ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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三話

 サムライは十二針縫う重傷だった。
 大腿動脈が傷付いてれば失血死の可能性もあったが今は状態も安定し、命には別状がないから安心しろと医師に言われた時は深々と安堵の吐息を漏らしてしまった。医師の対面の椅子に腰掛け、絶対安静の患者本人の代理に話を聞く僕の傍らには安田がいた。
 安田とて暇ではない。渡り廊下で騒ぎを起こした囚人の更迭や事情聴取などやらねばならない仕事は山ほどあったはずだが、何故だかずっと隣にいた。心配されていたのだとしたら不愉快だ、プライドに関わる。
 安田に心配されるほど僕は落ちぶれてない。他人の善意に甘えて自己憐憫にひたるような惰弱で卑劣な真似はプライドが許さない、と拒絶しようとしたが真剣な顔で医師の話に相槌を打つ安田を見て気勢が殺がれてしまった。貴様はなんだ僕の父親にでもなったつもりか、保護者代わりのつもりか?と詰問したかったが、今それをしたらただの八当たりだ。
 今の僕はサムライが心配でひどく苛立ち、他者に対する攻撃的衝動が抑制できないため、一度口を開けば嫌味が止まらない危惧を抱いてただじっと俯いていた。
 「まあ、痕は残るだろうが大したことはない。応急処置の手際がよかったから命が危うくなるほど血を失う事態も防げたし、三週間ほど安静にしてればまた動けるようになるだろう」
 「三週間!?」
 おもわず声を荒げて椅子を蹴倒してしまった。とぼけた顔で医師が告げたのは完治にかかる日数
 ……三週間。三週間だと?
 「それではペア戦はどうなるんだ?今週末と来週末のペア戦にサムライはでられないじゃないか」
 「あたりまえだ。ペア戦なんかにでたら自殺行為だよ、友人を失いたくないなら全力で止めたまえ」
 なに当たり前のことを言ってるんだこの少年は、と胡散臭い顔で念を押された。
 脱力したように椅子に座りこんだ僕の脳裏では医師に告げられた言葉が巡っていた。サムライの完治にかかる時間は三週間、ということは今週末と来週末のペア戦出場は絶望的。ペア戦出場を断念せざるをえず、無念さで一杯だろうサムライの胸中を察し、沈痛に黙りこむ。それだけではない。サムライを抗争に巻き込み負傷させた自己嫌悪やまた足を引っ張ってしまった悔恨などが混沌と膨張して息苦しくなる。
 「彼はなかなか頑固者だね」
 医師の苦笑に顔を上げる。カルテの角を揃えながらこちらを向いた医師が感心したふうに首を振る。
 「傷を縫うときも麻酔はいらんの一点張りだ。麻酔など気休めにもならん、武士たる者気迫で怪我の痛みにも打ち克ってみせると断言し、実際そのとおりに耐えぬいた。額にびっしりと脂汗をかき目を瞑り奥歯を食い縛り……とんでもない少年だ。いやはや、ワシも医師歴は長いが麻酔なしで傷を縫われて悲鳴ひとつ漏らさない患者には初めて会ったよ。忍耐強いというか負けず嫌いというか」
 「馬鹿だ」 
 医師の感慨をそっけなく一蹴する。俯き加減に吐き捨てた僕へと二人の視線が注がれる。しまった、予期したよりもきつい独白になってしまった。動揺をごまかそうと眼鏡のブリッジに触れながら居心地悪い沈黙に耐えて上手い言い訳をさがす。
 「あの男はまだそんな子供じみたことを言ってるのか、手におえないな。麻酔なしで傷を縫うなんて自虐の骨頂だ、傷を縫われる痛みに素面で耐え抜いた自分に酔い痴れているのか気色悪い。マゾヒスティックな禁欲精神の産物、歪んだ自己愛の表出か?
理解できない。十二針を縫う重傷だ、普通なら失神してもおかしくないのに彼ときたら武士の意地とかいう名のつまらない見栄を張り、本来しなくていい痛い思いをしたのか。
 飽きれた、救いがたい低脳だ。そんな男は三週間といわず死ぬまで一生ベッドで寝てればいい、そちらの方が僕としても気がラクだ。だが頑固で人の言うことなどさっぱり聞かないサムライのことだ、僕の説得を無視して枕元の木刀を引っ掴み、這ってでも試合会場にやってくる可能性がある。僕の予測だと恐ろしいことに三十二.二%の確率で彼は試合会場にやってくる。
 待て、もしもの場合を考慮して拘束具の一時的使用も許可すべきか?患者が動けないようベッドに縛りつけておく拘束用のベルトで……」
 「ちょ、きみきみ待ちたまえ。ワシを無視して勝手に話を進めないでくれ」 
 口に出して思考を整理するのは天才の特徴というか僕の癖だ。思考に没入した僕を正気に戻そうとむなしく手を振る医師の前、人さし指で唇をなぞる。
 「僕もこんな野蛮な手は本意じゃないが仕方ない、そうでもしなければサムライはペア戦出場を諦めない。サムライと格闘するよりベッドに縛り付けて最初から動けないようにしたほうが患者の体にかかる負担も軽い。以上、効率重視の結論だ。
 事前に言っておくが怪我人だからと遠慮は要らない、サムライが木刀を手離さない場合は適量の睡眠薬の処方か適量の鎮静剤か麻酔の注入を勧める。貴方も医師の端くれだ、よもやそんな幼稚で初歩的な医療ミスは起こさないだろうが老齢による手の震えや痴呆症状なども考慮し今この場で改めて念を押す。
 絶対に量を間違えるな、注射の目盛りを読むときは老眼鏡をかけ忘れるな」
 執拗に「適量」を強調したのは未だに医師の技量に懐疑的だったからだ。薬指の恨みは深い。僕の饒舌に圧倒された医師を埒があかないと睨みつけ、キッと安田に向き直る。
 「副所長も何とか言ってください」
 話題を振られた安田が一瞬虚を衝かれたような表情を覗かせ、空白の表情を晒したのを恥じるかのように神経質にブリッジに触れる。眼鏡のブリッジに繊細な人さし指を押し当て、怜悧な双眸で僕を見据える安田の顔には一口に形容しがたい複雑な感情が浮かんでいた。
 この比喩は適切ではない、というか僕としても甚だ不本意だが、子の成長を微笑ましく思う半面取り残される寂しさを隠せない父親の微苦笑。
 「君は本当にサムライが好きだな」
 安田に同意と共感を求めたのがそもそもの間違いだった。憮然と押し黙った僕の前で咳払いをひとつ、気を取りなおした医師が事務的に説明する。
 「まあ、そういうわけで。私としてもできるだけ目を光らせるつもりだが、友人の君からも絶対安静だと言い聞かせてもらえると有り難い。いかに命に別状はないと言っても、無理をすれば傷口が開いて一生歩けなくなるからね」
 一生。僕にはなにより効力を発揮する脅しだった。僕のせいで、僕を庇って負傷したせいでサムライが一生歩けなくなるなんて冗談ではない。サムライへの罪悪感に苦しんで一生過ごさねばならないなんて屈辱以外の何物でもない。
だがしかし、半年以上サムライと密接に付き合ってきた僕には彼の今後の行動が容易に予測できてしまう。頑固なサムライはペア戦辞退を命じられても簡単には納得せず、医師や僕が目をはなせば枕元の木刀を引っ掴んで脱走を図る。サムライは僕を守ると信念に誓った。信念を貫きとおすためなら太股の傷口が開いて出血しようが二度と歩けなくなろうがかまわないのが帯刀貢という男だ。
 まったく、人の話を聞かない友人をもつと苦労する。
 懸念のため息をつき、医師と向き合う。
 「……わかった、サムライは僕が説得する。頑固で負けず嫌いな子供みたいな男に道理を言い聞かせるなど想像しただけで徒労を感じる不毛な行為だが致し方ない、場合が場合だ。一応僕は彼の友人だ、彼が怪我をした件に関しては友人として責任を感じないではないしやれるだけのことはやってみる。豊富な語彙を駆使し全力でサムライを説得し三週間の絶対安静を誓わせる」
 「頼りにしてるよ天才君」
 「不愉快な呼称はよせ、偽証診断医師が」
 そんななれなれしい呼称を使われるほど親密な関係でもない。レイジやヨンイルに至っては諦観が先行してるため反論の気力も湧かないが……そこまで考え、ふと胸の中を風が通り抜ける。レイジは二度僕を親殺しと呼んだ。その事に関し別にショックを受けているわけではない。東京プリズンでは僕を名前で呼ぶ人間のほうが圧倒的少数派で、大半の囚人は僕を「親殺し」の蔑称で呼ぶ。僕が両親を殺害したのは紛れもない事実なので、その呼称に関して訂正を訴えるつもりはさらさらない。
レイジに親殺しと呼ばれたぐらいでいちいちショックを受けていたのでは東京プリズンでは生きてはいけない。
 ただ、レイジにそう呼ばれた瞬間は喪失感にも似た胸の痛みを感じたが、それはきっと僕の感傷に起因する錯覚だ。
 そういえばレイジはどうしてるだろう。サーシャに切り裂かれた腕の傷はだいぶ深そうだった。医務室に姿があってもいいはずなのに、と椅子に腰掛けたまま周囲を見まわしてみる。
 医務室は患者の悲鳴と絶叫が飛び交う野戦病院の惨状を呈していた。
 医務室に運び込まれた負傷者の殆どは医師の治療を受けた後にベッドに寝かされているが、傷が痛むのか高熱にでも浮かされているのか転々と煩悶している。東京プリズンに常勤している医師は目の前のこの人物だけだが、今日に限っては医療知識のある看守や通いの医師も総出で治療にあたっている。
 だがそのどこにもレイジの姿はなかった。
 「どうでもいいことを聞くが」
 「なんだね」
 この医師は僕ほど性格が悪くないらしい、と人物評価を多少改める。僕ならまず間違いなく「どうでもいいことなら聞くな」と釘をさす。いや、たしかにどうでもいいことなのだが。
 「レイジはどこにいるんだ?医務室で治療を受けたんじゃないのか」
 努めて平静を装い、口を開く。意味はない、ただ聞いてみただけだ。レイジの所在など関心もないし興味もないしどうでもいいが、気まぐれに医務室を見まわしてみれば姿がなかったので疑問に思った程度の淡白さで質問すれば、医師が思慮深げに眉をひそめる。
 「ああ、彼なら治療を終えてすぐ帰ってしまったよ。君の友人ほどではないが重傷を負っていたから、しばらくは大事をとって休んでいくようにと強硬に勧めたのだが人の話を聞かなくてね……「女の香水くさいベッドならともかく消毒液くさいベッドに縛り付けられるのは性にあわねえんだよ」とかなんとか言い捨ててさっさと帰ってしまったよ」
 「レイジらしいな」
 いかにもレイジが吐きそうな軽薄で胸糞悪い台詞だった。とにかく、レイジが無事治療を終えていると判明し安堵した。安堵?待て、何故僕が安堵しなければならない?あんな男がどうなろうが僕には関係ないし興味もないと前言で主張したばかりなのに矛盾してるじゃないか、不可解きわまりない。
 椅子に腰掛けた僕の眼前では、人の話を聞かない患者に苦慮した医師がかぶりを振っている。
 「ついでに彼の様子も見に行ってやれくれんか?腕を五針縫ったんだ、はげしい運動は禁物だと釘をさしてやってくれ。まったく、君の友人たちは何故ああもマイペース揃いというか自己中なのかね?薬の力で痛みを和らげるなど軟弱な、と麻酔を拒んでベッドに寝ている彼といい包帯巻き終えたら用はないと去ってしまった彼といい……」 
 聞き捨てならない。
 「待て、友人たちとはなんだ?訂正しろ。サムライは確かに友人に定義できなくもないが、レイジと僕はまったく無関係の他人だ。友人『たち』などと複数形で括られるのは僕としても不本意かつ不愉快だ」
 医師の失言に憤慨し、荒荒しく椅子から立ち上がる。サムライと診療報告は受けた、ロンの様子も見た、レイジはここにはいない。従ってこれ以上医務室に長居する理由もない。
 「そうだ、名案を思いついたぞ」
 憤然と立ち去りかけた僕を、間延びした声で医師が呼びとめる。不快感を表明して振り返れば、皮張りの椅子に上体を沈めた医師が悪戯っぽくほくそ笑む。
 「そんなに友人が心配なら添い寝をしたらどうだね。ベルトで拘束するよりずっと紳士的な解決法じゃないか」
 医師は冗談のつもりだったようだが、僕は本気に解釈した。しばらくその場に佇み熟考し、結論に至る。
 「サムライとはすでに寝た。彼ときたら寝返りも打たず衣擦れの音も滅多にたてないから、僕が眠りにおちたら最後隣から抜け出したことにも気付かないだろう」 
 医師の提案はなるほど一理あるが、起きている時も寝ている時も殆ど気配を感じさせないサムライ相手ではむずかしいだろう。
そう合理的に判断し冷静に反駁すれば、予想もしない反応を返されて当惑する。医師は驚愕に目を見開き、あっけにとられように顎を落とし、なにやらカルテに書き込んでいたボールペンを握り締めたまま放心している。その傍らでは、衝撃のあまり思考が一時的に麻痺した安田が空白の表情で僕を見つめていた。
 なんだ、この妙な雰囲気は?
 サムライとおなじベッドで寝たことがそんなにおかしいか。
 たしかに同性の友人にしては密着しすぎたかもしれないし、サムライの腕に抱擁されて安眠したのは事実だが、医師と安田に二人して驚かれると居心地が悪くなる。
 「……まあ、貴方が試してみたいというなら止めはしないが効果は薄いだろうな。サムライは寝相がいいから、老体をベッドから蹴落とされる心配はないと保証しておく」
 「待て鍵屋崎今のはどういう、」
 背後で安田が何か言いかけるが、振り返らずにドアから廊下へ出る。僕の用件は済んだ、これ以上医務室に留まる理由はない。背後でドアの閉じる音が響いた。閑散とした廊下を見回し、足早に帰路を辿りながら考えを纏める。サムライは全治三週間の重傷で絶対安静を義務付けられている。ロンも同様だ。残存戦力は僕とレイジだけ。そのレイジも片腕に怪我をして、医師からはげしい運動は厳禁と言い渡されている。
 完全に追い詰められた。
 焦燥に炙られるように歩調を速める。渡り廊下の抗争に巻きこまれるなんて計算外だった。僕は安田がなくした銃の情報を入手しに北棟に赴いただけで、サーシャの房でレイジと再会することもその後の展開も予想できなかった。銃、そうだ。医師と安田に二人して凝視される気まずさから逃げるように医務室をあとにしたが、銃の行方も突き止めなければらない。問題は山積みだ。
 だが、今の僕が第一に優先すべきことは決まっている。
 「……様子を見に行くだけだ」
 医務室をでたその足で自分の房には直帰せず、東棟の廊下を歩き階段をのぼる。割れた蛍光灯の下、コンクリむきだしの壁に卑猥なスラングや女性器の絵が書き殴られた見慣れた光景が僕を迎える。記憶通りに廊下を歩き、正規の道順で目的地に辿り着く。
 鉄扉を控えめにノックしようとして、止める。
 来意を告げるより先に、鉄扉上部に穿たれた格子窓から中の様子が垣間見えた。格子窓に顔を近付け、固唾を飲んで中の様子を窺う。レイジはいた。片側のベッドに腰掛け、何かをしていた。もう片方のベッドを見たのは条件反射だ。いつもロンが使用しているベッドの毛布は行儀悪くめくれて枕の位置もずれていた。
 なにをしてるんだ? 
 不吉な予感に胸が騒ぎ、レイジに声をかけそびれる。言葉も発するのも忘れ、魅入られたようにレイジの横顔を凝視する。鑑賞物として審美眼を満足させるに余りある綺麗な横顔だった。甘く端正で彫り深い顔だちを僕はこれまで悪魔に喩えてきたが、今のレイジは善悪を超越した存在に見えた。
 殉教のキリストを彷彿とさせるような、恍惚とした聖性さえ帯びた横顔は声をかけにくく近寄りがたい雰囲気を纏っている。レイジの顔から手へと視線を転じた僕は、息を呑む。
 レイジが手に握っていたのは、ナイフ。
 血が付着してないからサーシャのナイフじゃない。渡り廊下でサーシャが見せたどれでもない、おそらくはレイジが個人的に所持していたのだろうナイフ。鏡の虚像と向き合うかの如く神妙な面持ちでナイフの刃に顔を映しながら腕を振る。包帯が巻かれた右腕ではなく、無事な左腕にナイフを持ったレイジが、何かを確かめるように手首を振る。
 怖い。
 怖い?待て、なにが怖いんだ。レイジはべつに異常なことをしてるわけじゃない、ベッドに腰掛けてナイフをもてあそんでるだけじゃないか。それだけなのに何故こんなにも恐怖を感じるんだ、体の芯が冷えるような戦慄を覚えるんだ?逃げたい。早くここから立ち去りたい。レイジと目が合う前に、レイジに標的と認識される前に……
 標的?
 銀光が一閃。
 「っ!!!」
 顔に風圧を感じた。僕が握り締めた鉄格子の真横に、直線の軌道を描いたナイフが突き立つ。レイジの腕が撓る瞬間もナイフが五指から解き放たれる瞬間も動体視力では判別できなかった。鉄格子の真横にナイフを投擲したレイジが、しなやかな肉食獣の大股でゆっくりこちらに歩いてくる。
 わかっている。レイジはわざと標的を外した。あの距離なら確実に鉄格子と鉄格子の隙間を抜け、僕の眉間を狙うこともできたのにあえてそれをしなかった。威嚇。脅迫。絶対的優位を誇示するための牽制攻撃。
 余裕ありげな物腰で鉄格子に歩み寄ったレイジが、何とも表現できない色の目でじっと僕を眺める。頭上の鉄扉に包帯を巻いた腕を凭せた前傾姿勢で僕へと顔を近付け、獰猛に笑う。
 「見たかよ?絶好調だ。利き腕じゃなくてもやれるもんだな」
 「レイジ、君はまさか……」
 いやな予感が徐徐に確信に変わりつつある。愕然と手で鉄格子を握り締めた僕をよそに、レイジは無事な左手を開閉していた。
 ナイフを投擲した左手。レイジは利き腕じゃなくても人を殺せる。 
 醒めた目と口元の笑みが、おそろしく整った顔に不均衡な違和感を付与する。左五指を開閉して腕の調子を確かめながら、唄うようにレイジが言う。
 「素晴らしき訓練の成果ってやつだ。早い段階で両利きに調整しといてよかったぜ。両利きに調整しときゃどっちかの腕切り落とされても相手にとどめ刺すことできんだろ?お前が好きな効率重視ってヤツだ。まあ、さすがの俺でも片腕怪我したままペア戦に臨むのはちょっと不安だから次からは武器使わせてもらうよ。ナイフで十分だよな」
 「ナイフを持っていたのか?」
 どうでもいいことを聞いてしまったのは、現実に浸透してくる得体の知れない悪夢を遠ざけたいから。ペア戦のリングに上がったレイジはいつも素手で戦っていた。武器といえば、監視塔でサーシャとぶつかった時に持参した聖書ぐらいのものだ。ナイフを持っているなんて意外だった。そんな殺傷能力のある武器を持っていたんなら何故最初から使わなかった、と詰問しかけて口を閉ざす。
 レイジが笑ったからだ。
 僕の無知を哀れむ憫笑。 
 「こんな便利なモン持ってたんならなんで最初から使わなかったのかって?決まってんだろ」
 レイジが鉄格子に顔を寄せ、身を引きたくなるのを自制心を総動員して堪える。鉄格子を挟んだ至近距離でレイジと対峙する。乱暴に引き抜いたナイフをためつすがめつしながらレイジが答える。
 『Because it does not want to murder you』
 殺さないためだ、とレイジは言った。
 そうだ、質問する前から僕には予想がついていた。レイジがナイフを使わない理由は敵を殺さないため、生かして倒すためだ。レイジはこれまでのペア戦でわざと手を抜いていた、試合で死者をださないよう手加減していたのだ。
 では、これからは?
 ヨンイルやホセ、そしてサーシャとの戦いでは?
 「レイジ。君はこれ以降もペア戦に出場するつもりなんだな」
 「決まってんだろ。俺が殺らずにだれが殺るのさ」
 なにをいまさらとあきれ顔をするレイジ。レイジの顔が目の前にあるせいで、睫毛の先端が顔をくすぐり吐息がかかり動機が速まる。レイジは本気だ。渡り廊下で狂気の哄笑をあげながら宣言した通り、本気でヨンイルやホセそれにサーシャを殺しにかかるつもりだ。他棟のトップを殺して自分が東京プリズンの頂点に立つつもりだ。
 「怪我はいいのか?五針縫う重傷で医師は安静にしてろと、」
 「じゃあお前がかわりにリングに上がってくれんのかよ」
 さも愉快げにレイジが笑い声をあげれば、褐色の喉仏が艶かしく上下する。僕は反論できず、歯痒げに唇を噛む。そうだ、僕らはどのみち引き返せない。
 どんな手を使っても100人抜きを達成しなければ訪れるのは破滅の未来、僕とロンは売春班に戻されて精神が壊れるか性病に罹患して使い物にならなくなるまで毎日毎日客をとらされ犯され続ける運命だ。サムライは両手の腱を切られて処理班に回され、レイジだって売春班にまで堕ちてくる。
 サムライとロンが戦えないなら、レイジがでるしかない。
 無力な僕に、口を出す権利はない。
 だが、ひとつだけ確かめたいことがある。
 僕がレイジの房に足を運んだのは怪我の程度をこの目で確認したいというのもあるが、レイジの真意を追求したいというのが一番の動機だった。レイジが利き腕を怪我してまでリングに上がり続ける理由はなんだ?今でも変わらずロンの為なのか、それとも変わってしまったのか?
 鉄格子を握り締め、唇と唇が触れそうな距離にまで顔を近付ける。
 「レイジ、君に聞きたいことがある。君がそうまでしてペア戦にこだわる理由はなんだ、片腕を怪我してもなおリングに上がり続ける動機は?君は最初ロンを売春班から救い出すために100人抜きを宣言した、その気持ちは今でも変わらないのか?それとも」
 「惰性だよ」
 答えはあっけなかった。そして、冷たかった。
 鉄格子越しにキスする角度でレイジの口の端がつりあがる。
 「ペア戦に出場する動機が知りたいんだろ?ほら教えてやったぜ、もう用はねえだろ。一度はじめたことを途中で放り出すのは気持ち悪いから惰性で最後までやりとげてやるさ。ロンのことはどうでもいい、あいつには完全に嫌われちまったし俺が100人抜き成し遂げたところであいつ抱ける望みは失せたし……この答えじゃ不満か?何て言えば満足?実はロンのためじゃなく、お前を売春班から救い出すために100人抜き宣言したんだとか甘く囁いてやりゃ満足かよ」
 鉄格子から伸びた手がサッと僕の顔を一撫でする。卑猥なさわり方にぞっとする。冷静になれ、挑発に乗るなと顔を伏せて自分に言い聞かせてから、一切の感情を交えず、淡々と事実だけを告げる。 
 「サムライとロンは重傷でペア戦に出場できない。しばらくは君と僕のペアで戦うことになりそうだ」
 「ペア?自信過剰だな天才。実際戦うのは俺で、お前は金網越しに突っ立ってるだけだろが」
 「舐めるなよ」
 自堕落な姿勢で鉄扉に凭れたレイジに反感が湧く。
 うろんげに眉をひそめたレイジを挑戦的に睨みつけ、一息に宣言する。
 「人殺しの天才と知略の天才が組めば無敵だ。君を相棒として認めるのは僕としても甚だ不本意だが危急の措置だ、やむをえない」
 「はははははははははははっはははははははははっ!!!!」
 レイジが爆笑する。
 平手で鉄扉を叩き肩を震わせ体を二つに折り、最高の冗談を聞いたとでもいうように哄笑をあげるレイジをひややかに眺める。レイジの哄笑が止むまで無言で待つ。何分が過ぎた頃だか判然としないが、笑いの発作が終息したレイジが肩を痙攣させつつ顔を上げる。
 目尻にうっすらと涙をためたレイジが、親愛と揶揄とをこめて耳元で囁く。
 「あーおもしれえおもしれえ、一生分笑わせてもらったぜ。知略の天才とは大きくでたなおい、色仕掛けの天才の間違いじゃねえか。俺とお前がペア組むなんてイエス様でも予想できない展開だ」
 「好きなように解釈したらどうだ」
 不敵に落ち着き払った僕を小馬鹿にするように鼻を鳴らし、鉄格子の隙間から手を潜らせるレイジ。鉄格子を通りぬけた両手を僕の両頬に添え、顔を傾げる。
 一連の動作は緩慢すぎて、抵抗するタイミングを逸した。
 「!!なっ、」 
 唇に触れた生温かい感触にすぐさま扉から飛び退く。手の甲で執拗に唇を拭う僕を眺め、鉄格子の向こう側にいる男がくぐもった笑いを漏らす。
 「よろしくな相棒」
 僕の唇を奪い、レイジは嫣然と微笑んだ。

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