ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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犬の力(ドン・ウィンズロウ)



 犬の力とは何か。

 物語の発端は1975年に遡る。
 アメリカとメキシコの混血捜査官アートは、職場での不遇を跳ね返すため麻薬組織の殲滅に乗り出す。
 されどアートが手を組んだ男は彼を手駒として敵を葬り、我こそが次代の黒幕として市場を手中におさめ悪徳の利潤を貪り始める。
 自らがもたらした惨劇を購うべく麻薬カルテル撲滅に執念を燃やすアート。
 しかしアートのよき仲間を襲った酸鼻な悲劇が、正義と神を信じる一人の男を復讐の鬼へと変えていく。
 この話では十数人もの人間の人生模様が時を経て交錯する。
 麻薬カルテルを独占する黒幕「叔父貴」、叔父を手伝いめきめき頭角を表わしていく知謀のアダンと暴力担当ラウルの兄弟、美貌の娼婦ノーラ、ヘルズキッチン育ちの殺し屋カラン、型破りながら真実の意味で人々を救済し続けるファン神父。
 それら強烈な個性を持つ登場人物たちが好む好まざるに関わらず巻き込まれて行くのは三十年にわたる壮絶な麻薬戦争、犯罪組織の対立、政府の謀略。
 
 プロローグから衝撃的。
 作者の筆が紡ぎだすのは残虐無比、悪辣非道の極地でありながらすべてが終わってしまった後の虚無と神聖さを漂わせる虐殺の現場。
 赤ん坊を庇い死んだ若い母親、情交の後の赤裸々な姿で撃ち殺された男女、玩具を抱きしめた子供たちの亡骸、凄まじい拷問が行われた事を示す死体……
 それら一族の悲劇が何を意味するのか、どういう経緯をもってする帰結で何が原因で行われたのか、冒頭の段階では読者に何の情報も提示しない。
 終わってしまった悲劇に立ち会うアートの悲哀、哀悼の念に隠れた身を切るような後悔が切々と伝わるだけに、どうしてこの悲劇は防げなかったのか、「不可避」で「予定調和」の悲劇のひとつとして処理されねばならなかったのかぐっと関心を引く。
 
 老若男女が無残な死を遂げた大量殺戮の現場において、アートは鎮魂の祈りを捧げる。

 消えた。もぬけの殻。
 勇を鼓して、アートはふたたび屍を眺め渡す。
 わたしの落ち度だ。
 わたしがこの人たちをこんな目にあわせた。
 すまない。ほんとうに、すまない。折り重なった母と子のほうへ上体をかがめて、アートは十字を切り、小声で唱える。
 「父と子と精霊の御名によりて」
 イン・ノミネ・パトリス・エット・フィリィ・エット・スピリトウス・サンクティ。
 「エル・ポデル・デル・ペーロ」
 メキシコ人警官のひとりがつぶやく。
 犬の力。


 アートの祈りを「犬の力」と聞き間違えたメキシコ人警官の呟きこそ、本作に通底して渦巻くあらゆる邪悪の概念を包括する。

 ジャンルで分類するならピカレスク、ノワール、ハードボイルドとなるのだろう。上質の裏社会小説である。
 同時にミステリー的な仕掛けが縦横に張り巡らされている。あの伏線がここで繋がるのか、あの人物がここで出てくるのか、まさかあの人物とこの人物が繋がってたなんてという驚きが随所にちりばめられている。
 ある時は捜査官のある時は娼婦のある時は殺し屋の視点によって、場所さえ超越しさまざまな角度から語られる物語はしかしその根の部分で確かに繋がっている。
 ある人物が起こした行動がどのように周囲に波及し影響をもたらすかが鮮明に描き出され、もしあの時ふたりが出会っていなかったら、あのふたりが別れてさえいなければ、無粋な邪魔が入らず結ばれていたらといくつもの「もしも」が浮かんでしまう。
 暴力シーンは容赦ない。
 凄惨な拷問シーンもある。
 はっきり言って、グロい。
 特にアートの親友のヒダルゴが拷問を受けるくだり、ピラール母子を襲った痛ましい悲劇には目をそむけたくなる。しかし目がはなせない。
 もうやめて!と叫びながらも読んでしまう力がある。

 犬の力。
 おそらくは読者もそれに取り憑かれている。
 悪意と謀略と犯罪が渦巻く地獄において、様々な人物が交錯し描き出すドラマに魅入られている。
 
 文章は詩的で独特。
 視点の交代が頻繁な割には混乱が少ないのは映画のカッティングさながらテンポがよいため。
 自分が犯した罪に苦悩するアートも魅力的だけど、特に気になったのはカランとノーラの恋の行方。
 素晴らしい肢体と美貌に恵まれ生まれながらの娼婦として男を誘惑し続けたノーラが、メキシコのホテルで大地震に襲われた時に見せた意外な一面には胸を打たれた。
 ビルが倒壊し被災者があふれ、一面瓦礫の荒野と化けたシティをさまい歩いていたノーラは、同じく孤児と手を繋ぎ救済活動に励んでいたファン神父と運命的な出会いを果たす。
 ヘルズキッチン育ちのアイルランド人の若者カランは、友人を助けるため殺人を犯すも、持ち前の度胸と機転でマフィアに見初められ凄腕の殺し屋として取り立てられる。そんなノーラとカランが出会ったのは一度きり、ノーラが娼婦デビューした夜。

 本来、ノーラの初めての相手はカランになるはずだった。
 カランもまた一目でノーラに惹かれた。
 ふたりは一目で恋におちた。

 もしあそこで引き裂かれさえしなければひょっとしたら二人の運命は変わっていたのではないか、ふたりが結ばれることによってその後の数多の悲劇は回避できたのではないかと思わずにはいられない。
 冷酷無慈悲な殺し屋として恐れられるカランだが、私にはとてもそうは見えない。
 最初の殺人は銃をつきつけられた友人を救おうとして。
 その後の殺人はカラン自身の意志によるものだが、彼は幼い自分に親切にしてくれた男を殺してしまった事をずっと悔やみ、行き過ぎた報復行動にでようとする友人オ・バップをいさめ、愛する人と出会った事によって改心し、一度は銃を捨て真人間になろうとした。
 しかしカランを天才的な殺し屋足らしめる才能は、カランが普通の男として幸せになる道を許さなかった。
 ノーラもまた男たちの虚栄心とエゴイスティックな愛情に翻弄され続け、この人だけはとプラトニックな気持ちを持った相手さえ最悪のやり方で奪われ、何度も喪失と裏切りを体験するうちに恐るべきしたたかさを学んでいく。
 ノーラとカランはひたすらすれ違い続ける。
 しかしカランにとってもノーラにとっても、たった一度きりすれ違った相手こそ、人生におけるただ一人の相手だったのだ。
 
 正直最初はノーラにあんまりいい感情を持ってなかった。
 ヤク中の父親と二人暮し、中年男をたらしこんではその小遣いで父親に覚醒剤の土産を買ってくる、自分の魅力を知り尽くした上で男をもてあそぶ鼻持ちならない女だなあとちょっと引いてたんですが、高級娼婦としてヘイリーに見い出された彼女が初めての夜に見せた機転で見直し、メキシコ地震における活躍に感動し、ファン神父と友情を結び国境を越え孤児院の手伝いにやってくる姿に惚れて……
 売春で稼いだ金でもって市場に乗り込んでは、自分の目で選び抜いた最高の食材を買いあさってくんですが、その時のやりとりがふるってる。

 市場ではどうか?
 これまた、美しき脅威そのもの。
 野菜売りの露店が並ぶなかを、女帝よろしく歩き回りながら、いちばん質のいいもの、いちばん新鮮なものをあれこれと探す。
 品物をぎゅっとつかみ、においを嗅ぎ、試食させてくれと頼む。
 ある朝、うんざりした食料品店の店主がきく。
 「どなた様に食べさせようってんだね?一流ホテルのお客さんかい?」
 「うちの子どもたちが、ホテルの客よりおいしいものを食べちゃいけないっていうの?」



 かっこいい……。
 
 とにかく謀略に次ぐ謀略で形勢は二転三転、誰が味方で敵か時々見失いそうになる。
 誰が寝返ってもふしぎじゃないと思わせる暴力と血の嵐の中、ノーラが見せた度胸のよさと貫いた覚悟に何度惚れ直したことか。
 ナイトクラブを襲撃した黄色毛の手下をカランが撃退するシーン、黄色毛とアダン一党が路上で繰り広げた銃撃戦、カランがハーレーダビットソンに跨って現金輸送車と繰り広げた疾走感たっぷりのカーチェイスなど手に汗握るシーンを数え上げたらきりがない。
 そしてなんといってもアートが渋い……。
 ヒダルゴの仇をとらんとする妄執に近い復讐の一念と巨悪を憎む心とででアートが蒔いた種はやがて憶測と疑惑と裏切りの華を咲かせ、それが冒頭の虐殺シーンに繋がる構成が憎い!ああ、こういうことだったのか……とすとんと腑に落ちると同時に、麻薬カルテル撲滅という正義の御旗がもたらしてしまった純粋なる悪の暴走をまざまざと見せ付けられ、運命の皮肉さに胸が痛くなる。

 ラスト、念願かなって仇敵とあいまみえたアートが怒りの拳を振るいつつ叫んだ台詞が胸に刺さる。

 欲を言うならエピローグでグロリアやカランやノーラのその後をフォローしてほしかったなあ……後者については無粋かもしれませんが。

 J・M・エルロイの文章に少し似てるので、エルロイが好きという方、読み応えあるノワールをおさがしの方におすすめです。

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読んだ本感想 | コメント(-) | 20021026144343 | 編集
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