ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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凡夫危うきに近寄り、喰われる4

 「お見合いですか?」
 上品な仕上げの表紙を開く。
 むかって右側に着席した女性、左側に立ち姿で全身像が映る同一人物の大判写真。写真に映っているのはクリーム色のスーツの若い女性、おそらく僕と同年代だろう。育ちのよさが漂う清潔感ある容姿をしている。
 「どうだ?」
 「……綺麗な女性ですね」
 見たままありのままの感想を述べる。
 兄さんがにやつき問う。
 「それだけか」
 もう一度写真を見直す。弛みや隙のない姿勢に好感をもつが、それだけだ。
 「同性愛者に異性の写真を見せてどういう反応を期待してるんですか?」
 客観的な美しさは認めても、恋愛や性愛の対象としてはさっぱり食指が動かない。
 兄さんは興醒めした顔をする。
 「冴えない返事だな」
 「正直、いきなりで困惑してます」
 テーブルを挟んだ対面、リラックスした雰囲気をまとう兄さんの一挙手一投足を観察する。
 兄さんが僕のマンションに来るのは初めてだ。
 もともと兄さんから離れる為に借りたマンションだが、こうやって迎え入れた時点でその目論見は挫折した。都内にマンションを持ってるのだからそっちに帰ればいいと思うのだが、僕のマンションを見たいとごねたから仕方なく案内した。
 駐車場には椎名が運転する車を待たせてある。
 兄さんが僕のマンションに乗り込んできたのは、離れて暮らす弟の部屋を見物する以外に目的があったからだと気づいたのは、席に着いた彼がおもむろに写真を取り出したときだ。
 「誰ですか、これ」
 「取引先のご令嬢」
 「そうですか」
 「名前も聞かないのか」
 批判がましく言う。
 「なんておっしゃるんですか」
 「祖父江美月」
 「風流な名前ですね」
 「欧華大文学部出の才媛だ。現在は家事手伝い」
 「ニートですか」
 「株式会社ソフルージュは知ってるか?」
 「ファミレス大手の?」
 SENRIコーポレーションは外食産業の最大手と名高い一族経営の財閥企業で、国内に限らず海外にも多数の支店を抱える。そのため若く行動派の社長と定評ある兄さんは視察やら交渉やらと数年単位で外国を飛び回り多忙な日々を送っていたわけだ。
 僕の知識が正しければ、ソフルージュは平成に入って台頭してきた比較的新興の企業。豊富な主力メニューと本場フランスから引き抜いたパティシエ考案の季節のデザートを売りに、北海道から沖縄まで精力的にチェーン展開して業績を伸ばし続けている、いわばうちのライバル社だ。
 体温の低い目で感興のわかぬ写真を見つめつつ、呟く。
 「そこのお嬢さんとお見合いを?」
 「提携の話が持ち上がってな」
 驚く。
 「聞いてません」
 「まだ話が持ち上がった段階だ。社内でも公けにしてない」
 「ライバル社なのに」
 「一見順調に見えるが追い上げが厳しいんだ、外食業界は。競合店も多いし。お前はこっちにこなかったからわからないだろうが」
 「社長秘書として現状のきびしさは日々学んでます」
 「見習いのくせに」
 「精進します」
 肩を竦める。
 兄さんはおかしそうに笑い、僕が淹れたコーヒーに口をつける。
 「ソフルージュの弱点は地力の弱さだ。本場のパティシエを採用したり季節のデザートを次々打ち出したりと色々企画を練ってるが、見切り発車の海外進出で穴を開けてしまったらしい」
 「ありがちですね。そういうのは余程慎重にやらないと足をとられます」
 兄さんは傲慢だが、けっしてばかじゃない。
 相手を油断させるため、またはおちょくるためにばかっぽく振る舞う事はあるけど、本当はかなり頭が切れる。
 最大の強みは世界を股にかけるフットワークの軽さだ。
 海外に支店を出す際は必ず現地に飛び、そこの担当者と数週間、あるいは数ヶ月にもおよぶ綿密な打ち合わせを行い、現地の客層やニーズをしっかり掴む。監修を徹底し、宣伝や根回しにも力を入れ、時機を見て最良のタイミングで店を開く。
 うちの系列店が海外でも一定の評価を得ているのは、兄さんの継続的な努力と交渉スキルに拠るところが大きい。
 兄さんはけっして無能じゃない。
 「……政略結婚ですか。今時あるんですね。発想が古いというか」
 おもわずため息をつく。
 「ところで、なんで兄さんじゃなくて僕が指名されたんですか」
 「俺はまだまだ遊びたい、結婚して家庭に入るなんてごめんだ。少なくとも三十後半まで身を固めるつもりはない、カサノヴァよろしく一生独身を貫きたいくらいだ」
 「博愛主義ですね」
 「俺が一人のものになったら世界中に散った愛人が泣く。お前は泣いてくれるか、バンリ」
 無視して確認をとる。
 「僕が同性愛者ってご存知ですね」
 「ああ」
 なんでもないことのように頷き、ふざけて片腕を広げる。
 「それがどうかしたか、今時愛がない結婚なんて珍しくないぞ。ビジネスの一環と割り切ればいい」
 「お断りします」
 静かに閉じた写真を兄さんの方へと向けて返す。
 「悪い話じゃないだろう。彼女は美人だ。そしてたぶん処女だ」
 「写真でわかるんですか」
 「経験を積めばな」
 眉唾な言動が失笑を誘う。
 兄さんの場合、経験に裏打ちされた自信とやらが妄想を後押しするからなおさら手に負えない。
 「突然言われても困ります。本人抜きで勝手に決めないでください。僕はまだ若くて未熟だし、この人も結婚を急ぐ年じゃないでしょう」
 「もうすぐ二十四だ。子供じゃない」
 「ですが」
 「むこうはお前を気に入っている」
 言い募るのを遮り、落ち着き払ってコーヒーに口をつける。
 コーヒーの湯気が中間の虚空に漂う。
 「会ってみたらどうだ」
 「どうせお断りするんです、その気もないのに席を持ったら相手に失礼だ。こっちは全然そのつもり……」
 「もう予約してある」
 耳を疑う。
 「……聞いてない」
 「今言った」
 兄さんの身勝手には慣れてるけど、今度ばかりは言葉を失う。
 優雅にコーヒーを味わう兄さんを噛みつきそうな目で睨みつける。
 「二週間後、六本木の中華料理店陽泉酒家で両家の顔合わせを行う。俺は仕事で行けないが母さんがついていく」
 「……父さんと母さんも賛成してるんですか」
 「バンリももう二十三、見合いのひとつふたつ経験してみるべきだというのが父さんの意見だ。お前も乗り気だと伝えておいた」
 両親は僕の性癖を知らない。カミングアウトしてないのだからあたりまえだ。
 何をどう捻じ曲げて両親に伝えたのかは知らないが、ぼくが会社を辞めた理由は失恋とでっちあげ、それを吹っ切る為にも見合いは効果的だとほのめかすぐらいは平気でするのがこの人だ。
 嘘をついてもなんら良心を痛めない。そもそも良心が欠落しているのだろう。
 父も母も結婚は早く、在野の人々とは違う一種独特の恋愛観を持つ。
 財閥に生まれた人間にとって結婚はあくまで家同士の結びつきを強めるための戦略であって本人たちの意志など二の次だ。
 財閥は一族全体の繁栄を第一に重んじる。
 子々孫々の繁栄の為ならば政略結婚も辞さず、むしろさかんに奨励し財政界にまで姻戚や縁戚のコネと血脈を広げ根を張ってきたのだ。
 今の家に引き取られ物心つく頃に僕もいずれその慣例に取り込まれることになるだろうと予想はついた。
 「……早すぎる」
 執行猶予期間は存外あっさり終わりを迎えた。
 コーヒーはすっかり冷めている。口をつける気には到底なれない。
 椅子に沈み込むように俯き、テーブルの天板を見つめて、呟く。
 「兄さんはどうなんですか」
 「何が」
 「僕が人のものになってもいいんですか」
 静かな部屋の中に水槽が立てる空気清浄器の音だけが単調に響く。
 なにげなく視線を流し、水槽に目をやる。
 透明なガラスのむこう、青白く無機質な照明を帯びて極彩色の熱帯魚が泳ぐ。

 ヒロズミが今日も元気そうで安心した。
 同じ名前のあの人も元気であってほしいと祈る。

 「結婚して家庭を持って、父として夫として振る舞う僕をそばで見ていて平気なんですか」
 「ゲイのくせにどうやって子供を作る?」
 「ぼくだって……その気になれば女性を抱けます」
 「抱いた事あるのか?」
 「……ないですけど。不能ってわけじゃありませんし」
 「目を閉じて違う人の顔を思い浮かべる、か」
 結婚を契機に兄さんと切れるならそれもいいだろう。
 心の片隅で淡い期待を抱く。
 どうせ一番好きな人は手に入らないのだから他はだれであろうと同じだ。
 周囲との和を保つため同性に惹かれてしまう性癖を隠蔽し女性と結婚し子供を生み育てる、あるいはそんな穏やかな幸せもあるのかもしれない。
 欺瞞の上に成り立つ仮初の幸せでも今のまま永遠に束縛が続くよりずっといい。
 「はなさないぞ」
 儚い希望をぶち壊す、兄さんの声。
 顔を上げ、正面を見る。
 右手のカップを口に運び、左手に写真の束を抱え、機嫌よく唄うような抑揚をつけて説く。
 「たった今言ったじゃないか。結婚はビジネスの一環、形式上の決まりごとに過ぎない。お前が妻に義理立てする必要も俺が遠慮する必要もない。どうせ仕事で顔をあわせるんだ、時間はたっぷりある」
 「……不倫前提の結婚ですか」
 「ばれなきゃいい。ゲイの偽装婚なんてよくある話だ」
 「不実な裏切り行為です」
 両手を組んだ尖塔に顎をのせ、物覚えの悪い子を諭すようにぼくを見つめる。
 「結婚とは何だ、バンリ」
 「愛する人と幸せになるための……」
 「等価交換だ」
 コーヒーを呷る。
 「婚姻は単なる形式で契約。結婚によって女は安定した生活を得、男は漸く社会的に一人前と認められる。最近はリベラルな風潮が尊ばれるが、実態はまだまだ独身者への偏見が根強い。この国では目障りな団塊世代がしぶとく頑張ってるんだ、敬老精神は大切にしなきゃな」
 「だから?」
 「等価交換ならどちらか一方が我慢する必要はない、両方好きに遊べばいい。大切なのは世間体だ。今はまだいい、この先年を重ねても独身を通すつもりか?本気で好き合わなくていい、愛し合わなくていい、保身と利害を第一に考えて手を打て。妻帯は隠れ蓑だ。妻帯していると男は何かと都合がいい、会社での扱いやまわりの見る目、公的な待遇が違う。日本は同性愛に非寛容だ、差別や偏見を完全に払拭するのは難しい、ゲイというだけで同席を拒否されるケースもある。マイナスイメージを被る疑惑は事前に避けるべきだ」
 「ホモフォビアですか」
 「クズミもだろう」
 「彼はフェミニストですよ」
 「性的嗜好を変えられないなら早めに対処しろ」
 「保護色をまとえと?」
 「家庭を持ちながら外に愛人や子供を作ってる男なんていくらでもいる……卑近な例を挙げるまでもなく」
 最後に皮肉っぽくつけくわえる。誰へのあてこすりか、すぐ思い当たる。
 「カムフラージュは人生をより愉しむ秘訣だ。嘘の数だけ人生が豊かになる」
 歪んだ結婚観を語る兄さんに呆れる。
 「兄さんて実は亭主関白ですよね」
 「まあな」
 「あなたの価値観は壊れてます」
 「自分はまともなつもりか?お前も半分狂った血が流れてるんだぞ」
 痛いところをつく指摘に口を噤む。
 ぬるくて不味いコーヒーを無理矢理喉にながしこむ。
 煮詰まったカフェインの苦味が舌にはりつく。
 「……大体兄弟でセックスするのが普通じゃないんだ」
 「今さらなにを」
 「どうしてぼくに構うんですか」
 ずっと疑問に思っていた事を、勇気を出して聞く。
 一気に飲み干したカップをテーブルに置き、内心の怯えを押し殺し、まっすぐ見据える。
 「僕、兄さんになにかしましたか」
 憎まれる心当たりがない。
 兄さんとの異常な関係が始まったのは中1の時だ。
 中学に上がって間もなく無理矢理犯された。
 だけどそれ以前まで、僕が小学校の時まで、兄さんは優しくて賢くてなんでもできる理想の兄さんだった。
 豹変のきっかけがどうしてもわからない。
 十年以上ずっとずっと考えていた、どうしてここまで憎まれるようになったのか、その理由を。
 半分だけとはいえ血が繋がった兄だ、尊敬していたし憧れていた、僕が中学に上がって兄さんが豹変するまでは仲のいい兄弟だった。
 「むかしは兄さんに憧れていた、今の家に引き取られて間もない頃は人見知りが激しくて、ろくに口もきけなくて……だけど兄さんがそばにいたから、椎名さんと一緒に遊んでくれたから、あの家に早く馴染めた」
 「憶えてるか?第一声で犬の真似をした事」
 「……憶えてます」
 「なんで犬だったんだ?」
 改めて聞かれても困る。
 「……引き取られてからしばらく家に馴染めなくて、せっかく貰った新しい部屋も広すぎて落ち着かなくて」
 「犬小屋が一番落ち着いた?」
 「まあ、平たく言えば」
 本音を言えば新しい部屋は広すぎて、ひとりぼっちだと思い知らされるようで好きになれなかった。
 今からは考えられないが、ぼくは内気で人見知りな子供だった。
 引き取られて間もない頃は腫れ物にさわるような待遇だった。
 突然母を亡くし引き取られた子供にまわりは同情し、精一杯気を遣い親切にしてくれたが、内気な性格と生い立ちが障害となり、新しい環境に馴染むのは大変だった。
 愛人の子という微妙な立場を僕自身強く意識して気後れし、新しい家族との距離の取り方がわからず、心を開くのは難しく、部屋に閉じこもって孤立するのも屋敷をぶらついて使用人や家族とすれ違うのも怖くて、ランドセルを置くとすぐ敷地の片隅の犬小屋に飛んでいき、夕飯までそこで過ごした。
 「友達は犬だけか」
 「当時飼ってたでしょう、セントバーナード」
 「お前が中学に上がって、しばらくして死んだな」
 「……はい」
 気性の優しい、穏やかな犬だった。
 前の家や母を思い出して泣きたくなるとこっそり犬小屋に行って、さらさらの毛並みを抱きしめて泣いた。
 亡骸を一番最初に見つけたのは、僕だ。
 夜中だった。
 「お前、なんで犬小屋なんか行ったんだ」
 「トイレに吐きにいったんです」
 兄さんが怪訝な顔をする。
 なるべく感情を表にださないよう抑圧し、続ける。
 「憶えてませんか?……あの夜、初めてフェラチオを教えられたんです。むりやり飲まされて、口の中が苦くて気持ち悪くて、トイレに行って何度も吐いて……その帰り、やけにそとが静かだからへんだなとおもって見に行ったら」
 「年寄りだったからな。犬で十四なら大往生だろう」
 「老衰でひっそり死んでました」
 「どうりで吠えなかったわけだ」
 思い出したくない記憶だ。
 兄さんはすっかり忘れていたらしく、さりとて悪びれもせず、今は亡き飼い犬の思い出にふける。
 「お前に一番懐いてたっけ」
 飼い犬の話はもういい。喪失感が耐え難い。
 一息ついて話をそらす。
 さっきからずっと兄さんが左手に持っている束が気にかかる。
 「なんですか、それ」
 兄さんが笑う。
 飼い犬の思い出を回想していた時の穏やかな目が一転狡猾な光を宿し、テーブルの中央へと束を放る。
 心臓が強く鼓動を打つ。
 「現像した。よく撮れてるから見せてやろうと思って」
 あの人がいた。
 テーブル上になだれて散らばったどの写真にもあの人がいた、あの人が色んな体位で色んな表情で助けを求め喘いでいる、目を背けろと叫び訴える良心に餓えた本能が逆らう、テーブルの天板を覆う写真に焼きついたさまざまな痴態に目が釘づけになる、耐え難い生理的嫌悪と膨れ上がる欲望が下半身を貫く、厭わしく忌まわしい気持ちの裏で燻る嗜虐心、数十枚あろうかという写真は全てあの人が強制された行為をさまざまな角度から捉え写したもの……
 「これなんかいいだろう」
 手近の一枚をすくい、悪戯っぽくひらつかせる。
 あの人は黒い布で目隠しされ、ベッドに仰向けになっていた。髪は白濁が絡みぐちゃぐちゃに乱れ、唇の端は切れて痛々しく血が滲み、痩せた頬に憔悴の翳りがさす。右の乳首に歯型がくっきりと
 「蝋燭を使ったんだ」 
 よく見えるよう写真をこちらに向け直し、右の乳首をつつく。
 全裸に目隠しの状態で寝転がるあの人の右乳首に、生渇きの白い蝋が点々と垂れている。
 「低温タイプだからそう熱くないはずだがな、ちょっと垂らしただけで声を上げた。まあ、目隠ししてたせいで何がおきたかわからなかったんだろうな。面白かった、あんなに反応がイイと色々試し甲斐がある」
 よく見れば、蝋は上半身から腹筋にかけて広範囲にわたって斑模様を作っている。蝋で火傷した部分と周囲の皮膚とで色が違う。
 目隠しの布が汗か涙か蝋か、判別つかない液体で湿っていることに気づく。
 「……唇が切れてるのは」
 「頬を張ったのとフェラチオのさせすぎだな」
 鉤字に曲げた指で写真を叩いて拍子をとりつつ、奔放なリズムで吹聴する。
 「俺が遊ぶ相手はゲイかバイ、割り切った関係もそれはそれで楽しいがそのケのない素人を無理矢理っていうのは格別だ。一生忘れられない思い出にしてやろうって、はりきって道具を詰めて持ってった」
 二枚目の写真を放る。
 「蝋を突っ込んでやるって脅したら、さすがに嗚咽した」
 二枚目の写真。
 身もがきの末漆黒の布が鼻梁まで斜めにずりさがって、潤んだ右目が露出する。レンズを向けられてることにも気づいてないのだろう右目は恐怖と絶望に染まっていた。ぐちゃぐちゃに乱れて皺の寄ったシーツの上、両手は手首のあたりと肘と二箇所革ベルトで拘束されている。頬を伝う涙が嗜虐を誘う。半開きの唇が劣情をそそる。どれだけ身悶えたのだろう、どれだけ抵抗したのだろう、体のあちこちに引っかき傷や痣が目立つ。それ以上に目を奪う赤く淫靡な痣、発疹のように首筋から腿まで散らばった陵辱の痕跡。
 愕然と放心しきった目、自分の身に何が起きているか精神の均衡を保つため現実を拒絶する表情に胸が痛む。
 一方で、興奮を抑えきれない。
 あの人は……男に犯されて、快感に喘いでいる。
 たぶん兄さんだろう裸の背中を向けた男に組み伏せられて身もがく、ずれた目隠しから覗く目尻は上気して薄く涙を湛える、ある写真では四つん這いにされ後ろから貫かれている、ペニスはハーネスで縛られ赤く勃起した状態を保ったまま射精を禁じられている、シーツを掻き毟ってよがり狂う姿が目に焼きつく、だらしなく弛みきった口から涎が伝う、シーツに突っ伏してねだるように高く尻を上げる、僕がかつてさせたのと同じ事を兄さんは
 「久住を抱きたいか?」
 「……抱きたくありません」
 「嘘つけ」
 兄さんがテーブルの下で足を伸ばし、靴裏で軽く股間を押す。
 「勃ってるじゃないか」
 「………違う……ます」
 「好きな男が他のヤツにぐちゃぐちゃのどろどろに犯されてる写真を見て勃起したのか?変態」
 「ちが……ぅく、」
 否定の言葉が途切れる。靴裏に力がこもり、甘い刺激が駆け抜ける。
 テーブル上に散らばった写真を今すぐ一枚残らず焼き捨てたい、ばらばらに破り捨てたい衝動が火のように燃え広がる。
 この写真は本来あっちゃいけないものだ、あの人の名誉の為にこれからの人生の為にこの世から一枚残らず抹消すべきだ。
 一方で自分の浅ましさに愕然とする。
 好きな人が苦しんでる写真を見せつけられ興奮してしまう生理を呪う。
 僕の股間を靴で押し悪戯しつつ、頬杖をついて言う。
 「年上ばかり好きになるのは俺へのあてつけか。俺の代わりにそいつらに復讐してるのか」
 「……足……どけてください。写真は捨ててください。約束が違う、あの人には手を出さないって言った」
 一体どういう意図で写真を見せた、どんな反応を期待してる?
 取り乱すのは思う壺だ。
 だけど僕はあの人が絡むとすぐ見境を失くす、あの人の身に危害がおよぶと想像するにつけいてもたってもいられなくなる、こないだホテルで会った時だって心がぐらついた、平静に振る舞うのはむずかしかった、本当はあの人に会えて追いかけてきてくれてすごく嬉しかった。
 先輩、
 「こないだ、ホテルで。相変わらず仲がよさそうじゃないか」
 「どこで……見てたんですか」
 「ホテル前に停めた車から。案の定、血相かえて飛び出してきた。クズミの性格ならそうすると思ったが、あたりだ。憎いはずのお前を一番に危険から引き離そうとした。単に嫌な思い出のある場所にいたくなかったのかもしれないが」
 「やっぱりあなたが仕組んだんですか」
 ようやく気が済んで足を引っ込める。
 股間から靴が取り除かれ、ほっと体の力を抜く。
 「後輩のピンチには必ず飛んで来る。さしずめ正義のヒーローだな」
 嫌味っぽく付け足し、僕のほうへと写真を押しやる。
 「体が疼いてしかたないだろ、バンリ」
 「……………」
 「火照りを冷ましたいんじゃないか?」
 きつく目をつぶる。次に兄さんが放つ言葉が予想できてしまう。
 案の定、椅子にふんぞりかえった兄さんが、どうかそれだけはと狂おしく回避を祈り願った命令をつきつける。

 「自慰しろ」

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