ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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凡夫危うきに近寄り、喰われる8

 熱い手のひらに犯され身もがくほど乾いた衣擦れの音が耳につく。
 吸いつく手が与える快感に酔い痴れそうな理性に楔を打ち、性急な息遣いで前戯の中断を求め訴える。
 「あっ、ふ、待て!」
 「歩?将棋ですか」
 「離れろ、人が来たらどうする……」
 「口を閉じてればいい」
 「母親はいいのかよ、戻んなかったら探しにくるぞ!」
 「男子トイレまで来ませんよ、節度と常識を知る女性ですから」
 「どけ、重い……息かけんな……」
 「知ってますよ、首筋が弱いって」
 ああそうだろうさ、俺の体のことでお前が知らないことなんてないだろうさ、ひとっつも。
 ひょっとするとこいつは俺以上に俺の体を知り尽くしている。
 恥を忍んで告白するが、こいつに指摘されるまで背中の下方、臀部と尾てい骨の中間のほくろの存在を知らずにいた。自分の背中を鏡に写しでもしなければ気付かない場所にあるほくろのことを、ことによると一生死ぬまで知らずに過ごしたかもしれない。
 「知ってますよ、ほくろがあるって」
 びくりとする。
 一瞬考えを読まれたのかと疑うも杞憂だった、たまたまシンクロしちまったのだろう。
 腰に添えた手をいやらしく波打たせ、ほくろの周辺を指でなぞりながら囁く。 
 「背中の下あたり、尾てい骨の近く。知らなかったでしょう?無理ないです、自分の背中をじっくり見る機会なんてそうそうないですもんね。うつ伏せにして後ろから抱いている時に気付いた……」
 「痛っ」
 俺には見えない位置のほくろを引っ掻く。
 「安子さんも知らないはず。彼女も……千代橋さんも知らないでしょう。普通に女性を抱く分には背中なんて見られないですもんね。知ってますよ久住さん、あなたは正常位を好む。その体位が一番相手に負担をかけないからだ。どこまでもフェミニストでレディーファースト、相手の事を一番に考える思いやりにあふれた人。背中を見下ろすのはあなたを抱く男だけの特権だ、安子さんも千代橋さんも知らない……」
 「隠してねえよ、たかがほくろで大袈裟だ……見たいんなら好きなだけ見せてやる」
 「へえ、女性に跨ってもらうのがイイんだ?」
 「どうしてすぐそういう………ぅあ、く」
 「見つけたときは嬉しかった、本当にぼくだけのものになった気がした……とんだ勘違いでしたけど」
 「ふ、」
 鎖骨のふくらみを強く吸われ縋りつく。
 「~くそ……」
 眼鏡がないとよく見えない。
 俺は視力が悪い。
 極度の近眼で、眼鏡の助けを借りなきゃ至近距離の顔さえ霞む始末だ。
 「いい加減にしねえと怒るぞ、調子のんな、せめて眼鏡とらせろ……テーブルに帰れねえ」
 「帰らなきゃいいじゃないですか」
 「ばっくれちまえってか?心動く誘惑だな。そうもいかねえよ、シュリや張はどうでもいいけどあれがなきゃ外歩けねえ、赤信号と青信号の見分けもつかねえザマでどうやってタクシーつかまえろって?」
 「大袈裟ですよ、さすがにつくでしょう」
 「離れろ、こんなことのために会いにきたんじゃねえ」
 「内心期待してたくせに」
 俺を扱う手つきは容赦なく、巧みに追い上げじらし、じりじりと性感を孕む熱を煽っていく。
 「いい加減に認めちゃいましょうよ、あなたは僕に抱かれたくてのこのこやってきた、ストーカーじみたまねまでして慈悲をもらいにきたんだ。姉さんに拉致されたなんて言い訳だ、プライドが高く意地っ張りなあなたなら走ってる車から飛び降りる位の事は平気でする、自分の意に添わない事を強制されたなら回避する手段はいくらでもあった。けれどあなたはやってきた、姉さんに引っ張られて……お見合いを覗きに来た」
 「覗きに来たんじゃ、ねえ。俺は……シュリが詫び入れてえって言うから」
 「僕が恋しかった?慰めてほしかった?」
 背中に壁がぶつかる。
 足が競い合い絡み合い、筋肉で守られてない膝裏から官能的な震えが伝う。
 俺の膝を割り開いて体をねじこみ、汗ばむ下腹を密着させる。
 「久住さんは淫乱だから僕がいないあいだ自分で慰めてたんじゃないですか?」
 「……………」
 咄嗟に俯こうとしたが、遅い。顎に指をかけられ、くいと上を向かされる。
 「……驚いた。図星ですか」
 「るせ……」
 「すぐ顔にでるんだから。赤いですよ」
 耐え忍ぶ膝に震えが来る。
 「どうですか、自分を自分で慰める気分は。なにを考えながらマスターベーションしてたんですか。雌犬みたいに後ろから犯される自分の姿?電動ローターの唸り?僕の指の動き?乳首はいじってみましたか?」
 耳朶が熱を持つ。割り込んだ膝が円を描くように股間を揉んで押し上げてくる。
 「なんなら再現してみます?見ててあげますよ」
 「誰が……」
 「乳首だけでイけるんでしょう?」
 辱めを受ける。
 千里に触れられているとおもうだけで息がかかるだけでシャツと擦れ合う乳首に血が集まり、痛い程にしこる。 
 「変態」
 「どっちが」
 罵倒に罵倒を返す。千里が悪戯っぽく笑い、シャツの上から胸に唇をつける。
 「―っ、ひ」
 唇が薄く開き、シャツ越しにくっきり浮いた乳首を含んで揉み転がす。
 直接じゃないだけ一層淫靡で背徳的な刺激。湿った布越しに色づき存在を主張する突起を口を窄めて愛撫し、たっぷり唾液をしみこませる。物欲しげに喉が鳴る。生唾を嚥下する。軽く噛まれ、鋭すぎる快感に喘ぐ。
 「やめろ、気持ち悪……痛てえ……」
 右の乳首をシャツごと咥え、しゃぶり、空いた手で左の乳首を捏ね回す。
 久しぶりに味わう蕩ける快感に酔う。
 自分でするのとは全然違う。
 「く………」
 流されるな、ほだされるな、踏ん張れ。
 言われっぱなし、やられっぱなしでいいのか?
 ここに乗り込んだ目的を思い出せ。
 己を叱咤し奮い立たせ、力の入らない手を無理に動かして、千里の肩に掛けて制す。
 「……がっつくなよ、みっともねえ」
 千里の動きが止まる。
 俺の胸から顔を放し疑問の目で仰ぐ。
 「……ちょっとは場所考えろ……久しぶりなのに興醒めだ」
 浅く弾む呼吸を整えつつ前傾し、前に立つ男の肩につかまる。
 困惑げな表情を観察し唇の端を吊り上げ、せいぜい神経を逆なでする不敵な笑みを拵える。
 「会社や駅のトイレに引っ張り込んでおっぱじめた事あったな。トイレで服着たまま、立ちっぱなしでヤるのが好きなのか?……せっかちは嫌われるぜ」
 虚勢で挑発。
 肩を掴み、首の後ろに片手を添え引き寄せる。
 「幻滅させるなよ」
 俺の言動を訝しみ、当惑顔で竦む千里に気だるくしなだれかかり、首もとに唇を当てる。
 キスと呼ぶのも躊躇われるぎこちなさで、鎖骨から首筋にかけて締まった線に夢中で唇を押しつけていく。
 「……場所を変えてくれ」
 「………わかりました」
 先に折れたのは千里。
 言葉少なに承諾、中腰の姿勢で眼鏡を拾いポケットにしまってから鍵を開錠する。
 洗面台で手を洗っていた男が個室から出てきた俺たちにぎょっとするが、足早に通り過ぎて場を濁す。
 眼鏡がないせいで足取りが覚束ない。自分の手さえ頼りなくぼやける。
 至近距離で動く背中をしるべに通路の壁に片手をつき、遠近感が上手く掴めず目測を誤りぐらつく体を支え、一歩ずつ慎重に歩む。
 「おい、先行くなよ。ゆっくり歩け」
 「手を貸しましょうか?」
 「お断りだ」
 千里は俺の答えを予想してたかのように苦笑いで肩を竦め、折り目正しいスーツが包む長い足を繰り出す。
 以前とは立場が逆転していた。
 前はこいつが追いかけて俺が追いつくのを待つ方だったのに、いつのまにか追い越されていた。
 犬猿の仲の母と娘が諍いあうテーブルは迂回し、金箔の輝きも風雅な中国風の意匠を凝らした通路を歩いて円滑に開く自動ドアから表へ出る。
 「支払いは?」
 「母さんに任せます。久住さんこそ」
 「おごりじゃなきゃ来なかったさ」
 なんとなく顔を見合わせて笑う。
 店の裏側に回れば、常夜灯のポールが等間隔に建つ広大な駐車場があった。
 「朱里のヤツ、なんでわざわざ店のどまん前に止めたんだ?」
 「愛車を見せびらかして自慢したかったんでしょう」
 「ヤな女」
 「同感です」
 「盗まれちまえ」
 外気を浴びても冷め遣らず、さっきまで体の裏表を貪欲に執拗に這い回っていた手の火照りや感触、入念な愛撫を反芻して淫蕩な余熱を持て余す。
 常夜灯が白々とアスファルトを照らす駐車場に立つ千里は、俺が知る後輩とは違う、かさぶたをむりやり剥がされたような痛々しさをさらけだしていた。
 後悔と自責と俺の預かり知らぬそれ以外の何かを秘めた目は暗く、読み切れない心の動きに不安が騒ぐ。
 どこへ行くのか聞けない。
 先に口を開いた方が負けだと優位を争う駆け引きに伴うつまらない意地が邪魔する。
 無言で千里に従う。
 規則正しく駐車場にならぶのは国産車と外車が半々の割合で、どれもサラリーマンの年収と釣り合うほど高額だ。
 「こっちです」
 常夜灯が闇を透かし歪に拡大された影が長大な尾を引く。
 きびきびと歩む先には洗練と格調が理想的に融和したフォルムの黒塗り高級車、鯨の骨格のような曲線を描くボンネットが常夜灯が投げかける光を艶やかに照り返す。
 俺が追いつくや運転席の窓を手の甲で叩く。
 ウィンドウが静かに下りて文庫本を閉じた初老の運転手が顔を出す。
 「お帰りなさいませ万里さま。奥様はご一緒では?」
 「あちらの親族と歓談してます。長くなりそうなんで抜けてきました」
 「お見合いをですか?」
 「今日中に終わらせないと今後のスケジュールに差し障る仕事が残ってるんです。先方には失礼ですが、無理を言って先に帰らせてもらうことにしました。どうせまた戻ってくるでしょう?」
 「そちらの方は?」
 「店内で偶然会った前の職場の先輩です。マンションの近くに住んでるんでついでに送ってくことにしました……積もる話もあることだしね」
 すらすらと嘘をつく主人に対し詮索は控え、ボタンを押す。ロックが解除され、後部ドアが開く。
 「どうぞ。乗ってください」
 紳士的な物腰でドアを押さえ促す。俺に続いて千里が乗り込み、深々と息を吐いてシートに凭れる。
 「本当に奥様はよろしいので?」
 キーをさしこみながら確認をとる運転手に対し、「いいんですよ」と面倒くさげに答える。
 「どのみちあの分じゃ長くかかる。程ほどで引くってことを知らない人たちだから」
 曖昧に頷いてエンジンを蒸かす運転手とバックミラーごしに目が合い、同時に会釈を返す。
 千里が口を挟み簡単に紹介する。
 「うちのお抱え運転手の大久保です。ハンドルを握って三十年のベテラン、事故は一回もなし。信頼できます」
 「恐れ入ります」
 謹厳実直を絵に描いたような初老の運転手は地味めの紺のスーツが似合う寡黙そうな人柄で、それきり俺の存在は忘れて運転に集中する。
 タクシー運転手の中にはやたら話し好きなオヤジがいて、こっちが疲れていても構わず世間話を吹っかけてくるもんだから辟易することしばしばだが、この運転手は無駄口を叩くタイプじゃなさそうで安心する。
 余所見せず安全運転が一番だ。
 タイヤが緩慢に旋回し駐車場を滑り出る。
 走行音は耳を澄まさねばそうとわからぬほど静かで、タイヤを通し底部に伝う反動は最小限に抑えられてる。
 隣に座る千里と付かず離れず微妙な距離を空け、呟く。
 「……椎名じゃないんだな」
 「いつも一緒にいるわけじゃありませんよ」
 「一日中ひっついて監視してんのかと思った」
 運転手が椎名じゃなくて安堵する自分が歯痒い。
 椎名とはあれっきり、ホテルに拉致された日以来会ってない。
 あの時、大人しく忠告を聞き入れて海外行きのチケットを受け取ってりゃこんな事にならなかったのか。
 車中に張り詰める重苦しい沈黙に痺れを切らし、憮然と呟く。
 「いいのか、見合い」
 「なにを今さら。手遅れです」
 「黙って帰っちまって先方に失礼じゃないか?」
 「あなたが気に病むことじゃありません」
 正論に口を噤む。お人よしぶりにつくづく嫌気がさす。
 なんでこんな堂々としてるんだ、こいつ。見合いをぶち壊してとっとと先帰って心は痛まないのかよ?
 胸の内にもやもやが広がって、憎まれ口がついてでる。
 「……お似合いのカップルだったぜ。上手くいきゃ式場のパンフレットを飾れたのに、惜しいな」
 「目立つのは好きじゃありません」
 「嘘つけ」
 「本当です。……誤解されがちですけどホントは人前にでるの好きじゃないんですよ、僕」
 「英論コンクールじゃ並み居るお歴々の前でスピーチして準優勝したくせに?」
 「あれは顧問に頼まれて、断りきれず仕方なくです。辞退したってよかった」
 「イヤミだな」
 「どうも」
 「お袋、若いな」
 「あの人の慎み深さは兄さんや姉さんに遺伝しなかったんです」
 「慎み深い女が人前で口論やらかすか?」
 「仕方ありません、姉さんとは思春期からずっと犬猿の仲なんです。顔を合わせば喧嘩ばかり……二人に限ったことじゃありませんけど」
 「フクザツなご家庭のようだな」
 「ご推察の通りです」
 「金持ちは面倒だ」
 「ちょっとした泥沼です」
 見合いを離席した事に関してはなんら罪悪感を持たず、煩わしい用件をひとつ済ましたという感じのすっきりした顔に向かい、口元をひん曲げてイヤミを言う。
 「ホモのくせに見合いなんて偽装婚の相手でも見繕いにきたのかよ。兄貴の差し金かそれも。嫁さんの世話までしてくれるなんて至れり尽くせりじゃねえか」
 「確かに彼女は美人ですね。清潔感ある容貌、控えめな笑顔、物腰柔らかで礼儀正しく好感がもてます。本の趣味も合うし頭もいい」
 「完璧だ」
 「タイプじゃない」
 それまでのベタ褒めぶりから手のひらを返すように冷たく切り捨て、ひとつため息を吐く。
 「お見合いに来たのは義理……兄と養母の顔を立てるためです。養母さんはともかく兄さんは自分の顔を潰されるのを嫌います。知った時は既に日取りと場所が仕組まれていた……最初から気乗りはしませんでした」
 「兄貴にびびって出たくもない見合いに来たのか、情けねえ」
 伏せた目に諦念と自嘲の薄片がちらつき氷解、退廃のネオンを映す横顔に愉快げとさえ形容していい笑みが仄かに浮かぶ。
 「職場の皆さんはどうですか」
 「元気だよ。相変わらずだ。お前がいなくて寂しがってる」
 「お世辞ですか?」
 「好きなようにとれよ」
 「羽鳥さんは相変わらず?」
 「相変わらずうざくてうるさい。誰と誰が付き合って別れたどこの課の誰それが経理の女の子と不倫してるだの嗅ぎまわってる。ついでにまた太った」
 「またですか?二十代でそれって救われないな、90キロの大台乗る前にダイエット真剣に検討したほうがいいですよ」
 「伝えとく」
 気詰まりな沈黙が吹っ切れて、おもいのほか話が弾む。
 俺が話す職場の連中の近況に楽しげに相槌を打ち、ときに質問をはさみ、意外げな顔をする。
 離れ離れの期間の空白と齟齬を埋めるように互いの環境の変化を摺り合わせ、変わってしまったものには敢えて触れず、変わらなかったものだけを追認し確認していく。
 元の職場の様子が気にならないというのは嘘だろう、自分が抜けた穴をだれがどうフォローしたか、得意先の担当は誰が引き継いだか探りを入れてくる千里に、オブラートに包んでそのへんを説明する。
 どやしつけたい気持ちはあった。
 引継ぎもせず勝手に辞めたせいで後任がどれだけ大変な思いをしたか、詰りたい気持ちはあった。
 が、できない。
 常夜灯に暴かれた素顔を見てしまったから。
 かさぶたをむりやりはがされたような痛々しい顔、虚無に呑まれて目が死んだ失意の表情を見た上で、さらに傷口を抉り塩をすりこむような外道なまねはできない。
 しばらく核心を迂回するような当たり障りない近況報告に終始してたせいで、油断につけこまれた。
 「久住さん、亀田さんに恨まれてるんじゃないですか?」
 「は?」
 「千代橋さんを横取りしたんでしょ」
 「……知ってたのかよ、亀田が千代橋に気があるって」
 不意を突かれた俺の顔が面白かったのか、ひくつく喉の奥で笑いを泡立てる。
 「気付きますよそりゃ、あそこまであからさまにアピールしてちゃ。千代橋さんにだけ露骨に態度ちがうって女の子に評判悪いですよ、亀田さん。手取り足取りセクハラ紙一重で付きまとって目に余りました。知らなかったのって久住さんくらいです」
 「鈍感だって言われてる気がするんだが」
 「言ってるんですよ。もう少し周囲への観察力鍛えたほうがいいです」
 「色恋沙汰に疎いだけだ」
 亀田が千代橋に惚れてる事は職場で有名だった。俺だけが知らなかった。
 だからといって亀田に悪いとか横取りしたとかは思わない、そういう発想こそ侮辱だ。
 千代橋は賭けの景品でも戦利品でもない、自分の意志もつ一人の女だ。
 自分の意志で俺に寄り添うと選んでくれた。
 「千代橋さんに悪いって考えてるんですか」
 今夜の千里の勘はいやになるほど冴えている。
 俺が今、一番掛けて欲しくない言葉を振ってくる。
 「今僕と一緒にいること、車で移動中なこと、知らないでしょう。携帯にかけて教えてあげたらどうです」
 「千代橋は今日友達と会って遅くなる」
 「だから?」
 冷静に顔色を読み、心を透視する。
 千代橋に対し抱く後ろめたさや罪悪感をルーペを覗いて解剖するが如く的確に見抜く。
 「……彼氏が男と浮気したって知ったらどう思うでしょうね。拒絶反応おこすかな。大人しそうなカオして案外しつこくてしぶとそうだけど……」
 冷めた口ぶりで呟きつつ、ポケットから掴み出した眼鏡をいじくりまわす。
 どことなくフェティッシュな触り方だ。
 長い睫毛が物憂く影をつくる思慮深げな横顔にある疑問がつきまとう。
 「どうして千代橋が買ったってわかった?」
 「らしくない眼鏡だから」
 「見ただけでわかんのかよ」
 「わかりますよ、ずっと見てきたんだから」
 返す言葉をなくす。
 慰みに眼鏡をもてあそびつつ、ふっと笑う。
 「……なんてね。カマかけたんです、すぐ顔に出るから」
 「……お前なあ」
 「勘かな。眼鏡本体というより態度でわかるんです。自覚ありませんか?神経質に顔に触る癖、フレームを調節するしぐさ……新品ってだけじゃない、ああ、特別な眼鏡なんだなってそれでわかります。眼鏡に触れながら誰を思い出してるのかも」
 眼鏡を両手に捧げ持ち向き直る。
 「ご存知ですか?女性を愛撫するように眼鏡に触れてるって」
 「はあ?」
 「自覚ないんですね……罪作りだな」
 「……いいから返せ、それがないと見えねえんだよ」
 千里がボタンを押して窓を下ろしていく。走行中の車に風が吹き込む。
 眼鏡をもった手を窓から出す。
 「!ばっ、」
 ひとつずつ手に取り真剣に眼鏡を選ぶ千代橋の顔、無邪気な微笑みに放射線状の亀裂が生じる。
 ガラスの割れる音を確かに聞いた。
 夜の街を彩るネオンが妖しく染め抜く顔に酷薄な笑みを浮かべ、あっけなく眼鏡を捨てる。
 千里を押しのけ窓枠にとびついた時、指をすり抜け飛び去った眼鏡は既にアスファルトの道路に激突していた。
 「止めろ!!」
 声を限りに怒鳴る、逆上して窓から顔を突き出す、向かい風が前髪をめちゃくちゃにかき乱す。窓枠に手をついて乗り出す鼻先をクラクションをけたたましく鳴らし車が走り去っていく。
 後続車のタイヤが乗り上げフレームがひしゃげレンズに亀裂、破砕、飛散。光の粒子が砕け散る。
 何台もの車に轢かれ跳ね飛ばされ原形留めぬまで蹂躙され尽くした眼鏡に呆然とし、窓枠を掴んで振り返る。
 「修理に出すより買い換えたほうが早いですよ」
 謝罪ひとつない勝手な言い分にいきりたつ。
 「………わざとやったな」
 落ち着け。抑えろ。車の中で乱闘やらかすほど馬鹿じゃない。
 殴りかかりたい衝動を必死に自制し、良心の呵責などひとかけらも感じさせない澄まし顔を睨みつける。
 「女の匂いがついた眼鏡をかけたまま僕と来る気ですか」
 殺伐とひりつく空気が車内に充満していく。
 ドアを開けて今すぐ降りよう、そうしよう、ここまでおちょくられて我慢する必要ねえ。取っ手を掴もうとして目測が狂い、手がむなしく空を切る。眼鏡なしで一人で帰る?足元も覚束ねえのに?ドアさえまともに開けられねえのに?
 タイヤがアスファルトを噛んで減速、慣性につられかくんと前にのめる。
 「着きました」
 千里がドアを開けて降り立つ。
 開けっ放しのドアのむこう、ぼんやりと輪郭がブレる人影が俺の手首を掴んで引っ張り出す。
 「どこだよ、ここ」
 「僕のマンションです。手、放さないで。ちゃんと掴んでないと転びますよ」
 「私はこれにて失礼します」
 「ありがとうございました、母さんによろしく」
 運転手に礼を述べる。
 自動的にドアが閉まり、エンジンを蒸かして車が去っていく。突如放り出され心許なさが募る。
 ガキみたいに手を引かれてマンションの中へと進む。広大なエントランスホールを抜け、エレベーターに乗る。
 チンとドアが閉まる。
 「……一人暮らしだよな、お前」
 「そうですよ」
 「ドアを開けたら有里がバスローブに裸で待ち受けてるなんてどっきりはなしだぜ」
 「いくら兄さんでもそこまで悪趣味じゃないですよ」
 「バラの花びら浮かべたドンペリ風呂に浸かってたって不思議じゃねえ」
 手のひらに汗をかいてるのを知られたくなくて振りほどきにかかるも、執着とも束縛ともつかぬ一途さでますます力をこめてくる。
 痛い位、だ。
 エレベーターが目的の階に到着、ドアが開く。歩きながらポケットを探り鍵をとりだし、さしこみ、回す。
 鍵が半転、ドアが開く。
 「いらっしゃい」
 目を瞑る。息を吐く。覚悟を決める。
 「いらしてやったぜ」
 後戻りできない一歩を踏み出す。

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リーマン×リーマン | コメント(-) | 20010419225105 | 編集
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