ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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万里の長城は一日にして成らず 6

 「お邪魔します」
 礼儀正しく断り、脱いだ靴をきちんと揃える。凛と伸びた背筋のせいか日常的な動作ひとつとっても楚々とした育ちのよさが漂う。
 「片付いてますね」
 「まーな」
 「久住さんらしいです」
 口元を綻ばせ、俺に続いて三和土にあがる。
 部屋に女を入れるのは何ヶ月ぶりだろう。安子と別れて以来すっかりご無沙汰だったせいか、寄り添う気配におたつき靴を脱ぐのに手間取る。千代橋は両手にスーパーの袋を提げている。駅前のスーパーでたんまり食材を買い込んではりきってやってきた。
 きっかけはささいな一言。

 「それ、手作りか?」
 食堂で向き合い座る千代橋が箸をとめる。ピンクのハンカチを広げた上にはコンパクトな二段重ねの弁当箱が置かれ、彩り綺麗に中身が詰められている。
 「はい、そうです。……恥ずかしいからあんまりじろじろ見ないでください」
 「美味そうだな」
 「味はともかく見た目は保証します」
 「普通逆だろ?」
 苦笑しながらの俺の突っ込みに千代橋が頬を染め、そそくさと箸の先を遊ばせる。
 実際千代橋の手作りだという弁当は美味そうで食欲そそるできばえだ。
 一口サイズの肉団子とシャケとそぼろのご飯、玉子焼きにミニトマト、取り外し式の下段にはうさぎ形に皮を剥いたデザートのりんごが詰められている。
 いかにも女の子が好みそうなこぢんまりした弁当だ。肉団子に刺したプラスチックの爪楊枝が花畑の如くカラフルな賑わいを足す。
 「久住さんもいかがですか?」
 「いいのか?じゃあお言葉に甘えて……」
 さしだされたタッパーから林檎をひとつつまむ。
 口の中でしゃきっと弾ける歯ごたえ、瑞々しい果肉の食感と甘い果汁を楽しむ。
 林檎をかじる俺に千代橋は微笑ましそうに目を細めていたが、反応をさぐりつつおずおずと促す。
 「よろしければ玉子焼きもどうぞ。お口に合うかわかりませんけど」
 「え?あ?そうだな」
 自分の手料理を食べてもらいたいらしい。
 女心の機微に疎くすぐ気付かなかった鈍感さを恥じ、勧めに従って玉子焼きを口に運ぶ。
 俺の好みからすると少し砂糖多めで甘すぎるきらいがあるが、十分に美味い。
 玉子焼きを咀嚼し嚥下、太鼓判を押す。
 「味も悪くねえよ。つうか美味い」
 「お世辞ですか?」
 「ちがうちがう、ほんとイケる。ちょっと甘いけど」
 「……ありがとうございます」
 照れ隠しだろうか、爪楊枝を刺した林檎を俯き加減に俺に手渡す。
 ふたつめの林檎を受け取りつつ聞く。
 「でもなんで突然弁当に変えたんだ?」
 「最近太り気味だからダイエットしようとおもって。コスト削減も兼ねてお弁当にしたんです」
 「毎日作るの大変じゃねえか?」
 「いえ別に、料理は好きですし……」
 「今でも十分痩せてるよ」
 見たままありのままの感想を述べれば、緩みかけた顔を引き締めようとして失敗し、千代橋が妙にそわそわと弁当箱を片付けにかかる。
 「久住さんこそちゃんと食べてますか?最近痩せましたよね」
 ぎくりとする。
 「そうか?気のせいだろ」
 ごまかす声が上擦る。たしかにこの一ヶ月で体重が減った。ぶっきらぼうな言い方でぼろを出す。
 女の直感でお粗末な嘘を見抜いたか、千代橋が疑わしげに眉根を寄せる。
 「いつもなに食べてます」
 「コンビ二弁当とかレトルトとか……」
 「毎日?料理作らないんですか」
 「作れねーわけじゃねえけどつい面倒くさくて……一人暮らしだしさ」
 自然、口調が弁解がましくなる。千代橋はしばらく呆れ顔で俺を見つめていたが、弁当箱をハンカチに包んで袋に戻す。
 「今日の夜、なにか予定ありますか」
 「別にねえけど」
 「わかりました。押しかけ女房します」
 驚き見返す俺と向き合い、断固たる表情で宣言する。
 あっけにとられ、かじりかけの林檎を手に口を閉めるのを忘れた俺の様があんまり間抜けだったのか、ついにこらえきれず吹き出し、茶目っ気としたたかさを絶妙の配合で割った笑顔でつけたす。
 「コレクション見せてくれるって言いましたよね。約束守ってもらいます」

 
 断じて下心はねえ。
 千代橋を家に呼ぶことになったのも部屋に上げることになったのも晩飯を作ってもらうことになったのも成り行きで反論の余地なくてとんとん拍子に決まっちまって、いや一応俺は抵抗した、若くて美人な後輩をむさ苦しい男の部屋に上げるなんて良識に照らし合わせてけしからんとぎりぎりまで踏ん張ったが千代橋は貞淑な見た目に反して積極的で、例の約束を盾にスーパーでたっぷり食材買いこんで乗り込んできたのだ。
 きっぱり断ればよかったのか?はしたないって叱りゃよかったのか?待て、それは自意識過剰だろう、千代橋は俺の急激な痩せ方を気に病んで親切心から料理を作りに来ると申し出たんであって下心はないはず、だから落ち着け俺、たしかに告白されたけどだからどうということはない、千代橋はろくなもん食ってない俺を見かねて同情心から飯を作りにきたんだ、それだけだ。
 千代橋は初めて足を踏み入れた部屋の内装を失礼にあたらない程度に見回し、ステンレスの棚に目をつけ歓声を上げる。
 「わ、すごい!これですか、こないだ言ってたコレクションて」
 「ああ、うん、まあな……」
 「ひとつひとつデザイン違うんですね、凝ってる……男の人ってほんとミニカーとかフィギュアとか好きですよね」
 どこかの馬鹿と違ってべたべた触りまくるような真似は慎み、揃えた膝に手を添えてためつすがめつ顔を輝かせる。
 棚の一角を占領するミニカーのひとつを指さす。
 「この子ですよね、こないだ拾ったの。友達たくさんできたね」
 ミニカーを擬人化して優しく声をかける姿にこっちまでほのぼのしちまう。
 こないだ植え込みで拾ったミニカーは、めでたく俺のコレクションに加わった。落とし物として交番に届けようかとも考えたが、値打ち的にそれには及ばないだろうと判断した。おまけは不要だからと捨てられた可能性もある。興味がない人間にとっちゃ邪魔なだけだろう。
 「ぜんぶ集めるの大変だったでしょう」
 「そうでもないぜ、外回りの途中にコンビニよって」
 言葉が途切れる。千代橋が怪訝そうに振り向く。
 心配かけぬよう平静を装い、意味もなくミニカーの順番を並び替える。
 「……一緒のやつにも協力してもらって。おかげで手間が省けた」
 外回りのついでにコンビニ寄るたび、また買うんですかと千里にからかわれた。
 生意気な口を叩くあいつに無理矢理協力させおまけを没収した。
 千里は子供っぽいですねと苦笑しつつも、俺が言う前におなじ銘柄のただし微糖の缶コーヒーを選びとって、おまけ集めを手伝ってくれた。
 俺は沈んだ顔をしていたのだろう。がさつく袋を持ち上げ、滅入りがちな雰囲気を払拭するように千代橋が朗らかに笑う。
 「コレクションはあとでゆっくり見せてもらうとして、早速台所お借りします」
 「なに作るんだ?」 
 「なに食べたいですか?」
 質問に質問で返され迷う。とりあえず、好物を言ってみる。
 「肉じゃが」
 「承りました」
 あっさり採用された。最初からそのつもりだったのだろう、肉じゃがは簡単にできる家庭料理の定番だ。つくづく俺はひっかけに弱い。
 ミニカーを元の場所に戻し、台所へ向かう千代橋についていく。
 カウンターの出っ張りに袋を置き、髪を後ろでひとつにまとめてゴムで括る。露になったうなじから匂いたつ清楚な色気に心臓がひとつ鼓動を打つ。
 なにやってんだか。童貞じゃあるまいし。
 「何か手伝うか」
 「むこうで休んでてください、できたら呼びますから」
 スーパーの袋から食材を出し支度を始める千代橋を残し、居間へ引き返す。
 居間でひとりになってみたが、どうも落ち着かねえ。
 女を部屋にいれるなんて数ヶ月ぶりだ。カウンターを隔てた台所で立ち働く千代橋の気配を過剰に意識しちまう。女がいるというだけで男一人所帯の殺風景が華やぎ、照れが先立つ居心地悪さを味わう。
 募り行く気まずさをごまかそうとリモコンに手をのばしテレビをつける。
 音声は雑音に近く耳を素通りし、映像は眼鏡のレンズを上滑りしていく。
 台所から流れる物音が既視感を呼び起こす。
 既に過去になった記憶、居間でごろごろ寝転ぶ俺をよそに台所で飯を作る安子を思い出す。
 膝を崩して座り、面白くもねえテレビをぼんやり眺める。
 「通い妻か……」
 千代橋はいい子だ。俺の事を好きだと言ってくれる。今日だってこうして飯を作りにきてくれた。
 『考えといてください』
 健気に一途に俺を慕ってくれる。しっかりもので気立てもいい。一緒に過ごす時間が増えるにつれ好意を抱きつつあるのを自覚する。  
 台所から食欲を誘ういい匂いが漂ってくる。千代橋が軽く鼻歌を口ずさむ。つられてフレーズをなぞる。

 本当に忘れていいんだろうか。
 忘れられるんだろうか。

 ふと、テーブル上に投げ出したまま手つかずの郵便物が目にとまる。
 料理ができるまでの暇つぶしにざっと目を通しておこうと軽い気持ちで一番上の封筒を裏返し、眉をひそめる。
 差出人の名前が書いてない。
 大判の封筒だ。手にした感じだいぶ嵩張る。胸の奥で不穏な予感が渦巻く。疑問に思いつつも好奇心に負けて封を破く。
 斜めに傾けた封筒の中からすべりでた大量のそれを見て、愕然と目を剥く。
 「!………っ、」 
 体の重心が均衡を失う、平衡感覚が狂う、胃袋が痙攣し猛烈な吐き気が襲う。
 無意識に手で口を覆う、もう片方の手がばさりと封筒を落とし内容物を床にばらまく。まずい、しまえ、早く片付けろ千代橋の目にふれる前に、床に手足をつき這い回りテーブルの下に頭を突っ込み散乱物をかき集める、シャツの内側を汗が伝う。
 「できましたよ、久住さん」
 エプロンで手を拭きつつやってきた千代橋が目を丸くする。
 「どうしたんですか、くずみさ」
 「帰ってくれ」
 「え」
 料理の完成を報せに来た千代橋が戸惑う。
 千代橋が到着する前にどうにかこうにか散乱物をかき集め後ろに隠し、ぎこちなく笑う。
 「急に気分が悪くなって……せっかく作ってくれたけど、飯、食えそうにない」
 「大丈夫ですか?酷い顔色……」
 「大丈夫、ほっといてくれ」
 傍らに膝つき覗きこむ千代橋を邪険に払う。手に握り締めた写真がくしゃりと潰れる。
 「熱ありますか?風邪かな、病院に電話……」
 「いいから帰れ!!」
 我慢の限界に達し暴発、ヒステリックに怒鳴り散らす。千代橋が伸ばしかけた手をびくりとひっこめ、怯えを含んだ目で俺を見る。
 傷付いた顔を見るなり後悔が襲うも、遅い。一度口にした言葉はとりかえしがつかない。
 胸がむかつく。気持ちが悪い。今は千代橋を構う余裕がない。
 俺の豹変ぶりを目の当たりにし今にも泣きそうに表情を崩す千代橋を、半ば強引に玄関まで送っていく。
 「あの、でも、包丁とかまな板出しっぱなしで、後片付けまだで……ガスの元栓もしめてないし」
 「俺がやっとくから」
 「でも」
 千代橋がエプロンをほどくのを待つのももどかしく、ふらつき靴をつっかけたのを確認後、肩を押すようにして表へ追い出す。
 「明日、会社でな。……送ってやれなくて悪い。気をつけて」
 ドアから押し出された千代橋が何か言いたげに俺を見つめるも、唇を噛んで気丈に一礼する。
 「料理、もうできてますから。……あとで気分よくなったら召し上がってくださいね」
 千代橋は振り返らず出て行く。事情も説明されず強引に追い出され、華奢な肩が落ちる。
 千代橋を見送る間も惜しんでドアを叩き閉め、ドアに凭れて無気力にずりおちる。
 ドアの向こうを靴音が遠ざかり消え去るのを待ってようやく立ち上がり壁伝いに居間にもどる。
 台所を覗けばもういつでも食える状態で料理ができあがっていた。皿によそわれ湯気だつ肉じゃがとつけあわせのサラダから、テーブルの下に突っ込んで千代橋から隠しきった封筒に視線を転じ、ぎりっと奥歯を噛む。
 テーブルの下に手を突っ込み、改めて一枚一枚検分していく。
 差出人不明の封筒から出てきたのは、大量の写真。被写体は、俺。
 「どういうつもりだ……」
 ただの写真じゃない。いつ撮ったんだ、こんなの……答えは決まってる、あの時だ。一ヶ月前の夜。
 動悸がする。眩暈がする。どんな写真かなんていまさら説明したくもない。
 一枚一枚写真をさばくうち胸の内でどす黒い憎悪が蠢く。
 酷い写真だ、反吐が出る、感想なんてそれで事足りる。
 なんて顔してるんだ俺は、こんな顔してたのか、汗と涙と他人の体液とでぐちゃぐちゃの顔と姿態が何枚何十枚も……
 封筒が妙に膨らんでる事に気付いて底に手を突っ込めば、プラスチックの円筒ケースが出てくる。中にはネガが。
 さらに底をあさればメモがでてくる。
 テーブルの携帯を掴みメモに書かれた番号を入力、憎しみに窒息しそうになりながら辛抱強く待つ。
 携帯が繋がる。
 『プレゼントは喜んでくれたか』
 変態野郎が出た。
 「なんだよ、これは。なんなんだよ一体」
 『一ヶ月いい子にしてたご褒美だ。ネガを返してやる』
 「こんな写真、いつのまに……」
 『お前が薬でわけわからなくなってる間だ。よく撮れてるだろう』
 「……何考えてるんだお前……」
 『頭が悪いなクズミは、だからご褒美だって言ったじゃないか。その写真はお前が千里と接触した時の保険にとっといたんだ、もう必要ないから返してやる。千里もすっかり大人しくなったしな』
 千里の名前が胸をえぐる。携帯のむこうで有里が邪悪に笑う。
 『どうした。感動で声もでないか。俺との再会が嬉しいか』 
 「死ねよクソ野郎」
 『楽しい夜が忘れられないか?遊んでもらえなくてつまらないか?』
 取り乱すな、相手の思うつぼだ。わかってる、わかってるけど挑発にのっちまいそうだ、憤激で視界が灼熱する、こめかみの血管が脈打つ、携帯を握る手に軋むほど力がこもる。
 「悪趣味なまねしやがって……」
 二度と見たくなかった、思い出したくなかった、忘れようと努力していた。台無しだ。全て振り出しにもどった。
 ホテルに拉致監禁された事も有里に強姦された事もぜんぶぜんぶ忘れようと自己暗示をかけて一ヶ月たってどうにか上手くいきそうだったのに
 『よくわかったな、送りつけた写真がすべてじゃないって』
 目の前が絶望で暗くなる。
 どん底に突き落とされる。
 『ベッドで乱れるクズミがあんまり可愛いから手元に残しておきたかったんだ』
 耳朶を這う声に怖気をふるう。
 「捨てろ………」
 顔の半分を手で覆いうなだれる。
 「捨ててくれ」
 俺の手元にあるネガを処分したって、焼き増し分が有里のもとにあるなら意味がない。俺の痴態を焼きつけたネガがこれ一本とも限らない。
 『あの夜の記念だ。大事にとっておけ』
 「……………」
 『息が荒いぞ。写真で興奮したのか?聞いててやるから自分でヤるか』
 邪悪で淫蕩な声に耳から犯されていく。
 恥辱で頬が熱を持つ。手元の写真を力一杯握り潰し、掻き毟る。殺意と憎悪が綯い交ぜとなったどす黒い感情が内圧を高めていく。
 『初めて見た時はどうしてこんなつまらない男に千里が目をつけたのか理解できなかった。抱いてみてわかった。クズミは可愛いな。最中、いい声で啼く。俺も少し本気になったよ。今にも泣きそうに潤んだ眼で、それでも強気に睨んでくる。ぞくぞくした』
 「やめろ」
 『今も乳首は弱いのか?薬のせいばかりじゃないだろう、もともと淫乱の素質があったんだ』
 「ねえよ、そんなもんは」
 『千里の事だって……本当はお前から誘ったんじゃないのか』
 理不尽な言いがかりをつけられ、全身の毛が逆立つ。
 『今だって声を聞いただけで勃ってるんじゃないか?』
 携帯を切りたい。変態の戯言に付き合ってられるか。
 『最後のほうは俺にしがみついてイかせてくれイかせてくれとねだった』
 「ばか言え」
 『感じてたくせに」
 「嘘つけ」
 『三本指でも足りないと締めつけてきた。貪欲な穴だ。乳首をいじると前も連動してひくひくするのが面白くて、ついいじめすぎた。覚えてるか、ドライでイッた事。出すもの出し切って、とうとう一滴も出なくなって、それでもしつこく突き上げられて……』
 寝言だ、耳を貸すな、はやく携帯を切れ、関わりを絶て

 「千里は元気か」

 どうして聞いちまったんだろう。

 一瞬有里が押し黙る。
 その空白が背中を押す。
 「一ヶ月前、突然辞めて…会社から、俺の前からいなくなって、あれっきり音沙汰なくて……ケータイいくらかけてもつながんねーし。お前のところにいるんだろ?お前が裏で手を回してやめさせたのか、そうなのか、あいつが自分の意志でやめたんじゃなくてお前が」
 そうであってほしいと、祈る。
 有里のせいだと決めつける。
 千里が自分の遺志で会社を去ったとは俺の前から姿を消したとは断じて認めたくない現実として受け入れがたい、この一ヶ月ずっとずっと頭から離れられなかった、どうしてるのか知りたかった、本人に直接会って真偽を問いただしたかった、あの時俺に言ったことは本当か、本当に騙してたのか、俺の事はまったくちっとも好きじゃなかったのか胸ぐら掴んで本当の所を白状させたかった。
 縋るように携帯を掴む、もう片方の手をテーブルについて身を乗り出す、千里の近況を知る唯一の手がかりだろう電波で繋がった相手に切羽詰まった声で望みを託す。
 「あいつ、どうしてる。酷いことしてないだろうな。今は、お前の会社で働いてるのか。勝手にやめちまって、会社の奴ら、とくに女連中が寂しがってる」
 俺は
 「やめるならやめるで、一度くらい顔出してちゃんと挨拶してけよ」
 俺も
 携帯のむこうで続く沈黙に衣擦れの音が被さる。
 何をしてるんだろうといぶかしみつつ、携帯の向こうの気配を生唾飲んで拾う。
 『兄さん……?』
 寝ぼけた声に心臓が跳ねる。忘れもしない、あいつの声。
 「ちさ、」
 『………んっ……』
 艶めいた声。携帯の向こうで起きている事を想像し、凍りつく。
 『兄さん、邪魔……どいてください……っ、ふざけないでください、今日はもうさんざん遊んであげたでしょう?』
 煩わしげな声に衣擦れの音が混じり合う。携帯のむこうに千里がいる、声がする、有里はわざと声を聞かせている。
 衣擦れの音と劣情の息遣いに混じる吸着音、千里を後ろから抱きしめた有里が首筋にキスする様を想像しちまう。
 『……電話?だれですか』
 快楽に流され始めた千里の声が虚ろに遠い。
 放心状態で蹲る俺の耳朶に、最後に響いたのは勝ち誇った男の哄笑。
 『一週間後、新宿パークハイアットホテルに来い。いいものを見せてやる』

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