ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

関連記事 [スポンサー広告]
スポンサー広告 | コメント(-) | ------------ | 編集
二十六話

 「さて、吾輩はこれで失礼します」
 あきれかえって物も言えない僕にホセが暇を告げる。
 無骨なデザインの伊達眼鏡を押し上げ、如才ない笑顔で別れの挨拶をするさまは社交辞令に慣れたセールスマンを彷彿とさせる。
 「ボクサーたる者たゆまぬ努力と訓練を怠ってはいけません。
 無事な片腕だけでもサンドバッグを打ち続けて筋力が落ちぬよう鍛えておかなければ、次週の決勝戦にも差し障ります」
 「あんま無理すんなよホセ、完治二周間の大怪我やで」
 「心配ございませんヨンイルくん。吾輩には勝利の女神こと最愛のワイフがついております、ここに」
 自分の胸をこぶしで突いたホセが、今一度僕らに頭を下げて図書室を立ち去る。南棟に帰って特訓を再開するのだろう。
 ホセの足音が遠ざかり、図書室には僕とヨンイルだけが残された。
 ヨンイルと二人きりになった僕は表面上平静を装い、たった今聞かされた驚愕の事実を反芻する。
 ホセとヨンイルが結託してレイジを裏切ったように見せかけたのは偽りの芝居で真の目的は別にあった。ホセとヨンイルの真の目的とは、サーシャをトップの座から追放して北を牽制すること。銃の捜索を円滑に進めるためにはサーシャに代わるトップになればいいという持論は理にかなっている。
 しかし、ヨンイルとホセに負ければ100人抜きは達成できない。
 100人抜きを達成できなければ僕とロンは売春班に逆戻り、サムライは処理班に回される運命だ。レイジも今までどおり無敵の王様ではいられなくなる。
 なるほど、ヨンイルは西の面子を保つためトップの威信に賭けても銃を取り戻さねばならない必要に迫られている。手段を選んでいられない心情は理解できる。
 だが僕も、僕たちだって負けられない。
 いかにヨンイルとホセが相手でも、僕たちには負けられない理由があるのだ。けして譲れないものがあるのだ。
 頭の中で考えを整理してから体ごとヨンイルに向き直り、慎重に口を開く。
 「ヨンイル、質問だ。君かホセが勝利した場合、売春班の処遇はどうなる?」
 腰に手をあてたヨンイルが思いも寄らぬことを聞かれたとばかり、うろんげに僕を見る。
 「ああそうか、直ちゃんは元売春夫やったな」
 「その呼び方はやめろ。吐き気がする」
 呑気なヨンイルに刺々しく吐き捨て、屈辱に歪んだ顔を伏せる。そんな僕を表情の読めない目で眺め、口元に薄く笑みを上らせるヨンイル。
 「俺はべつに売春班のうなってもええで、男に興味ないしな。ワイフ一筋のホセも売春班通いとは無縁やし、俺らふたりとも売春班にはさっぱり未練ない……ちゅーか、直ちゃんにだけは特別に教えたる」
 子供が内緒話をするように僕の耳元に口を近付け、そっと囁く。
 「俺、童貞やねん」
 「………は?」
 童貞?それはつまり……
 「女性と性行為に及んだ経験が今まで一度もない、ということか?東京プリズンでは稀有な例だな」
 感心した口ぶりで呟けば、僕の反応を面白がるようにヨンイルが笑い出す。女性の体を知らないことに対してはなんら引け目を感じてないあけっぴろげな態度だった。ヨンイルほど劣等感と無縁に生きている人間も珍しいだろう。
 絶句した僕を愉快げに眺め、ヨンイルは笑い声を噛み殺して続ける。
 「男でも女でも生身に興味ないんや全然これっぽっちも。二次元の女やないとヌケへん難儀な体なんや。ま、11で東京プリズンに来たんやから無理ないけどな。せやから男を抱いたことはおろか女を抱いたこともないねん、生身の人間にはさっぱり欲情せえへんのや。可愛い女の子ぎょうさんでてくる漫画さえあれば売春班のうなっても困らんし、直ちゃんが売春班に戻るのいやなら潰したってもええで。
 愛妻家のホセも反対せん、ちゅーか全面的に賛成やろ」
 「なれなれしくさわるな、不愉快だ。漫画の読みすぎで指がインクで汚れてるぞ」
 肩からヨンイルの手を振り払う。おどけたように両手を挙げたヨンイルが、「さてどないする」と目で問うてくる。口元に浮かんだにやにや笑いは道化の本領発揮の胡散臭さ。
 ヨンイルを睨みつけ、逡巡する。
 ヨンイルとホセがペア戦出場を決めた動機はサーシャに代わるトップの座を欲したからで、100人抜きの条件に売春班撤廃というレイジの要求はそれに含まれない。が、本人が公言したとおりヨンイルもホセも売春班にさしたる未練がないのはおそらく事実。
 愛妻家のホセは売春班と無縁だし、男女問わず生身の人間に性欲を感じないヨンイルは売春班の存在自体に無関心。
 今ここで僕が頭を下げれば、ヨンイルが勝利した暁には売春班撤廃が実現するかもしれない。
 そんな誘惑がちらりと脳裏をかすめる。ヨンイルは僕のことを一方的に友人と認識し、なれなれしく接してくる。僕は売春班から抜け出したい、売春班の悪夢から永遠に解放されたいと強く望んでいる。
 売春班撤廃が実現するならどんな形であれ歓迎すべきだ。
 たとえレイジが負けたとしてもヨンイルホセが売春班撤廃をかなえてくれるなら、少なくとも僕とロンは救われる。
 だが、サムライは?
 「………」
 その後のサムライの処遇に思い至り、愕然とする。売春班がなくなれば少なくとも僕とロンは救われる、レイジも王様の地位を返上して売春班に堕ちずにすむかもしれない。だがサムライは?売春班がなくなっても処理班はなくならない、100人抜き達成不可能となればサムライは両手の腱を切られて処理班に回される運命だ。
 僕のためにペア戦出場を決めたサムライが、処理班に回される?
 両手の腱を切られ、二度と剣を握れなくなる?
 駄目だ。そんな現実は全否定だ、絶対に認められない。
 「馬鹿にするなよ道化。貴様などに頼らなくても、僕たち四人は必ず勝つ。必ずや100人抜きを成し遂げて正々堂々売春班を潰してみせる」
 僕ら四人が東京プリズンで生き残るためには100人抜きを達成するしか道は残されてない。
 今度という今度こそ覚悟を決めた。僕ら四人がだれひとり欠けることなく東京プリズンで生き延びるためには他のトップを下して決勝戦を生き残るしかないと自覚を持った。
 ヨンイルとホセ、そしてサーシャはたしかに強敵だ。
 しかし、僕ら四人には譲れない理由がある。絶対に勝ち残らねばならない理由がある。
 サムライは僕を守りたい、レイジはロンを守りたい。
 僕はサムライを守りたい、ロンはレイジを守りたい。
 それだけではなく、僕ら全員が自分以外の三人を守りたいと強く念じている。
 四人それぞれがかけがえのないだれかのために命賭けで戦う覚悟があるのなら、相手がだれであろうが今の僕たちが負ける気がしない。
 僕は仲間を守りたい。仲間とともに生き残りたい、最後まで勝ち残りたい。
 だれかひとりを犠牲にすることで他の三人が生き延びる、そんな選択肢は拒絶する。
 効率重視の僕らしくもない考え方だと自嘲するが、結論に悔いはない。
 全員が助からねば僕にとってもだれにとっても意味がないのだ。
 迷いを吹っ切った眼差しでヨンイルを射貫けば、僕の決心が固いと悟った道化が肩を竦める。
 「直ちゃんは強情やな。ま、そこがええんやけど」
 そして、犬歯を覗かせて人懐こく笑う。
 「手加減はせえへんで?わざと負けてもろても嬉しゅうないやろ。売春班潰したいんなら東棟の底力見せてみィ。遠慮はいらんから全力でかかってこい、道化がお相手したるわ」
 「僕は手負いの豹さえ飼い馴らした天才だ。龍にも負ける気はしないな」
 ヨンイルがふざけて僕の胸をこぶしで突く。犬歯が愛嬌を足す活発な笑顔は、無防備に気を許した同年代の友人へと向けるそれだ。
 ヨンイルの衒いない笑顔が眩くて、視線を伏せる。
 「話は済んだか?ならそろそろ解放してもらおう、さがしたい本があるんだ」
 ヨンイルから逃げたいがための口実ではない、さがしたい本があるのは事実だ。入院中で退屈してるサムライのために彼が好きそうな本を見繕いにきたのだ。
 断っておくが、医師に対抗心を燃やしてるわけではない。医師とサムライが将棋の駒台を挟んで親交を深める光景を見せつけられ、友人を奪われる危機感をおぼえたわけでは全然ない。
 大体サムライもサムライだ。太股を十五針縫う重傷のくせに正座なんかして足に体重をかけて馬鹿じゃないか、礼儀正しいのもほどほどにしろ。その点本ならベッドに寝転がって読めるし足に負担もかからない、怪我にもさわらない。入院中は読書に限る。
 写経も読経もできなくてストレスが溜まっているだろうサムライの心情を察して書架の奥へと迷い込み……
 どれくらいたったろうか。
 書架に凭れ、一冊ずつ本を改めているうちにだいぶ時間が経過した。漠然とサムライが好きそうな本をさがしていたがなかなかこれはというものが見つからない。個人の好みに合う本でないとロンに貸した哲学書のように涎のあとがつくおそれもあり、自然本選びは慎重になる。
 ヨンイルは二階にいるのだろうか?
 移動書架で出入り口を塞いだ狭隘な空間、別名「城」に引っ込んで手塚治虫の漫画でも読み耽っているのだろうか。
 手近な本を取り上げページをめくりながら、ヨンイルの本心に思い巡らす。
 普段ふざけているヨンイルは見かけによらず情に厚いトップだった。本人はトップの座が惜しいからとうそぶいていたが、ヨンイルが銃を見つけ出そうと必死なのはワンフーの為でもあるのだろう。
 「意外と仲間思いなんだな」
 本のページをめくりながら独り言を漏らす。 
 「だれが仲間思いなんだよ」
 背後で声がした。
 「!」
 背中が突き飛ばされ、書架に激突。その衝撃で書架が揺れ上段の本が落下、バサバサと音をたて頭上に降り注いだ本が視界を遮る。威圧的な声が背後で響いた、と思った次の瞬間には何者かにより背中を突き飛ばされ、片腕を腰に回され締め上げられていた。
 「!っあ、ぐ?」
 力一杯片腕を絞られる激痛に喉を仰け反らせて苦悶する。突然の展開に理解が追いつかない。一体僕の身に何が起きたんだ?混乱した頭であたりを見まわせば、僕の背後には見覚えある顔。
 これといって特徴のないあっさりした目鼻立ちの少年が二人、僕を挟んでいる。
 残虐兄弟。
 彼らのことは知っている、面識もある。数週間前に僕をボイラー室に監禁した凱の子分。食堂でも何回か顔を見かけたことがある。ロンは彼らのことを「残虐兄弟」と呼んでいた。物騒な通り名とは裏腹に、残虐兄弟は極めて平凡な容姿をしていた。
 だが、その表情はおそろしく陰湿だ。瓜二つの顔に悪意の滴るような笑みを浮かべ、僕の片腕を戒めて書架へと押さえこんだ残虐兄弟が嘲弄する。
 「こんなところにいたのかよ親殺し、さがしたぜ」
 「俺の言ったとおりだろあんちゃん。親殺しはネクラな本の虫だ、暇をもてあまして来るとこいったら図書室しかねえ。昼も必ずここにいると思ったんだよ」
 「でかした弟よ、誉めてやる。さすが俺の兄弟だ」
 「なん、で貴様らがここに?今は強制労働にでかけている時間だろう、サボれば厳罰が下るぞ」
 喘ぐように反駁すれば、残虐兄弟が盛大に哄笑する。
 「サボりなもんか、ちゃーんと現場監督の看守に話通してあるさ!賄賂渡して、な」
 「潔癖な親殺しは知らねえだろうけど、現場監督に賄賂渡しゃあ大抵のことは見逃してもらえるのさ。俺たちがわざわざ棟に居残ってたのは、お前と遊ぶためだよ」
 残虐兄弟がすぐ背後まで近付いてたのにも気付かなかった、不覚だ。考え事に気を取られていた。
 足音を忍ばせ気配を殺し僕の背後に歩み寄った残虐兄弟は、周囲に人けがないことを確認してから、僕の腕を引きずるように書架の奥へと連れてゆく。巨大な書架で囲われた最奥は、埃臭い匂いが充満する薄暗い一角だ。僕はよく足を運ぶが、分厚い哲学書が所蔵されたスペースを訪れる囚人は滅多になくいつ来てもひっそりと静まりかえっている。
 人に隠れていかがわしいことをするにはふさわしい場所だ。
 人に言えない行為をするには人目のない場所がいいに決まっている。残虐兄弟はそのことを重々承知していた。巨大な書架に遮られて照明の光も射さない図書室の最奥で、片腕を戒められた屈辱に歯噛みすれば、残虐兄弟が声高に笑う。
 「僕に何か用か?これでも忙しいんだ、邪魔をしないでくれないか。付け加えるが、ろくに本を読みもしない人間が図書室に足を踏み入れるな。不愉快だ、聖域を荒らされた気分だ」
 腕を締め上げる手に力がこもる。
 「生意気言ってんじゃねえよ卑怯者の親殺し。昨日のペア戦じゃあレイジと組んでずいぶん派手にやってくれたなオイ?レイジとグルになってホセを嵌めるなんざ、ずる賢い真似するじゃねえか」
 「誤解だ、共謀などしてない!僕はただレイジを……っあ!?」 
 背中に回された片腕に爪が食いこみ、皮膚を突き破られる激痛に体が跳ねる。
 苦痛に顔をしかめた僕の耳に舌打ちが届く。僕がレイジと共謀してホセを罠に嵌めたと誤解している残虐兄弟は、卑怯者の言い訳になど耳を貸す気がないと見え、書架に上体を凭せた僕にひややかな侮蔑の眼差しを注いでいる。
 「さすが、てめえの親をナイフでぐさりと殺っちまう腐れ外道は考えることえげつねえぜ。どうやってレイジをそそのかしたんだよ、え?僕がホセを足止めしてるあいだにナイフでぐさっととどめをさしてくれってか?てめえの手は汚さず相棒に手え汚させるなんざ最低だな、地獄に落ちやがれ」
 「あんちゃん、親殺しは元売春班の売れっ子だぜ。男そそのかすのなんて朝飯前だ。レイジもきっと親殺しの色香にイカレちまったんだよ。王様は尻軽だからな、親殺しが可愛いケツ貸してやりゃイチコロだろ」
 「羨ましいぜ畜生、俺だってこの可愛いケツ味わいてえよ」
 会話から推察するに、僕の背後で片腕を戒めてるのが弟、僕の傍らに立っているのが兄のようだ。
 残虐兄弟の兄の方が、ズボンの上から無遠慮に尻をまさぐる。柔肉を揉みしだく卑猥なさわり方に体が強張る。ズボン越しでも嫌悪感はまったく薄れない。
 「俺たちゃ凱さんから半々見張るように言われてたけど、親殺しも捨てがたがったんだよな。正直」
 「お高くとまった日本人を犯れるなんてまたとねえチャンスだしな」
 「だからさ、今日はリベンジだよ」
 僕の腰のあたりを執拗に撫でながら兄が言い、弟が口笛を吹く。
 「びびってんのか?なら助けを呼んでみろよ、だれも助けにきちゃくれねえよ。頼りのサムライは入院中、レイジは独居房だ。お前の味方はだれもいねえ」
 「俺たちが犯りそこねた半々のぶんまでたっぷり楽しませてくれよ。半々はお友達だろ?お友達の身代わりになれるなら本望だよな。昨日はレイジを庇ってホセの前に飛び出したんだから……それともあれは嘘かよ、ホセにとどめさすための芝居かよ」
 挑発だとわかっているが、怒りで体が熱くなる。
 「汚い手でさわるな低脳兄弟。君たちが都合いいように解釈するのは勝手だが、僕がレイジと共謀してホセを嵌めたと思いこんでいるのなら実に壮大な誇大妄想だな。
 東京プリズンの医者は見かけによらず優秀だ、手遅れになる前に脳の切開手術をうけたらどうだ?さぞかし皺の少ない綺麗な脳味噌をしてるんだろうな、ホルマリン漬けの標本になって兄弟仲良く並んでいろ」
 こんな低脳どもに理解されたいとも共感されたいとも思わないが、レイジと共謀してホセを陥れたなどと身に覚えのない疑いをかけられるのは我慢できない。
 あの時僕はただ必死で、いついかなる時も冷静沈着な天才にあるまじきことに後先考えずホセの前に飛び出してしまったのだ。
 彼らの言うような悪知恵を働かせてる余裕などこれっぽっちもなかったというのに。
 「あんちゃん、こいつまだこんなこと言ってやがる。懲りねえ親殺しだな」
 「そうだな。ちょっと痛い目見せてやる必要があるな、弟よ」
 突然、僕の背中が外気に晒される。上着の背中をめくりあげた兄が、舐めるような目つきで素肌を観察する。何をする気だ?裸の背中にひやりと手がおかれる。
 体じゅうを這いまわる手の感触、売春班でのおぞましい記憶……
 いやだ、思い出したくない。
 「やっぱりな。親殺しは綺麗な背中してるって噂に聞いたけど、マジだった。お前の処女奪ったヤツが前に自慢してたぜ。男のくせに白くてきめこまかい綺麗な肌して女みてえだってよ」
 聞きたくない。耳を塞ぎたい。
 聞けば思い出してしまう、おぞましい記憶が甦ってしまう。
 僕を最初に犯した男、売春班での一人目の客、イエローワークの元同僚。
 僕を洗面台に押さえ付け、前髪を掴んで顔を起こし、無理矢理鏡と向き合わせて背後から犯して……
 いやだ思い出すな思い出させるな!
 嫌悪感に喉が詰まり、胃が重くなる。頼むから思い出させないでくれと心の中で哀願する僕の背中を撫でまわす手の感触。
 肩甲骨の突起をさすり、背筋を按摩し、腰のあたりをいやらしく這いまわる。
 じっとり汗ばんだ手で背中をさわられるたび自分が汚されてく気持ちがした。売春班の時とおなじだ。
 「綺麗な背中だな……刺青の彫り甲斐あるってもんだ」
 「な、に?」
 喉がひきつった。書架から顔を起こして振り向けば、残虐兄弟がそっくりおなじ顔で笑っていた。不気味な笑み。兄が懐からとりだしたのは、一本の彫刻刀。
 鈍く輝く先端には、乾いた血が凝固していた。
 「俺様気に入りの彫刻刀だ」
 「あんちゃんは刺青彫るの上手いんだぜ。女体専門だけどな、俺たちがかわりばんこに犯りまくった女の体に『残虐兄弟』の四字を刻むんだ。この女は俺たちのモンだって一生消えない証をな。それが俺たちの通り名の由来だよ、お勉強になったろ親殺し」
 「ナイフよか彫刻刀のが使い勝手いいしな。字ィ彫るにはやっぱこっちだ」
 彫刻刀の先端が不吉に輝くが、それより禍禍しい眼光を放つ残虐兄弟の双眸に息を飲む。兄が弟に顎をしゃくり、僕の後頭部を押さえこむ。書架に額を付けた前傾姿勢をとらされた僕は、残虐兄弟の目に裸の背中を晒して固唾をのむ。
 逃げようと必死にもがけど片腕を掴む握力はすさまじく、非力な僕ではどうあがいても振りほどけそうにない。
 「はなせやめろ、馬鹿なことをするな!僕は体に刺青を彫る自虐的な趣味などない、それはマゾヒストの嗜好だろう!?消毒もしてない彫刻刀で肌を切りつければ感染症になるじゃないか、少しは病理学を勉強して出なおしてこい低脳ども!」
 僕も混乱しておかしなことを口走っている。
 このままでは無理矢理刺青を彫られてしまう。血に錆びた彫刻刀で肌を切り刻まれる激痛を想像すれば、恐怖のあまり全身が鳥肌立つ。自分の非力が恨めしい、なぜ腕を振りほどけない!?心臓の鼓動が乱れ、脈拍がはねあがる。肩を浅く上下させ不規則に息を吐く僕の背中に、彫刻刀を持った兄がのしかかる。
 肩甲骨のあたりにひやりとした鋼の感触。
 彫刻刀の先端が右の肩甲骨に擬される。あと少し力をこめれば皮膚がめくれ肉が抉れる。
 「やめ……てくれ」
 声がかすれる。恐怖で発狂しそうだ。固く目を閉じサムライの面影を思い起こす。サムライは今医務室だ、動けない体だ。都合よく助けに来るわけがない。
 このまま僕は、悪趣味な刺青を彫られてしまうのか?
 肩甲骨に擬された彫刻刀から冷気が伝わる。恐怖に足が竦み体が震えだすのを自分の意志では抑えられない。書架にすがるように上体を凭せた僕の背中に体を密着させ、彫刻刀を持った兄が囁く。
 「今度サムライに服脱いで見せてやれよ、びっくりして腰ヌカすぜ」 
 「!?痛っ、あう」
 肩甲骨付近に疼痛。まぶたの裏側で閃光が爆ぜる。彫刻刀でごく浅く皮膚を傷付けられた。ただそれだけで、凄まじい激痛に襲われた。先端が少しめりこんだだけで額に脂汗が噴き出し奥歯を食い縛らねばならなかったのだから、これからを想像すると気が遠くなる。まだ先は長い。途中で気を失わず最後まで正気を保っていられるだろうか……
 気を失ったら、なにをされるかわからない。
 脂汗が滲んだ額に前髪がはりつく。呼吸が浅く荒くなる。片腕を背中に回された苦しい体勢で書架に押さえ込まれた僕は、自分の背中を彫刻刀が切り刻むのを成す術なく見ているしかない。  
 どうして僕はこんなにも無力で非力なんだ?
 もがいてももがいても、振りほどくことができないんだ?
 「あんちゃん、どうせなら一字ずつ彫ってこうぜ。『残』を書いたら交替してよ、『虐』やるからさ」 
 「字ィ間違えんじゃねえぞ、お前馬鹿だからな」
 「字ィ間違えたらばってん付けてやりなおせばいいじゃんか」 
 弟の不満げな訴えに、皮膚に入れ込む角度で彫刻刀を傾けた兄が舌なめずりする。 
 「美しくねえだろ、それじゃ」
 彫刻刀が高々と振り上げられた。


少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050903101551 | 編集
ブログ内検索
     © 2017 ロールシャッハテストB  Designed by 意地天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。