ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十四話

 物心ついた頃からずっとひとりで寝てた。
 淫売のお袋は酔っ払いの相手に夢中で、コトがおっぱじまると俺は大抵戸外に放り出された。ガキは邪魔だ小便して寝ろ、それともこっちきて混ざるかと客に冷やかされ小突かれたことは数知れない。
 俺はお袋の情事が終わるまでアパートの廊下に捨て猫みたいに蹲っていた。
客がさっぱりした顔で帰るのを媚びた笑顔で送り出してから漸く中に入れてもらえるがまた客がくりゃ邪険に追い出されるくりかえし。漸く眠れるのは夜中の一時や二時を回った頃。寝室のベッドはお袋専用だから俺はどっかそこらへんの床に適当に寝た。
 ベッドなんて上等なもんは与えられてなかったし枕なんて便利なもんも以下同文で、俺に無造作に投げ与えられたのは薄汚い毛布一枚きり。色褪せ擦りきれて糸がほつれた粗末な毛布にくるまればいくらもしないうちに瞼がうつらうつら重くなった。
 俺は寝つきのいい子供だった。
 起きててもろくなことないんだから寝ちまうのにかぎる。淫売のお袋に気晴らしで殴られ蹴られヒステリックに物投げられて、気位の高いお袋につれなくされた客に当たり散らされて、全身痣だらけで関節が痛くて寝返り打つのも一苦労で、ろくでもない現実忘れるには寝ちまうのがいちばんと経験則で知っていた。
 客の選り好みが激しく好き嫌いが激しいお袋は、気に入らない客には傍から見ててもひやひやするようなつんけんした態度をとった。男と見りゃだれでも腰振る淫売のくせに、と捨て台詞を吐いた男が灰皿で額を割られる場面をガキの頃から飽きるほど見てきた。
 お袋は気性の荒い女だった。
 お袋のアパートを勘当同然でとびだしてからは路上で生活をした。俺と似たり寄ったりの境遇のガキはあちこちの路地にうじゃうじゃたむろってた。酒乱の親父の暴力で家庭崩壊、一家離散、親の暴力に耐えかねて命からがら逃げ出した年端もいかないガキまで年齢ばらばらな連中が、路地の軒下に身をひそめて、お互いの肌のぬくもりで暖をとっていた。俺はそこからも弾かれた。台湾人と中国人の混血だからだ。中国人の血が半分流れる俺は、さまざまな事情から路上で生活せざるをえないガキどもにすら仲間と認められず裏切り者と唾を吐かれ石を投げられた。
 ひとに嫌われるのも避けられるのも慣れていたから心は痛まなかった。 
 どこにも行くあてはなかった。何日もスラムを放浪して、疲れたら適当なところで寝た。他に人けのない路地裏、すえた異臭が充満するゴミ箱の横とかスクラップ置き場の廃車の中とか、雨風を凌げて最低限安全を確保できるならどこでもよかった。
 雨が降れば立ち入り禁止の廃ビルにも忍び込んだ。
 二十世紀初頭の大地震で半壊したまま、行政が取り壊し費用を出し渋って放置してたらいつのまにか周囲にスラムが形成されて手出しできなくなった六十階建てのビルで、台湾人のあいだじゃ通称「早上廟」と呼ばれていた。元の名前は朝焼けの英語読みだったらしい。
 いつも寝るときはひとりだった。だれかがそばにいた試しはなかった。ガキの頃から独り寝が習慣になってたから、東京プリズンに来た最初の頃は常に人が隣にいる環境に馴染めなかった。通常房は二人一組制で、俺は房にいるかぎりいやでもレイジと面突き合わせりゃならなくて、神経もちそうにないと辟易した。
 寝ても覚めてもあいつが隣にいる。隣で能天気に笑ってる。
 俺はそう信じて疑わなかった。いつのまにかすっかり東京プリズンの日常に馴染んでレイジの寝息を子守唄に眠りに落ちるのが習慣になってしまった。俺の隣にはいつもレイジがいた、それがあたりまえだった。
 隣からレイジがいなくなる日がくるなんて考えたこともなかった。 
 俺がよく眠れないのはレイジのせいだ。あいつが隣にいないからだ。

 昔は独り寝なんて全然寂しくなかった。 
 独り寝が寂しいなんて知らなかった。

 恩着せがましく同情を売り付けられるのはごめんだった、他人に干渉されたくなかった。だからレイジがいなくなってせいせいするはず、だった。女たらしの寝言を聞かされることもなく寝こみを襲われることもなくなってぐっすり眠れるはずなのに、意固地に目を瞑り毛布にくるまっても睡魔はなかなか訪れなかった。
 医務室は静か過ぎた。それが不眠の原因?ちがう。顔に毛布を引き上げ、雑念を散らそうと瞼を固く閉じる。目は冴えていた。頭は鮮明に覚醒していた。今の俺が安眠に縁遠いのはどっかのバカの寝言や寝息や衣擦れの音が聞こえてこないからだ。畜生、こんなこと永遠に気付きたくなかった。一生知らないままでいたかった。
 俺に「寂しい」なんて感情があるなんて、思い知りたくなかった。
 俺は今までずっとひとりで生きてきたつもりで、これから先もひとりで生きていくつもりで、寂しいとか哀しいとか苦しいとか弱音はずっと封印して平気なフリしてきたのにこのザマはなんだ?レイジがいないだけでなんでこんなに不安なんだ。
 鼻腔の奥を刺激する消毒液の匂い、ぱりっと糊が利いた清潔なシーツの感触。不潔で不衛生な房と医務室じゃなにもかもが違った。
 パイプベッドに寝転がって毛布にくるまって、どれ位が過ぎたのだろう。
 サムライはもう寝たのか?声をかけるのはためらわれた。さっきあんなことがあったあとだし、なんとなく気恥ずかしかった。
 枕元には牌が転がっている。
 俺が投げ捨て、サムライが拾った牌。
 「………」
 レイジはこの牌をずっと持ち歩いていた。北棟に行ってからもずっと。おそるおそる指をのばし、そっと牌に触れる。ひんやり硬質なプラスチックの感触。なめらかな表面に指が吸いつく。牌の表面をなでながら、ほんの数時間前、サムライの腕の中で聞いた言葉を回想する。
 『レイジはお前を捨てない。俺が生涯剣を捨てることがないように』
 サムライはそう約束した。そんなことはありえないと断言した。武士に二言はない、サムライは嘘をつかない。サムライの言葉に俺は救われた、支えられた。
 でも、どうしたらいい?
 俺はレイジに会いたい。今すぐレイジに会って、これまで起きたいろんなことを話したい。今の正直な気持ちを包み隠さず伝えたい。不器用でもいい、噛んでもいい。お前は俺の大事なダチだって本音を打ち明けて安心させてやりたい、笑顔を取り戻してやりたい。だけどそれには、レイジの方から会いに来てくれるのが最低条件だ。
 情けない話、俺の体はボロボロの限界でベッドに上体を起こすのも一苦労だ。自力で渡り廊下まで這いずってった無理が祟ったか、肋骨は折れて足首は捻挫して全身の関節が軋んで寝返り打つだけで悲鳴をあげそうな激痛に襲われる。
 さんざん無茶したツケがいっぺんに回ってきた。 
 絶対安静を強いられた俺が医師の説教覚悟でベッドを抜け出すのは自殺行為で、途中で行き倒れ確定だ。廊下で遭難は格好悪い。
 俺は今すぐレイジに会いたい、レイジの胸ぐら掴んで罵倒して素の自分を曝け出してすっきりしたい。我慢の限界だ、これ以上辛抱もちそうにない。頭から毛布被って気鬱に塞ぎこてても何も始まらない、何も進展しない解決しない。
 レイジが会いにきてくれれば。
 心の中で弱音を吐く。あの薄情者め、一回くらい見舞いにきたってバチあたらねえだろが。最後のチャンスを与えてくれよ、王様。ベッドに横たわり、戯れに牌をはじく。人さし指で弾かれた牌が枕元に倒れる。もう一回。牌を立てなおし、指を撓め、小気味よく弾く。先端の爪と牌の表面がかち合い、涼やかな音がなる。
 眠れぬ夜のひとり遊び。退屈をまぎらわす行為。
 ひとりあそびに耽る俺の脳裏にはレイジの顔が浮かんでる。
 今レイジは笑えているだろうか?
 今日の試合結果はどうだったんだ。
 試合はもうとっくに終わってるはずなのに鍵屋崎も報告にこねえし、まさかレイジの身になにかあったんじゃと急激に不安になる。そんなわけない、無敵の王様になにかなんて起こるわけないとはげしくかぶりを振って不吉な予感を吹き散らす。
 大丈夫だよな、レイジ。
 鍵屋崎がついてるんだから大丈夫だよな、無事だよな。
 怪我なんかしてねえよな。
 むなしい問いかけに答える人間はいない。
 衝立に仕切られた闇の中に、牌を弾く音が一定の間隔をおいて響く。 畜生、会いにこいよ。
 いい加減にしろよ、俺は短気なんだ、人に待たされるのが大嫌いなんだ。ちゃんとけじめつけにこい、俺が起きてるときにちゃんと顔見せに来い。この前みたいにひとの枕元で逃げ打つのは許さない、こんどはちゃんと俺が意識覚醒してるときに顔見せに来い、お互い納得いくまでとことん話し合ってやろうじゃんか。

 卑怯者。逃げるなよ。ダチをおいて、遠くに行くなよ。
 サーシャの腕の中なんかに。

 『……寂寞。我是幼稚、我是陰沈』
 台湾語で気弱に呟く。
 だれも聞いてないんだから弱音くらい吐いても許されるだろう、ため息を見逃してくれるだろう。
 レイジはどこにいるんだ、今どうしてるんだ、なんで会いに来ないんだ。胸が痛い。うまく呼吸ができない。寂しさに押し潰されそうだ。俺に拒絶されたレイジもこんな気持ちだったのか?重苦しく塞がれた鉛のような心。ああ、そうか。こんなどでかい鉛が胸に沈んでたんじゃ、笑えるはずないよな。
 『一輩子在一起』
 そこまで口走りハッと我に返る。
 一輩子在一起……ずっと、一緒に?
 それが俺の望みか、無意識の願望か?
 レイジとずっと一緒にいたい。
 口に出してから、そのあまりにも子供じみた願いに失笑する。
 俺は実際、思いあがっていた。
 そんなことわざわざ口に出さなくても、レイジはずっと一緒にいてくれると思ってた。
 いつになったら眠くなるんだ、瞼が重くなるんだ?毛布を羽織り転々と煩悶すれば、枕元の牌が床へと落下。カチャンと音が鳴る。やばい。慌てて毛布を跳ね除け、苦しい体を起こして床から牌を拾い上げようとして……
 驚愕に目を見開く。
 衝立に影が映っていた。
 心臓が止まった。衝立に映った影は微動だにせず立ち竦んでる。こんな時間にだれだ。見まわりの看守?医者?いや、消灯時間をとっくに過ぎて医者は宿舎に仮眠をとりにいった。じゃあ、衝立越しにすぐそこまで来てるあれはだれだ。まったく入室の物音をたてず接近の気配を感じさせず、衝立隔てた至近距離までやってきた不審人物の正体は?
 心臓がにわかに早鐘を打ち始める。緊張に喉が干上がり、全身の血液がざわざわと逆流する。四肢の先から体の芯へと染みてくる得体の知れない恐怖。思い出すのは数日前、これよく似た出来事。深夜、人目を盗んでこっそり医務室に忍びこんできたのは……
 タジマ。俺のケツをしつこく付け狙う変態看守。 
 またタジマか、あの時の復讐か?一度起きたことは二度ある、三度ある。いや待て、タジマは現在独居房にぶちこまれてるはずだ。いくらタジマでも独居房から抜け出せるはずがない。いや待て、相手はタジマだぞ?東京プリズン最低最悪の看守、東京プリズンに巣食う癌細胞だ。タジマなら決死の覚悟で独居房から脱出したその足で俺に復讐しにきてもおかしくない。
 「タジマか?懲りずにまたきたのかよ、変態やろう。怪我人いたぶるしか長い夜の楽しみないのかよ」
 誰何の声が震えた。指の関節が白く強張るほどに毛布を掴み、不自由な体をベッドに起こして衝立を睨みつけ、衝立越しの不審者を眼光で威迫する。様子が変だ。タジマなら何故すぐにでてこない、襲ってこない?衝立の向こうにいるあれは本当にタジマなのかと疑問が募る。
 「どうした、びびってんのかよ。こないだはさんざんでかい口叩いたくせに副所長にお説教されるのが怖いのかよ?独居房の感想聞かせてくれよ、タジマ。看守であそこにぶちこまれたのお前が初めてなんだろ、前人未到の地獄の感想は?」
 恐怖をごまかすため矢継ぎ早に悪態を吐く。理性が蒸発して舌が暴走した。やめろばか、挑発してどうするんだ?今度こそタジマに殺されちまう。混乱する俺をよそに、衝立の向こうの人影は逡巡してる。引き返そうか名乗りでようかそわそわと落ち着きない不審者に、俺は眉をひそめる。
 「タジマじゃない、のか」
 「…………俺で悪かったな」 
 ぶっきらぼうな呟きが落ちた。聞き覚えのある、懐かしい声だった。
 信じられない。力が抜けた五指の間を毛布がすりぬける。ぱさりと軽い音をたて膝に落ちた毛布に手をおき、大きく目を見開いて衝立を凝視する。
 「レイ、ジ?」
 夢を見てるのだろうか、現実離れした都合よすぎな夢を。だってこんなことありえない、レイジが俺に会いに来るなんて。俺はもう完全にレイジに見放されたと思いこんでいたのに、いまさらこんな夢みたいなこと起きるはずない。騙されてるに決まってる、だれかがレイジのふりして俺をからかってるに決まってる。
 「騙されねえぞ。そこにいるのホントはだれだ、ヨンイルかホセか、ひとの寝こみ襲ってタチの悪いイタズラしやがって安眠妨害で訴えてやる!!」
 「本当に俺だっつの」
 「声真似ならだれでもできんだろ、他に証拠はあるのかよ」
 「おま無茶言うなよ、証拠ってなんだよ!?一年半一緒に暮らした人間の声聞き忘れたのかよ、お前の耳元でさんざん甘く囁いて時には子守歌まで唄ってやったのに恩知らずが!」
 医務室が臨時法廷の様相を呈してきた。予想外の成り行きに俺自身はげしく動揺していた。すぐそこにレイジがいる。手を伸ばせば届く距離に会いたくて会いたくて仕方なかったヤツがいる。現実であってほしい、いや、夢じゃないのか?信じたい気持ちと信じられない気持ち、相反する感情が俺の中でせめぎあい反抗的な態度をとらせる。 
 「よし、鼻歌を唄え」
 「はあっ?」
 「いいから唄え。命令だ。鼻歌唄えないなら偽者だ、全力投球で牌投げつけて追い払う」
 実際に牌を握りこみ隙なく身構える。自分の身は自分で守るという信念に駆りたてられ攻撃体勢を整えた俺の視線の先で不審者は戸惑っていたが、やがて覚悟を決めて息を吸いこみ唄い出す。
 衝立越しに流れたのはへたくそな鼻歌。音程が外れまくって聞くに耐えない英語の歌、ジャズの女神が卒倒しそうなストレンジフルーツ。
 ああ、間違いない。
 胸に凝っていた恐怖が氷塊し、安堵のような歓喜のような感情の奔流が体の隅々まで満たしてゆく。絶望と希望とが相半ばする顔で目を閉じ、握りこぶしを上着の胸に押し当てる。
 
 こんなへたな鼻歌唄うやつ、ひとりしかいない。
 レイジのやつ、相変わらず音痴だ。

 「は、ははは」
 レイジのやつ、全然変わってねえじゃんか。今までどおりの、いつもどおりの、馬鹿で尻軽でお調子者でふざけてばかりいる俺のダチのまんまじゃないか。握りこぶしを胸にあてがい、顔を伏せ、肩を震わせ、笑いの発作に身を委ねる。
 レイジだ。レイジがいる。すぐそこにいる。手を伸ばせば届く距離に突っ立ってる。
 笑い声に嗚咽がまじりかけ、下唇を噛みしめる。牌が指に食い込み、痛い。漸くレイジに会えた。レイジは俺を見捨てたわけじゃなかった。こうして会いに来てくれた。
 強く強くこぶしを握り締め、縁が欠けた牌に痛切な一念をこめ、絶叫する。
 「待たせすぎなんだよ、待ちくたびれたよ!!
  さっさとツラ見せろよ東棟の王様、相棒!!」
 衝立のカーテンがかすかに揺れ、他の患者が寝静まった医務室に靴音が響く。
 カーテンを片手で押し上げ、ばつ悪げに顔を覗かせたのは……
 「……………ごめん」
 叱られた子供のようにうなだれたレイジだった。 

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