ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十六話

 「退け下郎。直にふれていいのは俺だけだ」
 衣擦れの音もなく接近の気配すら感じさせず、唐突に現れたサムライがぴたりとレイジの首に木刀を突き付ける。殺気を凝縮した切っ先を首に擬され、レイジが目を細める。
 「用心棒到着ってか。遅いよお前、もう少しでキーストア俺にヤられちまうとこだったぜ。それとも」
 熱い手で素肌をまさぐられ腰が砕けそうになるが、壁に凭れ掛かった前傾姿勢でどうにかこらえる。気を抜くと声が漏れそうで、恥辱に顔を熱くし、下唇を噛み締める。サムライの眼前で他の男に体をまさぐられ、湿った声をだすなんてプライドが許さない。サムライの前で醜態を晒したくない一心で唇を噛んで快楽の波に逆らえば、後ろから僕の耳朶を甘噛みし、レイジが囁く。
 「キーストアが俺にヤられるとこ見たくてわざわざ遅れてきたの」
 サムライが木刀を一閃。
 服からサッと手を引き抜き、レイジがとびのく。一瞬反応が遅れていれば鼻を殺ぎ落とされていた。両手首を解放され、上着をはだけた格好で壁に寄りかかった僕を庇うように立ち位置を移動したサムライが木刀を正眼に構える。
 猛禽の双眸で燃えるのは、不吉な燐光に似た憎悪の炎。
 「汚い手で直に触れるなと言っている。レイジ、俺は怒っている。寄らば斬るぞ。さっさと会場へ戻れ、お前を待つ人間がいる場所へ」
 「俺を待つ人間なんていねーよ」
 僕を背中に庇い、レイジとわずか五歩を隔てて対峙したサムライが命令すれば、サムライの剣幕に降参したように両手を挙げたレイジが言う。
 「サムライどうして……、」
 上着の乱れを直し、サムライの背中に問う。
 「ロンが再起不能になった場合にそなえて会場で待機するよう命じたはずだが、何故ここへ」
 「ロンも心配だがお前も心配だ」
 僕に背中を向けたまま、憤然とサムライは言う。
 「それに……ロンが今いちばんそばにいてほしい人間は俺ではない」
 サムライの背後に立った僕にも、その全身から噴き上がる気炎が幻視できた。もう二度とレイジが手を出せぬよう、指一本でも触れられぬよう僕を背後に庇ったサムライが瞼を下ろして呼吸を整え、武士の覚悟をこめて木刀を握り締める。
 「レイジ、お前だ」
 木刀の切っ先が示した方角にはレイジがいた。普段の冷静さをかなぐり捨てたサムライの姿が面白いのか、自分に木刀を向ける度胸に感心したのか、必死の面持ちのサムライと相対したレイジが低く笑う。
 「なにを笑うことがある」
 サムライがうろんげに訊く。レイジの笑い声は止まない。空虚な笑い声がコンクリむきだしの天井と壁に反響してかえって静寂が深まる。ひとしきり笑い終え満足したらしいレイジが、笑みを薄めてサムライを正視する。
 「お前、うぜえ。ロンがどうなろうが知ったことかよ。さっきから何回おなじこと言わせんだよ、ロンには飽きたんだよ、俺が優しくしてやりゃ調子のってつけ上がりやがって、いつのまにかそれが当たり前のような顔して俺のダチ気取りで、挙句」
 レイジがスッと片手を掲げる。レイジの手の甲に走った赤い斜線。乾いた血が凝固した痛々しい傷痕を僕らに見せつけるように手の甲を翳し、レイジが言う。
 「飼い主の手をひっかくようなクソ生意気な野良猫だ。今まで優しくしてやったの全部無駄だったんだって、ダチの芝居も全部無駄だったんだって、最悪のかたちで思い知らされたんだよ。もうアイツの顔なんか見たくねえ。凱と戦いたいなら俺が見てないところでどうぞお好きなように、だ。煮るなり焼くなり好きにされちまえ」 
 「本気で言ってるのか?」
 「本気だとも」
 レイジが首肯する。嘘か冗談かわからない真意の読めない笑顔だが、ただひとつ断言できることがある。レイジは僕の説得を受け入れず、試合終了までこの場に留まり続ける気だ。会場に姿を見せロンを応援することなく、ロンの試合などどうでもいいと投げ出して通路の真ん中に座りこみ続ける気だ。
 レイジとロンの間の溝は、想像以上に深い。
 今もロンは満身創痍でリングに立ち続けてるというのに、この通路までは声援が届かず、ロンがどれほど凱に殴られ蹴られ嬲られボロボロになってもレイジが自分の足で会場に赴かない限りその姿は見れない。
 二人の心は完全にすれ違ってしまった。
 「―っ、」
 現在の会場の様子はわからない。ロンはまだ自分の足で立っているだろうか、降参してないだろうか?……まさか。負けず嫌いのロンが素直に降参するわけがない。意地でもリングに立ち続けているはずだ。ロンを安心させるためにレイジを呼びに来たのに結局僕はなにもできない。
 不甲斐ない。
 自分の無力に絶望する。僕も参戦表明したのに、レイジとサムライとロンと戦うとそう決意表明したのに、これじゃ相変わらず役立たずの足手まといのままじゃないか。
 レイジと睨み合うサムライの背後で俯けば、ふたりの中間の床で何かが光る。レイジが肌身はなさず身に付けていた十字架のネックレス。サーシャに毟り取られ手首を縛られたせいで鎖がちぎれたネックレスが僕の視線の先、通路の床に落ちている。
 鈍くきらめく金鎖を見た途端、閃いた。
 サムライとレイジは五歩隔てて対峙したまま、どちらも微動だにせず睨み合っている。
 「嫉妬は見苦しいぜ」
 先に口を開いたのはレイジだった。嘲笑されたサムライがこの上なく不機嫌そうに眉根を寄せる。
 「うろんなことを言うな。誰が誰に嫉妬していると?」
 「サムライが王様にだよ。いまさらとぼけるなよ、俺にヤられかけたキーストア見て頭に血が上ってわけわかんなくなったって素直に認めろよ。意外と独占欲強いんだな、知らなかったぜ。『直に触れていいのは俺だけだ』って、それが本心か」 
 「……!」
 サムライの双眸に怒気が漲り、レイジに向ける殺気が殺意の域まで高められる。木刀を握り締め、いつでもレイジを斬り伏せられる正眼の構えをとったサムライがため息をつく。
 「そうだ」
 「キーストアを他の男の手に渡すのは我慢できね?」
 「そうだ」
 「キーストアが他の男のモノになるのは認められね?」
 「そうだ」
 「お前にとってキーストアって何」  
 ふざけ半分にレイジに問われたサムライが沈思黙考する。長い逡巡の末、毅然と面を上げたサムライは、刃に賭けて大切なものを守り通すと誓った誇り高い武士の顔をしていた。
 「刃に賭して守り貫く、大切な存在だ」
 刀は武士の命だ。
 そしてサムライは僕のことを、刃に賭して守り貫く大切な存在だと断言した。武士の命にも等しい存在だと宣言したのだ。
 「俺は鍵屋崎の友だ、鍵屋崎の刀だ。鍵屋崎を傷付けるものから鍵屋崎を守る一振りの刃、それこそ俺が東京プリズンで見つけた存在意義だ」
 あまりに気高いサムライの横顔に魅入られ、息を呑む。薄暗い裏通路にて、不規則に点滅する蛍光灯に暴かれてはまた闇に沈むをくり返すサムライの横顔は一振りの刀さながら鋭く研ぎ澄まされ、苛烈に信念を貫く刃の魂を眼光に宿した、まごうことなき武士のそれだった。
 「レイジ、お前にとってロンとはなんだ?俺が鍵屋崎を守りたいと思うように、以前のお前もロンを守りたいと思っていたはずだ。ロンがお前のすべてだったはずだ。何故そうも変わってしまった?」
 「うるせえよ」
 「ロンは今苦戦している。お前が試合を見届けてやらずにどうする、友人の窮地に駆け付けず薄暗い通路に座りこんで死魚の目で虚空を見つめる、王の本性がそんな腑抜けだとは思いたくはない。なにをぐずぐずしているレイジ、お前がいるべき場所はここではない、リングで孤独に戦うロンのそばだろう」
 「うるせえよ」
 レイジは笑いながら怒っていた。腰に手をあてた余裕のポーズで通路の真ん中に佇み、犬歯を剥いた獰猛な笑顔を覗かせ、木刀を構えるサムライを挑発。対するサムライは正眼の構えを崩さず、怜悧な眼光を放つ双眸でレイジを見据えている。
 「なあサムライ、おまえキーストアがいちばん大事だって言ったよな」
 「ああ」
 そしてレイジは言った。下卑た薄笑いを浮かべ、サムライを逆上させる一言を。
 「昔の女とどっちが大事?」 
 サムライの姿が消失した。
 と見えたのは錯覚で、実際には動体視力さえ追いつかぬスピードで床を疾走しレイジに肉薄。裂帛の気合とともに木刀を振り上げてレイジを斬り伏せようとするが、サムライをも上回る反射神経は持ち主たるレイジはこれを悠々と回避。頭を低めて木刀を回避、猫科の肉食獣の身ごなしで追撃をかわしてサムライの脇腹に蹴りを入れようとする。
 「サムライ!」
 僕の声に素早く反応したサムライが木刀で脇腹を庇いレイジの足をはねのける。嬉々と笑いながらサムライの攻撃をかわすレイジ、レイジに一太刀浴びせようとサムライが床を跳躍、入れ替わり立ち替わり狭苦しい通路で熾烈な攻防戦を繰り広げる二人をよそに頭を低めて駆け出す。
 床に落ちた十字架をすくいあげ、手にしっかりと握りこむ。
 今のレイジには何を言っても無駄だ。それより何より、今のレイジを無理矢理会場に連れ出してもロンが哀しむだけだ。レイジが活き活きと笑いながらサムライと戦っている今も、リングではもうひとつの戦いが進行中でロンは絶体絶命の窮地に追いこまれている。
 早くロンのもとへ帰らなければ。レイジを連れ帰るのが不可能なら、せめて僕だけでもついていてやらなければ。
 でも、サムライは?
 「行け、直!」
 僕の葛藤を見抜いたように、木刀でレイジの蹴りをさばきながらサムライが叫ぶ。木刀を持ったサムライと素手のレイジの戦いは現時点で互角、しかしこれから後どうなるかわからない。裏通路ではげしくやりあう二人を残し、僕だけ会場に帰還していいものかという逡巡が足を鈍らせる。
 「君はどうするサムライ!」
 「俺に気を遣うな、ロンが心配なら会場へ戻れ!」
 サムライに一喝され、決断する。サムライも心配だがロンも心配だ。が、サムライは強い。木刀を手にしたサムライなら素手のレイジと互角に戦えると信じ、より劣勢なロンのもとへ急ぐのが賢明な判断だと優先順位をつけて走りだし、通路の途中で振り返る。
 サムライに言い忘れていたことがある。
 通路の途中で急停止し、レイジと互角に渡り合うサムライに大声で叫ぶ。
 「僕も、君以外の人間にふれられるのはいやだ!!」
 僕に触れていいのはサムライだけだ。
 サムライの手のぬくもりは不快じゃない、サムライとの接触なら不快じゃないと伝えたくて通路に殷殷と反響する声を張り上げれば、レイジの回し蹴りを縦にした木刀で受け止めたサムライが虚を衝かれる。 
 次の瞬間、サムライが砕顔した。
 口元が綻び、目が和み、驚くほど優しい顔つきになったサムライに背を向けて再び走り出す。
 レイジの体温を帯びた金鎖を手のひらに握りこみ、地下停留場の方角へ向け、薄暗い通路を疾走する。
 頼む間に合ってくれとただそれだけを念じ、延々と続く灰色の天井と壁の通路を抜ければ会場の歓声が届く。近い。盛り上がる歓声に導かれて通路の出入り口から地下停留場へとびだし、人ごみを掻き分け突き進む。試合は今どうなってるのだろう、ロンは気絶してないだろうか、試合を続行できる状態なのだろうか?
 人ごみに溺れ、熱気にあてられ眩暈をおぼえ、照明に映える金網の檻を目印にそれでも足を進める。あまりに強く握りすぎたせいか、手のひらが汗ばんで不快だ。人ごみを掻き分け押しのけ、ひどく苦労して前へと進めば銀の檻が徐徐に大きくなり観客の頭越しにリングが見えてくる。
 ようやく辿り着いた。
 リングを迂回し、ヨンイルとホセの姿をさがす。いた。ヨンイルとホセを発見し、人垣の綻びからそちらへまろびでる。
 「試合はどうなってる!?」
 「おお、おかえりなおちゃん」
 のんきな声をだすヨンイルを絞め殺したくなる。ヨンイルを突き飛ばし、金網にしがみつく。眩い照明を浴びたリングには二人の人間がいた。
 凱とロン。
 ロンは僕が会場を離れる前に目撃した姿よりさらにボロボロになっていた。足元はふらついて、立っているのが不思議な状態だ。片方の瞼が腫れ上がり視界を圧迫してるせいか、何度も蹴躓いて観客の嘲笑を浴びてる。
 「ロンくんはよく頑張っています。たったこれだけしか味方がいない状況で、決して諦めず、何度でもつっかかっていって……むかしの吾輩を思い出します」
 しんみり呟いたホセのこぶしからは血が滴っていた。ロンを嬲った連中に鉄拳制裁を下した痕跡だ。
 こぶしから滴る血もそのままに、心配げにロンを見守るホセとヨンイルとを見比べる。
 「相談がある。五分、いや、三分でいい。ロンをこちら側に引き戻す時間をとれないか?」
 「三分でええんか」
 お安いご用やと気軽に頷いたヨンイルが金網を迂回、凱の側の金網に手をかけ足をかけよじのぼり頂上にまたがる。
 「お前の母ちゃんでべそー」
 ……頭が悪すぎる。今しもロンにとどめの一撃を見舞おうと腕を振りかぶった凱が、ヨンイルを振り仰ぎ大笑する。
 「馬鹿か韓国人、そんな古臭い手で挑発しようたって無駄だ!」
 「お前のガキ超ブサイク」
 「……なんだとこら、もういっぺん言ってみろや」
 ヨンイルが続けた一言で凱の表情が豹変、ロンにとどめの一撃を見舞うのを中断してヨンイルへと歩み寄る。ヨンイルが凱を引きつけてる隙にロンを呼び戻そうとさかんに金網を揺さぶる。
 「ロン、今のうちに戻って来い!」
 「交代はしねえぞ……」
 「大丈夫だ、サムライ不在につき交代したくてもできない現状だ!」  
 僕の説得に耳を貸し、ヨンイルと凱が喧々囂々のやりあいをしてるあいだにロンがこちらへ戻っくる。足をひきずるように引き返したロンを間近に見て、あまりに悲惨な風体に言葉を失う。瞼は青黒く腫れ上がり目は半ばほど塞がり唇には血が滲み、全身擦り傷だらけの酷い有り様だ。
 よく、こんなになるまで戦えたものだ。
 僕たちしか味方のいない四面楚歌の局面で、レイジが姿を見せない心細い状況下で、嬲り者にされ失笑を買い罵声を浴び揶揄を投げられ、それでもテンカウントをとる審判の声に反応して這いあがるように立ちあがり、何度でも凱に挑んで返り討ちにされて。
 ロンは、強いじゃないか。   
 ロンは強いと、さすがの僕でも認めざるをえないじゃないか。
 周囲の歓声が遠のき、僕たちのまわりだけ奇妙に静まりかえる。金網に凭れるように体を預けたロンが、荒い息をこぼしながら訊く。
 「……レイジのツラ見えねえけど、どこにいるんだ。会場にいんのか」
 半ば瞼がふさがりかけ、痛々しく腫れた顔でロンに仰がれ、胸が詰まる。唾を嚥下し、指をほぐし、言葉を吐き出す。
 「……レイジは理由があって来れないんだ」
 「理由?」
 「蛇に噛まれたんだ。今、医務室に血清をうちにいってる」
 「は……?東京プリズンに蛇なんて出んのかよ」
 「出たんだ」
 サーシャも蛇のようなものだ。執念深さでは蛇にも劣らない生き物だ。 
 そう自分に言い訳し、不審げな顔つきのロンに言い聞かせる。
 「レイジは蛇に噛まれ毒に汚染され医務室に運ばれた、だから会場には来れないが本心から君のことを心配してる。これを」
 網目に手首をくぐらせ、汗ばんだ五指を開き、ロンの眼前に十字架を突き出す。
 レイジが肌身はなさず身に付けていた十字架。
 「これを渡してくれと頼まれた。そばについてられない自分のかわりに、これを自分だと思ってそばにおいてくれと……ロンの勝利を願ってる、絶対に勝つと信じてる、だから頑張ってくれと」
 僕は大嘘つきだ。
 レイジは本当は、そんなこと一言も言わなかった。ロンのことなどどうでもいいと、懐かない猫には飽きたとうそぶいて通路に座りこんでいただけだ。この十字架も僕が勝手に拾ってきただけで、レイジに託された物などではなくて……
 自分に殺意すら芽生える。何故こんなくだらない嘘をつかなければならない?
 嘘に嘘を塗り重ねるほど自分がみじめになるのに。
 理由は簡単だ。
 本当のことなど、言えるわけがない。
 『ロンがどうなろうが知ったことかよ。さっきから何回おなじこと言わせんだよ、ロンには飽きたんだよ、俺が優しくしてやりゃ調子のってつけ上がりやがって、いつのまにかそれが当たり前のような顔して』
 『俺のダチ気取りで』
 「……レイジ、他になにか言ってた?」
 ロンの声で我に返る。
 凱のほうを一瞥すれば、騒げど喚けど金網から下りてこないヨンイルに業を煮やして脱いだグローブを投げつけてきた。金網に凭れたロンに顎をしゃくり、手首をさしだすよう促す。言われるがまま、ロンがさしだした手首に金鎖を巻き付けてブレスレットにする。グローブを嵌めたままのロンに代わり、鎖が短くなった十字架をその手首に巻きつけ、結ぶ。
 手首に金鎖を回し十字架を結わえ付けてから、まっすぐにロンの目を覗きこみ、皮肉げに微笑む。
 「凱を倒したらご褒美のキスをしてやる」
 「……はっ。あいつが言いそうな寝言だな」
 おかしそうにロンが笑った。瞼が塞がり頬が腫れ唇が切れた痛々しい顔で、少し嬉しそうに、少し哀しそうに笑った。ロンの笑顔に胸が痛み、それ以上直視できずに俯けば、それまで金網に凭れていたロンが「よし」と上体を起こす。ロンが立ち上がると同時に手首で金鎖がきらめき、十字架が眩く光った。
 「試合再開です」
 立ち去るロンを見送り、ホセが呟く。ヨンイルの時間稼ぎに限界が訪れ、腹立ちまぎれに金網を蹴りつけた凱が憤然とリング中央へ戻ってくる。 
 「ロン!」
 金網をこぶしで打ち、ロンの背中に声をかける。
 「天才の言うことを信じろ。君は負けない、負けるはずがない。必ずや凱に勝ち、今日まで君を馬鹿にしてきた連中を見返すことができると断言する」
 目を閉じ深呼吸し、目を開く。
 僕はレイジの代わりになれないが、でもそれでも、僕にしかできないやり方でロンを励ますことができる。
 鍵屋崎直のやり方でロンの力になることができるはずだ。
 『龍是有男子気概的人』
 凱と対峙したロンに台湾語で告げれば、肩越しに振り向いたロンが驚いた顔をし、そして。
 『……謝謝』 
 周囲の目を気にしながら恥ずかしそうに礼を言った。
 「?なんておっしゃったんです」 
 「極秘機密だ」
 ホセの追及をそっけなくかわし、何食わぬ顔で眼鏡のブリッジを押し上げる。
 「かっこいいぞ」なんて、口が裂けても言えない。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20051102004132 | 編集
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