ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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デッド・エンド・リセット 中

 「入社のきっかけは先輩の一言」
 後ろ手に縛られた体勢からどうにか身を起こし、背中を壁に立てかけ一息つく。
 「俺、本場にからきし弱いみたいでさ。読書感想文で表彰されるとか卒業生代表で訓辞読むとか、スポットライト浴びる経験と無縁できて、高校もフツーに受験だったから、長いこと上がり症だって気付かなかった。……授業でさされるのは平気なんだけど、変だよな」
 苦い独白につられ自嘲の笑いがほのめく。
 面接になるとガチガチに緊張し、ろくに受け答えできない一郎を採る会社はなかった。
 面接官との対面でしどろもどろの醜態をさらすまで、平均や標準という基準から逸れず慎ましく生きてきた自分に世間に恥じるほどの欠点はないと過信していたのだ。
  
 『就職できねえんならさ、俺の会社来ないか?』
 居酒屋のカウンターに突っ伏し、おごりで自棄酒をあおっていた一郎は、先輩の激励についふらふらとよろめいた。
 『歓迎するよ』

 「ところがこれがとんでもないブラック会社だった。知ってる?ブラック会社」
 「あー。なんやけったくそ悪い会社のこっちゃろ?」
 いまいちわかってない風情の若者に、ため息まじりに説明する。
 「いや、間違ってないけどさ……色んな意味で悪質な会社のことだよ、実態は殆ど会社として機能してない。内定が異常に早くて、その時点でおかしいって気付くべきだった」
 道を踏み外すきっかけとなったのは、尊敬する先輩の勧誘だった。
 「厳しいノルマ、長時間労働、理不尽な仕打ち……労働基準法すれすれ、どころかぎりぎりアウト。ブラック会社って一口にいっても色々あるけど、俺の会社はとくにフクザツで……ぶっちゃけると、ヤクザのフロント企業だったんだな」
 救いの手をさしのべたのはサークルOBの先輩だった。
 一足早く社会に出たその先輩が、卒業を目前に控えた時期に希望した会社に落ちまくり、すっかりへこんだ一郎を居酒屋で励ましながら、「俺の会社に来るか?」と言ってくれたのだ。
 深く考えもせず、もちろん疑うこともせず、先輩の誘いにとびついた。まわりの友人たちが要領よく内定を貰い就職を決めていく中、ぽつんとひとり取り残され追い詰められていたのだと、今ならいくぶんか冷静に自己分析する。
 「いざ就職してみて、あれ、なんか変だなっておもった。上手く言えないけど雰囲気かこう……殺伐としてて。ぴりぴりしてて。社員もガラ悪いし。仕事でわからないこと聞こうとしたら『忙しいんだ、自分でやれ』って怒鳴られて、言われたとおりにしたら『勝手なことすんじゃねえ』ってどやされるくりかえしで、酷いときは椅子ごと蹴倒された」
 上司の理不尽な叱責の数々をおもいだし、伏せたまなざしが暗澹と沈む。
 先輩に唆され入った会社は、良心経営とは対極路線の消費者金融だった。
 「表向きは巧みに偽装していた。あんな会社だって知ってたら絶対入らなかった」
 実際働きだすまで、その実態は巧みに伏せられていた。
 形ばかり行われた会社説明も嘘ばかり、ヤクザのフロント企業の常として上司はそっち系の幹部で、社員にも明らかに堅気じゃないとおもわれる人々が多数含まれていた。
 きちんとスーツを着て定時に出社する一郎の方がむしろ場違いだった。
 騙されたと判明した時には手遅れだった。
 「人身御供だったんだ」
 全ての元凶たる先輩は、一郎と入れ代わるようにして行方をくらました。
 上司―頬に傷のある―は、先輩の行方をおそるおそる尋ねた一郎に同情と嘲弄が相半ばする目をむけて、事のからくりを暴露した。
 「辞めたいって申し出たけど上が許さなくて、辞めたきゃ代わりを連れてこいって言われて……俺に目をつけた」
 「ネズミ講やな、まるで」
 銃をぽんぽん投げ上げながら若者があきれる。
 あるいは愚痴をもらす相手を間違えたのかと、世間知らずの若さと愚かさを悔やむ。
 大学時代からなにかと相談に乗ってくれた先輩だった。
 心のどこかで甘えがあった。
 希望を出した会社が全滅し参ってた時、ひょっこり大学に顔を出した先輩にここぞと愚痴と将来の不安をぶちまけたのが原因なら、一郎にも非はあるのだ。

 弱みを見せるからつけこまれる。
 信じるから裏切られる。
 つまりは一郎がばかだったのだ。

 「後輩身代わりに足抜けなんて薄情な先輩やなあ」
 「あとで知った、先輩も俺と似たようなルートで引きずりこまれたって。加害者だけど被害者なんだ。大学でて、最初に入った会社が借金でつぶれて……そこの社長をハメた相手がいまの会社。経済学部出がいれば箔がつくしハッタリ利くって拾われたんだ」
 「借金のかたに売り飛ばされたんか。時代錯誤やな」
 「先輩は……悪い人じゃない。色々相談にのってくれたし……元カノにふられたときは一晩つきっきりで慰めてくれた」
 「甘ちゃんやな」
 先輩を庇う態度が偽善と映ったか、白けて鼻を鳴らす。
 自分を騙して裏切った先輩が憎くないといえば嘘になる。
 が、本気で憎みきるには楽しい思い出が多すぎる。
 一郎は鬱々と続ける。
 「ヤクザの出向企業だから当然社員もそっち系の人ばっか。仕事は……借りた人間を自殺寸前まで追い詰めるようなえげつない取り立てをして、無理矢理金を回収する。わざと騙して借りさせたり、子供を引き合いにだして脅したり」
 「お約束やな」
 「俺は常に営業成績最下位だった。ノルマの半分も果たせなかったよ」
 伏せた顔が苦渋に歪む。
 「おちこぼれ。人間のくず。死んだほうがいい。労災おりないのが癪だけど」
 「ネガティブ全開やな」
 「最後以外全部上司に言われた台詞だ。毎日、毎日ね」
 唯一頼りになる先輩に置き去りにされ、社員とは名ばかりのヤクザがくだ巻く事務所にひとり取り残された一郎を待つ運命はさらに過酷だ。
 「社員には厳しいノルマが課され、最下位の人間にはペナルティが待つ。誰が一番多く判押させたか、一番多く利息を回収したかで優劣が決まる。それはしかたない、サラ金の性質上しかたないって割り切ってる。けど……」
 死ねだのクズだの誹謗中傷を書き殴った紙を自宅のドアにはりつける、友達と下校中の子供をつかまえて「お前の父親は借りた金も返せない最低の人間だ」とふきこむ、そうやって苛烈で執拗な追い込みをかけ責務者にプレッシャーを与えつづける。
 気弱な一郎が胃を病むのは時間の問題だった。
 「俺と同じネズミ講スカウトで引きずり込まれたヤツもいたけど、いつのまにかどこかに消えた。行方は知らない。正直知りたくない」
 過酷で劣悪な労働条件に耐え切れず脱落する者も多く、ヤクザの追跡を警戒し夜逃げも同然に行方をくらます同僚が後を絶たなかったが、一郎は制裁を恐れるあまりそれすらできないでいた。
 会社を裏切ることもさりとて己の良心を裏切ることもできず、毎日が針のむしろだった。
 「俺には、できない」

 一郎は普通の人間だ。
 平凡な人間には平凡な意地とプライドがある。
 他の誰かを苦しめてまで優秀な人間でありたいとは思わない。

 一郎は平凡なりに頑張って日々を生きている。
 世界の恵まれない子供たちに愛の手をと書かれたコンビニの募金箱には行くごと一円玉と五円玉を寄付せずにいられない。千円札を払うほど大胆にも太っ腹にもなれないが、そうやって一枚か二枚の硬貨と引き換えに得られるいいことをしたという満足感を愛する。
 どこまでもどこまでも善良な小市民である一郎には、職場が課すノルマは、あまりに辛い。
 ノルマの達成と引き換えなければいけないものは、一円玉、五円玉よりはるかに高くつく。
 結果として、入社以来常にノルマ達成度は最下位であり続けた。
 一郎は常に上司や先輩から責められ虐められ続けた。

 「罰ってなんや」
 気のない様子で聞かれ、ぎくりとする。
 「社長の肩揉まされるとか先輩のパシリとか机拭きとか、大方そんなとこやろ?そんで音をあげるなんて情けない」
 「ちがう」
 一郎の声音があんまり深刻だったせいか、壁から背中をおこし、少しばかり興味を引かれて促す。
 「言うてみ」
 銃口を振る。
 一郎は押し黙る。
 「言え」
 「言いたくない」
 「額に油性マジックで肉て書かれた?」
 「前髪で隠せばすむ」
 「引っ張るなや」
 「言えない……」
 屈辱に語尾が震え、恥辱に赤面する。強烈な羞恥がぶりかえし、体が勝手にわななく。
 「言えるか、あんな、あんな……!」

 嘲笑、蔑笑、冷笑。
 事務所に渦巻く太い哄笑、下品下劣な濁声で笑う先輩たち、折り畳んだ足が自重に痺れ行く責め苦にじっと耐える、自分を取り囲むサディスティックな目、目、目……無数の目。
 『とっとと脱げよ』
 『上も脱ぐか、潔く。真っ裸のほうが覚悟決まるだろ』
 『なんなら手伝ってやろうか。ほら、足あげろ。脱がしてやっから』
 『見ろ、こいつ面白いガラはいてるぜ。黄色地に縦縞なんて阪神タイガースかよ!』
 『下は~んし~んタイガ~ス、なんつって』
 どっと笑いが沸く。
 かたくなに俯き、彼らが飽きて終わりがくるまでただひたすら耐え忍ぶ。
 『はやくしろよ、みんなお待ちかねだ』
 『暇じゃねえんだよこっちは。今月もノルマ最下位のお前が体で詫び入れたいっていうからわざわざ面子集めてやったんだ、感謝しろ』
 木刀が傍らの床を打つ。
 先輩が苛立つ。
 これ以上待たせば手がでるにきまってる、木刀でしばかれ青痣作るのはご免こうむる、殴られるよりマシだ、さあ、腹をくくれ―……

 「あんさん?」

 のろのろ出し渋りつつトランクスを脱ぐ。 
 下半身裸で床に正座し、萎んで垂れ下がった根元を掴む。
 きつく目をつぶりなにも見ないようにしても両手が塞がってるせいで勝手に雑音が入ってくる、先輩たちが笑う、罵倒する、嘲笑する、こぞって一郎を笑いものにする……

 「…………っ………」
 「ひどい汗や」
 銃をおろし、若者が心配そうな顔をする。
 「チェーン、きつく巻きすぎたかいな?ちとゆるめたろか」
 自分を労わる若者を無視し、呟く。

 「俺、は。限界だった」

 毎日毎日小突き回され恥をかかされ笑いものにされ
 逃げ出さなければ心が壊れていた。

 「ありがちっちゃありがちやな」
 「笑えよ」
 「ぬははは」
 「本当に笑うな」
 嘘臭い笑い声をあげる若者をきっと睨みつける。
 「あんな会社辞めてやる、願い下げだ。だけどただじゃやめない、慰謝料をもらってく」
 「金庫破る度胸ようあったな」 
 呑気に感心する若者に、少しだけ表情をゆるめて告白する。
 「彼女のおかげだ」
 変わるきっかけをくれたのは、今付き合ってる彼女だ。
 「財布代わりに上司に連れてかれたクラブで知り合った。隣について、水割り作ってくれて……酔っ払ったら介抱してくれて。メルアド交換して、ずっとメールのやりとり続けるうちに親しくなって、一緒に暮らすようになった。こんな情けない、何のとりえもない俺のことをなんでか気に入ってくれてさ。水商売だけど全然そんなかんじしない、家庭的ないい子なんだ」
 それまで辞めよう辞めようとおもいながら上司の制裁が怖くて言い出せずずるずる続けていた、先輩たちの辱めも悔し涙を呑んで耐え忍んだ、けれど彼女と出会い一緒に暮らし始めてこのままじゃいけないと目が覚めた。 

 彼女は素晴らしい女性だ。
 彼女とならきっと幸せを掴める。

 「先月、実家の父親が倒れて困ってるって相談された」
 「………まさか………」
 「半分は父親の手術費にあてて……もう半分で、彼女と逃げる」
 「駆け落ちかいな」
 口笛を吹く。
 「彼女も騙されてこの世界に入ったんだ、本当はいい子なんだ。無理矢理うちの社長の愛人にされて」
 「待て、社長の愛人に手えつけたんか」
 「いつのまにかそういうことになってたんだ」
 目を見開く若者に対し、さも心外げに否定する。
 「誠実そな見かけによらずやるなあ。よ、スケコマシ」
 「俺は真剣に彼女を愛してる、幸せにしたいと本気で思ってる」
 「その手段が横領か?せこっ。横領した金で女と幸せになるつもりてとんだ悪党やな、自覚ないさかい手におえん」
 「真剣に恋したことないヤツに言ってもむだだ」
 「頭沸いとんちゃうか。ひょっとして運命の相手とか血液型の相性とか真に受けるタイプか?きしょ」
 「俺だって今まで運命とか馬鹿にしてた、けど彼女と出会って……そういうのもありかもしれないって思えたんだ。まあ君みたいに軽薄な遊び人にはわからないだろうけど、永遠に」
 「アホぬかせ、俺こそ誠意の人じゃ。女を飢えさせんようたっぷり愛情注いどる。クンニには毎回十五分以上かけるし」
 「たとえがいちいち下品だ」
 「浪速のフェロモンタイガーて呼ばれとる」
 サングラスをかけなおし、親指の腹で自分をさす。
 人を選ぶ黄色いサングラスが似合う顔は、精悍さと甘さが絶妙の配分で溶け合って、色悪と形容するにふさわしい危険な魅力を放つ。
 「……かっこ悪。すごくかっこ悪い」
 自分の両親よりネーミングセンス最低な人間がいたなんて。
 気を取り直し、断言する。
 「彼女と幸せになるためなら会社を敵に回したっていい、上等だ。あとで扉を開けて金庫がからっぽで驚く連中の顔、想像しただけで笑いがとまらない」
 横領した金は逃亡資金、最愛の人と手に手を取り合って幸福な未来を築く為の投資。
 「今日は社員が出払ってる、俺ひとり留守番をまかされた。事務所がからになるのはわかってたから、成功したら彼女と落ち合う約束で、計画を実行に移した」
 「ちょい待ち!」
 若者がまったをかける。
 愕然とした表情。
 「事務所からっぽ?だれもおらんのか?」
 「?そう言ったじゃないか」
 「は?聞いてへんわそんなん」
 「だって今言ったから」
 「からっぽ……だれもおらん……留守?なんやねんそれ、ちゅーことはなにか、エレベーターが動いても意味ないやん、まるきり無駄足やんけ。せっかく東京くんだりまで来よったのに」
 様子がおかしい。
 片手で苛立たしげに髪を掻き毟りかきあげて、右手に預けた拳銃を落ち着かなげに振る。
 誤って引き金に置いた指がおちそうで、どうか頼むからこっちにむけないでくれと発狂せんばかりに祈る。
 「話がちがう。兄貴はそんなこと言うてへんかった」
 兄貴?
 ぶつぶつ呟きつつ頭を掻き毟り、壁に寄りかかる一郎を血走った目でにらみつける。
 「いつ帰ってくんねや?一日中留守にしとるわけちゃうやろ」
 「二・三時間後には帰ってくる……はず」
 「社長の沖田もか」
 「どうして名前を……」
 口に出し、ようやくばらばらの断片が結びつく。
 まさか。
 驚愕の表情でじっと対面を見つめる。
 若者が手に持つ黒光りする銃が目を奪う。
 緊張で喉が渇く。粘膜がひりつく。
 半信半疑の声音で、注意深く問う。
 「その銃で……なにするつもりだ」
 「聞いとるのはこっちや」
 「うちに用があるのか」
 「ドタマに撃ちこんでジブンの立場思い知らせたろか」
 ニヒルに笑い、指にひっかけた銃をくるくる回す。
 黒い残像をひいてあざやかに旋回する銃がいつ暴発するか、予測がつかぬ恐怖を味わう。
 生まれて初めて実物の銃を見た衝撃で思考が停止、正常な判断力が麻痺したのに加え、たった今自分が裏切りを犯し後にした会社にこれから殴りこみをかけようという鉄砲玉とエレベーターで遭遇してしまうなんて、しかもそのエレベーターにふたりっきりで閉じ込められるなんて有り得ないと、偶然が重なりすぎだと、今の今まで最悪の可能性を否定し続けていた。
 相次ぐトラブルは一郎から平常心を奪い、視野狭窄を引き起こした。
 導火線に火がつく。
 サングラスごしの目つきが険の針を孕む。
 「さっさと答えい、社長はいつ帰ってくる」
 「午後三時ごろ……今日は本部に呼ばれてる」
 「本部?―ああ、ヤクザの会合か。洒落た言い回しやん」
 「社長がそう言えって徹底した。自分たちは『社員』なんだから迂闊に組の名前をだすなって……」
 「形から入るたちか」
 くつくつ、喉の奥で引き攣るように笑う。
 目を伏せて記憶の糸を手繰る。
 一郎が働く―正確には働いていた―会社の事務所はビル五階。
 五階からエレベーターに乗り、地上で降りる予定だったが、三階でドアが開き若者がのりこんできた。
 背を向け操作盤近くに立ち、ボタンを押す。一郎の位置からでは何階を押したのかわからなかったが、下り専用という先入観から、当然三階より下だろうと思い込んだ。
 ドアが閉まり、エレベーターが稼動するかと思ったら一揺れが襲い、完全に停止した。
 大金を詰めたバッグを持ち、気が急いていた一郎にとって、エレベーターの一時停止と新たな乗員は招かざるトラブルでしかない。
 そこではたと気付く。
 「待て、おかしい。事務所は五階だ。うちに用があるなら一階から直通でくればいいのになんで一旦降りた?」
 辻褄の合わぬ行動を訝しむ。
 本来、一郎が不測のトラブルに見舞われる事はなかった。このエレベーターは下り専用で、行きの人間とかちあう事はない。
 一階から五階をめざすなら、もう一基の昇り専用に乗ればいい。 
 「は?どっちが昇り下りて決まっとるん?」
 「じゃないと上と下行ったり来たりでタイムロスだろ」
 「知ったことか。ほならどっちが上で下か貼り紙はっとけ、初めてきたのにわかるかい、間違えて乗ってもうたわ」
 なるほど、若者の主張にも一理ある。
 ビルの人間にとって右が下りで左が昇りは共通認識だが、初めて訪れた外部の人間は混乱するだろう。
 しかしまだ不可解な謎が残る。
 「どうして三階でおりた。目的地は五階なのに……」
 含みありげに一郎を見つめ、革ジャンのポケットに手を突っ込み、煙草の箱をとりだす。
 「言うたない」
 「エレベーターは禁煙」
 縛られた姿勢で顎をしゃくり壁の貼り紙を示すも、若者は笑って一本咥える。
 洒脱な動作。
 「ドア開くの何時間後かわからん。喫わなやっとれんわ」
 箱の底を叩いて一本呼び出し、一郎の方へ掲げてみせる。
 「あんさんもどや」
 「いらない」
 「真面目やな。極限状況でマナー厳守か、明日どうなるかもわからんのに」
 「生き延びるつもりだ」
 若者がきょとんとする。
 気恥ずかしさをごまかし、ぼそぼそとつけたす。
 「……支えてくれる人がいる」
 一郎の告白を聞き、若者は不敵に笑う。
 それまで見下していた人間を見直したような顔。
 手首を振り、投げてよこす。
 無造作に放った煙草の箱が足元に落下する。
 「………ばかか、君は。手を縛られてるのに、どうやって喫えっていうんだ」
 自分で縛ったくせに忘れたのか。
 一郎が死ぬ気で奪って逃げた大事な金を膝の上においた若者は、エレベーター内での力関係が決定した精神的余裕からか寛大になり、リラックスして片膝たて、すぱすぱうまそうに煙草をふかす。
 四角い天井に煙が揺らめき立ち昇っていく。
 一郎はおずおずと聞く。
 「その銃で……社長を殺すのか」
 「……日ぃ間違えた」
 肯定したも同然だ。
 「無人事務所に殴りこみかけても意味ない。とんだ笑いぐさや」
 「恨みがあるのか……?」
 社長の指示による過酷な取り立てで離散した一家や自殺した人間、破産した会社は数知れず。
 破滅に追いやられ怨恨を抱く彼らが復讐を企ててもなんら不思議はない。
 「横領して逃げた人間が偉そうなこと言えた立場じゃないのはわかってる、だけど人殺しはやっぱりだめだ。うちの社長は最低最悪なヤツだから恨みを買ってもおかしくない、殺されても仕方ないって常々思ってきたし、俺自身何度も殺してやりたいっておもった。度胸がなくて実行に移せなかったけど」
 「ええやん、代わりに殺したる」
 「駄目だ!」
 断固として拒否する。
 銃を交互に投げ渡す手がとまり、まともに一郎を見る。 
 「……考え直せ。君はまだ若い、あんなくだらないヤツのために人生棒にふるな」
 ドラマの受け売りじみて安っぽい説得の台詞を重ねる。
 若者が鼻白む。
 「横領犯が殺人犯に説教かい」
 「俺は手遅れだけど君はまだ殺ってない」
 言下に訂正すれば、一瞬真顔になる。
 一郎は既に金庫を破って金を持ち逃げした横領犯の身、しかし彼はまだ罪を犯してない、今なら間に合う…… 
 たまたまエレベーターで一緒になっただけの尊大でキレやすく扱いかねる若者を、生来のお人よしと人生の先輩として使命感から、更正に導こうと燃やす。
 「あいつが君にどんなひどいことしたのか俺は知らない、だけど想像はつく、俺の想像があたってれば君の復讐には正当性がある……と思う。うちの取り立てはきびしかった、沢山の人が不幸になった。銃を手に入れるのも大変だったと思う、簡単に手に入るもんじゃないって知ってる、インターネットで買えるにしても安い買い物じゃないだろ?銃を手に入れたって事は本気か、少なくとも覚悟があるってことだ。そこまで追い詰めたのはうちの社長で、多分君の家族にもひどいことをして……お姉さんがソープに売り飛ばされてお父さんがマグロ漁船に売り叩かれて君は親戚中たらい回し」
 哄笑が炸裂する。
 「あ、あんさん、ちょお待て、俺の姉貴?と親父?がどうしたて?妄想激しすぎ!」
 視線の先、銃を片手に持った若者が腹を抱えてばたばた笑い転げる。
 手足をばたつかせ笑い転げ、仰け反る背中をカウントをとるかの如くドアに打ちつけるや、ちょうど喫っていた煙草の煙が気管に入って激しくせきこむ。
 笑いすぎて涙目になった若者がぜいぜい切れた息の狭間から突っこむ。
 「今時ソープとマグロ漁船て!十年前の発想やで、あんたホンマにサラ金のひとか」
 「……うるさいな、向いてなかったって言ったじゃないか」
 「生憎と俺に姉貴はおらん。親父は……往生するやろ。憎まれっ子ナントカ、や」
 後半は憎憎しげな口調になる。
 深呼吸で笑いの発作を終息させ、サラ金会社で働いていたにもかかわらず、事情に疎い一郎に簡単に説明する。
 「いまは効率よく人を金に換えるルートができあがっとる。借金返済できんかったらまあブナンに臓器売買ルートやな、切り身でバラ売りが一番回収率よくてお得や。むこうの仲介業者と組んでビザも安く手に入るし……ばれんよう後始末もばっちり」
 「説教されなくても知ってる、二年働いてたんだから。……腐った実態は見て見ぬふりで」
 「一番ずっこいな」
 「知ってる……」
 自分が会社という前線において戦わず逃げる卑怯者だということは、ブラック会社に勤めた二年間で思い知らされた。
 悄然とうなだれる一郎になにをおもったか、鞄を傍らに置いて腰を上げ、猫科の獣を彷彿とさせるしなやかさで歩み寄る。
 視界に翳りがさす。
 正面に跪き、親指と人さし指で一郎の顎をつまみ、上に向ける。
 「生憎と私怨ちゃうんや。『命令』や、上からの」
 シケた顔すな、モクがまずくなる。
 顔色の浮かない一郎に発破をかけ、自分が喫っていた煙草をとり、一郎に咥えさせる。
 がつんと喉を直撃するニコチンタール混合の煙にむせる。
 「!えほえほっ」
 「あ。煙草喫えん人?」
 背中を丸めて咳き込む一郎に悪びれず笑いかけ、平手でその背中を叩く。
 「一気に深く喫うな。ちぃとずつ鼻から逃がすんや」
 若者が煙草を一回抜いてアドバイス、再び口に突っ込む。
 アドバイスに従い、喉から鼻へと煙を抜く。
 「……手……ほどいてくれないか」
 「逃げるやろ」
 ドアに一瞥払い、飄々とした若者を恨めしげににらむ。
 「どうやって?」
 一本とられた形の若者が渋面を作る。
 「ほどいたらバッグ取り返しにかかるやろ」
 「駄目か……」
 「リーマンも大変やけどヤクザのがしんどいで、兄貴分には逆らえん」
 「何の話だ………?」
 「言うたろ、命令」
 隣に座りこむ。
 一郎の唇から煙草を奪い取り、それを深く吸って鼻から煙を吐く。
 「……使いまわしじゃなくて新しいの吸えばいいのに」
 「残り一本や」
 「じゃあ自分で喫えよ」
 「お裾分けじゃ。一緒に閉じ込められたのも何かの縁」
 頼んでもないのに余計な事を。
 「腐れた縁だよ……」
 行動が全く読めない。
 煙草を介して唾液を交換する。
 ちっとも美味いと感じない。舌が麻痺して、一切の味がわからない。
 「……開かんな」
 「バッグを返せ」
 「くどい」
 「俺の金だ」
 「あんさんが横領した金やろ」 
 「必要なんだ、やり直すために……」
 「新しい人生を切り開く為に、か」
 会話は自然途絶えがちになる。続けようと口を開くたび、半開きの唇にふざけて煙草を突っ込んでくるからだ。
 一郎が深々一服するのを確かめて、唾液が付着したそれを抜く。
 しばらく無言で煙草を吸いまわす。
 経口感染する連帯感。
 喘息の患者に吸入器をあてがう甲斐甲斐しさで一郎に煙草を分け与えつつ、ひとつ疑問を呈す。
 「せやけど物騒やな、事務所の金庫にぽんと札束おいてあるなんて」
 「……管理を任されてた」
 「信頼されとるやん」
 「馬鹿にしてるんだ、俺に会社を裏切る度胸ないって」
 ノルマを果たせずお荷物扱いの一郎ができることといったら、事務所の留守番と帳簿づけくらいのもの。
 「それを逆手にとった」
 煙草を挟む唇に不敵な笑みがちらつく。
 「パチンコや取立てで先輩たちが出払う時間をたしかめて、事務所に一人きりになるのを待って……」
 「よお番号わかったな」
 エレベーターに乗り込んでから初めて、一郎が声をたて笑う。
 「それがさ、傑作。もしかとおもって試してみたらビンゴだった。あのエロ社長、愛人の誕生日を暗証番号に設定してた」
 「……うわー」
 「お約束だろ?」
 「引くわ」
 「ああ」
 しみじみと頷き、きっぱり言う。
 「会社への未練もさっぱり消えた」
 開かなかったら諦めるつもりだった。
 ロックが解除された瞬間、心が決まった。
 もう後戻りできないと、生まれて初めて体験する武者震いとともに痛切に悟った。
 隣に寄り添う若者が煙草を奪う。黄色いサングラスのむこうで双眸が鋭さを帯びる。
 「暗証番号吹き込んだの、ひょっとして女か」 
 「ああ」
 サングラスの奥に思案げな表情が漂う。
 一呼吸の沈黙を挟んだのち、煙草を指先に預け、おもむろに口を開く。
 「……あんさんが盗んだ金、な。搾り取ったヤツに返すんが筋とはおもわんか」
 「は?」
 「元はそいつらの金やろ」
 トンと先端を叩いて灰を落とし、さぐるような目で一郎の横顔を見る。 
 「あこぎにしぼりとった金の上に胡坐かいて幸せになろうなんて、ちと虫がよすぎちゃうか」
 「…………」
 「どないした」
 「いや……正論吐くからびっくりして」
 さっきまで無茶苦茶な行動してたくせに。
 毒気を抜かれて呟く一郎に対し含み笑い、ふうっと煙を吹きかける。
 「正論だってわかっとるやん、ジブンで」
 人の不幸の上に胡坐をかく。
 横領した金で好きな人と幸せになる。間違った事をしてると、自分でも思う。
 だけど
 「借りたヤツからしたらあんさんかて連中の一味やさかい、ギゼンシャぶんなや」
 「好きでやってたんじゃない、しかたなく」
 「会社裏切って、ヤクザ敵に回して、どこまで逃げ切るつもりや。女も道連れにするんか」
 責めるでも詰るでもない、ただ淡々と指摘する口調に猛烈な反発が沸く。
 「!―ぐっ、」
 これまで溜め続けたやり場のない怒り、鬱積し続けた感情が一気に内圧を高め爆発し、自由になる足で若者の鳩尾を蹴り飛ばす。
 「じゃあどうしろってんだ、一生パシリでガマンしろっていうのか、罵られて嘲られてばかにされて毎日毎日死にたい死にたいって思いながら会社行って上司にへこへこして先輩に蹴られてへらへら笑って、そんな人生でガマンし続けろっていうのかよ!!」
 どうしてこんなヤツに説教されなきゃいけない、一郎が味わってきた苦悩も葛藤も何ひとつ知らないくせに、今日会ったばかりたまたまエレベーターに乗り合わせたムダに態度のでかいガキが訳知り顔で知った口を……
 「飼い殺しはいやだ限界だうんざりだ、もう限界だ、俺だって今まで精一杯やった必死に付いていこうとした、無理に無茶をかさねて胃を壊した、だけどぎりぎりまで耐えた、やりぬいた、でもそれでも駄目だっていう、まだ頑張りが足りないっていう、じゃあ辞めてやるよあんな会社、すっぱりさっぱり縁切りだ、せいせいする!!」   
 そうさ、俺の人生からすっぱりさっぱり消してやる。
 身をよじって立ち上がる、手が使えないせいでよろめくもなんとか持ちこたえる、床に転がって悶絶する若者の姿に先輩たちに泣いて土下座する自分の醜態が被さる。
 ったくダメなヤツだなあイチローちゃんは、今月もノルマ最下位かよ?取り立て手ぬるいんだよ、仕事先に毎日張って脅すくらいの事はやんなきゃ……ああん、できない?弱音吐くんじゃねえ、やるんだよ仕事なんだから……いちから根性叩きなおしてやる……
 「うっ、ひぐ」
 しゃくりあげつつ、倒れた若者を夢中で蹴りつける。
 仕返しされるのが怖いという保身の感情を上回る激しい怒り、毎月毎月課されるペナルティ、揃い踏みした先輩たちの眼前に二時間正座させられた、下半身素っ裸で自慰を命じられた。
 下品な揶揄と卑猥な野次の数々を思い出し、自制心が脆くもふっとぶ。
 あの時できなかった分、今ここで衝動を爆発させる。
 床に転がった無力な若者めがけ肩といわず腰といわず腿といわず蹴りをくれる、暴力がもたらす高揚で体が火照りだす、上司や先輩もこんな気持ちだったのか……
 脛にガツンと一撃くらう。
 「!!あがっ、」
 瞼の裏で火花が爆ぜ、前のめりに傾ぐ。転倒に次ぐ衝撃、憤怒の形相にぎらつく眼光の若者が革ジャンのポケットから抜き放った銃でしこたま脛を殴りつけたのだ。
 受け身もとれず床に倒れた一郎を獣の如く組み伏せる、鳩尾を蹴られた拍子に唇から弾けとんだ煙草が涙と鼻水と脂汗とでぐちゃぐちゃの一郎のすぐ目と鼻の先に転がっている。
 「煙草の礼がこれか?」
 ごつごつ額に銃口をねじこみ、顔筋の痙攣と見分けがつかぬ危険極まる笑みを刷く。
 固い鉄の塊が頭蓋骨を削る感触に慄き、靴裏で床を掻き毟って必死に首を振る。
 「頼んでないだろ、そっちが勝手に……ひっ!?」
 片手でベルトをがちゃつかせシャツの裾を引っ張り出すや、銃口を使ってトランクスを下ろしていく。
 「じゃかあしい、ばたつくな」
 露になった下肢を視姦され、羞恥に顔が赤らむ。
 「そない暴れると手元が狂って引き金ひいてまうかもな」
 黄色いサングラスの奥でにぃと目が反る。
 仰向けに寝転がった一郎を左右の膝でぴたりと挟みこんで固定する。
 「ブラック会社に食い潰されたくらいでべそかくな、ボケ」
 食らいつきそうな近さで言い放ち、牙剥く猛虎に似た嗜虐の笑みを満面にたたえる。
 「………人生の厳しさってもんを叩きこんだる」
 
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デッド・エンド・リセット | コメント(-) | 20010503004032 | 編集
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