ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十話

 「どういうつもりだ」
 サーシャは無表情だ。
 「ボイラー室の再演をするつもりか?二度もおなじ手にのるほど私は愚かではない」
 「今度は噛みついたりしねえよ」
 サーシャの頬に手をそえたレイジが淫らに微笑む。もう片方の腕はサーシャの首に回し、自分から抱擁をせがむような愛撫をねだるような姿勢をとる。目の前で繰り広げられるおぞましい光景から目を背けたい。が、背けられない。レイジの瞳には求心力がある。底無しの虚無を宿した色硝子の瞳はあまりに綺麗で吸いこまれる。目の前の光景は僕の理解を超えた、僕の理解を拒む光景だというのに金縛りにあったようにその場を動けず不吉な予感に胸が高鳴る。
 レイジはどういうつもりだ?もうすぐロンの試合が始まるというのに、ロンがリングに上がらなければならない大事な時にこんな人けのない通路でサーシャを誘惑して、試合などどうでもいいとうそぶいて……試合に無関心な演技をしてるのか、本心から試合に興味を失ったのか謎めいた笑顔からは推し量れずに当惑が深まる。
 僕は慄然とその場に立ち尽くし、驚愕に目を見開き、イヴをそそのかす蛇のようにサーシャの首にレイジの腕が絡みつく淫猥な光景を見守るしかない。壁を背中に預けたレイジに覆い被さるサーシャが、爬虫類めいて残忍な笑みに口角をつりあげる。
 「もうすぐ試合が始まる。観にいかなくていいのか、出場するのは王が寵愛する猫だろう」
 「懐かない猫には興味が失せた」
 レイジは軽薄に肩を竦めた。ロンに一抹の未練もないと宣言するように、そっけなく言いきる。
 「いくら可愛がっても餌やっても懐きもしねえで飼い主の手をひっかく猫だ。野良は野良、都合よく飼い馴らそうとした俺がばかだった。大丈夫、あいつは強いからひとりで生きてける。俺の世話なんかいらない。いや、違うな」
 サーシャの頬に手をあてたレイジが自嘲的に笑う。
 「あいつにとっちゃ俺の存在が迷惑でしかないって、俺のすること全部余計なお世話でしかないってようやくわかったんだ。だからもういいんだ。いつか懐いてくれるんじゃないかって期待して尽くしてばかみたいだ。これからは俺がしたいようにやる、ロンなんかどうでもいい、あいつがどうなろうが関係ねえ」
 可笑しそうに笑い声をあげるレイジに戦慄が走る。レイジは本気で言ってるのか?本気でロンを見捨てるつもりなのか?馬鹿な。ロンにはこれから大事な試合が控えているのに応援に駆け付けもせず、こうしてサーシャと遊んでいるつもりか?
 ふたりの間に何があったかは知らない。何があったとしても部外者の僕が口を挟む問題じゃない。が、今の台詞はレイジらしくない。晴天の空の下に寝転がり、本当にロンが大事だとはにかむような笑顔で僕に打ち明けたレイジらしくない。レイジにとってロンはかけがえのない大事な存在じゃなかったのか、こんなに簡単に見限ってしまえる程度の存在だったのか?
 サーシャの首に腕を絡めたレイジが卑屈な笑みから嫣然たる微笑へと表情を切り替える。優雅に長い睫毛に縁取られた切れ長の双眸を恍惚と濡らし、挑発的に唇を舐めるさまは獲物を狙う豹さながら獰猛。上着の胸にぶらさがった十字架がただでさえ背徳的な行為をなおさら疚しいものに見せる。胸元で揺れる十字架には目もくれず、淫蕩な熱に浮かされたようにサーシャを見上げ、囁く。
 「遊ぼうぜサーシャ。試合が終わるまで相手してくれよ。会場には戻りたくないんだ、やなこと全部忘れさせてくれ」
 レイジの目はいたずらっぽく笑っていた。サーシャの頬からすべりおちた手が首筋をなで、肩にかかる。蛇が這うようにゆっくりといやらしい手つきだった。
 突然、サーシャが予想外の行動にでた。
 「!―っ、」
 力任せにレイジが首にさげた十字架を毟り取るや、もう片方の手で素早くレイジの両手首を纏め上げ頭上の壁に縫いとめる。頭上の壁に容赦なく叩き付けられ、手首が軋む激痛にレイジの体が跳ね、綺麗に整った顔に苦痛の色が浮かぶ。苦痛に顔をしかめたレイジに一片の慈悲をかけることなく、鈍くきらめく金鎖を頭上に固定した両手首に二重三重に巻き付ける。どんなに暴れても自力では解けないよう、執拗な念の入れようで締めつければ手首に鎖が食い込む激痛にレイジがたまらず苦鳴をもらす。
 「無知で無教養な雑種に二度もおなじ手を食えば皇帝の権威が失墜する、お前が二度と過ちを犯さぬよう戒めさせてもらう。ぶざまな格好だな東の王よ、ゴルゴダの丘で磔刑に処されたキリストのようだ。笑えるぞ、汚らしい淫売の股から生まれた劣等の混血がキリストの真似か。その格好では私からナイフを奪えまい、抵抗できまい」
 「……しつこい男はいやだね、まだむかしのこと根に持ってんのかよ」
 肌身はなさず身に付けていた十字架が仇となり、ネックレスの金鎖で手首を束縛されたレイジが舌打ちする。おそらく、僕やロンの入所以前に渡り廊下で起きた戦争のことを指してるのだろう。
 「当たり前だ。だから半年前もナイフを貸さなかったのだ、初戦とおなじ過ちをくりかえすのは愚の骨頂だ。ボイラー室でもそうだ。娼婦顔負けの芝居ができるおまえは信用ならない、また唇を噛みちぎられてはたまらない」
 狂気の燐光を目に宿したサーシャが、レイジの両手を一本に纏め上げ、至近距離でその顔を覗きこむ。
 「こうでもしなければ、存分に犯せない」
 「縛られて興奮する趣味ねーんだけど」
 「お前の意向など尊重せん」
 人けのない裏通路の暗がりに身を潜めたサーシャが、一本に纏めた両手を頭上に高々と掲げられたレイジをじっくり隅々まで視姦する。
手首を鎖で束縛され、壁を背中に預けた無防備な姿勢を強いられたレイジはそれでも笑っていた。
 黄色人種と白色人種の混血の産物の天然の茶髪、長めの前髪に隠れているのは色素の薄い睫毛に物憂く沈んだ双眸。端正な鼻梁と薄く整った口元、形よく尖った顎。甘さと精悍さが絶妙に入り混じった顔だちは、笑みを薄めれば薄めるほどに鋭く研磨され、個々のパーツの精妙さが際立つ。
 舐めるようにレイジを見つめ、顎から首筋にかけて視線を下降。緩んだ襟刳りから伸びた首筋はきめ細かく、汗の匂いすら官能的に思える。
 サーシャの喉仏が上下し、音たてて生唾を嚥下。緩んだ襟刳りから覗いた肌の色香に劣情を刺激され、欲望に火がついたのだろう。サーシャの手がレイジの上着をたくしあげ、内側へともぐりこむ。はだけた上着から覗いたのはなめらかな褐色肌、豹のように精悍でしなやかな肢体。自分の上に覆い被さり、欲望の虜となって夢中で手を這わすサーシャを見下ろしながらレイジは歌を口ずさむ。
 ずっと聞いてると悪酔いしそうに音痴な歌で、僕は壁に背中を預け、力なくずり落ちた。レイジはなにを考えてるんだ、なんのつもりだ?何故サーシャとこんなことを?ロンの試合は本当にどうでもいいというのか。      
 されるがままのレイジに胃がむかつくような吐き気をおぼえ、壁に寄りかかった僕の耳に乾いた音が響く。サーシャが再びレイジをぶったのだ。
 「唄うな。興が殺がれる」
 「なんで。気分でない?」
 二度頬をぶたれてもレイジは懲りずに笑っていた。頬を薄赤く腫らしても反省の色のないレイジに逆上しかけたサーシャが、深呼吸で怒りを鎮めたのち提案する。
 「……良いことを考えた。口寂しいお前のために特別にはからってやる。半年前監視塔で、北の可愛い配下を葦のように薙ぎ倒しながらお前は聖書の文句を唱えていたな。汚らしい雑種の分際で、混血の私生児の分際で、肉の快楽に溺れる淫売の分際で聖句を唱えるなど神への冒涜だ。が、皇帝は寛容だ。そんなに唱えたければ好きなだけ唱えるがいい、存分に神に縋るがいい。ただし、」
 レイジの前髪を手荒く掴み、無理矢理顔を上げさせる。
 「行為の最中に聖句が途切れたら酷くするぞ、覚悟しろ。痛い方が気に召すならそれもいいがな」
 「今も痛いって」
 不満げな抗議を無視し、前髪を揺さぶってサーシャが強要する。
 「さあ、言え。神に祈りを捧げて助けを求めろ、苦境から救い上げてくれと喉が嗄れるまで泣き叫べ」
 凍てついた声で命令され、前髪を掴まれたレイジが喘ぐように口を開く。両手首を鎖で戒められて、サーシャに押さえ込まれて身動きできず、はだけたシャツから薄ら汗をかいた素肌を覗かせた扇情的な姿態で。
 瞼をおろし、神に祈る。
 「……『いま、聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい、あなたを憎む者に善を行いなさい』」
 衣擦れの音がする。片手でレイジの両手首を拘束し、もう片方の手で胸板をまさぐり、口で首筋を辿る。相手を気持ちよくさせることより自分の快楽を優先するサーシャの前戯は性急で、レイジの表情もむしろ苦痛の色が濃い。手首に食い込む鎖が痛いのか、わずかに眉をしかめた被虐の表情が官能的だ。
 「『あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい』」
 上着を胸まではだけられ、殆ど上半身裸になったレイジに覆い被さったサーシャが浅く呼吸を乱して征服者の愉悦に酔いしれる。
 「続けろ」
 愛撫がはげしさを増す中サーシャが冷徹に命令し、レイジは従順に続ける。
 「『上着を奪い取る者には、下着も拒んではいけません』」
 ルカの福音書、汝の敵を愛せよ。
 壁に寄りかかった僕はその場から一歩も動けず、口の中で呟いた。
 レイジは続ける。狂気に取り憑かれたように饒舌に、上着をはだけた格好でサーシャに身を委ね、性急な愛撫にともすれば理性を散らされそうになりがら、サーシャの肩口に顔を埋めて。
 「『すべて求める者には与えなさい』」
 サーシャが耳朶を噛み、レイジがくすぐったそうに肩を揺らす。
 「『奪い取る者からは取り戻してはいけません』」
 執拗に耳朶を舐めていた舌が、濃厚な唾液の糸を引いて首筋を這う。軟体動物めいた襞の動きが正視に耐えないほど淫らでおぞましく、生理的嫌悪に吐き気を催す。
 「『自分がしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。そうすればあなた方の受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いから……』……っ、」 
 「続きはどうした」
 僕には見えない角度でサーシャが何かをしたらしい。快楽に流され、余裕を失いつつあるレイジがそれ以上声を漏らさないよう唇を噛めば、その強がりが可笑しいのか、死角の手が愛撫のはげしさを増す。
 「……お前、ほんっっとうにいやなヤツだな」
 不敵な笑みを取り戻したレイジが、押し殺した息遣いの下から毒づく。そして、詠唱を再開。
 「『あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい』……終わった。ほら、これで満足だろ。拍手でもしてくれよ」
 「褒美をやろう」 
 意味ありげな笑みを深めたサーシャがレイジの手を解放する、と見せかけて、鎖で括った腕を自分の首の後ろに通し体が離れないようにする。両手が自由に使えるようになったサーシャが、おもむろにレイジの片足を抱え上げる。
 「東の王がこれほど淫らな男だとは知らなかったな」
 「はは、舐めるなよサ―シャ」
 片足を抱え上げられた苦しい体勢でレイジが笑う。絶望的に乾いた笑い声だった。もう何もかもどうでもいいと全部を放り出してしまった人間の哄笑。
 殆ど光が射さない裏通路の暗がりで、サーシャに腰を抱え上げられ、十字架の手枷で束縛されたレイジが獰猛に犬歯を剥く。性急な愛撫に息を上げ肌を紅潮させ、汗にぬれた前髪を額にはりつかせ、とんでもなく淫乱な本性をさらけだした笑顔で。
 「まだ序の口だ、本番はこれからだ。きっちり躾る自信がないなら手枷を外せよ、逆に食ってやるから」
 サーシャの顔が憎悪に歪み、息を呑むほどに美しいアイスブルーの瞳に残虐な光がよぎる。
 「……お前は余程酷くされるのが好きらしい。ならば望みどおりにしてやる、誰が誰の飼い主か徹底的に仕込んでやる」
 サーシャの唇がいびつに綻び、陰惨きわまりない笑顔を形作る。
 「お前は私のものだ」 
 低く宣言したサーシャの肩越しに、レイジと目が合う。いつから僕の存在に気付いていたのか、僕と目が合ってもレイジは少しも動じなかった。サーシャの首に腕を回し、腰を抱え上げられ、立ったまま行為に及ぼうというその体勢から僕を見つめ、苦しげに笑う。

 『Do not you come here, too?』 
 お前もこっちに来ないか?
 
 「……………!」
 背中に戦慄が走った。
 駄目だ、我慢の限界だ。他の男に腰を抱かれながら僕を誘惑したレイジに、生理的嫌悪が限界に達する。見間違いではない、レイジの口はたしかにそう動いた。お前も一緒にどうだと誘いかけたのだ。
 衣擦れの音が再開し、レイジにサーシャが覆い被さる。そこから先は見たくもなくて、一刻も早くレイジから離れたい一心で廊下をひた走る。腕を振り床を振り通路の出入り口めざして疾走する。
 脳裏にはまだ、レイジの笑顔が焼き付いている。
 サーシャに体をまさぐられ、奔放に喉を仰け反らせるレイジの淫らな姿態が……
 「かはっ、」
 会場までもたなかった。
 通路の途中で耐えきれず、壁に手をついてしゃがみこみその場に嘔吐する。気持ちが悪い気持ちが悪い気持ちが悪い。あんなレイジ知らない、あんなレイジは見たことがない。自分に殺意を抱く相手に身を任せきり、快楽に溺れ、頬をぶたれても鎖で縛られても無抵抗に……
 あれはなんだったんだ?
 僕はいったい、なにを見てしまったんだ?
 『あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい』
 「っ、」
 両手でしっかり耳を塞ぐ。しかし、幻聴は止まない。直接頭蓋骨の裏側に響くように殷殷とこだまし、僕を深淵にひきずりこもうとする。
 『あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。あなたの片方の頬を打つ者には、ほかの頬をも向けなさい』
 『すべて求める者には与えなさい』
 通路の壁に両手をつき、肩で息をしながら考える。
 レイジは一体、どうしてしまったんだ?

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20051108003001 | 編集
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