ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

関連記事 [スポンサー広告]
スポンサー広告 | コメント(-) | ------------ | 編集
四十九話

 「試合開始!」
 ゴングが鳴り響き、うねり狂う熱気に蒸された地下停留場が地獄の釜底と化す。
 四囲から照射された光線がリングの全貌を暴き出し、中央の台座を挟んで対峙するサムライとホセとに強烈な存在感を付与する。
 「指が折れても知りませんよ。吾輩に賠償金を請求されたところで罪悪感のかけらもなくしらばっくれるのでそのつもりで」
 台座に肘をつき、試すように五指を開閉しながらホセが微笑む。
 「痴れ者が。赤子の手を捻るようなものだ」
 同じような前傾姿勢をとり、台座に肘をつき、五指を開閉して自分の意志のままに動くか確認しつつサムライが吐き捨てる。前屈みに面と向かった二人の間で眼光が火花を散らす。
 「では、失礼して」
 ホセが礼儀正しく断りを入れ、軽く会釈。肘から上を立てたサムライの手のひらを握る。儀礼的な握手。 サムライの指に指を絡め、がっちりと握る。互いの指の股に指を通して掌握してしまえばもう生半可なことでは外れない、勝負の決着がつくまでホセとサムライの手は離れ離れになることはない。
 ホセはサムライと指を絡めた瞬間も口元の笑みを絶やさず、温和な仮面の奥に本心を隠し続けていた。
 きっちり撫で付けた七三分けの下、センスを度外視した野暮ったい黒縁眼鏡の奥では、垂れ目がちの柔和な双眸が微笑んでいる。片手と片手で組み合ったホセとサムライは互いに気を抜くことなく、全身全霊で相手を警戒していた。気迫で相手を牽制して少しでも有利に立とうとでも言うかのように、サムライの眼光は鋭窄まり、よく研いだ刀の如き鋭利な殺気が全身から放たれていた。
 「見ていてください、マイワイフ」
 神に祈りを捧げるように真摯な面持ちでホセが呟く。
 「最愛の伴侶に、吾輩のすべてを賭けた勝利を捧げます」
 それが、始まりの合図だった。
 「!!―っ、」
 瞬間、だが確かに、ホセに変化が起きた。それまで被っていた温和な仮面をかなぐり捨て、狂戦士の本性を全開にし、サムライに本気を叩きつける。足腰を踏ん張り、重心を安定させ、逞しい上腕二頭筋を盛りあがらせ、サムライの指を折り砕こうと凄まじい握力を発揮する。ホセなら片手で林檎を握り潰すこともわけないだろう、それどころか鉄塊でもプラスチックでも容易に捻じ曲げてしまうのではないか?素手でナイフの刃を折れるホセが本気を出せば、脆い骨と繋ぎの筋肉、内臓とで構成されたやわな人体など一発で破壊されてしまう。自身の肉体そのものを過激に鍛えぬいて凶器の域まで高めた男は、額に脂汗を滲ませ、奥歯を食い縛り、必死に抗うサムライの指を粉砕しようと手に力をこめる。 
 「!サムラ、」
 サムライに呼びかけようとして、途中で止め、唇を噛む。僕にはサムライの名を呼ぶ資格はない。忘れたのか、さっき自分がしたことを?さっきサムライにした仕打ちを。僕は試合に赴くサムライに優しい言葉ひとつかけてやれなかった、くだらない自意識が邪魔をして彼を励ますことさえできなかった。
 『君は過去に生きている。苗のいる過去に』 
 さっきの言葉は本音だ。サムライと共に過ごすようになってから漠然と感じ始めていたこと、薄々気付き始めていたことだ。サムライは、いや、帯刀貢の心の中では苗はまだ生きている。苗の貞淑な面影は帯刀貢の心の奥底に深く根付いていて、どう足掻いたところで僕はサムライと重ねた歳月の質量で苗の足元にも及ばない。東京プリズン収監に伴い名前と一緒に過去を捨てたつもりのサムライだが、苗との思い出まで捨てることはできなかった。サムライが僕の中に苗を投影して庇護対象として見るかぎり、僕は苗の呪縛から逃れなられない。
 本質的にはだれもだれかの代わりにはなれない。よくできた模造品にはなれても代替品は務まらない。
 僕にサムライの思い出に口だしする権利はないと頭ではわかっている、サムライを非難した僕とて恵のことを忘れられないのだからお互いさまだ。僕に他人を非難する資格はない、サムライの思い出はサムライだけのものだ。
 頭ではわかっているのに、心が許容できない。苗はサムライにとって至上にして唯一の女性で、常に傍らにあり支えてくれた特別な存在だ。僕は苗のようにはなれない。苗と僕とは性別も生い立ちも性格もなにもかもすべてが違いすぎる。それ以前に、自覚的に他人を真似るなど僕のプライドが許さない。
 大人しく庇護対象に甘んじていれば、僕はこれ以上傷付かなくて済むとわかっていた。サムライに逆らわず彼のしたいようにさせておけば、従順にサムライの背中に庇われていれば、僕は身体に傷を負うことなく東京プリズンで安らかに過ごすことができた。だがそれは、僕が僕自身を裏切る行為だ。僕が僕自身のプライドを裏切り、サムライの思い出を汚し、今は亡き苗に成り代わる卑劣な行為だ。
 そんなこと、できるわけがない。
 僕は男だ。サムライの相棒だ、友人だ。彼とは常に対等な立場にありたいと努力してきた、サムライの背中に庇われているだけでは何も変わらないと、少しでも現状を改善するため足掻き続けてきた。そのすべてが無駄だったとは思わないし思いたくない。
 「浮かないツラすんなよ、通夜みたいに沈みこんでさ」
 「縁起でもないことを言うんじゃない」
 隣に立ったレイジがからかってくる。僕の視線の先ではホセとサムライが互角に組み合っている。序盤、ホセの膂力に押されかけたサムライだが、気力と体力を振り絞り戦局を持ちなおし、腕まくりした片腕に血管を脈打たせ、徐々にホセを押し返す。
 額に玉の汗を浮かべ、浅い息を吐くサムライ。体調は悪そうだ。無理もない、片足を負傷してるのだ。太股の大動脈を掠めるようにナイフが刺さったのだ。せっかく塞がりかけた血管がまた破れたらどうする、傷口が開いて出血が再開したら?最悪の可能性として失血死もありうる。実際、僕が手をつかねて見守る前でサムライのズボンからはじわじわと血が滲みだしている。
 「なんてわからず屋で頑固な男なんだ、大人しくベッドで寝ていればいいものを……こんなに自己顕示欲旺盛な男だとは思わなかった、無理をして決勝戦にでても死んでしまったら何にもならないじゃないか」
 やり場のない苛立ちをこめ、こぶしで金網を殴りつける。
 「サムライが死んだら、僕が殺したようなものじゃないか!!」
 僕を信頼してくれたと思ったのに。
 僕を笑顔で送り出したあれは、「必ず帰って来い」と微笑みかけたあれは演技だったのか。僕は最初からサムライに信頼などされてなかったのか。
 わかっている。本当はわかっている。サムライが僕を信頼できないのは、僕が弱いからだ。どうしようもなく弱いからだ。独りでは東京プリズンで生き残れないほどに脆弱で惰弱な生き物だからだ。
 だからサムライは僕を守らなければならず、僕は半永久的にサムライの庇護対象から抜け出せなくて。
 「つまんないことにぐだぐだこだわってんなよキーストア」
 はっとして顔を上げる。
 隣にレイジがいた。僕の心を見透かしたようにちらりと笑顔を覗かせたレイジが、片肘を頭上に掲げ、だらしない姿勢で金網に凭れ掛かる。
 「さっきも言ったろ?お前はいつまでもつまんねーことにこだわりすぎだ。サムライの過去の女の話まで持ち出してさあ……サムライ可哀想に。あれ、顔にはださねえけど結構こたえてたぜ」
 「以前サムライと喧嘩したときに君もおなじことをした記憶があるが」
 「俺に言われるのとお前に言われるのとじゃ重さがちがうだろ」
 金網に凭れたレイジが大仰にかぶりを振る。ふとレイジの掌中に目を落とす。レイジの片手に乗っていたのは一個の牌。北と中央の渡り廊下でレイジのポケットからこぼれ落ち、僕がロンへと渡した牌。
 ロンから貰った牌を手の中でいじくりまわしつつ、レイジが続ける。
 「ま、お前の言うことにも一理ある。サムライは今でも昔の女を忘れられない、昔の女とお前をごっちゃにして『守る』行為に特別な感情を抱いてるのは間違いない。サムライは悔しいんだよ、惚れた女を守りきれなかった自分の不甲斐なさが。惚れた女を助けられなかった自分の愚かさが」
 「知ったふうな口をきくじゃないか。そういう君はどうなんだレイジ、まさかロン以前に恋愛経験がないわけでもあるまい?以前世界中に愛人がいると自慢していたが、ロンと仲直りして幸福の絶頂にある現在は彼女らのことなどどうでもいいのか?彼女らの存在を記憶から完全に抹消して最初からなかったように扱えるか?僕には刑務所に入れられた男を献身的に待ち続ける女性の気持ちが理解できない、いつ出てくるともしれない男を指折り数えて待ち続ける不条理な感情など理解できるはずがない。
 しかし、世界中に散らばった君の愛人の中には君の帰りを待ち続ける奇特な人物もいるだろう?」
 挑むようにレイジの目を見据え、口を開く。
 「君はどうなんだ?東京プリズンでロンと出会えた現在が幸せだから、現在だけが大事だからとそれ以前の過去を切り捨てることができるか?一抹の未練も躊躇もなく、過去に関わり合った人々を切り捨てることができるのか。君が得意げに愛人呼ばわりする女性たちの心中を想像したことがあるか?」
 歓声が一際大きくなる。
 興奮した囚人が金網に殺到し、盛大に唾をとばし、高々とこぶしを突き上げる。リング中央、台座に肘をついたホセとサムライは片腕の膂力のみで熾烈な攻防戦を繰り広げていた。少しでも油断すれば逆転される、敗北が確定する。ホセの額から汗が飛び散り、サムライの顔が充血する。
 「ホセさん、頑張れ!東の刀キチガイを血反吐の海に沈めてください!」
 「片腕のみといわず両手両足へし折って下さい、頭蓋骨を膝で砕いて脳漿ぶちまけてやってください!」
 「俺たちホセさんを信じてますから!!」
 ラテン系の囚人たちが互いに肩を組み歌を唄い陽気なノリで声援をとばす中、ホセは口元に笑みを浮かべる。
 「ね?可愛い弟子たちでしょう。吾輩の自慢です」
 「騒々しい輩だな。試合の邪魔だ、いね」
 にべもなく吐き捨てたサムライに苦笑し、ホセが腕の角度を変える。手首を返すように器用にサムライの手を押さえこみ、ゆっくりと倒してゆく。信じられない、サムライが握力で負けている。片足の怪我が原因で踏みこみが利かないせいか、サムライは思うように全力をだせず苦しんでいる。まさかホセはこの展開を見越して、一見したところ双方にとってフェアな腕相撲という試合形態を望んだのでは?
 だとすれば、南の隠者は相当な知恵者だ。狡猾な策士と言い換えてもいい。ホセは先の先まで読み、裏の裏まで読み、片腕と片腕で勝敗を決める「腕相撲」を双方にとってフェアな条件として提示し、度量の広さをアピールしたのかもしれない。
 しかし子供騙しの腕相撲も、ホセとサムライが全力をだせば片時も目を離せない緊迫した勝負となる。 
 「……昔の女に嫉妬したってしょうがねえだろ」
 「は?」
 レイジの意味不明な発言に眉をひそめる。レイジは嘆かわしげにかぶりを振ると、片手の牌をひょいと放り上げ、虚空で華麗にキャッチする。
 「恋愛に疎いから気付いてないんだな。キーストア、お前のそれはただの嫉妬だよ。サムライの昔の女にヤキモチ焼いてんだ、自分だけのサムライでいてほしくて駄々をこねてるんだ」
 嫉妬?この、胸を灼く感情が嫉妬?
 ひどい侮辱だ。僕は苗に嫉妬などしてない。激怒した僕は荒荒しく金網を殴り付けレイジに食って掛かろうとしたが、叱責を発する前に、唇に人さし指を押し当てられる。
 「最後まで聞けよ。お前がサムライの昔の女に嫉妬するのは、昔の女と自分とを比べてるから。サムライにとってどっちが大事か、どっちの存在がより重いかといつも比べてるから」
 唇に触れた感触だけ残して人さし指を引き、レイジが微笑む。
 「キーストア、お前天才のくせに実はちっとも自分に自信がないよな。俺に言わせてもらえば自分の価値を低く見積もりすぎ。お前が外でどんな暮らししてたか詳しく知らねえけど、相当愛情に飢えた生活してたんじゃねえか?身の回りにだれも信頼できる人間がいなくていつも独りぼっちだったんじゃねえか?」
 「違う、僕のそばにはいつも妹の恵が……」
 恵、僕の大事な妹。自分の身を犠牲にしてまでも守りたかった存在。
 逆上して反駁すれば、レイジが軽薄に肩を竦める。
 「妹がそばにいてもお前は独りぼっちだった。いい加減認めろよキ―ストア、お前はたしかに妹を愛してたかもしれない。けど、妹に愛情の返済を求めるのは酷ってもんだろうか。献身の代価に愛情を要求するなんてスマートじゃねえ、妹が隣にいようが誰が隣にいようがお前の孤独は癒されなかった」
 レイジの目がはてしなく遠くを見る。
 硝子のように人の心を反射する透明な瞳。
 「俺もおなじだからわかるよ。駄目だったんだよ、結局。俺じゃマリアを救ってやることができなかった。だからマリアは違う男を選んだ。だれかに尽くせば尽くすほど重荷になるって現実にあるんだよな。お前とサムライの場合はこの逆。サムライは不器用で他にやり方を知らないから、尽くす代わりに守ることで、お前が大事だと伝えてるんじゃないかな。昔の女を忘れられないのはまあ、許してやれよ。だれにだって消えない傷のひとつやふたつあるだろ?」
 「僕は」
 何を言おうとしてるんだ?勝手に口が開き、手のひらが緊張に汗ばむ。レイジの視線に耐えきれず下を向き、目を閉じる。
 「サムライに、僕自身を見てもらいたいんだ。僕自身を好きになってもらいたいんだ」
 ごく自然にその言葉が口から滑り出て、レイジが口笛を吹く。茶化すような口笛で我に返った僕は、自分がひどく誤解を招く発言をしたことに思い至り、頬を染めて訂正する。
 「違う、訂正だ!好きになってはもらいたいと言っても恋愛対象ではなくひとりの人間として、そう、友人としてだ!だから僕は、苗と僕が違う人間だと証明しなければならない!苗はサムライの背後にいて、僕はサムライの隣にいるべき人間だと思い知らせたいんだ!!」
 「お前はもうサムライの隣にいるよ」
 なに?
 訝しげに眉をひそめ、探るようにレイジを見る。
 「サムライはお前のいる今を生きてる。そりゃ昔の女とお前を重ねて悶々とすることもあるだろうけど、今のサムライはちゃんと前向きに生きてるよ。キーストア、なにか誤解してるみたいだから言っとくがサムライは好き好んで死にに行ったわけじゃねえ」
 リング中央へと視線を投じたレイジが、迷いのない瞳できっぱりと断言する。
 「お前と生きる未来のために、勝ちに行ったんだ」
 レイジのその言葉で、嘘のように悩みが晴れていった。
 僕は、レイジの言葉を信じていいのだろうか?僕はサムライの相棒に足る資格があると、自信を持っていいのだろうか。サムライが今も逃げずに闘っているのがその証だと、思いあがっていいのだろうか。
 僕の位置から見えるサムライの背中は何も語らない。
 でも、語らないことで語っている。溢れんばかりの想いを、迸る熱情を。サムライの背中を見ればわかる。サムライは常に前を見ていた。百人抜きを成し遂げて僕を売春班から救い出すため、その目的を達するためにリングに上がり続けたのがいい証拠じゃないか。
 未来を信じていなければ、そんなことはできない。
 未来に希望を抱けなければ、どれほど身体がぼろぼろになっても執念と信念だけでリングに上がり続けたりはしない。
 気付けば金網を掴み、身を乗り出していた。
 リング中央ではホセとサムライの対決が過熱している。会場の盛り上がりは最高潮に達し、耳も割れんばかりの大歓声が異常な熱気を伴い天井を押し上げる。
 負けるな、サムライ。
 「僕は馬鹿だ」
 針金に痛いほど指を食いこませ、俯く。
 「漸くわかった。サムライは、生きるために死にに行ったんだ」
 それが武士だ。それが侍の生き様だ。
 リング中央、台座に肘を立てたサムライの顔色は青褪めていた。太股の出血が再開し、軽度の貧血を起こしているのだ。疲労困憊の様子で台座に凭れたサムライに、正面のホセが笑いかける。
 「フィニッシュです」
 僕はこの目で目撃した。ドーピングでもしたみたいにホセの上腕二頭筋が膨張し、硬質化した筋肉が脈打ち、サムライと絡めた手に膨大な力がこもる。サムライの指が軋む音がここまで聞こえてくるようだった。 「!っあ、」
 苦痛に顔を歪め、こらえきれず苦鳴を漏らすサムライ。その間もホセは容赦なく腕に力をこめ、万力の如く指を締め上げられる苦悶にのたうつサムライの至近距離に顔を突き出す。
 「将来ここを出てだれかと婚約を交わした時のために、左手薬指だけは見逃してさしあげます」
 ホセの左手薬指の指輪が白熱の照明を反射し、一条の光線が僕の目を射た。 
 瞬間、我に返った僕は声を限りに叫んでいた。
 両こぶしで金網を殴り付け、身を乗り出し、友人にむかって。

 ―「サムライ、頑張れ!!!!」―

 疲労で濁りかけたサムライの目に生気が戻った。


少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050811104732 | 編集
ブログ内検索
     © 2017 ロールシャッハテストB  Designed by 意地天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。