ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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サクリファイス(近藤史恵)



 電話の向こうで、伊庭が少し考え込む気配がした。
 「やっぱり止めておけよ。憎む相手なんていない方がいいんだよ」
 そうかもしれない。
 たとえ、憎しみが喪失感を少し軽くするのだとしても、憎しみなどない方がいいのだ。
 どちらにせよ、彼はもう戻らないのだから。


 ―喰らいついてこい!
 あのとき、あなたがぼくの背中を踏みつけて飛び立ったように、ぼくはあなたの背中を踏みつけて、これから飛ぶ。
 それを、おこがましいとは考えない。
 ぼくの勝利は、ぼくだけのものではない。



 過酷な競技に挑む男たちがいる。
 自転車ロードレース。日本では知名度が低いマイナー競技。
 元陸上選手で18歳でレーサーに転向した白石誓ことチカはチーム・オッジに所属する新人選手。
 白石は自分の役割はアシストにこそあると自負している。
 同期で天才肌のスプリンター・伊庭、チームを牽引するベテランエース・石尾。
 それら実力ある選手を補佐し上位に食い込ませるアシストが白石の仕事。
 必要とあらば彼らを勝たせるために先陣を切り活路を拓く。

 噛ませ犬。
 捨て駒。 
 踏み台。

 が、白石は卑下しない。
 一定の実力をもちながら自分の本質はエースを助けチームを支えるアシストにこそあると割り切り、誇りを持つ。
 これは自転車に命を賭けた男たちの物語である。
 白石が憧れる石尾はふだんぼんやりしているがレースになると人が変わったようなエネルギッシュな走りを見せ、同期で既に頭角を表す伊庭は石尾の後継者として将来のエースの座を有望視されている。
 同世代の輝ける才能を目の当たりにしながら白石は嫉妬に苦しむことなく、ただ走ること、しがらみを振り切ってだれよりなにより自由になることを望む。

 白石は過去の体験から学んだ。
 自由を手に入れるには勝利への欲が障害になると。
 勝利を期待する周囲の重圧から解き放たれ、ただ純粋に風を感じ走りたいと。

 「いちばんにゴールする意味がわからないんだ」
 そう呟く白石を伊庭は逃げていると非難する。
 白石は順位に興味を持たず勝利に執着しない。
 レーサーである以上表彰台に立ちたい気持ちはある。
 だがそれ以上に大切なこと、尊いものがある。

 崇高なる犠牲。
 サクリファイス。
 自転車レースに絶対必要な存在。
 それなくしてはチームが成り立たない黒子たち。

 仲間の為に身を捧げ尽くす行為を外側から偽善と嘲るのは簡単だが、選手はそれを承知の上で悲壮な覚悟を固め、葛藤や苦悩を克服し、夢を託したエースを最前線に送り出す。
 チームで参加した者はエースを勝たせる為にあえて先発し集団のスピードを引き上げる。
 やがてスタミナが切れて順位が下がることを承知しながら、エースがもっとも走りやすい状況を兵站し維持する。
 犠牲。
 その重さ。
 その代償。
 これはロードレースに青春を賭けた男たちの物語だ。
 エースは無名の犠牲の上に成る勝利を義務として課され、ある者はチームに献身し貢献する行為に喜びを見い出す。
 それらの対比が鮮やかに浮き彫りにする持てるものと持たざるものの優劣。
 本書に登場する選手はそれぞれの価値観と信念を胸に秘め自転車を駆る。
 若手の台頭を快く思ってないと噂される石尾、上昇志向旺盛で傲慢な伊庭、事故でチームを去った袴田など、新旧の意地とプライドが交錯し静かに激しく火花を散らす。
 個人の勝利と引き換えてまでも尽くす価値と意義を信じればこそ白石は走り続ける。
 そして悲劇がおこる。

 風が頬打つ疾走感あふれるレース描写、抜きつ抜かれつの競り合いは心理的駆け引きも絡めて白熱し、チカとシンクロし手に汗握ってしまうこと請け合い。
 好きなキャラは淡白な白石とは対照的にがっつく伊庭。
 次代のエースと有望視される天才肌の若手で、実力を鼻にかけた振る舞いゆえチーム内で孤立していたが、レースに対する白石の考えや姿勢に感化され、他者の為に走る行為にだんだんと敬意を表するようになる。
 先輩を先輩とも思わない生意気なやつなんですが、実力あるくせにサポートに徹する白石を歯痒く思って噛みついたり発破をかけたり、かと思えば感情に任せて口走った失言を悔やんであとでぼそっと謝ったり、いつもが傍若無人なだけにたまに見せるしおらしさにギャップ萌え。
 富士のレースで白石に借りを返した姿は最高にかっこよく惚れ直しました……!
 スポーツ小説としても充実の読み応えでしたが、終盤に仕掛けられたどんでん返しの連続も憎い。 
 巧みなミスリードによって「彼はこういう人はなんだ」とすりこまれた先入観があざやかにひっくり返され、思いもよらぬ真相が浮かび上がってくる瞬間は感動もの。
 天才と凡人、主役と脇役、勝者と敗者。
 そんな短絡かつ両極端な二元論では語りきれない世界がある。
 己が信じたもののため身を賭して走り続けるストイックかつ情熱的な姿は孤高が人の形をとったようで、終盤明らかになる「彼」の究極の決断には衝撃を受けた。
 
 サクリファイス [sacrifice]
 犠牲。供犠(くぎ)。
 
 勝負の神は残酷で代償なくしての勝利などありえない。
 才能あるものは世に出る義務がある。
 望まれて世に出たものはサクリファイスの遺志を継ぐ使命を帯びる。


 行けよ。
 
 最後数ページ、逝ってしまった人間が背負ったものの重みと託したものの尊さに胸が熱くなった。 

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