ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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二十六話

 最近暇だ。
 日中やることなくて暇潰しに漫画を読んでるんだが、図書室にいるとやたらとヨンイルが懐いてきてうざったい。
 具体的には「マンモス西はやっぱええ味だしとるなあ」とか「丹下のおっちゃんのしごきに耐えに耐えてジョーは徐徐にボクサーとして頭角あらわしてくんやけどこっからが大変で、」とか横から口出ししてきてうるさいったらない。
 別名図書室のヌシ、漫画に命を捧げた西の道化は自分の視界に漫画読んでるやつがいりゃ知り合いだろうがそうじゃなかろうが十年来の友人ヅラで肩を抱いてくる。人間、自分が好きな分野のしゃべりは饒舌になるのが常だがヨンイルは典型だ。俺なんか友人の友人感覚でお世辞にも親しい仲じゃねえのに漫画を読んでるだけで仲間扱いされちゃ困る。
 本人に悪気はないんだろうが、どうもレイジの同類は苦手だ。
 「……でな。明日のジョーのクライマックス、ジョーVSホセ・メンドゥーサの決戦でジョーが死んだかどうかやけど俺はやっぱ死んだと思うや。ホセとの対戦で全力を出しきって真っ白に燃え尽きたジョーは結局リングの上でしか生きられん業深い男やったんや。リングを下りたジョーが平穏な人生歩めるはずない。大体想像できるか、葉子とジョーがにゃんにゃんしとるとこ。ジョーは自ら平穏な人生に背を向けてボクシング一筋でやってきたんやから……その意味ではジョーは力石のあと追ったんちゃうかな。力石とジョーはコインの裏表な関係やから、力石がああいう最期迎えたっちゅーこと自体ジョーに訪れる結末を示唆してたように思うんや。お前はどう思う?」
 「知るか」
 書架の裏側にうずくまって明日のジョーを読んでるところを偶然ヨンイルに見つかったのが運の尽きだった。くそ、今日はヨンイルと顔あわせないようにわざわざ目立たない場所に隠れてたってのに。
 俺の不機嫌をよそに、ヨンイルは図々しく身を乗り出してくる。明日のジョーについての意見と見解を俺に吹きこみたくて仕方ないらしい。鬱陶しい。体ごと向きを変え、手元に広げた本を覗きこんでくるヨンイルから逃れる。そしたらわざわざ迂回して、あろうことか俺の正面に腰を落ち着けやがった。
 ヨンイルの講釈は延々と続く。
 忌々しげに舌打ちしようがおかまいなしに。
 「割食うたのはホセやな、ホセ。それこそ最強の敵ってアオリで登場したのに人気とインパクトで力石に食われてもうて、今いちラスボスってかんじがせん。明日のジョーは力石が死んだ時点で終わった!って断言する読者もおるくらで、」 
 乱暴に本を閉じる。 
 もう我慢の限界だ、俺は図書室に漫画を読みにきたんであってヨンイルのおしゃべりに付き合わされにきたんじゃない。耳のすぐそばで先の先のそのまた先の展開までネタバレされて集中力をかきみだされて読書に集中できるわけがない。元の位置に本を戻し、ぽかんとしたヨンイルをおいて憤然と立ち去る。
 「なんで怒るんや?けったいなやつ」
 「ダチでもねえのにしゃべりかけてくるな、うざい」
 先の展開をネタバレされて読書を楽しめってほうが無茶だ。好きな分野の話には口出ししたくなるのが人間のサガだとわかっちゃいるが、せめてもう少し気を利かせてくれたってバチあたらねえだろ。
 ……くそ、ジョーが死ぬなんてすげーショックだ。読み進める気なくなっちまったじゃねえか。
 無神経なヨンイルに嫌気がさし、足早に階段を降りる。ヨンイルの講釈に付き合わされてるうちにいつのまにか半日が経過したらしく、図書室には強制労働を終えた囚人が大挙してやってきていた。
 図書閲覧用の机を占領して猥談に耽る連中のそばを通り過ぎ、図書室を出る。そろそろ夕食だ、早いとこ房に戻ろう。ポケットに手を突っ込み、渡り廊下の方角に廊下を歩く。ヨンイルにも困ったもんだ、俺が漫画読んでると決まって首突っ込んで気分をぶち壊す。
 でかいゴーグルをかけた顔を思い出してため息をつけば、こないだ偶然目撃した光景が脳裏を過ぎる。
 
 『いいのかよ、周りに『あのこと』ばらしても』
 『いやだよなあ、そりゃそうだよなあ。おまえのこと親父みたいに慕ってる囚人やなにも知らねえ同僚に秘密知られてシカトされるのは。とくにガキどもはがっかりだな、今までなにくれとなく良くしてくれた五十嵐さんが私怨で囚人殺しかけた極悪人だと知れば。そしたら今度はおまえがリンチの標的にされるんじゃねえか?まわり全部敵に回して東京プリズンで生き残るのは大変だな』

 薄暗い階段の踊り場、五十嵐の耳元でいやらしくささやくタジマ。
 五十嵐にバンソウコウ借りに行った鍵屋崎を追いかけたのは好奇心を優先した上の行動だ。ヨンイルは五十嵐に階段から突き落とされたと言った。ヨンイルが嘘をついてるようには見えなかったが、正直五十嵐がそんなことをするとは思いたくない。五十嵐はいつだって俺によくしてくれた。俺が凱の子分にぶん殴られてとぼとぼ歩いてたとき「大丈夫か」と声をかけてくれた。バンソウコウもくれた。 
 東京プリズンじゃ絶滅危惧種並に希少な親切な看守が、裏でヨンイルを殺しかけた極悪人だと思いたくないのだ。
 反射的に五十嵐のあとを追ったのは五十嵐の様子が気になったからだ。変と言えば五十嵐がペア戦見物にきてたのも変だったが、タジマに呼び出されたんなら納得だ。タジマは五十嵐を呼び出して金を強請るつもりだった、五十嵐の秘密を周囲にばらすぞと脅して言うことを聞かせるつもりだったのだ。
 五十嵐の秘密。
 俺には想像もつかない。あの五十嵐にひとに隠し立てしなきゃいけない秘密があるなんて……五十嵐は俺たち囚人にも明け透けに接してくれるいい看守だと身近に感じてたのに。そういえば噂でちらっと小耳に挟んだことがある、五十嵐の女房がアル中で家庭はぐちゃぐちゃだって。それが五十嵐の秘密?まあ女房がアル中で夫婦喧嘩が絶えないってのはみっともいいもんじゃないが、タジマに金を渡してまで隠蔽しようとするだろうか。事実、俺たち囚人だって風の噂で知ってるぐらいだ。
 『まわり全部敵に回して東京プリズンで生き残るのは大変だな』
 タジマが殺しかけた囚人てのはヨンイルでまちがいないだろう。
 五十嵐の秘密が単純にヨンイルを階段から突き落としたことを指してるなら話は簡単だが、あの時のタジマの口ぶりにはまだ何か隠してる節があった。もちろんそれもあるだろうが、それ以上にもっと周囲に知られたくない重大な秘密があるような口ぶりだった。
 ……いや、簡単じゃない。何故ヨンイルを階段から突き落としたのか、最大の疑問が解決してないじゃんか。五十嵐がヨンイルを殺しかけたのには理由があるはずだ。たいした理由もなく、ただ前を歩いてたのが邪魔だから突き落としたんならタジマといい勝負の最低野郎じゃないか。

 他の囚人にはやさしい五十嵐がヨンイルだけ嫌う理由。
 五十嵐がヨンイルを目の敵にする理由。
 それはなんだ?

 「!?―なっ、」
 突然後ろから腕を引かれ、無理矢理物陰に連れこまれる。
 わけもわからず身を捩り、肩越しに視線を落す。死角から伸びた手ががっしりと肘を掴んでる。俺をひきずるようにわき道へと連れこんだ奴のツラを確認しようとして、周囲に複数の気配を感じる。
 一人、二人、三人……四人か。いずれも俺より図体がでかい。わき道の暗がりにまぎれるように待ち伏せしてたらしい連中のひとり、俺の肘を掴んだガキがずいと身を乗り出してくる。
 どこかで見覚えある顔に記憶の襞をさぐる。思い出した。食堂の一階中央席、凱とおなじテーブルにずらりと並んでる東棟中国系派閥の幹部の中におなじツラを見た。名前はたしか……、
 「ユエ?」
 「マオだよ」
 答えたのは俺の肘を掴んだガキじゃない、その隣のガキ。両方を見比べ、眉をひそめる。
 「ユエは俺だ。よく似た兄弟だから間違えても無理ねえがな」
 「外じゃうりふたつだってよく言われたよ」
 ユエとマオ。聞いたことがある。外では「残虐兄弟」の異名で恐れられた連続婦女暴行魔で凱の腹心。
 「いつまで掴んでんだよ」
 力づくで腕をふりほどく。四人して俺を取り囲んで壁際に追い詰めた連中は優位を誇示するが如くにやにやと笑ってる。凱の子分が俺に声をかけてきてろくなことがあった試しがない。どうせまたいつものいやがらせだろうと半ばうんざりし、半ば腹を立てる。
 「で?凱の愉快な下僕たち、おっと間違えた、残虐兄弟とそのダチが俺に何の用だ。手短にすませてくれよ」
 凱がちょっかいかけてくるのは今に始まったことじゃないが、仲間をけしかけて脅すような真似するなんて今日はまたずいぶんと回りくどく手がこんでる。
 どちらが用件を切り出すか意味ありげに目配せ。兄弟を代表し、ユエが口を開く。
 「明日のペア戦でレイジがだれとあたるか知ってるか?」
 「知らねえよ」
 「『俺たち』だよ」
 顔を見合わせてほくそ笑むユエとマオ。得意げに鼻の穴をふくらませ、まったくおなじ動作で胸を指す。
 「俺たち残虐兄弟がレイジ・サムライペアに挑むんだ。俺たちだけじゃねえ、明日の試合にゃヤンとロンチウ、凱さんとシャオチンもでる」
 「そうか、そりゃ頑張れよ」
 「ずいぶん余裕ありげだな。ダチのレイジが俺たちに倒されたら~、とか心配しねえのか」 
 「笑わせんな」
 これもまたうりふたつの動作で腰に手を当て、左右から俺の顔を覗きこむ残虐兄弟。陰湿な笑みを口元に浮かべ、なぶるように俺の反応をたのしんでるユエとマオとに反感が沸騰。生意気な笑みでねちっこい揶揄を跳ね返す。
 「レイジがお前らクソ兄弟に負けるはずねえだろ。10秒、いや5秒でノックアウトだ」
 右手の五本指をユエとマオに突き出せば、右側のマオにむんずと襟首を掴まれる。
 「―いや違う、負けんのはレイジだ」
 「そして俺たち兄弟の不戦勝だ」
 「……はあ?なに言ってんだおまえら、レイジにびびりすぎて頭おかしくなったのか」
 本気であきれた。自分たち兄弟の出番が三日後に迫った恐怖と緊張でおかしくなっちまったのか?凱とレイジだって勝負になんないのに、凱の子分がレイジに戦いを挑んで勝てるわけがない。世の中そんなに甘くないと外で習わなかったのだろうか?いや、外で習わなくても東京プリズンにくりゃ自然と体に叩き込まれるはずなのに……
 いや待て。
 「不戦勝ってどういうことだよ?」
 うっかり聞き逃しそうになったが、マオはたしかに「不戦勝」と言った。どういうことだ、何故レイジが試合にでないと決めつける?意味不明な発言に不審の眼差しを注げば、とことん飲み込みの悪い俺にマオとユエが失笑を漏らす。
 「不戦勝は不戦勝だよ、レイジは俺たちとやるまえにリングを下りるからな。頭の巡りが遅い半々に噛み砕いて説明してやるとだな、」
 「脅迫だ、脅迫。今自分がおかれた状況をよく見渡してみろ、これ以上なくわかりやすい状況だろう」
 「お前は俺たちに言われてレイジに泣きつく、お前に泣きつかれたレイジはリングをおりる」
 「理由はなんでもいい。お前のことが心配で死んじまいそうだ、これ以上怪我してほしくねえ、無理すんのはやめてくれ……いいねえ、お涙頂戴の台詞もりだくさんだ。レイジはお前に甘いからな、大好きなロンちゃんが涙流していやいやすれば断れねえ」
 そういうことか。
 次第に飲みこめてきた。ユエとマオの兄弟が図書室帰りの俺を待ち伏せして物陰にひきずりこんだわけが、その真の意図が。さっき俺が言ったとおり、このまま何の手も打たずに正々堂々試合に挑むならユエとマオに勝ち目はない。東棟最大の中国系派閥のボスとして三百人弱のガキどもに仰がれ、いつもは傍若無人に威張り散らしてる凱が、よちよち歩きの赤ん坊も同然にレイジにあしらわれてるところを何度も見てきた。
 凱でも勝てない王様に凱の子分が正攻法で勝てるわけがない。
 なら、搦め手で攻めるまでだ。
 「……そんなにレイジに勝ちたいのかよ、みっともねえ」
 やりきれなくなり、苦く呟く。中国人は見栄っ張りだと聞いていたが、仮にこんな真似して勝って嬉しいのだろうか?真剣勝負だからこそ勝利に胸を張れるだろうに、俺を脅迫してレイジを辞退させようだなんてやってて哀しくないのか?ユエとマオ、そしてその背後のガキを見回してうんざりかぶりを振る。
 「凱のさしがねか?それともお前ら兄弟がかってにやってんのか?」 
 「聞いてどうすんだよ」
 「どうでもいいだろ」
 ユエとマオが交互に反論し、右と左から同時に俺の胸ぐらを掴む。二人がかりで胸ぐらを掴まれ、足裏が浮きそうになる。二人がかりで吊られた格好になった腹の底でやり場のない怒りが渦巻く。俺の中には親父から受け継いだ中国人の血が半分流れてる。ということは、俺も半分は中国人だ。台湾人のお袋に育てられたから中国にはとくに愛着を感じないが、中国人がこんな奴らばかりだと思えば情けなくもなる。
 俺とお袋を捨てて行方くらました親父も最低だが、こいつらも同じくらい最低だ。
 反吐が出る。
 背後は壁、正面には残虐兄弟。前後から圧迫され、ろくに身動きもできない苦しい姿勢から毅然と顔を上げ、憐憫の眼差しと口元の笑みとを合わせた軽蔑の表情を作る。
 「そうだな、どうでもいいな。どっちにしろおまえら中国人がプライドのねえクズぞろいってのはたしかだ」
 衝撃に頭が仰け反る。
 激痛は一瞬遅れてやってきた。はげしく視界がブレ、殴られた右頬が疼き出す。さすが凱の子分だ、手を出すのが早い。くそ、少しくらい手加減しろっつの。心の中で毒づき、切れた唇を拭う。口の中に鉄錆びた血の味が広がり、喉が焼ける。 
 俺を殴ったのはむかって左側のユエだ。
 むかって右側、俺を殴ろうと握り固めた拳をサッとおろしたマオがぼやく。
 「あんちゃん手えはやすぎ。俺が殴ろうとしたのにずっけーよ」
 「バカ野郎早いもん勝ちだ。うちのおかずとおんなじ、ぐずぐずしてたら横取りされても文句言えねえ」
 てめえらバカ兄弟の家庭の事情なんか知りたくねえ。
 そう言い返しかけ、唇の疼きに顔をしかめる。
 醒めた頭の片隅、これ一発ですめばいいなと冷静に考える。相手は四人だ。俺もだてに喧嘩慣れしてない、外じゃ池袋一の武闘派と恐れられたチームで抗争に明け暮れてた身だ。相手が三人までならなんとかなる、なんとかする自信もある。だがこの四人のうち、正面をふさいでるのは残虐兄弟の異名をとるユエとマオだ。まともにやりあってかなうはずない、ただでさえ壁際に押さえこまれた不利な状況だってのに。
 「やい半々。自分がおかれた立場を胸に手えあててじっくり考えてみたことあるか」
 兄に対する甘えた口調から一転、ドスの利いた声でマオがささやく。顔に吐息のかかる距離に接近したマオが平手で俺の頬を叩く。
 「裏切り者の中国人と裏切り者の台湾人のあいだに生まれた裏切り者のサラブレッド、中国人からも台湾人からも石投げられる嫌われ者。いやだよなあ、つらいよなあ。お前にとっちゃ中国系が幅きかせてる東京プリズンは針のむしろだよな。イエローワークにいたときも随分いじめられたんだろ?凱さんにさんざん聞かされたぜ、何度シャベル脛にぶつけてもキッと睨んできやがるクソかわいげねえガキだって。半年前は生き埋めにされかけたんだよな?砂ん中から息吹き返せてよかったじゃんか、めでてえなあ」
 俺の頬を叩いて哄笑するマオの隣、弟のやんちゃに目を細めたユンが続ける。
 「どうだ、取引しねえか。お前が試合辞退するようレイジ説得したらお慈悲で仲間にいれてやるよ。お前も半分は中国人だ、仲間に入る権利がある。まあ憎い台湾人の血が流れてるからな、こっち側にきてもパシリか公衆便所くらいっきゃ使い道ねえだろうが今までよかずっと扱いはいいぜ。廊下歩いてて足ひっかけられたり邪険に突き飛ばされることなくなるんだ、そんだけで随分と暮らしやすくなるだろ」 
 乾いた音が連続し、マオの手が上下するたびに激痛が走る。拳で殴られるよりマシだが、平手でぶたれても痛いのに変わりない。調子にのるなと抗議しかけたそばから口を開く間も与えずに手が翳される。
 「悪い話じゃねえだろ半々。俺たちの仲間になりゃ色々いいことあるぜ、中国人にいじめられないかびくびくしなくていいし……そうだ、お前もテーブルの端っこに座らせてやるよ。いつも俺たちが陣取ってる中央のテーブルだ。飯食うとき混ぜてやるから感謝しろ」
 今笑ってるのはどっちだ?ユエとマオは声までそっくりで判別しがたい。いや、笑ってるのは両方か。どうりで声が二重に響くわけだ。
 ユエとマオが笑ってやがる。
 喉の奥が丸見えになるほど口を開いて、赤い舌を覗かせて、盛大に唾をとばして。嬉々として俺をぶってるあいだもマオの笑い声は止まない。俺が「はい」と頷くまで、「わかりました」と承諾するまで泣こうが喚こうがしつこくぶちつづけるつもりだ。
 こいつらにかわるがわる強姦された女が、自分から股開くまで顔ぶたれたってのは本当だったのか。 
 何度も平手打ちを食らったせいで頭が朦朧としてきた。歯を食いしばり固く目を閉じ、悲鳴をあげるくらいなら舌を噛み切ったほうがマシだと虚勢を張っていたら、俺の強情ぶりに業を煮やしたユエが地団駄踏む。
 「なにが不満なんだよ、仲間にいれてやるって言ってんじゃねえか!くそったれ半々相手にここまで譲歩してやってんのに……」
 「安心しろよ、俺たちんとこ来りゃもうレイジに媚売らずにすむ。わかってんだよ、お前の魂胆は。刑務所にだれも味方がいねえからケツで王様たらしこんだんだろ」
 「……なんだと」
 急激に頭に血が上り、口の中を満たした血の味が濃くなる。壁に背中を付けた不自由な姿勢でユエとマオを仰げば、そっくりおなじ憎たらしいツラで笑いやがった。
 「東京プリズンで生き残るにゃ王様にすりよるのがいちばんだ」
 「いじめられりゃ王様が仇とってくれる」
 「王様にひっついてりゃ所内安全」
 「でもな、俺たちの仲間になりゃ無理して王様に付き合う必要ねえんだぜ。おまえだって好きでアイツのダチ演じてたわけじゃねえだろ、ダチのふりしたほうが何かと便利だから……」
 「そりゃそうだ!一度キレたら何しでかすかわかんねえ王様とダチになる奴なんて東棟どころか東京プリズン中さがしてもいねえよ、おっかねえもん。お前だってダチのふりしてレイジを利用……」
 
 俺のために戦ってるレイジを利用?
 ダチのふりで利用してる?  
 
 キレた。
 「!?ぎゃあっ、」
 何度目かに腕が振り下ろされた瞬間、今だと顔面に頭突きを食らわせば鼻血を噴いて大きく仰け反ったマオが二歩後退。なぶる一方の獲物に反撃されるなんて思ってもみなかったんだろう、驚愕の表情のマオをユエが抱きとめる。
 「いてえようあんちゃん、はなぢ、はなぢがでたあー」
 「かわいそうに、仇はあんちゃんがとってやる」
 顔面を鼻血の朱に染めたマオが半泣きで俺を指差す。なぐさめるように弟の肩を叩いたユエ兄貴がこっちにやってくる。頬が熱く疼く。口の中も切れてるみたいだ、味噌汁を飲んだら染みるかもしれない。胸焼けするような血の味に気分が悪くなって唾を吐けば陰惨な赤色に染まっていた。
 ぐいと顎を拭い、剣呑な顔を並べたユエとマオ、残り二人のガキを睨みつける。
 『拒絶(チュィチュエ)』
 てめえらのくだらねえ誘いなんかお断りだ。
 こめかみの血管が怒りに熱く脈打ち、外気に晒された頬が熱をもって疼く。口を動かすたび顔が吊るような感覚に頬を庇えば、手で包んだ全体が真っ赤に腫れていた。
 たいしたことない。お袋の平手打ちのが百倍痛くておっかなかった。
 ゆっくりと頬から外した手をそのまま体の脇におろす。と見せかけて正面に掲げ、垂直に中指を突き立てる。
 「てめえらと飯食うのなんかこっちから願い下げだ、ただでさえまずい飯がもっとまずくなる。哀れな半々を哀れんでくれなくても結構だ、俺はそれなりにたのしくやってる」
 そこで一呼吸おき、レイジの顔を思い浮かべる。
 「俺のダチは俺が決める、半々には半々のプライドがある。見損なうなよ残虐兄弟」
 口角をつりあげ、どうにかこうにか宣戦布告の笑みを浮かべる。頬の痛みを堪えてると見ぬかれなけりゃいいのだが。下品なポーズで啖呵を切れば、たがいに特徴のないユエとマオの顔が怒気に歪む。
 「あんちゃん、こいつ生意気だ。クソ淫売のクソ腹から生まれたクソ半々のくせによ」
 「ああ、生意気だ。俺たち残虐兄弟に盾突いたやつがどうなるか体に叩き込んでやるか」
 陰湿な糸目の奥、残虐に瞳を輝かせたユエとマオが恐怖を煽るようにゆっくりと近付いてくる。両側から挟みこまれたら逃げられない、まだ距離があいてるうちに逃げ出すべきだ。そう判断して踵を返せば、残り二人のガキがすかさず両手を広げて逃げ道を阻む。
 進退極まった背中が壁に激突、頭上に覆い被さる影に視界が薄暗く翳り、そして―……
 
 けたたましいベルが鳴り響いた。

 「!」
 はじかれたように目を開ける。よってたかって殴る蹴るされ最低腕一本はもってかれると観念したのに拍子抜けした。廊下の天井を仰いだユエが、お楽しみを取り上げられたガキの如く口惜しい顔になる。
 「ちっ、いいとこだったのに」
 邪険に舌打ちし、弟に顎をしゃくる。東京プリズンじゃ夕食前に点呼をとる規則がある。時間厳守の点呼に遅刻すりゃどこでなにをしてたかしつこく詮索された挙句罰を下される避けられない。へたすりゃ独居房行きだ。罰を承知でお楽しみを優先するほど残虐兄弟は馬鹿じゃなかったらしい。壁際に俺を残し、不承不承出ていきかけて振りかえる。
 「命拾いしたな」
 ユエが笑う。俺の悪運を呪う笑み。
 「三日の期限つきでレイジを説得するチャンスをくれてやる。もし三日後の試合までにレイジをリングから下ろせなかったら……わかってんだろうな」
 意味深に言葉を切り、足早に立ち去ったユエの意を汲んだマオが兄貴と見分けつかないツラで笑う。
 「俺たちまだ野郎で試したことねえんだ。東京プリズンじゃ珍しいだろ」
 その台詞がなにを意味するか察し、服で隠れた部分の肌が粟立つ。ご馳走にとびかかるケダモノみたいに舌なめずり、なめるような視線を体の隅々に這わされてぞっとする。
 彫刻刀で切りこみを入れたような目をさらに細め、能面みたいにのっぺりした笑顔を作ったマオがじっとこっちを見る。
 「お前が『一人目』になるんだよな?」
 能面めいた笑顔で念を押し、ガキを引き連れたマオが意気揚揚と去ってゆく。兄貴の背中を小走りに追いかけるマオを見送り、徒労の息を吐いて壁に凭れ掛かる。ベルはまだ鳴り止まない。俺も早く行かなければ看守の大目玉をくらっちまう、なのに足が動かない。
 今のことはレイジに黙っとこう。
 レイジには目先の試合だけに集中してほしい、余計なことを耳に入れて煩わせたくない。レイジならきっと正々堂々実力勝負で凱とその子分を打ち負かすだろう。何もなかったようなフリすることくらいワケない、いつも通りしれっとした顔で振る舞ってりゃいい、ばれるわけがない。頬の腫れが気がかりだが適当な理由でっちあげてごまかしちまえばいい、と強引に自分を納得させて表廊下にでる。
 心配しなくてもレイジは必ず勝つ。
 数でごり押しの脅迫なんて汚い手を使う連中に、無敵の王様が負けるわけねえ。 
 「……だよな、レイジ」
 少し不安になり、声に出して呟く。頬に手をやればまだ熱が冷めてなくて、一歩踏み出すごとに不吉な予感は増すばかりで、俺は凱の子分どもを追い払った今ごろになって弱気になってる自分に気付いた。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20051220223519 | 編集
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