ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

関連記事 [スポンサー広告]
スポンサー広告 | コメント(-) | ------------ | 編集
九話

 「またきてねー」
 廊下に送り出した客ににこやかに手を振り、いなくなってから中に引っ込む。鉄扉に背中を凭せ、ため息をつく。
 「二度とくんな早漏」
 客の顔が見えないところじゃ営業スマイルを脱ぎ捨て毒舌も吐きたくなる。早漏の客ほど前戯がねちっこくて辟易する。体力と持久力に自信がないからそのぶんテクで補おうと必死こいて足掻いてみっともないったらありゃしない、あれじゃ娑婆の女にだって鼻で笑われて相手にされないだろう。アレで満足させる自信がないから耳朶舐めたり足の指一本一本しゃぶったり、必要以上に前戯に時間をかけてるくせに舌使いはガキの飴玉しゃぶりみたいにお粗末なもんだった。
 体の火照りを持て余し、だるい足取りでベッドに戻る。毛布が赤裸々にはだけたベッドの床下には上着が落ちていた。
 上着を拾い上げ、袖に腕を通してキスマークを隠す。手首まで袖を下ろせば注射針の痕も見えなくなる。東京プリズンにきてからもくるまえも僕の腕には注射針の痕が絶えない。ほんの小さい頃から覚せい剤ヤってたから今じゃクスリがなきゃ生きてけない体だ。クスリ漬けの体じゃ長生きできないっスよ、なんてビバリーはさも心配そうにお説教するけど余計なお世話。
 ベッドに腰掛け、ぼんやり虚空を眺め、倦怠感に浸る。
 セックスの後は心に空洞ができたみたいに寂しく虚しい。ひとつに繋がっていた体がはなれ、次第に熱が引いて朦朧と霞みがかった頭が醒め、灰色の現実が戻ってくる。小遣い稼ぎで男に体を売るのは今に始めたことじゃない、僕は子供の頃から男に媚売って稼いできたし東京プリズンにぶちこまれたそもそもの罪状も薬物の不正所持と売春だった。
 僕は過去渋谷の売春組織を仕切っていた。売春組織なんて言っても上は十四、下は八歳のぺドフィリア専門のグループで客は金払いのいい変態ばかり。知ってる?金持ちには変態が多いんだ。あらかた女を知り尽くして男にも手をだしてそれでも飽き足らずに最終的に子供に行き着く客の多いこと多いこと。今はわざわざ秘密のツアーに申し込んで東南アジアに子供買いに行く必要もない、渋谷じゃちょっと裏道に入れば股に毛も生え揃ってない小便くさいガキを扱う売春窟が平然と存在してた。
 僕が東京プリズン送りになったのは、まあ運が悪かったんだ。ただの売春だけなら公も見逃してくれたのかもしれないけど調子にのったのが運の尽きだ。僕の組織に頻繁に子供を買いに来てた客の中に某政治家がいて、「やばい性癖ばらされたくなきゃお金ちょうだいよ」とその政治家を恐喝したら裏から手を回されて逮捕された。恐喝・売春・薬物所持のトリプルで逮捕された僕の懲役が短期間ですんだのは、僕に熱を上げてる代議士のパトロンが警察上層部に圧力をかけてくれたからだ。
 感謝しなきゃね、上辺だけでも。
 なんて、東京プリズンに来る前の出来事にあれやこれやを回想しながらベッドに腰掛けていたら控えめなノック音。またお客?ちょっとうんざりする。もうちょっと時間をおいて来てほしい、まだケツが痛いってのに。てきとー言って追い返そうかなとベッドから腰を上げ、踵を履き潰したスニーカーで歩く。
 鍵を外し、鉄扉を開け、目を疑った。
 「……うわあ、珍しい」
 感嘆の声を発した僕の眼前、付かず離れずの微妙な距離で廊下に並んだ二人はおたがい気まずい顔をしてた。右側にいるのは癖の強い黒髪に目つきの悪いガキ、そこそこ可愛い顔してるのにふてくされた態度のせいで台無しで損してるねってのが第一印象。左側に突っ立ってるのはお高く取り澄ました風貌にメガネが似合う、いかにも品よさげに大人びた少年。 
 ロンと鍵屋崎だ。
 「ふたり一緒に何の用。3P?」
 「「ちがう」」
 声を揃えて否定された。つれない。ふと手元を見下ろせば、何故か二人ともが本を抱えていた。ロンは漫画、鍵屋崎は推理小説。
 「ええと、図書室帰りかな?ロンの漫画はともかく、メガネくんが推理小説読むなんて新鮮だ。ミステリは大衆の娯楽なのに」
 「どういう意味だよ」
 「だってきみ絵のない本読まない、つーか読めないじゃん」
 漫画を小脇に抱えたロンが鼻白むが、事実だから反論できない。推理小説を五冊捧げ持った鍵屋崎が、両手がふさがってるせいで鼻梁にずり落ちたメガネを押し上げることもできず、少し苛立たしげに言う。
 「推理の基礎を学ぶために資料を借りてきた。名探偵の思考をなぞることにより事件解決の糸口が掴めるはず。とりあえず傑作、古典と呼ばれる種類の推理小説を借りてきたが名探偵の代名詞シャーロック・ホームズシリーズは外せない。個人的に親近感をおぼえるのは灰色の脳細胞と呼び習わされるエルキュール・ポアロだが、」
 「はい名探偵談義はおしまい。その先はオトモダチのサムライに話してあげて」
 付き合いきれない。鍵屋崎の長ったらしい述懐を翻訳すると、「推理の基礎は名探偵に学べ」って単純な帰結で大量の推理小説を借りてきたらしい。失せ物捜しでもする気か?どうでもいいが、鍵屋崎の行動原理はズレてる。どうしてこう天才って非常識な生き物なんだろ。
 「ぼくはなにも名探偵談義をしにきたのではない。君に聞きたいことがあってわざわざ足を運んだんだ」
 「『わざわざ』強調しないでよ、相変わらず恩着せがましくまわりくどい嫌な性格」
 「入らせてくれないか?」
 僕の嫌味を無視し、中へと顎をしゃくる。べつに鍵屋崎を入れる義理はない、ここで追い返してもかまわない。……まあ、さすがに大人げないか。この前は迂闊に鍵屋崎を中に入れて酷い目にあったけど、ロンがいるなら過ちは起きないだろうと楽観的な結論を下す。
 「ロンはなにしにきたのさ」
 「鍵屋崎とおなじ。お前に聞きたいことあるんだよ」
 「じゃあ入って」
 そっけなく顎をしゃくり、入室を促す。房に足を踏み入れた鍵屋崎が眉をひそめ、ロンがきょろきょろとあたりを見まわす。鍵屋崎の視線の先にはあらわにはだけた毛布とベッド。入室前にあそこで何が行われてたのか想像したんだろう、お気の毒さま。
 さすがにベッドに座るのは抵抗があり、床にじかに腰を下ろす。鍵屋崎は立ったままだが、ロンは僕の正面に座る。育ちが良い奴と悪い奴の差。不衛生な床に座るのを拒んで立ち続ける鍵屋崎に手のひらを返してみせる。
 「で、用ってなにさ」
 「……いや、僕の用件はあとでいい。ロン、先に君の用件を済ませてくれ」
 驚いた。まさか、あの鍵屋崎が遠慮するなんて。
 鍵屋崎が他人に順番を譲るところを初めて見た。仰天したのは僕だけじゃないようで、ロンも目を見開いてぎょっとしてた。
 「どうしたんだ、おまえが順番譲るなんて熱でもあるんじゃないか」
 「失敬だな。僕の場合話が長くなりそうだから譲ってやったというのに、たまには素直に人の好意を受けたらどうだ」
 ひょっとして、ロンに聞かれたくない話なのだろうか。
 鍵屋崎の好意なんてありもしないものを鵜呑みにするほど僕は馬鹿じゃないが、馬鹿なロンは真に受けたようだ。鍵屋崎に感謝し、姿勢を正して正面に向き直り、まっすぐ僕を見つめて単刀直入切り出す。
 気迫をこめ、上体を乗りだし。
 「おまえ、俺が入ってくる前にはもうここにいたよな。俺が来る前のレイジについて当然知ってるよな。前のレイジがどんな奴だったか、聞かせてくれないか」
 なんだそんなことか。今さら改まって聞くようなこともでないだろうに、ロンの真剣な態度がおかしくなる。膝を崩して床に座りこんだ僕は、見当違いな質問に適切なアドバイスをくれてやる。
 「本人に聞けばいいじゃん。そっちのがずっと早いよ」
 「本人に聞きにくいからお前に聞いてるんだろ。知らないならべつにいいけど、」
 「知らない?きみきみ僕をだれだと思ってンの、東京プリズン一の情報通のリョウさまだよ」
 人さし指を振り、ロンの早とちりを訂正。再び正座させてから人さし指を顎において天井を仰ぐ。
 「いちおー僕情報屋だし、情報と引き換えに何か貰うことにしてるんだけど……きみ何も持ってないぽいね。いいよ、特別におまけしてあげる」
 営業スマイルにはわけがある。何も知らないロンに以前のレイジがどんな奴だったかバラし、その反応を楽しみたいという悪企みもといほんの悪戯心。意地悪な試みを知ってか知らずか、レイジの過去に興味津々なロンが膝の上でこぶしを握り固め好奇心旺盛に身を乗り出す。そんなロンを焦らすように顎に人さし指をあて、記憶の襞をなぞるふりで目を細める。
 「むかしのレイジはね、怖かった。今の比じゃない」
 そう、むかしのレイジは怖かった。今と比べ物にならない。ロンと出会ってレイジは変わった、爪を抜かれて調教された豹のように大人しくなった。
 目を閉じ、僕がここにきたばかりの頃を回想する。その頃からレイジはここ、東京プリズンにいた。孤高かつ孤独な王様。ずば抜けて容姿に恵まれてずば抜けて強くて、すべての人間が自分の足元にひれ伏すことをさも当然と思ってる倣岸な目つき。
 まさしく暴君。 
 「ロンは知らないかな、いちばん最近起きた戦争のこと。きみが来るちょっとまえにサーシャが兵隊連れて東棟に乗り込んできたんだ。渡り廊下のバリケード強行突破してね。どこで仕入れたんだか火炎瓶まで用意して東棟に殴りこんだ、名実ともにトップの座からレイジをひきずりおろすために」
 今じゃ事件があった渡り廊下もすっかり改装され、火炎瓶で焼け焦げた痕も補修されてるから一年と半年以内の新入りが知らなくても無理はない。サーシャは僕にちょっと遅れて入所したが、入所したその日に北の元トップを倒してトップの座を奪取。東京プリズンにトップはひとりでいいと宣言し、ナイフで強さを知らしめた北棟の人間を従えて他棟制圧に乗り出した。
 北の反乱だ。
 「すごかったよーマジで。渡り廊下炎上、逃げ惑う囚人、入り乱れて飛び交う罵声と悲鳴と絶叫。戦場だねアレは。何人怪我人でたか詳しくわかんないけど、巻き添えくらって火炎瓶で火傷したやつだけどもかなりいたよ。僕もちょっと火傷しちゃった。よりにもよって自慢の顔に……参っちゃった、大事な商売道具なのにさ。まあ愚痴はおいといて、さすがにはしゃぎすぎたサーシャを止めにやってきたのがレイジ。看守なんか役に立たないし、その時はたまたま安田さんいなかったんだよね。よその刑務所視察に行ってるとかで留守にしてたの、そのあいだに起きた大事件なわけ。無能な看守は我が身可愛さに宿舎にひきこもるし、馬鹿な囚人は渡り廊下の騒ぎに便乗して暴れ出すし……手がつけられない惨状だった」
 当時の惨状がまざまざと脳裏によみがえり、二の腕に鳥肌が浮く。僕の顔色が豹変したのに気付いたか、ロンが音たてて生唾を嚥下する。
 「レイジとサーシャの対決は東と北の渡り廊下で行われた。炎が壁を舐める中、目に染みる煙が充満する中で。僕ね、たまたまそこにいたの。煙に巻かれて逃げ遅れて、うつ伏せに倒れてたせいでサーシャの兵隊にも見落とされて。だからばっちり目撃しちゃった、対決の一部始終をね」
 恐怖心を制御できず声が震える。平気な顔で話してるつもりでも、心の奥底じゃまだ完全には恐怖を克服できてない。炎上する渡り廊下、煙に巻かれて死屍累々と倒れ伏す囚人たち。地獄の再現かと見まがう悪夢の光景。癖のない銀髪を肩に流したサーシャと襟足で髪をひとつに縛ったレイジが戦場で対峙。炎に照り映えるサーシャの銀髪は美しく、炎に映えるレイジの横顔はそれ以上に戦慄を禁じえない美しさで。
 僕は、息をするのも忘れて目を奪われた。
 「レイジはサーシャからナイフを借りた。当時のサーシャは今ほど荒んでなかったから公平を期して敵に武器を渡した。それが仇になったんだね、戦いは二十分でカタがついた。サーシャは疲労困憊でその場に倒れ伏して、もう誰がどう見てもレイジの勝利は確実で、でも王様は容赦しなかった。サーシャの背中を踏み付けてナイフを振り上げて」
 網膜に焼き付いてはなれない光景。
 廊下に腹這いになった僕の視線の先、降参したサーシャの背中を踏み躙るレイジの背中。
 切れ切れに耳に届く会話。息も絶え絶えのサーシャと笑いを含んだレイジの話し声。 
 『……殺すなら殺せ。敗者としてみじめな生を永らえるのは恥辱の極み、誇り高い皇帝は死を望む』
 『自分で誇り高いとか言っちゃうなよ、恥ずかしい。なあ、今の自分の格好よく見てみろよ。俺に踏み付けられて身動きできねーお前の誇りなんかコーラ一本分の値段だよ』
 『なにがおかしい、なにを笑う?そんなに今の私がおかしいか、みじめに這いつくばり死を待つのみのこの身が滑稽か?』
 『ああ、滑稽だね。おかしくておかしくて腹がよじれそうだ。俺に喧嘩売って返り討ちにあってどうすんだよ、本末転倒じゃんか。お前もう北棟に帰れねーよ、だけじゃなくこんなに騒ぎでかくしちまったんじゃ独居房行き確実。俺が手を下すまでもなくお前死ぬよ。お前の居場所なんてここにもどこにもないんだ、潔くあきらめちまえ』
 居場所なんてどこにもない。
 いさぎよく諦めろ。
 その言葉が、サーシャに活力を注ぎ込んだ。憎悪という名の生への執着、絶望をねじ伏せる生命力。
 『………話に聞いたとおりだ』
 『?』
 床に手をつき、肘を立て、苦しげに上体を起こしたサーシャが言う。
 『東のトップはいつでも、どんな時でも笑っていると。何が起きてもへらへら笑って気持ちの悪い男だと。人を殺すときも、おそらくは自分が殺される時でも貴様はそうやって笑っているのだろうな。ああ、本当になんて気持ちの悪い笑顔なんだ。見ているだけで吐き気がする。居場所がない?それは貴様もおなじだろう。人が棲まうところに居場所がないから地獄に堕ちた、しかし地獄にも居場所がないなら……』 
 『遺言にしちゃ長くね?』
 レイジは笑っていた。綺麗な笑顔だった。綺麗なだけの笑顔。
 『もういいよ、聞き飽きた。そろそろ終わりにしよう』
 そうしてレイジは無造作にサーシャの上着をめくった。外気に晒されたのはきめ細かい背中。何年も前の古傷が刻まれた背中に恍惚と見とれ、ナイフの柄を握り直す。
 『綺麗な背中。白人て色白いよな、あたりまえだけど。この傷なに?痛そうだ』  
 『……羨ましいか雑種風情が。一目でわかったぞ、不浄の血が流れる雑種だと。その茶色い肌と髪と瞳は黄色人種と白色人種が交合した副産物だ。白と黄色が混じった不潔な色だ。母方が白人か、父方が白人か?どちらにせよ、貴様が中途半端な存在であることに変わりはない。貴様はどちらにも歓迎されない、どちらにも容認されない出来そこないの混じりものだ』
 背中を踏まれているというのにこの期に及んでもなおサーシャの威厳は失われなかった。煤で汚れた顔に残忍な笑みを刻み、苦しい体勢で振り返り。
 『どこにも居場所がないのは、貴様のほうだ』  
 凍てついた声で宣告。渡り廊下じゃ業火が荒れ狂っているというのに、サーシャとレイジの周囲だけに氷点下の沈黙が降りた。冷笑。悪魔のように綺麗な顔に心ない笑みを浮かべれば、レイジは誰よりも残酷になれる。器用な手つきでナイフを弄び、残忍にサーシャを蹴倒す。レイジに蹴倒されたサーシャの額が床に激突、額が割れて出血。血の飛沫が廊下を汚し、炎を避けて床に横たわる僕の鼻先までとんできた。
 『居場所がない?結構だね。東京プリズンを俺の城にすりゃ問題なし』
 サーシャの背中を踏みつけ踏み躙り、泥の靴痕で上着の背中に敗者の烙印を押すあいだ、禁じられた遊戯に熱中する子供のようにレイジは嬉々としていた。精巧な色硝子の瞳が勢いを増す炎に映えて魔性の金に染まる。壮絶に美しく壮絶に獰猛で、こうなったら最後だれもレイジを止められない。
 一度キレたら手がつけられない暴君なのだ、レイジは。
 レイジは高々と、いっそ無造作に腕を振り上げた。刃の銀光が眩い残像を曳く。絶叫。轟々と荒れ狂う炎さえ圧する断末魔は、死が迫る恐怖よりむしろ純粋な苦痛に彩られていた。振り上げ振り下ろす、その動作を淡々と、狂気に憑かれたように繰り返す。
 レイジの顔に血が飛ぶ。サーシャの血。
 『東京プリズンにトップは四人も要らない?勘違いすんなよ、トップは最初からひとりだ』
 血塗られた刃の向こうに薄らと笑みを浮かべたレイジの顔がある。首からぶらさげた十字架にも血の飛沫が付着するがレイジは気にしない、胸の前にたれた十字架を邪魔っけに振り払いサーシャの背中を切り裂く遊びに無心に没頭する。
 『最初から「俺」ひとりだ。西も南も俺の下、もちろん北も例外じゃない。文句あんならブラックワークで勝ってみろ、いつでも相手してやるよ』
 縦に横に斜めに肌を切り刻まれたサーシャの背中は既に血まみれ、爪が割れるほどに床を掻き毟り這いずり絶叫を撒き散らしていたサーシャも、もはや叫ぶ気力を喪失しぐったりとひれ伏すのみ。レイジの気が済んだのはあまりの激痛にサーシャが失神した頃合で、遊びに飽きた子供のあっけなさでナイフを放り捨て、王様は行ってしまった。血塗られた手をズボンに擦り付け、親指で十字架を拭い、僕の頭上を通り過ぎた王様は小声で歌を口ずさんでいた。
 音痴な鼻歌だった。楽しげに愉快げに、レイジは歌いながら去っていった。自分がサーシャにしたことに関してなんら罪悪感に苦しんでないとおおっぴらに表明する態度で。
 レイジが去り、廊下に残された人間の中で意識を保ってるのは僕ひとりだけとなった。煙を吸って昏倒した囚人が死屍累々と倒れ伏せる中、四つん這いでサーシャに接近。鼻腔に手を翳し、呼吸を確認。かろうじて生きてるみたいだ。背中一面の傷も失血死には至らない程度、今すぐ医務室に運べば助かる。放っといてもじきにサーシャの手下が戻ってくる、数分後には消火器持って看守も駆け付けてくる。
 そのまえにやることやっとかないと。
 『……痛い?』
 膝這いの姿勢で顔面蒼白のサーシャを覗きこむ。青褪めた瞼が震え、サーシャが薄目を開け、またすぐに閉じた。瞼を持ち上げる余力もないみたい。背中一面の激痛で意識朦朧としたサーシャに同情したわけじゃないが、北のトップに恩を売っといて損はないと打算が働き、そっと尻ポケットに手を忍ばせる。
 尻ポケットからとりだした錠剤を舌にくるみ、サーシャの顔を両手で挟み、慎重に起こす。  
 サーシャの顔に顔を近付け、唇に唇を重ね、口移しで錠剤を呑ませる。喉仏が上下したのを確認、ゆっくりと頭を寝かせる。夢うつつのまどろみをたゆたうサーシャの頭を撫で、やさしく言い含める。
 『知ってる?ドラッグは鎮痛剤にもなるんだよ』  
 よわよわしく薄目を開け、アイスブルーの瞳に僕を映し、生死の境をさまようサーシャが唇を開く。
 『Спасибо』
 スパシーバ。ロシア語の「ありがとう」だ。
 それがサーシャと僕の出会いで、持ちつ持たれつの関係のはじまり。サーシャに飲ませたドラッグは効き目抜群で、クスリに味をしめたサーシャはわざわざ東棟に出向き、クスリを手に入れるついでに僕を抱くようになった。いろいろ試してみたけど僕が扱うクスリがいちばん質がよくて種類豊富なんだそうだ。他棟の人間がこっちに出向くのは勇敢通り越して命知らずな行為だけど、そこまでする価値はあるらしい。
 僕の体とクスリには。 
 「……ちょっと脱線したけど、ま、以上の経緯で僕は金払いのいい上客をゲットしてレイジとサーシャは宿命のライバルになったわけ。おーいロン、聞いてる?」
 顔の前でひらひら手を振れば、目の焦点が一点に定まりロンが正気に戻る。僕の過去語りが与えた衝撃が相当強かったらしく、ロンの顔色は気のせいか青褪めていた。マジでレイジから何も聞かされてなかったらしい。ロンを溺愛するレイジが以前の自分について口を噤んでた気持ちもわかる、以前のレイジを知ったら常識人のロンはどん引きするだろう。
 衝撃冷めやらぬロンが深く深く息を吐く。そうすることで自分の気持ちを落ちつかせ心に整理をつけるように。
 「……ヨンイルが言ってた。むかしのレイジはやることなすことめちゃくちゃな暴君だったって」
 「そうだね、ずいぶん変わったよ。むかしのレイジは手加減がへただったけど今はだいぶ上手くなったし……きみが来てからだよ、レイジがとっつきやすい王様になったのは。やりたい放題の王様骨抜きにしちゃうなんて男に興味ない顔してロンもやるじゃん」
 「今でも興味ねーっつの」 
 吐き捨て、憤然と立ち上がる。用件が済んだらしく、鍵屋崎を残して鉄扉を開けたロンを見送りに廊下にでる。話を終えたというのに、いまだ立ち去り難い様子で廊下に佇んでるロンを不審に思って声をかけようとしたら、何か決意したようにきっぱりと顔を上げる。
 「あのさ、」
 「うん?」
 「笑わないと殺される状況ってどんな状況だとおもう?」
 ひどく真面目な顔のロンに面食らう。質問の意図が理解できない。謎かけ?笑わないと殺される状況なんてとっさに思い浮かばない。難解な質問に頭を悩ませた挙句に面倒くさくなり、てきとーに答える。
 「どんな状況もなにもそのまんまの意味っしょ。ウケ狙いのギャグ言って笑いを強制されてるとか、泣くとうざったいから哀しくても笑ってろとか。わかんないけど」
 「わかんねーよな」
 「だと思った」とため息まじりにロンが零す。なんだよ一体。落胆したロンが足をひきずるように去るのを見送り、中に取って返して扉を閉める。
 鍵屋崎がいた。僕とロンが話しこんでるあいだ、ずっと推理小説を読み耽っていたらしい。鉄扉が閉まる音で集中力が切れ、本の世界から現実に回帰した鍵屋崎が虚を衝かれる。
 「で、次はきみの番だ。ロンに聞かれたくない用件ってなあに?」
 無防備な一面を晒したことを恥じるように本を閉じ、推理小説を纏めて小脇に抱え、鍵屋崎がこっちを向く。扉を背にした僕と対峙する位置に移動し、毅然たる態度で僕を見つめ、切り出す。
 「容疑者に事情聴取だ」
 はあ?

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20051119000451 | 編集
ブログ内検索
     © 2017 ロールシャッハテストB  Designed by 意地天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。