ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四十六話

 サムライが泣く理由などない。
 彼は何も悪くない。嗚咽をこらえるようにかすかに肩を震わせるサムライ、首を折って深く項垂れたその頬へと指をのばしかけ、虚空で止める。
 自責の念に苛まれて肩を震わせるサムライ、その姿をぼんやり捕らえ、頬に透明な弧を描いて流れ落ちる涙に触れかけ手を止めれば、怪訝な色に染め抜かれた視線を顔に向けられたのが気配でわかる。
 サムライの頬に触れようとして、ためらうように指を引き、呟く。一抹の戸惑いを声に宿して。
 
 「僕がさわったら汚れる」

 そうだ、僕がさわったら汚れてしまう。惠にもサムライにもずっとそのままでいてほしいのに僕が触れることによって、名前を呼ぶことによって汚してしまう。僕を虫食みつつある汚濁に感染させてしまう、汚してしまう。そんなことはしたくない、絶対に。惠とサムライは僕が心を許したこの世でただ二人の人間なのにその二人を自分の手で汚してしまったら僕は僕が許せなくなる、一生許せなくなる。
 僕はこの一週間で十七人の男に抱かれた。サムライが十八人目だ。
 口にはとても出せないような行為を強いられた、最低の汚らわしい行為を。タジマには無理矢理惠の名前を呼ばされた、射精をせき止められて苦しくて、惠の名前を呼ばないかぎり許さないと耳元で脅迫されて泣くように叫ぶように呼んでしまったのだ。
 最低だ。
 最低の、兄だ。
 こんな僕を知られたら軽蔑される、いや、惠が軽蔑しなくても僕が僕を軽蔑する。サムライだってそうだ、本当の僕を知ったら軽蔑するに決まってる、僕を友人にしたことを後悔するに決まってる。僕はサムライに失望されるのが怖くてずっと頼れずにいた、本当の意味で彼に心を開けずにいた。サムライが同情からではなく心の底から僕を心配してくれてると本当はわかってたのに、サムライが同情心から動くような人間ではないことはこの半年でよくわかったのに、でもどうしても受け入れることができなかった。受け入れてしまったら最後僕は独りでは生きれなくなる、独りでは惠を守れなくなる。
 惠。めぐみ。
 心の堰が決壊し、何度も何度も惠の名前を呼ぶ。惠の面影で心が占められてゆく。守りたかった、傷付けたくなかった、ずっと綺麗なままでいてほしかった。僕が汚したんだ、僕が汚してしまったんだ、僕が―…… 
 心に渦巻いていた自責の言葉を遮ったのは力強い握力。
 サムライがぐっと僕の手を握り締めている。そして、握り締めたまま自分の頬へとあてがわさせる。
 「汚くなどない」
 てのひらに染み渡る人肌の体温。指の股に流れこんできた熱い水滴は涙だろうか。
 「お前は汚くなどない」
 「何も知らないくせによくそんな台詞が言えるな」
 喉がひきつり、絶望的な笑い声が漏れる。サムライへの反発が急激にもたげてきて、手を掴まれたまま叫ぶ。
 「僕が今日まで何人の男に抱かれてきたか、どんなことをされてきたかも知らないくせに。いいだろう、聞かせてやる」
 そうだ、聞かせてやれ、サムライを絶望させてやれ。僕のことを理解して許容したふりをしてるこの偽善者を完膚なきまでに徹底的に打ちのめしてやれ。残酷な衝動に駆られるがまま口角を吊り上げ冷笑、肘をついて上体を起こしてシャワーがかかってる壁を振り向く。
 「シャワーがかかってるホックがあるだろう。あそこに『吊られた』んだ」
 サムライが握り締めた手から不審げな気配が伝わってくる。シャワーが固定された壁から青痣も痛々しい自分の手首へと視線を転じる。
 「僕をよく買いに来る看守に変態がいて、持参したロープで必ず手首を縛るんだ。勿論全裸にしてからな。そうやって完全に抵抗を封じこめないと安心して犯すこともできない見下げ果てた小心者だ」
 「もういい、」
 「全裸にして手首を縛って、それからどうすると思う?ベッドで犯されることもあったが、たまには趣向を変えてみようと提案されてあそこに吊られたんだ。シャワーがかかってるホックにな。あのホックは壁にがっちり固定されてて人一人吊り下げる強度なら十分にあるんだ。ホックにロープをかけられ腕を括られてつま先がつくかつかないかぎりぎりの高さで吊られた、」
 「やめろ直、」
 「腕が軋んで痛かった、本当に。そうやって僕が痛がる顔を見て笑うんだ、それはもう楽しそうに。そのまま腰を抱えられて立ったまま挿入された、行為のはげしさに意識を失えば顔面にシャワーをかけられて無理矢理起こされ続行された。くりかえしくりかえし本当に拷問―……」
 「直!!」
 悲痛な絶叫が天井に響き渡るのと荒々しくベッドに押し倒されるのは同時だった。目の前、凄惨な形相で息を荒げたサムライを見上げて命じる。
 「……好きなようにしろ。乱暴にされるのは慣れてる」
 だが、サムライは決して僕を乱暴に扱おうとはしなかった。
 直前の荒々しさが嘘のようにぎこちない動作で僕の肩を掴み、そっと押し倒す。恋人をやさしく組み伏せるような動作に、ふと、今は亡きサムライの恋人のことを思い出した。僕と一字違いの『なえ』もまたこうして押し倒されたのだろうか?……わからない。乾いた唇が首筋に触れ、触れるか触れないかの微妙さで鎖骨の窪みを辿る。
 「……お前は汚くなどない。もし汚いなら、口をつけることなどできはしない」
 その言葉に薄く目を開ける。
 眼鏡をしてないにも関わらず、目と鼻の先に浮かんだサムライの顔がはっきりと視認できた。
 強靭な意志を宿した目も、目尻で乾いた涙の跡も、固く引き結んだ唇も。
 「お前がだれになにをされようが関係ない、そんなことで汚れたりはしない。お前は鍵屋崎直だ、この刑務所のだれにも負けない天才なんだろう?お前の矜持を砕くことはだれにもできない、お前がお前であり続けるかぎり。体が汚れた?それがどうした、洗えばいい。痣ができた?いつか治る。いいか、この世に治らない怪我などない。怪我が治ったあとには跡が残るが、俺はそれを否定しない。怪我の跡は痛みに耐えた証だ、どんな辛く苦しいことにも耐え抜いて今を生きてる証だ」
 サムライがまっすぐに僕の目を覗きこむ。逸らすことなど許されない一途な眼光。
 「俺はおまえに生き延びてほしい、生き残ってほしい。俺は二ヶ月前に言った、生き残るために俺を頼れと。その言葉が気に入らないなら『利用しろ』と言い換えてもいい。鍵屋崎、そんなに俺は頼りないか?頼りにならない男なのか?いくら剣が強くても友人に頼られる価値もない男にサムライを名乗る資格はないとレイジに言われた。そのとおりだ」
 そこで一呼吸おき、サムライが顔を上げる。
 「お前がいちばん辛く苦しいときに関わらせてもらえなくて、何が友だ。この一週間、自分が何もできない無力感にうちひしがれてたのはお前じゃない―……俺だ。友人の窮地に何もできなかった臆病者は俺の方なんだ」

 サムライでも、こんなすがるような表情をするのか。
 切ないまでに人間らしい、無理に無理を重ねても孤独に耐えることができなかった少年みたいに心細い顔をするのか。

 上半身裸の僕を押し倒す格好のサムライが、俯き、長く伸びた前髪に表情を隠して懇願する。
 「頼むから頼ってくれ、直。今ここで頼ってもらえなければ、俺はもう友人でいる資格がない」
 血を吐くような声だった。この一週間、サムライは僕が知らないところでこうして自分を責め続けてきたんだろう。僕が男に抱かれながら自分の無力を呪ったように、いや、ひょっとしたらその何倍も何十倍も僕の窮地に何もできない自分の無力を責め続けていたに違いない。サムライを関わらせてこなかったのは、僕だ。僕の問題にサムライを関わらせるわけにいかないと、巻き込むわけにはいかないと虚勢を張って彼の存在を無視し続けてきた、まるでそこにいないかのように扱って避け続けてきた。
 僕は馬鹿だ。
 サムライは表情に乏しいから、傷ついてもわからなかったなんて。
 僕の為に食堂からトレイを運んできて酷い言葉を投げ付けられたときも、仕事に向かう僕を止めようとして精一杯の声と勇気を振り絞ったときもサムライは必死だったのに。表情の起伏に乏しいからわかりにくかっただけで、本当はいつも、いつだって僕のことを気にして心配してくれてたのに。
 友人に冷たく無視されて、傷つかない人間がいるわけないじゃないか。
 友人の為に何かしたいと、その真摯なまでの不器用さ故に愚直に思い詰めて、結果として何もできない自分の無力に苛まれて、何もさせてもらえない屈辱を噛み締めて。

 ああ。
 本当に、本当に、馬鹿だ。救いがたい愚か者だ。僕もサムライも、両方とも。

 「サムライ……」
 蛍光灯の光を遮るように額に片手を置き、表情を隠す。
 「頼みがある」 
 「なんだ」
 ずっとずっと彼に弱味を見せるのがいやだった。僕の痛みや苦しみまで彼に背負わせて苦しめるのがいやだった。
 でも、もう限界だ。
 ひとりで抱え込むには限界がある。心も体も悲鳴をあげている。もうとっくに限界は来ていたのに必死に気付かないふりをしていた、僕は天才だから、選ばれた人間だから、こんなふうな醜態を晒すことなどあるわけないとむなしい自己暗示をかけて。 
 でも、もう限界だ。
 惠、許してくれ。
 他人を頼ることを許してくれ。恵をひとりぼっちにさせておきながら他人を頼ることを許してくれ。
 生まれて初めてできた誠実な友人に、弱味を打ち明けることを許してくれ。
 喘ぐように息を吸いこみ、よわよわしくかすれた声を喉の奥から絞りだす。片腕で目を覆い、表情を暴かれるのを防ぎ。 

 「たすけてくれ」 
 
 サムライが深く深く息を吐く。長いこと胸を塞いでた重苦しい鬱屈、そのすべてを吐息にのせて吐き出すように。
 「無論だ」
 サムライの声がひどく優しく鼓膜に染みる。片腕で目を覆ってるせいでどんな顔をしてるのかは見えないが、きっと声と同じように、それ以上に優しい顔をしてるはずだ。
 瞼が熱い。腕が熱い。瞼をぬらした熱い水滴が腕に染みて、ようやく僕は泣いてることを自覚した。
 安心して泣いたのは、生まれて初めてだ。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060122211451 | 編集
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