張の一日は事務所の清掃から始まる。
張の仕事場はごみごみ猥雑な繁華街の片隅、雑居ビル二階。
全階キャバレーと風俗が占めるビルと、屋上の看板もピンクで目立つラブホテルとに挟まれて、一層くすんだ色合いに見える立ち枯れビル。
外観はありふれたビルに見えるのだが、二階の窓は全て防弾仕様の強化ガラスに交換されている。ドアも分厚い鉄板入りだ。
以前、向かいのビルの屋上から狙撃される事件がおきた。
その時たまたまジャンプを読んでいた森は、誌面から顔も上げず、椅子を反転させるだけで易々と銃撃をしのいでみせた。森の盾となり銃弾の貫通を防いだジャンプは若頭の命を守った奇跡の書として神棚に祀られている。鉄砲玉を命じられた舎弟が拝むと生きて帰れるご利益があるらしい。
そのように、森はいくつもの伝説を持つ。
関東全域のヤクザの中でもっともツキに恵まれた男といっても過言じゃない。ツキだけでのぼりつめたのなら周囲の嫉妬を浴びていずれメッキが剥げそうなものだが、確固たる実力を伴ってるのだから誰も文句を言えない。
実力は貫禄に結びつく。
三十そこそこの若さで若頭を拝命した森は、ゆくゆくは子分を率い組を担う器と上の覚えもめでたく、目下破竹の勢いで出世街道を驀進している。
「あー、煙草くさいくさいよ!ニコチンタール出てくよろし、肺癌がーんお断りね」
まず真っ先にすることは換気だ。
事務所の空気はいつも濁っている。全ての窓を開け放ち、手の甲で送風し煙を逃がす。
「爽やかでいい朝ね。天安門にむかって敬礼」
水を汲んだバケツを傍らに置いて窓拭きを始める。
指紋ひとつ曇りひとつ残さず丁寧に拭き清め、不良座りで雑巾を絞る。
あらかた窓を拭き終え机に移る。
森の机は事務所の一番奥、窓を背にして鎮座する。ステンレスの事務机の上には隙間なくフィギュアやプラモデルが飾られ、漫画の単行本や雑誌、撮りためたDVDが転がっている。
「ちとばかし失礼するね魔法娘娘。和洋ちゃんぽんご勘弁よ」
現在森がハマっている魔女っ子アニメのヒロインフィギュアは、一番見晴らしのよい定位置でステッキを振るも、ドリルのように先端が巻いたツインテールはちょっとぶつかっただけでもぽきりと折れそうで、壊さないよう細心の注意を払い、掃除が終わるまでの間だけ神棚に避難させる。
伸びをして神棚に乗せる際、出来心でスカートを覗く。
「……穿いてるある」
さすが日本製はものが違うと感心する張であった。
漫画を整頓しブックウェイトに立てかけ、額の汗を拭く。
机の掃除を終えた張は、衝立で仕切られた応接スペースに行き、ガラスのテーブルの真ん中で存在を主張する灰皿をジト目で睨む。
「吸殻の始末する張の仕事か?自分でやるよろし」
ぶつくさ零しつつ、吸殻が山盛りになった灰皿を流しにもっていく。
ドアが開け放たれ、誰かが大股に入ってくる気配に振り向く。
二番乗りの人物を見るや、瓶底眼鏡が似合う胡散臭い顔がゲンキンに輝く。
「早上好、森サン」
中国語で元気に挨拶すれば、「ああ」と「おお」の中間のようなしまらぬ声が投げ返される。あえて一番近い音をあてはめるなら「おうー……」だ。
無精ひげの散った顎、よれた背広、ノーネクタイ。
頬骨の張ったいかつい容貌は男前というより強面と表現したほうがしっくりくる。
酩酊した足取りでやってきた男は、ソファーにどっかと身を投げ出すや、背凭れに腕を掛けて大きく仰け反る。
「酒臭いよ。二日酔いか?」
「高坂の叔父貴に引きずりまわされたんだよ……」
「ヤクザも付き合い大変ネ。世知辛い世の中ある」
「知った口きくんじゃねえ」
「張しってるよ。若頭はヤクザの中間管理職ある、上と下に挟まれてトラブル専門揉め事処理で大変ヘンタイね。目が真っ赤よ、寝てないあるか」
「コーヒー淹れろ」
顎をしゃくる森の指示に従い、手馴れた動作でコーヒーメーカーをセットする。
張はウーロン茶党だが、事務所に来てすぐコーヒー党の森にいちから淹れ方を叩き込まれた。ハンドルを回し豆をざりざりドリップしカップに注げば、仄白い湯気に乗じて香ばしい薫りが匂い立つ。カップをふたつ、両方の手にもって応接スペースに行き、片方を森に手渡す。
森は礼も言わず、偏頭痛が苛むしかめっつらでそれを受け取るや、反対の手でソファーに放り出されたジャンプをひったくる。
ぱらぱら最初の方だけめくってからその顔がにわかに険悪さを増す。
「……先週号じゃねえか」
不機嫌に唸り、腕を振って雑誌を放る。
「たがめボックスの続き気になってんのに」
首を横に倒して羽ばたく雑誌を回避し、張は苦笑する。
「相変わらず漫画好きね森さん」
「悪いか」
「アニメと漫画日本の文化よ。ジャパニメーション誇りもつね」
「お前んとこはパクリ文化だもんな」
「中国侮辱するいくら森さんでも許さんある。海賊文化いうてほしいよ」
「と書いて劣化コピーと読む」
「それいうなら日本なんて中国のパクリ文化よ、京都は長安のパクリて社会の教科書にも載てる有名な話ね」
「焦点の合ってねえアへ顔フィギュアとかどうにかしやがれ。体はゴムでできているってかんじだったぞ」
「ルフィあるか?」
「セイバーだ」
話は噛み合わない。が、両者とも気にしない。突っ込みだしたらきりがない。
ほろ苦い香りが湯気に乗じ鼻腔に抜けていく。
森はカップに口をつける。
でかい図体をすくめ、ちびちびコーヒーを啜る姿は剛毅な普段との落差もあいまって可愛らしい。若頭を慕う舎弟には間違っても見せられない姿だが、一番の下っ端かつ私生活に密着した張が相手だと格好をつける必要がないためか、どことなくいつもよりリラックスしている。
だらけた姿勢でソファーに掛けた森は、コーヒーを啜るとき自然と前かがみになる癖に気付いているのだろうか。
ずずっと不作法に音たてコーヒーを啜る森をほほえましげに見つめ、からかう。
「どうある?」
「美味い」
「森サン、張の味やみつきある」
「……妙な言い方すんな」
睨みを利かすも張はあっさり受け流し、カップを両手に包んで口元へ運ぶ。
「一人でほっつき歩く危ないある、タマとてくれ言うてるようなものね。もっと自分の立場に自覚もつよろし、森さんおっ死んだら張も愉快な舎弟たちも路頭迷うよ、一家離散こりごりよ」
「四六時中見張られてちゃ息が詰まる。一人で酔いを醒ます時間も必要だ」
「防弾ベスト着てるあるか」
「腹にジャンプ巻いてる。ドスで刺されても安心だ」
ついまじまじと腹部を凝視してしまう。
「冗談だ」
「ジャンプで弾防いだのも捏造ね?」
「ジャンプは厚みがたりねえ。ありゃガンガンだ」
入ってすぐ横手の応接スペースは半曇りのガラスを入れた衝立で仕切られている。ソファーはナイロン製の安物で煙草の焦げあとが目立つ。
コーヒーを嗜みつつ周囲に目を配り、さりげなく進言する。
「森さん、備品にもっとお金かけるよろし。事務所のソファーが安物じゃ股間にかかわるある」
「沽券だ、沽券。……外側ばっか気にしてどうすんだ、中身が伴わなきゃどうしようもねえ。使えるもんは壊れるまで使う、搾れるもんはカスまで搾る、そいつが俺の信条だ」
「貧乏性ね」
「うるせえ」
「粗大ゴミ置き場から拾ってきたよなソファーよ?お客さんに笑われるある」
「笑いたいやつにゃ笑わせとけ。人間も物も肝心なのは中身だ」
「お金ないあるか?火の車あるか?」
「不況だからな……取り締まりがどんどんきびしくなってみかじめ料もとりっぱぐれる始末だ。うちの組も例外じゃねえ、ほとんどフロント企業の収入でもってるようなもんだ」
「だけど毎週ジャンプマガジンサンデー買うお金はあるふしぎね」
「自腹切ってんだよ。経費で落とすほどあくどくねえ」
しばらく黙ってコーヒーを味わう。窓の外でカラスが鳴く。ゴミが散らかる道路を走り抜ける車の音が空虚に響く。
漂う沈黙を破ったのは、張の言葉。
「張ね、折り入ってご相談あるよ」
「却下」
おもむろに口を開いた張にすげなく言う。
「まだ言うてないよ」
「お前がそういう気色悪ィ猫なで声だすときは金の無心て決まってる」
カップの底をテーブルに叩きつける。
「つれないこというない。お給料前借りしたいよ」
「何回目だ?」
「仕送りしないと故郷に残した妻子が飢え死にするね」
「おいてくるのが悪い。連れてくりゃよかったんだ」
正論を突っ返せば、肩を窄めてしょげかえり、コーヒーの中にぼそぼそ愚痴る。
「蛇頭怖い怖いよ、密航料ばかだかいよ。連れてきたくてもお金ないある。泣く泣く故郷においてきたね。同情するよろし」
「しねえよ」
「張可哀想じゃないか?最愛の妻子と離れ離れ、ヤクザ事務所で下働きよ?こんな酷い話聞いたことないね」
「誰のおかげで生きてられると思ってやがる」
森の声が低く凄味を帯びる。
全身が威圧の塊を放つも、張はしつこく食い下がる。
「森サン実はいい人よ、張知ってるよ。森さんいなきゃ張今頃ゲイビデオ製作会社に売り飛ばされてたよ」
事の発端はふたりの出会いにさかのぼる。
そもそも出会いからして尋常じゃなかった。悪名高き蛇頭の仲介を経て入国を果たしたもののやがて食い詰めた張は、同省の仲間ふたりと組んで車上荒らしを始めた。張のピッキング技術たるや一流で、新宿界隈で荒稼ぎし、しばらくは高笑いのとまらぬ日々をおくっていたのだが
「俺のベンツに手えつけたのが運の尽きだな」
慢心が裏目に出た。
「……蛇頭への借金返したかったある……」
商売柄、蛇頭の悪辣さ残忍さはよく知っている。
出稼ぎ目的で日本にやってきた張が借金を返済し自由の身になりたいと犯罪に手をつけたのも、心情としては理解できる。
なんで張を拾ったんだろう。
ときどき自分でも疑問におもう。
冷めきったまなざしで、突き放すように正面の張を見つめる。
貧窮した境遇に同情して?
ピッキング技能を重宝して?
理由はいくつか思いつくが、そのどれも決め手に欠ける。
ちょうど下働きがほしかったのもある。
現在、森に与えられた事務所に詰める舎弟はどいつもこいつもがさつな性格で、いくら口を酸っぱくしどやしつけてもすみずみまで掃除がいきとどかない。掃除ひとつまともにできない舎弟と比べればまだしも張は役に立つ。
どうせならカスまでしぼりとってやろう。
「借金は減ったか」
「おっつかっつね」
「……そういう言い回しどこで覚えてくるんだ?」
「漫画の立ち読み。勉強なるね」
こいつを拾ったのはたんなる気紛れだ。そいつがいちばんしっくりくる。
「森サンにはホント感謝してるよ。森さんが止めてくれなかたら張今ごろゲイビデオで売れっ子よ、故郷の奥さんと子供泣くある」
「そっちのが収入増えるぞ。仕送り増えたら喜ぶんじゃねえか」
「掘られるのイヤね」
森の知り合いにゲイビデオ制作会社の社長がいる。どんなはねっかえりの問題児だろうが、「いい加減にしねえとゲイビデオ制作会社に売り飛ばしてケツから世間の常識叩き込むぞ」と一喝すれば大抵大人しくなる。脅し文句としてこれにまさるものはない。
猫舌の張はふぅふぅ息を吹きかけコーヒーを啜る。微笑ましさよりも滑稽な感が先に立つ幼稚なしぐさはどうにも憎めぬ愛嬌を醸す。
湯気で曇った眼鏡の向こう、幸せそうに憩う張をさかしらに皮肉る。
「ノーマルの割にはこないだはのりのりだったじゃねえか」
こないだ。
さる筋からの依頼で、ある男を拉致した。実行犯は張だ。監視役に終始した森と違い、張は依頼人に協力し男を痛めつけた。
「お金貰えればなんでもするよ」
「男を犯す手伝いもか」
「ヤられるほうは痛いごめんだけど攻めるほうは得意よ。中国人絶倫ね」
あっけらかんと言い放つ顔に邪気は一切見当たらない。
さきほど故郷の妻子を案じたその口で飄々うそぶき、道化て小首を傾げてみせる。
「気に入らないみたいね、森さん」
森はヤクザだ。
自分の手を汚すのは全く厭わないが、あの仕事は性質が違う。
結果として、いつまでも後味の悪さがつきまとう。
外道な依頼を請け負った罰だと割り切ろうにもできないのは、嬲り者にされた男の絶望した目を見てしまったからか。
「なあ張よ、カタギに手えだすのは流儀に反すると思わねえか」
張はとっくに折り合いをつけている。
張の行動原理は至極単純明快、自分の得になるか損になるかだけ。徹底した損得勘定と打算に基づき行動する冷血な守銭奴、それがこの年齢不詳の中国人の正体だった。
とっぽい見た目に騙されておちおち近づこうものなら怪我をする。
「キレイ事言うない森サン。張知ってるよ、森さん前にチャカ持ち逃げしたピンチラの居場所吐かせるためにともだち拉致って締め上げたね。ヤクザ怖い怖いよ」
分厚いレンズの奥でスッと目が細まる。
張は森の本心を見抜いている。
言葉にすれば実に単純、コケにされたのが気に食わないのだ。
「キレイ事かもしれねえがな、張。チャカ盗っ人の居所吐かすためにカタギを締め上げるのと、金貰ってカタギを痛めつけるんじゃわけがちがうぜ。前者は俺が責任を負う」
「なんの?」
「暴力の」
飲み干したカップを机に置く。
膝の前で手を組む。組んだ手が強張り、関節が白く浮く。
「後者はお前の言うとおり、そう、ただのパシリだ。ガキの使いとおんなじだ。俺がやってたことはなんだ?ただの立ちん坊、でばがめじゃねえか」
「覗きよくないね森サン。溜まてるあるか」
「勝手に聞こえてきたんだよ」
吐き捨てる。
男が男を強姦する現場をだれが見たいものか。
お楽しみの最中ずっとドアの横に立たされていた憤懣がぶりかえし、表情に険がちらつく。
腹に据えかねた森に対し口元の笑みを極端に薄め、軽い調子で揶揄を投げてよこす。
「プライド傷ついたか。けどそれ請け負ったの森さんよ、逆恨みカマド違いよ」
「お角だ、お角。……」
皺くちゃの背広をさぐって煙草をとりだす。
口に咥えて促すや心得た動作で張が火をつける。
張が翳すライターの火に穂先を翳し深々と一服、眇めた双眸が剃刀じみて鋭利に光る。
フィルターを無意識にへし折り、反逆の狼煙をぶち上げる。
「一泡ふかせてやりてえな」
あいつはヤクザを便利屋と勘違いしてる。
指を鳴らせばしっぽを振ってすぐ馳せ参じ、拉致誘拐脅迫もろもろ、汚れ仕事を迅速にこなすアウトロー集団と。
自分の手はけっして汚さず、美味しいとこどりを決めこむ勘違い坊ボンにはいい加減うんざりしてるのだ。
軽んじられるのは我慢ならない。
しょって立つ代紋を傷つけられ、なお黙っていられるほどに度量が広いつもりもなければ丸くなったつもりもない。
煙草の熱で溶けた箇所が再び凝固し、ケロイド状に表皮が引き攣ったソファーに身を沈め、ヤニが染みつく天井を仰いで盛大に煙を吐く。
「ソファーがボロだろうが机がボロだろうが構わねえ。けどな、張。極道の魂を失くしちまったらおしまいだろ。そいつはおいそれと買い換えるわけにいかねえ代物だ。組に喧嘩売ったわけでもねえ、直接利害に関係ねえカタギを拉致って嬲り者にするなんざあんまりにも手口がえぐい。んなことばっかしてたら看板にケチがつく。ビジネスパートナーだ?アホぬかせ。若造に顎で使われて、私怨で汚れ仕事おっかぶされて、またのご利用お待ちしてますってか?あんまり情けねえだろうが」
暴力ひとつ自分の裁量で振るえず、なにがヤクザか。
ヤクザよりたちの悪いカタギに便利な道具として利用され、これでは極道になった甲斐がない。
「あいつの御用聞きになりさがった覚えはねえ。てめえのケツくらいてめえで拭きやがれってんだ」
三白眼が爛とぎらつく。
己を鼓舞するかのように闘志剥きだしの笑みを刻む。
「飼いならされるのは性にあわねえ。背中が痒いんだよ」
森は背中に龍を飼う。
衝天の勢いで勇ましく飛翔する昇り龍の刺青は、舎弟はもとより対立する組にも広く知れ渡っている。
張が大仰に目をひん剥く。いちいち顔芸が達者だ。
「下克上あるか」
「目処はついた」
「上は知ってるあるか、この事。あいつお得意さんね、勝手なことして怒られないか」
「知るか。さんざん胸糞悪ィ仕事させられてむしゃくしゃしてんだよ、こっちは。びびったんなら逃げてもいいんだぜ、張」
「張と森サン一蓮托生よ。あいつはめる手伝うある」
「報酬はいいのか?たんまり小遣いもらったんだろ」
張は肩を竦める。
その顔に浮かぶのは、森の挑発を敢然と受けて立つ不敵な微笑み。
朴訥とした仮面が剥がれ、策略を練り相手を罠に嵌める、残忍にして狡猾な本性が覗く。
「あいつ金で世界を買える思い上がてる。むかつくね」
眼鏡を取り払い、レンズの曇りを服の裾で拭う。
キレイになったレンズを翳し、唄うような抑揚で宣言する。
「一度福建で泥まみれになって畑耕してみるいいある。苦労知らない金持ち坊ボン地獄に落とす痛快ね、中国人の怖さ思い知らせてやるある」
張の笑顔は胡散臭いと森は常々思っている。
口元は笑ってるのに目元が笑ってないせいだと今気付く。
元通り眼鏡をはめた張がにっこり笑い、揉み手せんばかりに機嫌をとる。
「張、命拾てもらた時から森サンのわんころね。森さんについてくある」
「俺はお前の恩人か?」
「中国人義理堅いよ。助けてもらた恩忘れない孔子の教えで道教の精神よ。今の張ある森さんのおかげね」
「調子いいな」
「ところで森サン、お給料前借り」
そろえて差し出した両手に煙草の灰を落とせば、素っ頓狂な悲鳴を発してとびあがる。
「なにするあるか!」
「お前は俺の犬だろ、張」
「人間灰皿になた覚えないよ!というか森サン掃除したばかなのに煙草すぱすぱ吹かすいやがらせか、灰皿汚れるある!」
「故郷に仕送りしたきゃ悪党家業に励むこった」
言いながら、ひょっとしたらそんなに悪くねえ拾いもんかもなと、森は笑っていた。