ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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ブラバン(津原泰水)



 バスクラリネットの死を知ったトロンボーンとアルトフォンサクソフォンは、ちょっとしたパニックに陥った。
 互いがあまりに動揺しているものだから、二人は遂にバスクラリネットの秘密に気づいてしまった、四半世紀を経て。
 

 冒頭から引きこまれる一文がある。
 一見意味不明な暗号めいたこの文章を読むや、電撃的に直感が走った。
 冒頭のたった一行を読むだけで傑作だと確信してしまうような、否、傑作の評価を待たずとも自分とは抜群に相性がいいと確信してしまう小説との出会いは貴重だ。最近では「ハルモニア」(篠田節子)がそう、冒頭の目に浮かぶように豊穣で美しい情景描写に眩惑され、この物語に最後まで付き合おうと覚悟した。読まなきゃ後悔すると思った。
 ハルモニアが美しい滅びに至る音楽小説なら、こちらは苦い喪失を経て再生に至る音楽小説だ。
 
 語り手の他片(たいら)は赤字続きのバーを営む中年男性。
 そんな彼のもとへある日一人の女性がたずねて来る。
 「披露宴で皆で集まって吹奏楽を演奏してほしい」と依頼したのは高校吹奏楽部の元メンバー、桜井。
 桜井の一言がきっかけとなり、他片は今は散り散りとなった吹奏楽部のメンバーに再結成を呼びかけるが……
 物語は語り手・他片の回想に沿ってすすむ。
 吹奏楽部のメンバーはいずれも個性的。
 指を怪我した自分の代わりにとクラスに乗り込んで強引に他片を部活に引きずり込んだ行動力あふれる皆元、女だけどジョン・レノン似の先輩・川之江、反骨精神に満ちた部長・小日向、個性のデパート・用賀、音楽に対しては奇妙に真面目で情熱をかけるヤンキー・永倉、主人公に片思いするストーカー気味の後輩・柏木、プロ並の腕を持ちライブハウスで演奏するゲイ・玉川、人のオーラや前世が見える自称マリーアントワネット・馬渕……とここまで来るとなにがなんだかわからない。
 登場人物はのべ数十人。吹奏楽部は大所帯、楽器の数だけ個性がある。
 音楽小説であり青春小説であり八十年代ーグロリアス・エイティーの風俗小説である。
 中年の他片が吹奏楽部で活動した過去を振り返る形で綴られる物語は、青春真っ只中の輝かしい黄金の光ではなく、ランプシェードで絞ったようなくすんだ黄金の輝きに満ちている。
 それは夕暮れが訪れる寸前の、溶けて消えそうな黄金の空に似ている。
 桜井と組んでかつての部員の足跡をたどるうちに、他片はさまざまな人生の変遷を知る。
 変わった友人がいれば変わらない友人もいる、成功した友人がいれば破滅した友人もいる、そして死んだ友人も……
 現在と過去が交錯するごと陰影は際立ち、部員たちのそれからの人生が浮き彫りになる。
 かつて他片は先輩の何気ない一言がきっかけで、東京育ちでけっして方言をしゃべらない桜井を意識していた。
 その桜井は蛙の研究者となり、他片を吹奏楽にひきずりこむきっかけとなった皆元は、夜の高速道路で車にはねられあっさり死んだ。
 一番殺しても死にそうにないタイプだったのに。
 自殺か事故かはわからない。
 他片が吹奏楽部にいた期間は八十年代と重なっている。
 それゆえ、作中にはローマ法王の来訪やポール・マッカートニー暗殺などの時事ネタが多く織り込まれている。しかしそれらは味付けにすぎず、メインとなるのはあくまで吹奏楽部メンバーの友情、恋愛、対立、確執、下克上、革命。
 クラッシックこそ最上の音楽と信じてやまぬ顧問・安野は、軽快な音楽を演奏したがる部員たちとたびたび対立し、夏休みの合宿では先輩に唆され集団で女湯を覗き、罰として生卵をぶつけられ、エレキギターを買いたいがためにバイトに励み、いくつもの恋が生まれ破れまた結ぶ中、他片はさまざまな人々とかかわりあって、さまざまな価値観、音楽への姿勢を学んでいく。
 一年時の合宿で、常にウィスキーの瓶を持ち歩く先輩・用賀に導かれ屋根にのぼり、星空を眺めながら共奏するエピソードがロマンチックで素晴らしい。

 「辛抱ないのう。唄でも歌うとれ。ほうじゃ、俺がトランペット演るけえ、おまえはハミングでベースやれ」
 課題曲のトランペットが活躍する中間部を、彼は口笛で吹きはじめた。
 僕はまる憶えのベースラインを、ふん―ふん―とハミングした。
 僕の声は低くはないから、たぶん本来の音の二オクターブ上だ。ましてや美声でもない。しかし掠れぎみの口笛とのデュエットは、自分で言うのもなんだが絶品だった。鳥肌ものだった。
 口笛が上昇する。僕は下がる。口笛が停滞している間に僕だけが流れるように動く。
 僕が止まると口笛は勢いこむ。演奏する僕らが名前も憶えてないような国内の作曲家の作品だった。それがいかに緻密な計算の上に成り立った芸術であるかを僕は思い知った。


 叙情的で、いい、実にいい……軽くジーンとしました。
 吹奏楽部時代は先輩や友達との馬鹿騒ぎ中心でユーモラスなエピソードが多いが、現実はそうも行かない。
 当時、主人公が買えない高額の楽器をあたりまえに持っていた金持ちの幾田は、心を病んでひきこもりになり、親の年金を食い潰して生きている。たまにかけてくる電話では記憶が混乱し、高校の頃の話もまるで昨日の事のように語る。
 厳しい指導でおそれられた顧問の安野は、ある事件がきっかけで教師を辞め、夜の街を孤独に徘徊する寂しい余生をおくる。
 不良の永倉は母校の教師となった。
 用賀は行方知れず。
 吹奏楽部と軽音楽同好会を掛け持ちし、吹奏楽部の女生徒と付き合っていた人気者・辻は悲劇に見舞われ、演奏に絶対不可欠なあるものを永遠に喪失する。
 二十数年の歳月は人を変える。変わらないものもある。
 幸せになったヤツもいれば不幸せになったヤツもいる。再結成は困難を極める。
 それでも他片と桜井の熱心な勧誘にこたえ、一人また一人とかつてのメンバーが集まり始めるのだが……



 人はなぜ音楽を奏でるのか。僕は今自分なりの答に至ろうとしている。
 音楽なんて、単純な物理法則を利用した儀式に過ぎない。
 音楽なんて、雑多な情報に取り囲まれた空虚に過ぎない。
 音楽なんて、本来他人とは共有しえない閃きに過ぎない。
 音楽なんて振動に過ぎない。
 音楽なんて徒労に過ぎない。
 音楽は何も与えてくれない。与えられていると錯覚をする僕らがいるだけだ。
 そのくせ音楽は僕らから色々に奪う。人生を残らず奪われる者たちさえいる。
 なのに、苦労を厭わず人は音楽を奏でようとする。
 種を植え歩くようにどこにでも音楽を運んで奏で、楽しいことばかりならいいけれど、それを原因に争ったり病気になったり命を絶ったりする。
 そんな手に負えない悪辣な獣から僕らが逃れられないのは、きっと、そいつと共にいるかぎりは何度でも生まれ直せるような気がするからだ。そいつに餌を与えながら、清らかな毛並みを撫でてきた者ほど、予感に逆らえず、背を向けられない―。
 



 このくだりこそ音楽だ。
 音楽の本質を突いた文、音楽の真実を突いた文だと思う。心が震えた。
 音楽はひとを幸せにするばかりじゃない、音楽のせいで不幸になる人間だって確実にいる。
 音楽を極めんと志すものこそ、狭き門にはじかれぼろぼろになっていく。
 だけど人は音楽を愛する。音楽に情熱を捧げる。それが素晴らしいものだと信じてやまない。
 音楽に命をやどすのも意味を与えるのも、人だ。究極的に人でしか有り得ない。
 音楽は時としてローマ法王の説教より胸を打つ。
 演奏シーンの一体感、上手い音楽と気持ちいい音楽の違いなど、示唆に富んだ考察に目からぽろぽろ鱗おちまくりでした。私が吹奏楽部だったらもっと共感できたんだろうなあ……。

 ラストシーン、再結成した吹奏楽部の規模は全盛期の四分の一に満たない。
 出番を控えそれぞれに時間を過ごすメンバーの様子が描写されるこのシーンに、胸が熱くならずにいられようか。
 不器用で繊細すぎるが故に病んでしまった幾田への友情、今は亡き仲間への鎮魂の想いを胸に、他片はしずかに目を瞑る。

 冒頭の一文と終尾の一文が呼応するラストに、胸の一番奥深く、一本の弦が共振した。

 ここまでシリアスにまとめといてなんなんですが文庫版の装丁にひとつ不満が。
 左の男子生徒はおそらく他片だとおもうんですが、ド近眼で眼鏡の他方がなんで眼鏡してないんですか!ポケットにひっかけてるのかとおもって捜しちゃったよ!
 装丁もお気に入りなんですがたったひとつそこだけ残念です……。
 あ、あとラストでテューバを抱いてたそがれる唐木がパなく切なえっす先生……・。

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