ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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十九話

 「ほんッま、すまん」
 今、僕はヨンイルに拝み倒されている。
 ヨンイルの隣で気まずげに俯いてるのはつい先日二度と顔を見たくないと宣言したワンフーで、場所は地下停留場の片隅。試合開始まで10分を切り、人で賑わい始めた地下停留場の片隅に僕を引きずり、頭をさげている二人は西棟の囚人。
 ヨンイルとワンフーだ。
 西のトップを任ずるヨンイルは配下の不始末を詫びに地下停留場に降りた僕を拉致拘束、僕が抗議の声をあげても完全無視でワンフーが待つ片隅へと強制連行したわけだ。
 ワンフーが西棟の人間だと、その時初めて知った。
 中央棟地下の売春通りには東京プリズンの四つの棟、東西南北すべてから囚人が集められて客をとらされていたから、隣人がどの棟の人間でもおかしくはないのだが……
 「お前なにひとの背中に隠れとんじゃ、元はといえばお前の悪ふざけが原因で親が頭さげとんやろが。ちィとは反省このドあほ」とヨンイルに頭を小突かれ、僕と正面対峙したワンフーが落ち着きなく視線をさまよわせる。ワンフーの怯えた態度に苛立ち、もはや口をきくのさえバカらしくて無言で回れ右すればすかさずヨンイルが腕を掴む。
 「漫画の読みすぎでインクが付着した汚い手で触れるな、服に染みがつくだろう」
 「なおちゃんどうどう」
 「なにを誤解してるんだか知らないが僕は至って冷静だ。ペア戦当日に余裕を見て地下停留場に降りてみたら突然わけもわからず拉致拘束され強制連行、顔を見るだけで不愉快で反吐が出るスリ師崩れと引き合わされて沈黙を共有する羽目になったからといって腹を立てるわけがない。僕は怒れば即暴力的手段で短絡的解決策をとる貴様らとは違いいついかなるときも冷静沈着な天才なんだ」
 ヨンイルの手を邪険に振りほどき、さらにヨンイルが触れた個所を黴菌にでも感染したようにはたく。黴菌扱いされたヨンイルが苦笑いし、所在なげに立ち尽くしたワンフーへと顎をしゃくる。
 「話はぜんぶこいつから聞いた。本人も悪気はなかったみたいやし今回は俺の顔に免じて許したって、な?このとおり」
 「その顔に免じてというならまずは素顔をさらせ、ゴーグルをしたままよくそんな矛盾した台詞が吐けるな」
 ただの言いがかりだとわかっているがどうにも腹立ちがおさまらない。ワンフーのせいで安田は失職の危機に直面し一晩で目に隈ができるほど憔悴し、辞表を書くまでに追い詰められたのだ。
 それもすべてワンフーが出来心で安田の銃をスッたせいだ。しかも出来心のスリが発覚して処罰されるのをおそれたワンフーが責任逃れに地下停留場に放置したせいで銃は行方知れずとなり、僕とサムライの捜索むなしくいまだ手がかりひとつ得られない。
 それなのに、よくもぬけぬけと顔を出せたものだと今更ながらワンフーの図々しさにあきれる。ワンフーを庇うヨンイルにも反感を持つ。腰に手をあてた尊大なポーズでヨンイルとワンフーとを見比べれば、観念したヨンイルが無造作にゴーグルを押し上げる。
 ゴーグルの下から露出したのは稚気と凄味とを均等に宿した双眸、少年と青年の中間の顔だち。
 僕の指摘に謙虚に応じ、素顔を晒したヨンイルがワンフーを弁護する。
 「堪忍したってやなおちゃん、こいつ病気なんや。ミギ―が寄生しとるんや。外にいるときもここにきてから盗癖治らへんで、西棟でもの消えたら真っ先にワンフー疑えて鉄則ができたくらいや。安田さんの銃パチったんも本人言うとおり魔がさしたんやろ。こいつが売春班落ちしたんも深い理由があってな」
 わざとらしくため息をついたヨンイルが、もぞもぞ身動ぎするワンフーを指さす。
 「某看守とすれちがいざま病気がでて、条件反射でスリ働いてもうたんや。スったんは財布。まあ財布の中には小銭しか入ってなかったから大したことないんやけど、一緒に入ってたモンが問題で……その看守、売春班のガキに女装させた写真持ち歩いとったんや。ナース、セーラー、ワンピース、ボンテージにランジェリー。その女装写真が西のガキどもんあいだに流出して、ワンフーに財布スられた看守はしっしっ、ばっちィこっち寄んなの変態扱い。それに激怒した看守が囚人締め上げて犯人炙り出して、ワンフーを売春班に推薦したんや。独居房送りじゃ気ィ済まんかったんか、自分で復讐するつもりやったんか定かやないけど……」
 赤面したワンフーの肩を叩き、ヨンイルが盛大に笑う。
 「ま、そんなわけで!外の恋人一筋のワンフーは売春班に転落、痔になるまでケツの穴もてあそばれても病気は治らんで手遅れでしたってオチや」
 「僕にワンフーの身の上話を聞かせてどんな反応を期待してるんだ?同情すればいいのか、共感すれば満足か」
 ワンフーのスリの腕は天才的だ、五十嵐からボイラー室の鍵をスッたときの手際良さには脱帽した。ワンフーがいてくれなければボイラー室に拘禁されたロンを助け出せなかった、ワンフーの協力あったからこそ元売春夫一丸となった救出作戦は成功したのだ。その点ではワンフーを見直したが、安田の銃を盗んだ事実が発覚し上がりかけた株が大暴落した。
 今現在安田が失職の危機に直面してるのはすべてワンフーのせいだ。出来心でスッた銃の処分に困ったワンフーが、朝になれば誰かが見つけてくれるだろうと、無責任な考えで現場に放置したせいだ。
 「過ぎたことうだうだ言うてもしゃあないやろ。よっしゃ、こうしよ。子の不始末は親の責任、子の尻拭いは親のつとめ。俺もチャカさがしに乗ったる」
 「君が?」
 「ヨンイルさんが?」
 ワンフーと同時に聞けば、ヨンイルが思案げに腕を組む。
 「銃めっからんと安田のクビは間違いなし。今回の騒ぎは俺の監督不行届きが原因や。俺も一応西の道化なんて仰々しい二つ名もちでアタマ張っとるし、うちの人間がバカやったせいで発砲騒ぎが起きた挙句死人がでよった日には他棟にしめしがつかん。西の人間のケツ拭いもトップの仕事、や」
 「待て、かってに決めるな。たしかに人手が増えれば捜索範囲も広がるし効率もよくなるが、捜査はごく内密に進めなければならない。一歩間違えば安田が職を失う、君の軽はずみな言動がきっかけで西の人間に今回の事件を知られては……」
 「だーいじょうぶやって、まかせとき」
 眉をひそめて難色を示せば、提案者のヨンイルがおおいに乗り気で請け負う。
 「図書室の平和のため東京プリズン平和のため、じっちゃんの名にかけて事件解決したるさかい安心してや。せやけど漫画みたいやなあ、刑務所で銃盗難事件やなんてわくわくするなあ!」
 八重歯を覗かせた活発な笑顔で先走るヨンイルにもう反論する気も失せる。図書室の平和が東京プリズンの平和に優先するのも彼らしいが、本音は後半だろう。漫画と現実の区別がつかない人間はこれだから手におえないと、どうせまた漫画の引用だろうどこかで聞いたフレーズに酔いしれるヨンイルを冷めた目で眺める僕に、おずおずとワンフーが寄ってくる。
 「あの、その……こないだのこと、なんだけど。本当、ごめん」
 「……口先だけの謝罪と猿でもできる反省はよく似ている」
 「……言い訳できねえな、はは。夢の中で凛々にも怒られちまった。恩人の財布に手をだすなんてワンちゃん最低よ、って……あ、ワンちゃんって俺の愛称だけど」
 「のろけはいい、結論を聞きたい」
 照れ隠しに頭を掻いたワンフーを冷ややかに睨めば、深呼吸し顔を引き締め、ワンフーが毅然と前を向く。傷痕が目立つ顔を固く強張らせ、誠実な面持ちで僕と相対し、体の脇でこぶしを握り締めて決意表明。
 「俺にできることあったらなんでも言ってくれ。スッた本人がいまさら何ほざいてんだってかんじだけど、今回の騒ぎは全部俺の責任だ。安田は俺を助けてくれた、俺だけじゃない、タジマに苦しめられた売春班のガキども全員を助けてくれたんだ。こともあろうにその安田に、俺はとんでもないことしちまった。取り返しがつかねえことやっちまった。ヨンイルさんはああ言ってくれたけど、俺がしでかした不始末は俺がきちんとケリつける。お前ら手伝って銃を見つけ出して、ちゃんと頭下げて安田に返す。じゃなきゃ娑婆で凛々にあわす顔がねえ」
 ワンフーの視線の先にはヨンイルがいた。
 ワンフーの感謝の眼差しにも気付かず、「よっしゃ、金田一全巻読んで勉強や!」と息巻いている。
 どうでもいいが、手当たり次第に推理小説を借りて古今東西の名探偵にあやかろうとした僕とヨンイルの思考回路が似ている事実に動揺を隠せない。 
 呼んでもいないヨンイルが興味本位に首を突っ込んだせいで妙な展開になったが、協力者が現れたのは有り難い。僕とサムライだけでは出来ることに限界がある。ワンフーが放置した銃がだれかに持ち去られたのは確実。その誰かが東西南北どの棟の囚人か特定できない現状では、西棟に捜索範囲を広げられるだけでも大進歩だ。
 ヨンイルとワンフーの二人一組には西棟で銃を隠し持ってる者がいないか当たってもらい、僕とサムライは東棟をくまなくさがす。北棟と南棟の囚人が銃を持っていた場合は……またあとで考えよう。
 ヨンイルとワンフーをその場に残し、地下停留場の隅をはなれる。
 とうとうロンと凱の対決日がやってきた。
 ロンと僕が衆人監視のリングで参戦表明してからはや一週間、ロンは今日ペア戦デビューを果たす。試合開始まで10分を切った現在、初陣を切るロンと凱はすでにリング脇に待機してるはず。地下停留場の人ごみを突っ切り、ロンが待つリングへと急ぎながら、めまぐるしく過ぎたこの一週間を回想する。
 この一週間、売春班休止中で体が空いた昼間はレイジに誘われてバスケットボールをし、夜ともなればサムライを助手に地下停留場におりて銃を捜索した。ワンフーが地下停留場に銃を放置してから既に日数が経過し、誰かに持ち去られてるのは確実なのに地下停留場におりたのはそこしか捜す場所を思いつかなかったから。東棟の囚人は皆親殺しの僕を蔑視してるし、まともに事情聴取したところで情報を入手できるはずもなく、鼻で笑われるか邪険に追い払われるだけだ。
 東棟の囚人に全面拒否されては、現場検証に一縷の望みをかけるしかない。
 銃はなくても、銃を持ち去った犯人を示す手がかりが残されてるかもしれない。 
 それをサムライに話したら、
 『推理小説の読みすぎだ』 
 とあきれた顔をされた。まったく失礼な男だ、僕が読んだ推理小説では被害者の大半が死体発見現場に真犯人を示すダイイングメッセージを書き記していたのに……推理小説の犯人もそうなのだから、現実の犯人だってささいな見落としで現場に痕跡を残してそうなものじゃないか。
 僕の考えに間違いがあるはずない、天才に間違いなどあってたまるか。
 僕が現場検証とバスケットボールに費やした一週間、ロンもまた無為に過ごしていたわけではない。詳しくは知らないが、レイジに紹介されたコーチについて猛特訓したらしい。凱戦に臨む意気込みは十分というわけだ。
 ロンとともに参戦表明した僕にとっても他人事ではない。
 今日の第一試合に予定されているのはロン対凱のカードで、それ以降はサムライとレイジが出場すると合意に至った。僕の出番はない。認めたくはないが、今の僕がリングに上がっても勝てる可能性はない。結局また応援席に回されて、ロンやレイジやサムライに指示をとばすことでしかできないのが現状だ。
 しかし、いつかは僕の出番が回ってくる。僕がリングに上がる日がやってくる。
 それは来週かもしれないし再来週かもしれない。レイジとサムライが順当に勝ち進めば来週も再来週も試合が組まれ、僕がリングに上がらざるをえない日が必ずくる。
 その日までにサムライに教えを乞い、自分の身を守る術を学ばなければ。
 決意を新たにリングへ向かう途中、ふと、人だかりができ始めたリング周辺に知人を見つける。
 眼鏡越しの目を細め、そちらを注視。レイジだ。おかしい、何故あんなところにいる? ロンはすでにリング脇に待機してるはず。いつものレイジなら真っ先にロンのところへとんでいってスキンシップ過剰にねぎらうはずなのに、今日は一定の距離をとり、ロンの視界に入らない人ごみに埋もれてる。
 「……」
 そういえば、ここ二日ほどレイジとロンの様子がおかしかった。
 食堂でも一切会話を交わさず、互いに目も合わせようとせず、よそよそしい距離を保ってる。二人の間に何かあったんだろうか?レイジの行動を不審に思い、近付こうとした僕はハッとする。
 レイジの正面に誰かがいる。背の高い銀髪の男だ。灰褐色にくすんでがさついた肌は薬物依存症の特徴。半年前は静脈が透けるほど白い肌をしていたその男は、レイジを憎悪する北の皇帝……ロシア人至上主義の誇大妄想狂で重度の薬物依存症、半年前監視塔にて王様と死闘を演じた人物、超絶的なナイフの使い手。
 サーシャだ。
 サーシャの姿を確認し、不吉な予感に胸が騒ぐ。
 何故サーシャがここに?レイジと何の話をしている?半年前、深夜徘徊中に拉致され巻き込まれた監視塔の死闘を思い出す。
 まさか、半年前の再現をするつもりか?
 地下停留場が血の海になる光景を幻視し、あたりを見まわしサムライを捜す。
 サムライの姿はない。地下停留場におりるまでは一緒だったのだが、ヨンイルにひきずられ片隅に連れていかれて、否応無く離れ離れになってしまった。ロンの試合が始まる頃には戻ってくるだろうが、今彼がどこをうろついてるか皆目見当がつかない。   
 サムライとはぐれた自分の愚かさを呪い、舌打ち。レイジとサーシャの抑止力となる人間が他に思い当たらず、焦りがいや増す。はっきり言おう、ヨンイルはあてにならない。僕はまだヨンイルを信用してない、何故彼のようにふざけた人間が西のトップにおさまってるのか理解に苦しむというのが本音だ。自分が信用できない人間に抑止力の期待ができない以上、サーシャとレイジがぶつかった場合、ふたりを止められる人間はだれもいない。
 ひとり気を揉む僕をよそに、レイジとサーシャがふたり連れだって人ごみを抜ける。
 「?」
 どこへ行くつもりだ、もうすぐ試合が始まるというのに。考えるより先に僕はふたりを尾行していた。あえて理由をさがすなら、サーシャとレイジを二人きりにするのは危険だと本能が警鐘を鳴らしたからだ。
 人ごみに紛れ、ひっそりと通路に吸いこまれたふたりを追う。通路に入った途端に照明が届かず視界が薄暗くなる。天井には一応蛍光灯が取り付けられているのだが、大半が割れ砕けて床や壁に不気味な陰影を投じている。人けのない通路を歩き、やがて角を曲がり、二人の背中が視界から消える。
 いやな予感に急かされ、足を速める。サーシャに促され先に角を曲がったレイジ、レイジに続いて角を曲がったサーシャ。
 試合開始10分前。観客が地下停留場に集中し、だれも目もくれない通路でなにを……
 「デートの約束はしてないはずだけどな」
 レイジの声がした。
 壁から顔を覗かせ、ほそい通路を覗きこむ。蛍光灯が割れ、殆ど光がささない薄暗い通路にふたりはいた。壁に背中を預けたレイジの正面にサーシャが立ち塞がっている。
 レイジは笑っていた。壁に背中を凭せ掛けたポーズで、片手をだらしなくポケットに入れている。
 「懲りない皇帝だな、ボイラー室が立ち入り禁止になりゃ今度は別のところに俺連れこんで……用があんならちゃっちゃとすませてくれよ」
 「その手はなんだ」
 「手?」
 サーシャの視線に促され、手の甲に目を落としたレイジが「ああ」と腑に落ちたように頷く。
 指摘され、初めて気付いた。
 レイジの手の甲に走る赤い線、乾いた血が凝固した痛々しい傷痕。
 「俺の怪我心配してくれたの?見かけによらずやさしいね」
 「どうしたのか言え」
 「……猫にひっかかれたんだ」
 東京プリズンに猫がいるはずない。
 レイジの言葉が意味する真実に思い当たり、ロンの顔を思い浮かべる。僕とおなじ真実に至ったらしいサーシャが皮肉げに微笑む。
 「王の道楽で飼ってる雑種の猫か。飼い主の手をひっかくなど躾がなってない」
 「放任主義なんだよ」
 壁を背にしたレイジが肩を竦め、用は済んだとその場から立ち去ろうとする。が、その手をサーシャが掴むほうが早かった。
鈍い音、壁を伝わる震動。
 レイジの腕を引っ張り、その勢いで壁に背中を叩き付けたサーシャの瞳が異様な輝きを増す。アイスブルーの双眸に狂気を宿し、レイジの手に手を携え、自分の口元に導く。
 ひび割れ乾燥した唇が、そっと手の甲に触れる。サーシャの唇が、ゆっくりと、傷痕を啄ばむ。最初は触れるだけ、赤い線に沿って唇を滑らしていたのが次第に熱をおびた愛撫に変化。上唇と下唇で食み、傷痕に舌を踊らす。唇で繊細に愛撫し、濃厚に唾液をすりこんだ上で軽く歯を立て官能的に甘噛み。
 見てはいけないものを見ている気分だ。
 サーシャは一体なにをしてるんだ?人けのない裏通路にレイジを連れこんで、壁際に追い詰めて、その手をとって傷痕を舐めて。レイジも何故無抵抗で、笑みさえ浮かべてサーシャの奉仕を眺めてるんだ。
 まるでそれが王様の特権だというように、舌での奉仕を享受してるんだ?
 軟体動物めいて淫猥に蠢く舌が手を這い、傷痕が唾液に濡れ光る。淫靡に濡れ光る傷痕を見下ろし、サーシャの舌が指に絡むたびにくすぐったそうに体を揺らし、レイジが笑みを深める。
 「なぐさめてくれんの」
 甲高く乾いた音が響く。サーシャがレイジの頬をぶったのだ。手加減せず、おもいきり。
 「血の穢れた雑種の分際で私を愚弄する気か」
 サーシャの声は怒りの波動を孕んでいた。
 レイジに対する純粋な憎悪と殺意、それが高じた独占欲。
 「何故気高き皇帝が身分不相応の口をきく雑種をなぐさめなければならない?調子に乗るなよ東の王。いいか、これは消毒だ。お前の体に傷をつけて良い権利を有するのはこの私だけ、飼い犬に鞭をくれていいのは飼い主だけだというのに、お前ときたら黄色い飼い猫に手を噛まれて菌を伝染される体たらく。今日地下停留場でお前のその傷痕を見た時から怒りで気が狂いそうだった。肝に銘じろ東の王よ、お前はいつか近い将来私の飼い犬となる運命だ。皇帝手ずから首輪をはめられ玉座のそばにつながれる運命にあると自覚しろ」
 サーシャを狂気に走らせるのはレイジに対する異常な独占欲。憎悪なのか愛情なのか、本人にも区別がつかない激情の洪水。憎憎しげに呪詛を吐くサーシャとは対照的に、レイジはぶたれたまま横を向いて無言。長めの前髪が邪魔してその表情は見えないが、口元はかすかに笑っていた。
 ぶたれてもなお余裕なレイジが気に入らなかったのか、サーシャの眉根が寄り、険悪な表情に豹変する。
 「お前の手に傷をつけた雑種に思い知らせてやらなければ」
 「なにするつもりだ」
 「お前に傷をつける日を心の底から待ち遠しく思っていた。覚えているか?お前に背中を切り刻まれたときからそれが、ただそれだけが私の悲願だった。お前を虐げて跪かせて犬のように扱うこと、それこそが私の野望にして復讐。私がお前を殺すまでお前はだれにも殺されてはならない、西のトップにも南のトップにも殺されてはならない。お前を切り刻んでいいのはお前に切り刻まれた私だけだ。それをあの中国人は、ロンとか言う名の雑種は、私を出しぬいてお前の体に傷をつけた。誰の目にもあきらかな痕を残した」
 熱に浮かされたように両手を広げ饒舌に演説し、狂気の坩堝と化した瞳を爛々と輝かせるサーシャ。
 「一度思い知らせてやる必要がある、誰が誰の飼い主か、誰が誰を虐げていいのか。たしかあの中国人は今日のペア戦に出場するな。ならば試合が終わったあとだ、いや、試合終了まで待つことはない。今すぐ会場に引き返しあの中国人をつかまえ、誰が誰のものだか教えてやる。はっきりと思い知らせてやる。この服を脱いで背中の傷を見せ、お前の本性を教えてやる。お前が笑いながら私の背中を切り刻んだときのことを話してやる。そうすれば二度とお前に手を上げたりはしない、皇帝のものに手だしをしない」
 サーシャは完全に狂ってる。レイジを独占するためなら手段を選ばないと宣言してるようなものだ。爬虫類めいて残忍な笑みを浮かべたサーシャが踵を返した瞬間。
 「やめろ」
 サーシャがゆるやかに振り向き、うろんげにレイジを凝視する。通路の薄暗がりに佇んだレイジは、前髪に表情を隠し、俯き加減にくりかえす。
 「やめてくれ」  
 レイジのこんな声、初めて聞いた。レイジが誰かに懇願するところを初めて見た。壁に隠れた僕の視線の先、片手に十字架を掴んで立ち尽くすレイジは大胆不敵な王様ではなく、暗闇においていかれた子供のように孤独で頼りなげで。
 とても、危うげで。
 サーシャを引きとめるためなら手段を選ばない覚悟で、十字架を握り締めているように見えた。
 「…………誰に命令している?」
 平静を装い、壁際に引き返したサーシャがぐいとレイジの顎を掴む。無理矢理顔を上げさせられ、前髪が流れ、レイジの表情が暴かれる。驚き、わずかに目を見開いた表情。虚を衝かれた、という表現がいちばん正しい空白の表情。
 瞳にはただ、吸いこまれそうな虚無があった。
 そしてレイジは瞳に虚無を湛えたまま、口元に笑みを浮かべる。
 「勘違いしてるのはお前だ、サーシャ。ロンなんかもう、どうでもいいんだよ」
 え?
 レイジは何を言ってるんだ?ロンなんかどうでもいいと、今そう言ったのか?……まさか。レイジの口からでた言葉とは思えずに耳を疑う。驚愕した僕をよそにレイジは淡々とくりかえす。
 「俺がいなくても、いや、俺がいないほうがいいんだ。いいに決まってる。試合なんてどうでもいいよ、わざわざ見に行く価値もない。暇潰しにもならねえ。だからさ……」
 困惑したサーシャの首に手をかけ、禁断の果実を齧るような笑顔を浮かべる。
 「今ここで、たのしませてくれよ」 
 今、自分が見ている光景が信じられない。
 これじゃまるで、レイジが誘惑してるみたいじゃないか。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20051109002841 | 編集
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