ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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四十一話

 「どうしたんだよその顔」
 「男前が上がったろ」
 扉を開けた途端、ぬっと突き出されたレイジの顔を見てあ然とする。絶句した俺の前でレイジはへらへら笑ってる、頬を腫らして目に青痣を作った「今さっき一戦交えてきました」ってな顔で。
 「じゃなくてその怪我。喧嘩でもしたのかよ」
 笑った拍子に切れた唇が痛んだんだろう、「あちっ」と顔をしかめたレイジがごまかそうとするのを許さず目を三白眼に据わらせる。男前が台無し、とまではいかないがはでに目を引く青痣と痛々しく血が滲んだ唇を見なかったふりするのはちょっと無理がある。 
 「……サムライか?」
 親指で唇の血を拭ったレイジが驚いた顔をする。
 「なんでわかったんだ?」
 イタズラの証拠を掴まれたガキのようにばつ悪げなレイジの反応で当てずっぽうの推理が的を射ていたと直感する。いつも余裕ぶっこいて瓢瓢としてるレイジが珍しく動揺したのが小気味良い、顔がにやけそうになるのを咳払いでごまかして説明してやる。
 「単純な消去法だよ。レイジ、認めるのは癪だがお前は無茶苦茶強い。王様の異名も伊達じゃないブラックワークの覇者だ。そんなお前のツラにパンチ入れられる奴は東棟にゃ一人しかいない……サムライだけだ」
 偉ぶって解説してはみたがレイジが他棟のトップとやりあった可能性もなくはないし、サムライの名前を出したのはレイジの反応を見て真偽を炙り出す作戦でもあった。
 まんまとひっかかった王様は大袈裟なくらい感心したフリでふんふん頷いてたが、賞賛の色に染まっていた目を細め、一転からかうような笑みを浮かべる。
 「鈍感なくせに変なとこで鋭いな」
 「だれが鈍感なんだよ」
 「鈍感だろ」
 ……まあ、否定はしない。自分が鈍感な自覚はあるがレイジに指摘されると猛烈に腹が立つのは何故だろう、俺のことをなんでも見透かされてる不愉快さが最大の原因だろうか。ベッドに胡座をかき、腑に落ちずに黙り込んだ俺の前でレイジがごそごそやりだす。肩に担いで持ってきた袋を無造作に床に下ろし、口を縛っていた紐を手際よく緩め、手を突っ込んで中を探る。取り出したのは銀色に輝く缶詰。レイジが鼻歌まじりに缶詰を積み上げてゆくさまを眺めながら探りを入れてみる。
 「で、何が原因なんだ」
 「友情を深める為に」
 「嘘付け。じゃあアレか、お前が俺の寝込み襲うのも友情を深める為か?」
 「バカだな。リング上の格闘技は友情を深めるために、寝台上の格闘技は愛情を深めるためにって太古から決まってんじゃねえか……痛痛痛っ!冗談だって、缶詰投げるなよ」
 すこぶるご機嫌に音痴な鼻歌をかなで、缶詰の塔を築いていたレイジが顔を片手でかばって仰け反る。片手にさえぎられて翳った口元には懲りない笑みが浮かんでいた。野郎、絶対楽しんでやがる。アホらしくなり、レイジにむかって缶詰を投げつけようとした手をおろす。扉の隙間から差し入れられた缶切りで蓋をこじあけにかかりながら腹立たしげに吐き捨てる。  
 「いいよ、一本筋が通った答えが返ってくると期待した俺がバカだったよ」
 くそ、なかなか開かねえ。缶切りの先端を底に突き刺して押したり引いたりしてみたがびくともしねえ。いまだ抵抗を続ける缶詰に業を煮やして床に叩き付けようとしたが食い物を粗末にしちゃお袋が怖い、じゃない罰が当たると思い直して腕をおろす。俺の不器用さを見かねたレイジが横から口を挟んでくる。
 「開けてやろうか」
 「いらねえ」
 「遠慮すんなよ」
 レイジが食い下がるが俺にも意地がある、扉の隙間から手を突っ込んで缶切りを奪い取ろうとしてくるレイジに背中を向けギコギコやってるううちに何とか蓋をこじ開けるのに成功した。やった。ほれ見ろ、お前の手なんか借りなくてもやればできるんだと清清しい達成感に酔いしれてレイジを振り返れば奴と来たら全然こっちを見てない、親切をつっぱねて缶詰と格闘してる俺に飽きたのか退屈したのか真剣極まりない表情で缶詰に缶詰を重ね上へ上へと積み上げ、たった今十段重ねに成功したところだ。
 「よっしゃ、十段重ね成功!見ろよロン、ちょっとすごくねえかこの傾き。ピサの斜塔だ」
 万歳して快哉を叫んだレイジの傍ら、危うすぎるバランスを維持して傾いた缶詰の塔に蹴りを入れる。盛大な音をたてて崩落した缶詰が床一面に散乱し、扉の隙間からこっちにまで転がってくるのを素早く拾い上げる。レイジが缶詰の塔とかくだらないことやってる間に看守に目をつけられる、今はまだレイジに賄賂贈られたか頼まれたかで見て見ぬふりしてるがあんまり派手に騒げば目の色変えてとんでくるだろう。
 ……じゃあ蹴り入れて崩すなって話だが。
 「食料持って来てくれたのは有り難いけどだったら早くこっちよこせよ、看守に目えつけられたらどうすんだよ!?」
 我慢の限界が来た俺が小声で説教すれば不服そうに唇をとがらせたレイジが拗ねた表情で呟く。
 「焦らしに焦らして俺のありがたさを思い知らせてやろうとしたのに」
 「お前に焦らされてるあいだに俺は餓死する。てか何で缶詰ばっかなんだよ、桃缶鯖缶……アボカド缶?ぜってーまずいよコレ」
 「意外とイケる」
 「庶民離れしてるからな、お前の味覚は。いや、それよりこんな大量の缶詰どこに隠してたんだよ。気付かなかったぜ全然」
 「ベッドの下。ほら、このあたりって昔から地震多いじゃん?二十一世紀初頭も大地震が来て地表陥没したしな、それで今の砂漠ができたんだ。いつまた地震がきてもいいように長期保存のきく非常食ためこんでんだよ。それにまあ、缶詰はガキの頃から食いなれてるしな。いろんな味があって飽きが来ないんだよ、コンビーフとかシーフードとか」
 「ガキの頃から缶詰三昧の生活?」
 どんな幼少時代送ったんだこいつは。いや、それより何より三食缶詰の生活なら著しく栄養偏りそうなもんなのに何だってそんな長身に恵まれてやがるんだ?
 レイジの過去にはちょっと謎が多すぎる。今度改めて聞いてみたい気もするがレイジの過去に興味津々だと勘違いされて今以上に奴を調子づかせるのは癪だ。
 レイジに背中を向け、苦労の末こじ開けたコンビ―フ缶を覗きこめば口の中に唾液がわいてくる。さて食べようとして匙を持ってないのに気付く。ちょっと迷ったがこの際仕方ないと腹を括り、上着の裾でよく手を拭いてからコンビーフを指で摘んで口に入れる。
 味は……ちょっと答えにくい。まあ、缶詰のコンビーフにほっぺた落ちるような美味を期待するほうがおかしい。食料調達係のレイジがいなけりゃこうやって不味いコンビーフを口にすることさえできなかったからその点は感謝してる。あんまり感謝してないように見えるのはその、気のせいだ。態度に出すのが照れくさいのもあるが、実際。
 背中合わせにレイジの存在を感じながらコンビーフを貪り食い、あっというまにからにする。からっぽになった缶を覗きこんで満腹感には至らないまでも束の間多幸感にひたるが、腹が満たされてホッと一息ついた瞬間に通気口から喘ぎ声がもれてきてびくっとする。

 そして、今自分がおかれてる状況を思い出す。
 仲間を裏切って見殺しにして、自分ひとり売春を拒んで篭城を続けてレイジの世話になってる情けない現状を。

 「……このままでいいのかな」
 「あん?」
 ぽつりと呟けばレイジが間の抜けた声を返す。鉄扉によりかかった自堕落な姿勢で廊下に足を投げ出し、コネで取り寄せたポップコーラにさも美味そうに喉を鳴らしていたレイジが瓶から口を放して振り向く。手の甲で口を拭ったレイジが訝しげに眉をひそめるのに俯く。
 「俺がいるせいで売春班全体に迷惑がかかってる。俺がいるせいでシャワーも使えねえし水もでねえし、みんな苛立ってる」
 顔を上げ、レイジを見て、続ける。
 「鍵屋崎はそれでもいいって言ってくれた、大勢の意見に惑わされるな、俺は俺のしたいようにしろって」
 現在鍵屋崎がいる方角の壁を振り向き、膝を崩し身を乗り出し、すがるようにレイジを見上げる。
 「でも、本当にこれでいいのか?」

 俺はバカだから考えれば考えるほどわからなくなる。
 鍵屋崎はああ言ってくれた、自分だって辛いのに、いや、自分のほうがずっとずっと辛いのに四面楚歌の俺を気遣って庇ってくれた。シャワーが使えなくて水が出なくてこたえるのは鍵屋崎だって同じなのに、そんなこと気にするなと、無理矢理男に抱かれるのがいやならその信念を曲げることはないと力強く請け負ってくれた。
 その信念は今も変わらない、変わるわけない。男に抱かれるのなんかお断りだ、だれが好きでもない奴とそんな事したいもんか。でも、俺ひとり強情張って意地を張り続けることで鍵屋崎や他の連中に迷惑かかるとなりゃ話は別だ、ことは俺一人の問題じゃ済まなくなる。

 俺だって、なんとかしたい。
 でも、なにもできない。

 自分の無力が歯痒い、自分の非力に腹が立つ。こうやって震えて逃げ込んで耳ふさいで知らん振りしてこれじゃ俺は一生格好悪いまんまだ、ガキのまんまだ。レイジみたいに強ければすぐさまここを出て行って扉を蹴破って鍵屋崎や他の連中を助け出すことができるのに、実際レイジなら颯爽とやってのけるはずなのに俺はいつまでこうやって尻尾を巻いて震えてりゃいいんだ?
 レイジは何も言わずに俺の泣き言を聞いてくれた。茶化すでもひやかすでもなく、聞いてないようなフリで扉によりかかって廊下の蛍光灯を見上げて、それでもちゃんと耳を傾けてくれてることが背中を見ただけでわかった。
 蛍光灯の明かりに透けた茶髪が金色に光り、耳朶のピアスが鈍くきらめく。肉の薄い耳朶で輝くピアスを眺めながら焦燥にかられてまくしたてる。
 「子供がいるんだ」
 「子供?」
 レイジが不審げに眉をひそめ、ちょっと振り向く。挑むようにレイジの目を見つめ、頷く。
 「同じ売春班の奴に子供がいるんだ。俺の初恋の女と同じ名前で、メイファって言うんだ。梅の花でメイファ。外に女がいる奴もいる。名前は凛々」

 『ああ……俺がつけたんだ』
 娘の名前は俺がつけたんだと、照れたように、その癖誇らしげに明かす声。
 『凛々……今会いに行くから、抱きに行くからな……』
 血まみれで担架にのせられ、想いを残してきた女の幻影を腕にかき抱いて、恍惚と笑みを浮かべた顔。

 「みんなヤられながら名前を呼ぶんだ。子供の名前だったり女の名前だったり、色々。いちばん好きな人間の名前を呼んでるのが通気口から聞こえてくるんだよ、いちばん大事な人間の名前を呼びながら男にヤられて泣き叫んでるのが聞こえてくるんだよ」
 言ってるうちに声が震えそうになり、深呼吸して心を鎮める。レイジに気付かれちゃまずい、あいつは鋭いから今俺がどんな顔をしてるか勘付かれる恐れがある。深く深く深呼吸する途中で、空気の塊が喉に詰まって胸がつかえて苦しくなる。声だけでもしっかり奮い立たそうとした努力が泡沫に帰し、膝を抱え込む。
 「たまんねえよ、こんなの」 
 本当に、たまらない。他の連中がどんなに酷い目にあって苦しんでても俺はただ聞いてるしかない、卑怯者の俺は黙って指をくわえて見てるしかない。確かに俺たちは人を殺した、人を殺して傷付けて物を盗んで壊して犯罪を犯した罪で東京プリズンに送り込まれた、世間から相手にされるはずもない見下げ果てた人間だけど、だからってこんな目に遭わなきゃならない謂れはない。
 「こんなの絶対間違ってる。そうだろ?確かに俺たちは最低の人間だけど、人を傷付けたり殺したりしてここにやってきた人間の屑ばっかだけど屑にだってちゃんとプライドがある、屑にだって大事な人間がいる、家族や恋人がいる、屑のことを屑って思ってない人間がどっかにちゃんといるんだよ。犯罪者の前にガキを持つ親父だったり、好きな女がいたり……なんかうまく言えねえけど、俺も何言いたいんだか自分でよくわかんねーんだけど。無理矢理男に犯されて自業自得だって思えるのは強姦魔だけで、あとの連中は」
 なに熱くなってんだ、俺。恥ずかしさと情けなさが入り混じった複雑な感情に責め苛まれ、顔を伏せる。
 「……男に生まれてきたら好きな女抱きたいのが普通だろ」
 「俺は男とか女とか関係なく好きな奴を抱きたいけど言いたいことはわかるよ。で、お前の初恋の女は今どうしてんだ?」
 「は?」
 いきなり話題を変えられてたじろぐ。膝から腕を放して顔を上げればレイジがにやにや笑いながら扉の隙間に顔をつっこんでくる。
 「ヤったのかヤってねえのか素直に白状しろ」
 なんでそういう話になんだよ?
 「や、ヤったに決まってんだろ」
 「どもるのが怪しいな」
 「ヤったんだよ本当に!いや、あれもヤったうちに入るよな?あっというますぎて実感が……」
 何言ってんだ俺、すっかりレイジのペースに巻き込まれて乗せられてる。ああ、だからコイツと話すのは嫌なんだよ。わざとらしく咳払いしてごまかそうとするが失敗、微笑ましいものでも見るかのようななまぬるい眼差しを注がれる。
 「気にすんな、誰にでもある若気のいたりだ。経験積めばそのうち上手くなるよ。で、そのメイファちゃんとは今どうなってるんだ」
 「どうもなってねえよ、ここ入ってそれっきりだよ。……まあ元々チーム仕切ってた奴の女だったし、一回ヤっただけじゃどうにもなりようなかったんだけどさ」

 最後にメイファを見たのは惨劇の現場となった廃車置場。
 赤色灯を点滅させたパトカーが次々に到着し、立ち入り禁止のテープがはられた向こうに野次馬がたかりはじめ、自分が手榴弾を投げたせいで生じた結果の惨さに放心状態の俺が手錠をかけられパトカーに引っ立てられてく途中だった。
 『ねえ、しっかりして』 
 嗚咽が聞こえてきた。
 立ち入り禁止のテープをくぐって運び出されてく担架には怪我人がのせられてて、その担架のひとつに身も世もなく泣き崩れて追いすがっていたのがメイファだった。寝床の客をほっぽりだし、取る物もとりあえずのサンダル履きで駆け付けてきたのだろう。薄い素材のワンピースの下には下着も何も身につけてなくて、薄桃色の乳首と瑞々しい素肌とが悩ましく透けて見えた。でも、乳首より素肌より目を引いたのはワンピースの生地越しに薄らと浮かび上がる無数の痣だ。メイファはしょっちゅう殴られて泣いてたのに、顔に痣を作って「これじゃ客もとれない」とこぼしていたのに、その痣をつけた張本人が大怪我して、意識不明の状態で救急車に運ばれてくのに付き合って、着の身着のままのあられもない格好で自分も乗り込んで。

 その間ずっと、男の手を握っていた。
 『我愛弥、我愛弥(すきだから、すきだから)』と念じるようにくりかえして。

 すぐそこに突っ立ってた俺の方は振り向きもしなかった。いや、最初から俺がそこにいることに気付かなかった可能性もある。メイファの視界に入らなかったことを嘆き哀しむより、残念に思うより、俺はいっつも男に殴られて泣かされてたメイファがそれでもそいつのことを愛してたという事実に呑気に驚いていた。救急車が出発して、メイファが乗り込む時に落としていったサンダルが一足ぽつんと地面に転がってるのを見て、その瞬間に俺の初恋は終わった。

 その後メイファがどうなったかは知らない。知る術もない。今、俺に言えるのはこれだけだ。
 「……幸せになってるといいな」 
 片思いと言えるほど一途でもなければ恋愛と呼べるほど強い感情を抱いてたわけでもないが、それでもメイファには幸せになっててほしいと、女の泣き顔を見るのはもうこりごりだと心の底からそう思い、願う。
 刑務所の中から。
 「……ロンさ」
 「なんだよ」
 レイジの声で一気に現実に引き戻された。初恋の思い出に土足で踏み込まれて気分を害して振り向けばレイジがさらりととんでもないことを言い出す。
 「いつでもいいけどできればなるべく早く、本音言うと今すぐ抱かせてくれない?」
 手から空き缶が落ちた。
 俺の手をすり抜けた空き缶がからから音をたてて床をすべって壁に衝突し、止まる。
 「……おまえ俺の話聞いてたか?男に生まれてきたら女抱きたいのが普通だってあれだけ言ったのに無視かよ、スルーかよ。その手の冗談は虫唾が走るんだよ本当に。好きでもねえ男に抱かれて喜ぶ奴いねえだろ」
 「ポイントはそこだ。好きでもねえ男に抱かれるのがいやなら好きな男なら問題ねえ。違うか?」
 「違う、根本的に違う。まず俺がおまえを好きになることありえねーし男と寝るなんて気持悪い」
 「やさしくするからさ」
 「そういうキザな台詞は女限定にしとけ、泣いて喜ぶぞ。俺やその他大勢の男は泣いて嫌がる」
 「泣くんだ?」
 「言葉のあやだよ、揚げ足とってんじゃねーよ」
 頭が沸いてるとしか思えない戯言を一蹴してしっしっと追い立てればようやくレイジが重い腰を上げる。手で腰を支えて大儀そうに立ち上がったレイジがコーラの空き瓶を片付けながら背中で呟く。
 「……お前がそうやってねばってるうちはまだいいけど、そのうち誰かに先越されたらって思うと気が気じゃねーんだよ」
 「?」
 コーラの空き瓶を片手にぶらさげたレイジが笑顔で振り返る。
 「俺の手を借りるのが嫌なら自分の身くらい自分で守っとけ。目ぇはなしたすきに他の男にヤられたらただじゃおかねーぞ」
 口の端に指をひっかけ横に広げ、犬歯をむき出す。
 「安心しろ。噛みちぎってやる」 
 「よーしその意気だ」  
 盛大に哄笑しながらいつかと同じように片手を振って去ってゆくレイジを見送り扉を閉ざし、房に引き返す。缶詰があっちこっちに散乱して足の踏み場もない惨状にどっと疲労感が増し、とりあえず足の踏み場くらいは確保しようと中腰の姿勢で缶詰を拾い集めてる最中に通気口から声がする。
 「痴話喧嘩か。仲がいいことだな」
 鍵屋崎だ。レイジとのこっ恥ずかしいやりとりを聞かれてたのか、とばつ悪げに押し黙れば気を抜いた拍子に手から缶詰がこぼれおちる。腕から雪崩落ちた缶詰を追って部屋中奔走し、苦労の末かき集めてから通気口を振り仰ぐ。何か言いかえそうとして、鍵屋崎の声がひどく弱ってるのに気付く。喉がすりへってもう声もでない状態なんだろう、さっき訪ねてきた客に相当ひどくされたらしい。

 なにやってんだ、俺。

 レイジと馬鹿やってるあいだに鍵屋崎は確実に弱ってるのに、他の連中は地獄を見てるのに、レイジと話してるとうっかり自分がおかれた状況を忘れそうになる。認めるのは癪だが、俺はずいぶんとレイジの存在に救われてる。
 じゃあ、今の鍵屋崎にはだれがいるんだ?
 途方に暮れて手の中の缶詰を見下ろしてるうちに口がかってに動く。
 「……缶詰食うか」
 「………は?」
 「レイジが持ってきた缶詰がゴロゴロしてて足の踏み場もないんだ。一個引き取ってくれよ」
 「贅沢な悩みだな。結構快適な生活をしてるじゃないか」
 口にしてから、自分が皮肉を言ったことに気付いたんだろう。不機嫌そうに黙りこんだ鍵屋崎を無視し、通気口の下でむなしくジャンプを繰り返す。精一杯頭上に手をのばしてもあとちょっとのところで鉄格子を掴めないもどかしさに歯噛みしながら、それでも諦めきれずに床を蹴り続ける。
 四回、五回……届いた!
 指先が鉄格子に触れた瞬間に五指を回し、しっかりと握り締める。片腕一本で鉄格子にぶらさがり、懸垂の要領で体を持ち上げる。通気口と通気口は壁を挟んだすぐ隣に近接してるし、この距離なら十分に届くだろう。幸い鉄格子の隙間には手首がすっぽり入るだけの広さがある。手首を撓らせて円筒形の缶詰を転がせば、壁にぶつかって方向転換した缶詰が隣の通気口の鉄格子をくぐり抜けておちてゆくのが見えた。俺の目測は正しかったらしい。
 そろそろ腕が限界だ。缶詰が落下するのを見届けてからパッと手を放せばはでに尻餅をつく。隣の部屋で鈍い落下音。通気口から落ちてきた缶詰を手にした鍵屋崎が怪訝な顔をしてるのが目に見えるようだ。
 「……桃缶だな」
 「食えよ。食欲なくても桃の缶詰とかなら喉通るだろ、ろくなもん食ってないからそんなに声細くなっちまうんだよ」
 「………ロン、君は」
 「なんだよ」
 鍵屋崎の口から感謝の言葉が聞けると期待したわけじゃないが、続く言葉には大きく予想を裏切られた。
 「頭が悪いにも程がある。缶詰を開ける缶切りはどこにあるんだ?素手で缶詰を開ける奇術でも僕に強制するつもりなら期待に添えなくて悪いな、自慢じゃないが腕力にも握力にも自信がないんだ」
 しまった。
 俺としたことがすっかり忘れてた、盲点だった。慌てて缶きりを探してみたがあたり一面に缶詰が転がってて、散らかりすぎてて何がどこにあるのかもわからない。馬鹿だ、これじゃ俺が食うぶんの缶詰だって開けられないじゃんか!さっきコンビーフの缶を開けてそこらへんに放っぽって、それから……
 駄目だ。見つからねえ。
 「……鍵屋崎」
 「なんだ」
 「悪い、気合と根性で開けてくれ」
 それでこじ開けられるなら苦労しねえよ自分が口にした台詞にあきれるが、続く言葉にはもっと驚かされた。
 「……ブラックジャックのメスで缶きりが代用できればな」
 やっぱり読んでるんじゃねえかよ。

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少年プリズン(未完) | コメント(-) | 20060127202913 | 編集
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