ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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五十七話

 血の海に溺れる。
 『なにるすんだ直』
 『なにするの直』
 懐かしい声がした。両親の、鍵屋崎優と由佳利の声だ。
 脳裏に鮮明に甦るあの日の光景、床一面血の海となった父の書斎に愕然と立ち竦むのは僕だ。外で聞こえるのは単調な雨の旋律、雫が滴る窓ガラスに映るのは血の飛沫で顔と手を汚した僕の放心した表情。
 僕の背後、書架の影に隠れるようにしているのは恵だ。驚愕に見開かれた目は捕食される小動物のように純粋な恐怖に彩られて、半開きの唇は声にならない悲鳴を発し、ワンピースの裾を掴んだ手は震えていた。
 大丈夫だ恵、ふたりは殺した。もう何も心配することはない。これで恵を傷付ける人間はいなくなった、安心してくれ。実の娘にさえ愛情を注がない冷淡な両親なんて死んで当然だ。彼らの無関心が今日までどんなに恵を傷付け追いこんだか、距離をおいて両親を観察してきた僕にはよくわかる。鍵屋崎優と由佳利は死んで当然の人間だ。だって恵を愛さなかったのだから、僕の恵をまるでそこにいない者のように無視し続けたのだから。
 両親はいなくなった。僕が殺した。恵を害する者はもう誰もいない。
 僕は自分の手を汚し罪をかぶってまでも最愛の妹を守り通したかった。恵を無傷で守り通すことこそ僕の存在意義だった。
 誰にも疑われてはならない、誰にも見ぬかれてはならない絶対に。
 大丈夫だ、真実が発覚するわけがない。鍵屋崎優と由佳利は僕がこの手で殺した。恵は書架の影に隠れ、恐怖に立ち竦み、ただじっと殺人現場を目撃していただけだ。
 わずか十歳のいたいけな少女を、兄の凶行を止めず両親を見殺しにしたと糾弾するほど世間の連中は冷たくないだろう。世間は偽善者であふれかえっている、それが救いだ。
 良識的な人間だという自負をもつ偽善者どもは常に表面上の事実しか見ず、その下の真実を掘り出したりはしない。
 恵、なにを怯える?もうなにも心配しなくていいんだ。もう両親から叱責されることもぶたれることもないんだ、恵は安心していいんだ。
 『おにいちゃんが死ねばよかったのに』
 え?
 恵の唇がわななき、予想もしなかった言葉を紡ぐ。 
 『おにいちゃんが死ねばよかったのに、なんでふたりを殺したの。恵の家族を奪ったの』
 違う、そうじゃない。誤解だ恵。僕はただ恵を守ろうと必死で、あれは咄嗟の判断で。
 『人殺し人殺し寄らないで人殺しそんな血だらけの手で恵にさわらないで』
 そんな。
 『血のつながりもない他人のくせにお兄ちゃんヅラしないでよ吐き気がするこの親殺し、ねえなんで恵のパパとママを殺したの恵をひとりぼっちにしたのそんな権利あんたにないのによそ者くせに』
 違う、これは僕の妄想だ。僕の罪悪感が作り出した恵の幻影だ。何故なら恵はこんなおぞましい顔をしたりしない、憎悪と嫌悪が渦巻く表情であどけない顔を醜く歪めて僕を罵倒したりしない。恵はこんなことを言ったりしない、恵は僕と血のつながりがないことを知らなかった、恵にとって僕は本物のお兄ちゃんで本人は疑うことなくそれを信じきって僕を頼りにしてそれが嬉しくて。
 恵を守るためなら、犯罪者になることも辞さなかった。
 殺人者になることも辞さなかった。
 それなのに何故こんなことになったんだ。教えてくれ恵、母さん父さん、僕のなにが悪かった?僕はどこで道を間違えた?何故僕の手は血で汚れてるんだ、これは誰の血なんだ。鼻腔の奥を刺激する鉄錆びた血臭も膝をぬらす生温かい液体の感触もひどく馴染みのものだ、これは、これは僕が恵に代わりとどめを刺した両親の体から流れ出す血液なのか?
 「いやだ違う、」
 なにが違う、なにも違わない。僕は人殺しの親殺しで血のつながりのない他人でよそ者。恵の言ってることは全部事実だ。僕はとうとう最後まで恵の家族になれなかった、なりきれなかった。無様だな鍵屋崎直、他人に期待するなんて愚かしい。恵も結局は他人だった、僕の家族なんて世界に誰一人も存在しない。それともどこにいるかわからない国籍不明の精子提供者と卵子提供者のことを父さん母さんと呼ぶか、養育者の鍵屋崎夫妻を便宜上そう呼んでいたように?
 濃厚な血臭が鼻腔にもぐりこみ、脳裏に赤い靄がかかる。これは誰の血だ?やけに出血量が多いなと他人事のようにぼんやり考える。思考が現実逃避に傾いてる。いや、それは正しい。僕の周囲で起きることすべて所詮は他人事なのだ。誰が怪我をしようが死のうが僕の周囲で起きることは関係ない世界の……
 『直』 
 違う。そうじゃないだろ鍵屋崎直、現実から目をそらすな。現実から逃げるな。
固く目を閉じて不規則に乱れた呼吸を整える。心臓の鼓動が早鐘を打ち、全身から粘液質の汗が噴き出す。そうだわかっていた、現実を否定して妄想に逃げ込んだところで何も始まらない。自己嫌悪に苛まれるのも自己憐憫にひたるのも後回しだ、僕がやるべきことは他にある。
 僕は鍵屋崎直だ。試験管で生まれたIQ180の人工の天才、そして……
 呼吸を落ちつけ、しっかりと目を開く。足元にサムライが突っ伏していた。僕を庇ってサーシャに刺された愚かな友人。自己犠牲精神を発揮して重傷を負った本人は満足かもしれないが僕は満足とは程とおい。いや、僕は今怒っていた。体の中で暴風のように激情が荒れ狂い最後の一握りの理性が押し流れそうだ。サムライ何故戻ってきた、身を挺して僕を庇った?彼の行動は自己満足の産物だ。僕は彼を先に行かせようとした、そういう作戦だったのだ。それなのにサムライは約束を破り戻ってきた、僕の窮地に脇目もふらず駆け付けてきた。
 「なんて馬鹿な男なんだ君は。さすがに寛容な僕も愛想が尽きたぞ、意識が回復したら絶交してやる」
 落ち着け鍵屋崎直、お前は天才だ。現実を直視して今この場でなすべきことをやれ。的確に正確に、自分の頭脳を信じて。自己嫌悪とは縁を切ろう、自己憐憫など振り切ろう。まずサムライを助けるのが先決だ。袖口を噛み、歯を食い縛り、布を裂く。囚人服の袖を裂いて即席の止血帯をつくり、患部にあてがう。太股の傷は深い。大動脈が傷付いてるなら失血死の危険性もある。
 思い出せ鍵屋崎直、お前が今日まで学んだ医学知識を総動員して応急処置にあたれ。
 「止血とは文字通り血液の流出を止めること、怪我などで出血してしまったときに応急処置として失血を防ぐ目的でされる。特に動脈出血の場合、多量の失血が予想され命にも関わってくるので、一刻も早い止血が要求される。直接止血法。ガーゼなどをあてがい、出血している箇所を直接圧迫しながら包帯などで巻いて止血する」
 包帯がないから布切れで代用する。不衛生だが贅沢は言えない。サムライの患部に布きれを巻き、血管を圧迫する。
 「出血の95%は直接圧迫で止血できるため、他の方法を覚えることに時間を費やすよりは直接圧迫一つを覚えた方が効率がよい。僕はいついかなる時も効率を優先する、君もきっと助かるはず」
  サムライの顔色は蒼白で全身に大量の汗をかいていた。床にぐったり横たわったサムライの顔を覗きこみ、憂慮に眉をひそめる。太股に巻いた布はあっというまに赤く変色してしまった。早く医務室に運び適切な処置をしなければ……
 「何故戻ってくるんだサムライ。そうまでして僕を庇うことなんてないのに、君は」
 胸が詰まって言葉が続かない。とりあえずできるだけのことはした。サムライの額に手をおき、汗を拭う。いつだったか恵が風邪で寝こんだ時にそうしたみたいに用心深い手つきで。  
 サムライの額はびっしょり濡れていたが、汗が冷えてつめたかった。
 「僕なんかを友人にして、本当に馬鹿だ。なんでそんなに優しいんだ。恨み言ひとつ吐かず弱音ひとつ吐かずに床に倒れ伏して、そんな姿見せられたんじゃ毒舌で口撃もできないじゃないか。怪我人を虐待するほど悪趣味じゃないぞ、僕は」
 額の汗を拭い、そのまま手をおろして優しく瞼を閉じさせる。サムライは逆らわなかった。激痛と失血で意識朦朧としてるのだ、逆らう体力とて残ってないだろう。血だまりに倒れ伏せたサムライの姿に胸が絞め付けられ、発作的にその手を握り締める。
 「必ず助ける。約束する。怪我人は足手まといだ、そこで寝ていろ」
 サムライの片手を両手で握り締め、誓う。サムライは身を挺して僕を守ってくれた。次は僕が助ける番だ。サムライの手を名残惜しげにはなし、顔を上げる。
 リョウがいた。リョウの腕の中ではロンがぐったりしていた。
 「あれ、こいつほんとに初めてだったんだ。いまどき珍しいね」
 悪びれたふうもなくリョウが言い、ロンの寝顔を覗きこむ。ロンの袖がめくれ、露出した腕には注射の痕が残っていた。
 「よくやったぞ赤毛の犬め、誉めてつかわす」
 「サーシャ様のよしなに。これで僕の忠誠心が証明されたっしょ?半年前の汚名返上、少しは役にたつとこ見せなきゃギロチンにかけられちゃうしね。ロンも馬鹿だよねえ、サーシャにびびって僕がうしろに忍び寄ってるのに気付かなかったんだから」
 「ロンになにをした?!」
 抗議の声を発した僕へとリョウとサーシャの視線が注がれる。僕が声を発したことで初めて僕の存在に気付いた、という虚を衝かれた表情。子供が人形を抱きしめるようにロンを抱擁したリョウがにっこり笑う。
 「おクスリ注射しただけ。かわいいよね、一発でおとなしくなっちゃって……マジで免疫なかったんだ覚せい剤。量はそんな多くないからショック死とかないと思うけど」 
 リョウの手の中では銀の注射針が鋭い輝きを放ってる。売春班最後の夜、強制的に覚せい剤を注射されかけた忌まわしい記憶が甦り戦慄が走る。サッと表情を変えた僕に愉快げに目を細めてリョウが言う。
 「ごめんねメガネくん。君の案内役よりサーシャのスパイのが実入りいいから寝返っちゃった。怒んないでね?僕は常に利益が見こめるほうの味方なの。サーシャと仲直りのしるしにいいとこ見せようって、結果的に君たち東棟の仲間裏切ったことは謝るからさ」
 謝って済む問題じゃない。第一リョウは反省などしていない、おどけて舌を覗かせる態度がいい証拠だ。
 「くそっ、」
 下品に舌打ち、リョウの腕からロンを取り返そうと起き上がりかけた僕の体が反転する。サーシャに蹴られたのだ、と自覚したのは床にひっくり返ってからだ。上着の背中とズボンの膝裏を血に染めた僕から、床に座りこんだままのレイジへと視線を転じ、サーシャが口を開く。
 「さてどうする東の王よ。お前が寵愛する猫はリョウの腕の中だ。私の一声で絞め殺すこともできる」
 「やめ、ろ……」
 床に手をつき、ひどく苦労して上体を起こしたレイジが叫ぶ。
 「ロンから手をはなせよクソ皇帝、そいつは俺のもんだ。人のもんに手え出すな」
 口を開くのも辛い最悪の体調で、それでもリョウの腕からロンを奪還せんとむなしく腕をのばすレイジをサーシャが容赦なく足蹴にする。よりにもよって、止血帯が巻かれた腕を。
 「!がっ、う」
 「哀れで愚かな王め、まだ自分の立場がわからないのか。皇帝に命令するなど身のほど知らずな不敬もいいところだ」
 腕を蹴られ、たまらず上体を突っ伏したレイジを傲然と見下すサーシャの口元は喜悦に歪んでいた。
 「東京プリズン最強の称号をもつ無敵無敗のブラックワーク覇者、東の王よ。今のお前になにができる?口移しで麻薬を呑まされ腕を切り裂かれ血の海でもがくことしかできない雑種のサバーカになにができる、下僕一匹取り返すこともできないではないか。皇帝に命令などとんでもない。願いを聞き入れて欲しくばそれに相応しい謙虚な態度を示せ」
 止めたくても止められない、狂気が加速したサーシャには近寄りがたいものがある。サーシャがリョウに目配せすれば、心得たりとリョウが頷き、後ろからロンを抱きしめた手が上着の裾へともぐりこむ。なにをするつもりだと怪訝に思った僕の視線の先で、手際良くロンの上着をはだけたリョウが淫らに微笑む。
 「知ってるかな?クスリ使うと勃ちっぱなしになるんだって。一回で終わらず射精の快感がずっと続くの。セックスの快感は並の比じゃないんだって……試してみようか」
 「やめ、ろ……」
 素肌を這いまわる手の不快感に目を覚ましたか、ロンがよわよわしく反駁する。覚せい剤が全身に回り、舌が縺れて言葉も紡げないのか、たどたどしく制止したロンを無視してリョウの手がズボンの内側へともぐりこむ。扇情的にうごめきズボンの内側へともぐりこんだ手が強烈な快感を与えてくるらしく、ロンの喉が仰け反り、リョウの腕の中で熱に苛まれて身悶える。
 「やめ、てくれ」 
 「やめろリョウ!」
 僕が叫んだ一瞬、リョウの手が鈍る。が、すぐに気を取りなおして愛撫を再開する。こうなったら力づくでもロンを取り戻そうと立ち上がり、間抜けなことに血だまりで足を滑らせ転倒する。スニーカーの靴裏を見ればべったり血が付着していた。  
 血。
 「どうする東の王、いや、私の飼い犬よ。このままずっと赤毛の男娼に猫を蹂躙させておく気か。愉快な見世物だから私はかまわないがな」
 「サーシャやめろ、ロンは関係ないだろが。ロンだけじゃない、キーストアもサムライも全員関係ねえ。お前が欲しいのは俺だけだ、憎いのは俺だけだ。だったら他のヤツは……」
 自分の足首にしがみついたレイジの髪を掴み、無理矢理顔を起こさせる。
 「私の犬になると誓うか」
 究極の選択を迫るサーシャの目には狂気が渦巻いていた。レイジが首肯しなければ、その瞬間にロンの頚動脈を切り裂く準備ができているとばかりに片手のナイフを傾ける。ナイフの反射光に射られたレイジが眩げに目を細め、犬みたいに荒い息をこぼす。王様にも限界はある。片腕の失血と本調子ではない体の悪条件が重なればレイジはサーシャにたちうちできない。
 レイジが体力的に自分に逆らえないのを見越し、優越感に酔い痴れながらサーシャが続ける。
 「犬になると誓えば、他の連中は東に帰してやる」
 「レイジ頷くな、嘘に決まってる!」
 サーシャに髪を掴まれたレイジの目が曇り始めた。自分さえ頷けば僕らを帰すことができるという甘美な誘惑に心が傾き始めているのだ。レイジの視線の先ではロンが一方的に陵辱されている。リョウの手でじかに股間をまさぐられ息を荒げ、淫らに乱れるさまをレイジや僕に見せ付けられる恥辱に頬を染めている。 
 「レイジ見るな……」
 浅い息を吐きながら、嫌々するようにかぶりを振るロン。耐え難い苦痛に苛まれてるかのような表情にレイジが覚悟を決め、苦渋の決断をする。
 レイジが首肯した。
 「私の犬になるんだな」
 サーシャが嬉々と哄笑し、手荒く掴んだレイジの髪を揺さぶる。髪を毟られる激痛に顔をゆがめ、それでも苦鳴だけは殺そうと奥歯を噛み締め、されるがままのレイジが呟く。
 「俺はサーシャの犬に……」
 「続きは」
 サーシャが冷徹に命じる。それ以上言うなレイジ、君のそんな姿見たくない。僕の願いが通じたのか、途中まで言いかけて口を噤んだレイジにサーシャが鼻白みリョウへと顎をしゃくる。合点したリョウが手の動きを速めれば、快楽に翻弄されたロンが膝から崩れ落ちそうになる。
 「ちゃんと勃ってるじゃん。男の子だね」 
 「ふ……っう、」
 嗚咽か喘ぎ声か、判然としないうめきがロンの口から漏れる。リョウを睨みつけた目にはうっすらと涙が浮かんでいた。その光景に目を奪われたレイジを荒荒しく突き放し、中腰に屈んだサーシャが手にしたのは楕円の輪を連ねた鎖。北の囚人が武器として使っていたものが、持ち主の手をはなれて足元に落ちていたのだ。
 「!!」
 レイジの首に、鎖がかけられた。
 「私の犬になるのだな」
 鎖が擦れる音が耳朶にこびりつく。レイジの首に鎖を巻き、レイジの背中を足で踏み付けたサーシャが畳みかける。そのさまはまるで、飼い犬を虐待する横暴な主人のよう。鎖で首を絞められる苦しみに酸素を欲して喘ぐレイジを無慈悲に足蹴にし、先端の鎖を引っ張る。鎖に引かれたレイジの体が仰け反り、たまらず苦鳴を漏らす。
 「っ、ぐ……絞め殺す気か、よ」
 「とんでもない。飼い殺す気だ」
 窒息の苦しみに首を掻き毟るレイジの耳元で、サーシャがうっとりと囁く。愛情と勘違いしそうに優しい声。
 「さあ誓え。私の足元に跪き頭を垂れ皇帝の犬になると誓え。なにをためらうことがある?数日前は自ら私のもとへ赴いてきたくせに、私の下で淫らな肢体を晒していたくせに」
 ロンの目が大きく見開かれる。驚愕……絶望。
 「うそ、だろ?うそだよな、レイジ。でたらめだよな」
 レイジ自らサーシャのもとへ赴いたと知り、衝撃に打ちのめされたロンを見上げ、レイジが悲痛な顔になる。レイジの抵抗が止んだ隙にサーシャの手が裾へともぐりこみ、手際良く上着をはだけて素肌を暴く。ロンの目に晒されたのは一糸纏わぬ上半身……鎖骨にも胸板にも脇腹にも淫らな痣が烙印された褐色の肢体。
 「さあ犬に戻れレイジ、私の愛玩犬に戻れ。気まぐれに鞭でぶたれはげしく抱かれて甘く鳴く犬へと」
 「くそったれ……」
 前髪で表情を隠したレイジがはげしく毒づき、皇帝が眉をひそめる。リョウに陵辱されながらも、ロンは愕然とレイジの上半身を見つめていた。情事の痕が烙印された男の肢体、サーシャと一度ならず関係を持った証。
 すべて暴かれてしまった。
 レイジがロンにだけは知られたくないと必死に隠してきたことが、最悪の形で暴かれてしまった。
 「あれは演技だよ」
 自暴自棄で吐き捨てるレイジの声は、ぞっとするほど暗く。
 「思いあがるなよサーシャ。乱暴にすりゃ感じるとでも思ってんのか、お前のお粗末なテクでイくわけねえだろ。あんまり下手なんで感じてる演技するのに骨が折れたぜ、はは、どうだった俺の演技力は?最高だったろ。偉大なる皇帝サマがころりと騙されちまって笑えるぜ」
 露悪的な笑顔を湛え、レイジが呟く。
 「お前、速すぎて物足りねえもん」
 
 サーシャが悪鬼のように咆哮した。

 「レイジ!!」
 激怒したサーシャがレイジめがけてナイフを振り下ろす。風切る唸りをあげるナイフを見た瞬間、反射的に手が動く。
 「!?ぐうっ、」
 サムライの木刀を投擲、肩に命中。肩の激痛によろめいたサーシャの手から鎖が解き放たれる。今だ。床を蹴り、低姿勢でサーシャの脇を走りぬけ、レイジを押し倒す。鎖が床に落下する鈍い音が鼓膜に響く。突然の事態にぽかんと口を開けたリョウは無視し、レイジがはげしく咳き込みながら鎖をほどくのを手伝う。
 「身のほど知らずのサバーカがあああああっ!!」
 逆上したサーシャがナイフを構え直し、僕らと距離を詰めようと床を蹴った瞬間。
 「足元の注意が疎かだぞ」
 僕の口元に会心の笑みが浮かび、サーシャが床で足を滑らせる。レイジとロンに注意が向いてるあいだ、サムライの血だまりに尻餅ついて放心したふりをしながら、手で血をすくいとり床になすりつけていた。サーシャが後ろによろめけば足を滑らしてバランスを崩すように計算していたのだ。
 血は脂質ですべりやすく落ちにくい。血で靴裏を滑らしたサーシャがすさまじい騒音をたて床に横転、同時にほどいた鎖を片手に巻き付けたレイジが不敵に微笑む。
 「飛び道具は得意なんだよ」 
 レイジが鋭い呼気を吐き手中の鎖を投擲。一直線に飛来した鎖が、今まさに立ち上がろうとしたサーシャの足首に巻きつく。レイジが鎖を引けば足首を束縛されたサーシャも引きずり倒される。
 形勢逆転だ。
 終わった、これで無事帰れると安堵した僕の隣からレイジが消失。
 いやな、とてもいやな予感がした。
 その予感は的中した。瞬間移動めいた敏捷さでサーシャの頭上に立ったレイジの手には血まみれのナイフが握られていた。転倒の際にサーシャが取り落としたナイフを素早く拾い上げたものらしいが、あれでなにをする気だ。もう勝負は決してるのに、まさか……
 
 「サーシャ。もう、手加減しなくていいよな」

 やめろレイジ、はやまるな。
 血だまりを跳ね散らかし腕をのばしレイジを止めようと走り出す。レイジが何をしようとしてるかわかってしまった。あの笑顔……完全に狂気に呑みこまれたあの笑顔、人間らしさ一切合財をかなぐり捨てた微笑み。駄目だ、せっかくロンと会えたのにこれではすべて台無しだ。レイジは今まさに自分の手で今まで築き上げてきた何もかもを壊そうとしている、サーシャに対する怒りが制御できず過去の自分が憑依してる。
 やめろレイジ、はやまるな。
 ロンが見ているまえでそれをしたら、二度と元には戻れなくなる。
 「レイジ思い出せ、ロンがいるんだ!!」
 僕が声を限りに叫ぶのも届かないのか、鎖が足首に絡みつきみじめに床を這うしかない皇帝の傍らに片膝つき、頚動脈にナイフをあてがう。サーシャの目が極限まで見開かれる。氷点下の瞳に初めて波紋を生じさせた感情の欠片は……恐怖。
 レイジに対するまじりけない恐怖。
 「やめっ…………!!!」
 レイジが腕を一閃した直後、渡り廊下に駆け込んできた複数の足音が戦いの終焉を告げた。
 遅かった。  

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20051001031515 | 編集
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