ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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五十二話

 「俺の仕業だ」
 何故暴露するんだ。
 レイジは破滅的なまでに頭が悪い。廊下のあちらとこちらで安田率いる上層部の人間と対峙した状況下で自白して何の利益がある、立場が不利になるだけじゃないか。安田の進路を妨害するが如く正々堂々廊下の真ん中に仁王立ち、得意げに胸を張ったレイジに満場の注目が集まる。廊下で煙に巻かれて咳き込んでいた囚人も行為の途中で逃げ出してきたのだろう半裸の売春夫も驚きに目を見張ってレイジの動向を凝視している。それはレイジ周辺の僕らとて変わらない、レイジの隣にいるロンは開いた口が塞がない状態で立ち尽くし、サムライは片手に箸を握り締めたまま黙然と佇み、僕はといえば呆れて物も言えずにレイジの後頭部を見守るしかない。
 「安田さん、全部こいつの仕業ですよ!」
 金切り声の喚き声に顔を向ければ安田のすぐ背後からタジマが顔を覗かせていた。ベルトを緩め、ズボンの前をだらしなく寛げたタジマが不自然な前屈みの姿勢でまくしたてる。
 「俺はこの目でばっちり見てたんだ、レイジがロンの仕事場に殴りこんできてこともあろうに主任看守の俺を掴まえて火、煙草の火を……」
 「あんただっておんなじことやっただろう」
 口角泡をとばして怒鳴り散らすタジマを醒めた目で眺めてレイジが笑う。短く喉を鳴らして嘲ったレイジが前触れなく傍らのロンの手首を掴んで自分の方へと引き寄せる。不意をつかれたロンの体が大きく揺らめいてバランスを崩し、レイジの胸に抱かれる格好で褐色の腕にとびこんでいったのは本人にとっては不幸な事故だろう。
 「おい何すんだよ放せ、人が見てんだろ!?男に抱かれるなんて気色わ、」衆人環視の中、レイジの腕に抱きすくめられたロンがはげしく身を捩って喚き散らすのを完全無視して手首を掴むや安田達によく見えるよう袖を引き下げて右手の甲を掲げる。それまで袖を引き上げて隠していた手の甲が外気に触れ、人目に晒される。
 現れたのは丸い火傷、この形状には見覚えがある、煙草の先端を押し付けられた時に出来る特徴的な火傷だ。まだ出来てから日が浅いらしく皮膚が焦げた表面が生々しかった。
 ロンの火傷を見た瞬間、タジマの顔が青褪める。それでわかった、ロンの手に煙草を押し付けた犯人が。悔しげに歯軋りしたタジマに冷ややかな一瞥をくれ、安田が問いただす。
 「君がやったのか、但馬看守」
 「ご、誤解ですよ安田さん……」
 鋭い眼光に射竦められ、窮地に陥ったタジマが生唾を嚥下して弁明に転じるが事実を否定するだけの根拠がないためか語尾も歯切れ悪くなる。しとどに冷や汗をかき、愛想笑いで安田の機嫌をとりながら口を開く。
 「そりゃまあ俺がやったのは否定しませんけど、これにはちゃんとわけがあるんです。ほら知ってるでしょ?あの台中半半のガキが一週間も強情張って閉じこもって売春拒否ってたのは。いくら寛容で温厚な俺にもこれには堪忍袋の緒が切れましてね、ちょっとお灸を据えてやったんですよ。もう二度とこんななめた真似しねえようにって……」
 「あと二箇所ある。人前でロンの服剥ぎたくないから見せねえけど」
 「人に見られて興奮する趣味はないんでね」と軽口を叩きながらパッと手を放したレイジから素早く距離をとったロンが「よく言うぜ節操なしが」と聞こえよがしに毒づく。
 通気口に何を放り込んだかは知らないが漸く効果が切れてきたのだろう、廊下に充満していた煙が薄まって次第に視界が晴れ、呼吸しやすくなる。拭われたように晴れてゆく視界の中、廊下の半ばで立ち止まった安田とレイジが一歩も譲らず互いを牽制してる。安田は無表情で、レイジは挑戦的な笑みを浮かべて。刑務所上層部の人間が相手だというのに怖じるところは微塵もなく、怯む気配は毛頭ない。もはや最大にして最強の特徴となった笑顔で飄々と嘯く。
 「ひとつ忠告だ」
 芝居がかった振り付けで両腕を広げたレイジが意味ありげに背後を振り返り、サムライが持ってる箸へと視線を投げる。
 「売春夫の身体検査は徹底してるみたいだけど今度から客の身体検査もちゃんとやったほうがいい、客の身体検査がおざなりなもんだからポケットに入る物なら簡単に持ち込めちまう。たとえば箸」
 安田に向き直り、怪しくほくそ笑む。
 「たとえば爆弾」
 安田の背後に付き従っていた看守が息を飲み、廊下に居並んだ野次馬にまで動揺と緊張が伝染した。不均衡な沈黙を破ったのは安田の威を借りたタジマの罵声だった。 
 「レイジてめえ何とち狂ってやがる、こんな大騒動起こしてタダで済むと思ってんのかよ。連戦連勝のブラックワーク覇者だろうが東棟のトップだろうが関係ねえ、お前らは所詮囚人で看守にゃ逆らえない運命なんだよ。売春班を大混乱に陥れた罪は重いぜ、最低でも独居房一ヶ月は覚悟しやがれ」
 ヤニ臭い歯を剥きだし、凄味を利かせて唸るタジマの目には囚人をいたぶることに陰湿な喜びと倒錯した快楽を見出す嗜虐の色が渦巻いていた。「独居房」が意味するのは明白な脅迫、囚人にとっては何よりも恐ろしく厳しい罰。嗜虐の笑みを湛えたタジマが腰の警棒に手をかけるのを見てはじかれたようにロンが飛び出してゆく。
 「ちょっと待てよ、おかしいだろ。レイジは何もやってない、ただ同房の俺を助けに来ただけだ。独居房送りにするなら一週間も閉じこもってさんざんあんたの手を煩わせた俺だろう?」
 煙草の火傷も癒えてないのにタジマと相対し、恐怖心に飲み込まれかけてもなお強い眼光を放つ双眸には力及ばずながらレイジを守ろうとする真剣な色がある。人に媚を売ることなく生きてきた野良猫のように強気に、その実痛々しいまでの切実さでレイジを庇ってタジマに殴りかかろうとしたロンの肩に褐色の手が置かれる。
 褐色の手を辿って振り向けば、背の低いロンを覗きこむようにレイジが微笑んでいた。
 実際に口に出したわけではないが、僕には彼が「いいから」と目配せしてるように見えた。いいから俺に任せておけ、と。ロンの肩を掴んで半ば強引に引き下がらせたレイジが悠々たる足取りで廊下に踏み出し、安田を先頭にした一群との距離をゆっくり詰めてゆく。
 「ホントはぼや騒ぎの混乱に乗じてロン連れてトンズラするつもりだったんだけど安田さんがしゃしゃり出てきたんだ、いい機会だしちょっと俺とお話しない?」
 「話?」
 レイジの真意を測りかねて胡乱げに繰り返した安田の手前で立ち止まったレイジが、所在なげに廊下に立ち尽くしていたあられもない風体の野次馬をぐるりと見渡す。
 「今ここにいるお前らが証人だ。耳の穴かっぽじってよおく聞いとけよ」  
 「レイジお前なに勝手なことほざ、」
 「いい」
 「しかし安田さん、」
 「下がってろ但馬看守」
 「そうこなくちゃ」 
 警棒を振り上げて殴りかかろうとして安田に諌められ、渋々警棒を下ろして腰に戻す。双眸に殺意を漲らせ、分厚い唇を怒りにわななかせたタジマが射殺しそうな眼圧でレイジを睨んでいるが当の本人は気にもしない。
 ところどころ割れ砕けた蛍光灯が華やかな照明に、荒廃した廊下が数多くの聴衆が固唾を呑む舞台へと変貌し、垢染みた囚人服のレイジと三つ揃いのスーツの安田が同格の役者のように互角に対峙する。作為か無作為か、仄暗い照明に映える一挙手一投足が酷く洗練されて見えるのは舞台に上がった役者の容姿が優れているせいだろうが。最も、仕立てのよいダークグレーのスーツを隙無く着こなした安田と対峙したレイジが全く見劣りしないのは一重に身に纏うオーラ故だろう。
 血で喉を潤し生肉で腹を満たす、野生の本性剥き出しの好戦的なオーラ。
 「副所長として、いや、ひとりの人間としてあんたに聞きたい。東京プリズンの強制売春制度についてどう思う?」
 ポケットに指をひっかけた自堕落な姿勢はそのままに、欠伸でも噛み殺すようにレイジが問う。見せかけの無防備さで相手を油断させて喉笛に喰らいつく豹の策略。対して安田はこの策略に嵌まることなく、淡々と、しかし律儀に答えを返す。
 「私とて現状を是認してるわけではない。売春班などというシステムは非人道的過ぎる、いくらこの刑務所に収容されてるのが凶悪犯罪を犯した受刑者といえど異性愛嗜好の少年に売春を強制するなど……正直反吐がでるな」
 「じゃあ何で見て見ぬふりしてんの」
 「私とて改革したいと思ってはいる。しかし、売春制度廃止を会議で提案するたびに大半の看守から強硬な反対にあってな……今だ実現に至らないのだ」 
 銀縁眼鏡のブリッジを押さえた安田が苦渋に満ちた口調で吐き捨てるのをレイジは鼻で笑う。
 「そりゃそうだ、看守だって恩恵に預かってるもんな。売春班がなくなりゃ高い金払って風俗行くっきゃなくなる、おまけにちょっとカッときて風俗嬢殴ったら訴訟問題になりかねない。その点売春班なら安心だよな、どんな変態プレイだってタダで楽しむことできるし殴ったって文句言わねえ、独居房を脅しに使えば命令通りに言うこと聞いてくれる。刑務所でヤってりゃ自分たちの倒錯した嗜好や危ねえ趣味が世間にバレる心配もねえし社会的立場も安泰ってか」
 「そういうことだ」
 あっさり肯定した安田が威圧的な眼光で廊下を睥睨すれば、針の眼差しに射竦められた看守が一斉に首を竦める。確かに安田は副所長だが、だからといって東京プリズンに何十名といる看守全員に言うことを聞かせるのは難しい。副所長として、否、ひとりの人間としての正義感から売春制度廃止を訴え自分の意見を押し通そうにも、議題を提出した時点で個人の欲望を優先する連中に妨害されては改革に乗り出せるはずもない。安田が売春班の存在を快く思ってないのは明らかだがだからといって一人ではどうすることもできない。
 安田は無能ではないが、東京プリズンにおいては実質無力なのだ。僕と同じく。
 「………」
 こんな状況だというのに安田に共感を覚えた僕はおかしいだろうか。いや、この感情は同族嫌悪に近いかもしれない。僕がかつて鍵屋崎優に感じたのとおなじ―
 「じゃあ話は簡単だ」
 物思いから醒めた僕の目に映ったのは飄々と笑うレイジ。
 「安田さんは売春班の存在を容認してない、俺も売春班はいけすかない。そんなわけで……」
 おもわせぶりに人さし指を立て、さらりと。

 「ブラックワーク撤廃を要求する」

 「ふざけんなよ!」
 次の瞬間、不満が爆発したかの如きブーイングが一斉に降り注ぐ。それまで固唾を呑んで事態の推移を見守っていた野次馬に事ここに至って我慢の限界が訪れたらしく、相手がレイジだというのに容赦なく罵声と怒声と野次を浴びせかける。  
 「ブラックワークなくなったら東京プリズンで唯一のたのしみがなくなるじゃねえか!」
 「勝手なことほざいてんじゃねえ、いくら東棟の頭だからってノリだけで調子いいこと吹かしやがって」
 「売春班なくなったら今度からどこで男買えばいいんだよ」
 「オナニーで我慢しろってか?冗談じゃねえ、穴に突っ込んでひいひい言わすことできねえんじゃ物足りねえ!」
 囚人も看守も、怯えたように黙りこくってる売春夫以外の全員が一致団結して拳を振り上げて猛然と抗議する。礫の如く上空を飛び交うのは無数の缶詰、廊下一面に転がった缶詰を次々手にとってはレイジめがけて力一杯投げ付けている野次馬たちへと我を忘れて突っこんでいきかけたのはロンだ。
 「お前らこそ何勝手なこと言ってんだ、てめえのタマ軽くすることしか考えてねえ屑が、売春班のガキのことなんか……」
 せわしく缶詰が飛び交う中、怒りに顔を上気させたロンが飛び出しかけたのを片手で制する。
 「大人しく傍観してろ」
 「なんで止めんだよ!?」
 怒りの矛先を僕へと転じたロンが悔しげに歯軋りする。何故ロンを止めたのかだって?馬鹿なことを聞く、今彼が飛び出して行っても事態を悪化させるだけだ。当事者のレイジと安田、そしてサムライを除けばこの場で唯一冷静な僕が頭に血がのぼって誰彼構わず殴りかかっていきそうなロンを諌めなくてどうするんだ。
 缶詰の幾つかが蛍光灯に命中して破片が飛び散り、廊下の照明がふいに暗くなる。集団ヒステリーに陥った囚人が口々に奇声を発し、または聞くに堪えない罵声をとばし、廊下中央で対峙したレイジと安田めがけて大きく腕を振りかぶり缶詰を投擲してる。安田に従っていた看守数名は巻き込まれてはたまらないと頭を抱えこんで床に伏せ、ズボンの前をだらしなく寛げたタジマも身を丸めて床に這いつくばっていた。滑稽きわまりない。
 「認めねえぞ、売春班廃止なんて……売春夫いなくなったらお前がケツの穴擦り切れるまで相手してくれるんだろうな、レイジ!」
 おそらく東棟の人間なのだろう少年が、騒音が最高潮に達して飽和状態の廊下でも一際際立つ大声で叫び、風切る唸りをあげて腕を振りかぶる。その他大勢に紛れてわからないとでも楽観していたのか、度外れの喧騒にかき消されて自分の声が届くはずもないと安心していたのか、少年が力一杯投げた缶詰はレイジのこめかみに命中し、鈍い音が鳴った。
 「!レ、……」
 血相替えたロンがレイジへと駆け寄りかけ、一歩足を踏み出して周囲の異変を悟る。潮が引くように廊下の喧騒が止み、缶詰を投擲しかけた姿勢のまま全員が硬直する。廊下の真ん中、かわす気になればラクにかわせたのにも関わらず甘んじて缶詰の直撃を受けたレイジのこめかみが切れ、つ、と血が一筋流れ落ちる。
 「最後まで聞けよ」
 ゆっくりとした動作で手を掲げ、ぱっくり切れたこめかみを覆う。五指に染みた鮮血にも怯むことなく、血まみれの顔でレイジが笑う。
  闘争心に火がついた獰猛な笑顔。 
 「だれが『タダ』で売春班廃止するって言った?お前ら何か勘違いしてんじゃねえか。いいか、これは賭けだ。賭け好きだろうお前ら、そうさ、東京プリズンの人間は看守も囚人も博打好きの屑揃いだ。だったらお前らがお気に召すやり方で正々堂々売春班潰してやろうじゃんか」
 深呼吸し、目を瞑る。開く。
 爛々と輝く双眸で廊下を睥睨したレイジが驚くべき提案を口にする。 

 「俺とサムライがブラックワークペア戦に参加して100人抜き、イコール50組抜きを達成する。その見返りとして売春班撤廃を要求する」

 なん、だって?
 レイジの言葉に耳を疑う。反射的にサムライを振り返れば本人は動揺した素振りもなく静かに腕を組んでいた。ということは、サムライも承知の上なのか?レイジとサムライは売春班を潰すために、それぞれが僕とロンを救出に向かう前に事前に打ち合わせしてたというのか?ありえない、こんなこと馬鹿げてる。非常識にも程がある。何とか言えサムライ、と詰め寄ろうとした僕の鼻先をスッと影が過ぎる。僕に口を開く間を与えずにレイジの背後に歩み寄ったサムライがゆっくりと腕組みを解く。  
 サムライが隣に並ぶと同時にレイジが軽く息を吸って続ける。
 「悪い話じゃねえだろ。俺が東京プリズンに来てから娯楽班の順位変動がなくなって観客も退屈してた、何が原因て俺が強すぎて入所以来ずっと一位独占してるのが原因だ。下克上が醍醐味だってのに盛り上がりに欠けること甚だしいよな、これじゃ。でも、俺とサムライが組んだらどうだ?東棟の実力ナンバー1とナンバー2の最強コンビが強豪100人50組を相手に連戦連勝成し遂げるって宣言したんだ、不確定要素多くて面白くなりそうじゃんか、なあ」
 「負けたらどうするんだ?」
 冷ややかな挑発ともとれる安田の発言に返されたのは衝撃的な答え。
 「俺が売春班に入る」
 廊下に群れていた黒山の人だかりが興奮に色めき立ち、好奇心もあらわにざわめく。僕の隣でロンが息を飲むのがわかった。顔をひきつらせたロンの視線の先、こめかみから血を滴らせたレイジがにやりと安田に笑いかける。
 「俺と寝たくない?安田さん」
 「俺が負けたら手首の腱を切ってもらって構わない」
 何か言おうと口を開きかけた安田を遮り、レイジの隣に並んだサムライが無造作に手首を突き出す。腱……馬鹿な、手首の腱を切ったらもう二度と刀が握れなくなるじゃないか。刀はサムライの命なのに、
 「それで割に合わないというなら処理班に落としてくれ。男色の趣味がないから売春班は慎んで辞退するがな」
 「なに言ってんだよあいつら……」
 横を向く。顔面蒼白のロンが、信じがたいものでも見るかのようにサムライとレイジの背中を凝視していた。恐らくは無意識だろう、縋り付く物を欲して僕の片腕を握り締めたロンに早口で言い含める。
 「わからないのか?彼らは売春班撤廃を要求してペア戦に出場すると、もし負けたらレイジは売春班に、サムライは手首の腱を切って処理班に回されてもいいと言ってるんだ」
 「ふざけんなよ、頭おかしいんじゃないか。100人抜きなんて無茶だ、死ぬに決まってんじゃねえか」
 「ああ、全く同感だ。完全に狂ってる」
 サムライとレイジは僕らの身代わりに自分たちの身を犠牲にしてもいいと、僕らを救い出すためには手段を選ばないとそう言ってるのだ。これを完全に狂ってると言わずして何と言う。心臓を掴まれたように立ち竦んだ僕とロンの視線の先、ごしごしとこめかみを拭ったレイジが血で汚れた手で壁を叩く。
 「どうだ、悪かねえ話だろ。矢でも鉄砲でも爆弾でも何でも持ってかかってこい、俺とサムライがリング上で相手してやる。俺に勝ったらブラックワーク覇者だ、キャビアの缶詰だろうがフィリピン産のコーラだろうがなんでも好きな物が好きなだけ手に入る特権階級に昇格だ。どんな卑怯な手使ってもかまわねえからブラックワークの王座から引きずり下ろしてみろ、東京プリズン最強の栄冠と最高の栄誉をくれてやる。そんかしブラックワーク覇者が決定するまで売春班の業務は休止、文句がある奴は俺んとこに来い。売春班のガキどものぶんまで千人でも二千人でもケツの穴擦り切れるまで相手してやるよ」
 血が付着した手の甲で口を擦れば、レイジの唇が紅でも引いたように朱く染まる。美味そうに血を啜る唇、生命の躍動を感じさせる鮮烈な赤に魅入られ、激しい衝動に突き動かされた観衆が叫ぶ。
 「乗ったぜ、それ!」
 「おもしれえじゃんか!」
 「やれるもんならやってみろよ、100人抜き。王様とサムライの底力見せてみやがれ」
 東京プリズンの囚人は刺激に飢え、日々新しい娯楽を欲してる。先刻とは一転、「ブラックワーク100人抜き」という目標を立ち上げたレイジの提案は熱狂的に歓迎された。皆が皆大いに乗り気で異を唱える者など誰もいない、いや、仮にいたとしても鼓膜も痺れる大歓声に圧倒された状況下で自己主張などできるはずがない。
 「王様!」
 「王様!」
 「王様!」
 「サムライ!」
 「サムライ!」
 「サムライ!」
 最初に声をあげたのは誰か、もはやわからない。皆が皆手拍子を打って廊下中央に立ち尽くすレイジとサムライに喝采を送っている。看守も囚人も、廊下に居合わせた全員がこの先の展開に昂揚感を膨らませ、頬に興奮の朱をさして子供のようにはしゃいでいる。高まる一方の手拍子と賞賛の声の中、口角を痙攣させ、ひきつり笑いを浮かべたロンが口を開く。
 「……鍵屋崎。お前、刑務所の中にまで民主主義は持ち込めないって言ったよな。じゃあ、これはなんなんだよ」
 廊下に居合わせたほぼ全員がレイジの英断を賞賛し、安田の決断を後押しするかの如く足を踏み鳴らして手を打ち鳴らしてるせいで地震が来たように壁と床が震動してる。ひりつくような熱を孕んで温度が急上昇した大気の中、唾を嚥下して言葉を返す。
 「これは、王様の独裁主義だ」
 耳が割れるような歓声に背を向け、それまで押し黙っていた安田が小さくため息をついてブリッジを押し上げる。
 そして。
 「……いいだろう。要求を飲もう」
 王様の勝利だ。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060116212229 | 編集
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