ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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凡夫危うきに近寄り、喰われる1

 鏡の中にインテリヤクザがいる。
 「…………」
 「よくお似合いですよお客様。とっても……迫力があって」
 接客を担当する店員が一呼吸ため、微妙な褒め言葉を口にする。
 ゴージャスな金無垢フレームの奥、険が漂う切れ長の双眸がじとりと見返す。
 たしかに似合う。
 似合いすぎるのが問題だ。
 頬の内側を噛んで自重するも、とうとうたまりかね千代橋が吹き出す。
 「似合いすぎです、久住さん。反則っ……」

 休日、大手眼鏡チェーンの店舗を訪れた。
 壁に沿ってめぐるディスプレイには色から形状から千差万別の眼鏡が値札とともに陳列され、照明効果で目を引く。
 一口に眼鏡といっても素材とデザインは多岐に渡る。
 俺がついさっき試した金無垢フレームのほかにメタルフレームセルフレームチタンフレーム、鼈甲縁や特殊樹脂製フレームなど様々な年齢層や職種、カジュアルからフォーマルまで個々人の幅広い好みに合わせ豊富な種類を取り揃える。
 さながら眼鏡の博覧会といった質と量の充実ぶりで、視力補助器具の域をこえたお洒落アイテムとして認知度が広がっている現状を痛感する。
 少し離れた場所ではカップルだろう若い男女が可動式ツリーを回し、そこに挿さった色とりどりのサングラスを互いの顔に掛けてふざけあう。カウンター手前の椅子に年配の男性が掛け、顕微鏡によく似た台に顔を固定し視力検査を行っている。
 一面ショーウィンドウとなった店舗は明るく開放的な雰囲気を重視し、店員はにこやかな笑顔と丁寧な接客を心がけ、一見にも入りやすいアピールに余念がない。
 「遊んでるだろ、お前」
 「とんでもない、至って真面目ですよ」
 俺が突っ返した金無垢眼鏡を恭しく受け取り、千代橋がすまし顔でとぼける。
 その手から交代に受け取ったチタンフレームの眼鏡を掛ける。
 「よくお似合いですよ、お客様。そちらになさいますか?」
 ものを見つめる時の癖で目を眇めて鏡と向き合う。
 度入りのレンズを通して焦点を絞る。
 フレームを摘み位置を微調整するも、耳が突っ張る感じがしてどうもしっくりこない。
 「きついですか?」
 「合わねえのかな、耳が後ろに引っ張られる感じがする」
 「これはどうですか、久住さん」
 千代橋が次なる眼鏡をさしだす。
 言われるがまま眼鏡をかけかえ鏡を覗く。
 知的で洗練された感じのする楕円レンズのシルバーフレーム……
 前使ってたのとよく似たデザインで気に入った。
 一旦眼鏡を外し、フレームに括られた値札をチェックし、頷く。
 掛け心地も無難で値段も手頃だ。これにしよう。
 担当者にその旨を伝えようと口を開くや、千代橋が呟く。
 「前のとおなじじゃつまんないか……」
 勘弁してくれ。
 うんざりする気持ちを抑えこむ。
 よっぽどこれでいいと意見しようかと思ったが、鼻歌口ずさみかねぬほど楽しげな様子を見るに憚られる。千代橋は思慮深げな手つきで次から次へと新たな眼鏡を取り上げてはひねくりまわし、次はこれ、今度はこっちと積極的に回してくる。
 眼鏡のフレームが曲がってることに気付いたのは千代橋だった。
 本当はずっと前から気付いていたし心当たりもあったが、あえて知らないふりをしていた。しかしベッドの中で千代橋に指摘され、とぼけ続けるわけにもいかなくなった。
 眼鏡選びに付き合いたいと言い出したのは千代橋だ。
 そして今日、某大手眼鏡チェーンの店舗を訪れた。
 俺が違う眼鏡にかけかえるつど二、三歩後退し、ためつすがめつ角度を変えて満足いくまで検討する。
 「あと一押し欲しいですね」
 「一押しってなんだよ」
 「せっかくお店にきたんだから普段かけないような眼鏡を試してみましょうよ」
 女の買い物は長い。二時間三時間かかるのはざらだ。安子も服選びにはえらく時間をかけて、いい加減にしろと俺がイラつくと迷うのもまた一興なのだと口を尖らせて返したもんだ。
 千代橋も例外じゃなく、俺の眼鏡を選びにきたはずがいつのまにかすっかり自分自身が夢中になってる。突っ込むのは無粋だろう、あれもこれもと目移りしがちな女の買い物が終わるまで騒がず待つのも男の甲斐性だ。
 「次はこれにしましょう、少し太めのブラウンフレームでイメージチェンジ」
 着せかえ人形になったつもりで苦行に耐えるも、試着の退屈さに負けそうだ。
 千代橋が俺の私的な買い物に同行を申し出た理由は想像つく、彼氏を自分好みにコーディネイトしたがるのは女のさがだ。
 交際始めて間もない女ほどえてして彼女の特権を使いたがるもの。
 俺だってこの年まで清い体で過ごしたわけじゃない、そのへんの複雑な女心は理解してるつもりだ。まあ、あくまでつもりだけど。俺が女を語るなんて身のほど知らずだろう。
 千代橋の好みはきびしく、駄洒落じゃないが、なかなか眼鏡に叶う一点が見つからない。
 とっかえひっかえ、ああでもないこうでもないと相談しあう俺たちの姿は他人の目にどう映るだろう。
 どこにでもいるありふれたカップルに見えてればいいと、願う。
 他人の目にそう映るなら、客観的にそう保証されるなら、胸に凝る一抹の後ろめたさが薄らぐ。
 はしゃぐ千代橋の手から新たな眼鏡を受け取って、苦笑してぼやく。
 「ちゃんとものさえ見えりゃいいんだからさ……」
 「久住さんは眼鏡にこだわりないんですか?」
 「実用性重視。あとは値段。ポイントはそんだけ」
 もともとコンタクトは合わない体質だ。加えて、目に異物を入れるという行為自体に生理的な抵抗を感じる。前に一回市販の使い捨てコンタクトを試したことがあったが、目に入れるや涙がとまらなくなってめちゃくちゃあせった。翌日、目を真っ赤に腫らして大学に顔を出したらどうした失恋したのかと質問攻めにされた。学生時代だから笑い話ですんだが、社会人になってからそんな醜態を晒すのは大いに問題ある。自己管理意識の欠如を責められたら反論できない。
 どうも俺は粘膜が弱いらしい。
 眼球しかり、口腔しかり、人より刺激に弱く過敏にできてるのだ。
 そのせいかよく口内炎ができる。
 実は自分じゃ意識してなかったんだが、キスのたび露骨に顔を顰めるから千里に怪しまれ、て

 くそ、まただ。

 きつく目をつぶり、首を振る。
 千代橋がおそるおそる言う。
 「気に入りません?」
 「あ、いや……悪くねえけど、ちょっと派手だろ。外回りにもかけてく予定だし、地味な方がいいな」
 曖昧に言葉を濁す。
 千代橋は残念そうな顔をする。
 嘘をついた罪悪感が胸をしめつける。
 「四角レンズはださいかな?最近はこういうのも個性的で流行ってるんだけど。色付きフレームは却下ですか?」
 「お客様、でしたらこちらの商品がお勧めです。フレームの柔軟性にこだわった当店一押しの品、レンズの耐性も保証済み、落としても簡単には割れません。丈夫で長持ちします」
 セールストークを駆使し購買意欲をそそる店員に千代橋は頷き、薄化粧を施した横顔にかかるおくれ毛をかきあげる。
 慎み深い仕草に匂い立つような女らしさが漂う。口紅の色も塗りも控えめで、清潔さに好感をもつ。
 俺のために、俺が使う眼鏡を真剣に選んでくれる女がいることに感謝が先に立つ幸せを噛み締める。
 その感情に何割か、交際中の女を蔑ろにして違う男との思い出に心奪われた罪悪感と自戒が含まれているとしても。
 千代橋とどこかに出かけるのはこれが初めてじゃない。
 交際を始めてそろそろ一ヶ月が経つ。
 俺は休日が訪れるごと千代橋と一緒に出かけた。
 映画を観にいったりレストランに飯を食いにいったりやることは他愛もない、俗に言うデートだ。
 女とどこかへ出かけるなんて安子がいた頃以来で、安子と付き合ってた頃さえ仕事疲れを理由に部屋でごろごろするのが休日の過ごし方で、倦怠期を経て破局を迎えてからこっち女っ気のない生活を送ってきたせいで、デートひとつとってもボロをださないようやりくりするのに苦労した。
 恥をかきたくねえと余計な気ばかり回す俺のあせりを千代橋は見抜いてたと思う、見抜いた上で根良く付き合ってくれた。隣り合う千代橋が映画に感動し涙するたび、レストランの料理を美味しいと褒めるたび、一度は回復不能なほど傷つけられた自信とプライドを取り戻していった。

 千代橋には感謝してる。
 それは誓って本当だ。
 情けない話、依存してるのかもしれない。

 千代橋に対し抱いてる好意がはたして恋愛感情なのかどうか見極めがつかない。だけど俺は、千代橋と過ごす時間が心地いいと感じている。千代橋の笑顔に癒されて、頼りにされる喜びを感じ、守ってやりたいという使命感を抱く。
 千代橋は俺を支え、俺も千代橋を支える。理想的な男と女の関係だ。
 俺が望んでいたのは本来こういうものじゃないか?
 現状に不満はない。交際は上手くいってる。なにもかも順調すぎて怖いくらいだ。
 俺は日常に戻った。やっと、こちら側の世界に帰って来た。あれは悪い夢だ、とっとと忘れちまおう、あいつとのあいだにあったことはぜんぶ―……
 「久住さん?」
 はっとする。
 「どうしたんですか、ぼーっとして」
 鏡に映る男と目が合う。
 そいつはなぜか、咎めるようなまなざしをしていた。
 千代橋の眉間の皺は可愛いのに、こいつはちっとも可愛げねえ。
 「これにする」
 結局、自分の意志で眼鏡を選んだ。
 フレームが細く、シャープな印象の銀縁メガネ。俺が前使ってたのと大して変わらない。
 「いいんですか?」
 「いいんだ」
 自分に言い聞かせるように呟く。
 「いいんだ」
 新しい眼鏡を掛けて店を出る。
 レンズの度を強くしたせいか、向かいに建つビルの屋上の看板の文字までくっきり見える。
 世界が細部まで冴えきって気分爽快だ。
 心なしか、行き交う人々の顔もいつにも増して生き生きしている。
 「きりっとして見えます」
 「男前が上がったろ?」
 「はい」
 俺の選択に若干不満そうだった千代橋も、並んで歩くうちに納得したか、後ろで手を組んでご機嫌に頷く。
 「値段もそんなでもなかったし、いい買い物でしたね」
 「視力もだいぶ下がってたしな……買い替えどきだったんだよ、ちょうど。さっぱりした」
 「やっぱりパソコン見つめ続けてるのがいけないんでしょうか。久住さん、根詰めがちだから気をつけてくださいね。適度に手を抜かなきゃ体壊しちゃいますよ」
 いたわりの言葉をかけられ、後ろめたさを覚える。
 隣を歩く千代橋はフレームが曲がった本当の理由を知らない。

 『眼鏡が邪魔だな』  

 思い出す断片、顔に迫る手、翳る視界、無理矢理眼鏡を奪おうとする手を払う、眼鏡が床で跳ねる。
 おそらく、きっと、あの時だ。あの時しか考えられない。
 有里の手を払ったはずみに眼鏡を床に落とした、落下の衝撃でフレームが曲がったのだ。
 行為を終えたあと、有里は笑いながら弁償すると言った。
 ついでにもっといいものに新調してやると、ベッドにぐったり横たわる俺にむかって無神経に言い放った。
 眼鏡は代えた。
 不愉快なヤツとはおさらばだ。
 どうせもう二度と会う事はないだろう。そうであってほしいと、切実に祈る。
 「でもびっくりしちゃった、眼鏡って結構高いんですね。八万とかありましたよ」
 「八万?八千円の間違いじゃねえか?」
 「いえ、たしかにゼロがよっつでした」
 「ダイヤモンドフレームか?」
 「そうかも。やけにきらきらして……」
 「普段ああいう店いかねーのか?」
 「目はいいんですよ、私。小学校の時から1.5を維持してます」
 「すごいな。羨ましい。眼鏡かけたとこも見たいけど」
 「そう、ですか?」
 「面白そうで」
 「面白いって……失礼だなあ」
 「嘘。似合うよ」
 他愛もない話をしながら歩く俺たちの姿は雑踏に紛れ、仲睦まじいカップルに見えるだろう。
 「久住さん……」
 千代橋が軽く肩が触れ合う距離に寄り添い、遠慮がちに小指を絡める。
 「今日、寄ってもいいですか」
 手を繋ぎたいが、人前でそれをするのは羞恥心が邪魔をする。
 はにかんで聞く千代橋にくすぐったいような愛しさをかきたてられ、答える代わりにその手を握り返す……

 「犬が逃げたわ!捕まえて!」

 何事かと顔を上げる。
 千代橋がびくりとし、反射的に手が引っ込む。
 「危ない!」
 「轢かれちゃう!」
 野次馬の悲鳴が甲高く連鎖し、間欠的にクラクションが上がる。
 こけつまろびつつんのめり、タイヤに裾を巻き込まれ引きずられかけるもスタント張りのアクションで回避し前転のち匍匐前進、急ブレーキの高音が空気を切り裂き耳を劈く、クラクションの猛抗議の中を全速力で突っ切って命からがらやってきた男は……
 張。
 「うわ!?」
 咄嗟に千代橋を後ろに庇う。
 『疼!!』
 目の前、もう少しで手が届こうかという距離で車にはねられる。
 ボンネットに乗り上げた勢いを生かして一回転、俺の足元に顔面から転がり落ちる。
 「……生きてるか?」
 「救急車呼びましょうか?」
 うつ伏せた背中をつまさきでつつき、安否を問う。千代橋が不安げに俺の顔色をうかがう。
 張が低く呻いて顔を上げる。
 何故かその首には金属の鋲を打ちトゲを埋め込んだラバー製の首輪を嵌め、口に棒状のギグを噛まされてるせいで言葉はふがふがとくぐもった呻きにしかならない。
 「捕まえてくれてありがとう」 
 信号が青に切り替わる。
 乱暴に鎖を引っ張って張を立たせたのは、威風あたりを払うモデル立ちの美女。
 意志的な弧を描く眉、優雅に長い睫毛が覆う切れ長の目は完璧なアーモンド型。
 胸元の大きく開いたタイトなスーツは砂時計のように肉感のメリハリが誇張された身体によく似合い、肩のあたりで波打つ華やかな巻き髪と合わさってゴージャスな雰囲気を振りまく。
 高く秀でた鼻梁と大きく存在感のある口は日本人離れして彫り深く、妖艶な色香匂い立つヴァンプな美貌を印象づける。
 「だ、れだ、あんた?犬って張のことか!?」
 「あなたクズミヒロズミでしょう。喫茶店にでも入ってお話しましょうよ」
 六割の誘惑と四割の挑発をこめ、濡れ濡れと妖しく輝くまなざしで微笑む。
 「あの、すいません。久住さん、この方とお知り合いですか?」
 「違う、断じて違う!」
 人間犬こと張は俺になにか訴えようとギグの向こうでしきりと濁った唸り声を上げ目を潤ませるが、ヒールで尻を蹴られてぶざまに突っ伏す。
 「こら駄犬、勝手に走り出すな。ご主人様の言う事聞けないならハーネス嵌めるわよ」
 「待て、その前に自己紹介と状況説明だ。あんた誰だ、張はなんだってこんな四つ足の生き恥」
 「とある財閥の長女といえばわかるかしら」
 心臓が止まる。
 とある財閥。
 心当たりはひとつしかねえ。
 喧騒が急激に褪せて遠ざかっていく。千代橋が俺にむかって何か言うがまるで聞こえない。
 美女は千代橋に向き直るや、柔らかいが有無を言わせぬ調子で極上の笑みを浮かべる。
 「プライベートな話だからお嬢さんは席を外してくださる?」

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