ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十六話

 沈黙が落ちた。
 ベッドに無防備に寝転がった体勢からレイジを仰げば、レイジは信じ難いものでも見たかのような驚愕の相で固まっていた。
 俺の上に跨ったまま言葉を喪失したレイジの顔を、間近でしげしげと見つめる。
 長い睫毛に飾られた双眸には光の加減で淡い金茶に変わる硝子の瞳が嵌めこまれているが、今は暗闇に沈み、深く神秘的な色を湛えている。
長めの前髪に隠された完璧な造作の双眸は瞬きのたびに表情を変える奔放さでひとを魅了する。

 性別を超越した美形、まるで天使か悪魔のような。

 俺は知ってる、レイジが美しい容姿に生まれ落ちたのは褐色肌のフィリピン人と白人とが交じり合って血が混ざり合った産物。干した藁束のような明るい茶髪も不思議な色合いの瞳も彫り深く端正な容貌もエキゾチックな褐色の肌も、男女が国境をこえて睦みあった結果に生まれ落ちた雑種の外見特徴。
 血は血を淘汰する。
 血に血が混ざれば、両者の特性が備わるあたらしい人種が生まれる。両親どちらにも似てるようで似てないどっちつかずの中途半端な存在。
 レイジは俺の同類だ。俺とおなじ半端者だ。半端者同士傷を舐め合うみじめな真似はごめんだ、自分をむなしくするだけだと言い聞かせてレイジに背中を向けた日を懐かしく回想する。
 最初はそう思ってた、意固地にレイジを拒んでた。レイジがどんなに俺に優しくしてくれても素直になれなくて反抗的な態度とってばっかで、なのにレイジはそんな俺にむかつきもせず「しょうがねえなあロンは」と笑ってくれた。笑いながら受け入れてくれた。いつからレイジに心を開き始めたんだ、レイジの隣で安らぎを感じ始めたんだ?

 今はこいつがいない生活なんて耐えられない。

 レイジがいないあいだずっとずっと寂しかった、寝ても覚めてもレイジのことばかり考えていた。なんで俺のそばにいてくれないんだよ、寄り道してねえでさっさとツラ見せろよと何度心の中で名前を呼んだことだろう。でもレイジは来ちゃくれなかった、俺がタジマに襲われた晩もサーシャといちゃついてた。
 サーシャとのことはまだ許せない。絶対に許せそうにない。サーシャに抱きすくめられたレイジが喉をのけぞらせ艶かしく身悶える光景が忘れられない。
 
 でも、俺はそれでも、レイジを完全には嫌いになれない。

 レイジにそばにいてほしい。サーシャのとこへ行かせたくない。
 俺は卑怯で最低だ。ほかにできることがなにもないから、体でレイジを繋ぎとめようとしてる。衝立にちらりと目をやる。サムライはぐっすり眠ってるらしい、今なら大丈夫だ、バレるはずがない。いや、バレてもかまわない。
 今を逃したらもう二度とレイジと会えないかもしれない、今を逃したら二度とレイジを取り戻すチャンスは巡ってこない。
 憎悪と紙一重の執着が胸を焦がして、体から汗が蒸発してゆく。
 熱い。なんでこんなに熱いんだ?なんでこんなに心臓がうるさいんだ?レイジが目と鼻の先にいて、レイジの吐息が睫毛を湿らせて、レイジが膝を移動させたせいでベッドのスプリングが耳障りに軋んで、俺の背中が軽く跳ねる。
 「どうした?抱けよ」
 声の震えを押し殺して挑発する。レイジは俺の上に覆い被さったまま、金縛りにあったように動かない。俺の顔の横に両手をついて、腰を跨いで両足をベッドにのせた四つん這いの姿勢で固唾を飲む。
 「なん、でそうなるんだよ」
 レイジがいつになくうろたえた声で反駁する。らしくない、王様はいつでも堂々としてなけりゃ。下僕をリードするのも王様のつとめだろと虚勢の笑みを浮かべれば、レイジの顔がにわかに真剣味を帯びる。
 「本気で言ってんのか?」
 「本気も本気だよ。さあ、遠慮せずに抱けよ。ずっと俺とヤりたかったんだろ、今までさんざん待たせて悪かったな。さあ、煮るなり焼くなり好きにしろ。ケツに入れたことないから裂けるかもしれないけど、そんときはベッドで鼻血噴いたってごまかす」
 「正気かよ……」
 「目を見ろ、正気だよ。大マジだよ。情けないツラすんなよレイジ、ずっと俺とこうしたかったんだろ?いいさ、思う存分気が済むまで抱かれてやるよ。バックでも正上位でもケツひっぱたいて好きな体位とらせろよ、お袋がよくやってたように真似するからさ。コンドーム持ってるか?……まあ、女じゃないから要らねえよな。念の為聞いとくけど変な病気もってねえよな?うつされちゃたまんねーよ」
 「やめろよロン。どうかしてる」
 「レイジ、俺の目を見ろ。もっと顔近付けて、額くっつけて、目の奥を覗きこめ……ああ、お前睫毛長いな。女とキスするとき大変だろ。この距離からだと眼球に睫毛刺さりそうでひやひやしてる」
 「よく女に羨ましがられた」
 「やっぱな。なあレイジ、遠慮すんなよ。もう限界なんだろ、勃ってるんだろ。お前にやせ我慢は似合わねえよ。前に約束したよな、ペア戦100人抜き達成したら抱かせてやる、お前の女になってやるって」
 「あの約束は無効だろ」
 「違う、まだ生きてる」
 誘惑に抗うように首を振るレイジに噛みつき、自分の胸に手のひらをつきつける。
 「ここに生きてる」
 レイジが自分勝手に解消したつもりでも俺はそれに応じてない。
 虚を衝かれたレイジを見据え、深々と息を吸う。胸郭の上下にともない折れた肋骨が疼き、壮絶な激痛が胸を苛む。痛い、苦しい。弱音を吐いてる暇はない。
 ゆっくり息を吸ってまた吐いて、体の脇でこぶしをにぎりしめ、狂ったように叫ぶ。
 「それでも王様かよ、ちゃんと約束守れよ!お前から言い出したんだろ100人抜きの褒美に俺抱きたいっていいよ抱かしやるよ、俺なんかでよけりればいくらでも!
 俺が抱かせてやらなかったからサーシャのとこへ行ったんだろ、俺がいつまでも生意気言って逆らってばっかだから嫌になって、麻薬使ってすぐに気持ちよくしてくれるサーシャのところに行ったんだろ!?」
 サーシャにレイジを奪られたくない。
 やっとできたダチなのに、生まれて初めての相棒なのに。
 サーシャからレイジを奪い返すためならなんだってやる、どんな見苦しい醜態晒してレイジに辟易されてもかまうもんか、ケツが裂けても下肢を血が伝っても激痛に意識が飛んでもかまやしない、どんなにひどくされたってかまわない。なんなら肋骨のもう一本か二本折ったっていい、どんなにひどくされたって耐えてみせる。

 だからレイジ、俺を捨てないでくれ。

 いったん堰を切った言葉の洪水はとどまることなく理性を押し流して、俺はレイジの胸ぐらを引き寄せていた。
 親に捨てられた子供が二度とおいてかれまいとなりふりかまわず縋るように、勢いに任せて上着の胸ぐらを掴めばレイジが前傾して額に額がぶつかる。
 鈍い音、頭蓋骨が震動。
 「サーシャにとられてたまるか、お前は俺のもんだレイジ、だからお前も俺を自分のもんにしろ!知ってるんだぜお前が上着の下に痣隠してるの、その痣だれにつけられたか言ってみろよサーシャにつけられたんだろ、サーシャにねちっこく吸われたあとだろ!?
 なんでよりにもよってサーシャなんだよ、虐待する主人に懐く犬がどこにいるんだよ、おかしいよ。お前セックスは愛がなきゃ駄目だって言ってたじゃんか、あれは口からでまかせかよ、ほんとは気持ちよけりゃだれでもいいのかよ!!」
 焼き鏝をおしつけられたように額が疼く。レイジの胸ぐらを揺さぶり檄をとばす俺の脳裏には、サーシャに思うさま抱かれるレイジの扇情的な姿態がちらついてた。

 気持ちよけりゃだれでもいいのか、レイジ。
 お前を必要としてる人間じゃなくても、快楽を与えてくれる相手ならだれでも尻尾を振るのか?
 
 「気持ちよけりゃ、俺じゃなくてもいいのかよ!!」

 レイジの胸を力任せに殴り付ける。レイジは抗いもせず俺のこぶしを受け止め泣きそうに微笑んでいた。俺がこれまで見た中でいちばん綺麗で哀しい笑顔。諦念と慈愛が綯い交ぜとなった眼差しは、聖書にでてくるイエスを彷彿とさせた。もちろん俺は聖書なんか読んだことないし読んでも難解すぎてわけわからないとは思うが、レイジが日頃ベッドに腰掛けて退屈そうに読み耽ってる聖書をきまぐれに覗いてみたら、こう書いてあった。
 『汝、隣人を愛せよ』
 有名な言葉だ。汝隣人を愛せよ。今のレイジは聖書の教えを体現するように哀しげに愛しげに微笑んだまま、上着の胸ぐらを乱暴に揺さぶられて、両のこぶしで胸板を叩かれ、血を吐くように責められてもけして手を上げようとしない。
 レイジは隣人を、俺を愛してたのか?なら。俺のことを好きでいてくれたのなら、なんでサーシャのとこなんかに行ったんだ?
 溶岩のように沸騰した激情が血管内を巡り巡って体温が急上昇、歯止めが利かなくなった俺はめちゃくちゃにこぶしを振るってレイジを痛めつける。
 「サーシャとは寝たくせに俺とは寝れないのかよ、舐めるなよレイジ、いつまでもガキ扱いすんな!!ここに来た時から覚悟はできてたんだ、遅かれ早かれ男に犯られちまうって人生諦めてたんだから今さら貞操なんか惜しくねえよ、足開いてお前にくれてやるよ!」
 ここまで言ってもレイジはまだ汝隣人を愛せよなのか。片時も笑みを絶やさないレイジに頭の血管がぶちぎれて、俺はレイジの方へと身を乗りだしその股間に手をのばす。
 「!おまえどこさわっ……大胆すぎだろ!?」
 「勃ってんだろ、ズボンおろせばすぐできるんだろ、ならかかってこいよ足腰立たなくなるまで相手してやるよ!俺のほうがサーシャより何倍も何十倍もイイって思い知らせて一生離れられなくしてやる!!」
 慣れない手つきでレイジの股間を揉めばちゃんと反応が返ってくる。
 俺も男だ、人にさわられれば男でも女でも関係なしに反応しちまう生理現象はタジマで体験済みだ。思い出したくもないおぞましい記憶を打ち消すように固く目を瞑り、レイジの股間を揉みほぐす。思い出せ、お袋はどうやってた、どうやって男を悦ばせてた?
 思い出せ、メイファの手を。俺の股間をやさしく揉んでズボンを脱がせて股の間にすべりこんできた手を。お袋の手に俺の手を重ね、メイファの手に俺の手を重ね、飢えた獣のようにレイジの腰にしがみついてズボンをさげおろ……

 ―「ロン」―
 
 突然、噛みつくように唇を奪われた。
 顎に手をかけ顔を上向かせ、顔に顔を被せ唇で唇を塞ぐ。レイジはおそろしく手慣れていた、腰にしがみついた俺が名前を呼ばれて虚を衝かれた一瞬に貪欲に唇を求めてきた。
 唇をこじあけ強引に押し入ってくる舌、熱く柔らかい襞が前歯を這い、たちどころに舌を絡めとる。
 淫猥に蠢く舌が口の柔らかい粘膜をむさぼり歯の裏と表を這いまわる。こんなキス生まれてはじめてだ、俺がメイファにキスしたときはもっと遠慮がちにおそるおそる……
 「ふ、っう、く」
 遠慮を知らないレイジの舌が頬の内側の敏感な粘膜をつつき、体が崩れ落ちそうになる。レイジの胸に預けたこぶしから急速に力が抜けてゆく。
 レイジの首からぶらさがった鎖が俺の上着の内側に紛れこんで、汗ばんだ鎖骨と胸板に十字架が吸いつく。
 体の火照りを吸い上げ、十字架が熱を帯びる。
 苦しい。息ができない。頭に霞がかかったように意識が薄れてゆく。体の芯が蕩けそうに濃厚なキス。レイジの体にはまだ麻薬が残ってるのか、口腔へと注ぎ込まれた唾液を嚥下すれば、上着が素肌に擦れる感覚さえ、さんざん焦らされてお預け食らってるような甘い疼きへと昇華する。
 もう耐えられない、気が狂う。
 はなれろ、はなしてくれ、窒息しちまう。レイジの胸を突き放そうと両手を突っ張った俺の目を射貫いたのは、一刹那の銀光。

 え?

 舌を絡ませるキスで俺に注意がよそにむかないようにしたレイジが、腰の後ろに手を回し、迅速にナイフを抜き放つ。レイジが左手で背中から抜き放ったナイフが顔の横を掠めて薄皮を裂く、顔の横をちょっと切っただけで済んだのはその寸前に唇を解放されたからだ。
 支えを失い、均衡を崩した体が後ろ向きに倒れてゆく。
 宙にむなしく腕をのばして虚空を掴んだ俺の視線の先、ベッドに立ち上がったレイジが無造作にナイフを薙ぎ払う。俺を見下ろす目は冷たい。
 なにが起きたんだ?気が動転して肘であとじさる俺めがけて再びナイフが襲い来る。反射的に目を閉じる。走馬灯のように過去が脳裏を巡るなんてことはなく、目を瞑れば瞼の裏の暗闇に包まれるだけ。それが現実。ナイフで刺し殺される恐怖に固く固く目を閉じた俺の横でぼふっと空気が抜ける音、続き、なにか柔らかいものが頬をくすぐる。 

 おそるおそる目を開く。
 暗闇に、夜目にもあざやかに純白の羽毛が踊っていた。
 
 囚人服を血に染めてベッドに立ち上がるレイジの背景に盛大に舞い散るのは、おびただしい羽毛。俺の顔の横、枕のど真ん中には深々とナイフが突き立っていた。それで合点がいった、暗闇に舞い散る羽毛の正体は無残に裂かれた枕の中身だ。
 レイジは綺麗だった。
 命の危機に瀕したこんな時だってのに、俺はレイジの尋常じゃない美しさに見惚れていた。闇に吹きすさぶ羽毛を背負ったレイジは、翼をちぎられ羽をむしられた堕天使のようだった。聖書にでてきても不思議じゃない人間を超越した存在に見えたのは、死への恐怖が見せた幻影か?
 暗闇から生み落とされたように、ただありのままにそこにいたレイジが微笑する。
 「わかったふうな口きくなよ」
 俺のなにかが、レイジの逆鱗にふれた。
 「!やめ、」
 レイジが豹じみた敏捷さで俺の上にのしかかりおさえこみ、ナイフを乱暴に引きぬく。ナイフが抜かれた裂け目から羽毛が飛び散り俺の頭や顔や肘に付着する、レイジも俺とおなじように羽毛だらけだが、だれかの返り血で全身朱に染めたその姿は、翼をむしられた傷口から血を流す天使のようだ。
 レイジが怖い。今のレイジはなにやらかすかわからない。
 左手で器用にナイフを握りなおしたレイジが意地悪くほくそ笑む。
 「さっきまでの威勢よさはどこ行ったんだよ?俺に抱いてほしいって喚いて暴れてたじゃねえか。いいさ、お望みどおり抱いてやる。めちゃくちゃに抱いて抱きまくって俺なしじゃいられない体にしてやるから覚悟しろ。はは、お前さっき言ったよなあ。サーシャのナイフで体の中かきまわされてたくせにって」
 レイジが汗の匂いを嗅ぐように俺の首筋に顔を埋め、舌で舐める。
 「俺のナイフでかきまわして欲しいなら、そう言えよ」
 さっきとは雰囲気が豹変し、狂気に身を委ねたレイジが俺の顎を掴み、強引に上向かせる。口の端からもぐりこんできたのは無遠慮な指、俺の口に指をひっかけて限界まで広げたレイジが、あろうことかナイフの先端を突っ込んでくる。

 いかれてやがる。
 
 レイジは嬉々と笑っていた。
 「吐きそうでも我慢しろよ、いっぱいに開けておけ。じゃないと舌が細切れだ。舌がなきゃディープキスできなくて不便だろ?ああ、その前にしゃべれねえよな。もの食うときも大変だ。お前の舌が切れたら俺が口移しで餌与えてやるよ、それが飼い主の役目だもんな。
 なあロン、お前はなにもわかっちゃいねえ。俺の我慢を台無しにする気か?なんでそんな無防備なんだ、何回も何回も俺のこと信じるフリで裏切るんだ。
 お前今怖いだろ。口にナイフ突っ込まれて脅されて死ぬほどびびってるだろ。どうだ、漏らしちまってるんじゃねえか?」
 めいっぱい開けた口にナイフを突っ込まれて、閉じることもかなわず唾液を飲み干す俺の股間へと右手がのびる。
 怖い、気が狂いそうに怖い、口にナイフ突っ込まれた俺を見てレイジは愉快げに笑ってる。苦しい、そろそろ顎が限界だ、もう解放してくれと一心に念じる。

 「お前、なにもわかってないんだな。なんで俺がお前からはなれたのか、わからないなら教えてやろうか?お前をいつか殺しちまうのが怖かったからだ。俺はレイジ、憎しみを抑えつけるのがとんでもなく下手な人殺しの天才だ。お前との遊びに本気になって蹴りくりだしたとき、それを思い知った。
 またいつか、あれとおなじことが起こるかわからない。
 なあロン、俺が怖いだろ。口にナイフ突っ込まれて閉じれなくて、喉にたまった唾液にむせて、色っぽい涙目になって。いいぜその顔、めちゃくちゃそそる。噛み殺したいくらい可愛いよ。 
 無理すんなよ、素直になれよ。俺の前だからって格好つけるこたない、俺が怖いならフッていいんだぜ。
 正直に俺が怖いって言えよ。そしたら許してやる、見逃してやる。 
 俺の歓心めあてに抱かれてやる?俺のダチに戻りたいから体をさしだす?売春班に染まったんじゃねえかお前、それは娼婦の発想だろ。ロン、マジで俺を受け入れる覚悟があるのか?今ナイフを口に突っ込んでるみたいにはいかねえぜ、下の口に無理矢理ねじこまれるのはもっと痛くて苦しくて麻酔なしで切開手術うけてるようなもんだ」
 
 低く落ち着いた囁きが闇に流れる。

 「俺を中に入れる度胸があるのか?
  それでもまだ、俺のダチでいる覚悟があるのか?」
 俺のことを何も知らないくせに、これ以上踏みこんでくるな。 

 たしかに俺はレイジのことを何も知らない。何故幼少時のレイジが、糞尿垂れ流しの暗闇に訓練と称して隔離されていたのか。何故クソまずい缶詰で飢えをしのがなければならなかったのか。
 レイジは人殺しの天才。身のまわりあるものすべてを武器にして敵を打ち倒す。ずば抜けた運動神経とたぐいまれなる格闘センスの素地は生まれ持ったものだろが、それを磨いたのは環境だ。

 レイジは何故人を殺さなければならなかった?
 東京プリズンに来なければならなかった?
 
 俺は臆病だから、何も知らないままレイジを受け入れようとした。レイジの過去を知ってしまったら決心が揺らぐ気がしたからだ。今も耳を澄ませば音痴な鼻歌がどこからか聞こえてくる。闇の向こうから、現実と妄想の境から、膝を抱えた子供が口ずさむストレンジフルーツが流れてくる。
 
 駄目だ。
 駄目だ、あきらめちゃだめだ。ここで選択を間違えたらレイジとは二度と元に戻れない。俺たちは本当の本当におしまいだ。口をめいっぱい開いたまま、おそるおそる手を動かしてレイジの手首を掴む。 
 この手を放すもんか。
 サーシャのところへなんか行かせるもんか、暗闇に戻すもんか。
 五指に力をこめ、レイジの手首をどかす。あっけなく口腔から引かれたナイフからレイジへと視線を転じ、俺は言う。
 「……たしかに俺は、お前のことをなにも知らない。お前がなんで暗闇に閉じ込められてたのか銃声当てさせられたのかドックフードよりまずい缶詰むさぼってたのか知らねえよ、なら教えてくれよ、立ち入らせてくれよ!」
 激情で声がかすれる。ナイフを左手にぶらさげたレイジは困惑の色を目に湛えていた。 畜生鈍感め、まだわからないのかよ、最後まで言わなきゃわからないのかよ!毛布をはねのけて膝立ちになって、声を限りに叫ぶ。
 「お前はいっつもそうだ、ひとりで勝手に決めてひとりで勝手にいなくなって残された俺がどんなに心配するかとか寂しがるかとかちっとも考えねえ!!俺のこと傷付けたくないからよそへ行く?
 馬鹿にすんな、それがいちばんこたえるんだよ!夜中にお前が隣にいないと不安で寝つけなくて悪夢見て飛び起きるくりかえしでへたな鼻歌が聞こえないと妙に耳寂しくて、お前が隣で笑ってくれないと呼吸するのもいやになるんだ!
 考えてみろ、一年と半年だ。俺とお前が出会って毎日ツラ拝みながら暮らすようになって一年半、そばにはあたりまえのようにお前がいたんだよ!
 俺はここにくるまでダチもいなくて、ずっとひとりぼっちで、だれかが俺に、俺だけのために特別に笑いかけてくれることなんかあるわけねえって諦めてヤケになってたんだよ!
 愛想笑いじゃない、冷笑じゃない、ちゃんと俺の目を見て笑ってくれるやつなんか今までひとりもいなかった!お袋は冷たく俺を見下した、メイファは俺のむこうに恋人を見てた。俺のために、俺の前でだけ最高の笑顔を浮かべてくれるヤツなんて世界中さがしたっていないって」

 世界中さがしたって、そんな物好きいるはずない。
 俺を好きでいてくれるヤツなんか、いるはずない。

 「でも、やっぱり、何度見てもそうなんだよ」

 俺はあきらめてたんだ。俺のこと好きになってくれるヤツなんかどこにもいないって、俺に笑顔をくれるヤツなんかどこにもいないって。
 なのにレイジは違った。 
 レイジは俺の前で、いちばんいい顔して笑うのだ。
 俺の前でだけ、笑うのだ。

 「お前、自分じゃ気付いてないかもしれねーけど、俺の前で笑ってるときがいちばん楽しくて幸せそうに見えるんだよ。悩みなんかかけらもないって能天気なツラでげらげら笑い声あげて、こっちが憎らしくなるくらいで」

 俺は、俺がだれかのいちばんになれるなんて思ってもみなかった。
 嬉しかった、誇らしかった。だってそうだろ、俺もとうとうだれかのいちばんになれたんだ。俺を心の底から必要としてくれる人間が見つかったんだ。
 そいつが人殺しだろうが怪物だろうが関係ない、レイジはレイジだ、笑い上戸の王様だ。俺の裏切りがレイジの笑顔を奪ったのなら、俺はレイジに笑顔を返したい。またおもいきり笑って欲しい、ふたりで、いや、鍵屋崎やサムライやついでにホセやヨンイルもまじえてくだらないことしゃべりあって騒ぎたい。 
 なあレイジ、そっちよりこっちのが断然たのしいだろ。
 鍵屋崎やサムライやホセやヨンイルが、皆がいるこっちのほうがずっとたのしそうだろ。
 だから、

 ―「お前が笑ってくれないと、俺も一生笑えないんだよ!!」―

 ああ、大きな声だしたから胸が苦しい。声が肋骨にびりびり響く。俺はレイジに笑ってほしい。他人の悩みも吹っとばす能天気な笑顔で「愛してるぜロン」と言ってほしい。
 そしたら俺も、きっと笑える。
 今度こそレイジとふたりで、腹の底から笑える。
 重苦しい沈黙が続いた。
 ぐちゃぐちゃで気恥ずかしくてレイジの顔をまともに見れない俺の耳朶に、吐息がふれる。
 「……眠れない夜の子供に昔話をしてやるよ」 
 昔話。レイジの過去。
 レイジが人殺しの天才にならざるをえなかった理由。
 「後悔しないって約束できるか?」
 レイジが耳元で囁く。正直、レイジの過去を聞いて後悔しない確証が俺にはない。レイジが抱える狂気はすさまじすぎて、本人の口からその理由を聞いたら俺はきっとびびってしまう。
 だから俺は、レイジの目をまっすぐ見つめ、きっぱりと言う。
 「後悔しない約束はできない」
 間髪いれず却下されたレイジが拍子抜けしたように目をしばたたく。
 そんなレイジを真剣に見据え、俺は力強く断言した。 
 
 「でも、嫌いにならない約束をする」

 後悔はするかもしれない。
 でも、レイジの過去を知ったところで、俺はどうしてもこいつを嫌いになれる気がしない。
 どんなにイカレていても、どんなに人を殺していても、レイジは俺の隣にいる限りレイジなのだ。
 俺たちの自慢の、東棟の王様なのだ。

 それを聞いたレイジが何ともいえない笑みを浮かべる。
 救われたような、絶望したような、底知れない笑顔だった。
 肩からだらりと右腕をぶらさげたレイジが長々と疲労のため息をつき、俺の前に座りこむ。膝を崩して座りこんだレイジが、緊張した面持ちで黙りこむ俺に首を傾げ、イタズラっぽく笑いかける。
 「引くなよ」
 そしてレイジは、甘い酩酊を誘う独特の響きの声で長い長い話を始める。
 ストレンジフルーツの歌詞より、ずっと悲惨で救いのない話を。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20050913100130 | 編集
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