ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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万里の長城は一日にして成らず10

 昨夜の感触が忘れられねえ。
 ぼけっと手のひらを眺めひさしぶりに女を抱いた余韻に浸る。
 安子と別れて以来だから数ヶ月ぶりか。
 もともとそう性欲が強い方でもねえし風俗は気が乗らねえ、ご禁制で溜まってもアダルトビデオを見ながらの一人遊びでおさまった。だけどここ半年は一人でヤる回数も減って、どうやって解決してたと聞かれたら思い出すのも癪な後輩のおかげとしか言うしかなくて、仕事でくたびれきった体を骨まで丁寧にしゃぶりつくす犬さながらがっつくヤツがいたから、一人でヤる余力なんぞとてもじゃないが残っちゃなかったのだ。
 実際あいつが満足し、さっぱりした顔で帰っていく頃には、スーツを着直すのも億劫なほど疲労困憊していた。
 あいつときたら清潔そうな顔に似合わず絶倫で、付き合わされるこっちは体がいくつあっても足りなくて、騒ごうが喚こうが結局自分のヤりたいようにヤるのがお約束で、俺はあいつのそういう自分勝手なところが大嫌いだった。
 正しくはところ「も」だ。

 千代橋との行為は俺に自信と拠り所を与えてくれた。
 千代橋を抱いた事によって不能じゃないと証明され男としての自信と威厳が復活し、まだ手のひらに残る千代橋の肌の感触はもっちり瑞々しく吸いつくようで嗚呼やっぱ女っていいよなあとしみじみ

 「昨夜はお楽しみだったようですなあ」
 蛇の舌のようにねっとりいやらしい声が耳朶を舐める。
 「!?ひっ、ひとの背後に許可なく忍び寄るんじゃねえびっくりさせんな仕事中だぞ!!」
 空気の塊が喉にぶつかる。
 心臓発作を起こすところだった。
 振り返れば同期の羽鳥がいた。
 見たぞ見たぞと言わんばかりに目を細め含み笑い、俺の傍らに椅子ごと移動する。
 「おやおや随分なご挨拶ですな久住くん、仕事中にでれでれ鼻の下伸ばしてたのはどこの君だい?」
 「もとから面長だよ。仕事にもどれ、しっしっ」
 「昨晩はどこの誰とお楽しみだったんだよむっつりすけべ、目の下の隈が性生活の充実をものがたってるぞ」
 ぎくりとする。
 「……知ってるか羽鳥、そういうのゲスの勘繰りっていうんだぞ。大体既婚者の癖にひとの下半身事情突っ込んでどうすんだ、悪いけどお前の参考になりそうなネタないからな」
 「んーなこと言わずにぃ、どこの風俗でお楽しみだったんだ?」
 俺の肩をつんつんつつく。
 額に青筋が立つ。
 「お前……俺が風俗嫌いだって知ってるよな?」
 「いくら堅物メガネの久住ちゃんといえど安子と別れてかれこれ数ヶ月、そろそろ禁欲も限界。女日照りの侘しさに夜の街をさすらって目についたはピンクのネオン、くたばりぞこないの蚊のようにふらふら吸い寄せられて……」
 背筋を正して椅子に座り、羽鳥の寝言は聞き流しパソコンに向かう。
 「ハズレ。俺は仕事に生きるんだよ」
 「なんだっけ風俗嫌いな理由……愛情を前提としないセックスは虚しい、気持ちがないと体も伴わない、だっけ?二十五にもなる男がカマトトぶってんじゃねえよ好きな人じゃないと濡れないのアタシな女子大生かっつの、けっ、けっ!」
 「嫁さんとまた喧嘩か?」
 連続で舌打ちしつつこき下ろす羽鳥にうんざり。
 よく見りゃ左の頬に派手な引っかき傷ができている。
 「どうせお前あれだろ、純愛映画大好きだろ、男と女が出会って女が病気になって男が世界の中心で泣きながら助けてくださいって叫ぶような映画でうっかり涙しちまうくちだろ?」
 「たとえの賞味期限切れてる」
 「いい加減立ち直れよ、最近様子おかしいぜ、すっかりしょげきって……そんなに安子ちゃんに振られてショックだったの?」
 「目の隈はいつものことだろ、ほっとけ」
 「昨夜何があった?」
 「なんもねえよなんも」
 「二回言うのがあやしい」
 「昨日は家に帰って寝た、そんだけ。生憎とお前が期待してるような事はさっぱり起こっちゃねえよ。昨日は家帰ってネットで将棋して寝た、そんだけ。久しぶりに強えやつと当たってついのめりこんじまった」
 「えー」
 間延びした不満の声を上げ、肥満体を前後に揺さぶる。
 「なにお前ネット将棋なんてやってんの?どんだけネクラなの?」
 「うるせえな中学高校と将棋部だったんだよ、中学の卒業文集で将来の夢はプロ棋士って書いちまったんだよ」
 「痛いなそれ……」
 「ひとの趣味と流れた夢にケチつけんな」
 「今は平凡なサラリーマンだもんなあ」
 ……最近の事情を鑑みるにそう平凡でもない気がする。
 「戻りてえよ、平凡に……」
 思わず愚痴が口をつく。だいぶ参ってる証拠。
 「元気出せよ久住、ナマ女に幻滅した男の受け皿になってくれる二次元にカムオンだ」
 俺がよそ見した隙をつき、どぎつい色彩の壁紙に変更する。

 
 『みらくる・らじかる・ばいおれんす!良い子は盃悪い子指詰め、魔法使いまり☆ろん華麗に降臨!』


 「うわっ」
 どん引き。
 「何の真似だ、消せ!」
 「えー?知らないのかよ、今マニアの間で大人気の深夜アニメ魔法使いまり☆らん。主人公は極道一家の跡取り娘で平凡な中学二年生鞠小路蘭。とっても優しく可愛い恥ずかしがりやの女の子だけどバイオレンスな実家を嫌って学校ではヤクザの娘って事はヒ・ミ・ツ。伝家の宝刀として神棚に祭られていたドスが実は千年前に下界に落とされた魔法のステッキと判明、それを狙うチャイニーズマフィアパオ一族と血なまぐさい死闘をくりひろげる……ちなみにパオ一族は実は暗黒魔法界の名門出身で、ステッキ奪還と同時に鞠小路組を潰し日本を征服せんとする野望に燃えてるわけよ」
 すこぶる饒舌な羽鳥に顔ひくつかせ凍りつく。
 現在、羽鳥の余計なお世話によって俺のパソコンの壁紙は二次元美少女に変更され、顔の半分はありそうな目はきゅるきゅる潤んでこれでもかと庇護欲そそり、現実にはありえないどピンクのツインテールはドリルの如く先端がくるくる巻き、八重歯がチャーミングな笑顔はロリコン轟沈の破壊力、セーラー服がベースの妙ちきりんなコスチュームにはやたらとフリルとピンクが多用され、あざとく翻るスカートから覗く太股にはむっちりニーソックスが食いこみマニアを悩殺、「まり☆らん見参!」のあおりに被せてドスにしか見えない魔法のステッキを振り下ろす姿は凶悪の一言に尽きる。
 「見ろよステッキの先端の血糊。芸がこまかいだろー。変身シーンはセーラーが破れて背中の刺青が暴かれるお約束」
 「この野郎ボイスまでダウンロードしやがって……消せ、今すぐ消せ、俺が会社にいられなくなる前に即刻消せ!!」
 こんなもん見られたら社会人生命が終わる。
 「俺とおそろいだぜ?」
 「ますますいやだ」
 この野郎なんて純粋な目をしやがる。
 「大人気なんだけどな、魔法少女まり☆らん。観てないのか?」
 「観ねえよオタクじゃあるまいし……お前は観てんのかよ」
 「言ってなかったっけ?俺アニメとか好きでさー。美少女ものは萌えでロボットものは燃え、嫁さんほっぽりだして夜遅く録画したの観てる」
 「夫婦喧嘩の原因がわかった」
 「魔法少女まり☆らんは従来の変身シーンはもとより戦闘シーンの作画に力を入れてて、まり☆らんがキレて敵を刺殺する時の返り血と殺戮に酔った邪悪な表情が絶品で……」
 「壁紙を消すかお前を消すか悩んでるところだ」
 ほっとくといつまでもしゃべってそうだ。
 深夜アニメの魅力について語り聞かせる羽鳥にため息、あざとくパンツを見せる二次元美少女の壁紙を削除。
 いくら現実に幻滅したからって二次元に逃避するほどおちぶれてねえ。
 少なくとも、まだ。
 ドスに擬態した魔法のステッキで敵を撲殺するという斬新すぎる設定の是非はともかく、まり☆らんのパンツは黒でもいいけど蘭ちゃんは白一択と主張する羽鳥にはもうついてけねえ。俺がこいつの子供だったら家出する、絶対。
 「久住くん!」
 「はい」
 名を呼ばれ反射的に椅子を引く。課長がいた。
 話を聞かれていたのではないかと冷や汗が伝う。
 「二時までに福島商事に行ってほしいんだが」
 「今からですか?」
 「守埼くんのお父さんが事故に遭ったとかで行けなくなってしまったんだ。代わり頼めるか?」
 課長が渋い顔で言う。
 福島商事はうちのお得意さんだ。
 守埼に担当が代わってからご無沙汰だが、あっちの係長とは面識がある。
 腕時計を見つつ、頷く。
 「わかりました、今すぐ出ます。守埼の相棒は……」
 「亀田くん!」
 課長が大声で呼ぶ。
 デスクをふたつ隔てた向こうからふてくされた亀田がやってくる。
 よりにもよってこいつかよ。
 屋上に呼び出された一件が後を引き、気まずい思いを味わう。憮然と下唇を突き出す態度で俺に反感を持っているとわかりうんざり。
 「頼んだぞふたりとも。先方はお得意さんだ、遅刻なんぞしたら印象悪いからな、せっかく上手くいってる交渉がだめになる」
 課長に送られオフィスを出る。
 部署を出る前に振り返れば、羽鳥は自分のパソコンにへばりつき、鼻の下をのばしきってまりらんとやらのスカートを覗きこんでいた。
 見えそうで見えないパンツの色を検証してるのだろう……情熱の使い道間違ってる、絶対。
 「福島商事か……高円寺で降りてタクシー使ったほうが早いな。急ぐぞ」
 促し歩調を速めるも、亀田は廊下を逆方向に歩いていく。
 「!?おい亀田っ」
 早くでなきゃ間に合わねえのに。
 急く心、逸る気持ちを抑え呼びかけりゃ場違いにのんびりした声が返ってくる。
 「トイレ」 
 「……早く済ませろよ」
 舌打ちを抑え、言う。どうしてこう間が悪いんだこいつは。
 生理現象なら仕方ない、が、苛立つ。
 トイレへ向かう亀田が振り向き、顔下半分に奇妙な笑みを浮かべる。
 「お前も来い」
 「表で待ってる」
 「いいから」
 「状況わかってんのかよ、時間がないんだ。むこうだって折角時間割いてくれてんのに遅刻したら心証が」
 「昨日新宿で」

 硬直。

 「見たぞ、新宿で」
 鈍器で殴りつけられたような衝撃。
 会社の廊下にて亀田と睨み合う。
 亀田は廊下のど真ん中に人の流れを遮るようにして堂々立ち、優位を確信した舌なめずりしそうな表情で俺を見つめる。
 「いいから来いよ。人に聞かれると不都合あるんじゃないか」
 見た?何を?昨日、新宿で……とくれば、あれしかない。あの場に亀田もいたのか。でもどこに?全然気付かなかった。
 ハッタリかましてんじゃないか。その割にはやけに自信ありげだ。
 腕時計を見る。
 亀田を見る。
 掃除婦が腰を曲げモップがけをし、事務の制服を着た女子グループが雑誌に紹介されたお勧めスイーツ店への襲撃日程を姦しく囀り笑い合い、中年係長が書類袋を傍らに抱え歩く廊下で、緊張にひりつく空気をまとい牽制し合う俺たちはいやでも目立つ。
 「………五分だけだ」
 「命令できる立場か?」
 鼻で笑う亀田を睨みつける。
 「一緒に遅刻して先方と課長にどやされたいか?五分だ、延びるなら時と場所を変えろ」
 「……ちっ」
 舌打ちひとつ渋々承諾、柄の悪い大股でトイレの方へと歩いていくのを追う。

 さいわいなるかな、トイレには俺たち以外いなかった。
 清潔に磨き抜かれた床は水を打たれ白い光沢を放ち、一点も曇りない鏡が嫌味な薄笑いを浮かべた亀田の横顔をまざまざ映す。
 亀田がちらりと並ぶ個室を見て、ふざけて肩を竦める。
 「あっちは使わなくていいか。密室でふたりっきりになったら何されっかわかんねえしな」
 「どういう意味だよ」
 「偶然見ちまったんだよ。昨日、新宿で。たまたまあそこにいたんだ、俺」
 水を打った床を悠長な足取りで歩き回る。
 深呼吸で心を落ち着かせ、言う。
 「五分しかないんだから手短に話せ」
 「経理の瑞江ちゃん知ってるか?あの子と飲んだ帰りでさ、別れて一人になったあと偶然見ちゃったんだよ。新宿にある、なんだっけ、有名人がよく泊まるでっかいホテルの前……あそこでお前とだれかが言い争ってンの。道のど真ん中で、声でかかったからすぐ気付いた」
 スーツの下に汗をかく。
 ネズミをいたぶるような婉曲な言い回しに憤りが燻り、それ以上の恐怖を煽る。
 「最初お前だってわかんなくて、迷惑なヤツがいるもんだなあって野次馬に混じって眺めてたんだけど、はは、気付いて驚いた!会社じゃドライを気取ってるくせに感情剥きだしでさ……眼鏡がずれそうな勢いで怒って喚いてやがんの、別人かと思ったぜ。けど、相手見て……もっとびびった」
 一呼吸おき、爆弾を投げつける。
 「千里だろ。一ヶ月前に辞めた」
 「…………」
 「まわりがうるさくてよく聞こえなかったんだけど……抱いた抱かれた、嫌い大嫌い、俺のことどうおもってるんだとか、騙してたのかとか……まるきり痴話喧嘩だよな」
 「………勘繰りだよ」
 床の水溜まりを跳ね散らかし急接近、正面で立ち止まる。
 「千里とデキてたのか?」
 威圧と牽制をこめ、極端な近さで顔をのぞきこむ。
 「ヤったのか?」
 さらに露骨な言い方で挑発され、怒りと屈辱に震えるこぶしを握りこむ。
 「千里が辞めた理由、まさかお前?男同士の痴情の縺れ?久しぶりの再会で箍が外れちゃったってわけか、ははっ」
 同僚に会話を聞かれていた。
 知らなかった気付かなかったあの場にいたなんて、やりとりぜんぶ見られてたなんて。
 否定しようと思えばできる、だがそれは嘘だ、俺と千里が関係を持ってたのは事実で千里が辞めた今も事実は動かせなくて否定も弁解も何の意味もない、恥ずかしい写真をネタに脅迫されて無理矢理と弁解したところで男同士でそういう関係になった事実は覆せない
 「くだらねえ」
 眼鏡のフレームをつまみ、一方的に打ち切る。
 「昨日新宿に行ったのは本当だ、そこで千里に会ったのも本当だ。そこから先はお前の妄想だよ、俺と千里がデキてるなんて大嘘だ。あの日、千里に偶然会って……なんで何も言わずいなくなったんだってカッときて」
 「嫌ってたくせに?」
 言質を引き出し、亀田の鼻の穴が得意げに膨らむ。
 「毛嫌いしてきつく当たってたのになんで俺に断りなく辞めたんだってキレたわけか」
 「腐っても後輩だからな、辞めたら気になるさ。教えた事ぜんぶ無駄になる。……俺のしごきに耐えかねて辞めたとかさすがに寝覚め悪いだろ。はっきりさせときたかった、だから」
 「フェイクか?」
 「は?」
 「関係がばれねえようわざと仲悪いふりしてたのか。変だと思ったんだよな、なんであいつにだけあたりきついのか。お前いつも無愛想で感じ悪いけどあいつには特にうるさかったじゃねえか。まあ、千里はわんこみたくお前のあとついて回ってたけどな。先輩先輩って……」
 先輩、先輩と、千里が呼ぶ声が遠く耳に響く。
 亀田の目が陰険かつサディスティックなぎらつきを増す。
 同性愛者への生理的嫌悪と軽蔑が混じり合う顔を下劣な笑みで引き歪め後ろに回りこむや、ピストルを模した指で背中をつつく。
 「デキてんだろ?素直に白状しちまえよヤりましたって。なあ教えてくれよ、ケツに挿れるのってどんな気分だ」
 えげつない囁きに背中をなであげられ鳥肌立つ。
 「ふざけるな」
 「アナルセックスのお相手がいながら女にも手えだすなんて顔に似合わず絶倫だな。お前みたいなのなんて言うんだっけ……バイセクシャル?両刀?スキモノ?そうなると梓は遊びか、千里の代わりに女で穴埋めか」
 「ちがう、俺は」
 「挿れる穴が違うだけ、目えつぶって千里のつら思い出せば問題ねえ」
 
 理性が蒸発。
  
 振り向きざま殴りつける、俺が放つこぶしは頬の薄皮一枚掠って壁に激突、豹変にびびり腰抜かす亀田の胸ぐら掴み無理矢理立たせ引きずる、後頭部を押さえ込み洗面台に顔突っ込む、袖口が捲れて手首の痕を外気に晒す、蛇口を捻る。
 亀田が沈む。

 「ぼがっ!」
 「もう一度言えよ、千代橋が誰の代わりだって?」

 亀田の後ろ髪を掴んで洗面台に突っ込む、ふちからあふれた水が滝となり床に伝う、これから営業に行くのにスーツと靴を濡らしたらまずいと判断し爪先を引っ込める、袖口は手遅れでびしょぬれ、水を吸ってシャツが変色、舌打ちひとつスーツの袖ごとシャツを捲る。
 憤激が暴力衝動を誘発、腕に全体重をかけ水を張った洗面台へ頭を押さえこむ。
 「ず、ぼしっ、突かれて逆ギレか、このホモ、お前が千里と付き合ってたってバレたら、バラす、ぶぼあ」
 亀田が沈む、浮く、数秒ごとに浮沈を繰り返す。
 ふやけきった前髪が藻のようにばらけ顔にはりつく、水責めの苦しみに悶絶しつつ洗面台にしがみつき抵抗、蒼白の顔に浮かぶ恐怖、抱え込むようにして両腕でしがみつきかぶりを振る、引き上げられると同時に仰け反り喘いで酸素を貪る、俺を振りほどこうと死に物狂いに身を捩り暴れつつヒステリックな哄笑を放つ。
 「ヤッてんだろケツで、野郎同士気持ち悪ィ、バレたら会社いられなくなんぞ誰も近寄らなくなる、お前と仲いい羽鳥も課長も梓ちゃんもみんなみんな誰がホモ野郎と口きくもんか、ホントのこと言われてキレたんだろバレバレだ、様子おかしかったもんな、まんま振られた女にしつこくまとわりつくダメ男だよアレは、ははっホモのストーカーとか最低すぎる、自分が恥ずかしくねえのかよ!?」
 「水ん中で笑い死ぬか?亀の溺死なんてネタになる最期だ」
 正面の鏡に映りちらつく醜悪な顔、目をつけた女を他の男に横取りされるなんて許せねえと怒り狂い俺の弱みを掴み優越感に酔って脅迫、空気が大量に抜ける濁った泡音たて沈む亀田、視界が真っ白に爆ぜて後頭部を力一杯容赦なく沈めて 
 

 「やめてください久住さん!」


 熱く柔らかい塊が体当たりで腕に縋りつく。
 衝撃で手を放す、亀田が床に突っ伏し大量の水を嘔吐、俺も亀田も濡れそぼったスーツからぽたぽた雫が滴る酷い有様、洗面台にすがってえずく亀田と立ち尽くす俺、さっきまで亀田の後ろ髪を掴み繰り返し水につけた腕に取り縋る……

 「千代橋……?」


 なんでここに。


 「……忘れ物……近くにいるだろうから、羽鳥さんが届けてこいって……」
 俺の腕をおさえつけ、途切れ途切れに言う。
 胸ポケットから覗くボールペンは、デスクに放りっぱなしだった俺の愛用品。
 「ふたりでトイレ入るの見えて……待ってようかとおもったんだけど、様子へんで……来てみたら」
 おかげで、人殺しにならずにすんだ。
 「……梓ちゃん、そいつ、おかしい……俺ン事殺そうとした……」
 亀田はタイルに尻餅つき、涙と鼻水で溶け崩れた顔で千代橋を仰ぎ同情を乞う傍ら、殺されかけた仕返しに俺の破滅を望み、咳のしすぎでかすれきった声を張り上げ暴露する。
 「マジいかれてる、頭おかしいんじゃねえの、わかった証拠隠滅だろ、俺さえ死ねばバレずにすむって考えたんだろ、そうだよなああそうだよなホモだってバレたら会社いられなくなるもんな人生終わりだもんな、いい感じの梓ちゃんだってお前がホモだって知ったら!」
 「うるさい」
 千代橋の低い声を初めて聞いた。
 「……うるさいですよ、亀田さん」 
 「え?梓ちゃ、」
 「久住さんと千里くんが付き合ってるとか、どっからそんな発想でてくるんですか。頭おかしいんじゃないですか」
 声音はあくまで淡々と、表情はあくまで冷ややかに、亀田をうちのめす。
 「久住さんと千里くんはただの先輩後輩です」
 「ふざけんな、じゃあ俺が見たのは」
 「久住さんは私と付き合ってるんですから、千里くんが恋人なわけないじゃないですか」
 
 半端な笑顔で亀田が硬直。
 千代橋は俺に寄り添い、俺の呼吸が整うのを待つ。
 亀田の目につかぬようさりげないしぐさで俺の袖をおろし、手首の傷を隠し、落ち着き払って口を開く。
 「昨日新宿で会ったとか見間違いです。昨日は私と一緒にいたんだから」
 「ふざけ……んなよ、見たんだよこの目で、あんだけ派手にやりあってたくせに実はいませんでしたなんて今さら通じるか、久住だって新宿にいたってさっき自分の口で」
 「重要じゃありませんよそんなこと。久住さんがいたっていうんならいたんでしょ、新宿に。そこで千里くんと会って……何かの理由で言い争ったのが事実だとして、そこからは亀田さんの妄想です。久住さんと千里くんが激しい勢いで口喧嘩してるの見て自分に都合いいよう脚色したんでしょ」
 「ーっ、いい子ぶんなよ千代橋、庇うのか!!」
 「久住さんが昨日だれと何してたか知りたいんですよね」
 逆上して泡をとばす亀田を軽蔑しきって見下し、飛沫がとぶのも意に介さず光沢照る床を歩き、硬質な靴音響く中服の襟元に手をかける。
 

 亀田が目を剥く。
 俺も息を呑む。


 服の襟を掴んでぐいと引き下ろせば、清楚な薄ピンクのブラに包まれた乳房が露出し、その上半球に赤く穿たれた歯型が外気に触れる。
 昨日つけられたばかりの真新しい歯型。 
 「昨日久住さんがつけました」
 「…………馬鹿な」
 「照合してみましょうか」
 たおやかな指で鮮明な歯型をなぞり、凛と自信に溢れた声音で決定打を放つ。
 「今の話撤回してくださいね。吹聴して恥かくの亀田さんのほうですよ」
 大胆に胸元を広げ嫣然と笑う。清楚な処女としたたかな悪女が兼ね合う微笑は芯の強さを秘め咲き誇り、毅然と立つ姿が艶やかに色づく。
 そそくさと乳房をしまい服の胸元を整え、相変わらず感情が薄い笑みで亀田を見つめる。
 「なんで俺が、悪いのそっち……ホモだぜ、気持ち悪くねえのかよ、ホモに遊ばれたあげく捨てられる女なんか誰も相手しねえぞ」
 「女に振られた腹いせと被害妄想で嘘ついてるとか誤解されるの女たらしのプライド許さないでしょ」
 唇の切れ込みが深くなる。
 今度の微笑ははっきりと蔑みと怒り、ほんの少しばかりの憐れみを含んでいた。
 「………っ!!」
 亀田の満面に朱が爆ぜる。
 水を吸って重くなった靴をぐちゃぐちゃ鳴らしつつ、俺たちとおなじ空気を吸うのに耐えかね悪態ついて逃げていくその背を見もせず、ハンカチを取り出す。
 「立てます?」
 「……言う相手ちがくねえか」
 「そちらこそ、死にそうな顔色してますよ」
 借りたハンカチで手と顔を拭く。
 重苦しい沈黙が漂うトイレで向かい合い、千代橋が呟く。
 「……余計なまねしてすいません」 

 千代橋には大きな借りができた。
 千代橋がとんでこなかったから今ごろ亀田を殺してたかもしれない。 

 あの時芽生えた殺意は本物だった。
 千代橋をあいつの代わりにしてると言われ、俺自身目を背けていた欺瞞を突かれ、気付いたら亀田に掴みかかっていた。

 「……咄嗟にああ言っちゃったけど、本気にしなくていいです。あれはつい口が滑って……昨日の今日で彼女とか言うのさすがアレだし、じゃなくて、そもそも久住さんが私のことそういう目で見てないって……わかってます。ああ、子供扱いされてるなって……上手く言えないけど、私、まだ後輩のままなんですよね。そこから踏み出す努力はしてるけど……上手くいかないなあ」
 訥々と語るにつれ強がりが綻ぶ。
 ついさっき胸元を広げ歯型を暴いた女とは思えぬほど俯き笑う顔は哀切で、はにかみに隠し切れぬ弱さがちらつく。

 「付き合うか」
 「え」

 口から自然に滑りでた台詞に、一呼吸遅れて動揺が走る。
 打たれたように顔を上げた千代橋の顔には喜びに勝る当惑の色、俺を見つめる目には不可解な色。
 
 もういい加減忘れていいだろう、吹っ切っていいだろう。
 俺だってまたひとを好きになりたい。普通に恋がしたい。

 それはそんなに大それた望みか?
 誰かを不幸にするような願いか? 
 

 もういいだろう。
 俺だって頑張った、やるだけのことはやった、ぎりぎりまでねばった、あいつが何考えてるかさっぱりわからなかった、だけどわかろうとした、強姦と脅迫から始まった関係でもあいつが時折見せる優しさにほだされていつのまにか突き放せなくなった、ぜんぶ嘘だった、ゲームだと言われた、信じたくなかった、信じてたまるかとむきになった。
 でも、

 『お前がそんなんなら、もういい』

 もう、いい。
 もう、疲れた。


 俺は俺のずるさに目をつぶる、自分に嘘をつく。
 俺の心がどっちを向いてるかなんて関係ない。
 いま目の前にいるのは千代橋で、あいつじゃない。あいつとはもう会うこともない。
 
 「付き合ってくれ」  
 ハンカチをきちんと畳んで返す。
 俺がさしだすハンカチをとるのも忘れしばらく自失、かすかに震える手でおずおず受け取り、目に嬉し涙をためて頷く。
 「………ありがとうございます」
 
 礼を言うのは俺のほうだ。

 「そこは『はい』だろ?」
 俺は笑った。


 俺はこんな最低で、千里も最低で、千代橋はこんないい女で
 だったら笑うしかねえじゃんか。

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リーマン×リーマン | コメント(-) | 20010419225119 | 編集
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