ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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凡夫危うきに近寄り、喰われる6

 「準備はよろしいですか、万里さん」
 兄の秘書として広範な雑務を処理するうちに瞬く間に時は過ぎ、とうとう運命の日がやってきた。
 黒塗りの車の横に毅然と立つ女性に目礼で挨拶する。
 会うのは三週間ぶりだ。
 長男の帰国を祝し久しぶりに家族全員が揃った晩餐で顔をあわせたきり、心理的な疎遠さと日々の忙しさが妨げになって連絡も取れずにいた。
 この人と対峙すると子供の頃の癖が抜けず今だに緊張する。
 愛人の子という引け目を感じずにはいられない生い立ちを抜きにしても、相対した人間に無条件に緊張を強いる、余分や過剰を限りなく削ぎ落としたような禁欲的な雰囲気がこの人にはある。
 どうしてかこの人に嘘をつくのは抵抗を感じる。
 つまらない嘘をついても見破られてしまいそうな懸念がつきまとう。
 清廉、高潔、厳格。
 そういう形容が似合う控えめに美しい人は、一分の隙もない息詰まる完璧さで和服を着こなし、裾を捌くような下品な事はせず身を翻す。
 「お乗りなさい」
 開いたドアから車に乗り込む。
 ドアが閉まりエンジンが始動、車がゆっくり動き出すのを待ち女性が口を開く。
 「緊張していますか」
 「……ええ、少し。初めてのお見合いですから」
 「せめて車の中では楽にしてらっしゃい」
 「お気遣いありがとうございます」
 千里小夜子。
 千里財閥の会長夫人にしてさる大物政治家の娘。僕の義理の母だ。
 彼女と話す時はいつも敬語だ。
 彼女だけじゃなく、父や姉にも敬語を使う。
 自分でも卑屈だと思うが、おそらく養母の影響もあるのだろう。
 養母は愛人の子と実子に区別なく敬語で接し、自分の夫にさえ―少なくとも、僕が知る限りにおいては―敬語を使っていた。
 ただしこの人が使う敬語は卑下や謙遜という消極的な次元に貶められず、嫁ぎ先で自分の意志を貫き通す誇り高さの表れと取れた。
 礼儀にはとてもうるさく、食事中に背中が曲がっていたり粗相をしたら声を荒げて叱責する代わりにひどく怖い目で睨まれた。
 僕はこの人が苦手だ。
 兄さんとは種類の異なるプレッシャーに晒される。
 彼が放つプレッシャーが自分の優秀さを周囲に知らしめ従わせる上昇的な野心と権高な示威を含むのに対し、養母のそれは水の如く凛冽として冷厳。
 他人の事など一切意に介さず身に帯びた品格で他人を傅かせるこの人を見てると、ただそこに在るだけで特別という言葉の意味がよく飲み込める。
 権力で人の尊厳やプライドをねじ伏せ服従させる兄さんとは違う、指一本動かさずとも精巧な静物にやどる端正な迫力で人を気圧す美貌。
 聡明な弧を描く柳眉、涼しげな目元、細く整った鼻梁と口角の下がった唇。
 顔の基本造作こそ母親からの遺伝だが、兄さんや姉さんが生まれ持つぱっと人目をひく華やかな雰囲気は父の血統から譲り受けたものだろう。
 自身が放つ静かなるプレッシャーをこの人ははたして意識してるのだろうか。
 正直言って、兄さんとは格が違う。
 生まれついての品をもつ美しい人が、貞淑な色香匂い立つ鬢のおくれ毛を整えつつ言う。
 「三週間ぶりですね。こないだの晩餐会以来」
 「はい」
 「痩せましたか?」 
 「いえ……はい、少し」
 否定しかけてやめる。軽薄な嘘などどのみちすぐ見抜かれる。
 あながち強迫観念とも言い切れない。この人が優れた直観力と洞察力をもつのは経験で知っている。ほんのちょっとした声の調子や目の動き方ひとつとっても隠し事を勘付かれてしまうのだ。
 運転席をうかがう。
 今日の運転手は椎名じゃない。僕とも顔見知りのうちのお抱え運転手だ。
 年配だが腕は確かだ。道中は安心して任せられる。
 バックミラーを介し目が合えば、白髪頭が会釈する。こちらも会釈を返す。
 「―らしくありませんね」
 養母さんの言葉にぎくりとする。
 「何がですかお養母さん」
 「万里さん、本当に今日のお見合いを引き受けてよろしいんですか」
 いきなり核心をつかれ言葉を失う。
 車窓に端正な横顔を映し、殆ど唇を動かさずにしゃべる。
 「今回の話は有里さんが持ってきたと聞きましたが……あの子は強引な性格ですから、あなたの意見や意志を無視して進めようとしてるんじゃないかと若干危惧してます」
 「……今すぐ結婚や交際がどうとかは考えられませんが、会ってみるだけならいいかと」
 「先方はあなたを気に入っておいでですよ」
 怜悧な切れ長の双眸が批判がましく細まる。
 探り合う沈黙が漂う。
 養母さんは口数が少ない。
 もともと寡黙な人で、かねてより眉をひそめたり目配せしたりごく上品に用向きや機嫌の良し悪しを伝えようとする傾向がある。
 叱責よりも軽蔑の色を練りこんだ冷ややかな一瞥を払われる方がよりこたえる。
 そんな環境で育ったせいかいつのまにか他人の顔色を読むのが上手くなってしまった。
 「気に入ってるって言われても、実際会ったことない方に気に入られても困りますよ。僕のどこを気に入ったんですか。経歴?容姿?出た大学かな。書類と写真から推し量れることなんておおかたそんなところです」
 「正論ですね。少なくともそれらの断片から性格や本質を知るのは不可能です」
 養母さんは気分を害するでもなく、僕の返答にどこか安心したように、それでいて面白そうに、ほんの僅か口元を綻ばせる。
 「……生意気を言いました。すいません」
 すぐに謝罪する。
 この人たちといるといつも謝ってばかりいるような気がする。
 僕の謝罪には触れず、話題をかえる。
 「ゆっくり話すのは数年ぶりですね」
 「はい」
 「大学を出たら戻ってくるかと思ってたのに」
 「すいません」
 「あの人も期待してました」
 「すいません」
 「謝ってばかりですね、さっきから」
 恥じ入る。
 「顔をお上げなさい。あなたのしたことは別に恥じ入ることじゃありませんよ、あの人が勝手に帰って来ると思い込んでただけです」 
 取り澄ました声音で叱咤され、顔を上げる。
 背筋を律し、微動せず前を見つめる姿が目を奪う。
 ひねくれた見方をすればお高くとまっているのだが、一幅の絵の如く貴顕の品を帯びた居住まいはそんな邪推を差し挟む余地を持たせない。隙がなさすぎるのだ。
 揃えた膝に両手を添え、正面に淡白な視線を据えて口を開く。
 「したい仕事があったのでしょう」
 「……はい」
 「やり甲斐はありましたか」
 「とても」
 「楽しかったですか」
 「ええ」
 車の走行音が控えめに鼓膜を震わす。
 規則的な振動が伝う。
 運転手は会話が聞こえぬふりで滑らかにハンドルを操縦する。
 「よかった」
 吐息に交えて呟く。
 それきり、沈黙が落ちる。
 走る密室がもたらすプレッシャーに落ち着きを失い、懸命に会話の接ぎ穂をさがす。
 一人分空けた微妙な距離、親族にも他人にもなりきれぬ中途半端さで隣り合い、申し訳なさといたたまれなさが入り混じった気持ちを味わう。
 「今日はお忙しい中すいません」
 「息子の見合いに親が同伴するのは礼儀です。あの人も来たいと言ったけど胸の調子がよくなくて、今日は家で休んでます」
 「具合が悪いんですか」
 「……過敏なんですよ、私は」
 窓ガラスに映る硬質な美貌に憂いが射す。
 父は狭心症の発作持ちだ。
 早々に現役を引退し長男に社長の座を譲ったのも、厄介な持病を患ったのが最大の理由だ。
 といって、今すぐどういうことはない。
 日常生活は支障なく営めるし、まだまだ体は壮健だ。会社の経営を息子に一任せず、会長といういわば名誉職に肩書きを保留してるのも、もし何かあればすぐさま前線に復帰できるよう保険を掛ける意味合いが強い。 
 「父さんのお加減はどうですか。病気の方は……」
 「あなたがもっと頻繁に顔を見せてくれれば元気になるでしょうね」
 「ごめんなさい」
 「冗談です」
 冗談か。そうか。どうもこの人のペースは掴みにくい。
 「まだ秘書の仕事に慣れなくて……暇ができたら顔を出そうとおもってるんですけど」
 「無理しなくていいですよ、有里さんは人使いが荒いでしょうし」
 言い訳めいたことを口にすれば、すかさずフォローが入る。
 「本当はぎりぎりまでついていくって聞かなかったんですけどね」
 「はあ」
 「万里のお嫁さんになるかもしれないお嬢さんだ、是非実際会って話がしたい、くれぐれもよろしくと頼みたいとごねにごねて発作をおこして」
 「発作?」
 不穏当な単語に眉をひそめる。
 「それで少し出発が遅れました。待たせてごめんなさいね」
 「いやそれは全然いいんですけど発作って」
 「屋敷には人が残ってますし。ああ、大した発作じゃないんですよ、ちょっと興奮して血圧が上がってしまって……主治医の先生に鎮静剤を打ってもらったから一安心です」
 それは一歩間違えば危篤な事態じゃないのか?
 泰然自若と落ち着き払った養母さんを見ていると重ねて問うのが憚られる。
 父さんはどうも僕が絡むと見境をなくす。昔からそうなのだ。
 家を出た動機の筆頭は兄さんの束縛だが、父さんの干渉が疎ましかったというのも次点に挙がる。
 兄さんを支持するのは癪だが、同伴する親族から彼を外した判断は賢明と言わざるえない。
 相変わらずの父さんに苦笑しつつ、見合いの話を知らされた時から頭の隅にずっとひっかかっていた疑問を口に出す。
 「ひとつ聞いていいですか」
 「なんですか」
 「どうして中華料理屋でお見合いなんですか?」
 義母さんが怪訝そうにこちらに向き直る。
 「いや……和風懐石でもフランス料理でもなく中華料理って斬新だな、と。僕、お見合いが初めてなんでよくわからないんですが、最近はこういうスタイルが流行ってるんですか」
 「中華は嫌いですか?」
 「いえ、好きです」
 「なら問題ありませんね」
 「問題はありませんが気になります」
 「他意はありません。砕けた雰囲気で親交を深めようという主旨です。久しぶりに中華を食べたかったし」
 「……義母さんの希望ですか?」
 「先方も快諾してくれましたし」
 ……そうなんだ。義母さんの希望なんだ。
 「堅苦しい雰囲気は抜きにしてお互いをよく知る為にも、階級や序列を作らない中華の円卓は素敵だと思います」
 息子のお見合いを私欲に利用するのはどうなんだろうと思う一方、この人らしいなあと苦笑いを禁じえない。
 自分勝手なところは兄さんや姉さんとよく似ている。
 車中、お見合い相手の話題は無意識に避けた。
 
 僕には忘れられない人がいる。
 その人の面影を蔑ろにして女性と家庭を持つのは、ずるい。

 車が止まる。ドアが開く。目的地に到着した。
 「行きますよ、万里さん」
 「はい、養母さん」
 養母さんが腰を上げる前に素早く車を降りて迂回し、反対側へ赴く。
 スイッチひとつで自動的に開いたドアから降り立つ養母さんへと、手をさしだす。
 陽泉酒家は中華風の意匠を凝らした店だ。
 自動ドアの向こうには絢爛な装飾で彩られた広壮なホールがあり、翼を広げた鳳凰の形に中央がくりぬかれた仕切りで各席が区切られている。
 「繁盛してますね」
 「ここの小龍包が美味しいとお友達に聞いてずっと食べてみたかったんです」
 「歓迎光臨。ご予約のお客様ですか」
 カウンターで氏名と来意を告げれば、チャイナドレスを羽織った女給が粛々と席へ案内してくれる。
 既に先客がいた。
 女給に従う僕たちの姿を見つけるや席を立ち、歓待の用意をして待つ。
 「ようこそ、お待ちしてました」
 「遅れてごめんなさいね」
 「こちらが万里くんですか。いや、写真で見るよりよっぽど……」
 「童顔で驚きました?」
 「とんでもない!立派な青年で感心しました」
 盛大に労う恰幅よい男と握手を交わす。
 第一印象は俗物。
 五十年輩のこの人こそソフルージュの社長。
 寄り添う夫人は対照的に痩せぎすで影が薄く、頬骨の尖りが目立つ貧相な容貌をしている。
 朱塗りの円卓を隔て、年配の夫婦と若い女性の向かいに座る。
 ドレスの裾を捌き、優美な後ろ姿を見せて去っていく女給から視線を切り、正面に向き直る。 
 ちょうど向かい席に今宵の主賓が座っていた。
 祖父江美月。僕のお見合いの相手だ。若干緊張してるのか、頬のあたりが白く強張っている。
 「こちら、娘の美月です。ほら、美月、ご挨拶なさい」
 「はじめまして、祖父江美月です。よろしくおねがいします」
 礼儀正しく頭を下げる。
 合わせて頭を下げる。
 「千里万里です。こちらこそ、お願いします」
 どちらからともなく簡単に紹介を済ませ、後は勝手に話が進んでいくに任せる。
 積極的に参戦しなくても親同士で活発な意見交換を行ってくれるのは有り難い。
 料理が運ばれてくるまで、猪口に注がれた烏龍茶を舐めつつ待つ。
 「……美味しい」
 馥郁たる香りが仄白い湯気に乗じて鼻腔に抜けていく。
 くすりと笑う声につられて反応を示せば、ついうっかり零した独り言を聞き咎めたらしい美月が僕をまね、猪口の中身を含む。
 嚥下の動きに伴い、小鳥の可憐さで咽喉が上下する。
 「本当、いい香り」
 フォローを忘れない気配りと茶目っ気に好感を憶える。
 美月の父親―株式会社ソフルージュの現社長が、養母相手のやりとりを中断し話題をふる。
 「へえ、万里くんは慶応大の経済学部ですか。頭がいいんですね」
 「恐縮です。美月さんは文芸部出身なんですね。本がお好きなんですか?」
 一応お見合いだ。成人年齢に達しているのに親に舵取りを任せ続けるのも体裁が悪い。
 美月は恥ずかしげに目を伏せ、卓上を見つめて答える。
 「はい」
 「どんな本を読むんですか」
 「色々です。最近は翻訳ミステリーにハマってて……」
 「あ、僕もです」
 思いがけず共通の趣味を見つけて、嬉しくなる。
 烏龍茶を注いだ猪口を一旦置いて、できるだけ穏やかで感じのいい話し方を心がけ訊ねる。
 「トマス・H・クックはご存知ですか?」 
 「はい、好きです。心理描写がすごく秀逸で叙情的でいいですよね」
 「何が一番好きですか?」
 「私は……そうですね、みんな好きなんですけど心の砕ける音とか。ミステリアスな女性を軸にした兄弟のすれ違いが凄く切なくて」
 「僕は闇の記憶かな。猟奇的なシーンが多いから女性にはちょっときついかもしれないけど」
 「あ、大丈夫です。そういうの全然平気です。映像はどぎつくて苦手なんですけど、活字は好き嫌いしないたちで。闇の記憶はラストが衝撃的で」
 「記憶シリーズは全制覇しました?」
 「夏草の記憶以外は。でも緋色の記憶は納得いかなかったな……ヒロインの女教師があんまり可哀想で」
 予想外に話が弾む。
 お見合いの席にふさわしい話題かどうかは判断つきかねるが、双方の親は気にせずそちらはそちらで交流に勤しんでいる。
 「万里くんはどういう人が好みなんですか?」
 だから、不意打ちの質問には驚いた。
 大皿の前菜を健啖につつきがてら、愛娘の将来と社運を賭けた縁談を是が非でも成功に導こうと、野心と下心が透けて見えるぎとつく笑みで社長が聞く。
 円卓に居合わせた全員の視線が集中する。
 前菜を小皿に取り合う手はとめず、さりげなく僕の動向をさぐる。
 好きなタイプと言われても一人しか思いつかない。
 チンジャオロースを箸でつまみ小皿にとりわけ、努めて平静を装って口に運ぶ。
 「年上ですね」
 卓上の空気が凍りつく。
 少し後悔したが、一度だした言葉は戻らない。
 咀嚼と嚥下の合間に、ある一人の顔を脳裏に鮮明に思い浮かべ、流暢に答える。
 「クールで仕事がデキて眼鏡が似合う。目つきはきつい。痩せ型でスーツが似合う。曲がったことが大嫌いで少し息苦しいほど生真面目、だけど本当はすごく優しい、気配りができるひと。口は悪い方がいいです。足は速いほうがいいです。僕に構わずすたすた歩いて行ってほしい」
 「知的な女性が好みなのか」
 「まるで意中の人がいるみたいですね」
 とりなすように笑う美月の父母に対し、体ごと向き直り、箸を置いて断言する。
 「そうなんです」
 席を立つ。
 「だから、申し訳ありません。この話はなかったことに」
 「ばんりはん?」
 小龍包を頬張り驚く養母さん、困惑する美月の両親、なにより事情が飲み込めずぽかんとする美月本人に向かい、もう一度、頭を下げる。
 「貴女は素敵な女性です。僕はもっと素敵な人を知ってる。その人が忘れられない」
 「し、失礼な……!」
 漸く口を利く自由が回復した美月の父親が円卓を叩いて立ち上がるのに背を向け去ろうとし、衝立から出るや、硬直する。
 隣のテーブル席に、やけに見覚えある人々が顔をそろえていた。
 「どうして……」
 巨大な円卓を囲んで豪勢な満開全席をぱくつく三人づれのうち、僕に背中を向け座っていた男性がおもむろに箸を叩きつけ立ち上がる。
 「……立場が逆だよな。どうして俺が勝手に行方くらました後輩を追っかけなきゃいけねーんだよ」
 「そのシューマイ喰わないならよこすよろし」と図々しく付けねらう箸を蝿の如く払いつつ、その人はゆっくりと振り向く。

 「好吃シュリさん張が大事にとっといた小龍包返すね!略奪ね!領土侵害よ!」
 「あらいけるわね、これ」
 
 久住宏澄がいた。
 ついでに張と姉さんもいた。

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