ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三十四話

 動物園は空気が淀んでいる。
 後ろ手に手錠をかけられた囚人が汚物まみれの床に転がされて、手錠が手首の肉を抉る激痛にのたうちまわり獣じみた唸り声を発し、堕ちるとこまで堕ちた自らの境遇を呪っている。それぞれの鉄扉の奥から嗚咽や絶叫や呪詛が漏れ聞こえるさまは刑務所というより表に出せない狂人を隔離する精神病棟のようだ。 
 ここはくさい。なにかが腐ってく匂いがする。
 「人間が腐ってく匂いだ。そう思わない、ラッシー?」
 五十嵐の肩にしどけなく寄りかかり、耳元に吐息を吹きかける。
 僕が誘惑しても五十嵐はつれない、こっちを見ようともしない。
 首に腕を回して背中におぶさった僕を振り向きもせず淡々と餌やりを続けている。中腰に屈んだ姿勢から鉄扉下部の蓋を開けて食器ごとトレイを押しこむ、廊下の端に辿り着いて鉄扉が尽きるまで延々とそのくりかえし。
 つまんない仕事。
 五十嵐は損な役目ばっか押しつけられて可哀想。囚人に親身に肩入れして相談にのってやってる五十嵐は、囚人のことなんか虫けら程度にしか思ってない同僚に煙たがられて看守の間で浮いてる。
 大半の看守にとって囚人は殴る蹴るしてストレス発散するおもちゃにすぎなくて、僕たち囚人を対等な人間扱いする五十嵐は東京プリズンじゃ異端なのだ。 
 東京プリズンの看守としては異端で異質な存在の五十嵐は、今日もこうして文句を言わず、動物園の猛獣の世話をしている。五十嵐の背後に止まったワゴンには夕食のトレイがのせられてる。
 犬も食わない残飯。
 「毎回思うんだけどさあ、東京プリズンの食事ってまずいよね。ゲロみたい。僕舌が肥えてるからこんなの受けつけないよ、ラッシーから献立改善してくれるように上に言ってよ。僕たち育ち盛りなのにマッシュポテトと焼き魚の日替わり定食じゃあんまりだ、僕の背がちっとも伸びないのはそのせいだ」
 「ヤクのやりすぎだろ」
 正解。
 五十嵐のつれない答え、そっけないつっこみに肩を竦める。
 「それもあるけどさあ……そういえばラッシー最近痩せたんじゃない?頬がこけてるよ。目の下に隈ができてるけどちゃんと眠ってる?夜ちゃんと眠れないなんて悩み事でもあるの。副所長の安田さんはときどき医務室にクスリもらいにいってるみたいだけど…… あ、クスリっていってもいけないオクスリじゃないよ?ただの睡眠薬だよ。もっとも僕の扱う睡眠薬より全然効かないヤツだけど。
 安田さんもバカだよねえ、天国逝った気分でぐっすり眠りたいならボケたおじいちゃん医者じゃなくてドラッグストアを頼ればいいのに。そしたら合法非合法問わず効き目抜群の睡眠薬おろしたげるのに」  
 五十嵐の首に腕を回してぶらさがったまま、饒舌にまくしたてる。
 ここに来る途中、ロンにひどいこと言われて泣きながら医務室をとびだした僕はとりあえず気分を落ち着かせるため覚せい剤を注射した。その効き目がやっとでてきたらしい。 躁状態の僕は、とくに五十嵐の反応がなくてもかまわず言葉を続ける。
 五十嵐がつれないのはいつものことだ、いちいち落ちこんでたらきりがない。僕はビバリーの待つ房に帰りたくない、他に行くところがない。
 ならむなしい独り言でも五十嵐を相手に時間を潰すしかないじゃんかと開き直り、パパにおんぶをせがむ子供のように五十嵐の背中に上体を預ける。
 「ラッシーにもクスリあげよっか、睡眠薬でもドラッグでもなんでもこいだよ。今度不眠症の奥さんにもドラッグすすめてみたら?ヤなことなんか一発で全部まるごと忘れられるよ、人生薔薇色だよ。
 ドラッグ使ってセックスすれば普通のセックスの何倍も何十倍も何百倍も気持ちよくなれるよ、天国に届くよ。ラッシーんとこ、ずいぶんとご無沙汰なんでしょ。何年奥さんとヤッてないの?ダメだよそんなの、ラッシーまだ三十代の男盛りじゃん。奥さんとヨリ戻すために、下半身の勢い盛り返すためにドラッグに挑戦してみるのも悪くないって」
 「ひとの家庭の事情に口だしすんな」
 「あれ?ラッシーが寝不足なのって家庭が危機一髪で、奥さんに離婚迫られてるからじゃないの」
 てっきりそう思いこんでたのに。
 五十嵐の家庭が荒みきってるのは東京プリズンの囚人のだれもが、とは言わないけど八割は知ってる有名な噂だ。
 僕も詳しいことは知らないけど五十嵐は何年か前に最愛の一人娘を事故でなくして以来フィリピ―ナの奥さんとうまくいかなくなって、前にいた刑務所じゃ同僚と揉め事起こして東京プリズンに左遷されてきたらしい。
 五十嵐は宿舎住まいで奥さんに会いに帰るのは月末一度きりだし、それだって奥さんが自殺してないかどうか生存確認の意味合いが強いから夫婦仲は冷めきってる。
 口さがない看守や囚人に離婚は秒読みだろうと噂される五十嵐の横顔を観察する。
 たしかに最近、五十嵐は目に見えて痩せた。やつれた、と表現したほうが正しいか。
 頬がげっそりこけて目の下には隈ができて、体がひとまわり薄くなったような錯覚さえ覚える。夜もろくに眠れないらしく、神経質に血走った眼球が飢えた獣のように凶暴な光を放っている。
 やせ衰えた顔の中、目ばかり異様にぎらつかせた五十嵐に背筋が寒くなる。 
 五十嵐の様子はどこかおかしい。どこがどうおかしいと明確には言えないけど、絶対おかしい。この五十嵐はなにかちがうという根本的な違和感が拭い去れない。
 これが本当に、囚人に親身に接してくれる人望厚い看守?
 囚人によくしてくれると評判の看守の五十嵐?

 ―「五十嵐!!」―

 破れ鐘のような怒声が響く。
 鉄扉の内側で破裂した怒声が、どこか切迫した五十嵐の横顔に魅入られていた僕を正気に戻す。
 聞き覚えのある声だ。
 うろんげに目を細め、五十嵐の肩越しに身を乗り出して鉄扉を凝視。
 扉の内側では、糞尿まみれの暗闇に両手を拘束されて転がされた人物が怒り狂っている。
 「なにちんたらやってんだ、こちとら腹ぺこなんだはやく飯食わせろや!まったくてめえはなにやっても愚図で使ねえな、そんなんだから同僚から煙たがれてハブにされるんだよクズが!ガキどもに慕われてるからって調子のってんじゃねえよ、それともなにか、てめえはガキに優先して餌やって恩売ってるつもりなのか?餌付けかよ、餌付け!
 見所あるガキども餌付けしてフィリピ―ナの嫁さんとご無沙汰なぶん囚人のケツで楽しむつもりか、恐れ入ったぜおい!」
 扉の内側で弾ける下劣な哄笑、五十嵐へと浴びせ掛けられる下卑た揶揄。扉がガンガン鳴っているのは、独居房に放りこまれた人物が全力で体当たりしてるためだろう。
 うるさい哄笑の主は、東京プリズン最低最悪の看守……タジマ。
 そういえばタジマも独居房に入れられてたんだっけ、と僕は今ごろになって思い出す。性懲りなく大怪我で入院中のロンを襲って、キレた安田に独居送りを命じられたタジマは、おおかたの予想通り反省するどころか逆ギレして、言いがかりとしか思えない無茶を五十嵐になすりつけてる。
 「いいかげんにしろよタジマ、近所迷惑だ。周囲の房の連中がびびってんだろ。看守の威厳はどこにやったんだ、普段あんだけ警棒ふりまわして威張り散らしてるんだから独居房の中でも毅然としてろよ」
 五十嵐が疲労のため息をつく。学習能力のなさを証明するように鉄扉に突撃をくりかえすタジマにあきれかえっているのだろう。
 何度となく鉄扉に頭突きを食らわしては「いてえじゃねえかよ畜生、ただの鉄くずの分際で!いいか覚えてろよ、ここ出たらバーナーで溶かしてやっからな!」と吠え猛るタジマに僕もげんなりする。
 ガンガンと衝突音が連続し、鉄扉が震動する。
 嘆かわしげに首を振りつつ鉄蓋を開ける五十嵐。味噌汁がこぼれないよう慎重な手つきで食器ごとトレイを押しこめば、飢えて凶暴になったタジマが生唾を飲む気配が伝わってくる。
 がつがつと食欲旺盛にものを咀嚼する音がしばらく続く。
 下品に音たてて味噌汁を啜り、残飯を犬食いするタジマの姿を想像すれば、口元に笑みが浮かぶのをおさえられない。いい気味だ、ざまあみろ。汚物まみれの床にみじめに這いつくばり残飯犬食いするタジマを想像し、こっそり溜飲をさげた僕の耳に、五十嵐のおせっかいが届く。
 「よーく噛んで食えよ、喉詰まらせねえように」
 その言葉におもわず吹き出す。
 「ラッシーてば、お父さんみたい」
 たいした意味はなかった。 
 でも、五十嵐は僕の一言で硬直した。僕は五十嵐の横顔がぎくりと強張った一瞬を見逃さない。
 自分でも見て見ぬふりしてきた欺瞞をつかれたような反応。
 「ラッシーってばどうしたの、そんなぎょっとした顔しちゃって。僕はただラッシーが囚人みんなのお父さんみたいだから、それで……」
 早口で言い訳すれば、鉄扉と向き合った五十嵐がぼそりと呟く。
 「お父さんじゃねえよ。もう」
 どこを見てるかわからない虚ろな目。救いがたく暗い声。放心した顔つきで虚空を眺める五十嵐を現実に呼び戻したのは、むしゃぶりつくような勢いで残飯をがっつくタジマの催促。
 「五十嵐、この愚図が!サービス悪いんだよお前は、なにボケッとしてんだよ、俺が手錠かけられて手え使えねえの知ってて放置プレイしてんのか。同僚ならこの鉄蓋開けて匙持って飯食わせろよ。あーん、あーん」
 喘ぎ声じゃない。タジマは間抜けに大口あけて、五十嵐が匙を運んでくれるのを待ってるらしい。
 なんだか、聞いちゃいけない台詞を聞いちゃったみたいだ。
 呆然とした僕をよそに、これ以上タジマに付き合ってられないと判断した五十嵐がため息まじりに腰を上げる。五十嵐が立ち去る気配を察したのか、鉄扉の内側でタジマがあせる。
 「てめえなに俺様のこと無視してんだ、その態度はなんだ!?下僕のくせにご主人様に反抗する気かよ、いつからそんなに偉くなったんだよ、娘見殺しにした親父がよ!」 
 え?
 五十嵐の顔色が豹変する。殺意の眼光を双眸に宿した五十嵐が、しずかに問う。
 「……今なんて言った」
 「ああなんべんでも言ってやら、娘見殺しにした父親が俺様に逆らうなんざ十年早いぜ。忘れたとは言わせねえぜ、お前の大事な大事な一人娘が死んだのはお前のせいだ。お前があの日笑いながら送り出したりしなけりゃ、かわいいかわいい一人娘のリカちゃんは今も元気にしてたってのによ。惜しいなあ、今ごろはきっとフィリピ―ナのカミさん似の美人に成長してただろうによ!
 娘が死んだのは全部お前のせいだ、お前が止めなかったせいだよ!
 リカちゃんも可哀想になあ、ようやっとアソコに毛が生え始めた年齢だってのにこんなクズでどうしようもねえ父親もったせいで処女のまんま死」
  
 鉄扉に凄まじい蹴りが炸裂した。

 憤怒の形相に変じた五十嵐が、鉄扉の真ん中に容赦なく蹴りをいれたのだ。
 はげしい怒りに駆り立てられ、暴力衝動を抑制できず鉄扉に蹴りを入れた五十嵐の眼球は狂気に血走って異様にぎらついていた。沸沸とこみあげる激情を押し殺そうとでもいうように、震えるほどにこぶしを握りしめ、鉄扉を睨みつける。
 正しくは、鉄扉の向こうにいるタジマを。
 「リカのことは言うな」    
 苦渋に満ちた声で吐き捨て、五十嵐が深呼吸する。
 「今度リカの名前をだしたら、お前も殺すぞ」
 ………お前「も」?
 五十嵐の言いまわしに微妙な違和感を感じる。お前もってことは、タジマだけじゃないってこと?他にだれか殺したい人がいるってこと?混乱する僕をよそに、手荒くワゴンを押して立ち去る五十嵐。背後でタジマがなにか吠えてるけどもう振り向きもしない。
 「待て待ちやがれ五十嵐、俺様にこんなことしてただですむと思ってんのか!忘れたのか、脅迫のネタ握られてること!あのことがバレたらお前東京プリズンにいられなくなるぞ、いや東京プリズンだけじゃねえ、どこの刑務所からもお呼びかからなくなってフィリピ―ナの女房ともども路頭に迷うしかなくなるんだぜ!お前の生命線は俺に握られてるんだ、東京プリズンにいたけりゃ大人しく言うこと聞いとけ!」
 ガンガンと鉄扉に体当たりし、なりふりかまわず五十嵐に食い下がるタジマに辟易する。 
 再び鉄扉が揺れた。
 今度は五十嵐じゃない、僕が蹴りを入れたから。高々と足を振り上げ、扉の真ん中あたりに渾身の蹴りを見舞えば、僕と同時に頭突きを食らわしたらしいタジマがその衝撃をモロに受けて失神する。白目を剥いたタジマの姿は鉄扉に遮られて見えないけど、低いうめき声が漏れてきたから間違いない。
 僕が蹴ったことがバレたらあとで復讐されるに決まってるけど、タジマにはこっちが見えないから安心。
 「ざまあみろ。豚は豚らしく下品に鼻鳴らして残飯あさってろ、ゲス野郎にはお似合いだ」
 おまけに一発見舞い、素早く背中を翻す。そんな僕を五十嵐はあきれたように眺めていたが、すべての房に配膳を終えたと見え、ワゴンを押して立ち去りかける。
 車輪が廊下を擦る音がやけに大きく反響する。
 五十嵐の背後に歩み寄った僕は、頭の後ろで手を組み、さりげなく訊く。
 「ちょっと気になったんだけど、ラッシー」
 「なんだ」
 「今、だれか殺したい人いるの」
 図星だ。
 ワゴンの取っ手を掴んだまま、五十嵐が立ち止まる。微動だにせず立ち竦んだ五十嵐の背後に忍び寄り、声をかける。   
 「水臭いじゃん、なんで相談してくれないのさ。僕とラッシーの仲なのにさ。ラッシーこの頃様子おかしいからバレバレだよ。決め手はさっきの一言だけどね。
 リカちゃんて娘さん?可愛い名前だね。きっと可愛い子だったんだろうね。死んだのって何年前だっけ?死んだリカちゃんのことひどく言われたら腹立つの当たり前だよ、同情するよ」
 大袈裟に眉をひそめ、嘆かわしげにかぶりを振り、五十嵐に同情したふりをする。もちろん演技だ。
 僕はただ好奇心から五十嵐の本心を探ろうとしただけ。五十嵐が殺したい人物がだれか知りたいだけ。
 だから僕は嘘をつく。平然と。
 「可哀想なラッシー」
 「……可哀想?」
 五十嵐が怪訝な顔になる。僕に言われたことが理解できないといった様子。放心した顔つきで僕を見下ろす五十嵐に体をすりよせ、腕に腕を絡める。
 「僕知ってるもん、ラッシーがほんとはいいひとだって。囚人を虐待して憂さを晴らす腐った看守ばっかの東京プリズンで殆どすべての囚人に慕われる理想の看守。東京プリズンの囚人はみんなラッシーのことお父さんみたいに慕ってる。僕だってそうだよ?僕は物心ついたときからママとふたりきりの母子家庭でパパの顔も知らないけど、ラッシーと話すたび、ラッシーがほんとのパパだったらいいのにって思ってる。ラッシーみたいに子供思いで頼り甲斐のあるパパがいたら、東京プリズンなんか来なくてすんだのにって」 
 口からでまかせだ。
 僕にはママひとりで十分、ママがいればあとはなにもいらない。パパなんて最初からいなくていい。
 でも、全部が全部嘘じゃない。東京プリズンの囚人の多くが五十嵐の中に理想の父親を見てるのは事実。父性を感じさせる五十嵐の物腰に絶対的な信頼をおいてるのも事実。
 その五十嵐が、多くの囚人から実の父親のように慕われてる五十嵐が、殺したいほど憎んでいる人間は一体だれだろう?
 ……なんてね、実はもうわかってる。そんな人間、フィリピ―ナの奥さんしか思い当たらない。五十嵐と奥さんの仲が険悪なのは有名で、ふたりのあいだじゃ喧嘩が絶えないそうだ。噂によれば五十嵐の奥さんは過去に手首を切ったことがあるっていうし、情緒不安定な奥さんを抱えておちおち浮気でもきない五十嵐の心情は察するにあまりある。下半身はまだまだ現役なのに、奥さんへの罪悪感から浮気もできず離婚もできず男盛りの三十代を浪費してるんなら、さんざん思い詰めた挙句に殺意が芽生えてもおかしくない。
 気弱でへたれな五十嵐の性格を考えても間違いない。
 どうだ、鍵屋崎なんかとは比べ物にならない名推理っしょ?
 「僕はラッシーの味方だよ」
 五十嵐にしつこくまとわりつき、悪魔の誘惑を囁く。
 覚せい剤の副作用だろうか、今の僕はだれかに意地悪したい気分になっていた。たまたま運悪く居合わせただれかを口先でそそのかして、おもいきり苦しめてみたい気分。
 五十嵐の腕に頬ずりし、甘ったるい猫なで声で続ける。
 「安心して、僕が保証してあげる。ラッシーは悪くない。悪い人間はべつにいる。ラッシーに殺したいほどだれかを憎ませたそいつが悪いんだ。だってラッシーはこんなにいい人なのに、そのラッシーがだれかを殺したいほど憎むなんてよっぽどのことでしょう。きっとそいつは、とんでもないことをしたんだね。ラッシーの気持ちを踏み躙っていい気味だざまあみろって高笑いするような性悪は死んで当然。ラッシーが思い余って殺しちゃってもだれも文句言わないよ、だってラッシーは今まで十分苦しんできたんだもん」

 ひょっとしたら、ビバリーへの仕返しなのかもしれない。

 ビバリーに無視された怒りと哀しみを他のだれかにぶつけて憂さを晴らそうとしてるだけなのかもしれない。子供っぽいやつあたり。この場に鍵屋崎がいたら幼稚だと笑われるだろうか?どうでもいい、鍵屋崎は今関係ない。
 五十嵐の肩に手をかけ、つま先立ち、耳朶に顔を近付ける。
 五十嵐は僕にされるがまま、逆らう素振りもない。悪魔に魂を売り渡したように虚ろな目で、虚無に呑み込まれた表情で、呆然と立ち尽くすばかり。
 「ラッシーは悪くない。リカちゃんが死んだのもそいつのせいなんでしょ」
 そう、ラッシーは悪くない。リカちゃんを殺したのはお父さんじゃなくてお母さんのほう。やなこと全部をラッシーに押しつけて、酒に溺れて夫にあたりちらすばかりの奥さんのほう。
 「全部ラッシーのせいにして、やなこと全部ラッシーに押しつけて責任逃れなんて卑怯だよ。ラッシーはもう十分苦しんだ、だから今度は相手が苦しむ番。でしょ?ラッシーがやることは正しいよ。ラッシーが今までどんだけ苦しんだのか相手に思い知らせてやるんだ、力づくでわからせてやるんだ」
 そうだ、力づくでわからせてやれ。
 自分がどんだけ辛く苦しい目にあったのか、悩んで悩んで悩みぬいたのか思い知らせてやれ。
 自分だけ不幸になるのは不公平だ。だったら他人も引きずりこんでやるまでだ。
 この生き地獄に。
 「殺しちゃいなよ、そんなクズ。ずるずる生かしとく価値ないよ。ずるずる生かしといたらまたまわりが不幸になるよ、リカちゃんときみたいにさ」
 現に五十嵐はもう不幸になってる。このまま離婚もできず奥さんとずるずる一緒にいたらますます荒んでくだけだ。
 五十嵐の肩に指を食いこませ、声を低め、心の堰を壊すとどめの一言を吹き込む。
 「みんなのお父さんなんだから、自信もって」
 五十嵐の双眸に不穏な光が宿る。
 「そう、だな。殺したほうがいいよな」
 「殺したほうがいいって、絶対」
 五十嵐の決断を後押しするようににっこり笑う。そこでふと、あることを思い出す。
 「そういえばラッシー、前に預けた銃ちゃんと安田さんに返してくれた?」
 「ああ、安心しろ。ちゃんと返しといたぜ。どこで見つけたんだってさんざん詰問されたけど適当にごまかしといたから安心しろ、ダチにもそう言っとけ」
 「ダチじゃねえよ」
 自分でもびっくりするほど冷たい声だった。
 突き放すように吐き捨てれば、五十嵐が目を丸くする。
 やばい。
 「よかった、ちゃんと安田さんに返してくれて。やっぱラッシーは他の看守と違って頼りになるね。あ、これお礼。そんなしょげた顔してないで僕が作ったいちごでも食べて元気だしてよ」
 ポケットに片手を突っ込み、いちごをとりだす。ビバリーと半分こしようと思ってお土産に持ってきたいちごの残り。他のいちごは怒りが爆発して医務室の床にぶちまけてきたから、これが最後の一個だ。
 五十嵐が見ている前で、いちごを口にくわえ、爪先立つ。 
 「!?んぐっ、」
 伸びあがるように五十嵐に顔を近付け、無理矢理いちごを含ませる。口移しでいちごを食べさせられた五十嵐は手足をばたつかせて必死に抵抗するが、口を口で塞がれちゃあどうしようもない。
 いちごを喉に詰まらせた五十嵐が涙目で咳き込む様子がおかしくて、けらけら笑いながら走り出す。
 「じゃあねラッシー。眠れない夜は僕んとこ訪ねてきてよ、一発ヌカせてあげる」
 時刻は深夜に近い。気は重いけど、そろそろ房に帰らなきゃ。
 軽快に駆けながらも、心は陰鬱に沈んでゆく。僕に背中を向けて毛布にくるまったビバリーのことを考えれば、心細いやら腹立たしいやらでまた泣けてくる。
 それにしても、いきなりキスされていちごを喉に詰まらせたというのに五十嵐は何も言ってこない。
 どうしたんだろうと不安になって廊下の終点で振り向けば、手のひらにいちごを吐きだし、ぼんやり虚空を見つめていた。
 生ける屍の目だ。
 僕の視線に気付いた五十嵐が、緩慢にこっちを向き、ぎこちない笑顔を作る。
 目は虚ろに死んだまま、口元だけに力ない笑みを浮かべて。
 「ありがとうよ、リョウ。おかげで決心がついた」
 五十嵐は、僕へと礼を述べた。
 ぞっとした。
 
 それがつい数日前の出来事。
 そして今晩、ついに東京プリズンの運命を左右する決勝戦がはじまる。
 だれかが生き残りだれかが死ぬ、運命の夜がはじまる。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050826102512 | 編集
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