ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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万里の長城は一日にして成らず 3

 「久住さん、お昼ご一緒にどうですか」
 俺の後輩、今期の新人の中でもとびっきり美人と評判の千代橋梓。
 色白の肌に背中の半ばまで届くストレートの黒髪、すっきりした卵形の顔に華奢に整った目鼻立ちの千代橋は職場の男どもにも人気だが、懲りずにアタックしては砕け散る亀田があんまり気の毒なためか、近頃じゃあ男嫌いの噂がまことしやかに流れている。
 「俺か?」
 自慢じゃないが、俺は職場で浮いてる。
 孤立とまではいかないが、特に後輩には「怖くてきつくて口うるさい先輩」と位置づけられ腫れ物のような扱いを受ける。飯も大抵ひとりで食う。そっちのほうが気楽でいい。
 俺の習慣は同僚に知れ渡ってるから、妙な気を利かせて一緒にどうぞなんて言ってくる物好きはいないはずだ。千代橋の意図は何だ?
 ……いかん、最近ますます疑い深くなってるぞ。
 かぶりを振って雑念を払拭、千代橋と向き合う。
 「仕事の話?」
 「違います」
 「俺、いつも一人で食ってるから」
 「知ってます」
 「せっかく誘ってくれたのに悪いけど、しゃべりながら食うと味わかんねえんだよな」
 「だめですか?」
 心細げに俺を見る。……まわりの男どもの視線が痛い。 
 「個人的にお話したいことがあるんです」
 回りくどい物言いがひっかかる。
 「食堂でいいか?」
 先に折れた。
 折り入って相談事があるというのに断れない。相手が女ならなおさらだ。
 俺の承諾を得て、千代橋の顔が若干安堵に和む。千代橋を先にし、席を立つ。
 「おっ、なんだよ梓ちゃんとふたりで昼飯か?ヒューヒュー」
 「頬についてるぜ」
 隣のデスクで愛妻弁当をがっつく羽鳥が野次をとばす。
 頬をつついて教えてやればそぼろを一粒つまんで口に持っていく。
 周囲のデスクの連中がちらちらこっちをうかがう。同年代の男どもの中には少なからず千代橋狙いが含まれていて、高嶺の花と連れ立って飯を食いに行く俺へとやっかみの混じった目を向けてくる。 
 男の嫉妬は面倒くせえ。亀田が席を外してるのがせめてもの救いか。
 「社食だったら生姜焼き定食おすすめだぜ」
 羽鳥の間延びしたアドバイスを肩越しに手を振って受けつつ、エレベーターに乗る。
 少し時間はずれるが、社員食堂はそこそこの賑わいを呈していた。
 ピークが過ぎたせいか行列も目立たず、席も空いている。
 千代橋が対面に座るのを待ち、中央やや右寄りの席に着く。
 「久住さんてあんまりここで見ないですよね」
 「まあな。昼飯時は混んでるし、外回りのついでに食う方が多い」
 「生姜焼き定食にしたんですか?」
 俺の手元を覗き込み、千代橋がちらりと笑う。取り澄ました感じの美人だと思っていたが、笑うとだいぶ親しみやすくなる。こっちの方がいいな。
 「羽鳥さんのアドバイス聞いてあげたんですね」
 「羽鳥は関係ねーよ。たまたま食いたい気分だったの」
 対して千代橋が注文したのは海草サラダとポタージュスープ、だけ。
 「それだけでいいのか?」
 「はい」
 「小食だな」
 「ダイエット中なんで」
 「必要ねえだろ」
 頭のてっぺんからつまさきまでじっくり見ても、ダイエットの必要性はまったく感じられない。
 だからそうありのままを指摘したのだが、千代橋は気恥ずかしげに口元をむずつかせ、洗練された所作で海草サラダをお召し上がりになる。
 ……思わず変な表現を使ってしまうほど行儀がいい。サラダに箸をつけ口に持っていく動作ひとつとっても洗練ぶりが目を奪う。
 トレイと口元を往復する上品な箸さばきにいつか見た千里の食べ方がだぶる。
 俺が作ったレトルトカレーを喜んで食う千里の笑顔を思い浮かべ、呟く。
 「キレイな食べ方だな」
 箸が止まる。千代橋が虚を衝かれる。
 「しつけ厳しかったのか?」
 「そう、言われればそうですね。厳しい方かも。両親とも価値観古いし……高校の頃なんて門限が八時で、よく親と喧嘩しました」
 「親御さんからしたら娘の夜遊びは心配だろ」
 「当時は窮屈だったんですよ、遊びたい盛りだったし」
 千代橋がそそくさとサラダを食う。食堂がざわつく。
 ひとつ空けて隣に座っていたグループが席を立ち、甲高くおしゃべりしつつトレイを返却しに行く。
 女と向き合って食事するのなんて安子と別れて以来。
 居心地の悪いこそばゆさを感じ、妙に人目を意識しちまう。
 安子は産休中だから見られる心配ねえけど……
 いや、安子はどうでもいいんだけど。別れたんだし。
 「で、話って」
 仕切りなおし、湯飲みを置いて促せば、ちょうど食い終えて箸をおいた千代橋がためらう。
 「……久住さん、最近様子がへんだからどうしたのか気になって」
 「へん?」
 「じゃないですか?……すいません、今の言い方失礼だったかも」
 「いいから続けろ」
 「はい。……一ヶ月くらい前からだとおもうんですけど、その頃から久住さん、仕事中イライラしてたりぼーっとしてる事が多くなって。最初は気のせいかなって思ったんですけど、そうじゃないみたいで……根津さんとか他の子に聞いてみたら、やっぱり少し痩せたねって言うし」
 膝の上できちんと手を揃え、毅然と顔を上げる。
 俺を見る目には真摯な労わりと心配の色、健気で悲痛な表情。
 「ひょっとして悩み事でもあるんですか?職場の人間関係とか、安子先輩の事とか」
 「安子は関係ねえよ」
 「千里君ですか」
 千代橋の口から出た名前におたつき、箸の先がばらつく。
 豹変した表情で本音を見抜いたか、千代橋が「やっぱり」と小さくため息を吐く。
 「千里君が辞めた頃から様子がおかしくなりだしたから、そうじゃないかって思ってたんです。久住さん、千里くんとよく一緒に行動してたし……外回りも二人で組んで行ってたし。なのに突然辞めちゃってがっかりなさってるじゃないかって」
 「俺が?」
 「違ってたらすいません」
 「さっぱりこそすれがっかりするもんか」
 我知らずふてくされた調子になる。大人げないと自覚しつつ、ぶすっと頬杖ついて茶を飲む。
 対面席の千代橋は迷う素振りを見せるも、意を決したように深呼吸し、改めて俺と向き合う。
 「千里くんが辞めた理由、ご存知ありませんか」
 ああそうかと腑に落ちる。
 千代橋が俺を食事に誘ったのは千里退職の理由について探りを入れるため。俺の体調を心配してというのは口実で、本命は千里か。
 亀田、残念ながらお前の恋は実らないぞと内心で同情しておく。ま、どうでもいいか。
 どうでもよくないのは千代橋に対する答えだ。
 この一ヶ月というもの、千里が辞めた理由を考えあぐねさんざん気を揉んだのだろう後輩は、今また沈んだ顔で口を開く。 
 「久住さん、面倒見いいから。態度と言葉がきついからパッと見とっつきにくいけど、千里君の事一生懸命指導してたって、みんなちゃんとわかってます。それがあんな急に辞めちゃって……私たちも驚いたけど、一番ショックだったのは久住さんですよね」
 「いなくなってせいせいしてるよ、もとから反りが合わなかったんだ」 
 「辞めた理由ご存知ないですか」
 「さあな」
 声に感情がでないよう理性の抑制が働く。
 努めて平静を装って嘘を吐けば、納得したのかしてないのか、千代橋は軽く息を吐いて肩の力を抜く。落胆の気配。
 「……悪い」
 「いえ。……それより久住さんの方が」
 言いかけてやめ、食堂を見回す。
 顔見知りがいないことを確認してから再び向き直り、遠慮がちに問う。
 「大丈夫ですか?」
 「俺が?」
 「無理してませんか」
 心臓が大きく鼓動を打つ。
 無理してませんか。
 たった今千代橋が涼やかなソプラノで発した言葉が耳の中で反響する、欺瞞を暴きたて虚勢をひん剥く、湯のみを持つ手が強張り中の茶がかすかに波打つ、生唾を嚥下し平静を保つ、だいぶ苦労して皮肉っぽく笑う、虚勢が滲んでないよう祈る。
 「罰ゲームか、なんかの。差し向かいで質問ぶつけてこいって友達に言われたか。いくら間抜けだって後輩に避けられてんのくらいわかるさ、突然昼一緒に食おうってのも変だし」
 「違います」
 「俺、千代橋と話した事ないよな、あんまり」
 肯定するように黙り込む千代橋に罪悪感が疼く。
 年下の女子をいじめるのは趣味じゃねえし後味が悪い。
 眼鏡のフレームに手をやり、苦りきった表情を隠す。
 「全然親しくないのに飯誘うの変じゃねえか。罰ゲームじゃないなら何だ、やっぱ千里ねらいか。それなら期待はずれで悪いけどろくな情報提供できそうにねえよ、あいつとは別になんでもなかったし、お互い嫌いあってたし……プライベートについても一切知らない」
 「久住さん?」
 千代橋が戸惑う。
 「……悪いけど、辞めた理由と行き先知りたいなら他あたってくれ。他にもっと親しいやついるだろ?本田とかどうだ、仲よかったじゃねえか。同期で飲み会とかよくやってたし、俺なんかよかよっぽど」
 「千里くん、久住さんの事は好きでしたよ」 
 千代橋は思い詰めた様子で畳み掛ける。
 「凄く懐いてたし……彼、基本的に愛想いいし、いつもにこにこしてるんですけど、それって分け隔てなく平等なんです。オートマティックなんですよね、笑顔が。誰かに挨拶された、スイッチが入る、笑顔を返すみたいな感じで……他にも気付いてた子いるけど」 
 先日、耳に入った会話を思い出す。
 完璧に見えた猫かぶりだが、勘の鋭い女子の一部は本性を偽る演技に気付いていたのだ。

 気付いてたのは俺だけじゃなかった。
 俺だけ特別なんて事、全然なかったのに。

 千代橋は微笑ましげに続ける。
 「だけど、久住さんにはもっと砕けた、たぶん本物の笑顔を見せてました。他と違うんですよね。どこがどうと具体的に指摘できないんですけど……久住さんの前でだけ子供にもどったみたいでした」
 「錯覚だよ」
 「千里くん、久住さんを慕ってました。久住さんと一緒なら外回りでもなんでもすごく楽しそうだった。前からなんですよ、入社した時からずっと久住さんに憧れてて……取引先の人と会う時のお辞儀の仕方がすごくきちっとしててかっこいいとか、電車は席空いてても必ず吊り革に掴まるとか、飲み会でも久住さんの話ばっかりでからかわれてました。まるで恋してるみたいだって」
 言葉ひとつひとつが胸に突き刺さる。
 「気分を悪くされたら謝ります、ごめんなさい。でも、久住さんなら千里くんが辞めた理由なにか知ってるんじゃないかとおもって。一ヶ月前、千里くんが突然辞めた日、久住さんあのまま帰って来ませんでしたよね。ひょっとして関係あるんですか?千里くんと何かあって、それで」
 核心に迫りつつある推理を遮り、激情に任せ荒々しく席を立つ。
 椅子を蹴立てる音と振動がやけに響き、期せずして注目を浴びる。
 千代橋がびっくりしたように目を見張る。
 その顔は見ずテーブルに平手をつき、憤激を抑え込んだ毒々しい調子で吐き捨てる。
 「あいつがどうなろうが知るか。辞めた人間にいつまでもかかずりあってるほど暇じゃねえ。千代橋、お前もとっとと忘れちまえ」
 全部ゲームだったんですよと囁く声が耳に甦り、唇を噛む。
 「会社にきたのも営業でぺこぺこ頭さげてたのも、全部ゲームだったんだよ」
 俺との事も、全部。
 あいつはもともと人に頭を下げる必要なんかねえ人間だから。
 「あいつが辞めた理由なんか知らねえ。飽きたんだろ、きっと。フツウの真似をしてみたかっただけさ。就職して、営業に配属されて、外回りで汗かいて喫茶店で涼んでまた頭下げに行って会社帰ったら帰ったで会議に使う資料作成する毎日で、自分の知らねー世界覗けてさぞかし刺激的だったろうよ」
 コネを借りず就職したのだって一種の社会見学のつもりで、非常識が常識の経済感覚からしたら小遣い銭程度の給料貰うためにあくせく走り回ってる俺や他の連中を陰でこっそり嘲ってたのだ。
 「どんなもんかわかったから、もういいやって切り上げたのさ」
 俺の事も、あっさり切り捨てた。見殺しにした。
 俺も会社も、千里にとってはその程度の価値しかない存在だったのだ。
 事実の追認に胸が痛む。一ヶ月経っても整理できない負の感情が胸の内で吹き荒れて俯く。
 千代橋が眉をひそめる。
 「手、けがされてるんですか?」
 咄嗟に右手首を庇う。
 捲れかけた袖口を元に戻し、椅子をきちんとテーブル下に入れて踵を返す。
 「ご馳走さん。先戻ってるぜ」
 カウンターにトレイを返却し食堂を出る。振り返る余裕はない。
 足早に廊下を歩いて、たまたま目についたトイレに駆け込む。
 さいわい人はいない。
 眼鏡を外し弦を胸ポケットにひっかけ、蛇口をひねって水を出し、両手に受けて顔に叩きつける。
 一ヶ月だ、とっくに時効だ、あいつはもういないんだ、俺に何も言わず何も残さず消えちまった。
 当たり前だ。
 相手は千里グループの御曹司で会社に就職したのも気まぐれで俺に手を出したのは遊びで時が来たら有里のところへ戻る手はずになってたのだ。
 俺はカモにされた、落とせるかどうか賭けの対象にされた、千里は俺にこれっぽっちも気なんか持っちゃなかった、俺が勝手に勘違いしただけだ。

 馬鹿だ、俺は。

 「……むきになって……」
 なにやってんだ。自分に愛想が尽きる。
 千代橋は悪くねえのに、好きなやつの行方を知りたくて俺を頼ったのに、あんな態度最低だろう。
 鏡に映るびしょ濡れの男をまっすぐ睨みつけ、遣り切れない想いを吐き出す。
 「やつあたりじゃねえか」
 千代橋を傷つけた申し訳なさと、余裕のない自身に対する苛立ちが入り混じった衝動からしきりと顔を洗う。
 勢い良く顔面を叩く水が次第に頭を冷やしていく。
 蛇口を締めて一息つく。
 目を瞑り、いつもどおりドライな俺を取り戻そうとあがく。 
 蛇口を掴んだ右手の袖口が水を吸って変色してるのに舌打ちひとつ、まどろっこしくボタンを外し引き上げる。
 
 右手首に治りかけた痕。
 一ヶ月たって、やっとここまで薄くなった。

 「…………」
 シャツが長袖で助かった。
 手首に怪我をしてても、袖に隠れて見えなけりゃ余計な詮索を回避できる。
 手首の傷を見るたび思い出す、一ヶ月前の事を。千里が辞めた日、俺の身に起きた出来事を。
 
 千里は有里を選んだ。
 俺の手を無慈悲に払って、ホテルの部屋を出ていった。

 忘れたいのに、背中を向けて出ていく千里の姿が網膜にこびりついて離れない。
 胸を苛む痛みは失恋の痛みによく似ていて、俺は千里が大嫌いで、千里にとっては暇つぶしで、だからこんなもの引きずる価値も意味もねえのに、酷く疼く。

 一体いつから、あいつがいないと物足りなくなっちまったんだろう。
  
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