ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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六話

 「「!」」
 耳朶を刺し貫こうとした針が止まりタジマが廊下を振り返る。タジマの肩越し、ボイラー室の隅に押さえ込まれた窮屈な姿勢から首をのばせば廊下に立ちはだかっている人影が目に入る。
 第一印象はラテン黒縁メガネ。
 ラテン系の血統をしめす浅黒い肌と彫り深い顔だちにはややそぐわない印象を持たせる黒縁メガネの奥には糸のように細い柔和な目。おなじ眼鏡でもインテリぶって傲慢に見えるやつと気弱な臆病者に見えるやつと二種類いるがこいつは間違いなく後者だろう。ウェーブがかった黒髪を七三に分けて秀でた額を露出した几帳面なヘアスタイルと、いまどき流行らない野暮ったい黒縁メガネをかけた顔つきが甚だ時代錯誤だ。
 東京プリズンの囚人で鍵屋崎以外に眼鏡をかけてるやつを初めて見た。
 自分がおかれた危機的状況も一瞬忘れ廊下に立つ男を凝視する。見るからに気弱そうなたれ目がちの目をきょときょとさせて廊下を見回していた男が困り果てた顔して、縋るような視線をこっちに向けてくる。
 縋るような視線?助けを求めたいのは俺のほうだってのに。
 分厚いレンズの奥、人の機嫌とりが習性になったおどおどした目つきでこっちを見て漸く俺とタジマとに気付いたらしい。壁際に押さえ込まれて身動きできない俺とその上に覆い被さるタジマという誤解しようもなくやばい状況を何と勘違いしたのか、いや、これ以上なく正しく理解した故の行動か俺とタジマとを見比べ恐縮したように頭を下げる。
 「あ、失礼しました!お取り込み中でしたか」
 耳慣れない敬語に当惑する。鍵屋崎の場合おなじ敬語でも腹の中じゃ相手を馬鹿にしてるのがまるわかりだがこいつの場合敬語が日常会話として浸透してるんだろう。ラテン系の外見のくせにすらすらよどみない敬語で謝罪し、そそくさドアを閉めようとした男に精一杯首をのばして抗議する。
 「おい待てよ通りすがりのラテン眼鏡、この状況見て何とも思わねえのかっ!?」
 もちろん俺は鍵屋崎みたいに育ちがよくないから初対面のやつにも平気でタメ口叩く。地獄に仏、というほど頼りになるか怪しいがタジマに押さえ込まれて絶体絶命の窮地に通りかかった人間を「はいお取り込み中ですよ」と返すわけにはいかない。トラブルに巻き込まれるのを避けるように無関心に閉まりつつあるドアの向こう、ぺこぺこ頭を下げてる黒縁メガネに助けを求めればタジマの手で頭頂部を押さえ込まれる。
 「残念だったなロン、通りかかったのが頼りにならねえメガネ野郎でよ。鍵屋崎といい今のアイツといいメガネかけてる奴あみんな腰抜けのタマなしだ、てめえがトラブルに巻き込まれるのいやさにお前を見捨てちまうような薄情者ばっかりだ!」
 至近距離で大笑いされて顔面に唾がかかる。俺の耳朶をちぎれんばかりに掴んだタジマが気を取り直し安全ピンを掲げる。くそっ、ついてねえ!なんだってせっかく通りかかったのがあんな頼りにならねえ、事なかれ主義の臆病メガネなんだよ!?こうなったら俺一人でなんとかするしかねえ。拳に握った手でタジマの肩を殴って抵抗しながら、もう廊下を去ってしまっただろうメガネを罵る。
 「くそっ、その眼鏡は伊達かよ!!似合いもしねえ眼鏡かけてんじゃねえよ、襲われてる俺が見えないような眼鏡は捨てちまえっ」
 キィ、とドアが開いた。
 「あのですね」   
 予想を裏切り、黒縁メガネはまだそこにいた。ドアの隙間から遠慮がちに顔を突っこみ、かぼそい声で呼びかけてきた黒縁メガネにタジマがぎょっとする。俺もぎょっとした。外側のノブを掴んだまま、やばくなればいつでも逃げ出せる体勢をとって黒縁メガネが口を開く。
 「吾輩のワイフが言ってました。無理強いはよくないと」
 ワガハイ?ワイフ?
 一瞬、自分がおかれてる立場もど忘れして耳を疑った。タジマも同じらしい、一目見て生粋の外人だとわかる男の口から「吾輩」「ワイフ」という、日本語と英語が混在してわけわからない台詞が吐かれたんだから。腰も引け気味にノブを握った男がびくつきながら俺とタジマを見比べる。
 「少なくとも合意ではない、ですよね。何も知らない吾輩がこんなさしでがましい口を挟むのは恐縮なんですがでもやっぱり無理強いはよくないと思うんです、強姦からは愛が生まれません。吾輩のワイフもよく言ってました、体を開いても心を開かないんじゃむなしいだけだと……まったくその通りです。ワイフはいいことを言います、素晴らしい女性です」
 「なんなんだよお前はよ」
 後半はただのノロケだ。興醒めしたタジマが、シャイな笑顔でワイフ自慢をはじめた男の方へ憤然と歩み寄り腰の警棒に手をかける。
 注意がそれた。今だ!
 「どわっ!!?」
 タジマが背中を向けた一瞬の隙をつき、後ろから足をひっかける。俺に足をひっかけられてはでにすっ転んだタジマの頭上を飛び越えてドアめがけて一散に走れば、正面から突進してきた俺に突撃されるとでも勘違いした黒縁メガネが「ひっ」と女々しい悲鳴をもらす。
 「~~の野郎!!」
 床で顔面を強打したタジマが鼻柱を赤くして立ち上がる、地鳴りめいた足音を響かせて突進してくるタジマから間一髪廊下に逃れ、振り返り際中指を突き立てる。
 『再見』
 ドアが閉まる直前に見えたのは「しまった」と硬直したタジマの顔。
 容赦加減なくドアを閉めれば手も痺れる衝撃と振動、そして低い呻き声とが伝わってくる。叩きつけるように閉められたドアに加速して正面衝突して脳震盪でも起こしたのだろうか、タジマが再び立ち上がる気配はない。試しにドアを開けて確認してみれば予想通り大の字になって床に伸びていた。ざまあみろ、と笑い出したい気分になる。気を失ってるのをいいことに小便でもひっかけてやりたくなったが、傍らに人目もあることだしあまり感心できた真似じゃないとぐっと堪える。俺にはタジマと違って人前でズボン下ろす趣味はない。人目がなきゃそれくらいやってたかもしれない、というか確実にやる。ささやかな意趣返し、失神したタジマの背中に唾を吐いて振り返れば例の黒縁メガネがきょとんと突っ立っていた。
 地獄に仏、だ。
 こいつがドアを開けなきゃどうなってたことかと思うと耳朶が冷えてくる。とりあえず礼のひとつくらいは言っとこうと口を開きかけ、様子がおかしいことを悟る。俺の目の前、廊下に立った黒縁メガネがもじもじした内股で股間を押さえてる。まるで尿意を我慢してるような……
 ような、じゃねえ。実際そうなんだ。
 「あの、それでですね。きみに早急にお尋ねしたいことがあるんですが、ト、トイレはどこでしょうか」
 もう一刻の猶予もないといった急いた口調で、今にも泣きそうに目を潤ませた男が言う。
 「ここ、てっきりトイレだと思って開けてみたらボイラー室で全然違ったんですよね。なんかもういっそボイラー室でもいいかな?って誘惑がちらりと脳裏をかすめたんですが一応吾輩にも羞恥心というものがありますし先客がいるのに小用を足すのは気が引けるといいますか羞恥の極みといいますか、それでですね、回れ右したのはいいのですが吾輩道に迷ってしまってもう降参して素直に道をお尋ねしようかと……」
 「わかった、わかったから漏らすんじゃねえ!!」
 その瞬間、目の前の男に対する感謝の気持なんてもんはキレイさっぱり吹っ飛んだ。実際もう限界なんだろう、いつ失禁してもおかしくない切羽詰った様子の男の手をむんずと鷲掴んで廊下を走り抜けてトイレを探す。失禁するのは勝手だが俺の目の前じゃ勘弁してほしい。
 不吉な感じに顔色が変わってきた男を引きずって廊下を走り抜けて角を折れれば意外と近くにトイレが見つかった。迷うほど複雑な場所にあるでもなし、何故今まで見つからなかったのか理解に苦しむが筋金入りの方向音痴ならありえないことじゃない。おそらくはトイレを探して何十分、もしかしたら何時間も延延廊下を行きつ戻りつしていたのだろう男の顔が希望に燦然と輝き「おお」とも「ああ」ともつかない嘆声を発する。畜生なんだって俺は見ず知らずの男の腕を引っ張って廊下を全力疾走してんだ、試合開始まであと30分、いや、タジマに絡まれて時間食ったからもう10分切ってるかもしれねえ。こんなことしてる場合じゃねえってのに頼まれても頼まれなくても放っとけない自分のお人よし加減が腹立つ。
 「吾輩昇天しそう……」
 「俺と手えつないだまま昇天すんじゃねえ、さあ行ってこい!!」
 トイレの扉を開け放ちドンと背中を突き飛ばして中に放り込む、当然扉を閉めるのも忘れない。間に合ったか?全力疾走して乱れた呼吸を整えながら壁に凭れ掛かれば勢いよい水音と「ああ……」と安堵の吐息が聞こえてくる。どうやら間に合ったらしい。
 「なにやってんだ……」
 本当になにやってんだ。廊下の壁に背中を預けてずり落ちる。息切れしてしゃがみこんだ視界の隅でドアが開いて手を洗い終えた男が出てくる。見違えるようにさっぱりした顔で再登場した黒縁メガネが悪気なんかこれっぽっちもない口ぶりで言う。
 「本当助かりました。いやはやお恥ずかしいです、吾輩本当に方向音痴で……ここに収監されて長いのにいまだに道順がわからなくて。ああ、自己紹介が遅れました」
 ズボンの腰で軽く拭った手をなれなれしく差し出してきたから何だと思ったら握手を求めてるらしい。
 「吾輩ホセと言います。スペイン系メキシコ人です」
 握手なんて柄じゃないが、折角さしだされた手を払いのけるのも気が引ける。ホセと名乗る男と握手を交わし、自己紹介する。
 「俺はロン、東棟。お前は?」
 「南棟です」
 どうりで見たことないわけだ。あらためてホセを観察する。繊細な癖のある黒髪を七三に分け、人当たりよい垂れ目と牛乳瓶底のメガネをかけた容姿は無難にまとまりすぎてて特徴がない。腰が低すぎて人にへりくだってるようにも取れる言動は詐欺師の格好の餌食となるカモのそれだ。押しが弱すぎて営業成績が伸び悩んでるセールスマンにも見えるが。
 握手を交わした左手に目を落とし、薬指に指輪が嵌められてるのに気付く。
 くすんだ銀の指輪。左手薬指に指輪を嵌めてるってことは既婚者か?東京プリズンじゃべつに珍しくないが檻の中にぶちこまれても指輪を外さないでいるなんてよっぽど愛妻家なんだろう。そう感心してしげしげ指輪を見つめてるうちにふと妙なことに気付く。
 指輪の表面に何か、錆にも似た黒い点々が浮いてるような……
 「ロンくんも試合観戦にきたんですか?」
 明るい声で話題を変えられ、ハッと握手をほどく。目の前じゃにこにことホセが笑ってる、「カモってください」と喧伝してる間の抜けた顔に他人事ながら「もうちょっと警戒心持てよ」と不安になりつつ返事を返す。
 「ああ。知り合いが試合にでるんだ」
 「お友達がレイジくんのペアに挑むんですか?」
 「いや……そのレイジのほうと知り合い、というか同房で」
 「それはよかった」
 「?何がよかったんだ」
 不審げに眉をひそめればホセがなんてことない口ぶりでさらりと言う。
 「何って、お友達が死なずにすむじゃないですか」
 ぎょっとした。
 何言い出すんだこいつ。そりゃ確かに、レイジとサムライに挑むような命知らずがダチにいたら今日でそいつの人生には幕が引かれるかもしれないがお人好しを絵に描いたようなホセの口からさらりと「死ぬ」なんて出てきて面食らった。ホセと並んで通路を歩きながらこっそり横顔を盗み見ればもともと饒舌なタチなのか俺が聞いてようか聞いてまいがお構いナシにしゃべりつづけてる。
 「吾輩もね、たのしみなんですよ。東京プリズン始まって以来、ブラックワーク始まって以来の歴史的出来事じゃないですかペア戦50組100人抜きなんて。東京プリズン最強の称号を持つ東棟の王様レイジくんに挑むは東西南北選り抜きの強豪100人。もしレイジくんが100人抜き達成したら末永く語り継がれる伝説になります。すごいですよね、そうなったら。吾輩たちは伝説が誕生するまさにその瞬間に目撃者として立ち会うわけです。二十一世紀初頭に相次ぐ地震に見舞われ、その爪痕から立ち直ることができずに荒廃の一途を辿る斜陽の日本が生み出したその退廃の象徴たる刑務所、そのさらに暗部で語り継がれる黒歴史の生き証人となるわけです。素晴らしいことじゃないですかロンくん?」
 「……あのさ、くん付けやめてくんないか。あと、レイジくんって……」
 初対面だってのになんでこんななれなれしいんだコイツ。南棟の人間はみんなこうなのか?俺はともかくレイジに至っちゃ東棟の王様だぞ。居心地悪く押し黙った俺をよそにホセは饒舌にしゃべりつづけてる。
 「ああ、ワイフにも見せてあげたかった!今ワイフが隣にいればつぶらな目を潤ませて大感激したことでしょう。ワイフは格闘技が大好きなんです、特にボクシングが。吾輩と知り合ったのも地下のボクシング会場でした。吾輩が18、ワイフが20。目と目が合った瞬間に恋に落ちるってああいうのを言うんですね。熱に潤んだワイフの眼差しが媚薬を塗られたキューピッドの矢のように吾輩の心臓を射抜いた瞬間、試合中だというのに後ろから三列目、右から五席目の観客席にたたずむビーナスから目が離せなくなってKOされてしまいました。吾輩青かったなあ。いやはやお恥ずかしいかぎりです」
 聞いてもない馴れ初め話をデレデレ披露して頭を掻いてるホセにあきれかえる。ひょろりと背が高いホセの隣を歩いてると足の長さの違いを痛感させられる。くそ、レイジといいこいつといいむかつくったらありゃしねえ。
 「……そんなワケで、せめて吾輩がワイフのぶんまで見届けようと今日こうして試合会場まで降りてきた次第です。隣にワイフがいないのはとても寂しいですが、吾輩がここを出た暁には土産話としてペア戦100人抜きの偉業を話してあげようと思いましてね。吾輩の土産話を楽しみにしてるワイフのためにもレイジくんにはぜひ頑張ってもらいたいわけです」
 「愛妻家だな」
 「でしょう」
 それが最高の褒め言葉だというように謙虚に頭を下げたホセにため息つくのも疲れて前に向き直ればようやく通路の終点に辿り着く。
 ホセを伴って駐車場に戻るのと、歓声が爆発するのは同時だった。
 「よかった、間に合って。吾輩ひやひやしてしまいました」
 心底安堵して胸撫で下ろしたホセの隣、熱気と歓声が膨張し、人いきれに蒸せた駐車場の片隅で生唾を嚥下する。
 いよいよ、運命の夜が幕を開ける。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060109214918 | 編集
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