ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十八話

 「レイジと和解しろ」
 「断る」
 サムライは頑固だ。
 夕食前、図書室に行く途中で待ち伏せしていた凱の子分―ヤン―に、「三日後の試合にサムライをだすな」と脅迫された。
 サムライは卑劣な脅しに屈するような男ではない。もしリング外で大人数で取り囲んで「辞退しろ」と暴力的手段に訴えたとしても撃退されるのは明らか。それならば現在最もサムライの身近にいて試合に向かわせる原動力となる僕、ひいてはサムライがレイジと組んで100人抜きを目指す動機となった僕を脅迫するのが手っ取り早いと踏んだのだろうが、それは大きな誤算だった。
 たしかに僕は腕力ではヤンにかなわない、しかしプライドの高さでは誰にも負けてないと断言できる。凱に命じられれば犬の真似もした、しかしプライドを捨てたわけじゃない。犬の真似をして眼鏡をくわえて持ってこようが嘲笑と罵声を浴びようが僕のプライドの芯は揺るぎない。凱とその取り巻きたちに侮られようが笑われようが、相手を同じ知能レベルの人間と思わなければ済むことだ。
 狂犬病にかかったようにうるさく吠えたてる犬の集団に、理性と思考力を兼ねた人間がとびこんでゆくのは愚の骨頂だ。正直に言おう、僕は凱たちを見下している。彼らのことを心から軽蔑してる。語彙欠乏で会話の成立しない低脳どもと口論する愚は避けたいし、はげしく抵抗して体力を消耗するのも馬鹿らしい。
 僕は彼らのことをアメーバ並の知性の持ち主だと断じてる。知能と品性で自分に劣る連中に軽蔑されても痛くも痒くもないどころか、無知で身のほど知らずの彼らに対し憐憫の情さえおぼえる。
 以前の僕なら侮蔑の念しか抱かなかったのに、この半年でずいぶんと寛容になったものだ。
 そして現在の僕に少なからぬ影響を与えたその男は、房の床に正座し、文鎮を置いた半紙をひどく真剣な顔で睨み付け、僕など完全に眼中にない集中力で日課の写経に臨んでいた。
 空気が殺気立ってると錯覚させるほどサムライは真剣だ。傍らに般若心経を広げ、時折手本に目をやりつつ、達筆な筆を振るってる。
 字は性格を表すと言う。はねととめは非の打ち所なく完璧、一字一句美しく均整がとれた墨痕麗しい筆跡は日本人の鑑だ。
 「レイジと和解しろ」「断る」「和解しろ」「断る」の押し問答に疲れ、小休止の区切りで話題を変える。
 「帯刀家では習字も必須課目か。いまどき珍しい。君の父親の教育方針は徹底してるな」
 「……書道は精神の鍛錬になるからな。手元に集中すれば雑念に惑わされることもない」
 サムライがどういう環境で育ったかはよく知らない。故に想像の域をでないが、父子の関係は良好とは言い難かったろう。
 以前下水道でリョウに聞いたが、サムライの父親はまだ三歳の息子に真剣を握らせて庭に迷いこんできた野犬を殺させるような男だった。剣士として、道場主として、帯刀家当主としての評価は保留するが人格形成途上の幼子にとって良い父親でなかったのは確かだ。息子に愛情をもって接することがあったかどうかも疑問だ。
 サムライの母親は既に他界してる。物心ついた時分から厳格な父親に剣を握らされ、庭に迷い込んだ小動物を斬るのをためらえば容赦なく井戸端までひきずられ真冬でも関係なく冷水を浴びせられ、周囲の使用人は見て見ぬふり。母親の記憶はなく、父親には毎日折檻に近い仕打ちを受け、周囲の大人の庇護が一切期待できない環境で育ったサムライの心の癒しは苗だけだった。甘えが許されない環境で、「ただ強くあれ」と叱咤され剣を極めてきたサムライにとって、無条件に自分を愛し慕ってくれる苗の存在がどれほど安息をもたらしたか……
 そこである可能性に思い当たり、眉間に皺を寄せ、気難しい顔で半紙に目を落とすサムライに声をかける。
 「目が見えない苗が手紙を書けたのは何故だ?苗に字を教えたのは君じゃないのか」
 『なえ』の名にサムライが反応する。
 なにげなく発した疑問が、サムライの古傷を抉ったのではないかと口にしてから後悔する。まったく迂闊だった、苗はサムライと仲を裂かれて自殺してるのに……
 「……よくわかったな」
 サムライの手がふたたび動き出し、半紙の上を流麗に滑ってゆく。サムライの顔を見る。表情の欠落した能面みたいな顔からは何の感情も汲み取れず、ただ猛禽めいて鋭利な双眸だけが、霧にかすむ千里彼方を仰ぎ見るような追憶の光を帯びていた。 
 「苗に字を教えたのは俺だ。苗の手を握り、筆を持たせ、いろはにほへとから覚えさせた。いつか目が完全に見えなくなってもいいように、まだ薄らとものが見えてるうちに字を教えてくれと、苗の方から申し出てきた。子供の頃の話だ」
 「目が見えなくても手が覚えていれば字は書ける、か。なるほどな」
 どうりで手紙がひらがなだらけのはずだ。画数が多く難しい漢字は手の感覚をたよりに書けなかったのだろう。
 サムライの本名、「貢」以外は。
 サムライは物言わず半紙を見下ろしていた。般若心経を途中まで写した紙だ。無骨に骨ばった手に筆を預け、刀を握ろうにも手に余った幼い頃、苗と一緒に半紙に向き合った記憶をよみがえらせているのだろうか。と、僕が見ている前でサムライの手がさらさら動き出し、息を吸いこんだ胸郭が上下する。
 風に煽られた木の葉のように、岩の狭間をすり抜ける魚のように。
 筆先が泳ぐごとに半紙の余白に綴られてゆくのは、風雅な趣き薫る達筆に崩した字。
 サムライの唇が薄く開き、不思議な抑揚のある声を発する。

 「色は匂へど 散りぬるを
  我が世誰そ 常ならむ
  有為の奥山 今日越えて
  浅き夢見じ 酔ひもせず」

 僕は呆けたようにサムライの横顔に見入り、サムライの声に聞き入っていた。
 平安時代末期に流行した涅槃経の概念、「諸行無常 是正滅法 生滅滅己 寂滅為楽」を表すと言われる内容を朗々と吟じたサムライが、僕の凝視に恥じ入るように口を閉ざし、伏し目がちに俯く。
 「……苗と一緒によく詠じた。苗は綺麗な声をしていた」
 柄にもないことをした、といわんばかりに再び身を入れて写経に取り組み始めたサムライを見て、僕は僕の知らない「苗」という女性をあざやかに思い浮かべる。サムライが愛した女性だ。きっとサムライに相応しい、優しく美しい心の持ち主だったのだろう。髪は黒髪、服は着物だろうか。
 まだ幼いサムライがおなじように幼い苗の手を握り、「いろはにほへと」を半紙に書きつけてる光景を思い浮かべる。
 重なる手。真剣なふたり。微笑ましい光景。
 甲高い子供の声が拙く一生懸命に唱和する幻聴が聞こえ、こちらに向けられたサムライの背中が一瞬にして時を遡った。 
 サムライの背中が小さく見える日がくるなんて思ってもみなかった。
 「香りよく色美しく咲き誇っている花も、やがては散ってしまう」
 何か言わなければ、と義務感に急きたてられて注釈を挟む。このままサムライが遠くへ行ってしまいそうで、僕が置いてかれそうで怖くなったのだ。ゆるやかにこちらを向いたサムライが目で続きを促し、ベッドに腰掛けた僕は抑揚なく、つまらない感傷を排した声で続ける。 
 「この世に生きる私たちとて、いつまでも生き続けられるものではない。この無常の、有為転変の迷いの奥山を今乗り越えて悟りの世界に至ればもはや儚い夢を見ることなく、現象の仮相の世界に酔いしれることもない安らかな心境である……以上、現代語訳だ」 
 淡々と言い終えると同時に、耳が痛くなるような静寂があたりを支配する。
 サムライは何とも形容しがたい眼差しで半紙を見つめていたが、その双眸にかすかな波紋が生じ、悲哀と苦渋とが綯い交ぜになった感情が浮かび上がる。  

 「苗は芽吹かずに死んだ。咲き誇る前に、花になる前に死んでしまった」

 『芽吹かない苗』
 いつだったか、サムライに宛てた手紙に記されていた一文を思い出す。芽吹かない苗。苗の遺書。
 首を吊った時、苗はまだサムライとそう変わらない年齢だった。サムライへの恋募を胸に秘めた十代の少女だった。 
 当主の手により無理矢理仲を裂かれたとはいえ、前途ある若い女性があてつけがましく首を吊るなど発作的な自殺で片付けるにはあまりに短絡な振る舞いではなかろうか?
 それとも苗の死には、まだ何かほかの……

 瞬き一つ後にはサムライはいつもの無表情に戻っていた。
 能面を被せたみたいに表情を封じたサムライにやりきれないものを覚え、ベッドから腰を上げ、衝動的に彼の手から筆を奪い取る。突然筆をひったくられ、「なにをする」と眉をひそめたサムライを無視。床に膝をつき、硯をこちら側へと引き寄せ、たっぷり墨汁に浸した筆を半紙の余白に走らせる。
 「君のような凡人に可能なら天才にも可能なはずだ」
 そうだ、サムライにできることが僕にできないはずがない。サムライがすらすら書き綴った写経を手本に、見よう見真似で般若心経の冒頭部分を書き写す。
 完成だ。
 憮然とサムライに筆を突き返す。僕が抜き出した部分をちらりと一瞥、あきれたようにサムライが呟く。
 「下手だ」
 「………独創的かつ前衛的な出来映えと言え」
 誤解するな、僕はとりたてて字が汚いわけじゃない。手書きの文字は綺麗な部類に入る。だが筆となれば事情は異なる、何せ筆を握るのは今回が生まれて初めてなのだ。多少字が歪んで墨汁が滲みだしてても仕方ないじゃないか、と心の中で弁解しつつ、顔に跳ねた漆黒の飛沫を拭う。
 そんな僕の様子を眺めていたサムライの顔がふと緩み、口元に柔和な微笑が浮かぶ。
 しかしその笑みには、どこか拭い難い悲哀と諦観とが付き纏っていた。  
 今だ。
 すっと背筋を伸ばし、サムライと向き合う形で正座する。サムライを説得するなら今しかない。目を閉じ、心を落ち着かせ、また目を開く。
 表情の薄いサムライを見つめ、言う。
 「もう一度レイジと話し合いを持て。つまらない喧嘩などしてる場合じゃないだろう、いくら捻挫が完治して包帯がとれたとはいえこれからますます敵は強くなる。レイジと協力しなければ100人抜きなど不可能だ、絶対に」
 今日の一件で凱たちがよからぬことを企んでるのが判明した。凱はレイジとサムライを倒すためなら手段を選ばない、どんな卑劣な罠を仕掛けてくるかわからない。サムライとレイジの連携が上手くいって初めて100人抜き達成の可能性がでてくるというのに、今のままでは三日後の試合に勝てるかも不明だ。
 かっきりとサムライを見据えてレイジとの話し合いを示唆すれば、サムライの眉間に深い皺が刻まれる。 
 「それは命令か?」
 「馬鹿だなきみは、頼んでるんだ」
 サムライが驚いたように目を見開く。
 サムライに頼みごとをするなんて屈辱だ、しかしこれしか方法がない。僕が頭を下げることでことが丸くおさまるならそうすべきだ、頭じゃわかってる、でも心が納得しない。くそっ、なんでサムライ如きに頭を下げなければならない?外にいた時だって他人に頭を下げた経験などないのに何故こんな屈辱的な真似をしなければならない?僕は天才だぞ、IQ180の知能指数の持ち主でサムライなんか足元にも及ばない優れた人間で……
 「頼む。レイジと仲直りしてくれ」
 くそっ、もうどうでもいい。なるようになれ。
 自分を殺して深々と頭を下げる。天才が頭を下げたんだ、これで断るような薄情な男なら綺麗さっぱり未練なく友人関係を解消してやる。屈辱に歯噛みして顔を伏せてると小さくため息が聞こえてくる。
 「………承知した」
 「!じゃあ、」
 反射的に顔を上げる。
 サムライは憮然とした面持ちで床に正座していた。いつのまにか筆を置き、体ごと僕の方に向き直っていた。
 「武士たる者、ひとの頼みを無碍にはできん。頭を下げられてはなおさらだ」
 自分は気が進まないが僕がどうしてもと言うなら仕方ない、と譲歩した口調に貴様何様だと反発がもたげてくるが、まあ大目に見よう。頑固一徹なサムライがレイジに歩み寄る姿勢を見せただけでも大進歩だ。
 ……しかしまだ最大の問題が残っている。
 肝心のレイジに歩み寄る気持ちがあるか否か、だ。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20051218223753 | 編集
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