ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四十七話

 「勝手なこと言ってんのはどっちだよ!?」
 それまで呆然と立ち尽くしていたレイジが我慢できないという風に爆発する。
 戦闘体勢に入った凱とロンが一触即発で睨み合い緊迫感が高まる中、ふたりに無視される形で蚊帳の外におかれていたレイジが憤然と歩き出す。体の脇でこぶしを握り締め肩を怒らせ、双眸きつく大股に突き進んだレイジが怒鳴る。
 「ロン、おまえ凱にいじめられすぎて頭どうかしちまったんじゃねえか?うわっ酒臭えっ、おまえ飲んでるだろ絶対!リングおりて頭冷やしてこい、試合の邪魔すんなよ。今やってんのは俺と凱だ、ペア戦登録してない部外者がしゃしゃりでてくんな。目ざわりだ」
 「俺に命令すんな」
 「王様の命令に従うのが庶民の義務だろ」
 「だったら下克上してやる」
 傲慢に腕を組み、ロンの前で立ち止まるレイジ。傲然と人を見下した目つきといい暴君の器を兼ねた尊大な態度といい、ロンをからかってお気楽に笑ってる普段のレイジとは人が違ってる。レイジはレイジなりにひどく怒っているらしい。突如乱入したロンに勝利目前で試合を妨害され、あまつさえ自分がこれまでやってきたことすべてを無に帰すような大胆な提案をされて。
 しかし、いつになく高圧的な態度でレイジに迫られてもロンは萎縮することなく、殺気走った酔眼と不敵な面構えで王様を睨みつけている。
 「命令だ。下りろ」
 レイジが横柄に顎をしゃくり、リングを下りるようロンに指示する。が、ロンはこれを完全に無視。挑戦的にレイジを睨みつけたまま、一歩たりともそこを動こうとしない。白熱の照明が降り注ぐリングにて、微妙な距離をおいて対峙する三者のうち、今度は凱が傍観者に回ったようだ。
 ロンの目をまっすぐ見つめ、レイジは繰り返す。道理のわからない子供に噛み含めるように辛抱強い口調で。
 「下りろ」
 「いやだ」
 「下りろつってんだろ」
 「いやだ」
 「いいから」
 「いやだ」
 「!~~~くそっ、」
 乱暴に頭を掻き毟れば、日の光をたっぷり吸った藁束のような色合いの茶髪が逆立つ。荒荒しく髪をかきまぜ腹立ち紛れに地団駄踏んだレイジが大きく深呼吸、意を決したようにロンへと向き直る。
 本当にロンのことを案じてるのがわかる真剣な表情で。苦渋と焦燥とを宿した悲痛な双眸で。
 「俺はお前が心配なんだよ!」
 「俺もお前が心配なんだよ!」
 間髪入れず叫び返したロンもレイジと全く同じ顔をし、同じ色を目に浮かべていた。頑として譲らない決意をこめた強情な顔つき。双方向の絶叫は上空で衝突し、弾け、だだっ広い地下停留場に殷殷と響き渡った。ロンに一喝されたレイジが虚を衝かれたように動きを止める。
 誰かに心配されたことなど生まれて初めてだ、といわんばかりの鮮烈な反応。
 硬直したレイジをまっすぐ見据え、ロンが口を開く。体の痛みではなく心の痛みを堪えるように顔をしかめ、体の脇で震えるほどにこぶしを握り締め。
 「守られっぱなしは嫌なんだよ」
 切羽詰った声だった。今まで溜めに溜めていたもの全部を吐き出すように、堪えに堪えていたものを訴えるようにロンは続ける。レイジの目から決して視線を逸らさず、心の底からの本音を述べる。
 「おまえに守られっぱなしなのは嫌なんだ。おまえはいっつもへらへら笑ってて怖いもんなしの無敵の王様で、おまえに甘えりゃラクだって頭じゃわかってる。でもどうしても嫌だ、納得できねえ。おまえが俺を助けるために100人抜きに挑んで怪我したらとか死んじまったらとか、もう帰ってこなかったらとか心配で。ずるいじゃねーか俺ばっか心配しどおしで。不公平じゃねえか、そんなの」
 「おまえが心配性なんだよ、俺が負けるわけな……」
 「わかんねーだろそんなの!!」
 レイジは笑ってごまかそうとしたが、ロンはそれを許さなかった。逆上したロンが頬を上気させてレイジに食ってかかり、次の瞬間には泣きそうに顔を歪める。
 「かっこつけるのもいい加減にしろよバカ野郎。畜生、なんで俺は何にもできないんだよ。なんで俺に何もさせてくれないんだよ。俺だって一緒に戦いたい、元はといえば俺の喧嘩だろ、俺と鍵屋崎の問題だろ。それなのになんで俺たちに関わらせてくれないんだよ!?」
 泣き顔を覗かれるのを避けるように下唇を噛んで顔を伏せ、続ける。
 「……負けないってわかってても、負けたらって考えると怖いんだよ。寝ても覚めても怖いんだよ。お前が死んだらその胸糞悪いにやけ顔もう見れなくて寝こみ襲われることもなくなってせいせいするはずなのに、でも怖いんだ。どうしようもなく。そりゃお前と比べりゃ俺は弱いけど、何もできず何もさせてもらえず守られっぱなしになってるほど弱くねえよ」
 何も言い返せないレイジに、ロンは小さく呟いた。
 「馬鹿にすんな、レイジ」
 頭を殴られた気がした。
 ロンが言ってることはよく理解できる。それどころか、共感をおぼえてさえいる。ロンが心の奥底に抱え込んでいた葛藤や矛盾にはこれまで僕もさんざん苦しめられてきた。レイジとサムライがペアを組んで100人抜きに挑んだのは僕たちを売春班から救い出すため、元はといえばこれは僕たちの問題なのだ。それなのに肝心の僕たちはサムライとレイジがリングに上がるのをただ見ているだけ、無力な傍観者に徹してふたりの戦いを見守ることしかできない。金網越しの安全圏で友人の無事を祈ることしか許されない。
 おかしい。
 そうだ、ロンの言葉で劇的に理解した。これまで必死に目を逸らし抑圧し続けてきた心の奥底の願望、サムライと共に戦いたい、サムライを助けたい力になりたい。彼ひとりを危険な目に遭わせて元凶の僕は安全圏で指示をとばすだけなんて嫌だ、納得できない。
 僕はずっとサムライと対等になりたかった。
 一方的に守られるだけの関係ではなく、サムライにあてにしてほしかった。頼ってほしかった。もし今この瞬間に何も自己主張しなければ僕は永遠にサムライの庇護の対象になってしまう。
 僕も、僕だってサムライが心配だ。
 サムライに怪我をしてほしくない、死んでほしくない。僕の為に怪我をして僕の為に死なれても嬉しくない。僕を守ってサムライが傷付き、本人がそれを是としても僕は是としない。
 僕の身に降りかかった災難は、僕自身が振り払うべきだ。 
 正方形のリングで静謐に対峙するレイジとロンの間には緊張の糸がはりつめている。
 間抜けなしゃっくりをあげながら、ロンが緩やかに顔を上げる。その目にあったのはしてやったりと満足げな光。レイジの胸をひたと指差し、いたずらっぽくロンが笑う。
 「俺ばっか心配するんじゃ不公平だからおまえにも心配させてやる。な?これでおあいこだろ」
 「………あまのじゃく」
 不満げに唇を尖らし、レイジが僕へと振り返る。
 「キーストアはどうなんだ?ロンが勝手なことほざいてるけど」
 「……ロンの意見に賛成だ」
 逡巡は長くは続かなかった。 
 気付けば僕は笑っていた。何か、たとえば運命と呼びならわされる大きな存在に喧嘩を売る挑戦的な笑み。サムライがぎょっとしたような顔をし、ヨンイルとホセが「ほう」と感嘆の声を発し、安田が不審げに目を細める。地面に倒れた金網を踏み、サムライの傍らを通り抜け、冷静沈着に歩き出す。地下停留場を埋めた何百何千という数の囚人の視線が一挙手一投足に注がれているのがわかる。視線の重圧をはねつけるように得てしてさりげなく足を繰り出し、ロンの隣に立つ。
 「―他人に意向を代弁されたのは不愉快だが、ロンの意見に異存はない。僕も一方的に守られるのは性に合わない。どころか、プライドの危機だ」
 眼鏡のブリッジに触れ、軽くため息を吐く。そして、ゆっくりと周囲を見渡す。心は奇妙に落ち着いていた。緊張とは無縁だった。さまざまなことが一度に起こりすぎて現実感が薄れてるのかもしれない。
 なら好都合だ。
 たまには効率を無視し、感情に流されてみるのもいいだろう。自分のしたいようにするのもいいだろう。
 無謀だという自覚はある、賢明な判断とはとても言えない。しかし僕はサムライ一人に戦わせたくない、重荷を背負わせたくない。一方的に庇護される甘ったるい関係はごめんだ。僕にもできることがあるはずだ。ならばそれを証明してみせよう。IQ180の天才的頭脳に賭けて、リングの上で。
 眼鏡の位置を直し、毅然とレイジを見据え、朗々と宣言する。地下停留場の開放的に高い天井に殷殷と響く声で。
 「今ここでペア戦参戦を表明する」
 歓声が爆発した。
 「おもしろいことになったじゃねえか!」  
 「親殺しと半半の弱弱コンビ参戦で100人抜きの行方がわかんなくなったな!」
 「レイジがべらぼうに強すぎて賭けが成立しなくて退屈してたんだ、いいぞ親殺しと半半、盛大に負けてリングで剥かれて俺たち楽しませてくれよ!」
 僕の宣戦布告に熱狂した囚人が金網に殺到、一斉にこぶしを突き上げ地響きたてて足を踏み鳴らす。金網を揺すり蹴りを入れ、興奮に目を輝かせて顔を紅潮させた何百何千という数の囚人が怒涛をうって押し寄せたせいで金網が撓んで変形する。
 レイジは苦りきった顔をしていた。ロンの抑止剤として期待していた僕が賛成の意思を表明するとは思わなかったのだろう。音荒く舌打ちし、横手の金網に蹴りを入れている。
 「直……、」
 声に振り向けばサムライがいた。金網に手をかけ、呆然とした面持ちでこちらを見つめている。驚愕したサムライに向き直り、気恥ずかしさを押し殺して無愛想に呟く。
 「僕と君は『道連れ』だろ」
 サムライの横には安田がいた。相変わらずの無表情で何を考えてるのか読み取れない。サムライから安田に視線を移し、口を開く。
 「副所長のご意見を聞きたいです。レイジとサムライが売春班撤廃を条件に100人抜きに挑んだのは貴方の許可があったからだ。貴方が今ここで許可してくだされば、僕とロンもペア戦に出場できる」
 「……君は誤解してるな。東京プリズンで最も力があるのは私ではない」
 安田が首を巡らすのにつられて周囲を見渡す。地下停留場は熱狂の坩堝と化していた。興奮が最高潮に達した囚人が奇声を発して暴れだし同時多発的に小競り合いが発生し、もはや収拾がつかなくなった会場の惨状を冷静に眺めて結論する。
 「東京プリズンで最も力があるのは囚人だ。君の参戦表明は彼ら囚人に熱狂的に受理された、いくら私でも取り消すわけにはいかない。強権を発動すれば暴動が起こる。いいか?もう取り返しがつかないぞ」
 「かまいません」
 「なら認めよう。しかし条件がある」
 安田がスッと人さし指を立てる。
 「いくらレイジとサムライが強いとはいえ、二人のみで100人抜きを達成するのは困難だ。実質二対百の連続試合では体力的にも不利。本人たちが望んだこととはいえ、許可した私もいささか気が咎める。さて、ペア戦の公平をはかるべくひとつ提案だが、次週の試合からは君とロンのペアを加えた四人で100人抜きに挑みたまえ。こう言ってしまえば何だが、君とロンのペアでは100人抜きは不可能だ。しかし予備戦力として君らふたりを残しておけばレイジとサムライに余裕が生まれ、多少なりとも不公平が改善される」
 「……いいでしょう」
 首肯した僕からサムライに視線を移し、返答を待つ安田。サムライはしばらく眉間に皺を寄せて考え込んでいたが、やがて諦念のため息を吐く。
 「……致し方ない」 
 僕の決意が固いと悟ったサムライは、それ以上何も言わなかった。アルコールの過剰摂取で酩酊状態のロンはさておき、残るレイジは金網に連続で蹴りを入れながらヤケ気味に吼える。
 「~~~もういいよ、わかったよ!!俺が頷きゃ全部丸くおさまるんだろ、だったら頷いてやるよ気に入らなくても何でもさ!けっ、勝手にしやがれ」 
 「決まったな。たのしみにしてるぜ半半」
 それまで存在を忘れ去られていた凱が、全身から殺気を放ち凶悪な笑みを浮かべる。
 「本当なら今すぐここで決着つけてえところだが、足元怪しい酔っ払いを殴り倒してもつまんねえから一週間チャンスをやる。せいぜい悪足掻きしてこいや」 
 「こっちの台詞だ。顔洗って待ってやがれ」
 凱の言うとおり足元がふらついてるくせに、啖呵を切るときだけ威勢よくロンが吼える。ふんと鼻を鳴らしてリングを下りた凱にはもう見向きもせず、ロンが歩み寄った方向にはレイジがいた。
 勝利目前で試合を中断された上に急遽ロンのペア戦参戦が決まり、完全にふてくされたレイジが「んだよ」と凄むが、ロンは無造作にその手を取るやリングの外に突っ立っているサムライに顎をしゃくる。
 「ちょっと来い」
 何の真似だ?
 ロンの奇妙な行動に首を傾げた僕の目の前、木刀を片手に下げたサムライが言われるがままリングに上る。本来なら試合終了まで部外者の立ち入りは禁止されているが、ロンの乱入で試合自体がめちゃくちゃにされ、安田の提案で次週仕切り直しとなった現状では誰もうるさく言わない。
 ロンに招かれて大股に歩いてきたサムライを一瞥、レイジが鼻を鳴らす。
 ロンの前で立ち止まったサムライはあえてレイジと目を合わせずに「何用だ」と訊き、僕はまだ喧嘩を続行してるふたりに心底からあきれる。
 いい加減大人になれとふたりを説教しようと足を踏み出し……
 「いつまでもぐだぐだ喧嘩してんじゃねえ、ガキかよお前ら!!」
 激昂したロンが有無を言わさずサムライの手を掴んで引き寄せ、正面からレイジと対峙させる。
 そして、この場の誰も予想だにしない意外すぎる命令を下す。
 「握手しろ」
 「「は?」」
 喧嘩以降初めてサムライとレイジの声が揃い、ふたり揃ってロンを凝視し。
 ロンはそんなふたりを等分に見比べ、当然のことをいわせるなとばかりに尊大に開き直った。
 「仲直りの握手」
 「はあ……!?」
 レイジが気の抜けた声をあげ、サムライもわずかにたじろぐ。二人が当惑するのは最もだ。何百何千という観衆の注目を集めるリング中央、話題の渦中にあるサムライとレイジが仲直りの握手を強制されんとしているのだ。
 「冗談じゃねえ、こんな童貞くさいサムライ気取りと握手なんてお断りだ。童貞菌が伝染っちまうよ」
 「相も変わらず下品な男だ。こんな男と手をつなぐなど恥辱の極み、断じてせん」
 さすがに恥ずかしいのかロンに命令されるのが癪なのか、顔を赤らめたレイジが全身で握手を拒めばサムライも苦々しい顔をする。
 「下品?下品で悪かったな。俺はどっかの腰抜けザムライと違って人並以上に女知ってるもんでね、下ネタの知識豊富なんだよ」
 「威張れることではない。むしろ恥じろ」
 「鞘から刀抜くまえに下半身の鞘脱いでこいっつの」
 「……見下げ果てた男だな本当に。貴様と話しているだけで口が汚れる。不愉快だ」
 「そりゃお互い様だ。なんだ気が合うじゃねーか!」
 皮肉げに笑ったレイジが力づくでロンの手をふりほどこうとし、サムライもまたロンの手を振り払おうとする。延々幼稚な口論を繰り広げるレイジとサムライ、そのあまりにも大人げない光景に僕の忍耐力が限界に達し、こめかみの血管が熱く膨張する。
 「「いい加減にしろ!!!」」   
 ロンとぴったり声が一致したのは偶然だ。
 暗闇の天井に反響する大声で怒鳴れば、同時に叱責されたサムライとレイジが驚きのあまり固まる。レイジに胸ぐらを掴まれた姿勢のままサムライは硬直し、サムライの胸ぐらを掴んだレイジもまた目を見開く。
 もう我慢の限界だ。今まで自制心を振り絞り抑圧してきたレイジとサムライへの不満が爆発し、血流とともにこみ上げてきた怒りをそのままに吐露する。
 「なんなんだ君たちは、いつもいつまでも大人げない喧嘩を続けて僕たちに世話を焼かせて少しは反省したらどうだ!?あまりにも精神年齢が低すぎて眩暈をおぼえる!胸に手をあてて考えてみろ、元はといえば僕が危険に巻きこまれたのも君たちがつまらない意地を張って互いを無視してペア戦の本質を見失ったからだろう!?」
 「そうだメガネの言うとおりだ、たまにはいいこと言うなバカ天才!レイジ、おまえどんだけ俺に心配かけりゃ気が済むんだよ?おまえとサムライが喧嘩してるあいだどんだけ俺と鍵屋崎が気を揉んだと思ってる、どうにかしてお前ら仲直りさせよって頭ひねりゃ全部裏目にでちまうしもうお手上げだ!もうこれ以上迷惑かけんじゃねえ、おまえらなんでペア組んでんだ、俺たち助けるにゃ一人より二人のがイイからだろ!?なのにバラバラに戦ってボロボロになって……バカおまえらバカ、いくら強くても救いようねえバカ!」
 バカバカと連呼されて罵られたレイジが何か反論しようと口を開き、何も反論できないと悟ってむなしく口を噤む。サムライも言葉に詰まる。僕たちふたりの剣幕に圧倒されたサムライとレイジの手を取り、ロンが強引に結論付ける。
 「あーもうっ、面倒くせえから今ここで仲直りしちまえ!」 
 「同感だ。これ以上振りまわされるのは不愉快だ」
 「!――っ、」
 交互に責め立てられたレイジが救いを求めてあたりを見まわせば、金網の外からのんびりした声が届く。
 「仲直りにはね、キスがいいんですよ」 
 ホセだった。
 「いやはや懐かしい。ワイフともよく喧嘩しました。仲が良いほど何とやら、今のレイジくんみたいにつまらない意地を張って三日三晩無視耐久戦をしたものですがいつも折れるのは吾輩から。仲直りの秘訣はキスです。もちろん唇に」
 「………………………………………………………………………………マジかよ」
 ホセは親切心からアドバイスしてるつもりらしいが、レイジにしてみれば余計なお世話どころか死刑宣告にも等しい内容だった。今にも泣きそうな顔でおそるおそる振り返ったレイジに返されたのは……
 ロンの微笑。
 「キスさせるぞ」
 そして脅迫。逃げも隠れもできない状況で究極の二者択一を迫られたレイジに同情する人間は一人もいない。地下停留場を埋めた野次馬の間から沸き上がるのは耳も割れんばかりの大歓声と手拍子。いつも余裕綽々、不敵な笑みを振りまく王様が青褪めるところなんて滅多に見られないと金網に殺到した野次馬が目を爛々と輝かせ口角泡をとばし金網を揺すり、地底から沸き上がるように大合唱。
 「「キッス!」」
 「「キッス!」」
 「「キッス!」」
 「「キッス!」」
 ―『Shut up!!』― 
 大歓声を圧し、英語の絶叫が天井高く響き渡る。
 頭を抱え込んでうずくまったレイジが、何か決意したような悲壮な顔つきでスッと立ちあがり、思い詰めた目でサムライを凝視する。サムライは外野の大合唱にも動じず泰然自若と木刀に手をかけていたが、ただらぬ真剣さでレイジに目を見つめられ眉間に皺を刻む。
 まさか、本当にキスするつもりか?
 一抹の不安に駆られた僕をよそに、レイジは長々と息を吐く。その口の中でぶつぶつ呟いてるのは英語のスラングで、「なんでこんなことに」「恨むぜ神様」という類の悪態だ。
 ロンの手を邪険に振り解き、再びサムライと向き合ったレイジの目を掠めたのは複雑な色。
 気恥ずかしい、ばつが悪い。しかし他にどうしようもない。
 そのすべてを包括した諦観の色を双眸に湛えたレイジが渋々サムライに歩み寄り、自分から手をさしだし。
 『………I'm sorry.』
 そっぽをむいて謝罪した。

少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20051129232338 | 編集
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