ロールシャッハテストB

まさみの18禁オリジナルBL小説ブログ。

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脅迫するものはされるもの 2

 「お邪魔します」
 「本当邪魔だ。帰れ」
 「帰りません。先輩の毒舌は愛情表現てわかってますんで」
 この野郎少しは遠慮しろ。
 俺が住むマンションは吉祥寺の独身者用1LDK、公私混同職権乱用気味な管理人による「美晴コーポ」というださい名前がついている。この手のマンションにしちゃそこそこいい方の物件で日当たり奥行き快適良好、時々ブレーカーが落ちて停電するのと断水するのを除けばさして不満もねえ。
 ……今まで必死に気付かないふりをしてきたが、実のところ結構な欠陥住宅かもしれない。廊下の蛍光灯は常にエンプティー状態だし。
 「あ、またミニカー増えてる」
 キャビネットにずらり飾ったミニカーの一台を手にとり、棚板を滑走させる千里の手から大事なコレクションを奪い返す。
 「汚い手でさわるな。弁償しろ」
 「いいですよ別に。喜んで弁償します」
 ……これだから物の有り難味と価値がわからない金持ちは。
 俺に叱られ大人しくミニカーを戻し、妙な感慨をこめて再び部屋を見回す。
 正式に部屋に入れるのは初めてだ。
 こないだはだまし討ちに近い形で押しかけてきて、しぶしぶ入れざる得なかった。
 見舞いの建前でどっちゃりアイスを買い込んできた空気の読めねえ後輩を迷惑がりこそすれ、感謝の念は到底抱けなかった。
 なのに今回は
 『今晩泊めてください』
 帰る場所をなくした子供のように、行くあてがない子供のように、俺に縋る。
 途方に暮れた顔で仰がれ、どうしても断りきれなかった。
 最近千里はおかしい。
 変化は一週間前から。
 何があったか聞けないし聞くのを避けてきた。
 千里の事情に深入りしたくなかった、深入りするのはプライドから来る抵抗を感じた。
 千里の様子がおかしい。
 職場の連中も薄々勘付き始めているが、千里の一番そばにいた俺が、不本意ながら脅迫され関係を続けている俺こそ、真っ先に不調に気付いていた。
 気付きながら見て見ぬふりをした。
 関係ないと自分に言い聞かせ無視して一定の距離をおいた。
 「あんま動き回るな。ガキかお前は。足音ばたばたと、近所迷惑だろ」
 「先輩の部屋に来るの二回目ですよね」
 「突然押しかけてきたくせに、山ほどアイス買い込んで。程度ってもんを知れ、ひとりじゃ食いきれねーよ」
 「まだ残ってます?」
 「冷凍庫にしまってある」
 言うが早いが台所に駆け込んで冷凍庫の扉を開く。
 「また食べさせてあげましょうか」
 つかつか大股でなぐりこみ、バタンと扉を叩き閉める。
 「開けっ放しにすんな、溶けるだろ。電気代が無駄だ」
 「ケチですねえ」
 「だ・れ・が電気代払うと思ってんだ、え?」
 腰に手をあて説教かませば、猫被りは完璧のくせにところどころ非常識で世間知らずな地金が覗く千里が笑ってごまかす。
 今日は定時に帰宅できた。
 俺たちの会社は池袋にあって、吉祥寺に帰り着いた時には夜七時を回っていた。
 「このへん懐かしい感じがしますね。銭湯もあるし。暮らし始めて何年になるんですか?」
 「大学からだから、ぼちぼち六年ってとこか。上京したてのころは高田馬場に住んでたんだけど、こっちにいい物件があってな。お前こそ、高いマンションに住んでるじゃねーか。会社員の安月給で家賃払えるのかよ」
 「まあ、なんとか」
 曖昧に言葉を濁す。笑顔が少し翳る。
 ……なんかまずいこと言ったか、俺?
 千里の部屋を訪ねた事は一回もない。
 部屋に来ないかと再三誘われても、そのたび冷たく突っぱねてきた。
 会社で顔を合わせるのも耐え難いのに、オフまで同じ空気を吸いたくない。
 「苦労知らずの坊ボン育ちか。羨ましいぜ」
 背広を脱いでハンガーにかけ、ネクタイをほどく。
 いつもはコンビニ弁当でちゃっちゃと済ませているが、千里がいると調子が狂う。
 台所の戸棚を開け、たんまり備蓄してあるレトルト食品をがさごそ漁る。
 「夕飯まだだろ。カレーでいいか」
 「作ってくれるんですか」
 千里がひどく驚く。
 思いがけない幸運に当たったような大げさな反応に鼻白む。
 「いやなら一人で勝手に食って来い」
 「とんでもない!ただ、ちょっと……先輩が料理作ってくれるなんて驚いただけです。ぼくのこと嫌ってるんじゃ、」
 「勘違いすんな、大嫌いだよ今でも。それとこれとは別だ。いくら嫌いなヤツだって、俺が食ってる間中物欲しげに指くわえられてちゃ気分悪ィ」
 つまりこっちの都合。千里の分はあくまでついで。
 荒々しく扉を閉じ、勘違いしないようそこんとこ念を押し、少々考えたすえ戸棚からレトルトのカレーをとりだす。
 「辛口でいいよな、ちさ……」
 って、いねえし。あいつどこ消えやがった?
 首を傾げつつ、とりあえず先に用事を済ます。
 ワイシャツを腕まくりし鍋をコンロにかけ点火、レトルトのパックを温める。
 鍋を火にかけてから台所を出て捜せばあっさり見つかった。
 「なにやってんだ、お前」
 千里はリビングにいた。
 不審な行動。
 フローリングの床に耳をつけ、こんこんと拳で叩き、反響の具合を確かめる。
 床の次は壁へと移り同じことをして異状を検査、それから壁の片隅に設けられたコンセントに近付き、しゃがみこむ。 
 コンセントにさしこまれたプラグを抜く。
 壁に埋め込まれたコンセントの接着面をくりかえしなぞり、むずかしい顔をする。
 「コンセントがどうかしたのか」
 「いえ、ちょっと気になって」
 近付きながら声をかければ、我に返ってぱっと手を放し、とってつけたような笑顔で言う。
 「先輩に聞きたいんですけど、この頃変わったことありませんか」
 「変わったこと?」
 「たとえば……朝出る時と帰ってきた時で部屋の様子が違うとか、物の配置が変わってるとか。心当たりありません?」
 突然の質問にたじろぐ。千里はひどく真剣な目をしている。
 思いも寄らぬ質問に戸惑いつつ、シャツの袖を戻しがてらざっと部屋を見回す。
 「いきなり何だよ。特にねえよ」
 「本当に?」
 「しつけえな、大体留守の間に人が出入りしてたらさすがに気付くっつの」
 馬鹿げた質問を本気にしたわけじゃないが、なんとなく背筋が薄ら寒くなる。
 俺の答えを聞き、千里は少し安堵する。
 そういやさっきの行動……
 どこかで見たと思ったら、こないだテレビでやってた盗聴器ハンターそのものだ。
 「千里、お前まさか……」
 深刻に言いかけてやめれば、千里がぎくりとする。
 図星か。
 滾りたつ怒りにこぶしをわななかせ、露骨に怪しい素振りの千里を罵り倒す。
 「俺んちに盗聴器仕掛けたな!?」
 「は?」
 「お前ならそんくらいやると思ったぜ、いつのまに、ぜんぜん気付かなかった!どうせお前のこった、それでまた俺の弱み掴んで脅すネタにするつもりだろ、その手はくわねえよ!いつだ、こないだ部屋に来たときか、見舞いにかこつけてどさくさに……知能犯め、セコムしてやる!」
 「誤解ですよ」
 「お前以外にだれがいるんだ!」
 千里が口を開き、閉じる。
 「いきなり俺んち来たいとか言い出しておかしいと思った、大体会社だろうが駅のトイレだろうが所構わずさかるくせにわざわざ俺んちくる意味ねーだろ、こないだ仕掛けて盗聴器がばれたんじゃねえか内心冷や汗かいて様子見にきたんだろ、そうだ、そうに決まってら、この外道が!」
 「だから誤解ですって、先輩の恥ずかしい寝言やオナニー中の喘ぎ声には大いにそそられますけどぼくならそんなまだるっこしい手使わずに……」
 「なに!?まだるっこしい手使わず何をどうするんだ、意味深に切るなよ、顔そむけるな、俺の目まっすぐ見ろ!」
 「ぎりぎり犯罪に抵触しない線が信条ですから」
 目を指さし追及するも千里はまともに取り合わずのらりくらりとぼけるだけ。
 反省の色などかけらもない発言にこめかみがひくつく。
 「強姦と脅迫は犯罪じゃないってほざきやがるわけだな?」
 ぎりぎり歯軋りしてそう言えば、にっこり極上のスマイルでこう切り返す。 
 「だって久住さん悦んでたし」
 「~~っ!」
 だめだ、こいつと話してると頭に血が上る。地団駄踏む俺に対し、千里は苦く笑う。
 「被害妄想です。盗聴器なんか仕掛けられてないから安心してください、接着面が弱くなってたから漏電の心配しただけです。ほら、剥がれかけてるでしょ?ところで先輩、鍋いいんですか。沸騰してますよ」
 「!いけねっ」
 真剣な顔つきと手つきでコンセントを仔細に点検する千里をその場に残し、台所に飛んで帰り慌てて火を止める。
 沸騰し危うく湯がこぼれかけた鍋から火傷せぬよう用心しつつ袋をとり、いまだコンセントの前から動かない千里をどやす。
 「お前も手伝え。働かざるもの食うべからず、ただ飯食わせる気はねえぞ」
 「人使い荒いな、お客を働かせるなんて」
 「誰が客だ。居直り強盗だろ」
 毒づく俺の隣にやってきて、冷蔵庫を開ける。
 「そこにレトルトの飯が入ってるからレンジでチンな。三分」
 顎をしゃくって命令。千里が「了解しました」と肩を竦めてきぱき動き出す。
 ほどなくレンジが終了の合図を鳴らし、ほかほかの飯ができあがる。
 「自炊するんですか」
 「殆どレトルトかコンビニ弁当。学生の頃は米から磨いでたけど、今はめんどくせえから手抜き。仕事終わってからわざわざ作る気力ねえし……安子と結婚してりゃ今頃手料理が待ってたんだろうけど」
 まずい、失恋の傷を抉っちまった。減点一。
 「ご飯にする、お風呂にする、それともぼく?」
 「永遠に口を閉じてろ」
 「口閉じてたらせっかくの手料理が食べられません」
 「レトルトだよ」
 「先輩の手が鍋に入れて温めてくれた料理って意味で」
 すかさずまぜっかえす。減らず口め。
 レンジからとりだしビニールの蓋を捲れば白い湯気がもわりと顔をなで、甘く炊かれた米飯の匂いが食欲をそそる。
 リビングに戻り、低いガラステーブルを二人で囲み、千里にスプーンを投げ渡して夕食にとりかかる。
 フローリングの床にじかに足を崩して座り、辛口のカレーをかけた飯をスプーンですくって食べる俺の向かいで、千里もそれにならう。
 育ちのよさが窺える上品な食べ方が眼を奪う。
 他人の食べ方なんてあまり意識した事なかったが千里の作法はひどく洗練されていて、レトルトのカレーが往復する匙の魔法で高級料理に化けたような錯覚を来たす。
 「はふ、美味しいです」
 「レトルトだけどな。お前いつもなに食ってんだ」
 「外食に頼りきりです。まあ自分でも作りますけど、会社入ってから時間がなくて」
 「自炊って時間かかるからな、割と。主婦の苦労が身に染みる。なに作るんだ?」
 「明太子パスタとかパエリヤとかクラムチャウダーとか……オニオンスープも」
 「しゃれたのばっか。ひじきのおひたしとかは作んねーのか」
 「先輩は和食派ですか。今度挑戦します」
 「いや、待て、俺がさりげにリクエストしたふうに話もってくなよ。まあお前ひじきのおひたしって顔じゃねえけどさ」
 他愛ない話をしつつカレーを食う。時折コップの水を飲む。
 千里の顔と声はいつになく陽気に弾み、俺もいつもよりか砕けた相槌を打つ。
 こいつと普通に話すのは久しぶりだ。ことによると初めてかもしれない。
 知り合って随分たつが、自炊するのかしないのか料理は何が好きかとか、そういうどうでもいい話をした経験とする機会がなかった事を追認し、今さらながら新鮮に感じる。
 和気藹々と表現したら語弊がある。
 なんたってこいつは犯罪者で脅迫者、憎き仇、俺を強姦した張本人。
 そんなやつと呑気におしゃべりしながら飯を食う今の状況は異常だ。
 「………だれかと飯食うの久しぶりだ」
 スプーンをとめぽつりと呟けば、耳ざとい千里が怪訝な顔をする。
 コップの水で口を湿し、スプーンの先端でカレーをかきまぜつつぼそぼそ言う。
 「……安子に振られてから……ずっとひとりで済ましてたから。あんま飲み行かねえし。安子がいた時はふたりでどっか食い行ったり、たまに作りにきたりしたんだけどさ」
 「ぼくも似たようなもんです」
 「嘘つけ、友達いっぱいのくせに。今日だって飲みに誘われてたろ」
 スプーンをつきつけ突っ込めば、水を含み口の中のものを嚥下しのたまう。
 「誘われたら断りませんけどね。……それだけです」
 無関心に冷めた言い方。
 心にひやりと風が吹く。
 外面はいいけど、本心では自分をちやほやする女子もやっかむ同僚もどうでもいいんだろうなと思う。
 時として千里は残酷で酷薄だ。
 他人への執着のなさを隠そうともしない。
 性格もルックスも最高な人気者の本性を、俺だけが知っている。
 「大勢といるより先輩といるほうが楽しいです」
 「…………どうも。悪趣味め」
 事実、飲みに行こうという誘う同僚よりも一緒にいたって断じて楽しくないだろう俺を選んだ。
 「趣味いいですよ、ぼくは」
 悪戯っぽく笑う。おちょくってやがるなといらだつ。
 おっかない顔で睨みつけてやっても効果は薄く、先に食べ終えて席を立つ。
 「お風呂入りますか?水いれてきますけど」
 「いいよ、シャワーで」
 面倒くさげに言っちまい、はっとする。警戒し千里を目で追う。
 急に食欲が失せ、スプーンで力なくカレーをかきまぜる。
 憂鬱に黙りこくる俺の様子に気付き、テーブルに手をつき腰を上げた千里の目に疑問が浮かぶ。
 視線と視線が絡み合い、不安定な沈黙が漂う。
 「どうしたんですか。はっきり言ってくれなきゃわかりません」
 「…………その。今日、ヤるのか?」 
 さんざん迷ってから、伏し目がちに聞く。
 千里が虚を衝かれたような顔をする。
 発言を後悔し、水の残りを一気に干し、むせる。
 激しく咳き込む俺を案じ、「大丈夫ですか」と回り込んで背中をさする手を邪険に払う。
 「そのためにきたんだろ、それが目的で部屋に来たんだろ、泊まるって言い出したんだろ!?お前の考えてることなんざお見通しだ、目的は一択だ、俺の体めあてで……この言い方もどうかとおもうけど、要はその、一晩たっぷりしっぽりヤりにきたんだろ?最近ご無沙汰で溜まってるって同じ男だからわかるさ。最近態度へんだったし……一週間前の誘い蹴ったこと、怒ってんのかよ」
 「怒ってません」
 「信用できねえ。お前は笑いながら嘘をつく」
 胡坐をかいてそっぽを向く俺に対し、細く長く息を吐く。
 「……今日はしません」
 「じゃあなんで泊まるとか言い出したんだ。さっぱりわかんねえ」
 「一緒にいたいからじゃだめですか」
 ひたと俺を見据える。
 またあれだ、例の心細げな顔。思い詰めた目。
 縋るように必死な、孤独な。
 腹の底で凶暴な感情が滾りたつ。
 怒りとも苛立ちともつかぬ火のような激情が血管の中で荒れ狂う。
 「………いまさら………」
 今さら、なんだよ。
 手遅れだよ。
 口約束を信用しろとでも?
 俺はこいつが嫌いだ。大嫌いだ。憎んでると言ってもいい。
 俺に薬を飲ませ縛って写真を撮って強姦した男、後輩の分際で俺をおちょくる男、要領がよく人気者で何もかも俺とは正反対の恵まれた人間。
 「いまさら一緒にいたいってか。虫がよすぎなんだよ。お前、自分がしたこと忘れたわけじゃねえだろな。俺になにしたか覚えてるよな、ちゃんと」
 「はい」
 肯定する千里に激怒し、拳でテーブルをぶつ。
 コップが跳ね、水がこぼれる。
 「言ってみろよ、え」
 「薬を飲ませて、縛って、恥ずかしい写真をたくさん撮って。ペニスをしごいて、ローションでアナルをぐちゃぐちゃにほぐしてから先輩の淫乱な孔にぼくの」
 「そこまで具体的じゃなくていい!」
 官能小説を音読されるような強烈な羞恥に顔が火を噴く。
 平手でテーブルを叩き腰を浮かせ、殊勝にうなだれる千里をあらん限りの憎しみにぎらつく目で睨みつける。
 「訴えられてもしょうがねえってわかってるよな」
 「……はい」
 今日の千里は妙に素直で調子が狂う。
 舌打ちひとつ、張り合いのねえ千里は放っておきテーブルの上をさっさと片付ける。
 携帯が鳴る。
 「インディ・ジョーンズのテーマ?」
 「好きで悪いか」
 液晶に表示された名前を確認後通話ボタンを押し、ながら作業の癖で腕を動かしつつ耳と肩に挟んで話す。
 「もしもし、お袋。なんだよ?……じゃがいも?いいって、ダンボール一箱なんか送ってこられても困るよ。お裾分け?相手いねえよ。……3キロを1キロに減らすって、あんまし変わってねーしどのみち一人じゃ食い切れね……彼女にコロッケ作ってもらえ?大きなお世話。……こないだ言ってた彼女?うるせえな、ほっとけ。……紹介するって、あれなし。いいだろ別に、こっちにも事情があんだよ、突っ込むな……あーはいそうだよ振られたんだよこん畜生」
 テーブルを拭きながら話す俺を、千里が無言で眺める。
 「正月?帰れるようだったら帰る、仕事次第だけど。……そっか、姉貴のとこ産まれるんだっけ。じゃあ調整しとく。……わかった、じゃあ」
 通話を切る。自然とこぼれるため息。
 「ご家族ですか」
 「お袋。週一でかけてくる。心配性なんだ。帰省しろ帰省しろってうるせえ」
 「一人っ子ですか」
 「残念ながら上に姉が一人。一昨年嫁にいったけど。今度子供が産まれるんだとさ」
 「先こされちゃいましたね」
 「るせ。……肘どかせ、拭けねえだろ」
 千里をどかし、憤然とテーブルを拭く。
 腕の振り幅大きく弧を描いてフキンを使う俺を眺め、千里がぽつりと言う。
 「……いいな」
 「あん?」
 「仲よさそうで。羨ましいです」
 「別に普通だよ。就職してからもう三年帰ってねーし」
 特にうちが仲良しだとは思わない。平凡な両親と短気な姉貴、ごく平均的なサラリーマン家庭だ。
 憧憬と羨望が入り混じった目を感傷的に伏せる千里に訊く。
 「お前はどうなんだよ」
 「どうって……」
 千里が戸惑う。
 構わずからかう。
 「小学校の頃は毎日車で送り迎えだったんだろ、坊ボンめ。相当な金持ちとお見受けしたぞ。待て、当ててみせる。家族中に可愛がられてぬくぬく育った末っ子。そうだろう?母親はピアノ教師、父親は外商で子供の頃は家庭教師に習ってて英語ぺらぺら……」
 「母は死にました。子供の頃に。小2……だったかな」
 淡々と返され、言葉を失う。
 「………悪い」
 無神経な詮索を悔いる。「いえ」、と千里は小さく首を振る。
 「兄弟とかは……」
 「姉と兄が一人。あんまり行き来ないですけど」
 「まあ、成人しちまうとそんなもんだよな」
 「……ないものねだりはしない主義だけど、先輩の家族が少し羨ましいです」
 同情を引く演技には見えなかった。
 本心から、ごくごく平凡な俺と俺の家族を羨んでいるようだった。
 なんて言葉をかけたらいいかわからず口を開閉する俺の手の中で、軽快に携帯が鳴りだす。
 イントロが終わる前に通話ボタンを押せばメールが着信し、液晶に名前が表示される。

 千里万里。

 「は……?」
 目の前に座す本人に当惑の凝視を注ぐ。
 千里はテーブルの下、俺の死角で携帯を持ちメールを打つ。
 『続けてください』
 「でも意外だな、先輩が弟キャラなんて。会社ではすごい長男気質なのに」
 「……もとから長男だよ、男と女は別勘定だろ」
 「A型気質って言い換えてもいいけど」
 『目の前にいるくせにメールで会話?意味不明』
 『盗聴器が仕掛けられてます』
 危なく叫びそうになる。
 咄嗟に腰を浮かせ見回しかけるもテーブルを隔てた目配せに動揺を糊塗、生唾を飲む。
 眼球を右に左に忙しく動かし、液晶の文面に目を走らす。
 『調べて確信しました。コンセントの裏に盗聴器が仕掛けられてます』
 『間違いないのか』
 『今も盗聴されてます。ばれないように演技してください』
 背筋に落雷の如く戦慄が走る。
 激しい動悸が苛む。
 部屋中つぶさに見回したい衝動を辛うじて堪え、いつもどおりを意識しつつ振る舞う。
 「悪かったな、もとからこういう性分なんだよ。いらつきやすいっていうか怒りっぽいっていうか……」
 「カルシウム不足ですよ、きっと。ほら、また眉間の皺」
 『盗聴器なんていつのまに。気付かなかった』
 『気付かないのもむりないです、巧妙に偽装されてたんで』
 『よくわかったな、お前』
 『被害にあった経験があるんで』
 高速でメールを打つ手がとまる。
 驚き、千里を見る。
 完璧なポーカーフェイス、オセロのように完璧な笑顔。
 半径1メートルも離れてない相手にじれてメールを飛ばす。音速のメール交換。
 『誰が仕掛けたんだ?なんのために?』
 『……心当たりがあります』
 『は?なんでお前に』
 『すいません先輩。原因はぼくなんです』
 「でも、先輩の眉間の皺嫌いじゃないですよ。すごくセクシーで、もっともっと困らせたくなる」
 「そりゃどうも」
 『やっぱりお前が』
 『犯人はぼくじゃない。でも原因はぼくだ。謝ります、ごめんなさい。巻き込んでしまって本当にすいません』
 『わけわかんねえよ、ちゃんと話せ。何がどうなってるか説明しろ』
 苛立たしげにボタンを打ちメールを送信、勝手に動く口と裏腹にやりとりがどんどん加速していく。
 液晶の青白い照り返しに虚ろな表情を浮上させ、苦渋に唇を噛む。
 『……話を合わせてください』
 わけもわからぬままとりあえず直感と指示に従い、スクロールして台本を読む。 
 「……そういやさ、さっきの話だけど」
 「コンセントですか?なるべく早く修理にきてもらったほうがいいです、できれば明日にでも」
 「だよな、最近家電の調子おかしいんだ。テレビ映りも悪ィし……漏電とか洒落になんねー」
 「明日休みだしちょうどいいですね」
 「特に予定ねえし一日中部屋にいるよ。業者来んならそっちのがいいだろ?あとで電話して午前中にこれねえか掛け合ってみる」
 「早く修理しないと。病院送りになったら一大事だ」
 「見舞いにくるなよ。絶対」
 「前回の反省生かしてフルーツ詰め合わせ持って行きます」
 喉がからからに渇く。上手く演技できたか自信はない。
 千里は見事に芝居を打った。
 棒読みに近い口調で相談する俺にさらっと返し、自然な流れで次の話題に持っていく。
 取り急ぎメールを読んでぎょっとする。
 「これで帰ります」
 「え?泊まってくんじゃねーのか」
 「期待してたんですか?」
 千里が席を立ち、唄うようになめらかに嘘をつく。
 「気分が変わりました、今日は大人しく家に帰ります。熱帯魚にエサあげるの忘れてた」
 「俺の優先順位は熱帯魚よか下か」
 「グッピーにヒロズミってつけてます」
 「せめてエンゼルフィッシュにしろ」
 「三十匹いるんで皆まとめてヒロズミーズです」
 「固体識別できねえたあ限りなく薄められた愛情だな。一目散に飛んで帰れ、しっしっ」
 「……犬ですか。傷つくなあ」
 「犬?そんな可愛げあるもんか、強姦犯」
 「途中まで送ってくださいよ」
 「やなこった、なんで俺が」
 「いいじゃないですか、せっかく訪ねたんだからそれくらいサービスしてくれたって」
 「………仕方ねえな」
 わざと露骨に舌を打つ。その調子と千里が頷く。
 玄関に立つ千里をどかし靴をつっかけ、鍵を回しドアを開け放つ。
 計画通り、台本通りの行動。千里もまた打ち合わせの台詞に添う。
 「コンビニ行くついでだ、送ってやるよ」
 顎をしゃくり、先に立って促す。携帯は電源をつけたまま、スラックスの尻ポケットに突っこむ。
 乱暴にドアを閉めて鍵を掛ける。
 一瞬だけ目が合う。
 明晰な思考活動を示す怜悧な眼光で千里が頷き、すぐまた笑顔に戻る。
 階段を下りるふりをし、ふたりして踊り場に潜む。
 「……どういうことだよ。盗聴器仕掛けられてるって、お前じゃねえなら一体だれが」
 「すぐにわかります」
 急きこむ俺を制し、身じろぎひとつせず蛍光灯が煌々と照らす廊下をうかがう。
 十分も経過した頃だろうか、蛍光灯の放電音が断続で弾ける廊下にエレベーターの重低奏が上昇してくる。
 息を呑み、頭を伏せる。
 両側に分かれたドアから出てきたのはそのへんを普通に歩いてそうなラフな服装の男が三人。いずれもニット帽を深く被り、先頭の若者は錠前屋のような工具箱をひっさげている。
 隙のない身ごなし、気配を消すのに慣れた歩き方に裏社会のきな臭さが匂い立つ。
 ニット帽三人はエレベーターを出るや、廊下に人けがないのを確かめてから真っ先に俺の部屋に直行し、ポケットから何かを取り出すや中腰の姿勢でドアと向き合う。
 手元に目を凝らす。針金みたいな道具。
 針金の先端に微妙な力と捻りを加え、極力音をたてぬよう慎重に回しほじくるうちにカチリと錠がはずれ、あっけなくドアが開く。
 「……な……」
 目を疑う。
 男達が頷きあい、あっさりと開いたドアから二人が中へ吸い込まれる。
 ドアが閉まり、中の様子が見えなくなる。
 「―っ、この野郎、人の部屋に勝手に!!」
 「落ち着いて先輩。今出てくのは危険です」
 「落ち着いてられっかよ、あいつら人の部屋に留守中に盗聴器なんて仕掛けて今まで出した音ぜんぶ聞かれてたんだぞ!?」
 「泳がせるんです。黒幕は別にいる」
 千里が俺の肩を掴む。
 「~いい加減思わせぶりはやめろ、黒幕って……犯人知ってんのかよ」
 千里の顔が苦しげに歪む。
 理性が弾け血中にドーパミンが拡散、視界が灼熱し胸ぐらひっ掴む。
 力強く喉首締め上げれば、弾みで後頭部を勢い良く壁にぶつけ千里が呻く。
 「どういうことだよ、自慢じゃないが盗聴器仕掛けられる覚えなんかないぜ、お前以外に犯人の心当たりなんかねえ。やっぱお前が……」
 疑惑が拭えず叫ぶ俺を、千里は苦虫噛む沈黙を守り見返す。
 一方的に詰られ罵られ責め立てられ、悄然と項垂れて一言も抗弁しない。
 「~最ッ低だな」
 犯行を自供するかのような従容たる態度に逆上し、激しく唾棄し腕を振り抜く―
 「……殴らないんですか」
 千里は目を閉じもしなかった。
 こうなるのを予期してたとばかり冷静沈着な態度でもって、諦観の眼差しでこぶしを仰ぐ。
 憤りに駆られた拳を宙で停止、荒く長い呼吸を整えゆっくりおろせば初めて当惑する。
 電池切れの蛍光灯が不規則に瞬く。
 振り上げたこぶしのやり場に迷い、光と闇が交錯する踊り場で呆然と立ち尽くせば再びドアが開き、顔を覗かせた男が見張りに言葉をかけたその瞬間 
 間抜けに立ち尽くす俺をよそに千里が抜群の瞬発力で駆け出す。
 「!?千里っ、」
 こっちに気付いた男たちがしまったという顔で口々に叫び交わす。
 『快点!』
 『被騙了、太妨害!?』
 甲高い中国語……日本人じゃないのかこいつら?
 自分たちめがけまっしぐらに疾走する千里の剣幕に完全に気圧されたじろぎ、不法侵入の中国人たちがばらばらに分散し、一人はエレベーター一人は階段をめざす。
 「逃がすかっ!」
 加速をつけ跳躍、先頭の胴を狙うもそいつが手に持つ工具箱が砲弾の威力伴う鈍器と化し視界を薙ぎ払う。
 「っと、あぶねっ!?」
 重量の乗った工具箱が派手な弧を描いて顎先を掠め、風圧で前髪が浮く。
 風切る唸りを上げぶん回す工具箱を回避するだけで精一杯、後退を余儀なくされた隙を突いてタイミングよく開いたエレベーターに駆けこむやボタンを連打ドアを閉ざす。エレベーターに逃げ込んだ男は諦め思考転換、階段を逃走路に選んだ一人を羽交い絞めにかかるも身ごなし敏捷にかわされ踊り場ですっ転ぶ。
 『没刅法!』
 「待て、この野郎!中国語で止まれってなんだ、ストップ、ストップチャイニーズプリーズセコム!!」
 踊り場を這いつつ懸命に叫ぶも、目一杯伸ばした手はすかっすかっと宙を掻く。
 まんまとしてやられぼろぼろの有り様でドアの前に戻れば、刺激的な光景が待つ。
 「一匹確保」
 ドアの前に千里がいた。
 逃げ遅れた最後尾を組み伏せている。
 華奢な細身のどこにそんな膂力があるのか、合気道の心得でもありそうな組み手で男をおさこえむや、つまらなそうにニット帽を剥ぐ。
 「どうするんだよそれ!?」
 蛍光灯が不規則に点滅し、ちょうど闇が去来した廊下でにこやかに振り向く。
 「尋問します」
 暴力と嗜虐に酔う邪悪な翳りのついた笑顔で宣言する千里に絶句。
 拷問しますとさしかえたほうがよっぽど説得力ある、とんでもなくおっかない笑顔だった。

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リーマン×リーマン | コメント(-) | 20010419230139 | 編集
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