。
 「案ずるな、直。俺たちはただ待てばいい。王の凱旋を信じて待てばいい。
 俺はお前がいたから試合に勝てた。お前が背中を守ってくれたからこそ死力を尽くして戦うことができた。レイジにはロンがいる。愛しい者がいる。俺がお前を愛しく思うように、レイジもまたロンを愛しく思っている」
 おもわずロンの顔に目をやる。
 レイジの後ろ姿を一心に見つめ続ける思い詰めた横顔。
 「レイジは勝つ。俺はそう信じる。お前を愛しく想う気持ちと同じくらい強く」
 「…………そうだな」
 サムライの手を握り返したのは潜在的な不安をごまかそうとしたからか、それともただぬくもりを欲したからか。
 サムライの正面に片膝ついて手を握り返した僕は淡々と呟く。 
 「レイジはこの僕が認めた王様だ。最強を自負する東棟の王様だ。
 彼が敗北することなど、僕が恵を嫌いになるのと同じ位ありえない」
 「それはありえないな」
 サムライが苦笑する。
 「ブラックジャックがオペをミスする可能性とおなじくらい低い」
 「それは低いな」
 サムライの手はあたたかかった。この手がずっと、僕を守ってきたのだ。この傷だらけの手がずっと僕を守ってきたのだ。サムライの手を両手で包み込み、額にあてがい、祈るように目を閉じる。

 レイジが敗北することなどありえない。
 レイジが死ぬことなどありえない。絶対に。

 「僕が君を嫌いになるくらい、ありえない」
 最終決戦の開幕を告げるゴングが鳴り響いた。

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