ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム
ナナシノハナシ 2

 「うぶ、うぐ、あぶ」
 ステンレスの棒状ギャグを噛まされた口から飲み干しきれない涎が滴る。
 鋭く風切る音に続き、鎌首もたげた蛇さながらの俊敏さで鞭が肩に食らいつく。
 「んんーっ!!」
 体のあちこちで続けざま激痛が爆ぜのたうつ、皮膚が裂けて血が滲み醜悪なみみず腫れが縦横斜めに走るのを熱の分布として感じる。
 「!!あぅぐ、ぅぶ」
 鞭が乳首を掠め一際鋭い痛みが駆け抜け全身が痙攣、喉が反って大量の唾液がほとばしるも悲鳴はギグに阻まれくぐもった嗚咽にしかならない。
 「淫乱のクソガキ、変態野郎、どうだとっときの乗馬鞭の味は、美味しいかたっぷり食らえ感謝して召し上がれ、鞭で死ぬほどぶっ叩かれりゃ使い古しのガバガバケツマンもちょっとは締まるだろうさ、ははっ」
 風切る唸りを上げて撓る鞭が無防備に吊られた体を打擲、両腕を縛られ吊るされ無抵抗のまま折檻を受ける。
 男が使うのは本格的な乗馬鞭で太くてよく撓って皮膚に無数の裂傷を刻む、痛い、体中熱に侵されていく、それとは別に股間で滾りたったものを皮製の特殊な拘束具で塞き止められ射精できない苦しみに気が狂いそうだ。
 いま自分の体がどうなってるかわからないしわかりたくない、でもろくなことになってないだろうと予想がつく、前からぼたぼた雫が滴る、皮製のリングは根元にきつく食い込んでペニスを痛めつける。
 爪先立つ、バランスをとる、両腕を縛り上げた縄がぎしぎし軋む、体を左右に揺らすごと後ろに突っ込まれたバイブが電動の唸りを上げて前立腺を責め抜く。
 姿勢を保つのが辛い、腕が抜けそうだ、解放してくれ。
 一秒でも早くロープが擦り切れよと腕をよじる、暴れれば暴れるほど前を塞き止めたリングと後ろのバイブとが圧迫して快感が沸騰する、せめてギグが外れれば助けてと哀願できる、死に物狂いで顔を振ってギグを吐き出そうと努めるもむだで再び鞭が飛ぶ。
 「凄いな、魚みたいに飛び跳ねる、前からぼたぼた涙たらして悦んでやがる、極太バイブがよっぽどお気に召したかなあ司、お前のがばがばケツマンにはそれだってゆるいくらいだろ、ほら、マックスにしてやっからもっと腰を捻って踊れよ!!」
 暗闇に渦巻く哄笑、カチカチと摘みを回す音に続き衝撃が襲う。
 後ろに挿入されたグロテスクな形状のバイブが、さっきまでとは比較にならない勢いで窄まりを攪拌し、ローションと腸液でぬるつく粘膜にあぶくを吹かせる。
 「んーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
 後ろに与えられる強烈な刺激に背骨もへし折れんばかりに仰け反る、バイブの震動は凄まじく腰全体が痺れて前がぎちぎちに膨れ上がる。
 布の裏で白目を剥き射精のない快感を味わう。
 爪先がびくつく、腹筋がひくつく、気が狂う、おかしくなる。
 なんで俺がこんな事してるのかここにいるのかここはどこで今日はいつ、そうだナナシ、目隠しの布の裏瞼の裏浮かぶ前髪の長い男の顔、小汚いホームレスがいつもの公園で俺を待つ、笑って俺を迎える、帰らなきゃ早く、電車に乗ってもうすぐ終電間に合うか不安だ、帰りにコンビニよって売れ残り弁当買って二人で食べる、ナナシはからあげ弁当がよかったと愚痴るが人におごってもらってる身分で贅沢いうなと叱る、ここんとこ定番のやりとり……
 「んぶ、んっぐひぅっ、ぐぅ」
 豚のように鳴く。
 口一杯に詰まったギグのせいで息が吸えず苦しい、酸欠一歩寸前で死と隣り合わせのパニックを来たす、屠殺される豚のように汚い裏声で絶叫する、もがく、苦しい誰か助けてくれお願いだからなんでもするしゃぶるなめる服従する奉仕する隷属する、あんたの言う事なんでも聞くだから痛いのはやだやめてください先生……

 先生?

 無意識に口走った哀願、脳裏に瞬く過去の悪夢の残像、夜中胸のあたりが重苦しくて目が覚めたらのしかかっていた大人の体、汗でねちっこい手で俺の口を塞いでなんて言ったっけ先生は、内緒だよ司お前はおねしょの常習犯だからおちんちんを懲らしめてやる……
 溶けて混ざるごった煮の記憶、とっくに忘れたはずの過去の悪夢の断片が浮上する、振り切れない振り放せない振りほどけない、腕が肩が胸が足が全身が痛い、赤剥けた皮膚に外気が染みてそれだけで塩をすりこまれるような拷問、後ろで凶暴に唸り続けるバイブレーター、屹立したペニスがてらてらと先走りを滲ませる……
 「んんっ、うぶ、ふっぐひぅぐ、あぅうぐ」
 ゆっくりとじらすような動作で後頭部に手が回り、留め金が外される。
 「げほげほげほっ!!」
 呼吸がらくになりむさぼるように酸素を嚥下、薄い胸板を浅く荒く上下させつつ正面に目を凝らす。
 透明な唾液の糸ひき外されたギグに続き目隠しがとかれ、生理的な涙で曇った視界に男の顔を捉える。
 「ぅあ……っ、各務さ、ねがい……前、きつ、ほどいて、死ぬ……後ろ、抜いてください、おねがいしま……」
 「遠慮するなよ司、まだ不満だろ。まだまだ足りないって粘膜が食らいついてくるぜ」
 無造作に鞭をひっさげ歩み寄った男が、口角を吊り上げあざ笑う。
 嗜虐の悦びにぎらつく双眸に、憔悴しきった俺が映る。
 各務が背後に回る。嫌な予感がする。
 激しい震動に耐えかねて三分の二も抜け落ちかけたバイブを、再び深々と抉りこむ。
 「!!―ひあぅっ、あふぁはっ」
 手首に捻りを利かせ一気に挿入されたバイブが腰を殴りつける、俺が勃起した状態より二回りはでかい模造ペニス、カリは誇張され前立腺にごりごり当たる。
 窄めたつま先が突っ張る、喉が仰け反る、各務がバイブを動かす、激しく抜き差しするごと快感の津波が襲い淫乱に喘ぐ。
 「ああっ、あっ、ぅあ、やめ、抜、んあ、あう」
 「気持ちいいか、目えとろんとさせてイきやがってやらしい顔だ、ケツで感じるなんてその年で立派な変態だな、親が泣くぜ」
 「―ん、なの知らね、会ったことね……ひう、はあ!」
 ぐちゃぐちゃドラスティックな抜き差しに合わせ水音がたつ、耳裏をなぞる吐息の湿り気にさえ感じてしまう、イきたいイきたいイかせてくださいごめんなさい許してくださいもう口答えしません、いやいやするようにかぶりを振って許しを請う、焦点をぼかす、体中熱くて熱くて鞭傷から発した熱が全身を苛んで体の中からも外からも責め立てられて 
 「各務さ、っねがい、も、限界……ゆるしへくだはい、ぬいて、謝る、ります……」
 「なにを謝るんだ?」
 肝心の主語を省略した罰とばかり、いや、それを口実にますます残忍に責め立てられる事を単純に喜んで、狂気の形相でバイブをねじこむ。
 俺は―……
 わからない、なに謝るんだっけ、しっかりしろ、思い出さなきゃいつまでたっても終わらない。

 謝ンなきゃいけないようなことしたっけ?
 見つかんなかったらこじつけろ、無理矢理にでも。

 「―……フェラ、んとき、さぼった……舌、よそ見して……不愉快にさせました、ごめんなさい……」
 「それから?」
 「…………縛られんのやだってごねて、手こずらせました、すいません……」
 「ほかには」
 「シーツ、汚しました……大きい方、我慢できなくて……トイレ、間に合わなくて……」
 「俺がここでやれって命令したんだろ?」
 「そう、……そうでした……」
 「なら謝らなくていい、お前は言われたとおりにしたんだ、初潮前のメスガキみてえにべそべそ泣きながらな」
 ぐいと顔を掴まれ無理矢理振り向かされる。
 各務と目が合う。
 「もらしちまったんだろ?我慢できなくて。浣腸されて、ベッドで四つんばいになって」
 「……………」
 「言えよ」
 「……………はい、そうです、もらしました。ガマンできなくて……すいませ……」
 「尻の穴がゆりィな」
 頬に血が上る。唇が勝手に動く。
 こないだ各務に呼び出された時された事二度と思い出したくない記憶が叩き起こされる。
 「いいか?これはな、お仕置きだよ。前も後ろもがばがばのゆるゆるだから、こうやって栓しとかねえと漏らしっぱなしにしちまうだろ」
 口を利く代わりに首を振る、切迫したまなざしで各務を仰ぐ、卑猥な水音伴うバイブの抽送に耽溺し腰を揺すりたてれば各務が鼻で笑う。
 脳裏にちらつくナナシの顔、俺を犯した職員の顔。
 「おねはいしまふ、イかせて、―っあ、は、んんっ!」
 「それだけか?」
 「……俺のケツマン、奥まで、ぶっといバイブ突っ込んでぐちゃぐちゃにして、イかせてください、すごいのくらはい……ぬるぬるちんぽ、一緒にしごいて、はふっ、ふは……」
 呂律が回らずもたつく。教えられた通りの台詞をなぞれば、ようやく満足した各務が、リングを嵌めた俺のペニスをあやすようになで上げる。
 「あぁあああああああああああぁあっ!!」
 バイブの震動が最強に跳ね上がる。
 同時にリングが弾け、極限まで張り詰めたペニスが大量の白濁を吐き出す。
 尿道を通り抜けた熱いものは一度じゃ枯れず、二度三度と痙攣を続け、透明に漉された残滓まで搾り出す。絶頂に達した後もバイブは最強の状態で体内を抉ったまま、凶暴な蠕動を続けている。
 自力で排泄しようと括約筋を収縮させてみるも、既にバイブで苛められ抜かれたそこは弛緩しきって閉じず、ずるりと半端に抜け出たバイブが一滴残らず精液を搾り尽くした下腹にじれったく響く。
 「はあっ、はっ、は……」
 声を上げる気力もなく、ぐったり項垂れる。
 床にザーメンの水溜りができる。
 汗で濡れそぼった髪がばらつき顔にへばりついて不快だ。
 携帯が鳴る。
 各務が迅速に対応、射精に達してなおバイブの責めに条件反射で戦慄く俺をさあ次はどういたぶってやろうかと妄想逞しくねちっこくいやらしい目つきで眺めつつ電話に出る。
 「俺だ。各務だ。……今?プライベートだよ、ほっとけ。……なんだ、知ってんのか。そうだよ、例のガキと遊んでたんだ。声聞くか?可愛いぜ」
 くっくっと笑う。
 部下の受け答えに上機嫌が一転、剣呑な表情に切り替わる。
 「………なんだって?帰ってきた?本当かそりゃ」
 一旦は閉じかけた瞼を余力を振り絞って持ち上げる。
 涙と脂汗が流れ込んで歪む視界に、各務の横顔が映る。
 二年間付き合って初めて見る、余裕を失った表情。
 「ああ?馬鹿が、確かな情報かって聞いてんだよ!でまじゃないんだろうな?見た人間がいるんだな?……ふざけやがって」
 癇性にこめかみがひくつく。ついで目尻が小刻みに痙攣し憤激の前兆を示す。
 「当たり前だ、死ぬ気で捜せ。何人使ってもいい、近日中に引っ張ってこい。他の連中、とくに神崎には出しぬかれるな。捕まえて、爪の二・三枚剥ぎゃすぐ唄うだろうさ」
 物騒な会話。部下に指示を下し携帯を切る。
 バイブの低い電動音で初めて俺の存在を思い出したとばかり振り返り、面倒くさげにロープを解いて突き飛ばす。
 体がぐらつく。床に転げる。
 転倒のはずみにローションと腸液の混じった粘着の糸引いてバイブがずり抜け、その刺激で少量のザーメンをこぼす。
 「………今の電話、組の……」
 「柴田だよ。こないだ会ったろ」
 「迎えに来てた……スキンヘッドの……」
 両手をついて起き上がろうと試みるも、肘が砕けてぶざまに突っ伏す。
 腰が抜けて立ち上がれない。
 バイブが抜け落ちた肛門はひくついて、下腹一面と内腿にザーメンが飛び散って、顔はよだれと涙と体液でべとついて酷い有様だ。
 さんざんかきまぜられた中がぐらぐら煮立つ。
 鞭で打たれた傷がひりつく。
 全裸で這う俺に舌打ちひとつ、邪魔っけに服を投げつける。
 「……なんかあったんですか」
 各務に対しては敬語を使う癖がついた。そうしないと後が怖い。
 「馬鹿がな、戻ってきたんだよ。二年前、組の金を持ち逃げした裏切り者だ。そいつを見た人間がいるんだとさ」
 各務がベッドに腰掛ける。
 のろのろと服を身につけつつ、各務の顔色をうかがう。
 苛立ちと興奮に血走る眼球ぎょろつかせ、各務は饒舌にまくしたてる。
 「馬鹿が、たった二年でほとぼりが冷めたとでもおもってんのか?のこのこ帰ってきやがって。金庫から持ち逃げした三千万の使い道、あらいざらい吐かせてやる」
 「三千万……」
 「そうだ、三千万だ。貧乏人には想像つかねえ額だろ、司」
 各務は俺の愛人兼後見人で、サディスティックな性向の持ち主。
 この街に事務所を構えるヤクザの幹部で、プレイはひどく暴力的かつ変態的だが、金払いはすこぶるいい。
 俺はこいつが嫌いだった。
 こいつは相手を痛めつけることでしかイけない変態ときた。
 実際、呼び出されるたび死ぬほど酷い目に遭う。
 各務が背広の懐から一枚の写真をとりだし、俺のほうへ投げる。
 Tシャツの裾を下ろしてへそを隠し、床におちた写真を拾う。
 「そいつに見覚えねえか」
 「………ぜんぜん知りません」
 事務所の金庫から三千万を持ち逃げし、現在各務を初めとしたヤクザ連中が血眼になって行方を追跡中の男は、ごく平凡で無害そうな顔だちをしていた。
 「この人、なんでそんなことしたんです」
 「知るか。金がほしかったんだろ。可愛いねえちゃん買って欲しいもん買って飲んで騒いでぱーっと使っちまったんじゃねえか」
 動機には興味ない、ただライバルを出し抜き手柄を上げたい野心の塊の各務がてきとうほざく。
 「写真やっから、ぴんときたらすぐ連絡しろ」
 「懸賞金、でるんですか」
 各務が一瞬目を丸くし、この上なく愉快そうに笑み崩れる。
 「持ち逃げした額の十分の一くらいはな」
 ざっと三百万。
 悪くない。臨時収入としたら破格だ。
 事を終えてすっきりしたら、各務はすぐにホテルを出て行った。
 各務に遅れること一時間、動悸が静まって体力が少し回復するのを待ち、だるい体をひきずるようにして歩く。
 記憶は切れ切れで、どうやって電車に乗ったかも覚えてない。切符を買えたのが不思議だ。
 各務とヤッたあとはいつもこうなる。
 鞭で打擲された痕がじくじく疼いてやり場のない熱が苛む、服とみみず腫れが擦れ合うたび引き攣れる痛みが苛む。

 どうってことないだろう、こんなの。
 酷く痛めつけられる代わりに口止め料と治療費が上乗せされる。
 儲かったんだから、よろこべ、俺。
 最終電車はがら空きで、シートには読み捨てられた雑誌や新聞が放置されてる。
 シートをひとつまるごと占領し、火照る手足を無気力に投げ出し、断続的な振動に合わせ揺れる吊り広告を眺める。
 
 報酬が出る。
 悪い話じゃない。

 損得勘定が働く。
 見つけたら、居場所をチクるだけで大金が手に入る。
 俺は今、喉から手が出るほど金が欲しい。
 施設育ちを卑下して劣等感にこり固まって世間知らずで、馬鹿で中卒で男に体を売ったらいい金になることがわかって流されるままケツを貸して、ラクな方へラクな方へ流されて生きてきてとうとうこのザマだ。

 這い上がりたい、どん底から。
 金さえあれば這い上がれる、違う自分になれる、今と違うもっとずっとマシな生き方ができる。

 やり直すんだ。
 俺は若い、まとまった金さえありゃすぐにでも仕切りなおせる。
 
 『ぴんときたらすぐ連絡しろ』

 各務の言葉が暗示のように内耳に響く。
 誘惑に心が傾く。
 金があれば賞味期限ぎりぎりの不味い弁当なんて買わずにぱあっと外食できる、焼肉食える、服が買える、靴も新調できる、滞納してた家賃を一括払いしてさっぱり身軽になれる、欲しくてもむりだと諦めてたものがぜんぶ手に入る。
 
 電車が駅に到着、空圧の音たて扉が開く。

 ふらつく足取りで家路につく。痛む肩を庇い、びっこをひく。
 薄汚れた雑居ビルと安アパートがごちゃっと立て込む猥雑な街。
 施設を飛び出して、他に行き場がなくて、流れ着いたのがここだった。
 各務と出会ったのは二年前。
 俺は十四か五かそこらで、路頭に迷って行き倒れかけたところを憂さ晴らしの対象をさがしてた各務に気まぐれで拾われて、生活に必要最低限の小遣いと引き換えに体を好きにさせる契約を結び、風呂なし共同便所四畳半のアパートをあてがわれた。
 
 脳裏にちらつくナナシの顔。太平楽な笑顔。
 公園で野宿なんて最低の暮らしをしてるくせに、その最低の暮らしをエンジョイしてる。

 『最低の場所から眺めりゃなんだって最高だ』
 「……うそつけ」
 最低の場所から見たら、なんだって最低だ。
 泥たまりを這いずる虫けらは、なにもかもを自分のいる場所まで引きずり落として貶める。
 視線の先に公園が見えてくる。
 あそこまで辿り着けるか自信がない。
 体力はもう底を尽きかけている、ここまで歩けたのが奇跡みたいなもんだ。
 「……うそつけよ、最悪じゃんか……あれもこれもそれも、どれも最低だ……」 
 今日は特に酷く嬲られた。行為に熱中するあまり、各務は完全に加減を忘れていた。
 一歩足を踏み出すたび、下肢を引き裂く激痛が走る。
 公園が近付く、距離が縮まる、体の揺れ幅が不安定に大きくなる。
 公園の前にさしかかると同時に、ついに力尽き跪く。
 入り口のポールを掴んで公園を見回す、思い詰めてナナシを捜し求める。
 体が熱い。ぞくぞくする。
 脊髄にそって悪寒が走り抜けて鳥肌立つ。ポールにしがみついて荒い呼吸を整える、ぐらりと眩暈が襲う、まずい、受身をとる暇もなく倒れこむ。
 地面が冷たい。ひんやりして気持ちいい。
 疲労と睡魔に抗えず、闇に蝕まれた意識を手放す。
 司と、だれかが名前を呼ぶ。
 慌しい足音、続く感触。
 だれかが肩を掴んで揺さぶる、糸のように細く開けた視界に動転したナナシが映る。
 どうした、しっかりしろ、救急車呼ぶか?
 矢継ぎ早に質問する声はひどく切迫して、口元だけの表情は焦慮に歪んで、ナナシに抱かれた俺は今一番伝えたい事を伝えるために痺れた口を動かす。

 「ナナシさん……」
 「何だ!?」
 「弁当、売り切れだった……」

 腹ぺこで待つナナシの分も、コンビニ寄って弁当買ってくるのをド忘れしていた。

 「~ばかやろっ、賞味期限ぎりぎり値引きセール特盛りからあげ弁当を遺言にするつもりか!?」
 
 ……そこまで具体的に言ってない。
 ナナシが俺を抱きかかえ公園に駆け戻る、右向き左向き確認じれて中央へ向かう、ねぐらにしてるコンクリートトンネルの中に慎重に俺を横たえ自分は消える、行き先に疑問を抱くより先に全速力で引き返してきて、手のひらに汲んだ水を俺の顔面に放つ。
 「!?っぶ、つめてっ、なっ!?」
 「水道水!気つけ!おはよう!」
 顔面に水ぶっかけられ口パクで硬直する俺をよそに、特急で身を翻し、再び水のみ場と往復しようとするトレンチコートの端をひっ掴む。
 「ちょっ、待ったたんま違うって、俺に水ぶっかけてどうすんだよ落ち着けよ!」
 「だってお前すっげ熱いし、熱、そうだろ熱あるんだろ40度くらい大変だ冷やさなきゃ、喉渇いてねえか、今汲んでくっから」
 「その前に手え洗えよ!」
 「いやだって、俺が目え放した隙に蒸発しちまったらどうしよう!?」
 意味不明支離滅裂本末転倒な事を口走り深刻なパニックを来たすナナシ。
 どうしようって聞かれても知るか、というか俺をどうしたい?
 ナナシは俺の傍らに膝をつくや、両手を忙しく結んで開いて、前髪に隠れた目を潤ませて矢継ぎ早に聞く。
 「公園の前で行き倒れ?原因は、空腹、食中毒?俺やばい、ひょっとして俺なんか伝染した、やばい菌伝染しちまった?一応気をつけてたつもりだったんだけど、毎日あそこの水のみ場で手と体洗ってさ、髪だって三日に一度は洗うし、でも石鹸ねーからあんま意味ねーか、あ、でも歯磨き粉はもってんの、前に街で配られてた無料の試供品もらってきて」 
 「どうりでホームレスの割に歯がキレイ……」
 じゃなくて。デンタルヘルスケアはどうでもいい。
 「どうする?どうしたい?俺どうしたらいい!?」
 ナナシが俺に膝枕する。
 ナナシの膝は尖って骨ばってお世辞にも寝心地いいとは言えないけど、ズボンを通して伝わる人肌のぬくもりが妙に染みて、そこに頭を預ける。
 ナナシの膝に頭を乗せ仰向けになる。
 トンネルの天井は低く、アーチを描いている。
 中は一際暗闇が濃く胎内回帰に似た閉塞感があり、取り乱し喚くナナシの声が、コンクリートの壁に殷々と不気味に反響する。
 瞼を持ち上げるのさえ億劫だ。
 体中痛くて、みみず腫れは疼いて、切れた肛門はじくじくして、笑っちまうくらい満身創痍ぼろぼろの状態だってのに、俺の事を心配してぎゃあぎゃあ喚くナナシのざまがあんまりオーバーでおかしくって
 「………ナナシさん、ひとつ頼んでいい?」
 「何!?」
 静かに目を瞑り、ねだる。
 「煙草、喫わせて」
 さっきまで深刻に悩んでたのがばかばかしくなる。
 「え、あ、たばこ?」
 俺を膝にのっけてきょろきょろするナナシ、手近なところに煙草とライターが見つからず落胆、ふと地面にへばりついた吸殻を発見しそれを引っかいて剥がすや俺の口元へもってくるー……
 「ぷっ」
 「あっ、もったいね!?」
 「……尻ポケットに新しいのがあるから」
 俺が吹き出した吸殻を名残惜しげに見つつ、素直に従う。
 俺に膝枕したまま前かがみになり、Tシャツの裾を捲り、尻ポケットに突っ込んだライターと煙草を抜こうとして、驚愕に目を剥く。
 捲れたTシャツの下、痩せた腹筋から貧相な胸板まで縦横斜めに交差するみみず腫れ。
 内出血のあと。
 「………これ………」
 「ハードSМ」
 絶句するナナシに、弱弱しく笑いかける。
 意図的に表情を消したナナシが無言で動作を再開、尻ポケットから抜き取った煙草を俺の口にさし、もう一方の手でライターを持ち、先端に点火。
 トンネルの暗闇に一点、幻想的なオレンジ色の光が点る。
 ライターの火がおぼろに照らすナナシの鼻梁に哀愁誘う陰影が漂う。
 痛みを堪えるように口元を引き結び、じっと俺をのぞきこむ。
 「………いつもと逆、だ。そっちからねだってくんのに」
 「その怪我、だれにやられた。こないだの痣と同じ客か」
 「……………」
 前髪に隠れた顔は見えないが、いつにも増して口端が下がっているから、怒っているとわかる。
 前髪のすだれ越しにまっすぐ見据える目に耐え切れず、消え入りそうに弱音をこぼす。
 「ナナシさんさあ……なんでか上手く行かないんだよね、俺。ぜんっぜんだめで。あの時声上げてたら、なんか変わったのかな」

 あの時も、ちょうどこんな位置関係だった。
 夜中、目を開けたら、上に職員が覆い被さっていて。
 すぐ隣のベッドには同室のヤツが寝ていて、大声で叫べば、助けを呼べば、ひょっとしたら誰かが助けにきてくれたかもしれないのに

 俺は何もせず、諦めた。

 「……最初はさ、感じなかったんだ。ホント、べとべとして気持ち悪いだけで。でも、小5くらいから……しつこくいじくり倒されて、だんだんむずむずしだして。前だけじゃない、後ろも。後ろいじくるとさ、前もびくびく反応するんだ。それを見たアイツ、すげえ喜んで、勝ち誇って。それからさ、それからなんだ、俺だけ贔屓されるようになったの」

 感じるようになったご褒美。
 思い出したくもない、忘れたふりをしていた記憶が堰を切ってあふれだし理性を押し流す。
 俺がいた施設は最低なくそったれな場所で職員はしじゅうイライラして子供に当たり散らして子供同士の喧嘩も絶えなくて、職員は子どもを小突いてストレス発散して、職員の一人はド変態で、物心ついた頃から施設にいて面会に来た親に告げ口するという逃げ道を持たない俺に目をつけて、毎晩毎晩ベッドに忍んできた。

 いやだった。怖かった。誓って本当だ。
 でも、見返りも、あった。

 「……初めてイッた次の日、夕食のおかずさ、俺のだけ一品多かったの。エビフライ。他のガキは変な目で見てたけど、ああ、これは交換条件なんだって俺はすぐわかった。もっとよがるふりして相手を悦ばせりゃご褒美にありつけるって気付いて、その晩から積極的にしゃぶるようになった。そしたら、俺にだけこっそりお菓子とか、小遣いとかくれるようになって……待遇がぐんとよくなって……」
 「うん」
 「ああ、この手があったか。なんだ、簡単じゃん、ちょっと痛いのと気持ち悪いのガマンすりゃ欲しいもん手に入るんだって、調子こいた」

 あるいは、欺瞞。
 交換条件に乗ることで、これは正当な取引なんだと、一方的に奪われ搾取されるだけじゃなく対等な取引が成立してるんだと自分で思い込み、踏みにじられたプライドの回復を図ったのかもしれない。
 俺の男娼人生の、本当のハジマリ。

 「ほんとは……小遣いよかお菓子よか、ぶたれずに済むのが一番嬉しかった。でも、職員に特別扱いされるようになって、今度はなんでお前だけって、施設のガキからいじめられるようになって。中学ん時、飛び出した。……やりかたは、もう、わかってたから」
 選択肢を狭めてたのは、俺だ。俺自身だ。
 捜せば他にいくらでも仕事があるのにあえて男娼を選んだのは、取り引きの名を借りた搾取の記憶に縛り付けられてたからだ。

 「あー、くそ……失敗した」
 「もういい、しゃべんな」
 「世の中に出ても、体さえさしだせば特別扱いしてもらえるって思ってたんだ。んなわけねえのにさ、ばっかみて……。顔も体も大した事ねえのに、若いだけがとりえなのに、勘違いして……あげく、このザマです。笑えよ、ナナシ」
 「笑わない」
 「笑ってよ」
 「笑えない」
 「笑えよ!!」
 俺はヒステリックに笑う、痙攣するように笑いだす、肩を震わせ頭を上下させ涙を流し笑う、暗く狭いトンネルに狂気の発作の哄笑が響く。
 笑ったはずみに煙をおもいっきり吸い込んで咳き込む、だけどまだ笑う、まだ全然笑いたりねえ、煙草を指に挟み喉を鳴らす、片腕で腹を庇いくくっと笑えばシャツが捲れてみみず腫れが走る腹筋が覗く、笑うと筋肉が引き連れて傷に障る、でも笑う、まだ笑う、俺なんかいっそ死―

 等身大の影が視界に覆い被さる。
 熱く柔らかな粘膜が唇を奪う、指の間から煙草を奪う、指から指へと移った煙草がテールライトのようにオレンジの残光引く、ナナシが俺を押し倒す、重なり合う。
 「んぅ、」
 唇が唇を塞ぐ。
 
 「見返り期待して何が悪い?悪いことなんかないさ、何も」
 ナナシの唇は、煙草の味がした。
 俺が好きな、俺がやった、ピースの味。俺の唾液から感染した味。
 頭上にナナシの顔が浮かぶ。
 俺をのぞきこんだ拍子に前髪がはらりと捲れ素顔が覗く。
 無精ひげを散らした若い顔、頬は不健康にこけて唇はかさついて全体が栄養失調気味に尖ってる。

 ホームレスなんか誰も彼も飢えた野良犬みたいな目をしてるとばかり思ってたのに
 ナナシは、草食動物みたいに優しい目をしていた。

 「俺、は」
 鼓動が浅く跳ね回る。
 鼻先にナナシがいる。
 唇とおなじくらいかさついた手で俺の頬に触れ、切れた唇を優しくぬぐい、囁く。
 「……夢もロマンもないけど、人生ってきっと、極論しちまえば見返りの累積で成り立つんだよ」
 「………累積?」
 「誰だって赤字を避けて黒字を望む。お前は人にたくさん優しくしてほしかった、人を沢山気持ちよくすりゃ自分も気持ちよくしてもらえるって思い込んだ、ギブアンドテイクで与えた分だけ戻ってくるっておもった。俺が初めて煙草をねだった時、お前、わざと地面に捨てたろ?間違ってないんだ、あれは。だってあのとき、俺、お前になにもやるもんなかったもん。あげるもん何もねえのに貰ったら、一方的にお前の損だ」
 ナナシは必死に言葉を選ぶ。
 どん底に落ちた俺を引っ張り上げるため、支離滅裂でつたない言葉を駆使し、人間のどす汚い部分を見続けてきたのに不思議と澄んだ目で、語る。
 「貰いっぱなしじゃ不公平だから、お前にやれるもんないかって、俺、一生懸命考えたんだよ。煙草のお返しにやれるもんをさ。弁当も貰ったし、雑誌も貰ったし……けど俺、なんも持ってないから。この通り、ホームがレスだから。マネーもレスだし。だからさ、せめて俺と一緒にいる間だけは、最っ高にくだらない話をして笑かせてやろうって思ったわけよ」
 「わら………?」
 「煙草一本分、いや十本分、楽しませてやろうって。……ぶっちゃけ空回りしてたけど、頑張ったんだぜこれでも」

 ナナシのハナシ。
 醤油じいさんが大事にしてたレシート。
 小学生の襲撃。放浪生活における悲喜こもごも、荒唐無稽なエピソードの数々……

 脳裏にとある直感がひらめく。
 「……あんたを襲った小学生、スプレー持ってたんだよな」
 「ああ」
 「公園中追っかけまわして、スプレーぶっかけたんだよな」
 「ああ」
 「ならなんで、他の遊具や地面にペンキのあとがないんだ?」
 ナナシのハナシが真実だとするなら小学生たちはスプレー缶と金属バッドをもってたはずで、だけどそれを裏付ける証拠はナナシのトレンチコートの染みと腿の痣だけで、所構わずスプレーを噴射したのなら当然あちこちにあるはずの痕跡がまったく見当たらない。

 まさか、
 そんなばかな。

 俺をまっすぐ見据え、ナナシが笑う。
 悪戯がまんまと成功した子供のように、してやったりと口元を綻ばせる。
 「……嘘なのか?」
 どうしてそんな嘘を。
 意味がない。自分を痛めつけてまで。
 声を荒げ問い詰めようとして、その答えに気付き、目を見開く。
 案の定ナナシは頭をかき、今度は悪戯がばれて叱責を覚悟する子供のように情けない笑顔で、あっけらかんと宣言。

 「司に笑ってほしかったから」


 そうだ、実際俺は笑ったのだ。
 『ナナシさん襲ったガキの気持ちちょっとわかる。からかうと面白いんだもん、癖になる』
 そう言って、全身擦り傷と内出血の痣だらけのこの男の前で、無邪気に無神経に笑ったのだ。
 今の俺とおなじように、全身ぼろぼろの男を、笑いものにしたのだ。
 はるか年下の小学生なんかにヤられて馬鹿だなあと、その間抜けさを、情けない負け犬っぷりを、指さして笑いのめしたのだ。


 「……ペンキはどっから……」
 「近くでビルの壁塗り替えててさ。隙を見て、ちょっと拝借。コートの模様替えもできて一石二鳥」 
 「痣は、」 
 「自分で」
 「殴ったのか?」
 右目にまだ癒えぬ痣を残し、ナナシが照れ笑いする。
 「加減がむずかしいんだ、見事に丸く黒くするのは」

 夜の公園を舞台に、ナナシは自ら道化を演じて、俺というたった一人の観客を楽しませようとした。
 時としてかなり悪趣味で無茶なやりかたで。
 でも確実に、体を張ったナナシのホラ話は、俺から久方ぶりの笑いを誘い出した。
 
 「醤油じいさんの話も嘘か」
 「あれはホント。ところどころ脚色まじってるけど、大筋はあれで合ってる。ただ、爺さんがイッキしたのは醤油じゃなくてガソリンだったけど」 
 ガソリンを一気飲みした人間が生き延びる確率がどれくらいか、さすがに俺でもわかる。
 「……全部嘘なら……嘘でもいいから、元気に退院したって事にすりゃよかったじゃんか」
 ナナシのバカさ加減に愛想を尽かし、泣き笑いに似て滑稽な表情で突っ込めば、ナナシもまた同じ顔になる。
 「……自分の事ならいいけど、他人のことでそういう嘘、吐きたくなかった。生きてる人を嘘で殺すとか、その反対も……」
 どこまで誠実な道化なんだ、この男は。
 このナナシは。
 かさつき節くれだつ手が頬を包む。
 トンネルの中にわずかに電灯の光がさしこみ、ナナシの横顔を照らす。
 「狂ってる。正気じゃない」
 「そうかな」
 「そうだよ」
 「中途半端はバレると思って徹底したんだが」
 「……あんたが今まで言ったことの中にホントってあんの」
 「売りをやめてほしいってのはマジだ」
 「信用できねえ」
 「んじゃ、今から掛け値なしのホントをひとつ言う」
  
 俺からすっと身を放したナナシが、トンネルの出口のほうへ、吸い寄せられるように歩いていく。
 電灯の光に導かれ出て行くナナシを追い、トンネルをのそのそ這い出せば、自作自演前衛的なまだら模様にコートを染めたナナシが満場の喝采に応える道化師のように優雅に両手を広げ、砂場の方角を振り返る。
 すいと片腕が上がり、人さし指が砂場を一直線に指さす。

 「あそこに宝物が埋まってる」
 顔に疑問符を浮かべ、肩を浮き沈みさせつつ隣に歩いていく。
 「宝物っていうにはいささか俗っぽいけど、みんながよだれをたらして欲しがるお宝には違いねー」
 舞台裏のようにひっそり静まり返った公園のほぼ真ん中にナナシを残し、覚束ない足取りで砂場に接近し、そこにかがみこむ。
 宝物。魅惑的な響きに喉が鳴る。
 まさかと否定する心と裏腹に、ひょっとしてという可能性が騒ぎ出し、胸の鼓動が跳ね回る。
 砂場にへたりこむと同時に尻ポケットに突っ込んどいた写真がはらりと舞い落ち、電灯の光を浴びて、カラーの印刷面が艶やかに輝く。
 
 横領犯の口元が俺がよく知るナナシの道化と酷似している事に、初めて気付いた。

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ

関連記事 [ナナシノハナシ]
ナナシノハナシ | コメント(-) | 20010507222546 | 編集
ブログ内検索
     © 2017 ロールシャッハテストB  Designed by 意地天