ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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朱唇(井上裕美子)

朱唇 (中公文庫)朱唇 (中公文庫)
(2010/03)
井上 祐美子

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 「愛しいなら愛しいと、その腕で抱いてくださらなければ、女は理解できません。
  ことばでなら、いくらでもいえるけれど、あたしはそんなものは信じない、信じられない……」


 中国歴代の王朝を華麗に彩る妓女を主役に据えた短編集。
 中国で妓女や花街というと日本の吉原のような有名どころがぱっと思いつかなかったんですがやっぱあったんですね。
 収録作に登場するのはいずれも芯が強く機転が利き魅力的、弱さと強さを秘めた妓女たち。
 井上裕美子の筆致は艶かしくも風雅に、好む好まざるにかかわらず苦界に身を沈めた彼女らの悲恋と生き様を綴る。
 遊郭ものは好きでよく読むんですが、この話にでてくる妓女たちのしなやかかつしたたかな生き様には惚れ惚れしますね。
 特に印象的なのは「背信」「牙娘」「断腸」でしょうか。
 「牙娘」
 男勝りの鉄火肌、客にもたびたび手を上げる気性の荒さ故に牙娘をあだ名され敬遠される妓女を何故か気に入り通い詰める謎の男。
 ある日牙娘が彼に持ちかけた相談とは……
 客のえり好みが激しく気に入らない相手には徹底的に突っかかる牙娘の心意気に惚れる。
 反りが合わずに敵視していた姉貴分が不当に辱められたと知るや義憤に燃えて復讐を企み、見事それを成し遂げる痛快さに拍手。こういう気の強い娘さんは大好きです。気が強いだけじゃなく最後に乙女らしい一面をちらりと見せてくれるのが乙ですね……欲を言うならもっと長い話で読みたかった。いいキャラしてるのにさらっと短編で終わっちゃって惜しい!
 「背信」は女の狡さ弱さを一番感じた話。
 借金のかたに売り飛ばされそうになった妓女が妻子ある恩人に恋するも……
 すれ違いが切ない。どんだけ願いを聞き入れ抱いてやれと思ったことか。
 琴心の行為は確かに許されざる背信なんだけど同情の余地はあるというか、同性としては彼女の方に感情移入してしまうなあ……高潔さ故に身を滅ぼした男と、恋に殉じようとして殉じ切れなかった女の話。もっともやりきれなさが残りました。
 他にも才知にとんだ妓女が吝嗇な商人を騙す「玉面」、売れっ子妓女と道楽にかまけ国を傾けた無能な皇帝の話「歩歩金蓮」など面白かった。
 妓女という境遇がら惚れた男と添い遂げられず遊郭に囲われて暮らすのですが、そんな環境の中でもけっして悲観せず己が売る芸と色に矜持をもち、明るさや愛嬌を失わずに生きる姿が素敵です。
 登場する妓女がもっと不幸だったらもっと後味悪い小説になったんでしょうが、おしゃまで前向きな娘が多く、男に虐げられるばかりじゃなく、腕力で叶わないならと頭と口と心意気でとむしろ彼らを翻弄してみせるさまが際立っているので決して滅入るばかりじゃありません。
 「断腸」はこの中で唯一男娼が主人公の話。
 
 それを見て張魁はそれみたことかと、今度はあからさまに鼻を鳴らした。
 わずかに灯された燭台のあかりがその横顔を照らし出す。
 傲慢無礼な態度にもかかわらず、そうやって嘲笑った張魁の横顔ははっと息を呑むほど整っていた。
 白皙の顔というが、女の柔らかな美しさとはまた異なる硬質な顔の輪郭や、媚びることのない仕草が妖気とも瘴気ともなんとも言い難い空気を醸し出す。


 美貌と芸とを併せ持つ奢れる若者・張魁。
 後見人の寵愛と庇護を得て何不自由なく暮らしていたが、心の中には常に満たさぬ思いを抱いていた。
 そんな彼がある悲劇に見舞われて……

 冒頭から愛人(男)との閨ごとで幕を開けたのでびびりました。が、思わずのめりこんで読んでしまいました。腐なので。
 前半は顔見知りの妓女と組んで痛快な仕返し劇を組んだ張魁ですが、後半では国の衰亡や世の移り変わりに翻弄され流離いを続ける。
 若輩ものに「卑しい男娼風情が!」と罵られながら、生来の気位の高さ故に引き下がれず孤立していく姿が痛々しい。
 年を経るごとに意固地になって行った彼が、絶頂期を過ごした今は廃墟の花街で知る人生の真実、その皮肉な巡りあわせ……
 彼がもう少し謙虚でまわりに対する思いやりがあったなら運命は変わっていたのではと思えてなりません。
 読後理解に至るイトルの意味が重いです。実はこの張魁が「朱唇」の語り手の老人なのでは……と勘ぐったのですが、そうなると色々整合性が矛盾するので違うんだろうなあ。
 
 どれも趣向を凝らした佳作ぞろいなのですが、一番を選ぶなら最後に収録された「名手」。
 地方に左遷された官吏は琵琶の名手の噂を聞きつけ、部下とともに宴の席に向かうのだが……
 この官吏のなんとも飄々としたキャラがいい。部下の青年も純朴で憎めず、二人のかけあいにほのぼのします。
 なんといっても描写が綺麗。笛と琵琶の掛け合いの場面にはため息がでます。

 上司が「聞けばわかる」と言った意味がわかった。
 笛の音が再び、流れはじめた。
 琵琶に呼応して、李がまた新たな音を紡ぎはじめる。お互いにまったく別の曲を奏でながら、微妙に重なり微妙に途切れる、まるでひそやかな会話をするようなやりとりがいつまで続いただろう。


 まるで瞼の裏に川辺の情景が浮かんでくるよう……
 最後にさらりと明かされるとぼけた官吏の正体も憎い。余韻が引きたつ演出です。

 全体的に「こんなおいしいネタやキャラをあっさり数十ページの短編にまとめちゃうのか……!」というもったいない感が否めませんが、それでも読んで損ない!恵泉の水で淹れた茶のような上質の文章に酔い痴れて心が豊かになったような気がします。
 遊郭こぼれ話も面白かった。鳥篭の鸚鵡や愛玩犬が呼び鈴がわりとは風流な……纏足や辮髪についても詳しくなれます。

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異国遊郭もの。ふみのキャラがいい。

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