ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四十四話

 サムライの薄情者め。
 「トロイよお前、ちゃっちゃっと歩けよ使えねーなあもう!」
 「無茶言わないでくださいっスロンさん、せっかく肩貸してやってるのに人の好意足蹴にするようなこと言うと廊下にほっぽりだしますよ!?だいたい身長違うんだからびっこになるのはしかたないじゃないスか、ガマンしてくださいっス!ほら行きますよ二人で呼吸合わせていっせーのっせ」
 「やってられるか、俺はとっとと地下停留場行ってレイジを応援しなきゃなんねーのにこんなとこで時間食って、この分じゃ会場辿り着く頃にはペア戦終わっちまってるよ!ああくそサムライの薄情者め、あの人でなし足に怪我してるくせにとっとと先行っちまいやがって後追う身にもなれっての。マジでほふく前進で這ってったわけじゃねーだろな」
 「ロンさん余計なこと考えない、次の一歩に集中して。二人で呼吸を合わせて足を踏み出して、ひっひっふー。ひっひっふー」
 「ラマーズ法じゃねえかよ!!」
 付き合ってられるか。
 今、俺は医務室から地下停留場へと向かう廊下の途中で立ち往生してる。
 医務室を出てからまだ50メートルも来てないってのにぜえぜえ息切れして汗まみれの体たらくなのは、数週間におよぶ入院生活で体力落ちてるからだ。
 俺はまだ本調子じゃない、くどいかもしれないが本来なら絶対安静を言いつけられて医務室のベッドでしてなきゃいけない体だ。凱との試合で負った怪我はまだ完全に癒えてなくて、一歩足を進めるだけでも立ち眩みに襲われて、その場に倒れこみそうになる。
 肋骨骨折他に全身十三箇所の打撲という重傷。目立つ怪我は癒えて包帯もとれてはきたが、まだ体のあちこちに黒ずんだ痣が残っていて、ただ交互に足をくり出すだけの動作に全身の間接が軋む苦痛が伴う。二足歩行も困難な俺がどうにか歩けるのはビバリーのおかげだが、身長が違うせいか呼吸がばらばらなせいか、二人三脚がうまくいかずちっとも先に進まない。
 不恰好な二人三脚でえっちらおっちら歩いてるが、廊下を半分進むのに無駄に時間がかかり、比例して苛立ちが募る。俺がもたもたしてる間に試合が終わっちまったらどうしよう、レイジの出番がきちまったらどうしようと考えるといてもたってもいられない。自由に動かない体が憎らしい、言うこと聞かない足が恨めしい。体調が万全なら今すぐレイジのとこに飛んでって喝を入れてやるのに、今の俺にはそれさえできない。ビバリーに肩を借りなきゃ歩くこともできなくて、あんまり情けなくてやりきれなくなる。
 レイジ、頼むから無事でいてくれ。
 鍵屋崎、レイジのことちゃんと見ててくれ。
 二人に届かないことを承知で、気も狂いそうに懇願する。いや、声は届かなくて想い届くかもしれない。切実な一念は通じるかもしれない。俺の願いが通じるならどうか、どうかレイジを死なせないでくれ。
 俺のレイジを、殺さないでくれ。
 俺からレイジを奪わないでくれ。
 レイジがいなきゃ生きてけない、もしあいつが俺の隣からいなくなったと思うと、空気が急に薄くなったみたいに脈が乱れて息苦しくなる。俺にとってレイジは空気も同然、絶対なくちゃならないもの、生きてくのに欠かせないもの。普段は意識しなくても、離れてみてよくわかった。
 レイジがいない日常なんて考えられない、王様がいない東京プリズンなんて考えられない。
 願をかけるように強く強く牌を握りこむ。五指の間接が白く強張るほどに力をこめ、掌中の牌を握りしめ、胸から喉にかけてを重苦しく塞ぐ不安をごまかそうと固く目を閉じる。
 大丈夫だよな、レイジ。死んだりしねえよな、無事に帰って来るって約束したもんな。
 二度とおいてったりしねえよな?
 「……レイジさんのこと心配っスか、ロンさん」
 気遣わしげな声に顔を上げる。心配そうに顔を覗きこんでいたのは隣を歩くビバリー。ビバリーと体を密着させて歩いていた俺は、レイジの身を案じて物思いに沈んでいたことを見ぬかれ、気恥ずかしくなる。
 ビバリーは意外と勘がいい。身近な人間の表情の変化に敏感だ。
 ばつの悪さをごまかすため、ビバリーの方へずいと顔を突き出し、ぶっきらぼうに言う。
 「……そういう自分はどうなんだよ。リョウとは喧嘩してるんじゃなかったのか?絶好したってさっき言ってたよな。絶好済みの元ダチ、現赤の他人のために危険を顧みず地下停留場に行くなんて物好きだよな。お節介な性分てやつか」
 「ロンさんにだけは言われたくありません」
 ビバリーがむくれる。日頃からかわれてばかりの俺が他人をおちょくれる機会なんて滅多にない、ビバリーは可哀想だがたまには俺が美味しい目見たってバチはあたらない。
 悪ノリした俺は、ビバリーの至近距離に顔を近付け、品性下劣な薄笑いを浮かべてみせる。
 「リョウのやつ、こないだ俺んとこ来たぜ。ビバリーに追い出された~って泣きついてきた。ビバリーに無視されておしゃべりできなくて寂しいって、俺の枕元でしくしく泣いてやんの。安眠妨害だよこっちは」
 「ロンさんのところに?」
 「困ったもんだよ男娼にも。彼氏と喧嘩して房に帰れなくて、しかたなしに俺んとこに来たんだとさ。信じられるか?どうなってんだよあいつの思考回路、俺にしたこと覚えてねえのかよ。北と中央の渡り廊下、サーシャやレイジが見てる前で俺を後ろから抱きしめて好き放題にまさぐって……」
 「ま、まさぐったんスか!?」
 「おおよ!とどめに覚せい剤でぶすっとお注射ときた、たまったもんじゃねえ。お前もリョウの彼氏ならちゃんとしつけとけよ、表でも裏でも悪さばっかりしてるんだからさ」
 「僕はリョウさんの彼氏になったつもりもなるつもりもありませン、誤解を招く発言はよしてください!」
 「じゃあ何だよ、お前たちの関係って。男娼と客じゃねえだろな」
 ビバリーの肩に凭れ、目を据わらせて追及する。リョウにはさんざんひどい目にあわされたんだ。ビバリーには今後もリョウのお目付け役として期待をかけてるんだから、リョウに対する態度を白黒はっきりさせてもらわなきゃ困る。
 とばっちり食うのは俺なんだ、俺。
 「僕とリョウさんは……」
 俯き加減に黙りこみ、苦々しげに吐き捨てる。
 「ただの同房者っス」
 突き放すようにそっけない答えに肩透かしを食う。何か言おうと口を開き、ビバリーの異変を察する。俺の片腕を首の後ろに回し、肩に担いだビバリーの様子が変だ。俯き加減に交互に足をくりだすビバリー、その歩調がどんどん速くなりしまいにゃ俺を振り落としそうになる。尖った靴音を響かせ、憤然と大股に歩きながら、怒りで頬を上気させたビバリーが本音をぶちまける。
 「リョウさんは僕のことトモダチとも仲間とも思ってないって、こないだ自分でそう言ってました。自分は強いからひとりで生きてける、トモダチも仲間も必要ないって断言しました!ええそうですともリョウさんのおっしゃるとおりっス、人生経験豊富なリョウさんの言うことはおしなべて正しいっス、説得力ありまス!僕なんかリョウさんにとっちゃどこまでいっても赤の他人にすぎないんでしょうよ、マンホールから救出した時だって体を張ってロシアンルーレット阻止した時だって何で僕がマジギレしたのか全然わかってないんでしょうよ!」
 「ビバリー痛いいてえって、もっとゆっくり歩いてくれよ、転んじまうよ!怪我人に気ィ遣えっ」
 俺の抗議にも聞く耳貸さず、ビバリーがさらに加速する。俺は足早に歩くビバリーに振り落とされないようにするだけで精一杯で周囲を見る余裕がない。ビバリーは自分勝手なリョウに本気で腹を立ててるらしく、目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 「リョウさんはマザーファッカーっス、リョウさんにとって大事な人間はママだけで他はどうでもいいんス!この僕だってどうでもいいんス、ビバリー・ヒルズは所詮賑やかしの脇役にすぎませんからリョウさんにトモダチ認識されてなかろうが仲間扱いされなかろうがショックは受けません!そうっスよ、あれは全部僕が勝手にやったことっス。リョウさんに頼まれたわけじゃない、ただ単にリョウさんのことが放っとけなくて考えるより先に体が動いちゃっただけっス!リョウさんに恩を売るつもりなんかない、ましてやトモダチとして見てくれなんて贅沢な願いだってわかってまス!でも」
 「ビバリー」
 俺の声に反応し、虚を衝かれたように顔を上げたビバリーの額にデコピンが炸裂。ぎりぎりまで撓めた指を放ち、ビバリーの額を弾いた俺は、会心の笑みを浮かべる。
 「リョウのやつ、見舞いになに持ってきたと思う?」
 「え?……ストロベリー味のコンドーム?」
 「惜しい、近い……て、ちょっと待て、ストロベリー味のコンドームなんて実在するのかよ。マジかよ、聞いたことねえぜ」
 「リョウさんが集めてますよ?その他にもパインやマンゴーやココナッツなどよりどりみどり」
 咳払いで話を戻す。片手で額を庇い、ぽかんとしたビバリーの間抜け面を指さし、言ってやる。
 「いちごだよいちご、とれたて新鮮のビニールハウス産のい・ち・ご。ずっとてのひらに持ってたせいでぬるくなってたけど、甘酸っぱくてすっげー美味かったぜ。苺なんて食うの何年ぶりだっけかな、外にいた頃以来だよ。惜しいことしたなビバリー、あれ本当はお前の分だったのに」
 「え?」
 「リョウがビニールハウスからとってきたいちごは、お前と仲直りする口実。半分こしてご機嫌とりしようとしたんだろうな、食い物で釣ろうだなんてリョウらしい発想だ」
 ビバリーの鼻を人さし指でつつく。
 鼻に人さし指をつきつけられたビバリーはきょとんとしてる。他人のことには敏感なのに自分のことにはとことん鈍感なんてこいつも苦労性だなと親愛の笑みを零す。俺の片腕を肩に担いだビバリーへと向き直り、ため息まじりに真相を教えてやる。
 「今いちわかってないみたいだから噛み砕いて説明してやる。リョウはお前と仲直りしたくてビニールハウスからわざわざいちご摘んできたんだよ、仲直りのしるしにお裾分けしようと思ってな。さてここで質問だ、東京プリズンでいちごっつったら普通の囚人には手が届かねえ高級品。看守のモンくわえこんで贔屓されてる囚人が、優先的にビニールハウスの水やりに就かされるのは知ってるよな?ビニールハウス配属の囚人ならおやつ代わりにいちご食べれるけど、他の囚人はひょっとしたら一生いちごなんか食えねーかもしれねえ」
 ビバリーの目を見て説教しながら、なんで俺がリョウを弁護してるんだと自分の行動を不可解に思う。リョウは俺の天敵だ、渡り廊下じゃレイジや鍵屋崎の前で服脱がされて体じゅうまさぐられてひどい目に遭った。とどめに覚せい剤を強制注射だ。量を間違えたらショック死するかもしれないってのに、リョウときたらにやにや笑いながら俺の腕に注射針を刺しやがった。意地悪くほくそ笑むリョウの顔を思い出して、悪夢にうなされたこともある。
 でも。
 俺はリョウが憎いが、ビバリーのことまで憎んじゃない。
 ビバリーは憎めないヤツだ。今もこうして文句を言わず、俺に肩を貸してくれてる。俺を地下停留場で待つレイジのもとまで連れてってくれようとしている。
 ビバリーはいいヤツだ。だから、誤解をといてやりたい。他に行く場所がないからとひとの枕元を襲撃したリョウに関しては好きにしろだが、ビバリーが悩んでるんならなんとかしてやりたい。
 「リョウがお前にいちごを食わそうとしたのは単純に喜んでほしかったからだ。
  リョウは自分じゃ絶対に認めねえだろうけど、お節介でお人よしで苦労性のビバリー・ヒルズを結構マジで気に入ってるんだよ」
 ビバリーと面と向き合い、唾をとばして発破をかける。俺に喝を入れられたビバリーは鼻先につきつけられた指を払いもせず目をしばたたいてたが、やがてその目が潤みだし、平静を装おうと努めて失敗した顔が滑稽に笑み崩れる。泣き笑いに似た、どっちつかずの微妙な表情。安堵に溶け崩れた顔に素直な感謝の念を浮かべたビバリーが、ぐすりと鼻水を啜り上げ、気丈な笑顔を見せる。
 だれもが好感をもたずにはいられない爽快な笑顔。
 『Thanks,』
 ―「どうりで淫売くせえと思ったらこんなとこで何してやがんだ、売春班上がりの半々がよお!」―
 ビバリーが礼を述べるのをさえぎり、破れ鐘のような濁声が無遠慮に鼓膜を叩く。 
 この頭の悪そうな大声は、間違いない。
 大気をびりびり震動させ、コンクリ壁に殷殷と共鳴して廊下に轟き渡った怒声の主は眼前にいた。俺たちの行く手に威圧的に立ちふさがっていたのは、忘れもしない……凱。
 俺を目の敵にしてさんざんいやがらせを仕掛けてきた囚人。
 分厚い筋肉で鎧われた胸を反らし、見上げるような巨体で行く手をふさぐ凱の出現に、俺とビバリーは呆然とする。凱ひとりじゃない、凱のまわりに侍る囚人は総勢十人。いずれも見覚えがある、食堂じゃあ凱の付近の席を占めてるボス猿の命令に忠実な子分どもだ。パッと見区別がつかねえ瓜二つの容姿の残虐兄弟をはじめ、凱の右腕を自認するニキビ面のヤンとかえげつない連中ばかり揃ってやがる。
 まずいことになった。
 脳裏で警鐘が鳴る。本能的な危機感を察してあとじさった俺とは対照的に、周囲に仲間を侍らせた凱が大股に一歩を踏み出す。凱と顔を合わせるのはこないだの直接対決以来だが、俺にやられた怪我はすでに完治してるようで歩行に支障はない。どんだけ回復力が強いんだよ、とあきれる。
 尊大に顎をしゃくり子分どもを散開させた凱が、不器用に肩を竦めてみせる。
 「久しぶりだなあロン、元気にしてたか。こちとらお前に刺された太股が疼いて疼いて夜も眠れなかった。窮鼠猫を噛むって日本の諺があるがレイジの飼い猫に太股噛まれるなんて、この俺様としたことが油断したぜ。見てみろよ」
 ドスの利いた声で凄み、ズボンの裾に手をかけ、太股まで一気にまくりあげる。
 外気に晒された凱の太股へと反射的に視線を吸い寄せられた俺は、赤黒い肉が露出した醜悪な患部を目の当たりにする。違う、凱は特別回復力が強いわけでも治癒が早いわけでもない。凱は虚勢を張ってるだけだ、自分を崇拝する子分どもの手前激痛を堪えて平気なふりをしてるだけだ。その証拠に俺が十字架で抉った傷はまだ癒えてなくて、ズボンの下から露出した太股には、肉が潰れて変形した赤黒い穴が穿たれていた。
 「覚えてるだろ?忘れたとは言わさねえ。これはお前がつけた傷だ」
 凱の顔が醜く歪む。おそらく笑ったんだろう。
 「ペア戦の晴れ舞台、囚人環視のリングで俺に恥をかかせてくれたこと、まさか忘れたわけじゃねえだろうな。あの時きゃあしてやられたぜ、生意気なクソガキ一匹片腕でひねりつぶしてやれると高を括ってたのが間違いだった。結果、俺はこいつら子分どもが見てる前でてめえなんぞに敗けて大恥かかされた。まったく、計画狂っちまったよ!本当なら今ごろ決勝戦の舞台に立ってるのは西の漫画オタクでも南の恐妻家でもねえ、東棟最大の中国系派閥のボス、三百人の可愛い子分どもに慕われる俺様だってのに!」
 「お生憎さまだな」
 両腕を広げ、天井を仰いで怒鳴り散らす凱を睨みつけ、皮肉たっぷりに笑う。
 「可愛い可愛い愛娘にレイジを下した自慢話ができなくて残念だな。俺ごときに負けちまうなんて口ほどにもねえな、取り柄は図体と態度のでかさだけかよ?いいか、オツムの足りない中国人に教えてやる。子分の多さがイコール実力だとか勘違いしてんならお笑いだぜ。三百人の大応援団がついてたくせに半々の俺ごときにも勝てないクズが偉そうに吹くんじゃねーよ。往生際が悪い親父だな」
 「ロンさん、シャラップ!!」
 ビバリーに脇をつつかれた時には遅かった。俺の減らず口は死ぬまで、いや、死んでも治りそうにない。
 娘の話題は禁忌だ。凱のこめかみで血管が脈打ち、殺気走った眼光が俺たちを睥睨する。
 「自分が置かれた立場がよくわかってねえみてえだな」
 凱の言葉の真意を探るより早く、背後に回った囚人に乱暴に肩を突かれ、前のめりにたたらを踏む。
 「!ビバリー、」
 「ロンさん!」
 体勢を崩した俺の目にとびこんできたのは、凱の子分にがっちり羽交い絞めにされ、人質にとられたビバリー。ビバリーを取り返そうと一心不乱に駆け寄れば、瞬く間に人垣が築かれ人質の姿を覆い隠す。囚人の頭越しにむなしく手をのばし宙を掻き毟るビバリー、なんとかその手を掴もうと爪先立ちながら叫ぶ。
 「ビバリーは関係ねえだろ、はなせよ!」
 「おいおい、そっちじゃねえだろ。お前の相手は俺だ」
 背後に気配が接近。反射的に振り向けば、鼻面を圧迫する至近距離に凱が肉薄していた。すっと頭上に翳された肉厚の手が、無造作に頭を掴み、万力で緩慢に締め上げるように徐徐に握力をこめてゆく。
 俺の頭を鷲掴み、首を捻るように無理矢理自分の方へと向かせた凱が邪悪にほくそ笑む。
 「前回のリベンジといこうや、ロン。幸い廊下にゃ俺たち以外にだれもいねえ、皆地下停留場に決勝戦を見にいっちまったよ。好きなだけ泣き叫ぼうが骨をへし折られてのたうちまわろうが、頭蓋骨を叩き割られて脳漿ぶちまけようがだれも助けにきやしねえよ。本当は医務室に襲撃かける予定だったんだが、こうして廊下の途中でお前と出会えたのもなにかの縁だ。ちょうどいい、ここで決着つけようや」
 「……負け犬の遠吠えは耳が腐るぜ。決着ならとっくについてるだろうが、当の本人が忘れた頃にお礼参りなんてかっこ悪すぎだ。何週間前の話持ち出してんだよ、え?しかも懲りずにぞろぞろ集団引きつれてきやがって、一対一で再戦に臨もうってな殊勝な心がけはどこにやったんだよ中国人」
 背中を汗が伝う。冷や汗。くそ、こんなつまらないことで時間食ってる場合じゃねえのに!とうとう俺の悪運も尽きたのか?地下停留場までは先が長い、凱の相手をしてる暇はねえ。だがビバリーはどうする、人質にとられたビバリーを見捨てて俺ひとり逃げ出すわけにはいかない絶対に。
 「そうだ、ついでにいいこと教えてやる」
 いやらしい手つきで俺の頬を撫でつつ、耳元でねっとりと囁く凱。 
 熱い吐息が耳朶に絡み、生理的嫌悪に全身が総毛立つ。

 「タジマが独居房から逃亡したそうだ」

 「……は?」
 タジマが独居房から逃げた?どういうことだ、独居房には鍵がかかってるんじゃないのか。タジマが独居房から出される日はまだ当分先のはず、それなのに……逃げた?逃げたってどういうことだよおい。
 頭が混乱し、にわかに現実感が薄れてゆく。タジマ。東京プリズン最低最悪の変態看守が独居房から脱走した?今も野放しになっている?タジマは神出鬼没の変態だ、いつどこに現れるかわからない。
 ひょっとしたら俺の背後に……
 「う、そつくなよ。タジマが独居房から逃げたってそんな馬鹿なことあるかよ、あいつは医務室に殴りこんで俺を剥こうとして、決定的瞬間を安田にばっちり目撃されて、副所長もさすがにキレて独居房行きを命じて……出てくるのがいつだか詳しくは知らねえけど、タジマの処分が決定するまでだからまだ当分先のはず。そうだよ、なんであいつが独居房から逃げたんだよ、そんなことが可能なんだよ!?独居房は厳重に施錠されてて、錠を外さないかぎり扉に頭突き食らわそうが血を吐くまで叫ぼうが中からは絶対に!!」
 待てよ。
 中から無理、なら外からは?
 だれかが安田に無断で独居房の鍵を開けて、わざとタジマを逃がしたのだとしたら?
 でも、だれが何のためにそんなことを?
 タジマを逃がして得する人間なんて、すぐさま思いつかない。
 俺の疑問を汲んだ凱が、喉の奥でくぐもった笑い声をたてる。   
 「俺たち以外にも決勝戦を邪魔したい人間がいるってことだろうさ」
 背後で悲鳴があがる。不吉な予感。胸騒ぎに襲われて振り向けば、後ろ手に拘束された腕をぎりぎりまで絞め上げられたビバリーが、額に脂汗を滲ませ苦悶に喘いでいた。腕の肉を巻きこみ雑巾絞りされる激痛に耐えかね、充血した目に涙をためたビバリーが悲痛な絶叫をまきちらす。 
 「ああああああああああっ、い、ひぎっ、アウ……腕、腕がちぎれっ……ロ、ロザンナああ!」
 「うるせーよ黒子」
 「やめろっつってんだろ!!」
 怒りが爆発した。
 まったく力を緩めることなく、ビバリーの腕を捻り続ける囚人に殴りかかろうとしたら、襟首を掴まれ体を引き戻される。後ろに凱がいた。俺の襟首を摘み、猫の子のように片腕でぶらさげ、凱がうそぶく。
 「ダチを助けてえか?」
 凱の目が嗜虐的に細まり、狂気を帯びて爛々と輝きだす。
 「ここを通りてえか?」
 俺が頷くのを待たず、凱が口を開く。
 「なら、土下座しろ。俺たちみんなが見てる前で、床に額をこすりつけて、自分がどんだけクズで弱くてゴミみたいな存在か認めやがれ。レイジの飼い猫になりあがる前はドブで溺れてた捨て猫だったんだ、俺様の足元に這いつくばって床を舐めるくれえわけねえだろ」 
 視界がぶれ、床に落下した衝撃が体を襲う。
 無造作に腕を薙ぎ払い、猫にでもするみたいに俺を投げ飛ばし、凱は豪快に哄笑した。
 どうしてこう、東京プリズンの囚人はみなイカレてやがるんだ?

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050816104119 | 編集
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