ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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脅迫するものはされるもの12(完)

 殊更ゆっくりとドアを閉めて廊下に出る。
 ホテル関係者の姿もなく殆ど貸切の状態だ。有里が人払いしたのだろう。
 ドアのむこうでは今しも男二人貪り合うように絡み合う淫らな行為がクライマックスを迎えつつある。
 後ろ手にノブを握りうつむく。伏せた顔が極限の葛藤と苦悩に歪む。
 前髪に隠れた目に絶望の翳りと焦慮が交錯、唇を強く噛み締める。
 一刻も早くこの場を離れよう、一分一秒でも早く、一歩でも遠くへ、あの人の声が聞こえない場所へ。
 強迫観念に苛まれ焦る気持ち、過酷な現実から後ろ向きに逃避する心と裏腹に足は凍りつき、たった今なした決断について成否と是非を問う苦い後悔がこみ上げる。
 ドア一枚隔てた向こうから届く物音と淫靡な息遣いを孕む気配に耳をそばだてる。
 動けという命令に反し足は床に根ざしたまま、一歩たりともそこを離れはしない。
 自分に向かい手を差し伸べた久住が瞼の裏にちらつき、罪悪感などという生易しいものでは断じてない身を焼き切るような自責と憎悪の内圧が高まる。
 きつく目を瞑り今さっき目撃した情景を塗り消そうと努めるも、忘却の義務を課すほどに精神に負荷がかかって激しい揺り返しが襲い、有里に陵辱される久住の痴態が生々しい肉感と鮮烈な輪郭をもってくっきり浮かび上がる。
 立ち会うには刺激の強すぎる行為を回想し、下半身が次第に熱を持つ。
 「…………っ………」
 好意を抱く人間が実の兄に犯される様をまざまざ見せつけられた直後だというのに即物的に反応してしまう生理現象を呪う。
 唇を噛む痛みで冷静さを保とうにも、網膜に焼きついた残像は下半身と直結し、高鳴る動悸に正比例して海綿体に血を送り出す。
 卑劣で姑息で最低な人間。
 千里万里は彼に釣り合わない。
 自己本位な欲望が招いた代償は大きい。千里は過ちの責任をとらねばならない。
 演技は上手くいっただろうか、上手く騙せただろうか。騙せたはずだ。淫蕩な熱に溺れ既に虚実の区別がつかなくなっていた久住は、千里が放つ人格否定の銃弾ひとつひとつに撃ち抜かれ、愕然と凍りついた。
 絶望とも失望ともつかぬ虚無に飲まれた忘我の表情は、いつもの久住を知る者からすれば、あまりに頼りなく痛々しく。
 「…………」
 一瞬だけ触れ合った指先は、火傷しそうに火照っていた。
 この手を握り締めたら、きっと二度と離せなくなる。この人を連れて逃げてしまう、不幸にしてしまう、行く先に破滅が待ち受けるとわかっていて巻き添えにしてしまう。
 本能的恐怖と紙一重の予感に駆られ、救いを求めて伸ばされた手を咄嗟に払っていた。
 深呼吸をひとつ、決心がぐらつく前にと身を翻す。
 長い廊下を歩いてエレベーターをめざそうとして、ドアの向こうで生じた物音に足を止める。

 「………イかせ、イかせてくれ……」
 久住の、声。

 千里が知るクールでドライな男の声とはおもえぬほど弱弱しく掠れきって、なおかつ甘い媚と艶を含んだ喘ぎ。
 ドアの向こうで姿の見えない久住が有里にしがみついて懇願する、有里の腕に無防備にしどけなく身を投げ出しその腕にすがりついて許しを請う、その光景がまざまざと脳裏に像を結ぶ、虚勢もプライドも擲って快楽をねだり堕ちていく姿がありありと想像できてしまう。
 千里以外の男に抱かれ、墜落するように上り詰めていく。
 「なんでもする、なんでも聞く、頼む―……っ、もう限界……」
 小刻みに震える手を知らず握りこむ。
 構わず振り切り行こうとして、なのに、未練に縛り上げられた足は一歩も動かない。
 全身が硬直し、廊下のど真ん中で棒立ちになる。
 イきたい、イかせてくれと、ぐずってねだる声。
 プライドも虚勢も溶けきって、与えられる快楽を享受して迎合する喘ぎ。
 限界まで煽られた熱は体を苛む毒でしかなく、どろどろに煮詰まった快楽は苦しみでしかない。
 その苦痛を、千里は実体験として知っている。
 職場での久住はけっしてあんな声を上げはしなかった、責めて責めて責め抜いていよいよどうにもならなくなるぎりぎりまで声を殺して耐え抜いた。すぐには降参せず、結果として生殺しの苦しみを引き伸ばす悪循環だった。
 「イかせてください、お願いします……」
 今すぐ引き返したい衝動に駆り立てられる。
 今すぐドアをぶち破って部屋に飛び込んで引き剥がしたい、救い出したい。
 腹の底から湧き上がり荒れ狂う激情を辛うじて抑えこむ。
 耳を塞いで駆け出したい、蹲りたい、知らないふりをしたい。
 見て見ぬふりをきめこむ自分の卑劣さに反吐が出る、久住が中でどんな仕打ちを受けているかわかっていながら何もできず歯痒い、自分がする事はすべて裏目に出る。
 久住の様子が普通じゃないのはわかった。薬を使われている。
 意識は朦朧として目の焦点は合わず、弛緩しきった顔は艶かしく上気していた。
 千里が抱いた時でさえあそこまで乱れなかった。積極的に腰振り同調し快楽を貪って、噛み締めた唇の間から切ない吐息と喘ぎ声を漏らす。
 尖った靴音で我に返る。
 「片想いの相手のために身を引くか。健気だな。とてもあいつの弟とは思えん」
 行く手に肩幅の広い屈強な体躯の男がいた。
 森。
 有里が消えたドアの方を一瞥、見張りを兼ねて壁に寄りかかった森は、口から煙草を放し紫煙を吐く。
 「えげつねえやりかただ。ヤクザも引く」
 「張を貸し出したのはあなたでしょう」
 「張はあれで根に持つタイプだ。蛇のように執念深い。へらへらしたつらに騙されたら痛い目見る。お前に剥かれて腹を立ててから、リベンジをかねて貸してやったんだ」
 「兄さんとは随分懇意にしてるんですね」
 「若くして社長なんぞになるとそれに応じて敵が増える。俺らみたいなのと顔を繋いどくといざって時の脅しになる。……あくまでこっそりと、秘密裏にだけどな。企業スパイだ盗聴だヘッドハントだ、色々きな臭い業界なんだ」
 「毒をもって毒を制す、犯罪をもって犯罪を封じる」
 「そうだ」
 千里は歩き出す。森は腕を組んだまま、無関心に言う。
 「行くのか」
 「ええ」
 「本当にいいのか、それで」
 「………もう決めたんです」
 ぼくは兄さんに逆らえない。
 その事を、最悪の形で痛感させられた。
 久住が犠牲になって、初めて自分が犯した過ちの重さを思い知らされた。
 千里は断固として言う。森はまずそうな顰め面で煙草を喫う。
 ドアの向こうでは狂った饗宴が繰り広げられている。俯く千里と目を合わせず、森は呟く。
 「……有里の後ろには権力がついている。どこへ逃げても追ってくる。仮に今この場で部屋になぐりこんで久住とかいう男を助け出したところで有里からは逃げられない。日本中、いや、世界中どこへ逃げても追ってくるだろう。そして酷い目に遭わせる。今、中でおこってる事がお遊びに思えるくらいの」
 「…………」
 「お前が大人しく家に帰れば、とりあえず、あいつは満足するだろう。久住は放してやる」
 「………あの人は本来ぼくとは何も関係ないんです。兄さんは信じてくれなかったけれど……ぼくが一方的に犯して脅して従わせていただけで、恋人でもなんでもない、ただの職場の先輩だ。だから……ここから先は踏み込ませない」 
 もとより自分が巻き込んでしまったのだ。
 久住は本来、ここにいるはずの人間じゃなかった。
 久住の隣に立つ資格など自分にはないというのに。
 有里はひどく狡猾で執念深く嫉妬深い。どこへ逃げてもどこまでも追いかけてくるだろう。
 海外に行ってるからと油断して、迂闊に人を好きになったのが間違いだった。
 自分には人を好きになる資格さえないという根本的な事実を忘れていた。

 千里万里は兄の所有物だ。
 所有物に意志など要らない。所有者以外の人間を好きになるのは許されない背反行為だ。 

 わかっているのに、いつのまにか好きになっていた。久住から目が放せなくなっていた。久住の事を考えるだけで、顔を思い浮かべるだけで、胸が熱くなった。

 好きだった。本当に。
 大好きだった。

 過去形で語るしかない感情に、見切りをつける。
 「あまり酷くしないでください。することが終わったら、ちゃんとシャワー浴びせて、マンションに送ってあげてください。怪我もしてたから手当てして……絶対、痕を残さないでください。自分で歩けないようだったら、手伝ってあげてください」
 「他力本願だな」
 「ぼくにはもう、触る資格ありませんから。あなたの方がましだ。男一人運ぶくらい、楽勝ですよね」
 大事な人がドア一枚隔てたむこうで容赦なく犯され辱められ地獄を味わってるのに、何を言っているのだろう。
 後始末を他人に頼んで。
 あの人の事を全部他人に委ねて、無責任に放置して、実家に帰ろうとしている。
 とんでもない偽善者だ。
 だが他に方法があるか、選択肢があるか?
 ない。そんなものはどこにも存在しない、あるなら教えてほしい。
 偽善者でいい、無責任でいい、どう非難されようと構わない、こうする以外あの人を解放する手段が思いつかない。今は目を瞑る、今だけ我慢すればあの人は自由になれる、執拗な監視と追跡と支配から逃れて会社に戻って日常に復帰できる。
 今を見殺しにして先を生かす。日常に戻ったところでおぞましい記憶と痛みは癒えないだろうが、この先ずっと、死ぬまで有里につきまとわれるよりましだろう。
 「有里なら平社員ひとり辞めさせるのも簡単だ。会社にプレッシャーをかけてほっぽりだす。その後、再就職の口を潰して回る。あいつにかかっちゃ人一人社会的に抹殺するのは実に容易い」
 紫煙に乗せて韜晦を吐き出す。
 千里は唇を引き結び黙ったまま、救いがたく暗い目を床に落とす。
 久住を助ける一番確実な方法は、千里万里が姿を消す事。
 有里は千里を取り戻す為、千里を今の会社に引き止める最大の足枷たる久住を拉致した。

 『俺は、お前の、なんなんだよっ!』
 悲痛な絶叫が耳の奥に殷々と響き、胸を引き裂く。
 『お前のこと、少し、面白いヤツだって思い始めてたのに……』
 続く言葉は、独白に近く。

 『クズミを無事に帰して欲しいなら、千里の家に戻って来い』
 『お前が帰ってくれば、クズミは放してやる』

 ラウンジから連行された部屋で口裏あわせを強要された。
 しばらくして、森に引きずり出された。肩を押され、有里が借りた隣の部屋に足を踏み入れてみれば、ベッドの上に変わり果てた久住がいた。精液に塗れ目を虚ろにした久住を見た瞬間理性が爆ぜて駆け寄りそうになった、その衝動を必死に抑制し抑圧し平静を装った、有里はこれを見せるために千里を呼んだ、裏切りの劇を仕組んだ。
 有里が何を求めてるかわかった。久住を抱きながら、有里は嘲弄と挑発の笑みを含んだ流し目で千里を見、脚本を読ませるが如く意に沿う台詞を引きずり出した。
 廊下の突き当たりに設置されたエレベーターの扉が開き、椎名がやってくる。
 硬質な靴音を響かせ接近しつつある椎名に気付いても顔を上げず、うなだれ放心しきって待つ。
 千里の正面で立ち止まり、椎名が恭しく頭を下げて促す。
 「車の用意ができました。行きましょう」
 ふらつく足取りで椎名についていく千里を森は黙って見送る。
 「椎名」
 ふいに口を開く。
 名前を呼ばれた椎名がエレベーターの手前で停止、表情を顔に出さず振り向く。
 「なんでしょう」
 「……久住さんを、頼む」
 サングラスの奥に一瞬痛ましげな色がよぎるも、瞬き一回の後に消え失せ、事務的な物腰に戻る。
 「承りました。万里さまはご心配なさらず」
 平板な声音で請け負う。椎名の返答を聞き、千里はぎこちなく頷く。
 スーツの懐で携帯が鳴る。
 反射的に取り出し、相手を確かめれば課長だった。ボタンを押して耳にあてがう。
 『もしもし千里くんかね?早退って、一体どうしたんだ。久住くんも見当たらないし、午後二時から、福原商事には君たち二人が行く予定だったのに』
 「今までお世話になりました」
 『は?』 
 携帯を握り締め、胸にせりあがる塊をむりやり飲みくだすようにして、言葉を吐く。
 「一身上の都合で今日限り辞めさせてもらいます。ろくにご挨拶できずすいません。皆さんによくしてもらったのに、申し訳ありません」
 『なっ……』
 電話の向こうで相手が絶句、物凄い剣幕で問い詰めにかかるのを制し、誠実に真心こめて感謝と詫びの一礼をする。
 「今までありがとうございました」
 言い尽くせぬ想いをこめ、見えない相手に丁寧に頭を下げて、携帯を切る。
 手に持つ携帯がいやに重い。
 久住の解放と引き換えに有里が提示した条件は、会社を辞めること。
 千里さえいなくなれば全て丸くおさまる。今日からまた有里の奴隷としての人生が始まる。それで、いい。普通の会社に就職して好きな人を作って普通の人生を送る、憧れなかったと言えば嘘になる。自分で選んだ会社、自分が選んだ相手、それらにプライドをもって生きていけたら有里へのコンプレックスを払拭できるんじゃないかと心のどこかで期待していた。
 無駄だった、ぜんぶ。
 千里はずっと、有里の影響力に縛られていた。
 海外出張で不在の間も常に兄の影を意識せざるを得ず、久住を嬲る時、兄から教え込まれたやりかたをトレースしていた。
 有里からは決して逃げられないと思い知った今、千里がとる行動はひとつ。
 逆らう足を精神力を総動員し繰り出し、エレベーターに乗り込む。
 奥の壁に凭れて目を瞑る。
 扉の向こうから森がこちらを眺める。
 同情も共感もせず、傍観者としてただそこにいる森は、口に煙草を運びつつどうでもよさげに聞く。
 「実際どうなんだ?あんた、久住の事をどう思ってる」
 「……盗み聞きはお行儀よくありませんよ」
 「地獄耳でね。聞こえちまったんだ」
 反省の色なく肩を竦める。千里はため息をつき、顔を上げる。森とまっすぐ見つめあう。
 憔悴しきった顔に弱弱しく枯れた笑みがちらつく。
 閉じ行くドアの内から森を見据え、はっきりと、断言する。
 「彼は僕の、大切な、たった一人の、先輩です。守りたいけど守れなかった。彼を守るには、ぼくがいないのが一番いい」
 目を瞑る。瞼の裏に浮かぶ久住の顔、大抵は怒った顔つき、目つきがきつく近寄りがたいが時折見せる笑顔は驚くほど親しみやすかった。
 「目つきが尖ったきつい顔も、どこまでいってもストレートなところも、インテリぶってるくせに案外打たれ弱いところも、困ってる人を見たら損得抜きで動かずにいられない性分も、どうしようもないお人よしなところも、ぜんぶ……好きになる理由にはなっても、嫌う理由にはなりません」

 久住が久住である限り、嫌いになどなれはしない。

 「好きでいつづける理由にはなっても、嫌いになんて、なれない」
 自分がそばにいるだけで久住は傷ついてしまう。危害が及んでしまう。
 逃げを打つのは卑怯だ。久住をひとり残してホテルを出る自分は最低の裏切り者だ。
 あのドアのむこうで、彼はまだ、ぼくを呼んでいるのだろうか。
 ちさと、ちさとと、嗚咽まじりの声で助けを求めているのだろうか。 
 ごめんなさい。ごめんなさい。
 声には出さず、心の中で何度も謝罪する。
 ごめんなさい、巻き込んで。
 ごめんなさい、好きになって。
 ごめんなさい、守れなくて。
 置き去りにして。見殺しにして。
 許さなくていい、憎んでくれていい、自分はそれだけの事をした。酷い言葉と態度で久住をずたずたに傷付けた。
 ドアが中央で合体し森が視界から消える。
 最後に見た森は、千里の選択を肯定も否定もせず、冷徹にさえ感じられる表情で突き放すようにこちらを眺めていた。
 
 静かに下降するエレベーターを見送り、森は再び壁に凭れる。
 ドアの中ではまだ「お遊び」が続いてるらしく、かすかな物音と気配が流れてくる。
 アニメキャラの顔入り特注携帯灰皿で煙草を揉み消してから、天井を仰ぎ、呟く。
 「………因果な商売だぜ」

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