ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

最近のトラックバック
ブロとも申請フォーム
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

関連記事 [スポンサー広告]
スポンサー広告 | コメント(-) | ------------ | 編集
脅迫するものはされるもの4

 千里と喧嘩した。
 「痴話喧嘩?」
 「断じてちがう」
 「原因はなんだ。夫婦喧嘩週三のベテランに話してみろ」
 「ガキの教育に悪い。パパ株暴落してんじゃねーか」
 「言うなって……」
 「悪い悪い、最初から底値か。それ以上落ちようなくて安泰だ」
 目下羽鳥の泣き所たる子供の話題をだせば、椅子に後ろ向きに跨ったままがっくり首を折る。
 口からはぁぁあと息を吐き、黴が生えそうなどよんど陰鬱な顔でぼやく。
 「原因は浮気。嫁さんが勝手にメール見てそんでまた喧嘩になる」
 「見られてまずいもんでも入ってんのかよ」
 「お店の女の子のアドレスとか絵文字入りのメールログとか色々。メール交換だけでおさわりなしだって訴えても信じてくんなくてパパ参っちゃう」
 「日頃の行いが悪いからだろ」
 「お前までそんなこと言うー」
 「女のメール消せ。待ち受けのバドガールも消せ」
 「Fカップなのに!?」
 「サイズは関係ねえ」
 「谷間に挟めるのに!?」
 「手で椀を作るな。あと、挟んだらぬるまって不味い」
 「あとさ、俺ってばメタボ体型なのに油もの大好きじゃん?そばに天ぷらのってねーと我慢できねえ体質っつかカツはロースに限るという信念があってだね、昼なに食ってきたか嫁さんに聞かれると嘘ついても何故かバレて喧嘩に……女の勘ってすげえなー」
 「ネクタイに千切りキャベツついてるぞ」 
 ハッとネクタイを裏返すや、芋虫の如く丸っこい手で干からびたキャベツのカスをつまんで捨てる。……あー水分が蒸発しきっちまうとキャベツって渋紙っぽい質感と色になるんだ。どうでもいい知識。
 羽鳥と漫才の間中、話題の的は椅子に身を沈めこっくりこっくりうたた寝していた。
 昨日は寝不足だったのか、目の下に薄く不健康な隈が浮いている。
 冴えねえツラ。
 キーボードに両手を乗っけたまま首元は安定せず、何度もがくんと落っこちては目覚める繰り返し。
 らしくねえ、全然。
 昨日追い出してからこっち話すタイミングが掴めずにいるが、追い出される間際、誤解ですと言い張って俺を仰ぐ途方に暮れた顔が脳裏にちらついて仕事がはかどらず凄く迷惑だ。
 つかれきって舟漕ぐ千里をチラ見しつつキーを叩けば、注意力散漫なせいか誤字脱字頻発し、慢性の舌打ちを堪えカーソル移動しちまちま修正する。
 らしくねえのはどっちだ。お互い様か。
 「仲直りの秘訣教えてやろうか」
 椅子の背もたれに二重顎をのっけた羽鳥がにんまりほくそえむ。
 「なんだよ」
 「先に謝っちまう。自分が悪くなくても土下座」
 参考にならねえ人生の先輩のアドバイスを鼻先で笑い捨て、机に手をつき席を立つ。
 時計を見りゃもう昼休みに突入していた。
 女子が一人代表して歩み出て千里の肩を叩く。
 拍子にぱちりと目を開けた千里が慌てて口元を拭き涎がたれてないか確かめりゃ、おどけた動作に誘われ軽やかな笑いがさざなみだつ。
 あいつのまわりにはいつだって人が集まる。
 俺なんかお呼びじゃねえ、か。
 「ち」
 なんとなく舌を打つ。
 やきもち焼いてるみてえだと自嘲し、戸惑いと同時にばつの悪さを味わう。
 千里に気付かれないうちにと椅子を引き、そそくさオフィスを出る。
 社員食堂にするか外で食うか悩むも、天気もいいし外で食うことにする。
 仲良し同士班に分かれた弁当持参組のうちインドア派はデスクへ、アウトドア派は屋外の公園や屋上へ行き、社員食堂組は和気藹々グループ組んで三階へ向かうも、背広のポケットに片手を突っ込んでどちらの波にも乗らず一人で歩く。
 入社以来、一人で食うのが習慣になってる。
 別に寂しくねえ。痴話喧嘩とおなじ週三の頻度で愛妻弁当持参の羽鳥にタコさんウィンナー(足が多すぎて進化の方向性を間違ったイカに見える)やリンゴうさぎ(切れ込みが深すぎてハイレグ状態、とても卑猥)を見せびらかされ自慢とお惚気の無限ループに付き合わされるよかよっぽど気楽だ。なんだかんだ言って夫婦仲円満らしいのがむかっぱらたつ。
 さいわい会社の近くは手頃な価格で美味い料理を提供する軽食喫茶や食堂が充実してて、その日の気分でイタリアンから和食まで選び放題ときた。
 エレベーターで一階に降り、ホールを抜けながら昼食のメニューを徒然考える。
 給料日前で懐も寂しいし安いもんがいい。
 ちなみに俺はうどんかそばかで言えばそば派だが、汁物は眼鏡に飛ぶためいつ頃からか避ける癖がついた。軽い財布と相談しつつ、そういや最近食ってねえなあと思い当たり呟く。
 「住吉の天丼にするか」
 「すいません、少しいいですか」
 「は?」
 回転ドアを抜けると同時にやけに丁寧な敬語で言われ、振り向く。
 見覚えある男がいた。
 薄い灰色のサングラスをかけた地味な風貌の男。
 無個性こそ至上の美徳のようなスーツに身を包み、緊張してるのかそれとも地なのか、ひどく生真面目な顔つきで俺と向き合う。
 「久住さんですね」
 「あんた、昨日交差点でビンタ張られてた?」
 反対に問えば、男が丁寧に一礼する。
 「ご挨拶するのは初めてですね。万里さまがいつもお世話になっております」
 「千里の知り合いなのか」
 素で驚きを顔に出す。
 盗聴器をめぐる一連のやりとりから薄々予想していたが、昨日の今日で接触してくるとは行動が早え。
 「―って、さま?」
 「貴方に折り入ってお話したいことがあります。………詳しい話は中で。おごりますよ」 

 「いらっしゃいませー」
 紺地に白く「蕎麦処」と染め抜いた暖簾をくぐる男の後から敷居を跨ぐ。
 「こぢんまりとしたいいお店ですね」
 「嫌味か」
 店の中でもサングラスを外さない男は、サラリーマンで埋まった昼時の蕎麦屋で浮きまくっていた。
 「今日は千里さまはご一緒じゃないんですか」
 「あいつは女連中と食いにいってる。ガキじゃあるまいし四六時中くっついてられっか」
 「先日お見かけしたときは随分と親密そうでしたが」
 「サングラスに度を入れろ」
 店員がほのかに湯気だつ茶をもってきて俺と男の前におく。
 「ありがとうございます」
 素焼きの湯のみを押し頂き熱々の茶を一口含むや、これぞ極楽とばかり爺むさく息をつく。
 ……妙な成り行きになった。
 「あんた誰だよ。千里の知り合いか。盗聴の件に噛んでるのか」
 呑気に茶をしばくために男ふたり蕎麦屋の暖簾をくぐったんじゃねえ。
 まずはこっちの用件をすます。
 椅子から腰を浮かせ気味に問えば、丁寧に湯のみを抱いて、失礼にあたらない程度のさりげなさでこっちを観察する。サングラスに隠れた目は意外と理知的で、同時に油断ならない鋭角の光を孕む。
 得体の知れない男だ。
 背広の内側に大口径の銃を隠し持っていそうな、しかし人前でみだりに抜かない信念と自制心を持ち合わせてるかのような、限りなく無臭に近く薄められた危険な雰囲気。
 完璧に抑制の利いた物腰と低音の声。
 来るときが来たらためらわず引き金を引く。
 「お茶、早く頂かないと冷めてしまいますよ。もったいない」
 「冷めても美味いからいいんだよ」
 「そうですか」
 納得したのか軽く頷き、再び湯飲みを回す。
 茶を十分堪能してから湯のみを置き、名刺を一枚卓上に滑らせる。
 「申しおくれました。私、こういう者です」
 滑ってきた名刺をすかさずキャッチ、目を凝らして仰天。
 「SENRIコーポレーション ユーロ支部社長秘書 椎名隆文……」
 名刺に印刷された肩書きを読み上げ、衝撃を受ける。
 「ご存知でしたか」
 「千里の道に札束敷き詰め万里の長城買い占める、『あの』SENRIコーポレーションか?」
 「千里の道も一歩から、やがて万里の長者に至る『その』SENRIコーポレーションです」
 自制心となけなしの見栄を振り絞り、興奮に上擦る声を辛うじて抑える。
 正面の男が静かに頷き、悠揚迫らぬ物腰で茶を啜る。
 SENRIコーポレーション。
 日本有数の大財閥大企業で、外食産業始めとして様々な事業を手広く手がけ成功させ海外でも評価が高い。 
 読み方がちがうから今まで結びつけたことなかったが……
 男……椎名がよこした名刺をひらつかせつつ、おもいっきり眉をしかめる。
 「大企業の社長秘書ともあろうお方がこんなとこで呑気に茶あ啜ってていいのか?減棒されるぞ」
 「秘書にも昼食をとる自由はありますので。社員の人権を無視し、二十四時間拘束するような非人道的企業ではありません」
 「あーあーさいですか」
 咳払いし椅子に座り直す。
 ぬるくなった茶を渋面で啜りつつ、慎重に言葉を選んで言う。
 「あんたも千里もSENRIコーポレーションの関係者なんだな?」
 「万里さまは会長のご次男です」
 親族だったのか。しかも実の息子ときた。 
 椎名は湯飲みをひねくりまわし俺がどの程度事情を知ってるか双眸を眇めて推量するも、正直なにも言い返せねえ。
 俺は千里のことを何も知らない。
 改めて、その事実を痛感する。
 「万里さまは会長のご次男で、私が秘書としてお仕えする社長……有里さまの実の弟に当たります」
 「異母兄弟……だっけ」
 「万里さまはご幼少の頃お母様を事故で亡くし本家に引き取られました。高校を出るまで本家で暮らしたのですが、大学からはずっと一人暮らしで、系列の会社に就かせたいというお父上の強い要望を振りきって、ご自身の意志で普通の会社に就職なされました」
 「普通の会社ね……」
 「失礼しました、一般の企業という意味です」
 「フォローになってねえっつの」
 そりゃあSENRIコーポレーションのような超大手と比較されちゃ普通も普通、二流どころだけど。
 椅子に深くもたれ、たった今、椎名の口から告げられた衝撃的な千里の出生と半生を回想する。
 千里は日本有数の大企業にして一族から成る大財閥、SENRIコーポレーションの会長の息子だった。本来なら俺と同じ職場で働いてるはずがねえ、スタート地点からちがうのだ。俺は最初から百馬身引き離されてる。
 昨日の食事風景を思い出す。
 レトルトのカレーがまるでレストランで出される本格料理のように見えた。
 子供の頃からフォーマルな席に出る事が多く、フォークやナイフおよびスプーンの使い方を徹底して仕込まれたのだろうと今やっと合点がいく。
 「けどさ、なんで家を出たんだ。コネで就職できたのに」
 「万里さまは自立心旺盛な方ですから、本家の世話になる境涯に心のどこかで負い目を感じていたのかもしれません。……色々事情もありましたし」
 「反抗期か」
 はしかも反抗期も遅くこじらせるほど厄介だ。
 過干渉な親に嫌気がさし、その庇護と監視を逃れて自由に生きたいとおもうのはまあ理解できる。
 昼時の店内は適度に混み合いざわついて話を聞かれる心配もねえ。
 木目の渋く色褪せた卓を隔て向き合った椎名は、重々しく経緯を説明する。
 「大学に入られてから、もう何年もご実家とは連絡をとられてません。会長は再三帰って来いと申されてるのですが、無視され続けて……」
 「勝手に就職しちまったわけか」
 まるで親と、いや、実家と縁を切りたがってるみたいだ。

 『先輩の家族が少し羨ましいです』
 いつになく弱気な呟きを思い出し、茶の渋味が増す。

 達筆に崩し壁に貼り出された短冊の品目を一瞥、微笑んで呟く。
 「……優秀な方ですから。万里さまなら、コネに頼らずともストレートで就職できたでしょうね」
 おだやかな語り口に敬愛の念がにじむ。
 千里の今の生き方を尊重し認めているのだなと、サングラスの奥にちらつく凪いだ眼差しでそう思う。強面ぶってるが案外いいやつかもしれない。
 千里が大財閥の息子だというのは分かった。実家と確執があるってのも分かった。
 分からないのは、だ。
 「なんだって俺が千里の兄貴にストーキングされてるんだ?」
 昨日交差点で言い争っていたのは椎名と千里の兄貴……名前は有里。
 千里の思わせぶりな独白とその光景を照らし合わせば、さすがに犯人は見当つく。
 「お待たせいたしました、天丼です」
 「ども」
 店員が注文を運んでくる。
 ぱきんと割り箸を割り、一見の素人がやりがちな選択ミスを笑う。
 「なんだ、そばにしたのか」
 「蕎麦屋ですし」
 「ここは天丼が美味いんだよ。そばは伸びきって箸でつまむたびぼそぼそ切れるしおすすめしねえ」
 椎名の手元を箸でつつきアドバイスすりゃ、地声がでかいせいか頑固親父に睨まれちまったが知らんぷりで通す。
 盗聴器を仕掛けた犯人の動機についてこれから調べ上げようってのに敵陣の人間とつらつき合わせて飯食うのもアレだが、腹が減っちゃ戦ができねーし、何よりサラリーマンに許された自由時間は少ないのだ。
 「汁物だとグラサンに飛ばねえか?色つきなら目立たねえか」
 「どうぞお気遣いなく」
 人徳がなせる業だろうか、昼飯ついでにのこのこ出向いてきた黒幕の秘書とまったり打ち興じ調子が狂う。相手の態度が無礼ならこっちも強気に出れたが、接し方はあくまで慎みを持ち、美味そうに茶を味わうさまやそばを啜るとこを見せられ怒りに代わる脱力感が襲う。
 椎名がそばを啜りつつ謝罪する。
 「盗聴の件は非常に申し訳なく思っております」
 「あんたが指示したんじゃねえんだから謝らなくていい、理由が知りたいんだ。……まあ、何だ。とりあえず、謝るんなら箸おけよ」
 そばつゆにそばつけながら詫びられても今いち誠意が感じられねえのがホントのところ。
 礼儀正しい所作でつゆに浸したそばを啜りながら椎名が呟く。
 「有里さまは……万里さまをとても気にかけてらっしゃいます」
 「俺はとばっちりか?」
 親元を離れろくに連絡もよこさない弟を案じるあまり盗聴器を仕掛ける心理は理解できなくもない、というか正直まったく理解できねえししたくもないが、弟の職場の先輩の留守中マンションに忍び込んで盗聴器仕掛ける方がずっと異常だ。
 「千里が気になるなら千里んちに仕掛けろよ、巻き込むんじゃねーよ、関係ねえだろそもそも。それともなんだ、あいつの部屋広すぎて盗聴器ひとつじゃ足りないから手近で間に合わせたのか。兄弟喧嘩に巻き込まれちゃたまんねーよ」 
 「……あんまり怒ってませんね」
 「怒ってるよ」
 衣をたっぷりつけ揚げた贅沢な海老天をかじりつつ、甘辛いだしがしみた飯を一緒に頬張り、茶を飲んで一息つく。
 人心地つくのを待って口を開く。
 「盗聴器だぜ?普通に犯罪だろ。人が会社行ってる間に勝手に上がりこんでヘンなもん仕掛けやがって、本気でベランダから捨てようとおもった」
 捨てるのは盗聴器じゃなくて張だが。
 「―けどまあ、別に独り言の癖もねえし……トイレを流す音や立ち歩きの気配、テレビの音声が淡々と流れるの聞いたって環境音楽みてえなもんじゃねえか」
 「僭越ながら、男性の一人暮らしなら自慰の声なども聞かれてらっしゃるかと」
 危なく吹きだしかけ、喉に詰まった塊を茶で押し流して激しく咳き込む。
 「……考えると殺意が湧くから懸命に逸らしてたのに」
 「お心当たりがあるようで。ご愁傷様です」
 「俺のあの声がでかい前提で話進めんな」
 「せめてもの救いは女性を連れ込んだ形跡がないことです。お相手にもご迷惑ですし」
 「~どうせ彼女と別れてからご無沙汰だよ俺は」
 澄まし顔に茶をぶっかけてえ。
 こめかみをひくつかせる俺と向き合い、つゆを飛ばさず最後の一本を啜りこむ。 
 「有里さまは万里さまを独占したいんです。万里さまの心が他へ向くのが許せない」
 「は?それじゃ恋……」
 宙を舞う箸がとまる。
 椎名は先に食べ終えて箸をおくや、サングラスごしの目を伏せ、しずかに聞く。
 「被害届けを出されますか」
 「……騒ぎをでかくしたくない」
 「賢明ですね」
 「?どういう」
 「おそらくまともに取り合ってもらえないでしょう」
 「………手を回したのか」
 「はい」
 知らず握力をこめすぎたせいで、割り箸がへし折れささくれた断面をさらす。
 悪びれもせずあっさり肯定した椎名が、背広のポケットから封筒を抜き出し卓上に滑らせる。
 「久住さん。少し会社を休まれて、ご旅行にでも出かけられたらいかがです」
 箸をおき、慌てて中を確認すれば航空券が入っていた。
 椎名の本心をはかりかね、手の中のチケットを持て余す。
 「万里さまとハネムーンに」
 「ぶち殺すぞ」
 皆まで言わせず遮り、チケットを乱暴に卓上に叩き置き席を立てば、店中の視線が突き刺さる。
 「どういうことだよ、一体。俺んちに盗聴器仕掛けたかとおもえば次は旅行かよ、びびって高飛びしろってか?一体なに考えてんだあんた、その有里ってヤツも、俺に何させたいんだよ!?」
 「可能ならこのままマンションに帰らず、万里さまと落ち合ってまっすぐ空港にむかってください。タクシー呼びますから」
 善は急げと携帯のボタンを押しタクシーを要請しようとする椎名の手からそれをはたき落とす。
 「あんたが勝手にやってんのか、俺と千里と二人分チケット手配して高飛びしろってのは独断か?あんた秘書だろ、盗聴器の件だってもちろん知ってた、今さら良心が咎めて逃げろって……待て、逃げる?なんで逃げるんだよ、そりゃ盗聴器あったけど、変な中国人が勝手に部屋に上がりこんで喚いてうるさくて蹴りだしたけど、だけど今んとこプライバシー侵害以外実害ね……」
 「有里さまはじき行動を起こします」
 「はあ?」
 飛躍っぷりに混乱を来たす。
 引き攣りがちな笑みを浮かべ、落ち着き払った椎名をまじまじ見返す。
 「逃げてください。どこか遠くへ。少しの間だけでいいんです。逃げて、隠れて」
 「おい、」
 「万里さまを連れて。あと二週間、いや、一週間も経てば有里さまはまた海外支社へお戻りになれらます。そしたらあなたがたに容易に手出しできなくなる、それまでの間でいいんです」 
 「冗談じゃねえ、あいつと旅行なんか……大体英語しゃべれねし」
 「ご安心ください、万里さまは話せます」
 「通訳?お断りだな。他にもほら、海外って色々危険だし税関とかうるせえし空港の荷物検査めんどうだしアレひっかかると恥ずかしいし、いや別にいまどき海外旅行経験ゼロだからテンパってるとかじゃなくて、だって常識で考えておかしいだろ別に親しくもねえ職場の後輩とふたりっきりで海外旅行なんてさ?それにそうだ仕事あるし、俺が抜けたら穴埋め大変だし、会社にとって歯車でも歯車一個抜けただけで結構な損害だし、歯車は歯車なりにプライドがあるし、歯車っていっても俺はゴールデン歯車なわけよ」
 「万里さまを連れて逃げてください」
 「やなこった」
 「万里さまを助けてください」
 「-ッ!!」
 卓につきそうなほど深々頭を下げる椎名にチケットと自分の分の代金を叩きつけ憤然と大股に店を突っ切る、脳裏でぐるぐる回るハネムーンの言葉椰子の木茂る常夏のビーチと白い砂浜どっかのリゾート燦燦と降り注ぐ太陽の下パラソル開いて千里と日光浴、手に手をとって逃避行……
 男同士でしょっぱい。なんだそりゃ。
 自慢じゃねえけど俺は海外旅行経験なくて初めての海外旅行は安子と二人でと計画してひそかにパンフレット集めてたのに夢ぶち壊しだこん畜生!
 「ご馳走さん、釣りはいい!」
 店の引き戸を蹴り開け大声で叫び通りに出る、椎名を全速力で引き離し会社へ帰ろうと雑踏の中とびこむ、いや正確にはとびこもうとした。
 革靴のつま先すれすれをタイヤが過ぎっていく。
 顔を上げればなんだかえらく高そうな俺には一生縁のなさそうな黒塗りの高級車で後部ドアが開く、見覚えある顔つか半日ぶりの張が実に爽やかな笑顔で
 『対不起』
 良心の曇りなんざ一点も見当たらない清清しい笑顔で、俺の腹にスタンガンを突き立てる。 
 「!!-っぐ、」
 おい待て、白昼の往来で?人が見てるのに?
 蕎麦屋の店先に停まった車後部ドアから身を乗り出す張、脇腹を襲った衝撃に呼吸が途絶、不規則な痙攣を引き起こし倒れこむ。
 視界が狭窄溶暗、張が俺の体を受け止め車の中へ引きずり込み中国語で何か囁く、ニュアンス的に楽勝だとか間抜けだとかそんな感じの揶揄か嘲弄、車の中に投げ込まれるやバタンとドアが閉じ出発、運転席に座った男がやっぱり中国語でなにか言い助手席の男が携帯をかける。

 『我走了!』

 有頂天の張の中国語の快哉を最後に、意識は途切れ、闇に飲み込まれた。 

にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ

リーマン×リーマン | コメント(-) | 20010419225936 | 編集
ブログ内検索
     © 2017 ロールシャッハテストB  Designed by 意地天
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。