ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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万里の長城は一日にして成らず 7

 指定された日時にホテルを訪れ、できるだけ目立たぬよう隅のソファーに身を沈める。
  新宿パークハイアットホテルを訪れるのは今回で二度目だ。
 一度目はラウンジをゆっくり眺めた記憶がない、気を失い目覚めたら上階の一室に拉致監禁されていた。あの時は前後の脈絡がつながらず混乱したものだ。
 俺もただ手をこまねいて当日を迎えたわけじゃない、徒手空拳で敵地に赴く心許なさを多少なりとも和らげようとネットで検索をかけて調べた。
 有里が―もとい千里財閥が―億単位で出資したこのホテルは、ヴィクトリア朝時代の建築様式を再現したアンティークな外観が際立つ。サービス面も充実し業界最大手の呼び声高く国内外の著名人が多数宿泊する。余談だが芸能人の挙式場としても近年ダントツの人気だそうだ。
 そんな有名ホテルならスキャンダルは致命的だろうと思うのだが、俺一人の訴えなんか簡単に揉み消せると豪語する有里の言葉には洒落にならない説得力がこもっている。
 華奢なアーチを描く広壮な玄関を抜けた先のラウンジには芸術的なマーブル模様の花崗岩が敷き詰められ、受付で手続きを終えた宿泊客がボーイに荷物を持たせ悠々と闊歩する。
 俺はひどく場違いだ。
 自慢じゃないが俺は生まれも育ちもばりばりの庶民で、就職して営業に配属されてからもこの手の格式高いホテルとは無縁の人生を送ってきた。取引先との商談や交渉はおもに相手の会社や近場の軽食も出す喫茶店で昼飯を兼ねて行ってきたし、この手のホテルに足を踏み入れる機会といえば最近じゃあ姉貴の結婚式くらいなもんで、しかし姉貴が式場に選んだホテルはここより数段ランクの劣る所で、それだって決してみすぼらしいとか地味だとかってわけじゃなく十分きらびやかだったんだが、慣れない環境にどうしたって緊張しちまう。
 仕事を終えた足でまっすぐここに来た。
 すっぽかしてもよかったのだ。有里の命令なんか聞く義理ねえ、無視しちまえばいいと感情が指示するも、煮え切らぬ葛藤と保身と打算の駆け引きを経て出した結論として俺は今ここにいる。いつ現れるかもわからねえ脅迫者をじりじり待っている。
 どうしてきちまったんだろうという苦い後悔、いっそ早くとどめをさしてほしい、生殺しはごめんだというやけくその自滅願望とがごっちゃに混ざり合って心を苛む。
 『一週間後ホテルに来い。いいものを見せてやる』
 有里はそう言った。逆らえるはずがない。逆らったらどういう手段にでるかわからない。
 有里は俺の弱みを掴んでいる、陵辱現場を撮った写真を握っている。俺がもし要求に従わなかった場合、意向に背いた場合は焼き増しした写真をばらまくなりして即息の根をとめることができる。
 会社の全パソコンに写真を添付したメールを送る、実家に現物を郵送する……有里ならやりかねない。
 笑いたきゃ笑えばいい。早い話、俺はびびってるのだ。有里に首ねっこつかまれて、すっかり性根が竦んじまってるのだ。
 有里に会ったら写真を返せと無理を承知で掛け合うつもりだ。
 有里が持つ写真を処分しない限り安眠できる日はこないだろう。
 のこのこホテルにやってきた目的のひとつは直談判だが、もうひとつ、おもわせぶりな電話の内容がひっかかったというのもある。
 「どうせろくなもんじゃねーだろうが……」
 有里はあえて断言せず、抽象的な表現を使ってぼかした。
 有里の示唆する「いいもの」が俺にとって最悪の現実を意味するだろうという予想はつく。あいつが仕組んだ罠にわざわざ乗っかってやるのは癪だが、いま怒りを買うのは得策じゃない。厭わしく忌まわしい思い出がつきまとうホテルのラウンジに足を運んだのはもちろん直談判が目的だが、俺自身の意地とプライドもたぶんに関係している。
 このまま泣き寝入りしてたまるか。
 一発ぶん殴ってやんなきゃ気がすまねえ。
 言葉にしたら陳腐だが、つまりそう、リベンジだ。
 考えようによっちゃあまたとないチャンスだ。有里はすっかり俺の首ねっこをおさえた気でいるが、やられっぱなしで終わんのはプライドが許さない。有里の口から謝罪が聞けるなんて期待してない、万一聞けたとして誠意を伴う謝罪でなければ意味がない。しかし俺なりのやりかたでけじめをつけるのは可能だと思う。
 残り一生脅迫者の影に怯えて過ごすのはお断りだ。
 今の俺ときたら視界の端に無関係の人影がちらつくだけでびくつく始末、日常に復帰したっていつフラッシュバックが襲うかわからないんじゃ本当の意味での安息は訪れない。
 癇性にせり上がる膝頭を押さえ、秒針と競って降り積もるあせりと苛立ちを飼いならす。
 自分の事で一杯一杯で、有里が俺を釣る餌にしたいいものの正体にまで頭が回らない。千里がらみか?どうして忘れようとしたそばからちょっかいかけてくるんだ、ほうっといてくれ、もう気がすんだろう、兄弟そろってどこまでしつこいんだ。
 秒針が時を刻む音がやけに耳につく。
 腕時計をちら見しつつ、油断すれば始まりそうな貧乏揺すりを懸命におさえこむ。
 回転ドアを抜け新たな客がやってくる。何気なくそちらに視線を流し、愕然とする。
 千里がいた。当たり前のようにそこにいた。
 回転ドアを抜けて入ってきた千里は、恰幅のよい外国の紳士と親密そうに連れ添っていた。会社に着てきたよりも上等なスーツ、ブランド物の靴。どこかの秘書見習いといった感じの物腰がやけにしっくり馴染んでいる。
 「ちさと、」 
 無意識に口走り、浅く腰を浮かす。
 シャツの下で胸が激しく躍る。一ヶ月ぶりに会う後輩の様子に懐かしさより違和感が先に立つ。多分、原因は英語だ。ふたりは英語で会話していた。あいつが英語をしゃべれるなんてちっとも知らなかった。滑舌よく区切られ洗練された英語の発音は、幼いころより施された教育の水準の高さを暗示する。
 声をかけるのをためらう。言葉の塊が喉にぶつかり声を失う。
 今の千里はどこか近寄り難い雰囲気をまとっていた、着る物も履く物も話す言葉さえも俺とは違う世界の人間のそれだ。
 垢抜けた……生き生きしてる……違う、そうじゃないだろう、それじゃあまるで会社にいた頃の千里が指導した後輩が仮の姿だったみたいじゃないか、こっちが本物だなんてことがあってたまるか。
 千里と並んで歩く外人の顔を素早く観察する。
 ゆるやかに波打つ金髪、赤みを帯びた白い肌、煙るブルーの目。顔の真ん中に胡坐をかいたでかい鼻が呼吸にあわせひくつく。年齢は五十代前半くらいか、千里とは親子ほどにも離れている。
 俺が特別意識してるせいか、仲睦まじく寄り添うふたりはパーティー参加者でごったがえすラウンジでも目立つ。
 おそらくは癖だろうジェスチャーをまじえ饒舌に話しかけてくる外人に千里は英語で二、三返し、相槌を打つ。適度にフォーマルで適度にフレンドリーな対応だ。
 ソファーから微妙に腰を浮かせた中途半端な体勢のまま、人ごみのむこうを過ぎっていく二人を目で追う。
 上品な喧騒を縫ってエレベーターの前に至り、何か質問する外人に笑顔で答える千里。合図とともにエレベーター到着、ドアがふたつに分かれて開いてふたりが吸い込まれていく。他に乗る人間は見当たらず、扉が閉まったら上へ上へと移動する完全な密室になっちまう。
 「いいものってこれかよ」
 帰ろう。
 千里と知らない外人が仲よさげに歩く現場を見せつけられても別にどうもしねえ、有里の思惑が理解できねえ。千里の変貌ぶりを見せつけて俺を落胆させるつもりだったのならお生憎さまだ。
 門出を祝福してやる。
 あいつなら大企業の秘書として立派にやっていけるだろう。
 俺には俺の人生がある、あいつにはあいつの人生がある。
 会社という接点を失ったんだから本当ならもう会うこともなくて、だから世界で一番大嫌いで憎たらしい有里のはからいでも元気にやってる姿を見られただけでよしとしよう。感謝のふりくらいはしてやるさ。
 徒労感に似た脱力を感じつつ腰を上げるや、視線の先で微妙に雰囲気が変化したのに気付く。 
 千里の態度が硬化する。笑みが少し不自然になる。曖昧に笑う千里にやけにぴったりと密着し距離を詰める外人、吐息が絡む距離で何事か小声で囁き肩を抱く、エレベーターに乗り込むと同時に警戒心がゆるんだらしき大胆かつ過剰なスキンシップ。肩を抱かれた千里が愛想をふりまく、拒まれないのをいい事に調子のりくさった外人がしなだれかかって頬にキスを―……
 信じらんねえ。
 「おい、待て!!」
 名伏しがたい衝動に駆り立てられ、人が行き交う広壮なラウンジを一直線に突っ切り閉まり行くドアを両手でおさえる。
 『What!?』
 「久住さん、どうしてここに」
 自動で閉まろうとするドアをあらん限りの力を振り絞って懸命におさえる、外人が面食らう、千里が驚く、必死に踏ん張って圧搾に抗いつつ怒鳴る。
 「世話かけさせんな、来い!!」
 自分の声で鼓膜がびりびり痺れる。ためらう千里の方へ腕をのばしその肘を掴んで問答無用引っ張り出す、千里を追ってドアにしがみついた外人がおそらくは抗議だろうでたらめに早口な英語で唾とばしまくしたてるのをこみ上げる怒りに任せ一喝。
 「ヤンキーゴーホーム!!」
 『Who are you!?』
 「アイムアパートナー!!」
 正確に主旨が伝わったかどうか甚だ疑わしい。残念ながら俺の英語は高校レベルでとまってる、日常的に使わないせいで忘却のかなただ。
 眼鏡で多少ごまかしていてもおっかねえと評判の三白眼で泡食う外人をぎっと睨みつけ啖呵を切れば、ちょうどパーティーが終わったところだろうか、ラウンジに出て雑談に興じていた紳士淑女の方々が一斉にこっちに注目する。
 閉まり行くドアの向こうに外人が沈没し視界から消滅、手加減せず千里の肘を掴んで走り出す、なんか知らんが体が勝手に動く、後ろで何か叫ぶ千里は無視し前へ前へとひたすら足を蹴りだす、回転ドアから転げ出たらそこは往来でとにかくあいつが追ってこないとこまで行こうと奮い立つ心で決断、千里の肘をむんずと掴んでずんずん歩く。
 「痛っ……爪が」
 「ばかやろう、我慢しろ!」
 手加減してやる義理はない、優しくしてやるつもりはねえ。
 ごねる千里を無理矢理引っ張ってホテルから三十メートル離れた地点で突き飛ばす。
 突き飛ばされたはずみに路肩によろめいた千里と向き合う。ようやく解放された肘をさすりつつ、観念したようにため息ついて千里が言う。
 「……どうしてここにいるんですか」
 「有里に呼び出されたんだよ」
 「兄さんに?……そうか」
 今や完全に落ち着きを取り戻して頷く。
 俺に対する態度はよそよそしく、かつての人懐こさはなりをひそめている。
 背景の道路をテールランプとヘッドライトの光芒の残像ひいて車が行き交い、俯き加減の顔の輪郭をぼかす。
 「説明しろよ。あいつはだれだ」
 胸の内で嫉妬と激情が渦巻き荒れ狂う。
 低く抑圧した声で静かに問い詰めれば、答えたくないと目を伏せて意思表示。
 「関係ないでしょう」
 「一日中歩き回って疲れた体をわざわざ運んでやったんだ、ただで帰れっか。そんくらい聞いたっていいだろう」
 「取引先の人間です」
 「取引先の人間に肩抱かれてエレベーターに乗るのか、お前は。言うなりか」
 俺の目から見たってわかる、あの密着ぶりは取引先の人間どころか親しい友人の域さえこえていた。ドアが閉まりきらないうちからあの調子だったんだ、ドアが閉まって完全に人目から遮断された密室で起き得たかもしれない事態を想像し不愉快になる。
 「エレベーターに乗ったってことは上に部屋をとってあるんだろ」
 「………」
 「だんまりかよ。答えろよ。自分がやろうとしたことだろ」
 体の脇で強く強くこぶしを握りこむ。そうやって押さえ込んでいないと今にも殴りかかっちまいそうで、暴発の兆しを孕み膨張する憤りを制御できない。
 道路に列成す待機車両のクラクションが耳につく。
 千里は逡巡のすえ意を決し、挑むように俺を見据え、きっぱり言い切る。  
 「彼は取引先の人間で、僕が接待を任されました」
 俺がいくら鈍感だって、「接待」が意味する行為くらいわかる。
 「…………どこまでくさってんだよ」
 どこの世界に自分の実の弟に体で契約をとれと命令する兄貴がいる?
 ベッドでご機嫌とりしてこいと実の弟を送り出す兄貴がいる?
 「……これが初めてなのか。そうだよな」
 確認よりは願いに近い響きで畳み掛けるも、千里は体を斜めにして視線をそらしたまま。
 再び開かれた口から飛び出した言葉はうっそりと拒絶の響きを帯びていた。
 「気が済んだら帰ってください、このあと仕事があるんで。駅まで行くのが面倒ならタクシー代出しましょうか」
 「ふざけんな、勝手に話終わらせんな、何が仕事だよ」
 激しく口走りながら取り決めを破って千里と接触してる事に気付くがもう遅い、一度踏み越えた境界線のむこうへは引き返せない。
 ちらりと俺の足元を一瞥、意地悪く目を細めて冷笑する。
 「……靴を汚すのだけが仕事じゃないんですよ」
 俺の靴と千里の靴。
 営業であちこち歩き回った俺の靴は汚れきって、千里の靴はおろしたての革の光沢を放つ。
 他人行儀な態度と慇懃無礼な言動に逆上、咄嗟にこぶしを振りかぶるもたじろがぬ眼差しを受けて迷う。
 ついさっきまで有里をぶん殴ろうと決めていた。
 有里の代わりに千里をぶん殴るのは違う思うつぼだ、引き合わされた俺たちが言い争う様をどこからか眺めてあいつは今も笑ってるんじゃないか?
 「…………」
 軽く頭を下げ、俺の前を素通りしホテルへ引き返す後ろ姿に追いつく。
 「ちゃんと説明しろよ、辞めた理由、お前がこうなっちまったホントの理由をお前自身の口から話せ。何も言わず突然辞めて後任がどれだけ大変な思いしたと」
 「申し訳ありません」
 言いたい事聞きたい事が殺到し渦巻いてひとつも満足にしゃべれない、一ヶ月ぶりに会った千里は他人のようで俺がどれだけ感情的になってもよそよそしい態度を崩さない、俺を慕うかつてとの落差に戸惑う、どちらが本当の千里か判断つかず混乱する。
 ゲームだったんですよと囁く声が耳朶に甦り、どす黒い憎悪が窒息しそうなほど膨れ上がる。
 「あの時言ったのは本当か?」
 千里がさぐるような上目遣いで俺を見る。怪訝な表情。
 深呼吸し、抑揚なく追及する。
 「薬でぼんやりしてて、何が嘘でホントかわかんなくて、だから正直勘違いもあると思う……まわりに人、いっぱいいたし、張の妙ちきりんな日本語は催眠術みたいだったし、頭もくらくらして、風邪ひいて熱出したみたいで、だから誰かの言ったことをお前の言葉と勘違いしてるんじゃねえかって」
 違う、違うだろう、そんなこと都合いいこと本当に信じてるわけじゃないだろう、 単にそう思いたいだけだろう、それが事実なら俺が救われるってだけだろう。
 ありもしない現実逃避の可能性にすがりつく、一縷の希望を託す。あれは薬が見せた幻覚、有里の暗示が捏造した悪い夢、あの時俺は薬でぐちゃぐちゃの状態だった、初めて使われた催淫剤の効果は激烈で千里と有里の見分けもつかない状態だった、なら二人を見間違えた可能性だって十分あり得る、二人の言葉をすりかえて記憶してる可能性だって否定しきれない、千里が俺を拒絶し見捨て一人部屋から去っていったのは嘘だ、そうか嘘か、嘘なら水に流せる亀裂を修復できる、俺は千里を殴らなくていい憎まなくていい、こいつに心を許しかけた自分の愚かさを憎まなくたってすむ……

 「一回二回のレイプでそこまでショック受けるもんなんですね」
 
 耳を疑う。
 「久住さん悦んでたから、後はもう兄さんたちに任せて平気かなっておもったんですけど」
 視線の先で千里が笑う。
 車が曳航するライトに輪郭が靄って、光が当たらぬ側の顔に酷薄な陰影をつける。 
 「兄さんに呼び出されたって本気で関係を切りたいなら無視して出てこなきゃいいんですよ。あなたはいつもそうだ、自分は望んでないと言いつつ煮え切らない態度でずるずる関係を続ける。卑怯です。もう一度言いましょうか?あなたとの事は兄さんが帰ってくるまでの暇つぶしの遊びだった、僕があなたのためを思って嘘をついてるとかとんでもない誤解ですよ、買いかぶらないでください。あなたと僕じゃ立場が違う、僕には予め用意された場所がある、会社は腰掛けで最初からそこに帰る予定だったんです。あなたは手土産です。兄さんは嫉妬深い、自分がいない間ぼくが浮気したと勘ぐってねちねちイヤミを言う、それが面倒だから手土産を渡したんです。わかったでしょう、僕はあなたが思ってるよりずっとエゴイスティックな人間なんですよ」
 隣り合う道路からさすライトが表情を読めなくさせる。
 「こんなところにいていいんですか久住さん。新しい彼女を放って他人の情事を覗き見ですか」
 「な」
 「らくですよね、流されるのは。脅迫されて仕方なく、弱みをつかまれていやいや……いくらでも言い訳できる、自分は悪くないって責任転嫁できる。でもね、それは欺瞞です。自分だって楽しんでるくせに。無理矢理与えられる快楽を享受した時点で共犯です。僕や兄さんを殺したいほど憎んでる?じゃあどうぞ、殺せばいい。レイプされて傷心?ふざけないでくださいよ、そうやって普通に生活できるくせに。本当にショック受けてるなら会社になんか行けませんよ、自分が犯された現場に自分の足で歩いて来れるわけがない、あなたは本当はちっともショックなんか受けてないんですよ、むしろ病みつきになってる、男に無理矢理されて気持ちよくなってしまう現実を認めたくなくて被害者づらしてるだけだ」
 怒りに火がつく。
 「実の兄貴とヤッてる変態に言われたくねえ」
 わざと露骨な言い方をした。
 「……よくそんなあることないことほざけたもんだ、いっそ敬語なんかやめちまえよ、そっちのほうがさっぱりする。なんで千代橋のこと知ってる、俺のあとつけまわしてたのか、調査会社使ってしらべたのか、お前も兄貴と一緒だよ、金ばらまいてひとのプライバシー嗅ぎ回って……」
 なんでこんなやつ心配してたんだろう
 「千代橋は関係ないだろ、今はお前と話してるんだ、お前の気持ちが知りたかっただけだ!!」
 こんなやつに会いたくてたまらなかったんだろう
 「関係ありません」
 「目の前にいる人間が関係ないわけあるか」
 どす黒い憎悪が理性を蹴散らかして思考に焦げ穴を広げる、かつて俺を犯した男と一対一で向き合う、殺意を抱くほど憎んだ後輩と向き合い暴言を浴びせても胸は苦しくなるばかり、大股に歩み寄ってぐいと肩を掴む、苦痛に顔を顰める千里におもいっきり近付く。
 「中途半端はどっちだ」
 顔半分をネオンが斑に染める。
 「なんで余計な事すんだよ、俺んちにどっちゃりアイス買い込んで見舞いにきたり痴漢を線路に蹴り落とそうとしたりそれ全部余計なことだろゲームのルールから脱線してる、ああそうさ勘違いしたさするともさ、お前が気まぐれに見せる優しさだか思いやりだかにころっといかれちまったさ、騙された俺が悪いのかよ、騙されたほうが悪いってのは詐欺師の居直りだ、そんなの俺は認めねえ、騙すほうが悪いに決まってんだろ、だのに憎めない、憎もう憎もうと自分に仕向けたところで憎みきれないんだよ!!」
 はっきり拒絶されたのに、伸ばした手を振り払われたのに、まだ未練を捨てきれねえ。
 ゲームだったんだと本人の口から真実を聞かされても、俺は俺に向けられた気まぐれな優しさの方を信じたい。
 事後に向けられるすまなそうなまなざしを、気遣わしげに汗を拭う手を、ごめんなさいと詫びる細い声を、そのすべてが俺を嵌める計算づくの罠だとは決めつけたくない。
 あってたまるか、そんなばかげたこと。
 往来のど真ん中、互いに一歩も譲らず険悪に睨み合う俺たちを通行人が迷惑顔でふたてに避けていく。
 千里の肩を今一度しっかり握り締め、唸るように言う。
 「……弱みつかまれてんのか」
 「どういう意味ですか」
 「お前ら兄弟普通じゃねえよ。成人して家出てんなら兄貴になに命令されようが従う義理ねえよ、なんか兄貴に逆らえないわけがあるのか」
 「………」
 「話せ。ここまで巻き込んだから洗いざらいぶちまけちまえ」
 ずっとおかしいと思っていた、歪んでると思っていた。
 千里はどうして無茶な命令に従う、歯向かわず服従する?俺とおなじで弱みをつかまれ言う事聞かされてるなら辻褄が合う。
 「弟がせっかく就職した会社を辞めさせる兄貴もベッドで接待しろって命令する兄貴もおかしい、あいつはわがまま暴君だ」
 「可愛いですねその呼び方」
 千里が少し笑う。胸が痛くなる。俺が知ってる千里は、こんな諦めきった、疲れきった笑い方をしなかった。
 肩をひしぐ手をゆるめ、限界まで腕を突っ張って、凭れ掛かるかのように首をうなだれる。
 「……勘違いわがまま暴君だ」
 「さらに可愛くなった」
 「勘違いわがままナルシスト暴君、やや馬鹿」
 「曇りのち晴れ、みたいですね」
 「呼び方はどうでもいいんだよ。……あいつには反吐が出る」
 千里の肩にすがりつき、前かがみの姿勢を保ちつつ、かすれきった声を絞り出す。
 「あいつにさからえないお前にも反吐が出る」
 前かがみなのは顔を正視する決心がとうとうつかなかったから。千里がどんな表情を浮かべているか確かめる勇気がでなかったから。
 やや間をおいて、頭上から声が降る。
 これから引き受ける理不尽な痛みを覚悟しているようにも、諦念に似た従順さで許容しているようにも聞こえる声音だった。
 「………殴らないんですか」
 「もういい」
 目を瞑る。
 俯く。
 唇を噛む。
 「……お前がそんなんなら、もういい」
 吐き捨て、突き放す。
 今度は俺の方から、断固たる意志で絶縁状を叩きつける。
 本格的に宵の口を迎え人通りが増えた往来に立ち尽くす千里を置き去り、路肩に出てタクシーをとめる。
 自動的にドアが開く。後部シートにすべりこむ。住所を告げる。閉じたドアの向こうから視線を感じる、タイヤが路面をこすって車がゆっくりと動き出す。
 無気力に身を丸め、背広の内をさぐって携帯をとりだす。
 迷った末、親指を連打してアドレス一覧を表示する。
 『千里万里』
 「…………」
 ボタンを押す。あっけなく削除が完了する。
 この一ヶ月、何度かけても出なかった。むこうからもかけてこなかった。
 もう二度と会わない、声を聞くことはないだろうと漠然と予期しながら、どうしても削除する踏ん切りがつかなかった。
 タクシーが走り出す。しばらく前かがみの姿勢を保つ。千里のアドレスを消去した指を動かし、違う名前を表示し、かける。
 繋がって欲しいのか欲しくないのかよくわからない。だけど、声が聞きたい。
 『もしもし、久住さんですか。どうしたんですか、珍しいですね、会社終わってから電話くれるなんて初めてじゃないですか』
 あんまり待たせずに電話に出た。やや上擦りがちに緊張した若い女の声が鼓膜をくすぐる。千代橋だ。
 両手で囲うようにして携帯を握り、色白の頬を清楚に上気させた後輩の顔を思い浮かべ、安堵と罪悪感が入り混じった複雑な気持ちに浸る。
 「……こないだ作ってくれた肉じゃが、美味かった。全部食った」
 携帯の向こうから当惑の気配が伝わる。千代橋が困ったように笑う。
 『どうしたんですか、突然。一週間も前の話ですよ?感想なら翌日貰ったのに……』
 「食いきれなかったぶんはラップかけて次の日食った」
 『……それは初耳です。やっぱり量多すぎましたか。男の人だからあれくらいでちょうどいいかなっておもったんですけど、久住さん細身だし、痩せてるし、調節したほうがよかったですよね……』
 「うまかった、ほんと。お袋の料理思い出した」
 『似てました?』
 「味はあんまし。でも白滝入ってるとこがおなじ。味が染みて美味いんだよな、あれ。にんじんの切り方もこう、おおざっぱなところが似てた」
 『すいません、あんまりほめられてる気がしません』
 「礼、もう一回ちゃんと言っときたくて。あんがとな」
 『久住さん、どうかされたんですか?』
 千代橋はいやになるほど勘が鋭い。 
 違う。そうじゃない。俺は下心があった、期待していた、千代橋の好意に乗っかって優しさを利用した、胸の痛みを忘れる為に、やりきれなさをごまかすために。
 『久住さん?聞いてます?大丈夫ですか?声の調子おかしいし、元気ないみたいだし……なにかあったんですか』
 千代橋はいい子だ。本当に俺の体調を気にかけてくれる。
 礼儀正しく気立てのいい後輩で、一人暮らしの男所帯に料理を作りにきてくれて、追い出されるような形でむりやり部屋から出されたってのに少しも不快感を表に出さず、翌日会社で会ったら「おはようございます」と挨拶してくれた。作り置きした肉じゃがの横には丁寧に箸が延べられていて、俺の好みがわからなかったんだろう、サラダの横にはわざわざスーパーで買ってきたフレンチドレッシングと中華ごまドレッシングがふたつ置かれていた。
 こまやかな気配りに感心したのを覚えている。
 「………………俺……」
 言葉が続かない。気を抜けば弱音を漏らしちまいそうで、奥歯を食いしばる。
 後輩の、それも女にかっこ悪いところを見せたくないという虚勢と、誰かに縋りたい、よりかかりたいと慰めを求める気持ちが反発しあう。
 携帯を持つのと逆の手で額を支え、その手をずらし顔を覆い、指の隙間から呟きを落とす。

 「……先輩失格だ」
 
 説得できなかった。
 口汚くなじり責め立てて、だけど千里の口を割らせる事はできなくて、なにもかも口ほどでもなくて、挙句背を向けて逃げ出した。

 惨めな自分を忘れたい、千里に言い負かされた自分を忘れたい、千里が今頃ホテルの一室でどうしてるかなんて考えたくもねえ、俺が一ヶ月前どんな目にあったなんか思い出したくもない『抱かれて悦んでたくせに』違う『また抱かれにきたんですか?』違う『自分だって楽しんでるくせに。無理矢理与えられる快楽を享受した時点で共犯です』違う違う違う、男に抱かれて感じてたまるか、俺はまだ女を抱ける、普通の基準から逸脱してない、茶番の巻き添え食ってたまるか……
 
 生唾を飲み、携帯を握り直す。

 「抱かせてくれ」

 窓からさしたネオンが見下ろす手とスーツの半分に軽薄な色をつける。携帯のむこうで千代橋が沈黙する。
 切られて当然だ。軽蔑されるのもしかたない。きっと絶交されるだろう、幻滅されるだろう、明日から会社で会っても無視されるだろう。
 ぎゅっと目をつぶり、膝においた手の中で沈黙する携帯から反応が返ってくるのを待つ。胃に穴が開きそうな沈黙を耐えしのぶ。
 
 『……今から部屋に行きます』

 全身の硬直が解け、脱力が襲う。
 のろのろと惰性で指を動かし、切った携帯をしまう。
 窓ガラスに映った横顔は漂白されたように表情を失くし、強張り、眼鏡の奥の目は放心したまま、このみっともない顔をしたやつはだれだろうとこっちを見返す。
 
 俺ってこんなかっこ悪い男だったんだ。
 
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リーマン×リーマン | コメント(-) | 20010419225143 | 編集
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