ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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脅迫するものはされるもの6

 無造作に投げてよこされた封筒から帯封をした分厚い札束が覗く。
 王座に腰掛けた男が誘惑するように足を組む。
 「五百万ある。万里と別れてくれないか」
 「……手切れ金ってことか」
 今にも噛みつきそうな顔で唸るように言う。
 「察しがいいじゃないか」
 「冗談は白スーツだけにしとけ。大企業の社長サマのくせに服のセンスは歌舞伎町のホストか?んで、ご自慢の白馬はどこに待機してるんですか」
 「残念ながら馬はホテルに連れ込めない。駐車場で待たせてる」
 「チップ切り大変だろうな」
 「嘶きで苦情が出る」
 「餌はどうしてるんだ」
 「オーストラリア産の飼い葉を直輸入したのにビタミン剤を混ぜて与える。毛艶をたもつのに手間がかかる」 
 「……マジで飼ってんのか?」
 「真に受けるなよ」
 「馬に蹴られて死んじまえ」
 「芸に秀でた馬は好きだ。サッカーでも仕込もうかな」
 ………この野郎。
 瞬間的に殺意が湧く。
 悪人面と評判のぎらつく三白眼で放つ怒りの波動をひょいと受け流し、酷薄に笑う。
 「どっちにしろお前が盗聴ごっこで悦に入る変態で犯罪者だってのは変わりねえ」
 「お互い様じゃないか?万里としてる事思い出せよ」
 荒れ狂う激情を深呼吸でおさえこみ、努めて平静を装い、言う。
 「どこまで知ってんだ」
 「万里があんたに執心してることは。随分お気に入りみたいじゃないか。意外と尽くすタイプだろう、あいつ。惚れた相手には一途なんだ」
 「千里が話したのか」
 「そうだよ。盛大にのろけられて妬けたね」
 「………………」
 「是非お目にかかりたかった。可愛い弟がそこまで惚れこんだ男には興味がわくだろう」
 「社長って暇なんだな」
 とんでもないと大げさに首をすくめ、両手を広げてみせる。
 「こう見えてそれなりに忙しい。部下に恵まれてるから少しは融通きくけれど、今日だってスケジュールが詰まってるんだ」
 「だから胡散臭いチャイニーズを使って拉致ったってか」
 「手短に話そう。その金、受け取ってくれると助かるんだが」
 「別れるも何もあいつとはなんでもねえ。しつこくひっつかれて、逆にこっちが迷惑してるんだ」
 「まんざらでもなさそうに見えたがね」
 「俺がいつ」
 靴のつまさきをぶらつかせほくそえむ。完璧舐めくさった態度に腹が立つ。どうでもいいが足組みとセットで頬杖つくポーズが似合いすぎるだろう。
 俺の顔を見つつ、気障ったらしい手つきで上等に仕立てたスーツの内側から写真を取り出す。
 俺が映っていた。外回りの途中らしく千里としゃべりながら街を歩いていた。
 写真の中、不機嫌なつらで歩く俺に付き添う千里は対照的に楽しそうだ。
 有里が翳した撮られた覚えのない写真が目を奪う。
 「盗撮か」
 不快感も露に低い声で凄む。
 指先に挟んだ写真をひらつかせ、千里の兄を名乗る男はのたまう。 
 「懐かれてまんざらでもなかったんじゃないか。本当に迷惑なら突っぱねればよかったんだ」
 「………………言いたい放題」
 「口ではいやだいやだ言いつつあいつと寝てたんだろう。どうだった、感想は。病みつきになりそうか」
 「脅されて仕方なく………」
 俺は悪くない。責任はない。千里に脅されて仕方なく、拒めば画像をばらまくとおどされて、嫌々惰性で関係を続けていただけ。
 そう反駁するつもりが、何故か迷う。
 「……性格の悪さは兄貴譲りか。チャイニーズに拉致命じたあとは買収か?定番過ぎて笑えるぜ、いっそ。社長のくせに発想が貧困だ」
 「一番有効な手を使ってるだけだ。安月給のサラリーマンに大金は魅力だろう」
 「るっせ」
 「疑うならちゃんと五百枚あるか確かめてみろ」
 挑発。涼やかな双眸、口元に刷く残忍な笑み。
 促され、ぎくしゃく不自然な動作で封筒を拾う。
 恥ずかしい話、二十五年間生きてきてこんな大金触れた事がねえ。給料は口座振り込みだし、普段財布に入れて持ち歩く最高額は五万円ほどで、今手にしてるのは単純計算でその百倍。
 「お前手震えてるよいくないね、お札にリスペクト払うしないと罰当たるよ。処女脱がすよに優しくリードしないと円怒るよ。よろし、張代わりにやるある」
 「さわんな、しっしっ!」
 「張犬か!?犬違うよ追い払ういくないね、お前の失言もとで今頃日本大使館に抗議殺到よ、素直に札よこすよろし!」
 「乱暴にすんな破けるだろ、あっばか、んなふうにもぎ取ったらくしゃくしゃになっちまうだろ円をリスペクトしやがれチャイニーズ!!」
 「リスペクトしてるあるよ円が目当てではるばる福建から出稼ぎきたね、五百万あれば故郷に豪邸たてて親孝行できるね、念願のタクシー会社だておこせるね!」
 「お前が経営するぼったくりタクシーなんざお上りっきゃ利用しねえよ、犬と支那人お断りだ、しっしっ」
 「今の差別ある、差別発言あるよ、毛沢東怒るよ!?」
 「故人は怒らねえよ祟るだけだ!」
 「そちのが怖いよ!」
 喧々囂々醜い争いを繰り広げつつ札束を奪い合う俺と張に有里が馬鹿受けし、腹を抱えて笑い転げる。
 「ははっ、まるで餓鬼だな」
 「俺の金だっつの!」
 両手を突っ張ってばたつく張の顔を踏みつけ口走ってから悔やむも遅く、言質をとった有里が仲裁代わりに手を叩く。
 コンサートホールの特等席から喝采を送るような優雅な拍手。
 凍りついた俺の隙をついて封筒を奪うや、タコのように口を尖らせ唾をしぶく。
 「わっ汚ね、なにすんだこん畜生!!」
 「見たか唾つけたよ、これで金は張のものね、わかたか日本人!!」
 ぺっぺっと唾吐く反則技で封筒を奪取するや、守銭奴魂燃え立つ鬼気迫る形相で一枚一枚札を弾いて数え始める。
 俺にくるりと背を向け完全に守りの体勢、迂闊に近付きゃ呪われそうな黒いオーラを放って勘定に没頭する張から視線を引っぺがし、正面を睨みつける。
 「悪い取り引きじゃないだろう。あんたに損はない。その安っぽいスーツだって」
 高飛車に顎をしゃくり、ついで、ベッドの足元に蹴り落とした靴を一瞥。
 「汚い靴だって新調できる」
 「……汚えのは営業で歩き回ってるからだ」
 「サラリーマンの誇りか。理解できないな」
 「このスーツ高かったんだよ……」
 「庶民の金銭感覚に照らしての話だろう。ホームセンターで買ったのか。ドンキ?シマムラ?」
 「つか、セレブのくせにドンキやシマムラ知ってんのかよ」
 嗤われ茶化されこけにされ、恥辱で顔が染まりゆく。
 対等な話し合いなど最初からするつもりがないのだとわかっていた。
 妥協点を見出すにはあまりに価値観が違いすぎる。
 一方的な命令で脅迫。人の心もプライドも信念さえも金で買えると信じて疑わない傲慢そのものの態度が、千里有里の本性を物語る。
 俺が折れるしか解決の糸口はない。
 取引をすんなり飲めば、金を受け取りさえすりゃ、無傷で帰してもらえる。
 悪い条件じゃないだろう。
 千里と手を切り縁を切る。望むところだ。
 張はいそいそと札を弾いて数えている。五百万ありゃ好きなことができる好きなものが買える、念願の車だって購入できるしスーツも新調できるし缶コーヒーをドンと二十本まとめてレジにもってっておまけのプラモコンプ、ああくそ、どうして俺はこう物差しがみみっちいんだ?五百万だぞ、もっと派手な使い道はねえのかよ。心底小市民の貧困な発想を呪う。
 「足りなかったら上乗せするが。六百?七百?千?」
 どんどん値が釣りあがっていく。
 冗談とも本気ともつかぬ言葉に理性がぐらぐら沸き立ちぐらつく。
 「千里と別れるって……具体的にどうすりゃいいんだよ。同じ会社に勤めてるんだ、いやでも毎日顔をあわせる」 
 「あいつに冷たくすればいい。挨拶をするな。目を合わせるな。言葉を交わさず無視しろ」
 「んなわけいくか、仮にも同僚で後輩だ、仕事の事でどうしたって話さなきゃいけない時だって」
 「なら他人に仲介を頼め。直接口を利くのは許さない」
 「むちゃくちゃだ……」
 「あやふやな態度で期待を持たせるのはかえって酷じゃないか。会社を辞めろとは言ってない、こっちも最大限譲歩してるんだが」
 千里と口をきかず、目を合わさず、いるのにいないように扱えば満足なのか。
 簡単に見えて難しい要求。
 同じ職場で働いてるのにずっと無視し続けるなんてむりだ、外回りで組まされたら話さないわけにゃいかねえ。
 サラリーマンのしがらみをまるでわかってねえから無茶言えるんだ。
 「『お前のことなんて好きでもなんでもない。目の前から消え失せろ、変態。同じ空気吸うのも不快だ』。万里にそう言え」
 有里の口がゆっくりと動き、俺に復唱を促す。
 片方のこぶしを握りこみ、膝の上にのせる。
 ずれた眼鏡ごしにしゃらくせえつらを睨みつける。
 「万里の事だ、どんなネタであんたを縛りつけてるかは大体予想がつく。俺が手を打つ。けっして悪いようにはしない。その金は……そうだな、慰謝料と思ってくれ。弟が迷惑かけたお詫びだ」
 「好き勝手ほざきやがって」
 「五百万ちゃんとあるね!」
 「万里と手を切れ。お前はあいつにふさわしくない。お前に関われば関わるほど、あいつの経歴に傷がつく」
 クーラーが利いた快適な部屋でなぜだかシャツが汗ばむ。
 三白眼に苦悩を秘め、有里が放つプレッシャーと向き合う。
 随分な言い草だ。
 完璧な笑顔で暴言を吐かれ、胸のうちが不穏に騒ぐ。
 五百万。
 今までお目にかかったことも手にしたこともねえ大金、封筒の中さらっぴんのピン札、ぶっちゃけ喉から手が出るほど欲しい。五百万の使い道をあれこれ思案する。車。旅行。堅実に貯金か?将来なにがあるかわからない、会社が倒産するかもしれねえし念のため貯めといて損はねえ、ああでも夢だったんだ缶コーヒー棚買い……一度で食玩コンプ……
 「はっ」
 我ながらスケールが小せえ野望で、笑っちまう。
 「どうする?」
 十分選択の時間はくれてやったとばかり、有里が問う。
 「ああッなにするネ張のお金ヨ!?」
 「いつてめえの金になった」
 吠える張の手から嵩張る封筒をひったくり、緊張に震える手でもって、中から一枚引き抜く。
 勝利を確信し、満面に邪悪な笑みを広げる有里。
 心臓が早鐘を打つ。耳の裏でどくどく血流が鳴る。
 千里の顔が脳裏にうるさくちらつく。
 しつこくまとわりつくあいつの顔が、先輩と呼ぶ声が、袖口を握りしめ途方に暮れて立ち尽くす姿が、俺が作ったレトルトのカレーを美味そうに頬張る姿が、ホームに痴漢を引きずり出す姿が、堰を切ったように流れ出て脳裏を巡りゆく。
 先輩と久住さんを使い分けて束縛してさんざん弄んだ、さんざんおもちゃにした、プライドをずたずたにされた、強姦された日の夜は最低にみじめな気分で寝込んだ、今だから言うが少し泣いた、尻は痛くて腰もだるくて筋肉痛で次の日起き上がるのさえ億劫だった。 

 『先輩』
 大嫌いだ。
 冷たくしても冷たくしてもへこたれず懐いてきやがって。

 有里が掲げた写真と封筒の札束を見比べる、躊躇と逡巡と葛藤がぐるぐる円を描いて行き来する、張の視線を横顔に感じる、不思議そうな顔、なんでさっさとしまわないのか不審がってる。
 金を受け取って。
 ホテルを出て。
 いつもどおりの毎日にもどる。
 千里と縁が切れてせいせいする、また俺たちはただの先輩と後輩にもどる、同僚になる、俺はなんらストレスなく仕事に集中できてデキる男の名誉挽回……
 鋭く舌打ち、封筒から一枚だけ引き抜いて背広の懐にしまってから、全力で腕を振りぬく。
 「おっと」
 封筒から札がおちて盛大に宙を舞う。
 僅かに首を倒した有里の頬を掠め、風圧でおくれ毛がそよぐ。
 「帰りのタクシー代だけ貰っとく」
 大量の札束がゴージャスに吹雪いて舞い、視界を覆う。
 乱舞する札吹雪の演出しょって引き立つ有里は、呆れ顔に微量の好奇心を足してしげしげ俺を見つめ、外人みたいに手のひらを裏返す。
 「交渉決裂か。残念だよ、誠意を尽くしたのに。何千万ならお気に召す?」
 「交渉相手がお前の時点で何千万だろうがお断りだ」
 もったいないことしてる。ばかげてる。
 千里と手を切るのは望むところなのに、手切れ金まで渡されたのに、どうして断る?
 願ってもない条件。そのはずだったのに。
 「好き嫌いを他人に強制されたくねえ。だれを好きになるか嫌いになるかは俺が決める、ああそうだよ俺は千里が大っ嫌いだ、胸糞悪い変態ホモ野郎って軽蔑してる憎んでる、それに値段をつけるな、突然しゃしゃりでてきたヤツが偉そうな口叩くな、あいつを嫌いだって気持ちは五百万とか一千万とか金にかえられる安っぽいもんじゃねえ」
 金で貞操を買い戻せるか?まさか。
 好きも嫌いも俺が俺の意志で決める、他人にとやかく口出しされたくねえ、ましてやこんないけすかねえヤツに金で釣られたくねえ。
 「あいつとはいつかけじめをつける。あんたが余計な口出ししなくたってそうするつもりだった。つーわけで、帰してくれ。もう二度と来んな」
 右手を上げてじゃらりと鎖を振るう。
 交渉決裂した有里が、少しだけ笑みを薄め唇をなぞる。
 「金が欲しくないのか」
 「サラリーマンの全部が全部金に飢えてるとおもったら大間違いだ。サラリーで食ってる男の意地をなめんな」
 「さっき俺の金だとか言ってなかったか」
 「俺のものになる予定は未定の金って意味だ。長いから省略」
 「便器ある!」
 「詭弁」
 張の突っ込みに突っ込む。
 おもむろに有里が席を立ち、こっちにやってくる。
 サイドテーブルに乗ったもう一枚の封筒から書類の束をとりだすや、俺の方に近付きながら、朗々とした声でそれを読み上げる。
 「安西絵梨、結婚二年目、二十七歳。千葉県柏市の一戸建てに夫とその両親と在住、現在妊娠三ヶ月……」
 「!」
 「久住伸一。茨城の信用金庫勤務、五十四歳。自宅で妻と二人暮し、趣味は鉄道めぐり……」
 「なん、で、姉貴と親父の」
 有里が声高に読み上げたのは、俺の家族の個人情報。
 嫌な予感がひしひしと募る。
 ベッドの周囲をぶらつきつつ、手に持った資料に目を走らせ、唄うような抑揚をつけて有里は言う。
 「信金勤めのお堅い父親が、自分の息子がホモだって知ったらどうするだろうな。嫁にいった姉貴だって肩身の狭い想いをする。もうすぐ子供も産まれるのに、弟の性癖が原因で離婚なんてはめになったら気の毒で目もあてられない」
 口がぱくつく。有里の思惑が飲み込めて、それがあんまり卑劣で姑息で最低で、言葉を失う。 
 「離れて暮らしてたって家族は大事だろ」
 耳朶をなでる吐息に、ぞくりと悪寒が走る。
 身をよじるようにして有里から逃れ、顔を背けがちに反駁する。
 「証拠あんのかよ、俺と千里が……」
 「お前と千里が仲良く歩いてる写真もお前のマンションに千里が出入りする写真も……お望みならふたりでホテルに入った写真も見せようか」
 ずっと尾行されていた、盗撮されていた、証拠を掴まれた。
 馬鹿だ。なんで気付かなかったんだ、鈍感すぎる。
 あの夜から、千里に脅されてずるずる関係を持ってきた。
 ただし、お互いの家だけは徹底して避けてきた。
 千里の自宅マンションなんぞに足を踏み入れたら最後骨までしゃぶられるような予感がして、断固誘いを拒んで渋り続けた結果、妥協案としてホテルを利用する事になった。男ふたりでラブホってのはさすがに痛々しいから使うのは色気も華もねえ普通のビジネスホテル、料金は千里持ち。こないだ千里が「泊めてくれ」と言い出すまで、ずっとその取り決めが続いていた。
 油断が仇になった。迂闊だった。
 千里の件で懲りたはずなのに、俺はまた
 「東京でばりばり働いてるとばかりおもってた長男がホモになってたなんて、両親はさぞびっくりするだろうな」
 もう随分会ってねえ親父とお袋の顔が脳裏に過ぎる。
 「二人でホテルから出てくる写真は刺激が強すぎるか。父親、お前が大学の時に一度心臓発作で倒れたんだってな。さいわいすぐ仕事復帰できたけど」
 一人暮らしを始めてからも週一で携帯にかけてくる心配性のお袋と、生真面目な親父と。
 「義理の弟がマイノリティの同性愛者だって旦那とその家族が知ったら、大きい腹で実家に返されるかもな」
 姉貴にはもうすぐ子供が産まれる。
 義兄は長男で亭主関白、姑と舅はいい人だが、はたちすぎてのデキ婚を不潔と嘆くほど価値観が古いと聞いた。
 有里は俺の家族について綿密に調べ上げている。断れば、すぐに連絡がいくだろう。
 「………クソ野郎………」
 親にばれたら。家族にばれたら。
 そう考えただけで全身に汗をかく、呼吸が浅く荒くなる、背筋を恐怖が蝕む。
 拒む暇もなく、有里が俺の顎を掴み、無理矢理持ち上げる。
 顔が間近にくる。
 「家族とあいつ、どっちが大事だ」
 即答できねえ。
 答えなんか決まりきってるのに、何故か。
 最悪の妄想が悶々と膨らむ。実家に千里と映ってる写真を送りつけられたら堅物の親父は心配性のお袋は妊娠中の姉貴はどうなる、誤解だ、俺はホモでもゲイでもない千里は恋人でもなんでもないただの職場の後輩だと言ったところで説得力ねえ……
 保身と打算がめまぐるしく働く。見栄と意地が火花を散らし拮抗しあう。
 脳裏に過ぎるしばらくご無沙汰の家族の顔、彼女を連れてくと言ったらめちゃくちゃ喜び弾んでいたお袋の声を思い出し、罪悪感で胸が疼く。
 うつむき逡巡する俺の唇を、いやらしく指が這う。 
 上唇の端に指を引っかけ捲り、顔を近付け、そして……
 「!!ぅんぐ、」
 キスされた。
 熱い粘膜が唇に被さり舌が淫蕩に這いくねる、動転した頭は抵抗を忘れ弱々しく身をよじる、すかさずこじ開けた隙間から大胆に舌が侵入し口腔をかき回し唾液が泡立つ。拒む、振り払う、逃げる、必死に顔を振ってもがくも俺が逆らえば逆らうほど興が乗り悦に入りかき回しかきまぜる舌の動きが激しくなる、初対面も同然の相手にしかも男に深く激しく貪られ恥辱と混乱で体温が急上昇頭が沸騰し蒸発、背骨がバターに擦りかえられたようにどろどろに蕩けていく。
 「ふぁっ、あふぅぐ」
 「あぶらっこいな」
 ようやく満足し、唇を放す。
 「天丼食ったから……」
 天丼はどうでもいい。
 唇が離れると同時に我に返り、拘束され使えない手の代わりに加減なしで蹴飛ばそうとすりゃ、先に行動を見抜いた有里がひょいと身をかわす。
 「余裕のないキスだな。万里は何を教えてるんだ」
 「なっ………」
 「声もまるで色気がない」
 「あってたまるか!」
 「口直しにいってくる」
 もう俺には完全に興味を失ったように、白スーツの背中も艶やかに颯爽と身を翻す。
 絨毯を踏みしめ入ってきた時と同じかそれ以上に傲慢な足取りで出ていきかけ、ふと何かを思い出し、また引き返してくる。
 何だ今のはどうしてキスされたこいつも変態なのか千里とおんなじ血は争えないってか、ちょっと待て俺男で手切れ金で別れろって言われたばっかなのに意味不明、こいつなに考えてやがる。
 キスの感触を手の甲で擦って拭う、猛烈に襲う吐き気を堪える、接近しつつある有里からできるだけ距離をとろうとあとじさるも手錠が許さずじゃらりと鳴る、有里が俺のほうへと腕をやりおもむろに髪に手を入れぐしゃぐしゃにかき回す。
 「!?っ、」
 続けざまの衝撃に言語中枢が麻痺、手足をむやみやたらとばたつかせる。
 毎朝整髪料でしゃきっと固めた髪を手櫛でぐしゃぐしゃにかき回され、ほつれた前髪が額を覆う。
 無礼な手を薙ぎ払い、肩で息をしつつ尻餅つけば、有里が満足げに言う。
 「こっちのほうがずっといい。ちょっとは俺好みになったじゃないか」
 俺好み、だと?
 「じっくり考えたらいい、時間はたっぷりあるんだから。……二・三日たてば気も変わるだろう」
 「二、三日って……ふざけんなよ」
 「このホテルはうちが出資してる。人一人監禁しとくのもワケない」
 そして有里は言う。
 いつも整えてある髪をぐちゃぐちゃに乱れさせ、ベッドに手をつき見上げる俺に、自分こそ世界を牛耳る帝王だという崇高な自尊をこめて。
 「痩せ我慢がどこまでもつか楽しみだ」

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リーマン×リーマン | コメント(-) | 20010419225712 | 編集
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